月街アヤナ、世界の中心で辱められる。
「アヤナ、もしかしてまだ悩んでる?」
決意を固めてこの部屋に入ったはずなのに、全てをあくあに見透かされていた。
私はまだ胸を張ってあくあの隣に並び立つ事ができてないのに、本当にこのまま関係を進めてもいいのかな?
その後ろめたさが私の心を重たくする。
「どうせアヤナの事だ。俺に勝ったら次は、小雛先輩とか美洲お母さんに勝たなきゃ告白できないとか思っちゃうんだろ?」
あくあの言うとおりだ。そうやって私は、自分の中で加速していく恋心に蓋をして、この関係に答えを出す事を引き延ばしてきた。
ここで私が一歩を踏み出したら、素直になったら、自分の中にある大事なものが変わってしまうのかもしれない。
『お母さん、私、テレビに出てる女優さんになりたい』
『えぇっ?』
驚くお母さんに無理を言って、私は子役を募集するオーディションを受けた。
幸いにもオーディションで合格した私は、最初に出演したドラマがヒットして時の人となる。
そうして一つ、また一つと増えていく仕事をこなしていく日々。
あの頃は全てが順調だと、そう思ってた……。
『あいつ、子役の癖に生意気だよな』
『自分が上手くできるからって、調子に乗ってるんじゃないか?』
『俺、あいつとの共演はNGにするわ』
今になって思えば、きっかけは好きでもないよく知らない男の子からの誘いを断った事だったと思う。
当時の男性俳優界は華族出身の子が多く横の繋がりが強かった事もあり、1人の男性から共演NGを出されると業界自体から追放されるのが当たり前だった。
私が今まで頑張ってきた事は、こんな事で終わってしまうのか。
自分の未来に、この世界に、そして何よりも男というものに絶望した。
『ねぇ、アヤナちゃん。よかったらだけど、私と一緒にアイドルをやってみない? や、役者とは違うかもだけど、アイドルもやってみたら楽しいよ』
私の未来は簡単に断ち切られてしまったけど、役者への想いはそう簡単に断ち切れなかった。
そんな時に、業界から締め出されている私に唯一手を差し伸べてくれたのがまろん先輩だったんだよね。
アイドルになるなんてそれまで考えた事もなかったけど、大好きな役者への道が少しでも残っているのならとその手を取った。
eau de Cologneが所属していた事務所は小さくて、当時はマンションの一室が事務所だった事を思い出す。
『お母さんもアヤナちゃんの夢を手伝うわ!』
お母さんは後から仕事を辞めて私のマネージャーになってくれたけど、当時は働きながらボランティアみたい形でeau de Cologneの事務所のスタッフをやってくれた。
最初は路上ライブから始まり、商店街のイベントや児童養護施設等のボランティアから始まって、eau de Cologneと私はゆっくりとメディアへの露出を増やしていく。
音楽の世界は役者の世界と違ってアーティスト単独でやれる仕事も多く、ネットで売れたら妨害も関係ないって言うのが大きかったんだと思う。
このままアイドルとしてやっていく事も考えだした、そんなある日の出来事だった。
『ふーん。あんたが月街アヤナね。まだ役者をやりたいなら、今度、私が出るドラマにあんたもでなさい』
ゆかり先輩……女優、小雛ゆかりは私がなりたかった未来を歩いている人だった。
男性から共演をNGされた私と違って、自分から男性との共演をNGした上で実力で黙らせるその姿を見て憧れないわけがない。
多くの役者達が彼女を尊敬し、男性抜きでもやれるその才能と実力に……私も少なからず嫉妬した。
『ただし、とある男との共演が条件よ。それでもやれるかしら?』
ゆかり先輩の言葉に心臓の鼓動が早まったのを覚えている。
共演する男性が私を業界から追放した男性とは違うってわかってても、自分の中ではそう簡単に処理できるわけがない。
でも……初めて会った時から、あくあは私の知ってる男の人達とは違っていた。
『お願いします! もう一度やらせてください!!』
『俺はもっと上手くなりたいんです!』
『男だからとかじゃない。俺を1人の役者として、みんなと同じようにダメ出ししてください!』
『その人が最後に見た俺がダメな俺は嫌なんです。俺はいつだって誰が最後に見ても、最高の白銀あくあでありたいんです』
なんてストイックなんだろうと思った。
やる事に一切の妥協もしなければ、無理だからと言う理由でも甘えもしない。
男性がどうとか考えていた自分がバカらしくなって、白銀あくあって生き物自体がどういう人物なのかが気になった。
「アヤナ、別に付き合ってたり、結婚してても競い合う事はできるだろ?」
あくあの言葉で私はハッとする。
確かに、私があくあと付き合ったとしても、役者として、アイドルとしての関係は変わりない。
これからも良き仲間で、良きライバル。私達が築いてきた関係は何一つ壊れないんだと思った。
「ほら、やっぱり、今、気が付いたって顔してる」
「だ、だって……負けたくないって思っちゃったんだもん」
私が負けず嫌いって事、あくあはよく知ってるでしょ?
