白銀カノン、最強で最高な私の旦那様。
あくあを見送った後、私はペゴニアと一緒にリビングに戻る。
いつもは賑やかなここのリビングも、今日はあくあと一緒にレセプションパーティーに参加している人が多いのですごく静かだ。
「お嬢様、お加減はいかがですか?」
「大丈夫大丈夫。それよりペゴニアも座って」
ソファに腰掛けた私は、立ったままのペゴニアに座るように促す。
するとペゴニアは渋々仕方なくという表情でソファに座る。
「ペゴニアは私の体調よりもまずは自分の体調を1番大事にしなさい。もう、貴女の体も自分1人のものじゃないんだから」
「……わかりました」
私としては悪阻が重いペゴニアにはあまり無理して欲しくないから、本当はずっとお休みにしたいんだけど、ペゴニア本人が頑なにそれを拒否するんだよね。
目に涙を溜めて捨てられそうな子犬のような顔で見つめられた時は、流石に私も一時的にでもいいから侍女をやめなさいとは言えなかった。
「そういえばペゴニアは子供の名前決めた?」
「いえ……まだ。なので、掲示板で募集した名前をルーレットに貼り付けてナイフを投げて当たったのにしようかと」
流石にそれはダメでしょ!
自分の名前の由来を聞いた時に、そんないい加減な方法で名前を決めたって事を知ったら子供が泣いちゃうよ!?
「子供の名前はあくあと話してちゃんと決める事。いいわね? 私からもあくあにちゃんと言っておくから」
「……はい」
全く、念の為にと思って聞いておいて本当に良かったよ。
ペゴニアは私の事となると、ささくれ一つで大慌てするのに、自分の事になるといい加減なんだから。
「お嬢様、その……私はちゃんと母になれるでしょうか……?」
「ペゴニア……」
ペゴニアは不安そうな顔で私を見つめる。
最初は自分の身体の中で起こった変化に戸惑っていたペゴニアだけど、少しは自分1人の体じゃないって自覚が出てきて不安になってきたのかもしれない。
これはペゴニア本人にとってもすごくいい傾向だと思った。
私は優しく笑みを浮かべると、ペゴニアの両手をそっと掴んだ。
「大丈夫。私もお母さんになるのは初めてだから不安な時もあるけど、ここにはみんながいるし、あくあがいるでしょ? だから、ね。みんなで協力してがんばろ。ペゴニアが不安な時は私やみんなが側にいる。だから、私が困ったときはペゴニアが支えてね」
「……はい! お嬢様」
私はペゴニアとぎゅっと抱き合うと、彼女の耳元へと顔を近づける。
「後、素直にあくあにも弱みを見せる事」
「そ……それはまだ無理です」
ペゴニアは頬を赤く染めると、戸惑う感情を隠そうともせずに視線を彷徨わせる。
それよそれ。ペゴニアみたいな強い女の子がそういう表情を見せたら、私達のあくあなんて簡単にコロッと行くんだから。
「ん?」
今、一瞬、目の前が真っ暗になったような……。
『電力の過負荷を感知。通常電源をシャットダウンして予備電源に切り替えます』
館内放送を聞いた私とペゴニアは顔を見合わせる。
どういう事だろ?
『電力の過負荷によりネットワークの構築に必要なサーバー機器のいくつかが故障。3510ネットワークが切断します。繰り返します。電力の過負荷によりネットワークの構築に必要なサーバー本体が強制シャットダウン。予備サーバーに接続開始……3、2、1。接続を確認できませんでした。3510ネットワークがロストします』
サーバーに使われているパーツは、かなりの負荷に耐えられるように設計、テストをされているはずです。
そのサーバーが落ちるなんて、かなりの電力がピンポイントでここに流された可能性がある。
いや……そもそも3510ネットワークのサーバーって本体のみことちゃんとは別に、予備サーバーが聖あくあ教本部に置いてあるはずです。つまり、意図的に二つ同時に狙われた?
