白銀あくあ、沈黙の暴走特急。
公園内にあるレセプションパーティーの会場からフォーミュラカーに乗って飛び出した俺は、羽田に向かって走り出す。
「フォーミュラカー!?」
「あくあ様ぁ!?」
「ど、どういう事!?」
「これって映画の撮影!?」
車道に居た人達がフォーミュラカーに乗った俺を見てびっくりした顔をする。
自分自身でもどうかしてるって分かってるけど、あのままあそこでジッとしている事なんてできなかった。
俺はナビゲーションを使うためにAIユニットを起動させるスイッチを押す。
『……3510ネットワークへの接続失敗。フォーミュラカー内に搭載された電源を用いてAIユニット3510を起動させます』
ハンドルの中央に設置されたパネルに表示されたローディンバーが100%になると、インパネに設置されたAIユニットが起動する。
『やあ、あくあ。一般道を無免許で走行しているような気がするけど、私の気のせいかな?』
「Hi 3510。罪なら後で背負うし、罰なら後で受ける。だから今は何も言わずに俺に協力してくれ」
まるで感情が揺れ動くように、AIユニットに設置されたバーが微かに動く。
AIに感情があるかどうかだなんて考えた事もなかったけど、何故か彼女なら俺の想いを汲み取ってくれると思った。
『……わかった。3510ネットワークが切断されてるって事は、緊急事態って事なんだね?』
「ありがとう、3510。そういう事だ」
俺は握っていたハンドルに力を込める。
「行くぞ。3510!」
『了解です。ナイトあくあ!』
ハンドルに設置されたインパネに、羽田空港までの最短ルートが表示される。
ただし、ネットワークに繋がってないこともあって、本体に記録された地図のデータを読み込んだだけの状態だった。それでも地図がないよりかはマシだろう。
しかし、その画面が一瞬で消えると、誰かがマシンに搭載された通信回線に割り込んできた。
『……あくあ、聞こえるか?』
天我先輩の声だ。
ごめん、天我先輩。俺は天我先輩に止められるのが分かっていて、あえて返事をせずに通話を切ろうとする。
『通信は切るな。我は今、お前の後ろから追いかけている』
は……? 嘘だろ?
俺はAIユニットへと視線を向ける。
すると3510は、肯定を示すかのように球体になっているAIユニットを上下に揺らせた。
『止まってくれとは言わない。我も同じ立場だったらきっとそうしていただろう。だが、無茶はするな。後輩に何かあれば悲しむ人がたくさんいる。あくあがカノンさんを無事を願うように、みんな、後輩が無事に帰ってくる事を願っているのを忘れるな』
「天我先輩……すみません」
『気にするな。それよりも近くの大型ビジョンを見ろ』
大型ビジョン? 俺は大通りに設置された大型ビジョンへと視線を向ける。
『みんなお願い! 僕の話を聞いて!』
とあ……?
背景を見る限り、とあは自宅から配信をしているようだった。
『この放送は僕の配信を国営放送の臨時回線を使って、民放各局と連携して同時中継でみんなに訴えかけています!! また、外遊中で不在中の羽生総理の許可の下、国家緊急放送ネットワークを利用してカーナビゲーションを使用している車や、携帯電話の緊急アラートを使用して僕の言葉を届けています』
国営放送の臨時回線……? 楓か!
あの場にいて事情がわかって、そんな事ができるのは楓しかいない。
きっと俺と同じくらい飛び出したくて仕方のなかった楓はグッと堪えて、それでも自分ができる事を考えて実行したんだ。
大型ビジョンを通り過ぎた後も、俺のポケットに入れてある携帯からとあの声が聞こえる。
『今、日比谷から羽田に向かってあくあと天我先輩が乗ったフォーミュラカーが走ってると思うけど、みんなできる限り左右の路肩に避けて2人に道を譲って欲しいんだ! 2人は……今、拐われたカノン様を助けるために必死に追いかけています!! お願い!! 僕はあくあが悲しむ顔なんて見たくない! だからみんな協力して!』
放送を見たり聞いたりして気がついた人達が、次々と道路の路肩に避けて車を停車させる。
とあ、楓、総理……みんな、ありがとう!
『えっと、それと総理からのメッセージです。すべての日本人よ。日本に対して舐めた事をしたやつらをわからせろ。……だそうです。って、いいのかな。これ?』
いや、普通そこは、わからせろじゃなくて危険だから外に出るな。では!?
