白銀あくあ、知り合いばかりのゲーム大会。
「到着しました。ここです!」
「ここ、どこ!?」
って、言おうとしたけど普通に都内じゃん。
しかもこの通り、横浜に行くのに何度か通った事があるな。
こっちをまっすぐ行けば品川の駅があるし、反対に行けば銀座だ。
多分、住所的には港区の三田とかその辺だと思う。
「今日は、このビルの中に入ってる会社の方に部屋をお借りしているので、まずはそこに向かいましょう」
「部屋を借りてる? どういう事?」
俺はスタッフの人に連れられてビルの中に入る。
いや、待て。このビル、来た事あるぞ!?
ザンダムのプラモ作ってる会社が入ってるビルじゃないか。
もしかしたら次はザンダム関係のサプライズなのかもしれないと考えていたら、エレベーターがその会社があるフロアーとは違うフロアーで止まった。
「ここです」
「ここ!?」
ちょっと待って。
受付もなければ会社の名前も書いてないけど、本当に大丈夫か!?
プロデューサーさんが入り口の扉をカードキーで開けると無機質で真っ白な通路が現れた。
ここは監獄か? 周囲をよく見ると通路の左右にはものすごく頑丈な扉がいくつも並んでいた。
その中の一つからほんの少しだけ人の声のようなものが聞こえてくる。
「なんで乙女ゲー配信する時だけ、この部屋に戻ってこないかへんのや!!」
「インコ先輩おちんついて!」
「そんな事より先輩、白銀キングダムのお土産はやくちょーだい」
何を言っているのかよく聞こえなかったが、とても怒ってるみたいだ。
もしかしたらあの部屋の中には、社会から隔離・封印された凶悪な人物が捕まってるのかもしれない。
身の危険を感じた俺は、声が聞こえてきた扉には近づかないようにする。
「この部屋です。どうぞ」
ほっ、どうやら俺が使う部屋は普通の部屋のようだ。
安心した俺が部屋の中にはいると、配信環境が整ったゲーミングパソコン一式が揃っていた。
「どういう事?」
「次のサプライズはこちらです」
俺は例の如く、プロデューサーさんからフリップボードを受け取ると、シールを剥がして次にやらなければいけない事の内容を確認する。
【正体を隠して助っ人としてゲームの大会に参加してください。できれば撮れ高のために優勝してくれると嬉しいです!!】
いやいや、俺、プロゲーマーじゃないですよ!?
しかも普通に俺よりゲームが上手い人なんていっぱいいますからね。
「大丈夫大丈夫、素人の一般人しかいないオンラインのカスタムマッチですから」
「本当かなあ」
俺は半信半疑でゲームを起動する。
EPEXか……。これをやるのは久しぶりだな。
アイやユリスと一緒に出た大会で優勝したのは、今となってはすごくいい思い出だ。
俺は射撃訓練場に入ると、軽くエイムを慣らす。
「あれ? なんかこれキャラコンしにくくなってない?」
「この前のアプデで削除されました」
は……?
真顔になった俺が固まる。
キーボードとマウスを使う俺が唯一このゲームでPADに対抗できるのがキャラコンと呼ばれる動きなんだけど、それがなくてエイムにアシストがつくPADにどうやって勝てと言うんだ。
本当にこのゲームの運営は、何もわかってない!!