『妨害電波を受信、一般通信回線や軍用専用回線を含めた通信機器の一切が使えない事を確認。現在、白銀キングダムならびに周辺地域は外部との連絡が途絶しています。第一種警戒配備。全職員は緊急時マニュアルに則って行動を開始してください』
私はペゴニアと顔を見合わせると無言で頷き合った。
間違いない。どこの勢力かはわからないけど、あくあが不在のタイミングを狙われた。
『これは訓練ではない。繰り返します。これは訓練ではない。後宮内に侵入者を確認。警備隊は直ちに現地に直行し、事態に対応してください。繰り返します。これは訓練ではない! これは訓練ではない!! 地下通路を使って侵入者が白銀キングダム内の後宮を占拠』
後宮……お姉様達が居る場所だ。
私がソファから立ち上がろうとすると、思考を読んだペゴニアが私の手を掴んで引っ張る。
「ダメです。お嬢様」
「いえ、あくあ不在の今。私は後宮に向かわなければいけません」
後宮内で何かがあれば、責任を問われるのは日本政府や白銀キングダムの所有者でもあるあくあです。
こうなる可能性については、事前にくくりちゃんや総理、お婆様達とも話し合っていた。
だからこそ、あくあ不在の白銀キングダムで主人を任されている私が対応に当たらないといけません。
「ペゴニア、手を離しなさい。これは命令です」
「お嬢様……わかりました。その代わり、私も同行いたします」
私はペゴニアの意思の硬さを表情で察する。
これはここで待ってなさいと言っても言う事を聞いてくれなさそうね。
「行くわよ。ペゴニア」
「はい、お嬢様!」
私はペゴニアを伴って後宮へと向かう。
今回の襲撃犯はこれまでにないタイミングで襲ってきた。
あくあと護衛のりんちゃんやりのんさん、えみり先輩やくくりちゃんはパーティーで不在。
ペゴニアはもちろんのこと、楓先輩がいたとしても妊娠中でとてもじゃないけど戦える状況じゃない。
そしてみことちゃんを過負荷でダウンさせ、おそらく聖あくあ教本部も襲撃を受けている。
おまけに総理は外遊中で、お婆様とキテラは教団の用事で秘密裏にステイツとスターズに向かったと聞いている。これは完全に狙われたと言っても過言ではない。
「来たな……白銀カノン」
犯人の1人が人質にとったお姉様にわざとらしく銃口を向ける。
「カノン、私ごとこいつをおやりなさい。人質になるくらいなら私は死を選ぶわ」
「お姉様……」
その目は本気なのね。
お姉様の覚悟とその振る舞いに襲撃犯たちも気圧される。
「待て! 人質は1人じゃないぞ」
体を縄で拘束された後宮の侍女が爆弾のようなものが付けられたベストをつけて出てくる。
「柱に括り付けた各国の姫達に同じものを装着してある。お前らが何かおかしな真似をすればそれらが一斉に爆発する。言っておくが説得しようとしても無駄だ。私達は死ぬ事を覚悟でここに来ている」
私は軽く息を吐くと、襲撃犯の目的を探る。
「貴女達の目的は何?」
「目的は貴女だ。白銀カノン。貴女を私の国にご招待したい」
私はふっと笑みをこぼす。
「あら、それなら外務省を通じて正式に招待状を送ってもらえるかしら? ここは窓口じゃなくってよ」
「勘違いするな。これは交渉ではない。素直に貴女が協力に応じて頂けるなら、貴女の命は保証しようという私達からのせめてもの礼儀と配慮だ。故に貴女の時間稼ぎに付き合うつもりはない。それともその、白銀あくあも惚れる綺麗な顔を切り刻まれたいのか?」
犯人の1人が私にゆっくりと近づいてくると、手に持ったナイフをチラつかせる。
少しでも何か情報を引き出せればと思ったけどダメね。
「ほら、何か言ったらどうだ?」
「お嬢様!」
私は手を横に出してペゴニアを制止するとナイフを手に持った彼女に自分から近づいていく。
「お、おい。何を……」
私は襲撃犯が手に持ったナイフに近づくと、その切先を自らの頬に少しだけ食い込ませる。
「貴女達はあくあの事が何もわかっていないようね。あくあから私への愛が、その程度の事で揺らぐと思っているのかしら?」
刃先に接触した私の頬に血が滲む。
目出し帽を被った襲撃犯は、ぽたぽたと滴り落ちていく私の血を見て動揺したかのように見開いた瞳孔を激しく揺らせる。
「や、やめろ」
襲撃犯は手に持ったナイフを慌てて引っ込める。
あら? 貴女、そんな覚悟で私にナイフに突き出したの?
私ならあくあと結婚するって決めたあの日から、ううん、王族として生まれた日から覚悟は決まってるわよ。
だから私はナイフを持った襲撃犯の手を掴んで、今度はその切先を自分の喉元に押し当てた。
「私が人質になる代わりに、ここにいる全員の身の安全を保証しなさい。でなければ私は今ここで自死いたします」
「そんな事……」
できるわけがない?
