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小雛ゆかり、私は暇じゃない!!

 ピピピ……ピピピピピ……。


 自分でセットした目覚ましの小さな音でゆっくりと目が覚めていく。


「んん〜、うるさいわねぇ。もぅ」


 寝返りを打った私は、あくあの抱き枕に足を絡める。

 あれ? 私のお布団、どこ?

 なんかスースーするし、いつの間にかパジャマの上着が捲れてお腹が見えている。


 ピピピ……ピピピピピ……。


「もぅ……朝くらいゆっくり寝かせなさいよ」


 朝5時、私は目が覚めるとうつ伏せになりながら枕元に置いてある目覚ましへと手を伸ばす。


『朝だよ、ゆかりお姉ちゃん。起きてぇ〜』

「はいはい、わかってるわよ」


 私はシロくんの形をした目覚まし時計の頭にあるスイッチをポンと叩く。


 ……。


 …………。


 ………………すぅすぅ。


「はっ!?」


 やば、お布団が気持ち良すぎて二度寝するところだった。

 私は目を覚ますと寝ぼけ眼を擦りながら、窓ガラスに反射した自分の顔を見つめる。

 うげ……髪の毛ボサボサじゃん。私は捲れたパジャマの上着を整える。


「くしゅん!」


 クーラーかけっぱなしにしてたから風邪引いたかも。

 私はあくあの抱き枕を引きずりながら白銀キングダムのだだっ広い通路を通って大浴場へと向かう。


「ゆかり、どうしたの!?」


 ん? この声は……まろん?

 あんた、この時間になんで起きてるのよ?


「そんな格好で彷徨いて、どこにいくつもり!?」

「お風呂……の前に、おトイレ行きたくなっちゃった」

「はわわわ」


 慌てた表情をしたまろんが私を連れておトイレに行く。


「ゆかり、ちゃんとできた? トイレで寝ちゃだめだよ」

「ん」


 あー、もう、まろんは相変わらず心配性ね。

 いくら私でもおトイレくらい1人でできるわよ!!


「ゆかり、替えの服とか下着は持ってきて……ないわよね」

「ん」


 まろんはそのまま私を大浴場まで連れていくと、服を脱がせてお風呂場で体を洗ってくれた。


「ママ、ありがとう」

「私はゆかりのママじゃないよ。もう! ほら、何の用事があってこんな時間に起きたのか知らないけど、そろそろ目を覚まして、そんな寝ぼけたところをあくあ君に見つかったらいじられるよ」

「それは嫌」


 さっきまで眠たかったけど、急に目が覚めてきた。

 お風呂から出た私は体を拭いて服を着替える。


「あれ? 私のロッカーに入ってた下着とパジャマがない」


 代わりに新しい下着とルームウェアが置いてある。


「ああ、お風呂に入る前にスタッフさんに着替えと替えの下着をお願いしてたから」


 そういえば、お風呂に入る前にまろんがメイドさんに何か声をかけていたような気がする。

 にしてもこの下着、サイズなんて伝えてないのにピッタリなのが気持ち悪いわね。


「この替えの下着、あくあ君がそれぞれの女の子のために選んでるんだって」

「しょーもな。あいつ、忙しいんだから、暇な時にもっとマシな事をやるか普通に寝て休みなさいよ」


 お風呂から出た私はまろんと一緒に軽めの朝食を取る。

 まろんは遠出する予定があるらしく、ご飯を食べた後は荷物を取りに自分の部屋へと向かった。


「さてと、私も自分の仕事をしましょうか」


 本棚に置いてある一冊の本を抜き取ると、壁に備え付けられた本棚がゆっくりと横にスライドする。

 いわゆる隠し通路ってやつだ。白銀キングダムの本宅は元々、風雪えみり城ってふざけた名前の建物として建設されていたらしく、その時の名残であるギミックが至る所に残っているらしい。

