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白銀あくあ、ベリベリのサプライズ企画。

 俺がのんびり楽屋でくつろいでいると、カメラを持った人を先頭に数人が一斉に押しかけてきた。

 見覚えのあるスタッフさんがニヤニヤした顔でカメラを回していたのを見て、俺は例の番組だと察する。


「白銀あくあさん、何の番組かわかります?」


 ええ、わかりますとも。

 楽屋にカメラ持って突撃してくるスタッフさんが居る番組なんて俺は一つしか知らない。


「ベリベリですね」

「正解です!」


 一緒に雪崩れ込んできた周りのスタッフさん達が一斉に手を叩く。

 俺は褒められたら大抵の事で喜ぶほど素直だが、こればかりは正解しても素直には喜べなかった。


「で、今日は何の企画ですか?」


 どうせまた、無人島生活からイカダで脱出とか、ドーバー海峡を水泳で横断するとか、アヒルボートで日本一周するとか、ベリベリのスタッフさんが考えそうな企画ってそういうのでしょ? 俺にはわかってますよ。

 スタッフさんの1人が前に出ると、警戒する俺に1枚のボードを手渡す。

 はいはい、これに貼ってるシールを剥がせって事ね。

 俺はスタッフさんに促されるように、ボードに貼られたシールを剥がした。


【番組で白銀あくあに会いたい人を募集した件について】


 あれ? もしかして今回は意外とまともな企画か?

 いや……油断するなよあくあ。この番組のスタッフさんに期待しちゃダメだ。

 俺はスタッフさんに視線を向けると、ボードに書かれていた内容についての説明を求める。


「実はですね。天鳥社長や琴乃さん、小雛ゆかりさんや藤蘭子会長から、あくあさんが何でもやってくれるからと言って最近のベリベリのスタッフは酷くないか。相手はアイドルだぞ。もっと真面目にやれ。と、お叱りを受けまして……」


 俺はスタッフさんの言葉に何度も頷く。

 みんな、本当にありがとな。俺は心の中で4人に感謝する。


「というわけで、今回の企画は至って真面目です。えー、以前にですね。番組の方で白銀あくあさんに会いたい人がいたら、その理由を添えて応募して欲しいとSNSで告知したところ。全国各地はもちろんのこと、海外在住の人からも多数の応募がありました」


 もしかして海外に行くのか? やっぱりこの番組に期待した俺がバカだったと、即座に身構える。

 さすがにパスポートなんて持ってきてないし、そもそも俺も含めた男子はそんなに簡単に海外に行けないはずだ。でも、この番組のスタッフさんならなんとかしてしまいそうな気がする。


「えーと、海外からご応募してくれた皆さんに関しては、現在、日本へと旅行に来ている方が対象なので安心してください。さすがにあくあさんの渡航許可を取って、現地での安全を確保しつつ撮影を行うのは当番組でもかなり難しいので……」


 良かった。

 さすがにこれ以上、海外で問題を起こすわけにはいかないからな。


『白銀……私も長年教師をやってきたが、国家騒乱罪で停学になった生徒はお前が初めてだ』


 俺はもう2度と杉田先生の目の奥からハイライトを消させたりはしない。

 あの日、俺は真面目な生徒になると誓ったはずだ。うん……。


「って事は、俺に会いたいって外国の方が日本に来てるとか?」

「はい! 今日、一番最初にお会いになるのがその方です。というわけで、時間がないのであくあさんは番組が用意した車にすぐ乗ってください」


 慌ただしいなぁと思いつつ、俺はスタッフさんと一緒にロケバスに乗り込む。

 一体、どこに向かってるんだろう。そんな事を考えていたら、スタッフさんの1人が俺の目の前に1枚のタブレット端末を差し出す。

 これは動画を再生しろってことかな? 俺は促されるままに動画を再生する。


『本物の白銀あくあさんに会いたいです!』


 画面に映った女の子2人が手に持った俺のアクスタをカメラの前で振っていた。

 今から会いに行くのはこの子達かな? と、思った瞬間に画面が切り替わる。


『ヘブンズソード大好き!!』


 おー、手作りのマスクだ! すごい!!

