鷲宮リサ、相談したい事。
あくあ様に相談をする事があると告げてからはや数日。
わたくしはいまだにその事を言い出せないでいた。
「みなさま、おこんばんは〜。ご機嫌遊ばせ、十二月晦日サヤカです」
高校に行く傍らでVtuberとして活動をするわたくしにとって、夏休みは1年の中で1番忙しい時期です。
普段は学校の授業に加えて部活、帰宅してからは家庭教師の先生との授業もありますし、配信できても就寝前にちょっとだけの時間しかありません。
故にVtuberとしての私の主な活動は土曜日や日曜日などの祝日や休日だけに限られています。
【おこんぶ〜】
【おこんぶ!】
【お昆布お昆布!】
【前から気になってたけど、なんで挨拶がお昆布になってるの?】
【↑サヤカ様の好物がおにぎりの昆布味だからだよ】
【ゴージャスなルックスとエレガントな声に似合わず意外と庶民的なんだよ〜】
……私が庶民的なのは鷲宮の家は成り上がり、端的に言うとただの成金ですわ。
今でこそ実家のお屋敷は豪華で、家に行けばお手伝いさんもいますが、わたくしも幼少期の頃から小学生にかけては皆様と変わらない普通の生活をしていましたもの。
そんなわたくしがVtuberとしてデビューしたのは、中学生の時にお母様の知り合いが家を訪ねてきたのがきっかけでした。
『リサちゃん、Vtuberやってみない? とある製品を紹介する案件が出来る子を探しててね、君の声のトーンと語り口調、話し方ならぴったりだと思うんだよ』
サヤカとの出会いは当時、演劇部の事で落ち込んでいたわたくしにとってはかけがえのないものになりました。
だからこそ、どんなに忙しくてもわたくしはずっとサヤカである事をやめたくはないのです。
【わりぃ。おかか派だからインコさんの配信行くわ】
【↑これ言っててそっちに行く奴、本当にいない説】
【↑ネタだから】
【人間、記憶する容量には限界があるのに、インコがおかか派だというどうでもいい情報をインプットしてしまった……】
【今更で申し訳ないんだけど、配信者とVtuberの中でおにぎりの具戦争が起きてるのってなんでなの? 検索してもわからなかったから誰か優しい人は教えてくだせぇ】
【↑インコが案件でファストフードばかり配信中に食べえてて飽きたーって言ってた時に、小雛ゆかりが私ならあくあの握ったおにぎり食べてるけど? っていう無自覚のマウントが争いの発端でした】
【↑配信者って配信中にやたらとバーガー食ってたけど、あれって案件だったのか……初めて知った】
【そこから急になぜかおにぎり大戦争が始まったんだよな】
【ツナマヨVSシャケの二大勢力に加え、虎視眈々と上位を狙うめんたい派、指を加えてみているだけのおかか、昆布連合軍、じわりと勢力を伸ばす塩むすび、そしてニューヒーローの現れた梅干し派による史上最大規模のおにぎり戦争が今、火蓋を切って落とされたのである!!】
【↑くだらなさすぎて好き】
【日本って本当に平和だよな】
【世界は日本がおにぎりの具で揉めてるのを見習ってほしい】
【キノコとタケノコで数十年喧嘩してるような国だからな。日本舐めんなよ!】
【世界一平和で人も死なない誰も傷つけないくだらない戦争好き】
【あくあ君が配信で梅干し一択って言ってたからもう梅干し派の勝利は決まったよ。空前の梅干しブームで今や梅干し不足。あくあ様が白銀家で使ってて、件の小雛ゆかりが配信で食べてた産直で売ってるおばあちゃんの田舎梅とかもう朝4時の整理券を取らなきゃ買えないからな】
……言えないですわ。
今、わたくしが使っている机の上には、あくあ様がお夜食に握ってくださった梅おむすびと昆布おむすびが包まれたものが置かれています。
『あれ? リサ、もしかして今から勉強?』
『えっ、あ……』
あくあ様は、わたくしがVtuberのサヤカだという事は知りません。
それもあってわたくしが言葉に詰まっていると、勘違いしたあくあ様が「お腹が空いたら食べて。勉強がんばってね」と、おにぎりを持たせてくれました。
ああ……あのタイミングでさらりと自分はサヤカだという事、今から配信があるんだって伝えられたら良かったのに、わたくしってば本当に鈍臭いですわ。