 私は本棚の後ろにある隠し扉に入ると、ウィッグをつけて着慣れたクラシックタイプのメイド服を身に纏う。


「っと、メガネとカチューシャを忘れるところだった」


 私は姿見の前で完璧に身だしなみを整えると、意識を切り替える。

 ここから先はちゃんと“役”に入り切らないとね。

 隠し通路を抜けた先にある部屋に辿り着いた私は、落ち着いた所作でゆっくりと扉を開ける。

 白銀キングダム内にある後宮に足を踏み入れた私は通路を歩いて大広間へと向かう。


「あくあ様のお渡りは一体いつになるのかしら?」

「最初に誰の部屋に訪れるのかはとても重要だから、まだ悩んでいらっしゃるのではなくて?」

「あら? やはり最初はくくり様じゃなくって? それが筋というものでありましょう」

「筋……というのなら、やはり同盟国のスターズであるヴィクトリア様へのお渡りが最初ではなくて?」

「ヴィクトリア様はカノン様の姉君という立場で何度か非公式に会っていらっしゃるでしょ」

「それを言うのなら、くくり様だって先輩と後輩、アイドルとプロデューサーとして非公式に何度も逢瀬を重ねているではありませんか?」

「あら? 筋と仰るなら、やはり世界で一番の大国、ステイツのお姫様達に御訪問するのが一番の筋ではなくって?」


 どうやら大広間に集まった後宮侍女達が噂話に話を咲かせているようね。

 私やえみりちゃんの作戦が功を奏して、何度かあくあは後宮を訪ねてきたが、ここにいるお姫様達の部屋を公式に個別訪問した事は一度もない。

 ヴィクトリアさんやくくりさんの部屋には何度か訪れていたけど、それは昼間であって正式な手続きを踏んだ公式なものでもなく、いたって普通のプライベートな訪問だ。

 ここでみんなが言う公式のお渡りは、事前に各国の大使を通じて本国に通知をした上で夜に部屋を訪れる事である。


「筋!? なるほど、筋とくればやはりスゥ様一択ですね。ぐへへ」


 意味がわかった私はあまりにも馬鹿すぎる発言にズッコケそうになる。

 ちょっと! そんな阿呆な事を言っている品位と教養のない後宮侍女は何処のどいつよ!!


「ハニーナ・オルカードさん、ふざけてるんですか?」

「いえ、私はいつだって真剣です! 筋と言えばやはりスゥ様が鉄板。その昔、私も中学生だったカノ……んんっ! いえ、なんでもありません」


 ハニーナ・オルカード……えみりちゃんが変装した後宮侍女だ。

 カノンさん、今からでも遅くないからえみりちゃんは引き上げた方がいいわよ。

 貴女自身の傷口が広がる前に、一刻も早くね。

 私は階段を降りる時に、わざとらしくヒールの音を鳴らせる。


 カツン、カツン……。


 その音だけでさっきまでおしゃべりだった後宮侍女達の口が一斉に塞がる。

 階段をゆっくりと降りた私は、朝の冷たい空気とピリッとした緊張感で張り詰めた大広間に居る侍女達の姿をぐるりと見渡す。


「朝5時55分、遅刻ゼロ、よろしい」


 私は懐中時計の蓋をパチンと閉じると、彼女達の間をヒールを鳴らしながらゆっくりと歩く。

 ここでの私は小雛ゆかりじゃない。後宮の侍女やスタッフを纏める後宮長の平野雪香だ。

 緊張した面持ちで背筋をピンと伸ばした後宮侍女の1人に私は声をかける。


「貴女、頭髪が乱れていてよ」

「す、すみません。お掃除をした後にお風呂に入る時間がなくて」


 後宮侍女の1人が申し訳なさそうな顔で頭をペコペコと下げる。

 この子は確か夜番ね。彼女達は朝の7時がくる前に退勤する手筈になっているから、朝方にお姫様達と会う事はない。それでもこの時間に起きているお姫様方も居るし、朝の散歩をしているお姫様と会う確率はゼロじゃない。

 お姫様方にあって指摘されるより、ここで私に注意された方が彼女にとってもいいだろうと思った。


「貴方はすぐに下がって部屋のお風呂に入ってきなさい。それと次から気をつけなさいね。ここで働きたい人は、他にも大勢いるのでしてよ」

「は、はい。ありがとうございます」


 さっきまでまろんにお風呂を入れてもらってた私が言う事じゃないけどね。

 でもまぁ、クビになるよりかは全然いいでしょ。実際、ここで働きたい人は多いし、お姫様の1人に失礼をはたらいてしまったら出ていかなきゃならなくなる。その可能性がある事は、事前に指摘して摘んであげた方がいい。