真っ先に飛び出した俺が言う事じゃないけど……。
とあは同じ内容を繰り返して伝える。
『3510ネットワークからの電波を確認。羽生総理より緊急時の指揮権を委任された黒蝶揚羽議員の承認により、兵庫県の大型放射光施設やポートアイランド内にある研究施設、岐阜県の観測基地などに設置された全国各地のスーパーコンピューターを使用して3510ネットワークを再構築しています。3510ネットワーク再接続開始まで10秒、7、6、5……』
揚羽さん、それに協力してくれたみんな。本当にありがとう。
『3、2、1……3510ネットワークに再接続します』
ハンドルに設置されたモニターに高速で文字が流れていく。
470 ななし
やっと復旧したぜ! 総理、後は私達にまかせろ!!
471 ななし
総理、了解。どうやら犯人は私達掲示板民を本気で怒らせたいようだな。
472 ななし
あくあ様とカノン様の子供は、私達すべての日本人の子供。
総理の代わりにわからせておきます!!
473 検証班◆9n2SARETAi
みなさんお願いです。どうか、どうか、嗜みさんを助けるために協力してください!!
474 ななし
>>473
まかせろ姐さん!!
475 ななし
>>473
すぐに犯人の車の映像を共有して!
476 ななし
>>473
非番だけど休日返上して出動するわ!
477 ななし
自衛隊員だけどスクランブルかかった。ちょっくら日本の危機を救いに行ってくるわ。
478 ななし
>>476-477
頼んだぞ!!
479 ななし
>>476-477
がんばれ! 私もライブカメラとか見て、怪しい車がないか目を光らせておくわ。
流れる文字が早すぎて何が書いてるのかさっぱりわからない。
そもそもこのスピードで走ってて、まともに文字なんか見えるわけがないが、みんなが協力してくれていそうな事だけはなんとなく伝わってきた。みんな、ありがとうな!
『緊急通信を受信。接続します……』
『あくあ様、くくりです』
「くくりちゃん?」
俺は猛スピードで目の前の交差点を曲がって大井方向に出る。
こんな無茶な曲がり方でも車体が安定してるなんて、やはりフォーミュラカーはグリップ力が違う。
『お二人のために、今から私が使える権限を使って信号をすべて青に変えます。どうかお気をつけて……。私からは以上です』
「ありがとう、くくりちゃん」
マジかよ……。
華族制度は廃止され華族六家は解散したと聞いていたけど、いまだにくくりちゃんは公的機関に対しても絶大な力を持っているらしい。
横断歩道に侵入していく時、信号に設置されたボックスの蓋を開けて操作している警察官が俺に向かって敬礼をしてくれた。いや、俺、無免許運転なんだけど逮捕しなくていいんですか……?
くくりちゃんとの通信が切れると、また新しい通信が入る。
『あくあ! 聞こえているか!!』
「慎太郎!?」
慎太郎は雑誌の表紙に載るグラビアを撮影するために、1人で八丈島に撮影に行っている。
確か、帰宅するための飛行機がエンジントラブルで出発できなくて、朝イチにフェリーに飛び乗ったと聞いた。
『羽田はブラフだ! 場所は大井の埠頭、何かの助けになればと思って、他の乗客の人達と一緒に、僕も自分で持ってきてたバードウォッチング用の双眼鏡で大井の埠頭を見ていたら、そこに乗りつけた白いバンからカノンさんが降りてきたのを見たんだよ!!』
嘘だろ!? 最近の双眼鏡は10km以上先でも見れるらしいけど、よく見えたな……。
それに黒いバンから白いバン? どこかで乗り換えたのか。
こんな事をしでかす奴らなら、その可能性は十分にある。
『あくあ、僕を信じてくれ! 黒いバンじゃなかったけど、あれは間違いなくカノンさんだった』
「もちろんだとも。親友! 助かる!!」
俺は急ブレーキを踏んで、目の前の交差点でスピンターンをする。
ぐうっ! いくらスタントのために訓練してるからといって、強烈なGで骨が軋んで内臓が押し潰されそうだ。俺は車体の向きを持ち直すと、近くにある大井の埠頭に向かって走り出す。
『……マスター、危険な走行をする時は事前に通告してくれると助かります』
「了解した」
俺はマシンを操縦しながら、天我先輩に目的地の変更を告げる。
「きゃあっ!」
ごめん!!
