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白銀あくあ、ベリベリのスタッフを侮るな。

「最後のサプライズは、とある男性のプロポーズを影から支えるサプライズです!」

「おおー!」


 そういうのを待っていたんだ!!

 この世界では、男性から女性へのプロポーズや告白はあまりない。

 でも、俺がカノンに公開プロポーズをした事がきっかけとなり、天我先輩から春香さんへのプロポーズ、慎太郎から淡島さんへの告白が雑誌のインタビューで取り上げられると、自分も同じ事がしてみたいという層が男性の中でも増えてきたと聞いている。


「あくあさん、そういうの前からやりたがってましたよね」

「はい。俺も最初、カノンを攫いに行く時は悩んだんですが、その時、俺の背中を押してくれたのは、とあ、慎太郎、天我先輩の3人でした。だからこそ、俺はみんなが俺にしてくれた事をみんなに返すだけじゃなくて、他の男の人にもしてあげたい。告白したいけど一歩を踏み出せないって人を応援してあげたいんです」


 天我先輩や慎太郎は雑誌のインタビューでも俺に感謝してるって言ってたけど、それは俺も同じ気持ちだ。

 あの時、俺は3人が俺の背中を押してくれた事をいつだって感謝してる。


「というわけで、このタブレットの映像をご覧ください」


 俺はプロデューサーさんから手渡しされたタブレットに映っていた映像を再生する。


『初めまして、白銀あくあさん。僕の名前は久我清仁と申します』


 映像に映った男性が礼儀正しくペコリと頭を下げる。

 所作の美しさといい、もしかして元華族の人だろうか?

 って、今、くがって言ったか?


「くが? 理人さんの親戚? あっ、漢字が玖珂じゃなくて久我なのね」


 それなら別人か?

 いや、でもそこはかとなく表向きの理人さんと雰囲気が似てる気がするんだよな。


「親戚ですよ。玖珂家の分家は血筋が近ければ久野、久遠とか、遠ければ九重、九島って名前なので、頭に久とか九が入ってたら分家の人だと思ってください。久我は読みも一緒なので、血縁としてはかなり近いですね」


 へぇ、勉強になるなぁ。え? 小学生でも普通に知ってる?

 なるほど、この世界の小学校に行ってない俺が知らなくて当然だ。

 この世界に来て1年以上経つけど、忘れた頃にこういうギャップを感じる時があるな。


『……』


 って、久我さんずっと黙ってるけど大丈夫?

 これ、動画が止まってたりしない?


『すみません。僕は人と関わったりするのが苦手で、家では読書をして過ごしています。だからこうやって話したりするのは、あまり慣れてなくて……』


 なるほど……ていうか、そんな人がプロポーズってすごいな!?

 一体、どういう馴れ初めでその女性とは知り合ったのだろう。


『彼女と知り合ったのは、理人さんから熱心に勧められたお見合いがきっかけでした』


 お相手の女性の名前は、斎藤美奈代さん。

 大学院生の久我さんに対して、斎藤さんは今年大学生になったばかりの19歳だという。

 斎藤さんは久我さん同様に読書が好きで、それがきっかけでお互いに交流を重ねるようになったらしい。

 そうして幾度かの逢瀬を重ねていくうちに、久我さんは斎藤さんに惹かれたという。


『程なくして僕と彼女の家の間で縁談がまとまり、僕たち2人は両家の代理人を通して結婚する事になりました』


 おめでとう! 俺はタブレットを膝の上に置いて手を叩く。

 って、あれ!? 結婚するんだよね!? えっ? プロポーズは!?

 イマイチ状況が理解できなくて俺の頭が混乱する。


『あとは結婚を待つだけの日々。しかし、僕は知ってしまったのです』


 何を!? 俺は膝の上に置いていたタブレットを両手で持ち上げると、食い入るように画面を見つめる。


『彼女はあの白龍アイコ大先生のファンなんです』


 なんだって!?

 その白龍アイコ大先生って、あの砂糖を吐くほど甘い、読むだけで糖尿病になると言われてる白龍アイコ大先生の恋愛小説の事ですか!?