 どうやら次に出た子はヘブンズソードのファンみたいだ。


『生の夕迅様が見たいです!!』


 ちょい役でしか出てないのに相変わらず夕迅の人気はすごいな。

 その映像の後も次々と出てくる外国人さんが、俺に会いたいとカメラの前でアピールしていく。

 できれば全員に会ってあげたいけど、中々そうはできないのが難しいところだ。

 もし、俺が忍者みたいに分身の術でも使えたらなあと思ったけど、忍者なんて現代に存在するわけがない。存在したところでそんな術だって使えないだろう。

 でも、もし現実に忍者がいるのなら会ってみたいものだ。そしてこの俺に分身の術と、小雛先輩にダル絡みされた時に逃れるための空蝉の術を教えて欲しい。

 そんな事を考えていると、1人の女性が画面に映し出された。


『えっと……私は今、友達に誘われて一緒にダンスを習ってます』


 彼女は引っ込み思案な性格だったけど、友達に誘われたダンスでたくさん友達ができて楽しい生活を送ってるという。

 良い話じゃないか。俺はこういうのに弱いんだよ!!


『私の友達は白銀あくあさんのファンで、もし、このお願いが叶うのなら彼女に憧れの人に合わせてあげたいです』


 くっ、自分のためじゃなくて、友達のためにという理由にグッときた。

 俺が「彼女にしましょう」と言うと、番組のスタッフさんが映像の続きを見るように促す。

 すると画面が切り替わって、今、俺の隣でニヤニヤした顔をしているベリベリの悪いプロデューサーさんの顔が映し出された。


『じゃーこの人で。でも、なんかただ当選させるのは面白くないよね』

「いやいや、こういうのに面白いとかいらないでしょ!」


 小雛先輩やインコさんみたいに、テレビに向かって普通に突っ込んでしまう。

 この人……さっき阿古さん達に怒られたとか言ってるけど、絶対に反省してないだろうと思った。

 再び画面が切り替わると、外国の街並みを歩くプロデューサーさんが映し出される。

 どうやら学生の依頼主が確実にいない時間を狙って自宅に突撃するらしい。


『すみません。ミネットさんのお母さんですか?』

『あ、はい』


 スタッフさんは、今回応募してくれたミネットさんのお母さんに、娘さんが企画に応募した事と当選した事、そしてサプライズをやりたいので本人に黙っておいて欲しいという事情を説明する。

 また、サプライズの内容についても説明したと思われるが、テロップだけが画面に表示されている状態なので、映像を見てるだけの俺や視聴者からはどういう話し合いがあったかまではわからない。


『というわけで、今日のミネットさんの予定を教えてくれませんか?』

『今日はダンスレッスンがあるので、学校が終わった後にそっちにいくはずですよ』


 プロデューサーさんがニヤっとした顔をする。

 くっ、また何か悪巧みを考えてるな。

 彼女はミネットさんの実家を出ると、持っているカメラに、わざわざ日本から用意してきた偽装の番組のシールを貼る。


【ウェルカムジャパン! 貴方を日本にご招待します!!】


 これ、他局の番組でしょ!! 俺、カノンといつも見てるよ! えっ? ちゃんと許可は取ってる?

 手が込んでるにもほどがあるでしょ……。俺はプロデューサーさんの本気に、いや、ベリベリとかいうモンスター番組の面倒臭さに頭を抱える。


『はーい、ちょっといいですかー?』

『はい』


 リポーターのフリをしたプロデューサーさんが、カタコトの外国語でスタジオから出てきたミネットさんと友人のナーリンさんに声をかける。


『実は今、日本に行きたい外国人さんを探してるんだけど、2人は日本に行ってみたいと思いませんか?』


 悪い大人にも程がある。この番組は海外でも有名らしく、2人とも簡単に騙されてしまう。

 実在する番組の偽企画に無事応募した2人と別れたスタッフさん達は、後日、偽企画の当選を告げるためにミネットさんの自宅を訪れる。


『当選おめでとうございます!』

『やったー!!』


 事情を知らないミネットさんが、事情を知ってるお母さんと抱き合って喜ぶ。

 その後、プロデューサーさんは企画に応募した時の映像を使って、自分の持っていきたい方へと誘導していく。

 やっぱ、この番組は半端ねぇわ……。俺もちょっと舐めてた。


『なるほど、ミネットさんはナーリンさんに何か御礼がしたいって事なんですね』

『はい』

『それじゃあ番組が全面的に協力するので、ナーリンさんへの感謝の気持ちを込めて、サプライズプレゼントとして空港でフラッシュモブをやってみませんか? もちろん、番組が全面的に協力します!!』

『いいんですか?』


 フラッシュモブは、道ゆく周りの人がいきなり踊り出したりするゲリラパフォーマンスの事だ。

 でも、あれっていきなり勝手にやると周りのお客さん達に迷惑じゃないかな?