ほら、この目を見て、それでもそう言えるかしら?
「……いいだろう」
「隊長!」
襲撃班の1人が声を荒げる。
ふーん、なるほどね。あそこにいるのが隊長か。
「最初から目的は白銀カノンの確保だけだ。無用な殺生に意味はない」
隊長と呼ばれた人物は私に近づいてくると、喉元に押し当てたナイフを離して私を拘束する。
それを見たペゴニアが私に近づいて来ようとした。
「お嬢様ダメです! 襲撃犯達よ。どうしてもと言うのなら私も連れて行きなさい!!」
ペゴニアは懇願するような表情で襲撃犯に縋ろうとする。
……最初会った時は無表情で何考えてるか全然わからなかった。
でも、今はそういう顔をできるようになったのね。
「大丈夫よ。ペゴニア、私が誰だか忘れたのかしら?」
「お嬢様……?」
笑え。そう、笑うのよ。
大胆不敵に、そうあの頃のように。
「私の名前は白銀カノン、この世界に愛され、運命に愛された女。この私が不幸になるわけなんて120%……いいえ、地球が滅びるよりも可能性がなくってよ」
はっず! なんで私は掲示板でこんな事を恥ずかしげもなく言ってたのかなぁ!?
襲撃犯じゃなくて、自分の黒歴史で羞恥心に殺されそうになる。
「それにきっとあくあが助けてくれるわ。私はそう信じているもの」
「お嬢様……」
なんとなくだけどそういう気がしてる。
「連れて行け」
くっ、心なしか目出し帽から見える襲撃班の人達の目が心に刺さって痛い。
何が運命に愛されてるよ。それなら私のこの黒歴史も消してよ!!
「目的地は羽田だ。急げ!」
私を黒いバンの中に押し込んだ襲撃犯達が目的地に向かって走り出す。
素直に羽田に向かうとは思えないけど、車を走らせている距離と曲がった回数からして方角は間違ってない感じがする。
あっち方向だと大井埠頭もあるわね。それか横浜に抜けるつもり?
私は羽田とは別の可能性を考える。
「ここでバンを乗り換える。急げ」
私達はどこかの地下駐車場で車を乗り換えると、再び目的地に向かって走り出す。
『みんなお願い! 僕の話を聞いて!』
突如として車のカーナビゲーションから聞こえてきたとあちゃんの声を聞いてびっくりする。
どうやら私が攫われた事があくあ達に伝わったみたいだ。
「隊長。3510ネットワークが復活したようです。それとこれを……」
「なんだこれは!?」
私は隊長と呼ばれた女性が手に持ったタブレットへと視線を向ける。
するとそこには一般道を爆走しているフォーミュラカーをヘリから空撮した映像が流れていた。
「ネットで流れています!」
あくあだ。誰が乗ってるかなんて見えないけど、あくあが運転してるってなんとなくわかった。
「あ、国営放送の映像も切り替わりました!」
国営放送の映像が切り替わると、レセプションパーティーに居る楓先輩が映し出された。
『みんな聞いてくれ! 今、あくあ様が全速力でカノンを追っかけてる。だからみんなも協力してくれ!! それとカノン、もう少しでお前の王子様がそっちにいくから大人しく待ってな! 決して無茶するんじゃないぞ!!』
楓先輩……ありがとう。それに、やっぱりさっきのはあくあだったんだ。
あくあがもう少しで助けてくれる。そう思ったら張り詰めていたものがスッと解ける。
痛い。今になって少しだけど裂けた頬が痛くなってきた。
ううっ、さっきはああ言ったけどすごく心配だ。
だ、大丈夫だよね? ちゃんと傷とか残らないよね?
あくあの事を信じてないわけじゃないけど、傷痕が残ったりしたらあくあが気に病んじゃうだろうしね。
どうか傷痕があまり大きくありませんようにと心の中で祈る。
「ふっ、安心したような顔をしてるが、本当に助けが来ると思ってるのか?」
まず鏡で自分の顔がどうなってるかを確認するべきよね。
隣で襲撃犯の隊長が、「おい、話を聞いてるのか!?」と言っているのが聞こえてくる。
もう、うるさいわね! 今の私は妄想……じゃなくって、あくあに助けられた時のシミュレートで忙しいの!
あなただって女の子ならわかるでしょ!!