「おっと、時間ですね。とりあえず仕掛け人の方と話しましょう」
「はい」
俺は音声通話ソフトを起動させると、今回の仕掛け人さんと通話する。
「どうも。BERYLの白銀あくあです」
「きゃー! 本物だ!!」
「は、初めまして!!」
EPEXは3人が1つのチームになって戦うバトルロワイヤル系のFPSゲームだ。
俺は仕掛け人の2人と話をする。
「お二人のお名前を聞いてもいいですか?」
「あっ、はい。坂下翔子、普段はラーメン竹子でバイトやってます!」
「野田心音、沖縄の清掃会社で床磨く仕事やってます」
で、今回のターゲットは成宮未海さん。北海道在住の大学生か……。
3人の馴れ初めを聞くと、SNSやゲームを通じて仲良くなったらしい。
やっぱりネットってすごいな。
北海道と沖縄の人がこうやってゲーム一個で仲良くなれるところがインターネットのいいところだ。
「2人は今日誕生日の成宮さんをびっくりさせたいと」
「はい!」
「よろしくお願いします!!」
なるほどね。そういう事なら協力しよう。
とはいえ、問題がいくつかある。
「野田さんは俺が代わりに出て大丈夫なの?」
「はい。実は大会の参加が決まった後にバイクでこけて手を怪我しちゃって……」
「それ、別の意味で大丈夫!?」
「はい! 思ったより軽傷でもう治りかけなんですけど、とりあえず念には念を押してってことで安静しておくようにお医者さんからは言われたんですよね」
バイクの事故は結構洒落にならないからな。
野田さんから無事だと聞いて俺はホッと胸を撫で下ろす。
「そういうわけで、急遽、私が大会に出る前に代わりの助っ人を呼んだって事にしました」
「なるほどね」
参加理由に問題はないけど、2つほど気になる点がある。
『声でバレない?』
『マイクが壊れてるって理由でゲーム内チャット使うとかどうですか?』
うーん、できない事もないか。
激しい局面では難しそうだけど、俺がIGLをして指示をするんじゃなくて指示に合わせる方をやればいけそうな気がする。
『それと、俺のゲームアカウントでバレない?』
『あー』
『確かに……』
俺達が頭を悩ませると、近くに居たプロデューサーさんが俺の肩をトントンを叩く。
「あくあさんあくあさん。番組の方で新しいゲームアカウントと音声アプリのアカウントを用意したので、このアカウントを使ってください。あ、ちゃんとゲーム運営会社には許可取ってるので安心してください。」
俺はスタッフさんが用意してくれたアカウントでログインする。
【姉ヶ崎流穂】
姉ヶ崎流穂……?
「アルファベットをアナグラムさせただけです」
anegasaki ruho……shirogane akua、白銀あくあ、なるほどそういう事か。
とりあえずこれで大きな問題は2つクリアした。
って、このアカウント、よく見たらレベル1じゃん!
偽装するならちゃんとやってるアカウントにしなきゃ、不自然すぎてバレちゃうって!!
『大丈夫……うん。多分、大丈夫』
『が、がんばれー!』
……とりあえずやってみるか。
『それじゃあ2人とも頑張ってー!』
「あくあさん、最初は黙ってて後でこの人、超うまいなぁってなってから正体をバラしてください! かっこいいプレイに期待していますよ!!」
「おう!!」
俺は番組が用意してくれたアカウントにログインすると、野田さんとのボイチャをオフにして、坂下さんと一緒にゲーム内のカスタムマッチに入る。
えーと……俺達のチームは20番か。
俺と坂下さんがチームに入って数秒後、今回のターゲットとなる成宮さんがチームの音声通話チャットに入ってきた。
『よろしくお願いしまーす! あっ、姉ヶ崎流穂さん? 初めましてー!!』
俺のヘッドフォンに元気そうな女の子の声が聞こえてきた。
流石に無言のままはまずいので、俺はチーム内の文字チャットに【よろしくお願いします】と書き込む。
『未海ちゃん。姉ヶ崎さん、マイク壊れちゃって通話できないみたいなの』
『えっ? そうなんですか?』
俺は文字チャットで【ごめんなさい】と書き込む。
『大丈夫大丈夫! それより、マイクが壊れるなんて大変ですね』
『ねー』
ふぅ……。なんとか第一関門をやり過ごした俺は、改めてゲーム内の画面へと視線を向ける。
どうやらだいぶ揃ってきたみたいだ。
って、待って!? このチーム、見たことあるぞ!?
【チーム01/BERYL:BER_TOA/BER_MAYUSHIN/BER_TENGA】
めちゃくちゃ身内じゃねーか!
俺は天を仰いだ後に、プロデューサーさんに視線を向ける。
「プロゲーマーじゃない素人しかいないって言うのは本当ですよ。とあちゃんが主催でやってるリスナーさんとの交流イベントなだけです。だから、天我先輩と黛君が参加してるのはこっちも想定外でした。とあちゃん、いつもはリスナーとやるんですけど、夏休みだったのでサービスで友達とか知ってる人を呼んじゃったのかも知りません」
あー、そういえば、とあがそういうイベントを定期開催してて俺も参加した事あるっけ。
俺は一緒に来てた新人マネージャーの小町ちゃんへと視線を向ける。
「猫山さんには、あくあさんを休ませたいから内緒にしててねってお願いしてます」
そういう事か……。まさか他にも知り合いがいたりとかしないよな!?
