杉田マリ、絶対に罪を償いたい男VSさっさと釈放したい警察官。
「うう……」
全休とはいえ昨日は流石に飲み過ぎたか。
電話の着信音で目が覚めた私は、お布団に潜ったままの状態で枕元に置いてあるであろう携帯へと手を伸ばす。
「もしもし……」
『あっ! 杉田先生、大変です!! 2Aの白銀あくあ君が!!』
白銀あくあという名前を聞いた私は、被っていた布団を秒で吹っ飛ばした。
「ま、まさか、白銀が女子に襲われたのか!?」
『いや、あんなのを見せられた後に誰も襲えませんよ!』
何の話だ!? また、白銀が何かをやらかしたのか。
私は慌ててリビングに行くとテレビのリモコンを手に取る。
白銀が何かをやらかしていたら、確実にニュースになっているはずだ。
『あれ? もしかして、杉田先生、昨日あった事を知らないんですか!?』
テレビで流れていた白銀のニュースを見た私は、あまりの衝撃で手に持っていた携帯電話をカーペットの上に落としてしまう。
「な、何だこれは……」
うちの生徒の1人でもある白銀カノンが誘拐?
ブチ切れた白銀が無免許でフォーミュラカーを公道で爆走?
更に銃を持って武装した複数の誘拐犯を1人で壊滅させたぁ!?
『先生? 杉田先生?』
私は膝から崩れ落ちそうになりながらも、床に落とした携帯電話をなんとか拾い上げる。
あっ、そうか。これはまだ夢の中なんだ。きっとそうに違いない。
「すみません。松川先生、どうやら私はまだ夢を見ているようです」
『杉田先生! これは夢じゃないです!! 一刻も早く目の前の現実と向き合ってください!!』
現実? ははは……またご冗談を。
「よく考えてくださいよ松川先生。うちの白銀ならまだしも、高校生がフォーミュラカーに乗ったり、組織的な誘拐犯を1人で壊滅させたりとか、普通に考えてそんな事ができるわけないじゃないですか」
『杉田先生、一度深呼吸しましょう。はい、スーハースーハー、落ち着きましたか?』
すぅ〜、はぁ〜。すぅ〜、はぁ〜。
うん、少しは落ち着いてきたかも。
『杉田先生、よく聞いてください。その高校生が白銀あくあ君なんです。この世界で白銀あくあ君に注意できるのは、杉田先生と天鳥社長しかいないんだから、しっかりしてください! えっ? 小雛ゆかり? あいつは喧嘩してる振りをしてるだけで、実質あくあ君とイチャついて甘やかしてるだけの女じゃないですか!!』
私は両手で頭を抱える。
くっ、頭が痛い。これは飲み過ぎのせいなのか、それとも白銀のせいなのか。
いや、何か大きな病気を抱えている可能性も捨てきれない。これが落ち着いたら、念の為に大きな病院に行って検査してもらおうかな。
「わ、わかった。で、白銀は今、どこに居る?」
『警察です。俺は無免許運転をしたんだ。早く捕まえてくれってパトカーの前で駄々を捏ねまして……』
くぅっ! ちゃんと罪を認め自首するなんて、えらいぞ白銀。
いや、そうじゃない。そうじゃないだろ! 杉田マリ!!
そもそもそ白銀が無免許運転をしなければ捕まってないんだから!!