「降りろ!!」
どうやら目的地についたみたい。
私は襲撃犯と一緒にバンから降りると、コンテナ船に乗り込む。
その途中で鏡に映った自分の顔を確認する。
よ、よかった。このくらいの傷なら一週間で傷跡も残らなさそう。
これならあくあが私の傷を見て気を病んだりなんてしないよね。
「おい、どうなってる! なんでここがバレた!?」
「わかりません!」
「それよりも出航はまだか!!」
「無理です! すごい数の漁船が囲んでて下手に出港できません!!」
私が色々と妄想している間に、周囲が慌ただしくなっていく。
その喧騒が嘘みたいに一斉に静かになる。
ん? もしかして私が妄想してる間にもうあくあが来ちゃったのかな?
私は襲撃犯達が見ているモニターを見つめる。
するとそこには冗談みたいな強さで相手をねじ伏せていくあくあが映し出されていた。
「……おい、これはなんだ?」
「さ、さぁ?」
「わ、わかりません」
唖然とする襲撃犯の中で1番体の大きな女性が口を開く。
「この格闘術は間違いなくアキコ・ライバックです」
「誰だそいつは?」
襲撃犯の隊長がさっき口を開いた女性と、その部下達へと視線を向ける。
「軍に居た時、私の上司でした」
「16の時から従軍して20代前半でゴールドスターズ勲章に国防功労十字勲章。レジオン勲章を含めた各種勲章を受勲したバカみたいな経歴の女です」
「ステイツの軍を離れた後はスターズで傭兵をやっていたと聞きます。今は風の噂で戦いに疲れて流しのコックをやってるとか。今度、森川楓が出演してる毎日ご飯に出るんだって嬉しそうに言ってました」
「銃を使えばエキスパートですが、ナイフを使った方が強い。なんなら武器を使ってない方が強いとさえ言われてます。あのミセス羽生と唯一互角に戦える女だとか……」
「コンビニに買い物に行っただけでテロを未然に防いだりとか、致死性のウィルスをばら撒いても日々飲んでる野草のお茶を飲んでる事で謎の耐性ができていて助かったりとか、本当にギャグみたいな女なんです!!」
「ちょっと待て。ステイツの映画にでも出てきそうなそんなギャグみたいな経歴の奴と、なんでこの男が同じ格闘術を使ってるんだ!! おかしいだろ!?」
私は襲撃犯の後ろでうんうんと頷く。
嫁の私ですらいまだにあくあに驚かされるのに、私より何も知らない貴女達があくあの事なんてわかるわけないじゃん。きっとこの映像を見てる他の人達も私達と同じ反応してるよ。
「隊長! 白銀あくあが操舵室に向かってまっすぐ突っ込んできます!」
「くっ! ここは任せた。私は白銀カノンを連れて食堂に移動する」
「わかりました」
私は襲撃犯の隊長に手を掴まれて食堂へと移動する。
ここは下手に逃げ出したりしない方がいいわよね。
私1人ならまだしも、お腹にいる2人の事を考えたら素直にあくあが助けに来るのを待っていた方が良さそうだ。
「もう大人しく降伏した方がいいと思うけど……」
「黙れ! 食堂の冷蔵庫の中には細菌兵器が入ってる。もしもの時はアレを……」
食堂にたどり着いた襲撃犯の隊長は私を柱に括り付ける。
そこに誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
「カノン……」
「あくあ……!」
助けに来てくれたあくあは私を安心させようと思って、優しげな表情で声をかけてくる。
でも私の頬についた傷を見たあくあは、笑顔のまま一瞬だけすごく怖い顔になった。
「おっと! 動くなよ」
襲撃犯の隊長は私に向かってナイフの切先を向けながら、私の手に爆弾を持たせる。
「これが落ちたら全員お陀仏だ。私も死ぬがお前も死ぬ。お前の嫁も子供も全部だ。ほら、持っている武器を全部捨てろ。ポケットの中に入ってるナイフもだ。床に置いて向こう側に滑らせろ」
あくあは言われた通りに持っていた武器を床に置くと指示された方向に滑らせる。
「両膝を床につけて後ろで両手をくめ」
「ほら、言われた通りにしたぞ。俺は無抵抗だ」
あくあはわざとらしくニヤニヤした顔を見せる。
なんでこの状況でもあくあは余裕なんだろう。ま、あくあの事だから深く考えるだけ無駄よね。小雛さんも、あくあ、楓先輩、えみり先輩の3人の事について深く考えたらダメ。絶対に時間の無駄になるからって言ってたし。
襲撃犯の隊長は私から離れると、手に持っていたナイフを食堂テーブルに突き立てる。
「お前のせいで部下がみんなやられた。ぶっ殺してやる」
ホルダーからピストルを引き抜いた襲撃犯の隊長は、その銃口をあくあの額に向ける。
しかし、次の瞬間、あくあは後ろで組んでいた手を前に回すと、その銃口を自分の額から逸らす。
パンッ! パンッ!
