雪白えみり、肝試し始まりまぁす。
白銀キングダムのイベント実行委員長兼宴会部長に選ばれた私、雪白えみりはみんなから一番リクエストの多かった肝試しをやる事にした。
「というわけで、私達が肝試し運営の選抜メンバーに選ばれました!!」
実行メンバーには肝試しに参加できない妊婦組の私達検証班とペゴニアさんに加えて、白銀キングダムで働いているスタッフの人達が手伝ってくれる事になりました。
私は用意したプリントを配ると、みんなの担当と概要を説明していく。
「それではみなさん配置についてください!」
って、あれ? カノンの担当こっちだっけ?
「えみり先輩を1人にしておくのは危険だからって、姐さんが」
「くっ、姐さんからの信用度の低さと期待の高さに喜んでいいのか悲しんでいいのかわからないぜ」
「いや、普通に喜んじゃダメでしょ」
ジト目で的確に突っ込んでくれるカノンがそばにいるのはありがたい。
私はカノンとペゴニアさん、そして侍従医の宮餅先生を連れて全体の管理ができるモニター室に入る。
「こちら本部、準備できましたどうぞ」
『わかりました。それでは最初のグループを行かせます』
最初はeau de Cologneの3人か。ぐへへ、腕がなりますなぁ!!
『ううっ、私、怖いの苦手なんだよね』
『わ、私も……』
『ぷーくすくす、まろん先輩もアヤナ先輩も大人になってお化けが怖いとか本当ですか〜?』
ほっほー、さすがはふらんちゃんだ。
最初からわからせ甲斐のあるメスガキ臭を振り撒いてくれる。
こういう子ほど泣かせた時の反応がいいんだよな。
私はインカムでスタッフに指示を送る。
『えー、前方からツンデレ1、チジョー1、メスガキ1、どうぞ』
『了解。ポイントに到達したところで仕掛けます』
3人は周囲を警戒しながらもゆっくりと前に進む。
今回の肝試しは、白銀キングダム内にあるお社に置いてあるお守りを持って帰るのが一連の流れだ。
3人はスタート地点となる本宅の建物から外に出ると、後宮との間にある雑木林を抜ける。
『うぅっ……ここ夜に来るとなんか出そう』
『ね! いつもはこんなんじゃないよね!? 普段はもっとライトアップされて綺麗なのに……』
『ほらほら、2人ともモタモタしてたら後ろの人に追い越されちゃいますよ。早く早く』
先行するふらんちゃんが、後ろにいるアヤナちゃんとまろんさんへと体を向けた瞬間に何かが背後を通り抜けていく。
『『きゃああああああああああああ!』』
それを見たアヤナちゃんと、まろんさんが大きな叫び声をあげる。
何も見てないふらんちゃんはもう一度前を向くと、呆れた顔で両手を左右に広げながらもう一度2人の方へと体を向けた。
『もーっ、何もいないじゃないですかぁ。むしろ2人の声に驚いちゃいましたよ』
『いやいや、今、間違いなく居たもん!』
『あっ、あっ、あっ』
再びふらんちゃんの後ろを何かが通り過ぎていく。
それを見たまろんさんとアヤナちゃんの2人が再び可愛い叫び声と共に、お互いの体を抱き合う。
うん、このVTRは間違いなく売れるな。テレビ局に売るか、こっそりネットに流そうかな。
『もおやだあああああああ』
『私、お家帰る』
ふらんちゃんは2人に近づくと両手を腰に当てて前屈みになる。
『ほらほら、2人とも、イベント限定のシロ君お守りが欲しくないんですか?』
ふらんちゃんの言葉に、2人が体をピクリとさせる。
『『えっ?』』
『さっきスタッフさんから聞いたけど、お社に置いてあるお守りは、えみり様の手作りで一応公式許可も取ってる今回限定のお守りだそうですよ』
へへっ、くくりにお願いされた巫女さんのバイト経験が役に立つとはな。
やはり世の中、何があるかわかったものじゃない。
『じゃ、いきましょうか』
『『うん』』
先導するふらんちゃんが正面を向いた瞬間に、何かが目の前に飛び出てくる。
『『『きゃああああああああああ!』』』
足腰に力の入らなくなったふらんちゃんがその場所にへたり込む。
それを見たアヤナちゃんとまろんさんの2人が、ふらんちゃんを庇うように前に回り込む。
本当は自分だって怖いのに、身を挺してまで後輩を守ろうとするその姿が素晴らしい!!