おかげでまた自分がサヤカだとバラすタイミングを無くしてしまいました。
「突然ですが、予定していたゲームの前に少し時間があるので、今日はお嬢様部の皆様にご相談したい事がありますわ」
リサとしてはなかなか周りの人に相談しづらい事でも、サヤカであれば相談する事ができるかもしれない。
そう思ったからお嬢様部、リスナーの皆さんに相談してみようと思いました。
【いいよ】
【サヤカ様、どうしたの?】
【鞘無インコ:悪いけど相談したってうちはおかか派やで】
【↑こいつ事務所関係なく本当にどこでもいるなw】
【インコ、他の事務所の子達から勘違いされて先輩って呼ばれてるもん】
【↑4月1日のエイプリルフールに、大惨事のHPに掲載されている所属ライバーの一覧にも鞘無インコって書かれてたw】
【インコ先輩じゃ頼りにならないからもっとマシな人来て】
【大海たま:サヤカ様が相談って珍しいね。もしかして卒業とかじゃないよね?】
【↑たまちゃんきたー!】
【たまちゃんきたからインコはもう帰っていいよ】
【卒業いやだ〜!】
【たまちゃんが心配する気持ちもわかる。最近、卒業ラッシュだよね】
【一つのサイクルが終わろうとしてるのは確か。特にサヤカ様やインコは古参だし】
【ずっと続ける人、辞める人、中の人がある程度の年齢なら独立したりもするし、若ければ学業等の理由でやめていく人も多い。でも、この二つはその人に未来があるからまだいいんだよ。その中で一番きついのは体調不良とか喉の不調とかでやめて行く事。本人が一番辛いんだろうけど、私たちも無理させちゃったんじゃないかって申し訳ない気持ちになる。だから、きつい時は休んで欲しいし打ち明けてほしい】
【↑それな】
【サヤカ様は中の人が若かったはず。最初は社会人だと思ってたけど、ネットの掲示板で高校生疑惑出てたし】
【↑中の人を詮索するのはやめろ! ルール違反だ!!】
【ラーメン捗る:ルールは守るもの。みんなも中身を詮索していいのは捗るさんだけにしておけ】
【↑捗るが真面目な事を言ってるだと!?】
【捗るの正体だけはガチで気になるw正直、この世に実在してるかどうかも怪しい】
【↑捗るは私たちメスが生み出した幻想、掲示板を学習したAIが生み出したAI人格とかって言ってるメアリー女子大の有名な教授がいたな】
【星水シロ:サヤカお姉ちゃん、やめちゃうの……?】
【↑シロ君キター!!】
【シロ君だって!?】
【あくあ様、あざといナイス】
【↑あくあ様じゃなくて、シロ君、な】
まさか配信に悩んでる原因となってる人が来るとは思いませんでした。
しかしこれはわたくしにとっても良い機会なのかもしれません。
「ごめんあそばせ、卒業とかではないのでご安心くださいませ。ところで、皆様には、打ち明けられない秘密はありませんか?」
まずはこんなところからでしょうか。
私の言葉で、なぜかコメント欄の皆様が秘密を打ち明けていく流れになる。
【鞘無インコ:私は今、白銀キングダムに住んでいます!!】
【↑妄想乙】
【インコはついに乙女ゲーのやりすぎで頭がおかしくなっちゃったのか】
【ホロスプレーのスタッフさん、インコちゃんを病院に連れて行ってあげて。今すぐに!!】
【インコ、冗談だよな? ガチで心配になってきた】
【大海たま:秘密? 僕がシロ君の事が好きって事かな?】
【↑知ってる】
【はぁはぁはぁはぁ、その好きってライクですか、ラブですか!?】
【今日のたまちゃん攻めてる!?】
【シロ君は性別欄にオスって書いてあるけど、Vtuberのたまちゃんは性別欄に記載無し、つまり!?】
【↑ほう】
【これは妄想が捗りますねぇ】
【ラーメン捗る:ぐへへ。いつだって自分を曝け出して生きてまぁす】
【↑その癖、何もバレないのなんなん】
【捗るなんて秒でバレそうなのに、なんでバレないんだろう】
【意外と捗るみたいなやつに限って、外面がすげぇ上品だったりして……いや、ないかw】
【↑ないないw】
【捗るが上品だったらヘソでやかん沸かしてやるよ】
【↑お茶な。あと、それ前に嗜みに言ってたやついて失敗してるからやめろ!!】