跳ね返った銃弾が壁に当たって貫通する。
あくあが隊長の持っていた銃を奪うと、一瞬で装填されていた銃弾を捨ててマガジンを引き抜いて床に投げ捨てた。
もう突っ込む気力もないけど、なんで銃なんか使った事ないのにそんなに武装解除が早いの? 後、その銃を持って相手に突きつけたら終わってなかった?
銃を奪われた襲撃犯の隊長は、自分でテーブルに突き刺さしたナイフを手に取る。
「こいよ。今、俺はすごく怒ってるんだ」
突っ込んできた襲撃犯の隊長を軽く転がしたあくあは、彼女が立ち上がるのを待つ。
はっきり言って一方的だ。素人の私が見ててもわかるくらい2人の間にある力の差は歴然としている。
「くそっ! くそっ!」
あくあは向かってくる相手を何度も床に投げ飛ばす。
ナイフを手刀で叩き落とされた襲撃犯の隊長は包丁を手に取ってあくあに襲いかかる。
「ぶらぁ!」
その手を掴んで相手を捻り伏せたあくあは、首を絞めて相手の意識を落とす。
「カノン!」
「あくあ!」
襲撃犯の隊長が完全に意識を手放したの確認したあくあは、彼女の体を床に落として安心した顔で私に近づいてこようとする。
しかしその動きがピタリと止まった。
「動くな!」
さっき操舵室に残してきた大きな体の襲撃犯があくあの後頭部に向かって銃口を突き立てる。
「お前に選択肢をやろう。お前の命と嫁の命、どちらか選べ。どちらかは助けてやる」
大きな体の襲撃犯は下卑た表情で笑みを浮かべた。
さいってー! こいつの考えている事を読んだ私は声を上げる。
「わ、私を」
「お前の話は聞いてない! 私が意見を聞いてるのはこいつだ!! 黙れ!!」
銃を持った襲撃犯は口角の端を上げて歯を見せる。
「さあ、選べよ白銀あくあ! お前だって男だ。自分の身が可愛いんだろ?」
「そうだな……。俺が死んだら悲しむ人がたくさんいる。そう言われた。だから俺は死ねない」
あくあの答えに満足したのか、大きな体の襲撃犯は声をあげて喜ぶ。
「ほらな。やっぱりお前も……」
「それに、カノンは目の前で俺が死んだら一生それを抱えて生きていかなきゃいけない。俺はカノンが悲しむ顔なんて、あの世からでも見たくないんだ」
あくあ……。そうだよ。だから私の命じゃなくて、あくあは自分が助かる事を選んで。
それと私が死んでもお腹に居る2人は助かるかもしれない。だから、お願いね。
私が死んだら、すぐに後ろの奴を倒して、私達の子供の命を助けてあげて。
「かと言ってカノンの命を差し出す事はない。カノンが目の前で死ぬのを見るくらいなら、俺が死ぬ」
あくあ、待って! その答えだけは選んだらダメ。
この世界には、みんなにはあくあが必要なの。だから、お願い。私の命を差し出して。
「はあ!? わがままな男だな! 結局、お前はどっちを選ぶんだよ!!」
「そんなの決まっている。俺の答えは最初から一つだ」
あくあがニヤリと笑う。
「助けて先輩」
「任せろ後輩」
えっ? 私と大きな体の襲撃犯の声が重なる。
声がした方に視線を向けると、天我先輩が立っていた。
その一瞬の隙をついたあくあが襲撃犯の手を掴んで銃を奪うと、天我先輩が大きな体の襲撃犯に向かって全力でタックルを入れる。
壁に後頭部をぶつけた襲撃犯は、そのまま白目を剥いて崩れ落ちていった。
「待たせたな。後輩」
「最初から来てくれるってわかってましたよ先輩。いつだって真のヒーローは遅れてやってきますから」
真のヒーローという言葉に目を輝かせた天我先輩は、みんなに連絡を入れてくると言ってその場を離れる。
「ごめん、カノン。待たせたね」
「ううん、大丈夫。全然、待ってないよ」
あくあは私の拘束を解くと、手に持った爆弾をそっとおく。
いやいや、普通に爆弾を無効化してるけど、なんであくあはそんな事ができるの!?