私はモニターに向かって拍手を送る。やっぱりeau de Cologneはてぇてぇな。
『いや、みんな驚きすぎでしょ』
聞き覚えのある声にeau de Cologneの3人が顔を見合わせる。
『どうも、ただ高速で動いてるだけの野生の森川楓です』
うん、企画した自分が言うのもなんだけど、これが一番怖いすらある。
はっきり言って、エイリアンが空から降ってくるとか、クマが雑木林出てくるより、楓パイセンが高速で横切る方が遥かにこえーわ。
『ふええええぇぇぇん、こわかったよおおおぉぉぉ!』
あーあ、小学生のふらんちゃんを泣かせちゃった。
くっ、自分から泣かせておいてなんだけど、罪悪感で私の胸が押しつぶされそうだ。
『よしよし』
『ふらん、大丈夫だよ。ただの楓だから、ねっ』
2人の先輩がふらんちゃんを優しく慰める。いいっすね〜。こういうのが見たかったんですよ。
『ふらん、立てる?』
『無理……かも』
おやおやぁ、恥ずかしそうな顔をしているふらんちゃんを見て私のセンサーアホ毛がピコンと反応する。
『えー、救護班救護班。こちら本部、用救護者1名どうぞ!』
『了解! 直ちに向かいます!』
ありがとうふらんちゃん。君は初手にも関わらずやってほしいムーブの全てをしてくれた。
私は心の中で涙を流しながらふらんちゃんに感謝する。
「えみりさん、ドクターストップです」
「えっ?」
高速で動く楓パイセンはお腹の子供にも母体にも良くないというので中止になった。うん、楓パイセンだから失念してたけど、普通に考えたらまずいよな。
次からは代わりに定番のコンニャクを釣竿で振り回してもらうように楓パイセンに指示を出す。
「私、来年もやるならこっち側に座ろ」
「ぐへへ、お前、怖いの苦手だもんな。なんなら私が一緒に回ってあげてもいいんだぜ」
私が両手で何かを揉みしだくようなジェスチャーを見せる。
やはり肝試しといえばラッキースケベ、ラッキースケベといえばこの私、雪白えみりだ。
「その手つきが無理」
「ごめん」
真顔になったカノンを見て、私は素直に謝る。
後でふらんちゃんにも謝っとこ。
eau de Cologneの3人がふらんちゃんのお着替えのために一旦救護室に下がると、次のグループが同じポイントに差し掛かる。
『ふぎゃあっ!』
楓パイセンが適当に振り回していたこんにゃくが、ビターンと良い音を出しながら小雛パイセンの顔面に張り付く。
これには私はもちろんのこと、カノンやペゴニアさん、真面目な宮餅先生ですら噴き出してしまう。
『もがもが!』
『ゆかり、大丈夫!?』
一緒のグループだった阿古さんが小雛先輩の顔面に張り付いたコンニャクを剥ぎ取る。
『何でこんなところにコンニャクがあるのよお!!』
小雛先輩はコンニャクにかぶりつくと、その凶悪な八重歯で無惨にもコンニャクさんを噛み切った。
すげぇな。コンニャクとガチで喧嘩する人間なんて初めて見たわ。
この映像はテレビ局に送ろう。是非ともお茶の間で団欒している老若男女みんなに見て頂きたいシーンだ。
『ほら、ゆかり。いきましょ』
『うん』
あー、そっちの道はわざと用意してあるループするルートだ。2人ともいつループしてる事に気がつくかなぁ。
っと、次のターゲットが来たぞ。
『コンニャクやん! うち、おでんのコンニャク好きなんよな』
『私もコンニャク好き』
そう言ってインコさんとイリアさんの2人は飛んできたコンニャクをもぐもぐと食べる。
スゲエヨ。肝試しで飛んでくるコンニャクを普通に食べるなんて悪夢の世代くらいだ。
5人中3人、いや、コンニャク振り回してた楓パイセンもお腹が空いてきたのか予備のコンニャクを齧っていた。
