白銀あくあ、穢れなき乙女の楽園。
「えみり、そのブローチどうしたの?」
俺はえみりの胸元につけてある豪華そうなブローチを見て首を傾ける。
あまりアクセサリーを持ってないえみりにしては珍しいなと思ったからだ。
「ああ、くくりからお古をもらったんです。ほら、私って宝石とかほとんど売っちゃったから」
そういえばうちの本家、雪白家ってお金がなくって一旦潰れちゃったんだっけ?
「そっか……。じゃあ、今度、一緒に俺とアクセサリーを買いに行こうな」
「はい!」
俺は笑顔を見せるえみりの頭を撫でる。
この前、色々と手伝ってくれた事のお礼もまだだったしな。
俺とえみりがソファで楽しく会話をしていると、面談室で待ち合わせをしていたアイビスさんと侍女のミスズさんが部屋に入ってきた。
「という訳で、こちらがカノン様が幼少期に足で踏んだブドウを使ったワインです」
「「おお〜!」」
後宮で預かっているお姫様の1人、アイビスさんから手渡されたワインを手に持った俺とえみりは涙を流す。
この濁りのない透き通るような葡萄色。見ているだけでカノンの華やかで芳しい香りが感じられるようだ。
「やりましたね。あくあ様。しかも、ロットナンバー0473……これはレアだぞ……」
「ああ! ついに念願のカノンの足で踏み踏みしたブドウを使ったワインを手に入れたぞ!!」
俺はワインが詰められた瓶を頬擦りする。
はぁ……心なしかカノンのおみ足に頬擦りしているかのような気分になってきた。
「アイビス様、おめでとうございます」
優雅な所作で頭をぺこりと下げたえみりは、穏やかで優しげな笑みを見せる。
うーむ。ラーメン竹子でバイトしている時に見せてくれるえみりの天真爛漫な笑顔も素敵だが、華族モードのえみりが見せるこの美しい微笑みも破壊力抜群だ。
同じ貴族のアイビスさんですら、えみりの微笑みを見てポーッとした顔をしてるもん。
「それでは貴女の願いを一つだけ叶えて見せましょう。もちろん、この私もできる範囲での協力は惜しみません。……ぐへへ」
ん? ほんの一瞬だけ、えみりがぐへった顔をしていたように見えたが、きっと俺の気のせいだろう。
俺もまた、アイビスさんに期待の眼差しを向ける。
「えっと……それではあくあ様との子供が欲しいのですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろんです。アイビスさん」
俺はキリッとした顔でソファから立ち上がると、すぐにアイビスさんの肩に優しく手を置く。
この間、アイビスさんが喋り終わってからわずかに0.1秒。隣にいるえみりが「ヘブンズソード並のスピード、この私じゃなきゃ見逃してた」と呟く。
「それではアイビスさん……」
「まっ、待ってください!」
チューしようと思ったら、アイビスさんに止められた。
もしかして急に気が変わったとか?
俺の気持ちを汲んでくれたえみりと俺自身が捨てられた子犬みたいな顔になる。
「その……あくあ様には、私じゃなくてシャルロットと子供を作って欲しいのです」
「「えっ?」」
シャルロットさんはアイビス様と同じステイツ出身の子だ。
どうして自分じゃなくて、シャルロットさんなんだろう?
俺とえみりはアイビスさんの言葉に首を傾ける。
「えっと、それについてはシャルロットの事、そして私の事について少しお話をしなければいけません」
話が少し長くなりそうなので、俺は一旦アイビスさんから手を離して大人しくソファに座る。
「シャルロットと私は、幼少期に穢れなき乙女の楽園で知り合いました」
穢れなき乙女の楽園? 何の事だろう?