俺はモニターに顔を近づけると、他チームのメンバーを確認していく。
【チーム04/乙女の会:010me_TA473/010me_YUINYAN/010me_AYANYAN】
【チーム07/メアリー女学院:21_8KAD0L/T1N_SOMMELIER/DOGEZA_KING】
【チーム08/白亜乳業:G_9n2/G_TIGER/H_DRAGON】
【チーム17/ぼっち同盟:IQ577YukaR/TK/RULI_DARKNESS】
なるほど、どうやら本当に素人ばっかりの大会のようだ。俺の知り合いも見た感じ居ないように見える。
あと、チーム04めっちゃ気になる〜。俺も乙女達の会話に混ざってキャッキャうふふしてぇ。
それとIQ577って書いてる子は多分アホの子だな。俺にはわかる。
とりあえず俺は、ゲームのチャット欄に挨拶を書き込む。
【anegasaki ruho:よろしくお願いしまーす】
【010me_TA473:よろしくお願いします】
【010me_YUINYAN:よろしくお願いします】
【010me_AYANYAN:よろしくお願いします!】
ほらー、乙女の会の子達、めっちゃいい子達じゃん。
それに比べて若干やばいのが2人いるな。
【21_8KAD0L:姉ヶ崎さんって名前えっど……胸部装甲はいかほどでつか?】
普通初対面の相手にそんな事を聞いたりするのか?
いや、俺が知らないだけでこれが女子同士の普通なのかもしれない。
つまり俺も女装すれば、合法的に女子にそういう事を聞いても許されるという事か!?
【21_8KAD0L:ちな、私はFです】
なんだって!? あ……その言葉を最後に彼女はスタッフさんに注意されコメント欄をBANされた。
おいおい、このオンライン大会、本当に大丈夫か?
【IQ577YukaR:言っとくけど、うちのチームとランドマーク被ったらぶっ飛ばすから!!】
やっぱりこの子、アホの子でしょ。
そんなこと言ったら逆に被せにこいって言ってるのと同じじゃん。
『皆さん気合入ってますねー!』
『私たちも頑張りましょう!』
試合は全部で4試合。
とあがいつもやってる交流イベントだからガチの大会ってわけでも無さそうだし、どうにかなるだろう。
ええ、そんな事を考えていた時期が俺にもありましたよ。
『ごめんなさいぃ!』
『すみません。負けちゃいました』
初動で被った乙女の会チームに簡単にやられてしまった。
俺は2人をちゃんとフォローした後に公式配信を覗く。
【嗜みさん大人気なさすぎwww】
【捗るとチン……ソムリエが秒で轢き殺されたw】
【嗜み待って〜。2人とも動きについていけてないよ〜】
【悲報、IQ577YukaRさん。最初のジャンプで失敗して落下死でパーティー壊滅www】
【↑IQ577だからな。凡人の私達には理解できないプレイをしてるんだよ。きっと】
【とあちゃんのチームと姐さんのチーム以外は嗜みチームに勝つの無理だろw】
【天我先輩のペースに合わせて移動してあげてる後輩2人優しすぎ。あくあ君なら置いてってるね】
【↑剣崎はスピードの次元が違うから】
うーん。流石にこのままだと勝てないな。
さっきも本気でやってたけど、より一層気合い入れていくか。
【姉ヶ崎流穂:初動争いを避けて大外から中を押してゆっくり入っていきましょう】
『わかりました!』
『それでいきましょう!』
俺たちはあまり人気の場所に降下すると、ゆっくりとマップの外を回って戦闘エリアの縮小に合わせて中に入っていく。
このやり方なら無駄な戦闘で事故をする可能性も避けられるし、潤沢に武器やアイテム、シールドを育ててチームを強化してから中に入る事ができる。
『中、押せません〜!』
『なんでここが詰まってるの!?』
とあのチームに待ち構えられて進路を塞がれてしまった。
くそおおおおお! こいつら少しはファンのために手を抜きやがれええええええ!
【姉ヶ崎流穂:こっちきて】
私はなんとか抜けられる場所を見つけて2人を先導する。
しかし、それを見逃してくれるほど、とあは優しくなかった。
『やられちゃいましたー!』
『すみませーん!』
大丈夫、まだ慌てる時間じゃない!
俺さえ生き延びれば2人を復活させる事ができる!!
がんばれ俺、俺、超がんばれ!!
【姉ヶ崎流穂:ごめん、やられちゃいました】
慎太郎ううううううううう! せっかく俺が岩と一体化してたのに、なんでお前は見つけちゃったんだよ!!
あれか。俺が買ってあげたメガネが良すぎたせいか!? くそおおおおおおおお!
