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小雛ゆかり、みんな本音を隠して生きている。

「ふふふ、貴女も相変わらず大変そうねぇ。ここでは気を抜いてもいいのよ」

「それじゃあお言葉に甘えて、楽にさせてもらうわ」


 ヴィクトリアさんの部屋に入った私は、近くにあった椅子にドカッと座る。


「は〜っ、あっつ! この部屋は涼しくていいわよね」


 私は詰襟になったメイド服の胸元のボタンを外すと手で仰ぐ。

 ちょっと外のお庭で作業とかしたらすぐにこれよ。

 このクラシックタイプのメイド服、あくあが拘ったせいですごく可愛いけど、ロングスカートに加えて上は詰襟だからすごく暑いのよね。おまけに何故か生足禁止でタイツかストッキング着用の指定はやりすぎでしょ!


「そのてのメイド服、前から思ってたけど夏は暑そうよね」

「そういうヴィクトリアさんも、夏にドレスとか暑そう」


 それこそ夏の間くらいミニスカメイド服でいいじゃない。あんたミニスカ好きでしょ。

 だいぶ前にミニスカのカノンさんとアヤナちゃんが無防備に話しているのを、えみりちゃんと一緒にデレデレした顔で見ていたのを私はちゃんと見てるんだからね!!


「良かったらどうぞ」


 あら? ジュースまで出してくれるなんて、ナタリアさんは気が利いてるわね。

 後で後宮侍女の内申表に120点つけておいてあげるわ。オーバーフローした20点分は、えみりちゃんをマイナス査定にして調整するから安心して。どうせあの子は1万点マイナスでもクビにならないし、内申点に関係なくお給料はカノンさんが払ってるから。


「ねぇ。ナタリアさんも、このメイド服着てて暑くない?」

「ん〜……確かに外で作業する時はちょっと。室内だと冷房が効いてるから丁度いいんですけどね。それに、顔以外は隠れてるから日焼け対策もバッチリだし、腋に汗をかきやすい私はパフスリーブなのがちょっとありがたいです」


 ……なるほどね。そう考えると、単純にあいつの趣味ってだけでもなさそうね。


「完全に彼個人の趣味よ。下にロングスカートを穿いてるのに、わざわざタイツかストッキングを穿く必要なんてないでしょ」

「それもそうじゃない!!」


 危うく騙されるところだったわ。って……。


「ヴィクトリアさん、今、私の考えてる事を読んだでしょ」

「ふふふ」


 ヴィクトリアさんは手に持っていた扇子で自分の顔を仰ぐ。

 なんか、ヴィクトリアさんってスターズにいた時は余裕がない感じがしてたけど、こっちに来てから一皮剥けたんじゃない? いや、あいつのおかげで色々と吹っ切れたって表現の方が正しいかもしれない。

 長年の憑き物が取れた彼女は、後宮の中でも周りのお姫様達から一目を置かれている。

 あくあに対して「犬はバカなほど可愛いっていうけど本当ね」なんて言えるのは彼女くらいだ。

 その言葉の意味に気がついてないでデレデレした顔をしてるあいつはあいつで阿呆なんだけど!!


「ふふ、でも、そういうところが嫌いじゃないんでしょう? 手のかかる子ほど可愛いって言うし、貴女って最初に聞いていた話と違って結構世話焼きよね」


 ヴィクトリアさんの言葉に私はジト目になる


「また、読んだでしょ。だめね。ここならリラックスができるからって気を抜きすぎたかしら?」

「あら? 貴方、彼に関する事だけは意外と筒抜けよ。まぁ、うちの妹といい彼の周りはのほほんとした子ばかりだから誰も気がついてないみたいだけどね。それこそ、雪白えみりや森川楓は変な方向にだけ勘が鋭くてあとはポンコツだし、琴乃さんや阿古さんもしっかりしてるように見えてそういうところは鈍感なのよね」


 阿古っちがしっかりしてるのなんて、外行きの社長面してる時だけよ。

 今でもあくあが見てない時に結構ドジしてるし、あくあにもちゃんとバレてるしね。


「で、肝心の話って何よ?」

「そういえばちゃんとお礼を言ってなかったなと思って」


 お礼?