おまけに最後の1人も、コンニャクみたいな胸部装甲でふらんちゃんを庇う時に押し潰してたしな。
『本部、先頭グループが雑木林を抜けて後宮に到着しました』
『了解』
メインモニターを後宮内のカメラに切り替える。
『ねぇ、ミクちゃん、しとりちゃん、本当に誰も居ない?』
柱の後ろに隠れたまりんさんとらぴすちゃんが、目の前を歩く美洲おばちゃんとしとりさんに声をかける。
ほほう。どうやらこのグループはちょうど怖がりさんと平気さんが2人ずつに分かれているみたいだ。
『ふふっ、2人とも心配しすぎよ。ほら、らぴすも母さんも早く出てきて』
しとりさんに促されて恐る恐る2人が柱の後ろから出てくる。
『らぴす、心配しなくてもここは後宮の中だ。何かが出る事はないだろう』
『で、ですよね』
さて、それはどうかな。私はモニターを見ながらニヤニヤした顔をする。
『あら、でも私、後宮には出るって話を聞いた事があるわよ』
しとりさんの言葉に、まりんさんとらぴすちゃんの2人が美洲おばちゃんの背中に隠れる。
『深夜になぜか大浴場から何かの生物が水を飲む音が聞こえてきたりとか……』
『『きゃーっ!』』
あー、それは私っすね。
お姫様たちが使った後の残り湯をごくごくしてました。
『あとはお庭にある聖堂で夜な夜な何かがガタガタしてた音が……』
『やめてやめて!』
あー、それは祭壇で猛っていたクレアの事ですね。
あと、たまにナタリアさんも使ってます。
『あっ、それと、夜中に屋根の上を何かが駆けて行ったりしたのを見たって人も』
それ忍者っすね。間違いなくうちの忍者です。
『他にもさっき通り過ぎて行った侍女がもう一度目の前から出てきたりとか』
『しとりちゃん、もうやめてー!』
『姉様、ストップ!』
あー、それ全部、うちっすね。聖あくあ教とかいうあたおか集団のせいです。
間違いなくその侍女も、量産型みことの事だ。
あいつAIのくせに若干ポンコツなところがあるんだよな。
掲示板でAI学習してるって聞いたけど、多分うちのなんとかスキーさんとか、なんとかの嗜みさんって人達をラーニングしすぎたんだと思う。
「じーーーーっ」
後ろにいるカノンの視線が痛い。
くっそ、こいついつもはポンなのに、こういう時は勘が鋭いんだから!
私は分かりやすく口笛を吹いて誤魔化すと、後宮内に居る別のグループを映しているカメラに切り替える。
『早く行くのじゃー!』
『待って、フィー。足、早い。ラズリーが追いついてない』
『はぁはぁ、ぜぇぜぇ。2人とも待っ……ひぃっ!』
ラズリーちゃんは壁にできた影が何かに見えたのかびっくりした顔をする。
ごめん。そこには何も仕掛けてない。
「あはは、ラズリーはビビりすぎなのじゃ。ほらほら、早く早く」
無邪気なフィーちゃんが2人の背中を押して先に進む。
多分最初にゴールするのはあのグループだろうな。やっぱ、子供ってすげぇわ。
私は次のカメラに切り替える。
『ひゃあっ!』
『スバル、大丈夫?』
おっとぉ、これはとあちゃんとスバルちゃんのグループですね。
同じ室内にいるスタッフさんが急にマジな顔をして前のめりになる。
『お、おにぃって意外とこういうの大丈夫なんだね』
『うん。あくあと比べたら幽霊なんてへっちゃらだよ。だって、この世にあくあ以上に怖い存在なんて何もないだろ?』
あまりにも正論すぎて真顔になった全員が無言で何度も頷く。
『ほら、スバル。手を出して』
『う、うん』
とあちゃんが差し出した手をスバルちゃんが掴む。
あー、いっすねぇ〜。お揃いの浴衣で左右対称の髪飾りっていうのもポイントが高い。
私達は涙を流しながらとあちゃんの成長に拍手を送った。
さて、トラップに引っかかってるところが見たいな。っと、このグループなんかいいんじゃないか?
