白銀あくあ、俺にもファンがいるらしい。
藤百貨店改装オープン初日、朝の7番組連続リレー生出演は成功に終わったと思う。
自分がどれくらい貢献できたのかはわからないけど、さっき外で挨拶した時はすごい人たちが詰めかけていてびっくりした。流石はデパートの藤と言われるだけの事はある。その改装オープンとなれば、あんなにも多くの人が詰めかけるんだなぁ。俺も頑張らないといけないなと強く思った。
「あくあ君、準備はできましたか?」
「あっ、はい!」
次のシークレットイベントに向けて服を着替えていた俺は、更衣室のカーテンを勢いよく開ける。
「どうですか?」
「うん……やっぱりいいと思う」
「あーくん素敵……!」
鏡に映ったコロール関連のブランド服に身を包んだ俺は、一見すると執事のような装いをしている。
朝の広告チラシにもこの格好で撮った写真が使われているみたいだけど、なんだかコスプレしているみたいで少し恥ずかしい。阿古さんやしとりお姉ちゃんは褒めてくれるけど、こういう姿をするなら、俺なんかよりももうちょっとお年を召した人の方がいいと思うんだけどなぁ。
「白銀さん、準備は整いましたでしょうか?」
「はい! すぐにいけます!!」
藤百貨店のスタッフの人の呼びかけに応えた俺は、阿古さんとしとりお姉ちゃんと共に控え室から出る。
後日、この藤百貨店で俺はトークショーをする予定だが、今日はそれとは別にシークレットイベントに出演する予定があるからだ。
「あくあ君、危なくなったらすぐに警備の人が入るから」
「ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」
俺たちはバックヤードを抜けて、目的の場所であるコンシェルジュショッピングスペースへと出る。
ここは、お客さまのご相談を賜って、コンシェルジュがその要望に見合った商品を提案する場所だ。
俺は専門のコンシェルジュのいるカウンターへと、お客さまを執事のように案内するのが主な仕事の内容である。
シークレットイベントという名目なので、このことはどこにも告知してないらしい。
でも、こんなことでイベントになるんだろうか? たまたま俺のことを知ってくれてる人ならいいけど、コロールのランウェイは一瞬だったし、深夜ドラマなんてそうそう誰もみてないと思う。森長さんのCMに出てるくらいだ。果たしてそれだけで気がついてくれる人がどれだけいるのか……。
「そろそろ開店でお客様が入られると思います。少し遅れて、ここにも人がやってくると思うので、対応のほどよろしくお願いします」
「かしこまりました。お嬢様」
なんてカッコつけていってみたら、対応してくれた藤百貨店のお姉さんが固まってしまった。
うっ……やっぱりキザすぎか……。でも俺の知っている若い執事ってこんな感じのしか知らないんだよな。恥ずかしくなった俺は、今すぐどこかへと逃げ出したい気持ちになった。
「あ、すいません。彼女、朝から忙しかったみたいなんで、回収していきますねー」
近くにいた別のスタッフのお姉さん二人が、フリーズしたお姉さんの両腕をガシッと掴むと引きずるように何処かへと消えていった。ごめんねお姉さん、疲れてる時に変なこと言って……。
そういえばここにくる時、すぐ後ろの部屋が救護室みたいになっていた事を思い出す。
流石は藤百貨店だ。朝から働き詰めのスタッフの人たちや、来店されたお客様が体調を崩してしまった時のために予め用意しているのだろう。その配慮が素晴らしい。
「お客様が来られました」
開店からしばらく経った頃、一人のお客様がここを訪れた事を告げるお知らせがイヤホンに入った。
コンシェルジュショッピングスペースでは、まず最初に入口でお客さまのご要望を聞き、それに沿ったデスクへとお客様を案内する。しばらく待機していると、再びイヤホンに声が入った。
「白銀様、お客さまのご案内よろしくお願いいたします」
「はい、わかりました」
俺は執事らしく優雅に、それでいて素早く、お客さまの待っている入り口のスペースへと向かう。
「いらっしゃいませ。本日は藤百貨店をご利用いただきまして、ありがとうございます。こちらへどうぞ」