「ぐへへ」


 逆にあの子はなんでクビにならないんだろう。

 私が知ってるだけでも、仕事はできるのに何故かドジでお姫様に粗相したり、お姫様を唆そうとしたり、問題行動しか起こしてないはずなのに、一切のクレームが上がって来ない。

 それどころか、どの国のお姫様とも仲良くなってる。

 えみりちゃんに甘いカノンさんといい、対お姫様特攻か何かのスキルでもついてるのかしら。


「私からは以上です。皆さん、今日も精一杯頑張りましょう。それと夜番の侍女達はお疲れ様、次回の勤務に備えてゆっくりと体を休めなさい」


 解散した後は掃除のチェックだ。

 私はみんなが掃除できているかどうかをちゃんとチェックする。

 ん……完璧ね。

 私は窓の桟を撫でた人差し指を見つめてふっと息を吐きかける。


「朝食の準備はできているかしら?」

「すみません。少し遅れています」


 仕方ないわね。私は手の足りないところを手伝う。

 大丈夫、私は小雛ゆかりじゃない。今、演じている平野雪香は完璧な淑女。

 そんな女性が料理の一つもできないわけがない。

 私は私が知る限り最も料理が得意な人物、あくあの動きを完全にトレースする。


 料理はできないけど、料理をしてる人物の動きならトレースできるかもしれない。


 そう思った私は、今までの諸々の貸しを返してもらう代わりにあくあを利用した。


『え? メイド服を着て女の子の気持ちで料理するんですか?』

『うん。じゃあ、ここに書かれたメニュー作ってみて』


 後から考えたら、わざわざあくあをトレースしなくてもえみりちゃんをトレースした方が楽だったような気がする。

 ともかく私はその動きを観察、研究、実践する事で、完全に料理をするあいつの動きをトレースした。

 問題は味付けが100%あくあの手本と同じになっちゃう事だけど、そこは仕方ない。

 私の作ったお味噌汁を調理番だった後宮侍女達が試飲する。


「はうっ! 後宮長のお味噌汁、いつ飲んでも美味しい……!」

「お味噌汁……そういえばあくあ様のおつくりになられるお味噌汁はとっても美味しいとか」

「一度でいいから私もあくあ様がお作りになられたお味噌汁を飲んでみたいですわぁ」


 そのお味噌汁がそうだから、よーく味わって飲みなさい。

 作ったのは私だけど、入れたお味噌の量まで0.1g単位で完璧にトレースしてるから100%あくあのお味噌汁よ。

 問題はあいつが作ったのと同じ量だけしか作れないから、これ以上の量とかこれ以下の量は作れないんだけどね。

 食事の準備ができた後は、一斉にお姫様達が自室から大食堂へと降りてくる。

 基本、体調を崩していたりするお姫様以外は、朝・昼・晩と外出時以外は食事を共にするルールだ。


「あら、そのルームウェア素敵ね」

「いえいえ、貴女の方こそ」


 お互いに褒め合うお姫様達を見た私はなんとも言えない気持ちになる。

 うん……なんか私が思ってたのとは違うのよね。


『そんな下品な格好をしてどうしたのかしらぁ? 娼婦と勘違いしそうになったわぁ。おほほ、ごめんなさいね』

『あら、何か言ったかしら? ババくさい色気のない格好をしているから、ただのメイドだと勘違いしてましたわ。こちらこそごめんなさい』

『ムキーっ!』

『キッキーっ!』


 ていうのを想像してたのに、周りを見渡すとどこものほほんとした空気が漂っている。

 ペットは飼い主に似てるじゃないけど、やっぱりカノンさんが後宮のメンバーを選んだからかしら?


「オルカードさん、この後時間ありますか?」

「ハニーナさん、その後で大丈夫ですから、お話があるので私の部屋に寄ってくれませんか?」


 ……えみりちゃん、不敬でクビになるどころか普通に人気じゃない。

 全くどうなってるのよ!

 やっぱりえみりちゃんにはお姫様特攻のバフがかかってない?


「森川さんまた遊びに来ないかしら?」

「私、あの方、お話しやすくてとっても好きよ」


 楓もそういうところあるわよね。

 私も同じ悪夢の世代として鼻が高い。

 朝食が終わった後は、確かヴィクトリアさんの部屋に行く予定が入ってたわね。

 私は気合いを入れ直すと、ぐへった顔のえみりちゃんを睨みで牽制しつつ綺麗な所作で食堂を後にした。

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