 ここでテロップが表示される。


【空港からの許可を取って安全な場所を確保した上で、周りのお客様達には事前に説明をする予定です】


 さすがはベリベリだ。普段から悪い事をやってるだけあって、問題を起こさないための配慮の次元が違う。

 ここで映像が切り替わると、番組が借りたダンススタジオで練習着に着替えたミネットさんが映し出される。


『というわけで、ミネットさん。今日はですね。この方をお呼びしました。先生、どうぞ!!』


 プロデューサーさんの掛け声で見覚えのある人がダンススタジオに入ってくる。

 それをみたミネットさんが飛び跳ねながらキャーキャーと騒ぐ。


『ミネットさん、この方を知ってますか?』

『知ってます! BERYLの振付師の一瀬水澄先生ですよね?』


 ミスミン先生、何してんの!?

 驚いた俺が隣に座っているニヤついた顔のプロデューサーさんに視線を向ける。


「先生には今回、フラッシュモブチームとミネットさんの演出や振り付けなど全てを担当してもらいました!」


 ミスミン先生はBERYLの指導や振り付けもやってくれているが、世界的なダンサーでもある。

 どうせベリベリのスタッフの事だ。片手で煎餅でも齧りながら「先生、どうっすか?」とかって、お願いしたに違いすぎない。

 俺はカメラの前で、ミスミン先生に対してぺこりと頭を下げた。


「先生、うちの番組のスタッフさんがご無理を言ってすみません。後でちゃんと俺の方から言っておきますから。それと、ご協力ありがとうございます!!」


 こういうのは俺がちゃんと言っておかないとな。

 映像ではミスミン先生によるミネットさんへの熱の入ったダンス指導が続く。

 って、あれ? これ、俺、出番あるのか?

 俺はもう一度、プロデューサーさんに視線を向ける。


「というわけでですね。白銀あくあさんには、サプライズとしてこのフラッシュモブに参加してもらおうと思います!!」


 嘘だろ……。俺は渡された台本に目を走らせる。

 なるほど、ミネットさんからナーリンさんへのサプライズが終わった後に、俺から2人へのサプライズフラッシュモブに続くってわけか。


「というわけで、これがあくあさんにやって欲しいダンスと振り付けの映像です」

「は?」


 スタッフさんの1人が別のタブレット端末を俺に渡す。


「水澄先生が、あくあ君なら移動の時間で覚えられるからって」


 嘘だろ……。

 俺は目を見開くと必死にダンスの振り付けと構成を覚える。

 実際の人と人との距離感とか、場所の広さとかがわからない状態でリハなしのぶっつけ本番は、さすがの俺でもかなり難しい。

 これは本気の白銀あくあを見せる時が来たぞと自分で自分に気合を入れた。


「あくあさん! あくあさん!」

「はい?」


 スタッフさんの声で俺はハッとする。

 どうやら俺がイメージトレーニングに没入している間に空港に到着したようだ。

 あれ? プロデューサーさんがいない。もしかしてまた悪さをしてるんじゃないかと不安になる。

 あ……俺より先に降りて、先に空港のスタッフさん達と再度の確認をしに行ったのか。りょーかい。

 俺は搬入口から空港内に入ると用意された控え室へと向かう。


「あ、あくあくあ様!?」

「しーっ! ごめんね。ちょっと静かにしてて」


 俺が口を塞いだ空港で働いている職員さんが何度もこくこくと頷く。

 ふぅ、危なかったぜ。ミネットさんとナーリンさんが到着する前に騒ぎを起こしたら収拾がつかなくなるところだった。

 とは言え、静かにしておくほど俺もいい子じゃない。

 いや、そもそもベリベリのスタッフさん達が好き勝手しているのに、俺が大人しくしていていいのか?