【星水シロ:秘密? うーん、僕がたまちゃんの事を好きだって事? でも、みんなもう知ってるよね! もちろん、サヤカお姉ちゃんの事も大好きだよ!!】
【↑ふぁ〜っ!】
【月とすっぽん:白玉グッズ買います】
【↑うぉっ!?】
【これ、アヤナちゃんのアカウントだっけw】
【乙女の嗜み:白玉グッズいくら貢げば良いですか? 三桁までいけます】
【↑桁でわからせてくるのやめて】
【嗜み強い……】
【嗜み少しは捗なんとかさんに恵んであげて】
【白玉グッズ、夏バージョン出てたの買うか悩んでたけど買うわ】
【シロ君、たまちゃん、他の人の配信でいちゃつかないでw】
【↑でもこの2人がコメント欄にいるから同接過去最高きた】
【スパチャすげえ】
【桐花琴乃:皆さん、お気持ちはわかりますが、あまり他所様のところで盛り上がらないでくださいね。シロ君とタマちゃんも話の流れで仕方ないとはいえ自重してください】
【↑姐さん助かる】
【っぱ、姐さんなんだよな】
【一発でピリッとした】
【ラーメン捗る:んだんだ、背筋凍った】
【ソムリエ:私も!】
【↑お前らは普段から悪い事してるからだろ!】
私は皆様の指摘で気がつく。
ほ、本当です。見た事がないほどの人がこの配信を見てくれていますわ。
後、スパチャはどうしましょう? 一旦、オフにした方がいいのかしら?
でも、一応事務所さんに確認してからじゃないと勝手にできないし、えーとええと……。
私は慌ててスタッフさんに連絡を入れる。
「皆様、ありがとうございます。実はわたくしには、その大事な秘密を打ち明ける勇気がないのです。いえ、と言うよりもタイミングを失ってしまったというか……その……」
私はそれとなく例え話を使って皆様に自分の置かれている事情を説明する。
せめてわたくしが、サヤカがシロ君やあくあ様とガッツリ絡んでたらよかったのですが、サヤカとシロ君、サヤカとあくあ様は同じ大会とかには出た事があるけど、チームとして深く関わった事がありません。
この微妙な関係が逆にバラしづらいというか、言い出しづらいと言うか、言ってしまえばどうって事はないのですけど、サヤカとして特段仲がいいわけではないので、「ふーん、それで」みたいな感じだと立ち直れそうにないですわ……。
【あー……なんとなく察した】
【大海たま:わかるよ。僕も言い辛い事いっぱいあるもん。距離感って意外とネックだよね】
【たまちゃんに同意、距離感によっては言い辛い事っていっぱいあるよ】
【親し過ぎても言い辛い、親し過ぎなくても言い辛い。どっちも経験あるわ】
【鞘無インコ:うちも本当は乙女ゲーなんて辞めたいって言いたいもん】
【↑お前は毎日それ言ってるじゃん!】
【インコはそんな事言ってないで乙女ゲーしろ】
【ラーメン捗る:私も嗜みには呼吸するかのようにパンツの色を聞けるけど、姐さんには気軽に言えないもん】
【↑お前は自重しろ】
【気軽に言えないだけで、言ってないとは言ってないのが草w】
【星水シロ:僕は言いたいこと全部言う】
【シロ君はそのままでいろ】
【シロ君は自重しなくていいよ】
【止まるんじゃねぇぞ!!】
【星水シロ:でも、言い辛い事を言うのは勇気がいるよね。僕のお友達の白銀あくあって人も、さっき、小雛ゆかりさんって人の前髪をカットするのをミスったけど、言い出しづらくて上手く誤魔化してたもん】
【↑草wwwww】
【あくあ様で言い辛い事ってあるんだなーw】
【あくあ君でも言い辛いことってあるんだ。よかったよかった】
【良くないけどよかったw】
【ゆかりご飯:今から部屋に行く】
【↑いるー!?】
【シロ君、あくあ様に逃げてって言って!】
【小雛ゆかりのSNSワロタw】
【小雛ゆかり、前髪ぱっつんも意外と似合ってるじゃんw】
【眉毛まで見えてて可愛いのは流石は女優って感じ】
【↑それな】
【若く見えるって言うか、これで制服着たらあくあ様の妹だって言っても通用しそうw】
ふふっ、私の部屋の外で通りを誰かが勢いよくドタドタと走っていく
あくあ様、早く逃げてくださいまし、今、そちらに向かってますわよ。