私は仕掛けたトラップに近い2人組に映像を切り替える。
『きゃあっ!』
後宮内に仕掛けた目を光らせながら微笑むカノンの肖像画を見た淡島さんが驚いた顔をする。
「えみり先輩……?」
「私が描いたカノンの肖像画だ。なかなかうまいだろ?」
「そうじゃなくって、どうして私なんですか!!」
どうどう。あんまり怒ったらお腹の子に悪いぞ。
えっ? 私が悪い? はて、何の事やら……。
『千霧さん、大丈夫?』
『あ、ありがとう。慎太郎君」
おっとぉ、この2人、プライベートだと下の名前で呼び合うようになったの?
この夏に起きた2人の進展を妄想するだけで、見ている私達も胸をドキドキさせる。
『無理そうならやめようか?』
『ううん、まだ大丈夫だから、いこっ』
いいっすね。男の子組が頑張ってるのを見て目頭の奥が熱くなってきた。
こうなると次は天我パイセンだな。パイセン、かっこいい所をオナシャス!
そう願いながら私は映像を切り替える。
『アキラ君……大丈夫?』
『う……うむ』
春香さんより遥かに体の大きい天我先輩が、彼女の背中に隠れて微動だにせずに固まっていた。
あっ……うん。私は見なかった事にしてすぐにチャンネルを切り替える。
これは天我パイセンの名誉のためだ。人間、誰だって苦手なものはあるんだから仕方がない!!
次に映ったグループは、結さんと白龍先生か。
『ぐぎゃあああああ!』
白龍先生は良い声で鳴くなぁ。
『白龍先生、大丈夫ですか?』
『ごめん、びっくりしちゃって』
せっかくだからもう一回くらいカノンの目を光らせておこう。ぺかーっ!
『ぎゃーーーーーっ!』
いいっすねぇ。後ろでカノンがジト目になってるのをスルーしつつ、私は歯茎を見せる。
先生、小説が書けなくなった時は、ドッキリ芸人としてご飯食べていきましょう。
『ちょっと! この森、どこまで続いてるのよ!!』
おっ、小雛パイセンが地団駄を踏み出したぞ。
私はすぐにモニターの映像を切り替える。
『うーん、もしかしてこっちに行くとループしてるのかも』
『はあ!? じゃあ、この地図が嘘だったって事!? ふざけるな!!』
そういう事もあります。
ようやく正解のルートに気がついた2人が後宮へと近づいていく。
ここらで少し耳を癒すためにチャンネルを切り替える。
『『『きゃーっ!』』』
あざっす!!
3人で身を寄せ合って可愛く叫び声を上げるeau de Cologneの3人に、私達の心と耳が癒される。
おっと、こっちの3人はどうなってるかな?
『あはは、見てみて2人とも。このカノンさんの肖像画、すごくない!?』
『ココナさんはなんでそんなに元気ですの……』
『2人とも、はっ、早くいきましょう』
ココナちゃんは根性あるっていうかビビらないよな。
リサちゃんは普通に怖がりで、うるはちゃんは誤魔化してるけどかなりの怖がりのようだ。
ここでもう一度コンニャク別動隊を出動させるか。
『きゃっ』
コンニャクがうるはちゃんの武器にポヨンと弾かれただとぉ!?