でも、今回は仕方ない面もあるし、怒っていいのか褒めていいのか難しい事案ではある。
私は松川先生と電話をしながら大慌てで服を着ると、家を出てタクシーに飛び乗った。
『それじゃあ杉田先生、後はお願いします!』
「はい。また後で報告します。松川先生、連絡ありがとうございました」
待ってろよ白銀、今、行くからな。
タクシーに乗って白銀が居座っている警察署に向かうと、周囲にすごい人だかりができていた。
「お客さん、すみません。これ以上は進めそうにないです」
「いえ、ありがとうございます。後は歩いて行きますから」
タクシーを降りると、情状酌量を求めるプラカードを持った白銀のファンの子達や、カメラを構えた報道陣で道が完全に塞がれてしまっていた。
うーむ。このまま無理に割り込んで前に進んでいったら、怪我をする人が出たり、大きな事故になったりするかもしれないな。
仕方ない。ここは普通に協力を呼びかけてみるか。
私は周りにアピールするように手をあげる。
「すみません。乙女咲で担任やってる杉田です。道を、道をあけてもらえませんか!」
私の一声で全員の視線がこちらに向けられる。
「杉田先生だ!」
「みんな杉田先生が来たぞ!」
「道を開けろ!!」
「先生! あくあ君をお願いします!」
「おーい! 前にいる奴らー! 杉田先生が来られたぞー!」
「先生、夏休みにお疲れ様です!」
「ささっ、こちらにどうぞ!」
「さっき総理と天鳥社長も到着したばかりです」
まるでモーゼの海割りのように、人だかりが綺麗に左右に分かれて道ができる。
さ、さすがは白銀のファンだな。えーと、こういうのをアイドル界隈ではちゃんと教育が行き届いているっていうのか?
肝心の白銀自身に私の教育が行き届いているかどうかは怪しいところだが、白銀のファンの子達はいい子が多いみたいだ。
「すみません。皆さん、ありがとうございます!」
私は頭をペコペコと下げながら、警察署の入り口へと向かう。
すると、警察署の建物をバックにして報道陣に囲まれた羽生総理を見つけた。
「総理、どうなってるんですか!?」
「総理、説明をお願いします!」
「総理、肝心な時に日本に居なかった事について一言お願いできますか?」
「総理、白銀あくあさんとは面会できたんですか?」
「総理、白銀あくあさんの説得に失敗したという情報は本当ですか?」
総理は詰め寄った報道陣に集音マイクをぶつけられながらも沈痛な表情を見せる。
少しでも情報が欲しかった私は、近くで立ち止まって総理へのインタビューの様子を伺った。
「え〜、白銀あくあさんとは、面会室のガラス越しにではありますが、直に面会して言葉を交わしております。今回、私の方から、政府が発動した緊急特別警報中の出来事であった事を鑑みて無罪、もしくは総理特権による恩赦にしたいという提案を伝えさせてもらいました」
「「「「「おお〜」」」」」
報道陣が総理の言葉にどよめきつつも、写真を撮ったりメモを取ったりする。
「しかし、白銀あくあさんの意思は固く。俺は罪を償うんだと警察署内に居座ってまして、現在は説得を試みている最中であります。さらに天我アキラさんが、後輩が罪を償うなら共犯者である我も一緒にと、同じ留置場の部屋に入りまして……」
「総理、それは事態が悪化してるんじゃないですか!?」
「総理、もしかしてこれが今日の謝罪ノルマですか!?」
「総理、365日謝罪チャレンジのために、わざと遅れて戻ってきたのではという疑惑が上がってる件につきまして一言お願いできますか!?」
「総理、本当はこの状況を楽しんでるんじゃないですか!? 顔がニヤついてますよ!」
「総理、正直私たちも楽しんでます。お互いに白状しましょう!!」
私は総理と記者陣による茶番を見て頭を抱える。
だめだな。頭痛がかなり酷くなってきた。
私は総理たちから視線を逸らすと、警察署に向かって拡声器を向けている1人の女性へと視線を向ける。
「あんた、意固地になってないでさっさと降りてきなさいよ! 真面目に働いてる警察の人達に迷惑でしょ!!」
至極真っ当な事を言ってる人がいるなと思って顔を見たら、白銀が先輩と言って慕う小雛ゆかりさんだった。
白銀……天我アキラさんといい、先輩2人にあまり迷惑をかけるんじゃないぞ。
「それと、私だけ面会拒絶ってどういう事よ! ちゃんと降りてきて説明しなさーーーい!!」
あんなに仲がいいのに、面会拒絶されたんだ……。
小雛ゆかりさんの一言に、入り口で警備していた警察官の人まで耐えきれずに吹き出してしまう。
私は少し視線をずらすと、小雛ゆかりさんの隣で拡声器を手に持った人物へと視線を向ける。
「あくあちゃーん! 早く降りてきてー! ママが迎えにきたわよー!!」
お母さん……思春期の男子に対してそれは逆効果です。
今頃、白銀が留置所の中で悶えてるかもしれません。
私は白銀まりんさんの隣で気だるそうな雰囲気で拡声器を持った見覚えのある人物へと視線を向ける。
「あくあ〜、天我先輩〜、もうお腹空いたから帰っていい〜? ていうか、みんなでラーメン竹子いこ〜」
頼む猫山、そんな投げやりな感じで説得しないでくれ。
この面白空間の中でお前だけが頼りなんだ。だからちゃんと白銀の事を説得してくれないか?