 ヴィクトリアさんは扇子をテーブルの上に置くと、椅子から立ち上がってぺこりと頭を下げた。


「小雛ゆかりさん、私の妹の頼みを聞いてくれてありがとう」

「そういうのやめてよもう。私が好きでしてる事であって、誰かにお礼を言われる筋合いなんてないんだから!」


 それに、今は仕事をセーブしてて暇だしね。

 何よりもオフの時は呑気にのほほんとしてるあくぽんたんを見てると、すごく不安になるものがある。

 どうせあいつの前じゃどんな女の子でも毒牙を抜かれちゃうんだろうけど、それはそれ、これはこれ。

 あの私にとって住み心地がいい空間を守るためにも、あいつの周りで1番の懸念とされている後宮を見張っておく必要がある。そう、私のやってる事は全部はあいつのためじゃなくって、この私のためなんだからね!!


「ふふっ、意地っ張り」

「その言葉、そっくりお返しするわ」


 私たちはお互いに片方の口角を持ち上げてニヤリと笑う。

 ほんと、良い性格してるわ。嫌いじゃないわよ。


「ナタリアさんはあいつに対してなんか不満ない? あったら伝えておくわよ」

「えっと……特にはないんですけど……」


 特にはないけど、何かはあるって事ね。

 ほら、ここにいるのは年上のお姉さん達ばかりなんだから、なんでも好きな事を言ってみなさいよ。

 私とヴィクトリアさんの2人は、ナタリアさんに対して発言を促す素振りを見せる。


「ヴィクトリア様はこう見えて寂しがりやなところがありますから、もうちょっとだけ来てくれる回数が増えたら嬉しいなあって思います」

「ナタリア、ちょっと!?」


 あらぁ〜。主人想いのすごくいい侍女じゃない。

 私がニマニマした顔をしていると、赤面したヴィクトリアさんが私からプイッと顔を背ける。

 ふふん、やっぱり攻めるなら外野からよね。残念だけど、私の方が一枚上手だっただけの事よ。


「ヴィクトリアさんって、意外と好きになった人には忠実なタイプでしょ」

「ぐっ……!」


 ヴィクトリアさんは手に持った扇子に力を込める。

 どうやら図星だったかしら?


「じゃあ、本当はかまってほしいけど、そんな事ないわよオーラ出して誤魔化してるんだぁ」

「べ、別にいいじゃない! あ、あの子だって忙しいんだし」


 ふふっ、なるほどね。

 あくあが「ヴィクトリア様は可愛いですよ」って言った時に、カノンさんが何言ってるのって顔をしてたけど、意外とあんたの勘は当たってたんじゃないかしら。

 私みたいな元から自堕落な女と違って、こういう甘えるのが苦手で普段からきっちりしてる女の子は、一度でも甘やかしてあげたら依存しちゃうのよね。


「ほらほら、せっかくだから素直になりなさいよ。ここには私達しか居ないんだし、もうバレてるんだから諦めて色々しゃべっちゃった方が楽よ」

「ううう……」


 ヴィクトリアさんは両手で赤くなった顔を隠すと首を左右に振る。


「本当はもっと甘えたいんでしょ? いつもツンツンしてる女の子ほど甘えたいっていうしね!!」

「ヴィクトリア様、いい機会です。素直になりましょう!!」


 私とナタリアさんは2人でヴィクトリアさんを挟み込む。

 ほらほら、逃げ道はないわよー。私は後宮長としてヴィクトリアさんの本音を引き出そうとする。


「……本当はお馬さんごっこじゃなくて、ギュッと抱きしめて頭なでなでしてほしい」

「うんうん、なるほどね」


 私とナタリアさんは震えるヴィクトリアさんの体をギュッと抱きしめる。

 普段は強がってるだけだから、そこにも気がついて欲しいって事よね。


「頑張ったね。えらいねって褒めてほしい」

「わかるわー。私もいつもあいつに、ちゃんと褒めなさいよねって褒める事を強要してるもん!」


 それなのに、あいつったら「また、ですか?」みたいな顔をして。

 あんた、カノンさんの事なんか無条件で1日100回くらい褒めてるんだから、私にだって褒めてくれていいじゃない! でも、今日も頑張って呼吸できてえらいですねって雑な褒め方はダメなんだからね!!


