白銀あくあ、レセプションパーティー。
今日は俺が出演する映画のレセプションパーティーがある日だ。
「それじゃあ、カノン、行ってくるよ」
「うん、行ってらっしゃい」
カノンは妊娠してから8ヶ月近くが経っている事もあり、今日はペゴニアさんと一緒にお留守番だ。
今日のために仕立てたスーツを着た俺は、綺麗におめかしをしたえみり、アヤナ、小雛先輩と一緒にリムジンに乗り込む。
「あれ? 楓や琴乃達は?」
「あっちはキャストじゃないから後ろだってさ」
なるほど、みんなは映画に出演してる俺達とは別の車で移動するってことか。
俺達は前後を防弾仕様のSUVに挟まれて会場となっている日比谷の公園へと向かう。
「で、あんたは車から降りる時に誰をパートナーにするか決めたの?」
俺は車に同乗している3人の顔を見渡す。
小雛先輩は論外として、選ぶなら普通にえみりかアヤナだよな。
アヤナとの仲はまだ公表しているわけじゃないし、やっぱり結婚したえみりが無難な気がする。
でも、アヤナと一緒にレッドカーペットを歩くのも捨てがたい。
「ここは普通に小雛パイセンじゃないっすか」
「ゆかり先輩とあくあは映画でも同じチームだしね。私もそっちの方がいいと思う」
あ、あれぇ〜? 俺がアヤナかえみりで悩んでいる間に、その2人から外堀を埋められてしまった。
仕方ない。今回は小雛先輩と一緒にレッドカーペットを歩くか。
「そういえば美洲は?」
「美洲お母さんは、レイラさんと一緒に出るらしいですよ」
俺はメッセージアプリを確認すると、2人が出発したのを確認する。
ついでに天我先輩が出発したかどうかも確認しておくか。
まぁ、あっちは春香さんがついてるし大丈夫だろう。
「そろそろ到着するみたいね」
意外と早かったな。
そういえば琴乃が当日は事前に申請した業者か人しか、周辺は通行できないようにしてるって言ってたんだっけ。
というのもフォーミュラ映画で走る東京都のコースは、一般道路を閉鎖して撮影されるからだ。
「さぁ、行くわよ!」
って、小雛先輩、俺より先に降りようとしないでくださいよ!
俺は先に降りようとする小雛先輩を制止すると、エスコート役の自分が最初にリムジンを降りる。
「きゃー!!」
「あくあ様ー!」
「いつものあくあ君もかっこいいけど、今日のあくあ君もかっこいいよー!」
「映画の撮影、頑張ってね!!」
俺はレッドカーペットの左右にいる抽選で選ばれた子達に手を振る。
「みんな今日はお洒落をしてきてくれてありがとう! 一緒にレセプションパーティーを楽しもう!!」
俺の言葉で大きな歓声が沸く。
俺達が飲食する場所とは区切られているものの、今日の抽選に当選した子達はすぐ隣に設置されたスペースでこっちの様子を見ながらパーティーに参加できる事になっている。
俺はみんなの歓声に応えた後に、リムジンに乗っているえみりへと手を伸ばす。
「えみり様、綺麗!!」
「ぐわぁっ、この2人の並びは眩しすぎて目が潰れる」
「ふぁ〜っ」
「あくあ様の隣に立っても見劣りしないのはカノン様とえみり様だけ」
今日のえみりはカノンが一生懸命になって選んだドレスだ。
カノンの瞳のような綺麗な色をしたドレスは、えみりにすごく似合っている。
俺はもう一度リムジンの中を覗き込むと、アヤナに向かって手を伸ばす。
「アヤナちゃん!?」
「アヤナちゃん、まさかの振袖!?」
「おおおおおおおおおおお!」
「アヤナちゃんが和装なのはレアすぎる!!」
アヤナ曰く、この桜の振袖は母さんに選んでもらったらしい。
後で母さんに、アヤナを綺麗にしてくれてありがとうって、言っておかなきゃな。
俺は再びリムジンの中に手を伸ばすと、最後に残った1人をエスコートする。
「おお……」
「さすがは小雛ゆかり、要所では決めてくる」
「くっ、茶化そうと思ったのに文句のつけどころがなさすぎる」
「こいつ黙ってたらちゃんと女優なんだよな……」
シンプルなパンツルックで纏めた小雛先輩だけど、カジュアルになりすぎずにちゃんとフォーマルな感じを出してるところが大人だなと思った。
俺の切りすぎた前髪もこの装いによく合ってるし、本当に黙っていたら文句のつけどころがない。
一昨日、顔面にコンニャクが張り付いて騒いでた人とは思えないくらいだ。
「あくあ!」
「天我先輩、それにチャーリーも」