 俺は心の中で、やっぱりアイの女性人気はすごいなあと感動する。


『美奈代さんは物静かな女性で、自分と同様にあまり感情を出す女性ではありません。だからこそ僕は思ったのです。もしかしたら彼女はお見合い結婚ではなく、本当は白龍先生が描くような恋愛結婚をしたかったのではと……』


 なるほどな。そういう事か。

 久我さんが考えている事を理解した俺は力強く頷く。


『美奈代さんはあまり会話の得意ではない僕に合わせてくれただけじゃなく、こんな僕との結婚を受け入れてくれました。だからこそ、今度は僕が頑張りたい。白銀あくあさんのようにかっこよくはできなくても、僕は彼女にお見合いだからではなく、同じ時間を共有し合う内に貴女に恋をしたから結婚したいという事を伝えたいのです』

「その話、乗った!!」


 久我さん、あんた十分にかっこいいよ。

 俺のように? いや、今日の主役は貴方だ。

 今日だけは俺よりかっこいい貴方にしてあげたいとそう思った。


「あくあさん、久我さんとの待ち合わせ場所に到着しました」

「はい!」


 俺はロケバスを降りると、彼と待ち合わせをしているホテルの中に入る。

 一般のお客さんに遭遇しないように通路を歩いていると、見覚えのある人とすれ違った。


「あれ? 羽生総理、こんなところで何してるんですか?」

「そういうあくあ君こそ。さっきは……んんっ、そうじゃなくて、今日はえみりちゃんや楓ちゃんとさっきの反省……んんっ、普通にご飯を食べる約束をしててね。あっ、今日はオフなんだ。普通にサボってるわけじゃないからね!?」


 羽生総理は慌てた素振りで両手を左右に振る。

 なるほど、そういうわけか。

 状況を理解した俺は羽生総理の後ろに控えている人物の1人へと視線を向ける。


「総理、ちょっとそこにいる理人さんを借りて行ってもいいですか?」

「どうぞどうぞ」


 俺は羽生総理にお礼を言うと、理人さんに呼び止めた事情を説明する。


「なるほど……そういう事だったのか。状況は理解した。清仁君に美奈代さんを紹介した僕も当然協力しよう」


 よし、これで鬼に金棒だ。

 俺は理人さんと2人で久我さんと待ち合わせをしている部屋の中に足音を立てずに入る。

 どうやら先に入っているスタッフさんと打ち合わせをしているようだ。


「そういうわけで、是非とも久我さんのプロポーズを協力させていただきたいと思いました」


 んん? カメラをよくみたら、また違う番組のステッカー貼ってる。

 ちゃんと許可取ってるならいいけど、他局の番組さんのステッカーを貼ってる時はあんまり問題は起こさないようにね。


「ありがとうございます」


 こっちの存在に気がついてない久我さんを確認した俺と理人さんは顔を見合わせる。

 どうやらお互いに考えている事は同じようだ。

 俺達は忍足でゆっくりと至近距離まで近づくと、正体をバラすように彼の椅子の背もたれに手で体重をかける。


「えっ!?」


 俺達の気配を感じた久我さんが俺達の方へと振り向いて固まる。


「理人さん? それに、あくあさんも!?」


 俺は久我さんが頭の中で状況の整理がつくのを待ってから口を開く。


「今日のプロポーズ作戦を成功させるために来ました。BERYLの白銀あくあです。久我清仁さん、よろしくお願いします!!」

「あ、ありがとうございます。久我清仁です。えっと、ほ、本物ですか?」


 俺は「本物だよ」って言うと、笑顔で久我さんの腕をポンポンと叩く。

 ねっ? ちゃんと感触があるから本物でしょ?


