裏社会の新人さん、恐るべき白銀キングダム。
私は裏世界に生きる人間だ。
……と言っても、私がこの世界にやってきたのは10日ほど前の事である。
【人手不足につき急募! 憧れの闇社会で働いてみたいそこの貴女! そうそう、このチラシを見ている貴女の事です!! 私達と一緒にこの世界の闇に抱かれながら働いてみませんか!?】
このチラシを見た瞬間、ピーンときたのよね。
ああ、やっぱり闇に愛された特別な私には普通の生き方はできないんだって。
平穏な日常にグッバイした私はそれまで働いていた会社を辞めると、チラシに書かれていた電話番号にかける。
『あ、チラシを見た人ですか? よかったー! やっぱり数打てば当たるんですね。あ、すみません。こちらの話ですから。はは……あ、ところでお姉さんって日本語とか話せます?』
『はぁ、一応……学校で習ってました』
『しゃあっ!』
電話に出たお姉さんの説明によると、今、業界はとても人手不足で困っているらしい。
プロのライセンスも無料研修で取得できる上に、すぐに大きな仕事を斡旋してくれると聞いた。
一瞬、都合が良すぎるんじゃないかと思ったけど、お姉さんも電話口で貴女には特別な才能がありますって言ってたし、きっと私だけが特別なんだろう。
自尊心が満たされた私は、すぐに応募する。
……決して、考えもせずに仕事を辞めたせいで、社宅を出る事になったからじゃない。うん、違う。絶対に違うもん。
それから1週間後。
『うわー、お姉さん才能ありますねー。もう1週間経ったし、ライセンス交付しますね』
やっぱり私にはとてつもない才能があったみたいだ。
えっへん!!
『教官、いいんですか? まだ素人に毛が生えたくらいですよ?』
『仕方ないだろ。もう依頼主がせっついてるんだから。ったく、そんなにやりたきゃ自分が行けばいいのにな』
ん? 何かそこ揉めてますか?
私の聞き間違い? はあ。それならいいんですけど、早くプロのライセンスをくださいね。
『それじゃあこれがパスポートと新しい身分証ね』
『ミッションについてはこの動画を見て。あ、内容はここで覚えていってね』
『あとは現地にいる組織の人間がサポートするから』
そこからの1・2日は少し慌ただしかった。
それにしても最初の任務から外国だなんて、私ってすごい!!
一体、どこの国に行くんだろう?
『え? 行き先? 今、世界で最もホットな国よ』
そう言って最後に会ったお姉さんから渡された旅券で私が来たのは、今、世界で最もホットな国、日本だった。
私は組織が用意してくれた四畳半一間と呼ばわれる部屋に入ると、この国の情勢を勉強するためにテレビをつける。
『いいですか皆さん? 今、世界は環境問題、地球温暖化問題で大きく揺れています!!』
『総理、いいぞ!』
『今日は珍しく真面目モードか!?』
日本のトップであるミセス羽生が国会と呼ばれる議会で演説をしていた。
『故に、我々国会議員こそが率先して、環境問題、地球温暖化問題に取り組むべきなのです!』
『そうだそうだ!』
『また、何かの前振りじゃないでしょうね!?』
ミセス羽生は私達の国の中でも有名人だ。
熱のこもった彼女の顔を見て私もついつい真剣な顔になる。
『私はここに、本気のクールビズとして夏の間、全議員が水着で公務にあたる事を提案いたします!!』
『さすがです。総理!』
『また、壮大な前振りじゃない!』
何これ? 服を脱いで水着になった総理を他の議員達が取り囲んでいく。
日本の国会を見ていた私は呆れた顔をしました。
なるほど、平和ボケした国と聞いていましたが、まさかここまでとは思いませんでしたよ。
「と、こんな事してる場合じゃないわよね」
私は闇組織のメンバーだけが匿名で使える特別なサイトを開く。
1 新人の名無しちゃん。
今日から初任務です。よろしくお願いします!
2 先輩の名無しちゃん。
>>1
勤務地どこ?
3 新人の名無しちゃん。
>>2
日本です!
4 先輩の名無しちゃん。
>>3
一番やばいとこきたwwwww
5 先輩の名無しちゃん。
>>3
あー、ついに新人が送られるようになっちまったか……。
6 先輩の名無しちゃん。
>>3
辛くなったら帰っていいんだぞ。
7 先輩の名無しちゃん。
>>3
ニッポン ヤバイ キヲツケロ……。
ふーん、どうやら日本は中々にハードな国みたいだ。
最初は楽勝かと思ってたけど、やっぱり少しは歯応えがないと面白くないわよね。
私はやりがいを感じて逆に気合が入る。
15 先輩の名無しちゃん。
日本? やめとけやめとけw
組織も凝りねぇな。本当に。
18 先輩の名無しちゃん。
こうしてまた新たな犠牲者が現れたのである。
22 先輩の名無しちゃん。
野生の森川楓にだけは注意しろ。
野生の森川楓って何よ?