私は猫山の隣に立っているもう1人の希望へと視線を向ける。
「くっ、やはり僕も親友や後輩として2人と一緒に留置所に入るべきなのか……!」
やめろ黛! 真面目なお前まで警察の人達に迷惑をかけるんじゃない!!
それとそれは間違った親友の在り方だ。親友なら白銀の事を説得してくれ。頼む!!
猫山にやる気が感じられない今、頼りになる説得要員はお前しかいないんだ!!
「くっそ、こうなったら私も留置場に行くしかねぇ!」
「行くぞえみり。私についてこい!!」
「2人ともやめなさい! えみりさんも楓さんも、余計に面倒な事になるでしょ!」
「えみり先輩も楓先輩も落ち着いてよ。もう! あ……でも、えみり先輩は一回くらい留置所に入った方がいいかも」
おっ、あそこにいるのはうちのクラスの白銀カノンじゃないか。
見た感じ大きな怪我もなさそうで本当に良かった。ホッとした私は胸を撫で下ろす。
すると私の存在に気がついた白銀カノンが声を上げる。
「あ、杉田先生だ」
「杉田先生、よく来てくれました!」
「杉田先生〜、早くあくあの事をどうにかして〜。僕、もうお腹ぺこぺこだよ〜」
「今、説得に行ってる天鳥社長がダメだったら、もう杉田先生だけが頼りなんです」
「杉田先生おなしゃす!!」
いやいやいや、これだけのメンバーが説得に臨んで失敗しているのに、ただの学校の先生でしかない私にどうやって説得しろと!?
勿論、教師としてやれるだけの事はやってみるけど、白銀はああ見えて意志が固くてまっすぐな男だからな。とてもじゃないが説得が通用するとは思えない。
「あ、阿古さんだ!」
「あこっち、どうだった!?」
警察署から出てきた天鳥社長は首を左右に振る。
どうやら天鳥社長でも説得は無理だったみたいだ。
「ダメだったわ。俺はちゃんと罰を受けて罪を背負わないといけないんですって……」
「も〜〜〜〜〜っ! あいつってば、本当に変なところで真面目なんだから!! 国家転覆罪だったか国家騒乱罪だったか、普通に生きていたら聞いた事もない罪で捕まってたやつが無免許運転で今更ガタガタ何言ってんのよって話なのよ! 騒乱罪か転覆罪か知らないけど、そっちの方が普通に罪が重いでしょ!!」
小雛ゆかりさんの的確なツッコミにみんなが無言で頷く。
「ま、まぁ、ちゃんと罪を償おうとしてるのが、あいつのいい所でもあるんだけど……」
あ、うん。さっき電話で話していた松川先生の言葉が私の頭の中に浮かんできた。
なるほど、この人が1番白銀が甘やかしていると松川先生がおっしゃっていたのはこういうところなのか。
小雛ゆかりさんを見ていた周りの人達の視線がジト目になる。
どうやら、彼女の周りに居る人達もその事に薄々気がついているみたいだ。
「こうなったら私も捕まるか」
「ゆかり先輩、それはやめてください。インコさん達が説得しにきたら、余計に事態が茶……ややこしくなるので」
良いぞ月街。ナイスディフェンスだ。
体育の授業で野球やサッカーをした時に、守備に一定の定評があると言われているガードの固い月街だけの事はある。
私が小雛ゆかりさんへと視線を向けると、目が合った彼女がこちらに向かってゆっくりと近づいてきた。
「杉田先生、あのバカが本当に迷惑かけてごめんなさい」
小雛ゆかりさんがぺこりと頭を下げる。
「いえ、こちらこそ、いつもうちの生徒がご迷惑をおかけしているようでして本当にすみません」
私と小雛ゆかりさんは交互に頭を下げ合う。
「杉田先生、悪いけど、あのあくぽんたんの説得を頼めますか?」
「あくぽんたん!? ああ、白銀の事ですか。えぇっと、一応、やれるだけの事はやってみようと思います」
小雛ゆかりさんは手に持っていた拡声器を私に差し出す。
えっ? 面会室に行って説得するんじゃなくて、ここから説得しろって事……?