「僕はさっき偶然そこで出会ってね。清仁君、そういう事情なら是非とも僕にも協力させて欲しい」

「理人さん……! 2人とも、ありがとうございます」


 俺たちは席について顔を突き合わせると、改めて作戦を考える。


「久我さんは、何か考えてるプランとかある?」

「えぇっと、2人ともあまり騒がしいところだと落ち着かないと思うので、どこか静かなところで告白ができたらと思います」


 なるほど、静かなところか。

 まず最初に理人さんが口を開く。


「自宅で……となると、あまり特別感がないな」

「そうですね。俺もプロポーズは外の方がいいと思います」


 ベタかもしれないけど、やっぱり女の子は特別感がある方が嬉しいと思う。

 誰よりも夢見……ロマンチックなカノンがそう言ってたから間違いない。


「そうなるとどこかで景色を見ながらとか? この時期だと日中は暑いし、室内か夜の方が良いかもしれないな」

「それなら夜景を見ながら食事とかが自然じゃないですか? 外食なら相手に勘付かれずに誘いやすいっていうのもあります」


 王道だが鉄板だ。むしろ慣れてないのに変に気取るより全然良い。

 それにこれなら俺や理人さんもサポートしやすいと思った。

 考えが纏まった俺と理人さんは、久我さんに夜景を見ながらの食事をプランの一つとして提案する。


「ホテルとかのレストランなら静かそうですし、口下手な自分にとっては何もないよりも食事でプロポーズまでの場も繋げそうだからいいと思います」


 となると、決まりだ。


「よし、じゃあ、今日やりましょう。ここで」

「「えぇっ!?」」


 久我さんと理人さんが驚いた顔をする。

 いやいや、こういうのはしっかりと準備しないとって引き延ばした方がダメなんですよ。

 俺は真剣な顔付きで久我さんと向き合う。


「久我さん。俺はカノンにプロポーズしようと思った時、1分も1秒すらも惜しかった。久我さんはどうです?」


 俺の言葉に久我さんはハッとした顔をする。

 さっきの動画で斎藤さんについて話をする久我さんの顔を見て俺は確信した。

 久我さんの気持ちは、あの時の俺と一緒だ。


「……そう、ですね。僕も、1秒でも早く彼女にプロポーズをしたい。僕が君の事を好きなのだと言う気持ちを、1秒でも早く彼女に知って欲しいと思いました」


 俺と理人さんは顔を見合わせると力強く頷く。


「それじゃあ理人さんは久我さんの衣装の手配をお願いします。せっかくだから、かっこよく決めましょう!」

「了解した!」

「久我さんは斎藤さんとの食事の約束を取り付けられますか? この時間ならギリギリまだご飯を食べる前だろうけど、急いでください」

「わかりました」


 俺は2人にやる事をお願いすると、プロデューサーさんの方へと視線を向ける。


「このホテルのレストランには直接俺が交渉しに行きます」


 俺は部屋を出ると、エレベーターに乗ってレストランのあるフロアーへと向かう。


「あ、あくあ様」


 エレベーターから降りてきた俺を見たスタッフさんが咄嗟に口を両手で押さえる。

 きっと大声を出して騒ぎになるとまずいと思ったんだろう。

 スタッフさんはすぐに俺を別室に案内すると、ホテルの支配人を呼ぶ。


「あくあ様、今日はどうかしましたか!?」

「そう緊張しないでください。今日はちょっとお願いがあってきました」


 俺は支配人さんに事情を説明すると、レストランの席に空きがあるかどうかを聞く。


「まず、当ホテルのレストランを選んでいただきありがとうございます。しかし、残念ながら今日に限ってレストランの席に空きがなくて……」


 そういう事もある。俺は苦痛な表情を浮かべる支配人さんに「気にしないでください。急にご無理を言ってすみませんでした。ご丁寧に対応していただきありがとうございます」と感謝した。

 とりあえず久我さんにはまた斎藤さんに場所の変更を伝えてもらうとして、どこか別のホテルのレストランを探さなきゃな。

 そんな事を考えていると、見覚えのある人物達が入り口に立っていた。


「なるほど、あくあ様、話は全て聞かせてもらいました」

「あくあ君、そういう事なら私達の予約していた席を使うといいよ」

「なーに、国民の幸せこそがこの私の幸せ。支配人、どうか私達の予約していた席をあくあ様のために使ってください」


 えみり! 楓! 総理!!

 あぁ、そういえばさっき3人で食事するって言ってたっけ。


「3人とも大丈夫なんですか?」

「もちろん! なーに、つわりで最近食べてなかったラーメン竹子の味が恋しくなってきたところです」

「そもそも1勝もできなかった雑魚の私達がホテルのレストランで反省会っていうのが烏滸がましいんですよ」

「あっ、小雛さんから返信きた。カノンさん達や琴乃さん達も竹子だって。私達もお邪魔しましょう」


 何? みんな、今日は竹子にいるの?