「皆様、ありがとう。おかげでわたくしも決心がつきましたわ」
シロ君……あくあ様の言葉や皆さんの言葉を聞いていると、だんだんと悩んでいる方が馬鹿らしい気持ちになってきましたわ。
そうよね。別に悪い事でもないし、こんな事、さっさとバラしてしまった方が楽よね。
すでに事務所の社長からも許可をとってありますし、問題はありませんわ。
【サヤカ様がむばれぇ〜】
【気楽にね】
【大海たま:サヤカ様頑張って、それとシロ君もたまには怒られていいと思うよ】
【たまちゃん、シロ君を見捨てないであげてw】
【鞘無インコ:それでもまた困った時はインコ先輩に相談しとき。話くらいは聞くで】
【インコの先輩面助かる】
【なんだかんだ言ってインコはこの性格が幸いして事務所関係なく相談に乗ってあげるし、他事務所だろうと踏み越えって助けにいってくれるし、それで問題解決をして引退を踏みとどまった人もいる。インコは普通にいい先輩だし、Vtuber界にはなくてはならない存在。他の事務所の社長も助かってるって言ってたしな】
【最強といわれる悪夢の世代のVtuberはそれくらいじゃないとな】
【あれ? 捗るは?】
【↑なんか最後に、やべっ、巻き込まれたって言って消えていったよ】
私は悩みを打ち明けた後、予め皆様に伝えていたゲームの配信を行った。
「今日の配信も楽しかったですわ。お嬢様部の皆様、ご機嫌よう」
配信を終えた私は椅子の背もたれに体重をかけて軽く息を吐く。
うん、もう今日のうちに打ち明けちゃおう。
そう思った私は、部屋を出て皆さんがいる大部屋に向かいました。
「珍しいですわね。誰もいないですわ」
「いいえ、私がいます」
あっ、えみり様。そんなところにいらしたのですね。
そんな端っこで何をしていらっしゃったんでしょうか。
「えみり様は何をやってるんですか?」
「今、ちょっととある人から逃げてて、意外とこういう隅っこってバレないもんなんだよ。で、そのついでに大学に提出しなきゃいけない課題をやってたってわけ。まさかこの私が勉強してるだなんて、誰も思わないだろ?」
雪白えみり様は、メアリー女子大でも首席だとお聞きしました。
一体、どんな課題をやっていらしたのでしょう?
私はえみり様の書いていた論文を覗き込む。
「ああ、これか? これは重力の統一方程式って言ってな……」
えみり様はおそらく私にわかりやすいに噛み砕いて自分のやっている事について説明してくれました。
ですが、えみり様が喋ってる内容があまりにも異次元すぎて、わたくしには意味がわかりませんでしたわ。
五次元? ブラックホール? 高次元物理学? とてもじゃないけど、さっきまでカノンさんに、「今日のカノンが穿いてるパンツの方程式がわかった」とドヤ顔で言って、赤面したカノンさんをぷるぷるさせていた人とは思えません。
「ところで、あくあ様がどちらに行ったかご存知ありませんか?」
「あくあ様? ああ、あくあ様なら小雛先輩の怒りを宥めた後に、自分の部屋に帰っていったよ」
ふふ、あくあ様は上手く怒りを宥められたんですね。
後からSNSで画像を見たけど、かわいらしくてわたくしはすごくいいと思いましたわ。
わたくしはえみり様にお礼を言うと、あくあ様の部屋を訪ねる。
「あくあ様、リサです。お時間よろしいですか?」
「いいよ」
わたくしは部屋に入ると、あくあ様に自分がサヤカである事をすぐに伝えましたわ。
すると、あくあ様は驚いた顔で「ええっ!?」と言ってくれました。
ふふっ、わたくしってばなんでこんな事で悩んでいたんだろう。
でも、これで伝えたい事が伝えられてスッキリしましたわ。
「そういえば、サヤカ様とはあまりゲームしてなかったな。今度、俺かシロ君と一緒にゲームする?」
「本当ですの? すごく嬉しいですわ。あ、せっかくだからインコ様も一緒に」
「じゃあ、俺はたまちゃんかとあを誘おうかな」
こうして私達は4人で遊ぶ約束を取り付けました。
ふふ、今から皆様と遊ぶのがとっても楽しみですわ!
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