 俺は振り回されるよりも振り回していたい。

 まだ2人が来るまでに1時間くらいあるし、せっかくならその間に俺もファンの人達を楽しませようと思った。


「というわけで、どうですか?」

「乗った!」


 俺の悪巧みに乗ったプロデューサーさんが、空港の管理をしているお偉いさんと話し合う。


「いいですよ」


 よしっ! 俺はフラッシュモブで使用するために、わざわざ空港の人が用意してくれた機長さんの制服に着替えると、そのまま用意してくれた部屋に向かう。

 ここなら防音もしっかりしてるし、多少騒がれても大丈夫そうだ。

 そんな事を考えていると、最初に俺のイタズラに引っかかった人が部屋に入ってくる。


「えっ?」


 何も知らずに部屋に入ってきたお姉さんが俺をみて固まる。


「どうしました? こちらにどうぞ」

「あ、はい……」


 お姉さんは俺に視線を固定したままで言われた通りに前に出でパスポートを差し出した。

 ここは本来、特別なお客さまのために用意された予備のチェックインカウンターだ。

 もちろん、ちゃんと空港の職員さんがチェックインの手続きは済ませているので、俺がやっている事は只のファンサである。

 一目で見て俺のファンだってわかるグッズを身に付けてる人。その人を対象にして、個別のチェックインカウンターに案内してもらった。


「渡航目的は旅行ですか?」

「あ、はい。その……写真撮ってもいいですか?」


 俺はお姉さんのリクエストに応えて一緒に写真を撮る。

 なるほど、BERYLのしかも俺のカラーのスマホケースを見て俺のファンだと判断したわけか。ナイスだ。


「あ、SNSに出すのはちょっと待ってね。騒ぎになるとまずいから」

「わかってます!!」


 一応念には念を押しておく。

 お姉さんに「俺との約束を守れるかな?」と言うと、顔を真っ赤にして何度もはいと連呼された。


「旅行、楽しんでね。いい旅を」

「ありがとうございますうううううう!」


 最後は握手をして、部屋から出ていくお姉さんに手を振る。

 こうして時間が許す限り俺は空港に居たファンの人たちにファンサービスをしていく。


「あくあさん、あくあさん、2人が到着しました!!」

「わかった。準備します」


 幸いにもこのチェックインカウンターの側がフラッシュモブのために用意された場所だ。

 俺はスタッフさんが用意してくれたタブレット端末に視線を向けて様子を伺う。

 って、待てよ。なんか聞いて話よりスペースが小さくないか?

 俺はすぐにスタッフさんに確認をお願いする。


『すみません。あくあさん。連絡に齟齬があって、事前にお願いしたスペースより小さくなってしまいました』


 リネットさんのパフォーマンスは元々、人と人との距離感を多めに取っていた事もあり、少し人数を減らす事で対処できそうだ。俺はインカムでフラッシュモブのパフォーマンスをしてくれる人達にそう伝える。

 問題は俺の方だ。安全面を考えるなら俺も人数を減らして距離感を確保したほうが良い。

 だけど、俺は誰だ? 俺は素人じゃない。これで飯を食ってるプロの端くれの1人だ。

 やれんのか? お前ならやれるよなと自分に暗示をかけるように言い聞かせる。


『あくあさんはどうしますか?』

『当然このまま行きます。大丈夫、俺を信じてください』


 俺の言葉でみんながピリつく。

 この番組をやる時に、阿古さんとスタッフさんの間で一つの約束が交わされた。

 俺が「信じて欲しい」と伝えたら、スタッフさんも全力でそれにベットして欲しい。

 ベリベリのテーマはいつだって一つ。本気のBERYLをみんなに見せる事だ。

 この俺がやれなくてどうするよって話である。


『皆さん、大丈夫ですか?』

『こちらダンサーA、問題ない』

『ダンサーBです、やりましょう!!』

『ダンサーC、私もプロです。任せてください!』


 俺の熱が全員に伝わっていく。

 いつもニヤけた顔をしているプロデューサーさんも真剣な顔になる。


『責任は私が取るから、皆さん安心してください。さぁ、彼女達を笑顔をするために頑張りましょう!!』


 これでこの番組に関わる全員の覚悟が決まった。

 俺はタブレット端末に視線を落とすと、ミネットさんのパフォーマンスを見守る。


「何!? 何!?」


 目の前で急に始まったフラッシュモブのゲリラパフォーマンスに、ナーリンさんが戸惑う。

 周りのお客さん達もびっくりした表情を見せつつ、これが事前にアナウンスされていた何かのパフォーマンスだと気がついて足を止める。

 がんばれ! がんばれ!