 くっ、竹子のコッテリ醤油味を想像しただけで涎が垂れ落ちそうだ。いや、アッサリ醤油もいいな。いやいや、ここは豪華にチャーシュー麺でもいい! って、想像しただけでお腹が空いてくる。

 楓の言ってる反省会っていうのがよくわからないけど、俺も番組終わったら竹子にお邪魔しようかな。


「3人ともありがとう! 本当に助かるよ。その代わりと言ってなんだけど、ここのレストランの料金はもちろんのこと、竹子のお金も俺が払うよ。総理、小雛先輩にもそう言っておいてくれない? あっ、みんな長くいるよね? 後から俺も行くから」

「あざーす! ごちになります!!」


 俺は手を振って3人を笑顔で見送る。

 最後まで楓の言ってる反省会の意味はわからなかったけど、本当に助かった。

 俺はスタッフのみんながカメラを設置してる間に、2人がいる部屋へと向かう。


「おお、いいじゃないですか!」


 やっぱり理人さんに任せておいて正解だった。

 スーツでビシッと決まった久我さんは少し照れた顔をする。


「普段は和装なので、洋装は少し照れますね」

「久我さん、洋装もよく似合ってますよ」


 あとはプロポーズに指輪は定番だけど、縁談が決まった段階で婚約指輪は先に渡しているらしい。

 そうなるとここは無難に花か? 俺は久我さんに花を贈ってはどうかと提案する。


「いいですね。彼女は、花を栞にして使っているので喜んでくれるかもしれません」


 よしっ、決まりだ!

 久我さんは斎藤さんがよく着ている着物の柄や、一緒に庭園を散策したデートの情報を元に、ホテルにあるお花屋さんに彼女が好きなコスモスの花を注文する。

 コスモスなら薔薇よりも栞にしやすいしいいなと思った。


「あとはプロポーズの言葉だけか」

「そうですね」


 理人さんと久我さんはさっきからそれでずっと悩んでいたらしい。

 なるほど、そういう事なら最強のアドバイザーの手を借りよう。


「あっ、もしもし。アイ、今、大丈夫?」

『うん、大丈夫』


 後からインコさんの「せやかてゆかり」という声が聞こえてくる。

 もしかして、アイ達も小雛先輩達と一緒に竹子にいるのか?


『静かなところに移動するから、ちょっと待ってね。……ん、もう大丈夫。で、どうしたの?』

「実は……」


 俺はアイに軽く事情を説明する。


『なるほどね。それで斎藤さんって子が私のファンだから、私に何かいいプロポーズの言葉はないかって事か……』


 アイの言葉に軽く頷いた俺は、真剣な顔でテーブルに置いた俺のスマホを見つめる久我さんへと視線を向ける。

 俺は最初からアイにプロポーズの言葉を考えてもらおうと思って電話をかけたわけじゃない。

 察しの良いアイなら、いや、白龍アイコなら、今、久我さんにとって一番いい言葉をかけてくれると思って電話をかけた。


『久我さん、私は私が考えた言葉より、久我さんが思っている事をストレートに伝えた方が、斎藤さんは喜ぶと思います。どんな恋愛小説家の気取ったセリフより、それに勝るものはありませんから』


 流石はアイだ。

 アイの言葉に久我さんもハッとした顔をする。


『久我さん、頑張って。私も応援してます』

「白龍先生、ありがとうございます……!」


 久我さんの覚悟が決まった顔を見て俺はうんうんと頷く。

 俺はテーブルに置いてあった自分のスマホを手に取る。

 せっかくだから


「アイ、ありがとな。愛してる」

『ふぎゃっ!?』


 あれ? アイ? 声が聞こえなくなったけど大丈夫か?