「本当は私だってカノンみたいに素直に甘えたい!!」

「いいぞー。もっと言えー!」


 私はヴィクトリアさんを煽るついでに「あくあのばーか!」「あくぽんたん!」と言う。

 おかげで私もいいストレス解消になったわ。ていうのは建前で、ストレスなんて溜め込んでないから、私が言いたかっただけだけどね。


「でも、お馬さんごっこは嫌いじゃない。でも、年1……ううん、半年に1回くらいでいいから甘えさせてほしい」

「ヴィクトリア様、いいと思います。あくあ君との関係をマンネリ化させないためにも、私だって色々と……」

「「えっ?」」


 そういえばこの子って、カノンさんの制服を着てカノンさんコスプレとかしてたんだっけ。

 私は急に真顔になると、彼女の両肩を両手でしっかりと掴む。


「ナタリアさん、あくあはただのすけべだけど、ああ見えて度量は広い方だから嫌な事は嫌って言っていいのよ」

「え? あ……カノンプレイは私からしてほしいってお願いしたプレイなので、その……あっ、それとも、あくあ君にこの前、お願いした……あ、あれ? 皆さん。なんか急に私から距離が遠のいてませんか?」


 嘘……でしょ。

 あまりにも内容がハードすぎて、私とヴィクトリアさんはナタリアさんから3歩くらい距離を置く。

 確かこの子も聖あくあ教とかいうふざけた宗教に入ってるおバカな一味の1人なんだっけ?

 やっぱりあの宗教だけは、周りに感染拡大する前にぶっ潰しておいた方がいいわよ。もう手遅れかもしれないけど。


「ナタリアの前じゃ、私が間違えて彼の事をパパって言いそうになったのがマシなレベルね」


 パパァ!? ヴィクトリアさん、自然とすごい事を言ったけど大丈夫? 一応、同じ女性としての優しさで聞かなかった事にしておいてあげるわよ。

 エスカレートする2人の話に私は小一時間ほど付き合ってあげた。


「休憩しに来たつもりがなんか余計に疲れたわ」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんあそばせ」


 流石に色々と具体的すぎて、聞いてる私が恥ずかしくなったわ。

 ヴィクトリアさんの部屋からの帰り道にお庭の方に視線を向けたら、えみりちゃんがグヘグヘした顔で洗濯物を干していた。


「ほへー、みんなの服からすごく良い匂いがしゅる……。私、決めた! このお仕事一本で飯を食っていく!!」


 まーた、おバカな事を言ってる。

 私は外に出ると、平野雪香モードでちゃんと釘を刺しておいた。


「はぁ、せっかく朝、お風呂に入れてもらったのに、また汗だくじゃない」


 私は隠し部屋に置いてあったひんやりシートで汗を拭きとる。

 汗取りシートをゴミ箱にぽいっと捨てた私は、服を着替えて自分の部屋に入ると秒でベッドにダイブした。


「疲れたから一旦休憩」


 一度、お昼寝した私は、お腹が空いて目が覚める。


「んん〜、あれぇ? まだ暗いけど朝じゃないの?」


 私は上半身を起こしたまま数十秒ほど固まる。


「くしゅん!」


 あれ? なんで私、寝てたんだっけ?

 あ、そっか。私、お昼寝してたんだった。

 頭が冴えてきた私は身だしなみを整える。


「ん?」


 メール? ああ……実家からか。

 私はメールの内容を確認すると、すぐに閉じる。

 親戚の集まりのお知らせだなんて、そんな仕方なく業務的なメール送って来なくても、私が行かないのはわかってるでしょ。何よりも、あっちだって私に会いたくないでしょうしね。

 私は気分を変えるために、部屋を出る。


「ご・は・ん〜、ご・は・ん〜、今日の献立は何かな〜」


 私は楓がやってる毎日ご飯のテーマソングを歌いながら食堂へと向かう。

 すると、偶然にもそれを聞いてしまった楓が驚愕した顔をする


「ゆかり、お前、まさか毎日ご飯に出るつもりじゃないだろうな?」

「何よ? 別に番組取ったりなんてしないってば」


 ほら、小雛ゆかり……じゃなかった、森川楓の部屋だって取ってないでしょ。

 ああいうのは番組内の冗談みたいなもんじゃない。あんたもわかってるでしょ?