俺とえみりは再び首を傾ける。
それを見た侍女のミスズさんがアイビス様に近づく。
「お嬢様、あくあ様とえみり様のお二人は穢れなき乙女の楽園についてご存知ないかと思われます。よろしければ、私の方からご説明をしてもよろしいでしょうか?」
「ええ、そうね。それじゃあ私はシャルロットを呼んでくるから、ミスズ、私の代わりに説明をお願いできるかしら?」
「かしこまりました」
アイビスさんは席を立つと、ぺこりと頭を下げて部屋から出ていく。
ミスズさんはコホンと軽く咳払いした後に、ポケットから小さな本を取り出して俺たちの目の前にあるテーブルの上にそれを置いた。
これは一体なんだろう? 俺の隣に居たえみりが何かに気がついた顔をする。
「ん? これ、どこかで見たような……あっ、思い出した。スターズ正教の聖書だ!! 懐かしいなぁ。メアリーに入学した時にもらったけど、今じゃあ野草で作ったお漬物を作るための押さえ蓋にしてるわ。この重さがちょうどいいんですよ」
野草で作ったお漬物!?
スターズ正教の聖書を押さえ蓋!?
色々と突っ込みたい所が多いけど、話の腰を折りそうなのでやめておこう。
それとえみりは、その事をクレアさんやキテラさんにはバレないようにした方がいいよ。
「これはスターズ正教の聖書ではありません。正しくはスターズ正教、そしてスターズという国自身を形成する元となった婦人互助会の教えが書かれた書物、いわゆる聖書の原点と言われている書物です」
婦人互助会……そういえば学校の授業でも習ったっけ。
1300年頃の隕石の衝突以降、男性の数が急速に減り続けた世界に現れた女性だけの組織だ。
後のスターズ正教であり、この組織がスターズという国を作った。
「ステイツという国は知っての通り、隕石の衝突後にスターズの調査団が新大陸を発見した事が建国の発端になりました」
俺とえみりはミスズさんの言葉に頷く。
この世界にアメリカは存在しなかったが、ステイツの独立戦争は起こった。
故に大まかな成り立ち自体はアメリカとほぼ同じである。
「ステイツがスターズから独立する時に起こった戦争。その時に助力したのが、婦人互助会のメンバーでした。故にステイツが独立した今もなお、スターズの血筋である婦人互助会のメンバーを祖先に持った人達がステイツを支配しているのです」
確か、揚羽さんが黒蝶家だった時に提唱していた男性保護法案も、婦人互助会の発案を元にしたものなんだっけ。
改めて乙女咲で授業を真面目に聞いていてよかったと思った。
なぜなら乙女咲の先生達は美人な先生が多いから、寝ている暇なんてどこにもない。
ただ、真面目に授業を受けすぎるあまり成績が良くなって、杉田先生と夢のマンツーマン補習授業が受けられそうにないんだよな。かと言って、赤点を取って杉田先生の笑顔を曇らせたくもないし、どちらを取るのか物凄く難しい問題だ。
「あくあ様とえみり様は、お嬢様とシャルロット様のフルネームをご存知ですか?」
アイビスさんとシャルロットさんのフルネーム……。ええっと、確か……。
「アイビスさんは……確か、アイビス・F・ヴァレンシュタインだっけ?」
「シャルロット様のフルネームは、シャルロット・S・ファーニヴァルですね」
「ありがとうございます」
どうやらどちらも正解だったようだ。
ミスズさんはぺこりと頭を下げる。
「知っての通り、ステイツの支配者階級には、ミドルネームにアルファベットの頭文字一つを入れた者が多いです。これは元々、その者の血筋が貴族だった事を示しているのですよ。白銀結……旧姓、深雪ヘリオドール結さんのお父上のようにね」
俺の眉がぴくりと動く。
結と、結のお父さんの話は聞いている。
確か、結のお父さんは元々スターズの貴族で、男性である自分の身柄を担保にしてステイツに入ったんだっけ。