なんて胸部装甲だ。そこら辺とは厚みが違うぜ!!
満足した私はモニターの映像を切り替える。
っと、コンニャクといえばそろそろあの2人がスタートする頃かな。
『きゃあっ!』
おっふ。揚羽お姉ちゃんの胸部装甲がカメラのモニターにアップになる。
って、揚羽お姉ちゃん、それ以上押しつぶすとくくりが窒息しますよ!!
どうやら楓パイセンのコンニャクにぶつかった揚羽お姉ちゃんが、驚いて隣にいるくくりに抱きついたらしい。
『ご、ごめんなさい』
『ううん、大丈夫』
怖い怖い怖い!
目からハイライトが消えたくくりが、瞬きせずにコンニャクを見つめる。
本物のホラーを見てぶるった私は、すぐにモニターの映像を切り替えた。
ん……?
モニターの故障か?
何か白いぼんやりとしたものが見えるような……。
「「きゃあああああああああああ!」」
私とカノンは突如画面に現れたシスターを見て思わず2人で抱きつく。
って、びびらすなよ。クレアじゃないか。普通に存在自体がホラーだったわ。
私はスッとモニターのチャンネルを切り替える。
『紗奈ちゃん楽しい?』
『うん!』
おっ、総理は奥さんや那月さんと一緒に回ってるのか。すごく楽しそうだ。
他にもとあちゃんのお母さんのかなたさんと、黛君のお母さんの貴代子さん。玖我兄妹としきみさん。ヒスイちゃん達のグループ、他の後宮メンバー達の子を確認していく。
急遽参加してくれたモジャさんとノブさん、石蕗と賀茂橋さん、綾藤さんや奏さん、山田君と孔雀君、赤海君と宮島さん達も楽しそうにしているのを見て、イベントを企画運営している私達からも自然と笑みが溢れた。
「みんな楽しそうにしてる。スタッフの皆さん、最後まで頑張ろう」
『『『『『はい!』』』』』
後宮ゾーンを抜けた後は、一本道になっていてそこを通り過ぎた先にお社がある。
最後のトラップは、お守りを取った瞬間にお社の後ろから人が飛び出てくるというシンプルなものだ。
『どうやら私達が一番最初みたいね』
『せやな』
あれ? インコさんとイリアさん? 先頭を走ってたフィーちゃん、ハーちゃん、ラズ様の3人は?
えっ? フィーちゃんが後宮内ではしゃぎすぎて疲れたからって休憩してるって? うん、なんか子供らしい理由でいいなって思った。
2人は普通にお社の前に置いてあるお守りを手に取る。
次の瞬間、後ろに控えていたスタッフが飛び出てきた。
『うわあっ!』
インコさんがわざとらしく驚いた一方で、イリアさんの視線が鋭くなる。
『ふんっ!』
ちょちょい! イリアさんは普通に飛び出してきた幽霊役のスタッフの手を掴む。
スタッフの身に危険を感じた私は、すぐにスピーカーのスイッチを入れる。
「イリアさーん、スタッフさんの手を掴まないでくださーい。もう行っていいですから」
『了解したわ』
2人は参加賞のお守りをゲットして出口へと向かう。
やはり悪夢の世代は恐ろしいな。そういえば、もう1人の悪夢の世代はどうなったかな?
私はモニターのチャンネルを切り替える。
『まぶしっ!!』
あっ、さっき光らせた時に間違えて設定の数字をマックスにしちゃった。
最大光量で光るカノンの目にやられた小雛パイセンが地面にゴロゴロと転がる。
『もおおおおおおお! 何よこれええええええ!! 絶対に私に喧嘩売ってるでしょ!!』
立ち上がった小雛パイセンはキョロキョロと周りに顔を向けると、カメラを見つけて地団駄を踏む。
『ちょっと! あんたら、後で覚えてなさいよね!!』
『小雛パイセン、スタッフさんに喧嘩を売るのやめてくださーい。あと光量の設定数字が間違ってマックスになってました。すみません』
『ふんっ、それなら別にいいのよ』
謝ったら素直に許してくれるのが小雛パイセンのいいところだ。
あれ? それなら間違えたふりをしておっぱいを揉んでも、謝ったら許してくれるのかな!?