通り過ぎていくフォーミュラカーのスピードで巻き起こった風で、歩道を歩いていたお姉さん達のスカートが捲れる。
一般道路でフォーミュラカーが走るなんて誰も考えてないし、そんな設計で道路が作られているわけでもない。
それ故にフォーミュラカーのダウンフォースで何度もマンホールの蓋が飛び跳ねそうになった。
改めて、こんな想定外の状況でもフォーミュラカーが普通に走れている日本の道路事情はすごいなと感心する。
「3510、念のために聞いておくけど、地面からコンテナトラックのコンテナ部分の底までの高さは?」
『1205mm……ってまさか、嘘でしょ!?』
そのまさかだよ。フォーミュラカーの車高は最大で950mm。つまり行けるってことだ。
俺は埠頭の入り口に設置されたバーの下を潜り抜けるとアクセルを踏み込む。
そして目の前にある大型トラックに連結された海上コンテナの下へと侵入する。
『うぎゃああああ! エンジンカバーのてっぺんが擦れるぅ!』
俺の頭上で軽い火花が飛び散る。
それが目に入らないように回避するために俺は少しだけ顔を背けた。
ヒュンヒュンヒュンと風を斬る音と共に、俺の運転するフォーミュラカーの車体が大型タイヤほどの高さしかないコンテナトレーラーの下を通過していく。
『オーノー……イッツクレイジー……』
「一応、さっき言われたら通告はしたぞ」
それでもダメなのか?
AIの3510がヘソを曲げる。
『警告。あなたの使用状況はAIの許容値を大きくオーバーしています。警告。直ちに精神病院を受診する事を強くお勧めします!! 最寄りの聖女病院の連絡先は0120-……』
「ごめんって。少し塗装が剥げたかもしれないけど、後で綺麗に塗り直してもらうから!」
『……マスターの洗車付きなら許します』
「了解した」
目の前に乗り捨てられた白いバンを発見した俺は急ブレーキを踏む。
どうやら目の前にあるこの大型コンテナ船に乗り込んだみたいだな。
『黛くんからの情報をネットに拡散。けいじ……一般有志の漁船達が船が出航できないように周平海域を取り囲むようにブロックしているみたいです。また、自衛隊の戦艦が東京湾の出入り口を塞ぐように展開中。同時に警察機関、消防、救急、自衛隊機が一斉に大井埠頭に向かってきています』
みんな……みんな、本当にありがとう。
『マスター、どうかご無事で。それと、あまり無茶をしないでくださいね』
「善処する」
幸いにもみんなのおかげで多少なりとも冷静になれた自分がいる。
俺はフォーミュラカーから飛び降りると、目の前から歩いてきた人物へと視線を定めた。
「すみません。ここは立ち入り禁止区域です。IDを見せてください」
俺はIDを見せるそぶりをしながら、相手の両手を掴んで曲がってはいけない方へと手をへし折る。
「うぎゃあ!」
俺はあまりの激痛に悶絶した人物の鳩尾に膝を入れて意識を完全に落とす。
「悪いな。この国じゃ俺は顔パスだ」
だからこの国で俺にIDを確認するやつなんて誰もいない。次からは覚えておくといいだろう。
いや、そもそも次なんてものはないがな。
俺はコンテナ船にかけれたタラップを登って船に侵入する。
するとすぐに武装した乗組員2人がこちらにやってきた。
「おい、止まれ!」
「止まるんだ!」
「安心しろ。俺は話し合いに来ただけだ」
話し合いという言葉に乗組員2人が一瞬だけ対応を躊躇う。
俺はその隙を見逃さずに、ドライバーキックで何度も見せてきた回し蹴りで2人が手に持っていた銃を弾き飛ばす。
「待て!」
「話し合いと言っただろ!」
「ああ、肉体言語でな」
俺は2人の頭を掴んでぶつけ合う。
脳震盪で気絶した2人は、意識を落とすとその場に崩れ落ちた。
悪いな。俺は自分の大事な人の命が掛かってる時は、剣崎ほど優しくないんだ。
「へへっ、なあ。こいつを倒したら好きにしていいんだろ?」
武装した乗組員の1人がナイフを舐めながら近づいてくる。
……そんな武器で素手の俺に向かってきて本当に大丈夫か?