女王がメアリーお婆ちゃんからフューリアさんに代わって、急速に力を落としていったスターズを見限ってステイツの貴族になったと聞いている。
「そしてこれはスターズ以外の国にルーツのある高貴な方にも適応されています。例えば、お嬢様のFを聞いて、何か思い当たる節はありませんか?」
F? えふ……えふかぁ……。俺の隣に居るえみりが真剣な顔つきで物事を考える。
「F……F……? もしかして、藤のばーさんか?」
あっ……。俺はえみりの言葉にハッとする。
「はい。藤堂はとうどうと読みますが、知っての通り藤堂の一族は藤蘭子会長や藤林美園さんと、直系に近ければ藤の文字を与えられます。藤堂の家訓は根を張る事。それは皆様の方がよく知っているのではないでしょうか? ベリルの天鳥社長が元々勤務していた藤広告に始まり、ベリルにおいても最初に出資したのは藤財閥です。元より経済を手広くやっていた藤堂は、この一件で後に日本の経済界を牛耳りました」
俺はミスズさんの説明に頷く。
ベリルを立ち上げて直ぐに入ってきた仕事が二つある。
渋谷のスクランブル交差点で初めて開催したランウェイショーと、藤百貨店のタイアップキャンペーンだ。
藤百貨店の仕事はわかりやすかったけど、そもそもランウェイショーでコロールがメンズラインを発表したのは、藤百貨店に出店するのがきっかけだったと聞いている。
蘭子お婆ちゃんに限って、そんな事はないと思うけど
「藤財閥の藤蘭子会長、そのお姉さんであり藤堂一族の御当主様、藤堂紫苑様は知っての通り、この国のトップ、羽生治世子内閣総理大臣が所属している政権与党のフィクサーでもあります。六家の中での藤堂の立場は、雪白家のえみり様であればよくご存知でしょう?」
「ええ」
真剣な顔をしたえみりがコクンと頷く。
「華族六家のトップである皇。その両翼に黒蝶と雪白。皇から派生した玖珂、天草……。六家の中にあって、元は平民出身であった藤堂の地位はそんなに高くなかった。藤堂は自らの価値を示すために、政治と経済、その両面に根を張り、多くの子供を産み、その血筋を、根を、海外へと伸ばした。お嬢様は、アイビス・F・ヴァレンシュタインは今より数100年前に海外に根を張った藤堂分家の一つ、藤木の血筋が混じった末裔なのです」
ま、マジか……。
言われてみたら、2人ともそこはかとなく日本人の雰囲気が残ってるかも。
「なるほど……だから、カノポンはアイビス様を後宮のお姫様の1人に選んだのか」
「もしくは、そういう風に仕組まれたのかもしれません。藤蘭子会長はともかくとして、藤堂紫苑に関してはあまり信用しない方がいいかと。何せ彼女は、あの羽生治世子に言う事を聞かせられる人物であり、一度も総理大臣をやった事がない政権与党の最高権力者なのですから」
うーん、蘭子お婆ちゃんとは何度も会ったことあるし、いまでもあってるけど、お姉さんとは会った事がほとんどないんだよな。
蘭子お婆ちゃんは良くしてもらってるし、できれば何もないのにそのお姉さんを疑う事はあまりしたくない。
それに藤堂紫苑さんは、揚羽さんの一件でも協力してくれたし、くくりちゃんが華族を解散する時にも協力的だったと聞く。もし、彼女が権力に執着する人だったら、少しは反対するんじゃないのか? そう考えると、あまり悪い人のようには思えない。
そもそもアイビスさんだって良い子だし、紫苑さんや蘭子お婆ちゃんがこの話に絡んでいたとしても別に大きな問題はないと思う。
いや、こういう思考だから俺は人を疑うのに向いてないんだろうな。一応、気には留めておくとするか。
「それで、さっき言ってた穢れなき乙女の楽園っていうのは? それと、ステイツ側の人間である貴女が何故、私とあくあ様にこんな重要な事を伝えたんだ?」
「その事については順を追って説明していきましょう」