どうやら最後に到着したのが俺達だったみたいだ。
俺は天我先輩のパートナーとして出席している春香さんや、チャーリーのパートナーとして出席していたリーゼロッテさんにも挨拶をする。
その後は流れるようにレイラさんと美洲お母さん、共演者のアリーチェさんやアメリアさん、そして今回の映画に参加するステイツ側の男性俳優、ジョニーさんと挨拶を交わす。
『ジョニーさん、オンラインでの顔合わせではどうも』
『こちらこそ、それとあくあ君は今年17だろ? 俺は18だし、年もあまり変わらないからもっと気楽に行こう。俺もあくあって呼ぶから、俺の事はジョニーと呼んでくれ』
『そう言ってくれると嬉しいです。いや、嬉しいよ。ジョニー』
俺は炭酸水の入った飲み物を手に取ると、ジョニーと少しだけみんなの輪から離れる。
『お互いに中々出国できない立場だから、今日こうやってここに来れた事を嬉しく思うよ。あくあ』
俺はジョニーの言葉に苦笑いを浮かべる。
男性の入国と出国には面倒な手続きが必要だ。
それも俺やジョニーのような立場になると、行きたいという理由だけは認められない事もある。
それくらいこの世界では、女性と積極的に関わる仕事をしている男性は希少な存在だ。
『俺も同じ気持ちだよ。ジョニー。会えて嬉しいよ』
映画でジョニーの演技を見た事があるけど、中々のものだった。
ミュージカルや舞台にも積極的に参加しているみたいだし、かなり本気で役者をやっているというのは見ていたらわかるし伝わってくる。
だからこそ俺は彼と話してみたいと思った。
『海を越えた先であくあやアキラ、チャーリー達が頑張ってるのを見たり聞いたりしてすごく刺激になったよ。俺達は国籍こそ違うかもしれないけど、同じ志を持った仲間だと思ってる。だからこれからも仲良くしてくれたら嬉しいが、どうだろうか?』
『もちろん、俺も仲良くしてくれたら嬉しいよ』
俺たちは手に持ったグラスで軽く乾杯する。
『あくあに会ったら、役者としていろいろと聞いてみたいと思っていたんだ』
『ああ、それならあっちにいる2人も呼ぼう』
『いいね』
俺はチャーリーや天我先輩を誘うと、同じテーブルを囲んで4人で改めて乾杯する。
エスコートする女性を放って置いていいのかと思ったけど、小雛先輩は今日も元気よくレセプションパーティーの抽選に当選してた子達に絡んでいた。
うん、俺は全力で他人のふりをしておこう!!
『あくあ、本当に放っておいていいんですか?』
それを見たチャーリーが眉毛を八の字にして心配そうな表情を浮かべる。
『大丈夫。あれが小雛先輩流のファンサービスだから。ほら、一般人の子達も歯を見せて笑ってるでしょ』
『本当だ』
という事でチャーリーを納得させる。実際はどうだか知らないけど……。
まぁ、本当に危なくなったらえみりかアヤナが止めるだろう。
『へぇ、アキラはアクションスターになりたいのか』
『うむ!』
『じゃあ、短期間でもいいから絶対にステイツに学びに来た方がいい。ステイツは全世界から有名な指導者が集まってくてるし、きっといい勉強になると思う。それに俺もアクションを習ってる最中だから、アキラが一緒にやってくれると張り合いが出るよ』
『それはいいな。考えておこう』
俺もジョニーの発言に頷く。
ステイツのアクション映画はかなりガチだ。
レイラさんのアクションもステイツ仕込みだし、天我先輩が本気でアクションスターを目指すならステイツ進出は避けては通れない道である。
ただ、そうなるとどうやってステイツに行くかだよなあ。
さっきジョニーとも話してたが、俺たちのような男は正規の手順だとおいそれと簡単に出国手続きが降りない。
『そういえば、チャーリーって冬に遊びに来てたけど、スターズは結構簡単に許可降りるのか?』
『ううん。今回みたいに仕事に紐付けしただけ。狙うなら国の仕事がいいよ。政府が絡んでる案件だと許可が降りやすいし』
俺達3人はチャーリーの話を聞いてポンと手を叩いた。
そ、その手があったか〜。小狡いといえば小狡いけど、出国許可さえ取れれば入国許可は簡単に取れる。
滞在期間に限りはあるものの、仕事さえすれば他の時間は好きにしたっていい。なんなら滞在したい時間の終わりにもう一個くらい仕事を入れておけば滞在期間も引き延ばせる。
俺もこの手を使えばステイツに遊びに行けるかな?