え? スペシャルドラマを撮影した時に、爆弾処理班の人にやり方を聞いたって? 普通に考えておかしいでしょ……。やっぱり小雛さんが言っていたように、あくあの事について深く考えるのは時間の無駄ね。
「カノン、これ……痛くない?」
「大丈夫大丈夫、血は出てるけどそんなに深くないからすぐに治るよ」
あくあは優しく傷口についた血を拭ってくれる。
ふふっ、こんな小さな傷一つでオロオロするなんて、さっきまで戦ってた人と別人みたい。
「さぁ、帰ろう。みんなが待ってる」
「うん」
あくあと一緒に家に帰ったら、大泣きしたペゴニアに抱きしめられた。
「お嬢様、もう二度とあんな無茶しないくでさい。私は、私は……!」
「うんうん、わかったわかった」
ペゴニア……心配をかけて本当にごめん。
でも、同じ事になったらまた同じようにするよ。
だってみんなが傷つくのは見たくないし、その……私は運命と世界にゴニョゴニョされてるからきっと、あくあに助けてもらえるしね!
「ううっ、お前、本当に無事でよかったな」
「カノンさんカノンさん!」
「ふふっ、2人とも本当にありがとね」
私は楓先輩や姐さんとも抱き合う。
2人とも心配かけてごめん。ところで、えみり先輩の姿が見えないけど、どこに行ったのかな?
私は一抹の不安を抱えながら、2人の背中をポンポンと叩いた。
◆◇◆◇◆雪白えみり視点◆◇◆◇◆
椅子に座った私の下に1人の聖女親衛隊が近づいてくる。
「聖女様、あくあ様と白銀カノンの無事を確認しました」
「信徒のみんなに、ありがとうと感謝の言葉を伝えください」
あくあ様の事だからきっとカノンの事を助けてくれると思ってた。
でも、それじゃあ私の怒りは収まらない。
絶対に誰が黒幕なのか見つけて見せる。
「それと聖女様の予測通り、東京湾に向かった原子力潜水艦の艦長から、東京湾付近で国籍不明の潜水艦を発見したとの連絡を受けました。引き続き監視を続けます」
「わかったわ。そちらにもよろしくねと、お伝えいただけるかしら?」
「はっ! 聖女様!」
国籍不明と聞いて最初に思うのはステイツか極東連邦。
現在の状況を鑑みると、日本に対してちょっかいをかけてきそうなのはこの二つの国だろう。
でも、そんなわかりやすい事をするだろうか?
ステイツはこの前の一件が発端となってまさに大統領選挙の真っ只中だし、極東連邦は自分達がスウちゃんにしてきた事が明らかになって、一般市民による蜂起で大変な事になっていると聞いた。
とてもじゃないが、この二つの国が現状、日本にちょっかいをかけられる状態だとは思えない。
私はテーブルの設置されたスイッチを押す。
すると、目の前に置かれた円卓のテーブルに備えつけられた椅子にARで十二司教の姿が映し出された。
「みんな、聞いての通りだ。どこの国か組織かはわからないけど、広島の一件も含めて誰かが裏で糸を引いているように思えて仕方がない。他国で活動中の図書館、闇聖女の2人は引き続き現地での調査を任せる」
私の言葉に、顔を隠したメアリーお婆ちゃんとキテラが頷く。
「それと各自、十分に注意してくれ。十二司教の情報はトップシークレットだが、聖あくあ教の中に裏切り者がいる可能性がある。広報として顔を出している粉狂いはしばらく地下の支部に身を隠せ。いいな?」
「は、はい。聖女様」
私の言葉に驚いた数人が薄く口を開ける。
3510ネットワークが的確な手段で落とされた時点で、その可能性は十分にあり得ると思った。
「以上で私からは終わりだ。再度言うが、各々、十分に気をつけるように」
私が通信を切るとARで表示された十二司教が一斉に消える。
「面倒な事にならなきゃいいけどな」
私はそう呟くと、ゆっくりと椅子から立ち上がる。
これ以上ここにいても、何も得られる情報はなさそうだし帰るか。
早く帰らないと、無駄に勘のいいカノンが、裏で私が何かやってる事に気がつくかもしれないしな。
私は教団近くの人気のいない公園の便所で聖女の服を着替えると、そそくさとタクシーに乗ってみんなのいる白銀キングダムへと帰った。
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