ミスズさんはメイド服の内側に入れいていたペンダントを外すと、テーブルの上に置いた聖書の原典と呼ばれる本の隣に置いた。
「あっ」
「同じ絵柄だ」
俺とえみりはペンダントに書かれていた絵柄が、その本の表紙にも書かれている事に気がつく。
「婦人互助会は今も存在しています。ステイツだけじゃない。スターズ、アラビア半島連邦、極東連邦……それにこの国にも。私が藤堂紫苑に注意しろと言ったのは、彼女はそのメンバーの1人である可能性が高いからです」
俺とえみりはお互いの顔を見合わせて瞬きする。
「その婦人互助会が出資しているのが、さっきお嬢様の言っていた穢れなき乙女の楽園というシステムなのですよ。穢れなき乙女の楽園……それはつまり、男性のいない女性だけの社会を実現するために、高貴なる血筋の人達を一ヶ所に集めて幼年期から隔離教育する機関の事です」
その話……だいぶ前にどこかで似たような話を聞いた事があるような気がする。
うーん、なんだったかなぁ。確かカノンの結婚を阻止するためにスターズに乗り込んだ時に……。
ああ! 思い出した!! 俺とえみりは同時に手をポンと叩く。
「「スターズ正教の過激派、ミーズ!!」」
俺とえみりの声が重なる。
確かフューリアさんを唆して、カノンを結婚させようとしたスターズ正教の黒幕だ。
確か彼女は女性同士の楽園を目指して、カノンを女性と結婚させようとしていたと聞く。
「正解で御座います。彼女もまた婦人互助会の息がかかった末端の構成員でした。そう私と同じ……ね」
ミスズさんが彼女と同じ組織だと聞いて俺の体がビクッと震える。
「私は穢れなき乙女の楽園で、アイビスお嬢様の担当に任命されました。かれこれ、お嬢様とはもう10年以上のおつきあいになるでしょうか……。人間、それだけ長くいると情が湧くというものです。と、こう言えば、情に熱く、情に弱いお二人は全面的に私を手助けしてくれるのでしょうね」
あ……確かに。言われてみれば、その婦人互助会との間に何か問題があるんだったら、個人的な気持ちとしては味方になってあげようかなと思っていた。
「ですから、私の言っている事を全面的に信じてもらおうとは思っていません。ですが、私の幸せはアイビスお嬢様の幸せ、本当に穢れを知らないお嬢様には不幸になってほしくないのです」
俺の心の中に師匠達の言葉が浮かんでくる。
『白銀……女性を騙すような男に成り下がるなよ。むしろ敢えて女性に騙されるような誇りのある男になれ』
『いいか。白銀。騙された回数はお前の心に刻まれた傷跡の数じゃない。お前の心に刻まれた名誉の数なんだ』
師匠達からのありがたい言葉を思い出した俺はミスズさんの顔をまっすぐ見つめる。
「たとえそうだとしても俺はミスズさんが言ってる事を信じるよ。俺を信じて欲しい。いつだってそう言ってる俺が、誰かに信じて欲しいと言われて信じないわけがないだろ? 俺は俺を信じてくれる人達、全ての味方だ!!」
「さすがですあくあ様!!」
くっ、えみりの太鼓持ちがうますぎて調子に乗りそうになる。
特技の欄に太鼓持ちとゴマスリ、それに手揉みって書いてあるだけの事はある。
「ありがとうございます」
ミスズさんは強張った表情を崩すと、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。
「で、その穢れなき乙女の楽園に居た2人がどうして後宮に? 女性のみの社会を目指す婦人互助会が絡んでるなら、こっちに来るのはおかしい話じゃないか?」
「婦人互助会にも色々な派閥があるという事です。純粋に女性だけの社会を目指して男性を排除しようとする組織、そう例えばカノン様の誘拐に合わせてあくあ様を本気で殺そうとした人達とか」
俺はミスズさんの言葉にハッとする。