「俺は別に負けたって良いけどな」
「えー! 何それ? 余裕ってこと?」
私はあくあに促されてベッドに腰掛ける。
「最初は漠然と最強で最高のアイドルになりたいって思ってたけど、俺をみて1人でも笑顔になってくれる人がいたらそれで良いって思えるようになったんだよね」
あくあらしいなと思った。
勝つとか負けるとかそういう次元も乗り越えて、彼は自分の道を選んだ。
「なぁ、アヤナはどうなりたい?」
「私は……私は頑張っている人の背中を押してあげられるような人になりたい。アイドルとしても役者としても」
私はゆかり先輩とも、あくあとも違う。
自分がなりたい自分の姿を想像した時、私と同じように苦しんでる女の子の姿が思い浮かんできた。
『アヤナちゃん、ありがとう! 私も諦めずに頑張ってみるね!』
『頑張ってたアヤナちゃんをみて、私も頑張ろうって思ったから!』
『女優さんに戻るのを諦めないで! 私も諦めないから!』
『アイドルとしても役者としても応援してる。アヤナちゃんが好きだから!』
私と同じような苦しみを抱えていたファンの子達の声援を思い出して、私の心が温かくなっていく。
私のやってきた事で励まされた子達もいるんだって事に気がついたら、答えはそれしかなかった。
「ね。付き合っていても、お互いにとって良い刺激になるでしょ」
「……そうね」
あー……うん。これは私の負けかな。
そもそもなんで勝負なんてしてたんだろうって思った。
意地っ張りすぎる自分に恥ずかしくなる。
「アヤナ、改めて俺と付き合って欲しい。結婚前提で」
「良いよ。でも、結婚前提なんだ?」
そういえば前に、好きになった女の子とは全員結婚するつもりで向き合ってるって言ってたっけ。
そんな事を考えていたら、あくあにチュッとされた。
「アヤナ、ありがとう」
ベッドに仰向けになった私はあくあと手を繋いで夜空を見上げる。
雲ひとつない夜空に浮かんでいた今日のお月様は、私の心と同じくらい綺麗に輝いていた。
「おめでとう、アヤナちゃん」
家についた瞬間、真顔になったえみりさんが拍手しながら出迎えてくれた。
せめて笑顔とかニヤニヤした顔ならまだしも、なんで真顔なの!?
逆にどう言っていいか分からずに戸惑う。
「おめでとう、アヤナちゃん」
ゆかり先輩が感慨深そうな顔で手を叩きながら出てくる。
「アヤナちゃん、おめでとう」
ゆかり先輩を押さえ付けていた悪夢の世代の人達が出てくる。
まろん先輩が涙ぐんでいるのはわかるけど、なんで楓さんやイリアさん、インコさんも泣いてるんですか!?
「おめでとう!」
「おめでとうございます」
「おめでとう、本当におめでとう」
だから何なのよこれ!!
白銀キングダムに住んでいる人達が手を叩きながら出てくる。
どうしたらいいか分からずにが固まっていると、えみりさんが目で何かを言うように訴えかけてきた。
「み……みんな、ありがとう」
私は顔を真っ赤にしながら、感謝の言葉を口に出す。
もおおおおおおおお! 何なのよこれ!!
だって、おめでとうって言われたら、ありがとうって言うしかないじゃない!!
「おめでとう!」
私の後から帰ってきたあくあが穏やかな笑顔で手を叩く。
なんであくあまでそっち側に回ろうとしてるのよもう!!
「あくあはおめでとうじゃないでしょ!!」
私はあくあの硬い胸板を両手で軽く押すと再び外に出た。
もうやだ。私、この家でていく!
私、月街アヤナはあくあと結ばれた次の日に家出する事を決意した。
「アヤナちゃん、おめでとう!!」
「おめでとう、アヤナちゃん!」
うわあああああああああああ!
すれ違う人達が私の顔を見て、心からの笑顔で祝福の言葉を送ってくれた。
えっ? なんで私がえっちした事がもうみんなに知られているの!?
私は大人のいない公園で立ち止まるとスマホでネットニュースを見る。
すると聖白新聞がスクープの一面で私とあくあが結ばれた事を報告していた。
「アヤナしゃん、おめでとう」
「おめでとう、アヤナしゃん」
公園に居た子供達にまで祝福された私は、諦めて家に帰る事にした。
だって、こんなのお外にいる方が耐えられないんだもん!!
私が涙目で帰宅すると、事情を知ったカノンさんや琴乃さんに叱られた人達が謝ってくれた。
もう! 許してあげるけど、次はないんだからね!
後、ゆかり先輩と阿古さんはベビーベッドのカタログ見てるけどまだ早いから!! あくあも普通に「俺はこれがいいな」とか言って真剣な表情で混ざらない! 同じく自然に混ざってきたえみりさんは、私よりも自分の子供のベビーベッドが先でしょ! もおおおおおおお!
去年はお読みいただきありがとうございました。
今年も頑張りたいと思います!
それと前回に引き続き本当は幕間にしようと思ってたけど、一部、こっちでも読める部分だけ。
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