 俺は必死にパフォーマンスを披露するミネットさんを応援する。

 徐々に落ち着いてきたナーリンさんは、涙目で手拍子をしながら笑みを溢す。

 それに合わせるように、察しが良くてノリの良い普通のお客さん達が手拍子で場を盛り上げてくれる。

 こうしてミネットさんからナーリンさんへのサプライズは成功した。


「ごめんね。びっくりした?」

「びっくりしたよ! でも、ありがとう。すごく嬉しい!」


 2人は手を取り合って喜ぶ。

 さぁ、ここから先は俺の時間だ。

 アイドル、白銀あくあ……行きます!!

 俺がパチンと指を鳴らすと、新しいミュージックが始まる。


「なになに!?」

「まだ何かあるの!?」

「って、このイントロ、stay hereじゃない!?」

「もう一曲あるってこと!?」


 空港に居たお客さん達がイントロでざわめく。


『僕は君に何度も救われた。だから今度は君を助けたいって思ったんだ』


 曲の歌詞を聴いてみんながどよめく。

 そう、この歌詞はいつものstay hereと少しだけ違うライブ限定の特別バージョンだ。


『君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから僕から離れないで』


 俺は顔を隠すように機長の帽子を深く被ると、ダンサーの人が作ってくれた道に飛び出る。

 狭いスペースに滑り込むように入ってきた俺を見た人たちが一斉に驚く。


『困って、悩んで、立ち止まって、それでもまた君に助けられる。そうして僕は君に何時も救われてきたんだ。君は、僕がどれだけ君に救われてきたのかわかっているかな?』


 俺の正体に気がついた人達が悲鳴のような声を上げる。

 こっちを見ていたミネットさんとナーリンさんは、驚きすぎたのか抱き合ったまま目を見開いたまま固まっていた。


『僕はもう大丈夫だよ。君がそばにいてくれるからもう1人じゃない。僕は君に何度も救われてきた。だから変わらなきゃいけないって思ったんだ。君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから僕から離れないで。君に何度も助けられたかもう数えきれない。だから今度は僕が君を助けたいって思った。だって、君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから僕を待っていて!』


 一番のサビが終わったところで俺は帽子を、俺のアクスタを握りしめながらこっちを無言でずっと見ていた女の子に向かって投げ捨てる。


「きゃあああああ! きゃあああああ! きゃあああああ!」

「あくあ様あああああああああああああああ!」

「うぎゃああああああああああああ!」


 俺はダンサーさんの1人からマイクを受け取る。

 ここから先は生歌だ。俺は更に気合を入れる。


『やっと君を捕まえることができた。この手で君に触ってもいいだろうか? 君のおかげで俺は気付かされたんだ』


 それまで会場を狭いスペースを広く見せるようにパフォーマンスをしていた俺は、ダンサーさんとの目配せだけで開いた一瞬の限定されたルートを通ってミネットさんとナーリンさんの前に出る。

 もし、どちらかの動きが数秒ずれていたら確実にぶつかって失敗していただろう。

 俺がプロなら、相手もプロだ。お互いに心の中でハイタッチを交わす。


『俺は自分自身を信じることができなかったんだ。君が作ってくれたこの居場所が心地よくて、怖くて一歩を踏み出せなかった』


 2人のための生歌とダンスを至近距離から見せつける。

 みんな、俺のファンになってくれてありがとう。

 だから俺は今からみんなに証明するよ。俺のファンになって良かったって。


『俺は君に何度だって助けられてきた。だから俺は君に頼りっぱなしじゃダメだって思ったんだ。俺に君がいたように、君には俺がいる。だからマイフレンド、これからも俺の親友でいてくれ』