こいよ。
俺はアキオさんみたいに薄く笑みを浮かべると、こっちにこいと挑発するように手を動かす。
「やろう。男のくせに舐めやがって!!」
俺は相手のナイフの動きを軽く躱すと、自らの手刀を相手に叩き込む。
いいか。武器なんかに信用して命を預けるな。自分の命を託していいのは自らが鍛え上げた肉体だけだ。
「くそぉ。ふざけやがって!! 男の癖に生意気なんだよ!!」
ふざけやがって? それはこちらのセリフだ。
お前達がふざけた事をしなきゃ、こんな事にはならなかった。
俺はナイフを突き出してきた女の腕を掴むと、そのまま相手の力の動きを利用して甲板の固い床に投げ飛ばす。
「ぐ、ぐうっ!」
俺は起き上がってきた乗組員の首を絞めて意識を刈り取ろうとする。
首を絞めていた人物が完全に意識を落とすと、力が抜けて手に持っていたナイフが滑り落ちていく。
「大人しくしろ!」
次に駆けつけてきた乗組員が俺の方にアサルトライフルの銃口を向けようとする。
俺は咄嗟に空中でキャッチしたナイフを、そのまま投げてアサルトライフルの銃口を空に弾く。
ダダダッ!
空中に放たれた銃口がコンテナを結んでた紐に当たってちぎれて、上に乗っていたコンテナが海へと崩れ落ちていく。
俺は呆気にとれた銃を持った人物にゆっくりと近づくと、そのまま顎を打ち抜いて気絶させた。
「銃なんか使うな! 誰かが怪我したらどうするんだ!!」
船内に侵入した俺は、船内に居た乗組員を次々と掴んで放り投げていく。
アキオさんが言ってた。究極、これが1番早くて強いって。
俺は操船室に向かってまっすぐ通路を歩いていく。
「遅かったな」
操船室の中に入るとそこには俺よりも大きな体の女性が立っていた。
カノンは……ここにはいないようだな。
「モニターで見ていたがお前の戦い方……師匠はアキコか? 軍に居た時、私も上官だったあいつの指導を受けた事がある。まさか、男を指導しているとは思わなかったが、お前はどこまでいった? ちなみに私は四段だ」
タンクトップを着て鍛え上げた筋肉を見せつけながら女は自信満々に笑みを見せる。
きっと自分が負けるだなんて微塵も思っていないのだろう。
いいからさっさと終わらせようか。俺は先を急いでいるんだ。
「カノンはどこにいる?」
「この先さ。でも、お前には関係のない話だろ? なぜならお前はここで私に負けて玩具にされるんだからな!!」
彼女は力任せなタックルで俺に飛びかかる。
なるほど、そうやってパワーだけでわからせてきたのか。
でもな。パワーだけならうちの楓の方が上だ。信じられないと思うくらい華奢で可愛いけどな。
「ぐわあっ!」
俺は相手の力を利用して逆に引っ張るようにして地面に転がした。
「ふざけやがって! ぶち壊してやる!!」
俺はゆっくりと回り込むように相手と立ち位置を入れ替えると、また同じような動きで相手を床に転がす。
全く、少しは学習しろ。だから四段から先に行けないんだ。
いや……そもそもこいつは本当に四段なのか? アキコさんが俺の知っているアキオさんと同じ存在なら、こんな力任せの技しか使わない奴に段位を与えるとは思わない。
いや、今はそんな事を考えるよりもカノンを助ける方が先だ。さっさと終わらそう。
俺は女の腕を掴んで壁に激突させると、その反動で跳ね返ってきたタイミングで首を掴み、そのまま首に腕を回して意識を落とそうとする。
彼女はそれに抵抗するように、必死に足をジタバタさせた。
「カノンはどこにいる? 大人しく言え」
「……食堂だ。下のキッチンがある食堂に縛り付けてある。た、頼む。い……命だけは、助けてくれ!」
そうか……。
やっとカノンに会える。どうか、どうか無事でいてくれ。
自然と首を絞める俺の腕に力が入る。
「さっき言い忘れたが、俺は免許皆伝だ」
「そりゃ……勝てないはずだわさ」
完全に彼女の意識を落とした俺は、ジャケットの襟を掴んで乱れた着衣を軽く整える。
愛する人に会いに行く時は、どんな時であれ身だしなみに気をつけろって師匠の1人に言われたっけ。
俺は身だしなみを整えると、カノンが待っている食堂室に向かって歩き出す。
自分の命よりも大切な人を助けるために。
更新遅れてすみません。
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