俺が最初に対応した女性は、小さな赤ちゃんを抱えた三十代中頃の若いお母さんだった。
いきなり男の俺が出てきたせいか、びっくりした顔で口を半開きにしている。
「よろしければお荷物の方、お持ちいたしますがよろしいでしょうか?」
「あ……はい」
俺はお母さんから手提げのバッグを受け取ると、奥の部屋へ二人を案内する。
「こちらのお席になります。どうぞ」
「あ、ありがとうございます……あ、あの」
お母さんは何かを俺に伝えたいようだったが、口がぱくぱくと小さく動くだけで声が出ない。
「ゆっくりでいいですよ」
俺がそういうと、少し落ち着いたのか、俺に向けて右手を差し出した。
「あ、あの……はなあた見てました。それで原作が好きでその……夕迅役、とってもよかったです! あああ、あの! よかったら、握手してくださいっ!!」
ま、マジか!? あんな深夜の遅い時間に見てくれてる人なんているのだろうかと思ってたが、やはり花咲く貴方への人気は凄まじいな。最近も続編だったかなんか出るらしいと聞いてたけど、それくらい人気だったらドラマでは端役だった俺の存在を知ってくれてる人もいるということか。
「ありがとうございます。自分のようなちょい役のキャストまで覚えていただいているなんてとっても嬉しいです。こちらこそ握手させてください」
俺はお母さんの手をぎゅっと掴みかえす。
「あの、それで……よかったら私の赤ちゃんも抱っこしてくれませんか?」
「もちろんいいですよ、何ちゃんですか?」
「さ、さとりです!」
前世では孤児院にいた期間もあるから、赤ちゃんをあやすのもお手のものだ。
さとりちゃんは俺が抱っこすると、元気よくキャッキャっと笑い声を出す。
「おっ、さとりちゃん元気だねぇ、いい子いい子」
俺はさとりちゃんの伸ばしてきた手を軽く指先で掴む。
「あ、ありがとうございました!」
俺はさとりちゃんをお母さんへと返すと、一緒に記念撮影をしたりサインを書いたりした。
いやぁ、最初からファンの人に当たるなんて俺は幸運だなぁ……。あんな時間帯のドラマを見ていて、さらにちょい役の俺のファンだなんて、こんな偶然ってあるんだね!
仕事を終えた俺は感動を噛み締める。
するとすぐにまた声がかかったので、入り口のスペースの方へと向かう。
「本日は藤百貨店にご来店いただきまして、ありがとうございます。ご相談カウンターの方へとご案内いたします」
次に案内する事になったのは、20歳前後のいかにも女子大学生といった感じの子だった。
お姉さんは俺の顔を見ると、さっき後ろの救護室へと運ばれていった藤百貨店のスタッフさんと同じようにフリーズしてしまう。やっぱり俺みたいな若い男が、こういう格好しても浮くだけだよなぁ。
「お客さま?」
「こうこ……」
「えっ?」
「こうこお嬢様って呼んでくださいっ!」
くっ、これがまさかの羞恥プレイという奴か。
さっきやらかした事をまたここでやらかせと……だが、いいだろう。今の俺は執事、執事たるものお嬢様の命令は絶対なのだ!! これでもプロとして仕事を受けた以上、俺にだって責任と信念はある。
「おかえりなさいませ、こうこお嬢様、よろしければこちらへどうぞ」
「は、はひ……ウヒ、うひひ」
ぐあああああ、目の前のこうこさんの口角がひくひくと動く。きっと笑いを堪えているんだろう。そのせいでこうこさんはなんだかちょっと変な顔をしていた。いいよいいよ、笑えばいいじゃない。どうせ俺には似合いませんよーだ。
その後もこうこさんは俺の方を見ては、ずっと変な笑みを浮かべていたんだけど、途中で現れたスタッフの人がどこかへと連れていってしまった。やはりお客様とはいえ、店員に対して失礼な態度は許さないという藤百貨店の強い姿勢の表れなのだろうか。やはり一流のデパートは違うなぁ。
そんな事を考えていると、奥からこうこさんが申し訳なさそうな顔で、しょんぼりとした雰囲気で現れた。
「さ、さっきはすみませんでした」
「あ、いえ、大丈夫ですよ。気にしていませんから」
いや、本音を言うと、こうこさんはあまり悪くないと思うんだよね。むしろこの企画に違和感がないと思っている方が問題というか……流石に高校生が執事は無理があるって思う。