あの時、俺を襲ってきた奴らは本気で俺を殺そうとしていた。
俺が目的なら普通は本気で殺そうとはしないだろうと思ってたから、初手で急所を狙って来る人がいたり、銃を持ち出したりする人がいるのは少し引っ掛かってたんだよな。
何よりも襲撃された白銀キングダムでの死者や重症者はゼロだった。もし、襲撃計画に加担していたのが婦人互助会で、彼女達が女性だけの社会を目指しているのであれば、女性しか働いてない白銀キングダムのスタッフ達が守られた事も理解できる。
ミスズさんの言葉で襲撃事件の時に感じていた俺の中にあった違和感が少し晴れた。
「婦人互助会の中には、より勢力を拡大するために、白銀あくあという存在を利用しようとしている人達もいます。あくあ様……どんなに貴方1人が凄くても貴方は人という理から外れる事はありません。どんなに貴方が長生きしても、貴方の命は後100年にも満たない。すでに700年以上の歴史を紡いできた婦人互助会にとって時間が解決してくれる問題は問題ではないのですよ。ですから、貴方を利用して得た新しい勢力を使って、貴方が死んだ後にまた世界を牛耳ればいいと考えてる人達もいるのです」
いくらなんでも規模がデカすぎる……。
流石に俺が死んだ後とか、どうしようもないにも程がある。
「と……流石に話の規模が大きくなりすぎましたね。私は決してあくあ様にそこをどうにかしてもらおうとは思っていません。アイビス様を幸せにして、守っていただければそれだけで十分なのです」
ミスズさんは俺から視線を逸らすと、なぜか一瞬だけえみりの顔を見つめる。
えみりは何かを考え込むような素振りを見せると、ゆっくりと口を開く。
「ひとつ聞きたいのですが、それならどうしてシャルロット様にワインの権利を渡したのですか?」
確かに、それならアイビスさんが自分で権利を行使した方がいいに決まってる。
どうして彼女はシャルロットさんに権利を譲ったのだろう?
「公式記録としてシャルロット様が渡した事になるのが重要なのです。先ほど、ミドルネームの話をしましたよね? ヴァレンシュタイン家のF、アイビス様の血筋は藤堂の流れを汲む藤木のものだと。では、シャルロット様の本家であるファーニヴァル家のSはどこかわかりますか?」
S……Sか……。
何かに気がついたえみりがポツリと呟く。
「白龍先生……?」
「ご明察で御座います。白龍アイコ、本名、白銀アイ。そして旧姓、白崎アイ……。知っての通り白崎家は白銀家や深雪家と同じく元は雪白の一族です。シャルロット様のファーニヴァル家は、数百年前に枝分かれた白崎家の血が流れているのですよ」
またややこしい話になってきた。
オーバーヒートしそうな俺の頭を冷やすために、胸の谷間を広げたまま無防備にブラチラしているミスズさんのおっぱいの谷間にダイブしたいくらいだ。
「穢れなき乙女の楽園は、男性のいない世界の実現のために作られましたが、さっきも言った通り婦人互助会も一枚岩ではないのですよ。高貴な身分の女性、それも色々な国の血筋にルーツを持った女性ばかりを集めているのは理由があります」
ミスズさんは手を伸ばすと、真っ直ぐ俺の事を指さす。
「もし、この世界すらも覆してしまいそうな男性が出てきたら? 婦人互助会は、この可能性についてずっと検討してきました。故に世界に不和を生まないために後宮案が出た時、私達の組織はすぐに日本とルーツ的な繋がりがあるシャルロット様とアイビス様の2人を準備できたのです。そう……穢れなき乙女の楽園は、世界のどこかに貴方のような男性が出てきた時のために、白銀あくあが生まれる前より、貴方が出て来る事を想定して計画したシステムなのです」
ミスズさんの言葉に鳥肌が立ちそうになった。
えっ? カノンの誘拐事件で俺の命を狙ってた組織の規模、大きすぎない?