私は戸惑いながらも、小雛ゆかりさんから拡声器を受け取る。
ええい、こうなったらやるだけやってみるか。ヤケクソになった私は拡声器を警察署へと向ける。
「白銀〜! 聞こえているか〜! 担任の杉田マリだ〜!!」
私の言葉を聞いた周りの観衆から大きな歓声と拍手が起こる。
おいちょっと待って。もうすでに説得に飽きている猫山と真面目な黛を除いて、お前らただこの状況を楽しんでるだけじゃないのか? いや、それは私の考えすぎと気のせいだと思う事にしよう。
「白銀、先生は白銀が出頭したと聞いてすごく嬉しかったぞ! いくら緊急事態中の出来事とはいえ、自らを律し、真面目であろうとする白銀の高潔さと姿勢を先生は褒めてあげたい。だから頼む。せめて少しでいいから、先生やみんなに顔を見せてくれないかー?」
こんな説得で顔を見せてくれたらいいが、流石に無理だろうな。
尊敬している小雛ゆかりさんとの面会すらも拒絶している白銀が、ただの担任の先生でしかない私の説得に応じるわけがない。
「杉田先生……?」
警察署の2階にある窓が開くと、白銀がひょっこりと顔を出す。
嘘だろ……。今まで顔も出さなかったのに普通に白銀が顔を出してきたぞ。
白銀の顔を見た周りの観衆から大きな歓声が上がる。
「って、うわぁっ! 俺がみんなと面会してる間にどうしたんですか、これ!?」
なるほど、白銀は今までずっと面会してたからこんな状況になっているのを知らなかったのか。
「白銀、みんながお前のためにここにきたんだ。頼むから警察署から出てきてくれないか?」
「杉田先生……! いくら杉田先生の頼みでもダメです。俺はバイク乗りとして、無免許運転なんてやっちゃいけない事をしてしまったんです。いくらカノンのためとはいえ、これじゃあ剣崎やヘブンズソードに顔向けができません!!」
真面目な白銀らしい理由だった。
そういえば三者面談の時も、白銀はヘブンズソードで剣崎を演じていた事を誇らしそうにしていたっけ。
子供の憧れでもあるドライバーを演じておいて、法律を守れなかった自分の事を白銀自身が許せないんだと思った。
「白銀……確かにお前は罪を犯したのかもしれない。でもな、人として最も重要なのは罪を犯した後に、どう罪を償うかなんだ。決して罰を受ける事が罪を償うわけじゃない。それなら罰を受けていいから、罪を犯していいよねという話になってしまう。いいか? それよりも犯した罪としっかり向き合い、どう償っていくかこそが真に重要な事なんだ。私はお前の先生として、杉田マリ個人としてそう思う」
私の説得に周りから大きな歓声が起きる。
……みなさん、頼むから少し静かにしておいてくれないか?
只の一般人の私からしたら、そういうのはすごく恥ずかしいんだ。
「やっぱり杉田先生を呼んでよかった」
「小雛ゆかりとかいう只の賑やかし要員とは格が違う」
「はあ!? 誰よ今、私の事を賑やかし要員とか言ったやつ。そこにいる楓達と一緒にしないでよ!」
「えっ!? 私って賑やかし要員だったんですか?」
そ・こ! 静かにしてください!!
説得できるものもできなくなっちゃうでしょ!!
私は後ろを振り返ると、唇に人差し指を押し当てて周囲に静かにするように促した。
それを見た総理がキリッとした顔をする。
「杉田マリさん……私も明日から杉田先生って呼んでいいんですか?」
総理、やめてください。
仮にも一国の代表である総理から先生なんて呼ばれたら、一般人の私の胃がマッハで死にます。
「杉田先生……それじゃあ、俺はどうしたらいいんですか? 罰を受けるのがダメなら、どうやって罪を償ったらいいんですか?」
「白銀、その事について先生とこれから一生をかけて一緒に真剣に考えよう。だから、ほら、いつまでもそんなところに居ないで降りてきてくれるか?」
私は白銀に対して優しい笑みを見せる。
……ん? 白銀、珍しく顔を真っ赤にしてどうした?