『みんながステイツに遊びに来てくれたら歓迎するよ』
『僕も、スターズに来る時には声をかけてよ』
『じゃあ、こっちに来てる時は俺と天我先輩で精一杯おもてなしするよ』
『うむ、せっかくだから他の後輩達も呼んでみんなで食事でもしないか?』
天我先輩ナイスです。
慎太郎やとあはもちろんの事、いい機会だから丸男と孔雀、はじめの3人にも声をかけるか。
石蕗さんや賀茂橋さん達にも言っておいた方がいいだろうか。
こういう機会は大切にしたい。
『っと、そろそろイベントの時間だな。あくあ、アキラ、チャーリー、話はまた後でしよう』
そんな時間か。
俺は席から立ち上がると小雛先輩の方に……は向かわずに、お手洗いに行く。
一応、身だしなみのチェックくらいはしておくべきだろう。
俺が1人、お手洗いの方に向かっていくと、途中故障中の張り紙と迂回路が書かれていた。
故障中なら仕方ない。俺はお手洗いを通り過ぎると、その奥に向かって進み出す。
すると草むらから1人の女の子が飛び出してきた。
「話を、話を聞いてください!」
一瞬、過激なファンが乱入してきたのかと思って俺は身構えた。
いや、この顔……彼女とはどこかで会ってる気がする。
そう、つい最近、自宅の側で……。
「あっ、おもら……」
「してません! って、今はそんな話じゃなくって!」
次の瞬間、顔を隠した複数の人影が公園の草むらから飛び出してくる。
「うぉっ!」
俺は相手の攻撃を咄嗟に回避する。
なんだ、どういう事だ?
俺を誘拐しようとか捕まえようっていうならまだしも、いきなり攻撃されるとは思ってもいなかった。
「えっ?」
俺のつけていたスーツのネクタイが草むらにポトリと落ちる。
「避けて!」
あぶねっ! 俺はナイフを持っていた謎の人物からの攻撃を回避する。
どうなってやがる!! 警備は!? 護衛は!?
いや、今はそれよりもこの場をどうにかしなきゃいけない。
俺は次の攻撃を回避すると同時に相手の腕を掴むと、顔面にそのまま肘を入れて気絶させる。
わりぃ、相手は女の子かもしれないけど、命を狙われるのなら話は別だ。
俺も本気でやらせてもらう。
「くっ!」
よりにもよってこんな時にスーツかよ。動きずれぇ!
俺は2人目をアキオさん直伝の手刀と掌底のラッシュで伸すと、回し蹴りで3人目の意識を刈り取る。
残り2人のうち、1人を腕を掴んで投げ飛ばすと、残りの1人は駆けつけたりんちゃんが倒してくれた。
「りんちゃん!?」
「申し訳ないでござる。遅れたで候!」
りんちゃん、つっっっよ。
でも、その割に表情はどこか余裕がなさそうだ。
「あくあ様、白銀キングダムと連絡が取れないで候」
「えっ?」
どういう事? 白銀キングダムと連絡が取れない?
俺は意味がわからずにその場に固まる。
「そっ、その事で私、言いにきました。わ、私、とある人に頼まれて白銀キングダムの後宮にいる人物にこれを渡そうと思ったんです」
さっき飛び出してきた子が手に持っていた紙袋を広げて中身を見せる。
これは……ワイン? いや、これはただのワインじゃない。
俺が探してるカノンが足で踏んで作ったワインだ。
「あくあ様がこのワインを探してるって言ってたから、交渉が有利になるようにってステイツのお姫様達にこれを届けに行こうとしたんです。そ、そしたら……私の目の前で攫われちゃって」
「攫われた!? ステイツって言うとアイビスさん!? それともシャルロットさん!?」
彼女は……そうだ、思い出した。確かティセって名前だったはず。
ティセちゃんは悲壮感に包まれた顔で首を左右に振る。
「違うんです! 攫われたのは……攫われたのは、カノン様です!!」
……は?