『悲報、白龍先生、また現実に負ける』

『草』

『もはや負けるのまでが一連の芸でしょ』

『何やってんのよ。全く』


 後から誰かが話しているみたいだ。

 俺が耳にスマホを強く押し当てると、急にでかい声が聞こえてきた。


『あんた早く来ないと、私が全部チャーシューと煮卵食べちゃうからね!!』

「うわぁっ!」


 びっくりした。

 小雛先輩はそれだけ言うとアイのスマホの通話を代わりに切ってくれる。

 それにしても煮卵とチャーシューだけ食うとか、あの人、竹子さんに迷惑かけすぎだろ。

 フリーダムにも程がある。もういっそ俺の考えた子供の名前のフリーダムは小雛先輩の子供に使ってほしい。

 って、そんな余計な事を考えてる場合じゃない。そろそろ時間じゃないか?

 俺は部屋に備え付けられている時計へと視線を向ける。


「皆さん、斎藤さんがホテルに到着しました」


 俺と理人さんは久我さんの背中を叩く。


「久我さん、頑張って! 俺たちが見守ってるから」

「清仁君。大丈夫、落ち着いていけば問題ない」


 俺達は久我さんを見送った後に、ホテルの人がご厚意で用意してくれた別室へと向かう。

 そこで2人の様子をレストランに仕掛けたカメラを通してモニターをするつもりだ。


「美奈代さん、今日は突然の誘いにも関わらずありがとうございます」

「いえ……。私も会えて嬉しいですから」


 おおっ!?

 頬をピンク色に染めた美奈代さんを見と俺とプロデューサーさんは顔を見合わせる。

 これは間違い無く恋してる女の子の顔でしょ。決してお見合いだからじゃない。何度も会ううちに久我さんの事を好きになったから婚約を受け入れてくれたんだと俺は察した。


「頑張れよ。清仁君……」


 どうやら理人さんは気がついてないようだ。

 全てが完璧だと思っていた理人さんだが、やっぱりこういうところは鈍いのかな。

 しきみさんの気持ちもいまいち気が付いてなかったみたいだし……。

 そういえば慎太郎も、最初は淡島さんからの好き好きオーラに全然気が付いてなかったなと思った。


「すごく綺麗なところですね」

「は、はい」


 久我さん、すごく緊張してるな。

 勝ち確のプロポーズだとはわかっていても、見ているだけしかできない俺達は緊張する。

 穏やかな2人の食事を見て、俺は心の中で自分とカノン達の食事風景を重ねた。


 ああ、俺も早くみんなに会いたいな。


 仕事中にも関わらずそう思っちゃう程に、2人の間には幸せな時間の流れを感じた。


「美奈代さん、婚約の証に指輪とは別にこれをもらってくれないかな?」

「まぁ……素敵」


 大事そうに胸元に抱き抱えたコスモスの花束に視線を落とした斎藤さんの表情が華やかに色づいていく。


「さぁ、ここからだぞ」

「頑張れ。頑張れ」


 絶好のプロポーズチャンス。しかし久我さんは、なかなか最初の一声が出ない。

 くっ、このままじゃ失敗する。そんなのは絶対にだめだ!!

 俺は頭で考えるよりも先に体が動く。


「あくあ君!?」

「あくあさん!?」


 俺は部屋を出るとレストランのスタッフさんが使う通路を通ってお客様のいるフロアーへと向かう。

 そして、誰にも気が付かれないように、そっと、レストランの端っこに置いてあるピアノの椅子に腰掛けた。


「あ」


 ちょうど顔が見える位置にいる近くの席にいたグループだけが俺の存在に気がつく。

 唇に人差し指を当てた俺は静かに口パクで喋る。


 お願い、黙ってて。


 その言葉に応えるように、みんなが口を押さえて無言でコクコクと頷いてくれた。

 って、ヤベェ。ここに来たまではいいけど、何を弾くかを考えてなかった!!

 流石に高級レストランで俺の曲を弾くわけにはいかないし、かといってラフマニノフは長すぎるし……ちょうどいい長さで、彼を後押しできる曲で、ってそんな事を考えてる時間もねぇ!!

 気が付いた時には、俺は世界で一番大好きな嫁の名前を冠した名曲を弾いていた。


「あ、この曲って」

「カノン様が結婚した時に弾いた曲だ」

「素敵……」

「ピアノ弾いてる人、うっま」

「うまいだけじゃないよ。この曲に対する深い愛を感じるね」


 思ったより悪くない反応だ。

 こうなったら俺はこの曲に、嫁達への愛を込める。

 久我さん、この幸せそうな曲を聴いて、斎藤さんが喜んだ時の顔を想像するんだ。

 彼女を笑顔にできる男は俺じゃない。この世界で唯一、ただ1人、お前だけなんだ!!