「一生をかけて一緒に……?」
私は首を傾けて数秒ほど思考を駆け巡らせる。
そして気がついてしまった。自分がとんでもない事を言ってしまったという事に。
「待て……! 一生をかけて一緒にというのはそういう意味じゃなくてな」
「違うんですか!?」
白銀は絶望したような顔をして項垂れる。
や、やめろ。私はお前のそういう顔に弱いんだ!!
年下好きで、常日頃から年下から甘えられたいと思ってる私のような女に、白銀の捨てられた子犬みたいな顔は効く。
「あ、いや、その、違うってわけでもなくって」
私がしどろもどろになっていると、隣から急に出てきた雪白えみりさんが私の持っていた拡声器を奪う。
「あくあ様〜! 留置場から出てきたら、杉田先生が何でもしてくれるって〜」
「「えっ!?」」
私と白銀の驚いた声が重なる。
えっ? 私に任せてくれって?
ううむ……そういう事なら……。
「なっ、何でもって何でもですか?」
「もちろんですあくあ様。今、この私、雪白えみりが杉田先生本人から言質をとりました。だから安心して出てきてください」
キリッとしたえみりさんの表情を見た周囲から大きな歓声が起きる。
「い、いや、でもなぁ。その……やっぱり罰を受けないというのは……」
「じゃあ、こうしましょう!」
今度は反対側から飛び出してきた羽生総理が雪白えみりさんから拡声器を奪う。
「あくあ君、いや! 剣崎総司、ヘブンズソードとして、この夏の間だけと言わず、永久に特別警察署長として警察官の仕事に協力する事を、貴方の犯した罪の罰として下します!!」
なるほど、一日警察署長が永遠に続く、みたいなものか。
ん? 待てよ。それは本当に罰なのだろうか? いや、今はそんな事よりも白銀が出てきてくれる事の方が重要だ。
「いいぞ総理!」
「さすがだ総理!」
「ふぅ、これだからうちの総理は最高だぜ」
「次の選挙も羽生総理に入れるからな!!」
「これは有能と言わざるを得ない」
「あれ? これってもしかして永久警察署長として、多少の事ではあくあ様の罪に問えなくなるのでは?」
「そうだよ。さすがは総理、この後に起こり得る問題も全て一手で解決しやがったぜ」
「これが羽生マジックか!!」
近くで聞いていた猫山が欠伸をしながら「ねぇ、終わった? もう帰っていい?」と聞いてくる。
待て、あと少しだから。
「わかり……いや、それは果たして罰なのか?」
「あくあ様! 難しい事を考えちゃダメです!」
「そうよ。あんたはバカなんだから余計な事なんて考えなくていいの!」
「バカ!? 今、俺にバカって言ったの、絶対に小雛先輩でしょ!! 今から降りて文句言いに行きますから、そこで大人しく待っててくださいよ!!」
白銀は窓から顔を引っ込めると、開けていた窓を閉じる。
それから数分後、神妙な面持ちした白銀がスーツを着たままの姿で警察署の外に出てきた。
「みなさん。この度は、無免許運転で公道を走ってしまい本当に申し訳ありませんでした!!」
私と小雛ゆかりさんと、天鳥社長とまりんさんと美洲さんが慌てて横に並ぶとカメラの前で一斉に頭を下げる。
それに対して周りから大きな歓声が湧き起こった。
「あくあ様、気にしないで!!」
「そうだよ。今回は政府から緊急の特別警報が出てたんだから」
「そうそう!」
「何なら、大事な時に不在だった総理に責任があるのでは!?」
「そうだそうだ。総理は謝罪しろ!」
「総理、謝罪チャンスだぞ!」
「今こそ貴女が培ってきた土下座スキルで、全てをうやむやにして煙に巻くんだ!!」
ここぞとばかりに側転しながら前に飛び出てきた総理が綺麗な土下座を決める。
「本当に申し訳ございませんでしたぁ!」
「いいぞ総理!」
「ちゃんとオチがついた!」
「やっぱりうちの総理は有能だ!」
本当にこれでいいのかなぁ……。
周りからの温かな拍手に包まれながら、私はなんとも言えない顔をする。
「ありがとう。みんな、本当にありがとう。俺は罰を受けて、この罪をちゃんと背負っていくよ」
うんうん、よかったな。白銀。
ともかくこれで一件落着だ。
「その……杉田先生……」
白銀が珍しくモジモジしながら私にゆっくりと近づいてくる。
どうした? お前は何も恥ずかしがることなんてしてないんだ。
もっと堂々としてていいんだぞ。
「その、さっき、一生一緒にって。プロポーズですよね?」
「えっ?」
私は周囲に助けを求めるように首を左右に振る。
しかし、さっきまで私の周りに居た人達が急にそっぽを向いて、何も見てない素振りで耳を大きくして撤収の準備を始めた。
「いや、それは……だな」
「違うんですか!?」
うっ……だからその顔は私に効くって言ってるだろ!