「ありがとうございます!!」
俺はこうこさんと握手を交わして、今度こそ彼女をちゃんと相談カウンターの方へと連れて行く。
その後も引き続き、俺は数人のお客さんの応対を担当する。
「白銀様……人が増えてきたので、次が最後です」
「あ、はい、わかりました」
俺はイヤホンから聞こえてきた声に対してインカムで返事を返す。
すぐに入り口の方へと向かおうとしたら、スタッフの人から次はこっちですと反対側の方を指示される。
指示された方へと向かうと、見覚えのある人が立っていた。
「あ……」
俺は思わず声を出してしまった。
すると彼女は俺に気がついてゆっくりと振り向く。
「あ……お久しぶりです。あくあ様」
俺の方へと振り向いた時の花の咲いたような眩しい笑顔、それに加えて上品な雰囲気と、圧倒的なスタイルの良さ。
彼女の前ではどんな芸術作品でも霞んでしまうだろう。人類が生み出した最高の芸術作品と言っても過言ではない。
スターズの王女様ことカノン殿下が俺を待っていた。
「お久しぶりです。殿下」
俺がそう言うと、殿下は少し悲しげな顔を見せる。
「あくあ様、今は公の場所ではありませんよ? どうか今だけは、私のことをカノンとお呼びください。だって私たち、ただの同級生で高校生でしょ? だからそんなよそよそしい態度を取られちゃうと……少し悲しくなっちゃいます」
有無を言わさぬような殿下の可愛さに俺は屈する。言っておくが決して殿下の後ろにいたペゴニアさんの圧に屈したわけではない。
「あっ……はい、カノン……久しぶり」
「きゃっ! 嬉しい!!」
俺が名前を呼び捨てにすると、カノンは満開の微笑みを見せてくれた。
ぶっちゃけ俺だってただの一人の男子高校生……本音を言うと殿下のような可愛い彼女が欲しい。でも殿下と俺じゃあまりにも身分が違いすぎるし、何よりも殿下は立場上、おそらくだがあまり友達がいないだろう。だからこれは男女の愛情ではなく、友情のような感情を向けてくれているのだと俺は思っている。
それに何よりその後ろで、隣の部屋は空き部屋ですよって指示してくるペゴニアさんのおかげで、勘違いしそうな雰囲気になっても冷静になれる自分がいた。
「それではご案内しますね。お手をどうぞ」
「はい! ふふっ、あくあ様にこうやってエスコートしてもらうのは2度目になりますね。あの時の約束、覚えていますか?」
そういえばあの時は色々あって、その後もすごく忙しくって二人で会う約束をすっぽかしたままだった。
「あ、はい、すみません。実はその忙しくって……」
「ふふっ、いいのですよ。でも……私、すごく楽しみにしていたんですからね」
カノンは首をコテンと傾けて、俺の肩に寄り添わせる。
あああああ! くっそ可愛い! しかもまた胸が当たってるし!! 殿下、無防備すぎるよ!! 俺だって男の子なんだからさぁぁぁあああああ!
正直、殿下は自分が絶世の美少女であることを理解してほしい。
「あ……ここまでで大丈夫です」
カノンは絡めていた腕を解いて一人先に行く。
そして目的地の部屋の手前で立ち止まると、俺の方へとくるりと振り向いた。
「連絡、楽しみに待ってますから」
カノンはそう言うと一人、コンシェルジュスペースへと向かった。
ペゴニアさんが後に続くように俺の隣を通り過ぎる。
その時にペゴニアさんは、俺に向かって、もっと押せば落ちますよってとんでもない事を口走って去っていった。
流石に冗談にしても程があるよ。俺じゃなかったら本気で受け取っていたかもしれないので、気をつけてほしい。でも俺はちゃんとジョークだってわかってますから。
「お疲れ様でした」
「あ……はい! お疲れ様でした」
最後に案内したのがカノンだったのはびっくりしたけど、なんとか俺はシークレットイベントも無事にこなすことができた。
帰りに藤百貨店の人から、芸能界のお仕事がきつくなったらいつでもきてください。ポストを空けてお待ちしておりますと言ってくれた。もう、みんな優しすぎだよ。俺なんて案内しかしてないのになぁ。
ともあれ、俺も疲れていたのか、阿古さんの運転する帰りの車の中で寝落ちしてしまった。