いや、だって白銀キングダムのセキュリティは安全なはずだ。
そんな事があるわけ……。
「どうやら国内の発電所が乗っ取られたみたいで候。白銀キングダムへの電源をシャットダウンして、本部サーバーとの接続を切ったでござるか。おそらく予備電源にも何かされているで候」
その時、俺の中でプチンと何かの糸が切れる。
俺はティセちゃんの両手を掴むと、彼女が喋りやすいように優しく微笑む。
「カノンを攫った奴らはどこに行ったかわかるかな?」
「は、羽田に向かうって言ってた。あ、あと、黒いバンに乗ってました。ご、ごめんなさい。私、見ている事しかできなくって」
「ありがとう。それを伝えにきてくれただけでもありがとう」
俺はそれだけ言うと、彼女をりんちゃんに託してレセプションパーティーが行われてる会場へと戻る。
すると俺を見かけた小雛先輩がこっちへと近づいてきた
「あら、あんた、どこ行ってたの?」
「カノンが攫われた」
「えっ?」
俺はレセプションパーティーの中央に置かれたフォーミュラマシンに乗り込む。
フォーミュラマシンはこの後、公道イベントでデモ走行する予定があってガソリンもしっかりと満タンまで入ってる。
「ちょ、ちょっと、あんた、何するつもりなのよ!?」
「追いかけます。こいつなら、追いつけるかもしれないから」
自分でも冷静じゃないのはわかってる。
でも、俺はカノンを攫われてここでジッとしているような男じゃない。
どこの誰か知らないけど、この俺から一番大切なものを奪おうと言うのならそれ相応の覚悟をしておくべきだ。
「小雛先輩、あとは任せます」
「ちょ、あ……」
俺はそれだけ言うと、ヘルメットを装着してアクセルを踏み込んだ。
待っていろ。カノン。それと2人の子供たち。必ずこの俺が助け出してやるからな!!
◆◇◆◇◆雪白えみり視点◆◇◆◇◆
「カノンが攫われた……?」
私がその情報を聞いたのは、あくあ様がフォーミュラマシンに乗り込んだ後だった。
スタッフに紛れ込んでいた聖あくあ教のメンバー曰く、近くのビルから地下を掘り続けて白銀キングダムに侵入したらしい。
私は怒りと衝撃で朦朧とする意識のまま、もう一台の展示されていたマシンにゆっくりと近づく。
今なら追いつけるかもしれない。私もあくあ様と一緒に。
大丈夫、妊娠中だから実機を運転した事はないけど、シミュレーターでは何度も何度も練習した。
私なら運転できる。いや、運転してそいつらをとっ捕まえて、カノンを助けて……。
フォーミュラマシンにゆっくりと近づく私の動きがピタリと止まる。
「……楓先輩、姐さん、手を離して下さい」
「無理だって! お前、絶対に追いかけるつもりだろ!! お腹に赤ちゃんが居るって事を忘れるな、ばか!!」
「えみりさん待って! お願いだから!! お願い!! 今は冷静になって止まってください!!」
くっ、私は歯を強く噛み締める。
「じゃあ、じゃあ、どうしろって言うんだよ!!」
こんな事で2人に怒っても仕方がないってわかっていても声を荒げてしまった。
私は小さな声で「楓先輩、姐さん、ごめん」と呟く。
「ちょっと、阿古っち離しなさいよ!」
「ゆかりもだめだって!」
同じように走り出そうとしていた小雛先輩を阿古さんが必死に止めていた。
その中で1人の男がヘルメットを持ってフォーミュラマシンに近づいていく。
「我が行く」
「天我先輩!?」
「天我くん!?」
ヘルメットを被った天我先輩がフォーミュラマシンに乗り込むと、小雛先輩が声をかける。
「天我くん、うちのバカをお願い。このままじゃあいつ、カノンさんを攫った奴らに何するかわからないから」
「任せておけ。映画でも現実でも後輩の面倒を見るのが我の役目だ」
天我先輩は映画でも先輩ドライバーとして主人公役のあくあ様を気遣う役だ。
それでいて良き友人で、良きライバル。それが天我先輩の演じているグリード足利というキャラだった。
「アキラくん……」
「ごめん。春香ねぇ。でも、我は後輩を止めなきゃいけない」
「……うん、わかってる。アキラくん、気をつけてね」
「ああ! 春香ねぇ……行ってくる!」
そう言って天我先輩が乗ったフォーミュラマシンが走り出した。
私も私ができる範囲の事をやろう。
「いるか?」
「は、はい!」
誰にも聞かれてない位置まで移動した私が声をかけると、スタッフに紛れた聖女親衛隊が顔を出す。
「聖あくあ教に所属している全員に伝えろ。カノンを攫ったバンを特定しろ。それと警察と協力して犯人の逮捕と空港や港湾の閉鎖を。あと……カノンを攫った奴らの裏にいる連中を絶対に炙り出せ。いいか、これは聖女命令だ。全てに最優先して事にあたれ」
「は、はい!!」
この私に、あくあ様に対してふざけた事をしでかした奴らには絶対に責任を取らしてやる。
だからどうか、カノンもお腹の中にいる赤ちゃんも無事でいてくれ。私は空を見上げると、自分への悔しさを抑え込んで親友の無事を祈った。
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