「ブラヴォー!」

「素敵だった!」


 俺の演奏が終わるとレストラン中からは拍手が起きる。

 さぁ、頼んだぞ。久我さん。

 俺の耳につけたインカムに2人の声が入る。


『美奈代さん、好きです』

『えっ?』


 よく言った!

 俺は心の中で拍手する。


『初めての出会いはお見合いでした。婚約も家同士の間で決められ、お互いの代理人を通じて婚約したけど、だからこそ、貴女に直接、この気持ちを僕の気持ちを伝えたかった。美奈代さん! 貴女さえよかったら、僕と……僕と結婚した後も恋愛してください!』


 声に詰まった美奈代さんが啜り泣く声が聞こえる。

 ど、どっちだ!? 答えはわかってるはずなのに、俺は息を止めてその回答を待つ。


『はい、よろこんで』


 しゃあっ! 俺はピアノに座ったままガッツポーズを決める。


『あくあ君。騒ぎになる前に、今のうちにこっそりと戻ってきてください』


 いや、まだだ。むしろここからが俺の仕事だ。

 俺は近くにあったマイクを手に取る。


「レストランでお食事中の皆さん。どうも、こんばんは。BERYLの白銀あくあです」

「「「「「「「「「「きゃあああああああああああああ!」」」」」」」」」」


 俺は隙間からこっちを見ていた支配人に視線を飛ばす。

 すると向こうから好きにしていいよという視線が帰ってきた。


「皆さんがよかったら、一曲、歌ってもよろしいでしょうか?」

「「「「「「「「「「いいよおおおおおお!」」」」」」」」」」


 俺はピアノを弾きながら、結婚式で披露した曲を歌う。

 すると、曲の途中で誰かが俺の肩をポンと叩いた。

 って、慎太郎!? お前、どうしてここに?

 よく見たら、周りにとあや天我先輩もいた。


「とあが、何かの企画ならベリベリのスタッフが怪しいって」


 あー、なるほど……。流石はとあだ。よく気が付いたな。

 俺はピアノを慎太郎に譲ると、レストランにいるお客さん達の席を回りながら歌う。

 そしてその後のアンコールは、久我さんと斎藤さんの席の近くで歌った。


「皆さん、ありがとうございました!」


 俺はレストランに居たお客さん達や協力してくれたホテルの方達にペコペコと頭を下げる。

 支配人さんが「ただでBERYLのディナーショーを聴けたんだから、誰も文句なんて言いませんよ!」と言ってくれて助かった。


「理人さんもありがとうございます」

「いやいや、最後のコンサートもすごくよかったよ。あくあ君、それにみんな、本当にありがとう」


 理人さんと別れた俺たちは、最後ホテルの屋上スペースを借りて撮影する。


「というわけで、最後は何故か全員揃っちゃったけど、これでサプライズ企画は最後です。って、最後だよね!?」


 俺がプロデューサーさんへと視線を向けると、彼女はニヤついた顔で俺に一枚のフリップボードを手渡す。

 嘘だろ……。良い終わり方だったじゃん。まだ何かあるの? え? これ書かれてる内容を読めって? りょーかい。

 俺はみんなと顔を見合わせると、フリップボードに貼られたシールをベリっと剥がす。


「「「「8月末日、あくあ君の夏休み明けを経て休止していたBERYLの再活動を決定します。また、8月31日から9月1日にかけてBERYLの24時間テレビをやるので、みんなも見てね!?」」」」


 はあ!?

 24時間テレビ!?

 そんなの聞いてないんだけど!?


「はい、というわけで、BERYLの皆さん、頑張ってください!」

「えっ? ちょ、ま……ああああああ!」


 カメラさんが俺たちを残してゆっくりと引いていく。

 やっぱり、ベリベリのスタッフだ。最後、何かあると思ってたんだよな。

 俺達4人を屋上に残して、スタッフの人達はさっさと撤収していった。

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