前世から師匠を5、6人くらい元のスペックのままで転生させてこないと対処できない気がする。
俺の隣で真剣な顔をしていたえみりが口を開く。
「そこでお嬢様は考えたのです。藤堂の傍流である自分があくあ様の寵愛を受けるより、白崎の傍流であるシャルロット様が寵愛を受けた方が、あくあ様にとっても、ここにとってもいいのではないかと」
「なるほどね」
確かにその二択であれば、アイビス様と結ばれるよりシャルロット様と結ばれた方が俺達にとってはいいのだろう。
でも、それじゃあ、アイビス様自身にメリットがないと思うんだよな。
俺はミスズさんに説明を促すような合図を送る。
「……だから言ったでしょう。私が組織を裏切ってまでアイビス様に仕えている理由がそれなんですよ。アイビス様はお優しい方なのです。自分の事よりも、足を怪我した一件でファーニヴァル家での立場が危うくなったシャルロットさんの事を気にかけてるのですよ。ツンデレだから、シャルロットさん本人の前じゃあまり素直になれてないみたいですが……その事をシャルロット様がちゃんとわかってる事だけ救いですかね」
この白銀あくあ、完全に理解した。
やはりツンデレ。白銀あくあ教授が提唱するこの世界のツンデレに悪い女はいない説がまたも露呈した。
俺がそんなしょうもない事を考えていると、部屋の外に誰かが近づいてくる気配を感じる。
車椅子を引く音、アイビスさんがシャルロットさんを連れてきたのだろう。
「失礼します。シャルロットを連れてきましたわ」
決意を固めた俺はソファから立ち上がると、部屋に入ってきた2人に近づく。
「アイビスさん……俺と一緒に子供を作ろう!」
俺の言葉を聞いたアイビスさんは、数秒遅れで頭が理解したのか慌てるようなそぶりを見せる。
「ええっ!? ま、待ってください。私はシャルロットに……」
「もちろん、俺はシャルロットさんとも子供を作る!」
俺はポカンと口を開ける2人から目を逸らすとミスズさんへと視線を向ける。
「ミスズさん、もちろん貴女もだ!」
「はあ!? 待ってください。あくあ様、さっきまでの私の話は……」
俺は人差し指を左右に振る。
話ならちゃんと聞いてたさ。だからこそだ。
「確かにミスズさんの言う通り、俺がどんなに長く生きたとしても後100年もないだろう。だがな、それだけ時間があれば十分だ!! 俺がその間に婦人互助会を籠絡すればいいだけの話だろ?」
婦人互助会という名前がついてるくらいだ。構成員はおそらく全員が女性なのだろう。
それなら話は早い。俺は男で相手は女なのだ。男と女が一緒にする事なんて、太古の昔から一つだけしかない。
「俺の名前は白銀あくあ。この世界に俺に落とせない女は1人としていない!! 穢れなき乙女の楽園? 上等じゃないか。その百合の花畑を掻き分けて、俺が蕾と蕾の間に挟まってやるよ!!」
「きゃーーーーーっ! あくあ様、かっこいいいいいいい!! そこに痺れるぅ憧れるぅぅぅううううう!!」
えみりが手を叩いて喜ぶ。
さすがだ、えみり。お前の太鼓持ちは世界一だよ。
その昔、300人乗っても大丈夫な倉庫のCMを見た事があるが、俺も300人くらいに乗られても大丈夫な自信がある。
「それじゃあ行こうか」
「は、はい」
アイビス様は近距離から見た俺のキリッとした顔をにポーッとした顔を見せる。
「ううっ、なんでこんな事に」
顔を赤くしたミスズさんはなんだかんだで満更でもない顔をする。
「えっ? えっ?」
ごめんな。急に入ってきてこう言われたら意味がわからないよな。
シャルロットさんは状況が理解できずに驚いた顔をする。
「えみり、あとは任せたぞ」
「はい。あくあ様! カノン達には私から伝えておきます!!」
俺は親指を突き立てると別室へと移動した。
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