どうやらこれは検証の必要がありそうだ。ぐへへ。
「ねぇ、えみり先輩。そういえばあくあは? 後お姉様もみないのだけど?」
「あっ!」
そういえばあの2人はセットにしたんだった。
私はモニターのチャンネルを切り替える。
『ひゃっ!』
ちょうど、コンニャクが頬に撫でるように当たったヴィクトリア様が驚いてあくあ様に抱きつく。
『ヴィ、ヴィクトリア様、大丈夫ですか!?』
ヴィクトリア様に片腕を掴まれてがっしりとホールドされたあくあ様は、キリッとした端正なお顔をされる。
『な、何かが私の頬に。お願い……とって』
おぉ……私とあくあ様の背筋がゾクゾクと震える。
この感覚は一体、なんだろう?
上目遣いで甘えるヴィクトリア様をみて胸の奥がものすごく熱くなった。
「お姉様可愛い」
うんうん、今のシーンでやっぱりお前らって姉妹なんだなって再確認したわ。
あくあ様は、ヴィクトリア様のほっぺたについたコンニャクを取り払う。
『除けましたよ』
『ありがとう。あなたって……意外と頼りになるのね』
おやおやあ! 女の子のお顔になったヴィクトリア様を見て、なぜか私とペゴニアさんがハイタッチする。
っと、みんなもうゴールし始めてるな。
私はモニターのチャンネルを切り替える。
『きゃ〜っ!』
『もうやだー!』
『無理無理無理』
あー、やっぱeau de Cologneの3人の悲鳴からしか摂取できない何かがあるわ。
ここから先は最終地点に視点を固定してもいいかな。私は次々とゴールしてくるみんなをニヤニヤした顔で見守る。
『やっとついた〜』
『スバル、よく頑張ったね』
とあちゃんがスバルちゃんの頭を優しく撫でる。
ああ、この姉妹も尊いっすねぇ。ん? 姉妹? はて、何か違うような。まぁ、細かい事はいいか!!
『やった。ゴールだ。慎太郎くん、ありがとう』
『こちらこそ、今日はすごく楽しかったよ』
キース! キース! キース!
察しの良いえみりさんはすぐに幽霊役のスタッフさんへと出ないように指示を出す。
2人は見つめ合った後に手を繋いで出口を目指した。やっぱりそううまくはいかないか。
でもいいものを見せいていただきました。あざっす!!