 俺の頭の中に慎太郎やとあ、天我先輩の顔が思い浮かぶ。

 みんなの事を考えながら歌えば歌うほど歌詞に感情が乗ってくる。


『俺は君に何度も助けられてきた。だから変わらなきゃいけないって思った。君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない。だから俺から離れないで。俺は君を助けたいって思った。だから頑張らなきゃいけないって思った。だって、君の代わりなんて、世界のどこを探したっていない』


 俺はくるりと回転すると2人の前にスッと手を伸ばした。


『だからそこで待っていて、今日は俺が君を迎えに行くから!!』


 はぁ……はぁ……完璧に決まった。

 リハなしのぶっつけ本番。それに加えて想定外のトラブルもあった。

 それでも俺を信じて一緒にやり遂げてくれたみんなへの感謝の気持ちで溢れてくる。


「きゃあああああああああああああああ!」

「あくあ様ああああああああああ!」

「かっこいい! ちょ、まって。生のあくあ様がカッコ良すぎる!」

「くっ、やっぱりアイドルやってる時のあくあ様こそが至高。掲示板に書かなきゃ」

「あくあ様の機長コスプレやばい。たし……カノン様が卒倒するぞ!」


 俺はかっこいい表情を崩すと、柔らかい笑みを2人に見せる。


「お客様、帰りのチケットを拝見しても宜しいですか?」

「は、はい」


 ミネットさんに促されてナーリンさんは俺に空港のチケットを見せる。

 俺は小道具の小さなクリップボードをポケットから取り出すと、チケットを確認するフリをする。


「今日の渡航目的は?」

「え、えっと……あ、貴方に会いに来ました」


 俺は少しだけニヤッとした顔をする。


「ありがとう。会えてどうでした?」

「最高でした……。って、ミネット、これ知ってたの!?」


 ナーリンさんの言葉にミネットさんは首を横に振る。

 ここでカメラさんが出てくると、目の前でカメラに貼ってあるシールを剥がしてネタバレをした。


「えーっ!? じゃあ、私も騙されてたって事ですか!?」

「そうだよ。君のお母さんは知ってたけどね」

「もー、やだー。おかーさーん!」


 俺は2人と握手をして一緒に記念撮影をすると、さっき渡してもらったチケットの入った袋を返す。


「お客様、チケットの方ありがとうございました。それでは、日本の旅を楽しんで」

「はい!」

「ありがとうございました!」


 俺は2人に手を振ると、周りに居た一般の空港客の皆さんに「ご協力ありがとうございました」という言葉と共に、ぺこぺこと頭を下げる。


「えっ……? まってこれ。リネット、見て」

「えっ? えっ? どういう事!?」


 チケットが入った袋の違和感に気がついた2人が中を見て驚く声が俺の背後から聞こえる。

 番組のスタッフにも内緒で用意した俺からの特別なサプライズ。

 さっき裏でチェックインの真似事をしていた時に、俺だって遊んでたわけじゃない。

 偶然、通路に居た旅行代理店のスタッフさんと空港で働いている職員さんにお願いして、2人が乗る予定だった帰りの便のファーストクラスと、番組が予約しているホテルのグレードアップを急いで手配してもらった。

 流石にライブのチケットは無理だけど、俺から頑張ってフラッシュモブを成功させたリネットさんとナーリンさんの2人にこれくらいのプレゼントは送らせて欲しい。

 改めて2人とも、どうか日本での旅を楽しんで。

 俺は心の中で2人にそう呟くと、スタッフさん達と裏の楽屋で合流する。


「無事成功しましたね」

「はい!」


 俺は協力してくれたダンサーさん達や、忙しく動き回ってくれた空港の職員さんや旅行代理店のスタッフさん達に一人一人ハグしていく。

 もちろんサインや写真撮影、握手だって大丈夫だ。なんだって言って欲しい。


「というわけで、あくあさん。次の現場に行きましょう」

「えっ?」


 待って、これで終わりじゃないの?

 俺がそういう顔をすると、プロデューサーさんに真顔で何を言ってるのって顔をされた。

 くっそ〜。今、俺が一番分からせたいのは小雛先輩よりも、ベリベリのプロデューサーさんかもしれない。


「というわけで次のサプライズ行きます!」

「嘘でしょ……」


 俺は再び狭いロケバスの中に詰め込まれると、俺に会いたいと思ってくれている人がいる次の現場へと向かった。

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