「そうじゃない。ただでさえ私1人で毎回来てくれるゲストの先生達が手一杯なのに、私とお前が出たら、あくあ君くらいがゲストじゃないとガチの死人が出るぞ」

「じゃあ、あいつもセットで出せば良いじゃない」


 楓が何かに気がついてポンと手を叩く。

 ほらね。問題解決じゃない。


「ゆかり……。あんまりあくあ君を巻き込んじゃダメよ」

「あれ? 阿古っち、もう帰ってきたの? 最近は早いわね」


 夏休みに入るまでは忙しそうにしてた阿古っちだけど、最近は夕方には普通に帰ってくるようになった。

 正直、阿古っちは4月からのベリルの役員人事やその他諸々があってすごく忙しそうにしてたから、友人としては今くらい暇そうな方がホッとできる。


「最近気が付いたけど、あくあ君が仕事してないと事後対応しなくて良いから私って結構暇なんだなって」

「あいつもう首に紐でもつけておいた方がいいんじゃない? 案外よろこぶかもよ」


 阿古っちは私の提案に苦笑いを浮かべる。

 もう、阿古っちってば、あいつに関してはトコトン甘やかしたがりなんだから。

 食堂の中に入ると、一箇所のカウンターブースにだけ人だかりができていた。


「へい、らっしゃい! 何にしましょう!」


 寿司職人の格好をしたあくあがお寿司を握っていた。

 あいつって本当に何でもやるわよね。

 私は列に並ぶと自分の順番を待つ。


「ねぇねぇ、カノンさんはどれにする?」

「んー、私はやっぱり最初は甘エビかなぁ。アヤナちゃんは?」

「じゃあ私もそれにしちゃおうかな」


 アヤナちゃんもカノンさんも楽しそうでいいわね。

 2人のやり取りを見たあくあと私がデレデレした顔をする。

 そうこうしていると自分の番が回ってきた。


「あ、小雛先輩。すみません、ウィンナー寿司とハンバーグ寿司はうちやってないんですよ」

「何で私がそんな子供っぽいのを頼まなきゃいけないのよ!」


 私はメニュー表を見ると、定番の玉子、イカ、タコを注文する。

 やっぱり最初はこの三つよね。


「小雛先輩……」

「何よ。なんか文句ある?」


 好きなんだから別にいいでしょ!


「ちゃんとサビ抜きにしておきました」

「ん。また、後で取りに来るから」


 ん〜〜〜っ、この甘い玉子がたまんないのよね。

 私は最初の3貫を食べ終えるとおかわりしに行った。

 あれ? 気が付いたら、あくあの隣にえみりちゃんも増えてる。


「中トロ、漬けのカンパチ、ハマチの天身、どうぞー!」

「やったー! 乙女ゲーが一歩前進したご褒美や!!」


 本当にそこ2人は器用よね。

 あ、楓、2人が忙しそうにしてるからって間違っても手伝わない方がいいわよ。私とあんたが手伝ったら余計に仕事を増やすだけだから。

 私達は食べるのが専門なんだから、大人しく出されたものをもぐもぐしてましょう。

 後、えみりちゃんはさっきまで働いてたんだから大人しく休んでおきなさい!


「はー、もう、お腹いっぱい〜」


 私はみんなとゲームして遊んだり、もう一度お風呂に入ったりすると自分の部屋に帰ってお布団にダイブする。


「あくぽんたーん。明日の目覚ましもお願い〜」

『了解しました。朝の目覚ましをセットします』


 リアルのあくあも目覚まし時計のあくあくらい素直だといいんだけどね。

 ……いや、それだと張り合いがなくて面白くないか。

 そう考えると、あいつはあのままが一番よね。

 私はそんな事を考えながら深い眠りについた。

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