『ほら、天我くん、ついたよ』
『あ、ああ……』
天我パイセンは春香さんに手を引いてもらってお守りをゲットする。
流石にこれ以上怖がらせるのは可哀想なので、ここも幽霊が出るのをストップしよう。
『春香ねぇ……すまない』
『ううん、私は、私はなんか昔を思い出してすごく良かったよ。そっか、アキラ君って私が知らない間に頼りがいのある大人になっちゃったんだって思ってたけど、そうじゃなかったんだね』
春香さんは何かつきものが取れたかのような笑顔で天我パイセンに微笑む。
『なんか、しょうもないって思うかもしれないけど、アキラ君の手を引いて暗闇の中を歩いていく事が私に取っては一歩を踏み出せた気がする。アキラ君、これからは、ううん、これからも、2人で苦手な事や苦しい事、辛い事を支え合って頑張ろうね』
『春香ねぇ……うん、うん!』
私達は涙を流しながら手を叩く。
最初は私の個人的な愉悦目的ではじめた肝試しが、まさかこんな事になるなんて感動した。
DVによる後遺症で苦しんでいた春香さんが、少しでも前に進めたのならこんなにいい事はないよ。
次々とお守りをとって出口に向かっていく人たち、みんなの笑顔に私達運営陣は癒される。
「姐さん、そっちの様子はどうですか?」
私は最後尾を確認してる姐さんに連絡を入れる。
『今は楓さんと合流して最後尾グループの後ろからゴールを目指してます』
『えみり〜、カノン〜、あくあ君とヴィクトリア様は、ゆかりと阿古さんのとこと合流したっぽいぞ〜』
あぁ、小雛パイセンがループしたりとかもたついたりするから……。
映像を切り替えると、横に並ぶ阿古さんとあくあ様が映し出された。
あれ? 他の2人は? あっ……よくみたら、あくあ様を盾にして2人が屁っ放り腰でついてきているのが見える。
よーし、こうなったら最後は総出だ。
りん、みこと、りのんさん、るーなちゃんに連絡を入れて、お守りを取った瞬間に全員で飛び出るように指示を出す。
『ぎゃあ! なんで後ろから出るのよバカー!! 私を殺すつもりじゃないでしょうね!?』
小雛パイセン、今、まさに小雛パイセンがあくあ様の首を絞めて殺そうとしてます。
しかし、あくあ様はやはり偉大だ。こんな時でも頭に当たった小雛パイセンの感触と、背中に当たるヴィクトリア様の感触と、思わず腕を掴んで身体に寄り添った阿古さんの感触を感じて嬉しそうな顔をしている。
『うっ、ひっく、無理、私、もうお家かえりゅ』
ヴィクトリア様、そんなキャラだったっけ?
もうこれは永久保存版でしょ。後で本人を呼んで鑑賞会をしたいくらいだ。
『ほら、みんな大丈夫。あっちがゴールだから。もう終わりですから、ね』
あくあ様は優しくみんなをエスコートしてゴールへと向かう。
これにて無事に肝試しイベントは終了だ。
「っと、私はお守り回収してくるよ。スタッフのみんなにあげなきゃ」
「じゃあ、私も一緒に行くよ。ペゴニア、今日は体調悪そうだし先に帰ってなさい」
眠そうにしてるペゴニアさんを宮餅先生に預けて、私とカノンは楓パイセンや姐さんと合流する。
「やって良かったですね」
「うんうん、私も楽しかったよ」
「ね。最初はえみり先輩の企画だからどうなることかと思ったけど」
「へへっ、褒めるなよ。照れるぜ」
えっ? 別に褒めてない?
細かい事はいいんだよ!!
「さてと、このお守りを回収してっと……んっ?」
私がお社の前に置いてあるお守りを回収すると、後ろから誰かが出てきた。
あれ? スタッフさん、まだ残ってましたか?
えーと……こんな顔の人、いたっけ? あ、あれ?
「「「「きゃああああああああああああああああ!」」」」
私達4人は顔を見合わせると大きな叫び声を上げた。
「怨霊退散!!」
あ、あれ? 消えた?
って、今の声、どっかで聞いた事があるような……。
「く、くくり!?」
「ふぅ。間に合って良かったですね」
くくり曰く、昔、この辺は人が死んでるから夏になるとたまに出てくるらしい。
ああ、そういえば、元々ここはお前が持ってた土地だったんだよな……。
ホッとした私は手に持っていたお守りが入った箱を見つめる。
一瞬だけこの箱に手を伸ばしたように見えたけど、私の気のせいか。
「えみりお姉ちゃん、何してるんですか? 行きますよ」
「ん? ああ、今、行く!」
その後、どうしても最後の違和感が気になった私は全員にお守りを配り終えた後に残ったお守りの数を数えて固まった。
「い、一個足りなひ……」
私は自分の部屋を飛び出すと、カノンの部屋に向かって走った。
カノーーーーーン! 頼むー! 今晩だけで、今晩だけでいいから私と一緒に寝てくれえええええええ!
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