「いや、違う事はないんだがな。私はお前の教師でお前は私の生徒なんだ」
「それの何が問題だっていうんです!!」
「教師と生徒、大いに結構じゃないか!!」
報道陣からカメラとマイクを奪った羽生総理と雪白えみりさんが私の顔をカメラとマイクでぐいぐいと押す。
ちょっと待て! 今、どさくさに紛れて雪白えみりさんがマイクで私を押しただろ! こら! 総理は手に持ったカメラのレンズ部分を私の体に押し付けるな!!
「と、ともかく、そういうのは卒業した後だ!」
「じゃあ、卒業した後には、俺と結婚してくれるんですね!? やったー!! 死ぬまで杉田先生が俺の先生だー!!」
白銀は両手を挙げてはしゃぐ。
それを見たみんなが暖かな笑顔で良かったねと声をかける。
いや、卒業した後の話だとは言ったが、結婚するとは言ってないぞ……とは、あの笑顔を見たら言えないよな。
なるほど。どうやら白銀が意固地なのは、教師だからと意固地になっていた私の影響もあるようだ。
「よしっ、みんなで飯食いに行こうぜ! 今日は俺の奢りだ!!」
「やったー!」
「ご・は・ん! ご・は・ん!」
私は白銀に近づくと、卒業するまでは教師と生徒だからなと囁く。
ほんの少しだけ白銀が絶望をした顔をしていたが、お前の周りには素敵な女性がいっぱいいるじゃないか。そ、それとも、お前にとって私はそれくらい魅力的なのか?
そう思うと、女として少し……いや、かなり嬉しい気持ちになった。
とは言え、規則は規則だ。白銀には悪いが、卒業するまでは我慢してもらう。
全員が帰宅と撤収の準備をする中で、何かに気がついた猫山が声を上げる。
「ねぇ。ところであくあ、一緒に留置場に入ってた天我先輩は?」
「「「「「あっ!」」」」」
白銀……お前、その顔、絶対に忘れてただろ。黛もすぐに顔を背けたが、「あっ」と驚いた顔を先生は見逃してないからな!!
まぁ、今回に限って言えば白銀だけじゃなくて、みんな忘れてたわけだし仕方がない。正直、私も白銀の自分の事でいっぱいいっぱいすぎてそこまで気が回らなかった。
私たちは慌てて留置場に戻って天我アキラさんを迎えに行く。
「我は後輩が留置場を出るまで一歩たりともここから出ないぞ!! 後輩を罰するなら我も罰しろ!!」
「天我先輩、俺ならさっき出ました!! だから先輩も一緒に飯食いに行きましょう!!」
白銀が釈放されたのを見た天我アキラさんは2人で涙を流しながら抱き合って喜ぶ。
いや、みんなももらい泣きしてるけど、そこに居た後輩はさっきまで天我アキラさんの事を忘れてましたよ。
私は心の中で天我アキラさんに「すみません」と呟く。
あとで白銀の先生として、先輩は大切にしろよと言っておきます。
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