こうなったら、ガチだ。やるっきゃない。
俺は同じやり方で中に入る方法を変える。強いチームが塞いでそうなところは避けて、そうじゃないところを狙っていく。
『姉ヶ崎さんうま!』
『ナイス!』
エイムがあったまってきたこともあり、俺は2チームを倒してタイミングよく中央のエリアに行く。
残りチームは俺達のチームを入れて5つ。ここでミラクルが起きる。
『あ、乙女の会チームとメアリー女学院が両方堕ちた』
ラッキー! バトロワゲームは運も重要だ。
チームワークが整ってきた俺たちは流れるような動きでぼっち同盟チームを倒す。
いや、正確には倒したのは2人だけど、IQ577の人が自分で投げたグレネードで吹っ飛んで自殺した。
最後は3VS3、残ったとあのチームとのガチの対決が始まる。
『すみません。やられちゃいました!』
『ごめん、無理!』
俺が1人だけポジションが浮いてた天我先輩を倒してる間に、2人がやられてしまう。
状況は1対2、俺VSとあと慎太郎。はっきり言って分は悪い。それでも俺は白銀あくあだ。
ここでやれなきゃ俺じゃない!!
俺は当てるのは超難しいけど、至近距離からヘッドを当てれば倒せる武器で慎太郎を倒すと、とあと一進一退の攻防を繰り広げる。
勝負は最後のアンチ収縮、そこでIQ577さんのプレイを思い出した俺はグレネードを使って、とあが操作するキャラクターをアンチの外に弾き飛ばして、アンチ外ダメージで倒した。
『やったああああああああああ!』
『すごい! すごい! すごい!』
俺はカメラの前でガッツポーズを決める。
本当にギリギリのところだった。とあ、やっぱりお前、強いわ。
『姉ヶ崎さんの視点見てたけど、めちゃくちゃうまいですね。最初レベル1って書いてあったから心配してたんですけど、も、もしかしてプロゲーマーの方ですか!?』
よし、もうネタバレしても大丈夫だろう。
最後の1試合はネタバレした上で、成宮さんと楽しんでゲームをしたいと思った。
『プロゲーマーじゃなくてごめんなさい』
『えっ?』
俺の声を聞いた成宮さんがびっくりした声を出す。
『どうも、初めまして姉ヶ崎流穂こと、白銀あくあです』
『えっ? え……? これ、ガチ……? それともあれ、私の夢か幻聴!?』
『いえ、本当の白銀あくあです。夢でも幻聴でもないです』
『えええええええええええええええええええ!』
何かが椅子から転げ落ちた音が聞こえてくる。
俺は「大丈夫ですか?」と声をかけた。
『だ、大丈夫です。っていうか翔子ちゃんは知ってたの!?』
『知ってたよ。ちなみに心音ちゃんも知ってる」
『嘘でしょ!? もおおおおおおおおおおおおお!』
正体がバレた今、このアカウントでやる意味はない。
俺はコメント欄に【パソコンを再起動させてくる】と書き込むと、自分のアカウントでログインし直してからカスタムマッチに入る。
【あくあくあくあ様あああああ!?】
【まさかのあくあ様きたああああああ!】
【エイムみて一発であくたん疑惑をかけていた嗜みについて】
【↑あいつ本当になんなん】
【↑さすなみ】
【捗るとあくあ君が同じ空間にいるのやばい】
【↑ソムリエキもいるぞ!】
【↑なんらかの法律に抵触してるんじゃないか?】
【とあちゃん知らなかったのか】
【これってサプライズ? それとも何かの企画?】
どうやら公式配信のコメント欄も俺の登場で盛り上がってるみたいだ。
俺は改めて成宮さんに自己紹介する。
『白銀あくあです。最後の1試合、頑張りましょう!』
『は、はい!!』
最後の1試合は惜しいところまで行ったけど、最後の最後でIQ577さんが適当に投げたグレネードに当たってチームが壊滅してしまった。
でも、その後の死体撃ちは良くないな。
俺の箱を撃ってたIQ577の人はマッチ責任者からマッチを除外されてしまった。
『あの、今日は本当にありがとうございました!!』
『こちらこそ、誕生日おめでとう!』
『わああ、ありがとうございます!!』
俺は野田さんや坂下さんにもお礼を言うとチームから外れてゲームをログアウトした。
「じゃ、次が最後なんで頑張りましょう」
「了解」
俺は配信部屋を出ると、さっきの白い道を通る。
「しゃあっ! 最後の最後で、やっとマッチ勝ったで! やったああああああ! 姐さんも白龍先生もありがとなああああああ!!」
うぉっ! びっくりしたあ。
また、あの部屋か。
俺は何かの籠った音が聞こえてきた部屋を避けるように移動して外に出た。
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