確か国営放送のアナウンサーだって渡された書類に書かれていたけど、たかがアナウンサーでしょ?
少し頭がいいくらいじゃないの?
ええ、私にもそう思ってた時期がありました。
その後、早速、現場の下見に訪れた私は近くの高層ビルから白銀キングダムの様子を伺う。
はぁ……なんてセキュリティが緩い国かしら? 上から丸見えじゃない。
周囲を見ると、血走った目をした女達が多数展望台から白銀キングダムの中を望遠レンズで覗き見していました。
全く……この国の女性は暇なのかしら? まぁ、彼女達のおかげで私は任務に集中できるんだけどね。
私は再び望遠鏡のレンズを覗くと、たまたまたそこに映っていた人物と目が合う。
じーーーーーっ。
いやいや、流石にこっちを見過ぎでしょ。
じーーーーーーーーーーっ。
えっ? 待って。もしかしてこれって目が合ってる?
私は周囲をキョロキョロした後に、もう一度望遠鏡のレンズを覗く。
するとそこには、ファンサービス? でダブルピースをした森川楓がこっちを笑顔で見ていました。
うわああああああああああああああ!
えっ? えっ? も、もしかして見えてるんですか?
いやいやいやいや、ここ50階以上ですよ!? どれだけ距離があると思ってるんですか!!
流石に私の気のせいよね?
「君、ここは初めて?」
「あっ……はい」
私は話しかけてきたベテランぽいお姉さんについ返事をしてしまう。
しまった。私は闇社会の人間、表社会の人間を巻き込まないように極力、会話を交わすべきではないのに!!
「森川のあれはいつもの事だから気にしちゃダメよ」
「びっくりしちゃうよね。でも、森川のする事を深く気にしちゃダメよ」
「え? 本当にこっちが見えてるのかって? ふふっ、相手はあの森川さんですよ」
「モリカワ キケン スグニゲロ」
私は手に持っていたスマホで先輩達に助言を求める。
25 新人の名無しちゃん。
森川って人は視力がいいんですか?
26 先輩の名無しちゃん。
>>25
お前……今、何メートルだ?
27 新人の名無しちゃん。
>>26
150メートル以上です!
28 先輩の名無しちゃん。
>>27
あー、ダメダメ。森川さんとはとりま最低1kmは離れてないと。
29 先輩の名無しちゃん。
>>27
残念、そこは森川さんの領域内だ。
30 新人の名無しちゃん。
>>28-29
えっ? 森川って人、同じ人間ですよね?
31 先輩の名無しちゃん。
>>30
お前、いつから野生の森川さんが同じ人間のカテゴリだと錯覚してた?
32 先輩の名無しちゃん。
>>30
森川さんは森川さんな。人間じゃなくて森川さんって存在なの。
後、森川じゃなくて森川“さん”な。
33 先輩の名無しちゃん。
>>30
モリカワ マジ ヤバイ スグ ニゲロ!
な、なんなのよもう!
私は一旦スマホの画面を消すと、軽く深呼吸して精神を整える。
うん。こんな茶番みたいな国会をしてる平和ボケした国にも、1人くらいはやばいのがいるわよね。
むしろ、私の初任務としては申し分ないわ。そう思う事にした。
そう、私はとても前向きなのである。
それからさらに数日後。
私はここにきてから日課になった掲示板を開く。
473 新人の名無しちゃん。
あのー……白銀あくあの側にいるちっこいメイドって何者なんですか?
474 先輩の名無しちゃん。
>>473
るーなちゃん? 多分、りんちゃんの方かな?
475 新人の名無しちゃん。
>>474
風見りんって人の方です。
白銀キングダムの防衛力を試そうと建物に向かって殺気を飛ばしたら、目も合ってないのに殺気を返されんたです……。
476 先輩の名無しちゃん。
>>475
お前、よく生きてたな……。
477 先輩の名無しちゃん。
>>475
森川さんはネタだけど、りんちゃんはガチ。
478 先輩の名無しちゃん。
>>475
お前、忍者に喧嘩を売るとか、教官から一体何を教わってきたんだ!?
479 新人の名無しちゃん。
>>476-478
えっ? 忍者ってすごいんですか?
480 先輩の名無しちゃん。
>>479
はぁ……これだから新人は……。
いいか? 忍者っていうのは空蝉の術が使えるんだ。
空蝉の術ていうのは、相手の攻撃を100%回避できるんだぞ。
それくらいチートすぎる技なのに一回どころか何度も使えるし、連射だってできる。
つまり忍者の暗殺なんか不可能だって事だ。
それどころか、この前、なんだっけ? スターズからきたなんとかって名前の自称騎士が「ナイトには盾があるから大丈夫だ!」って、無謀にも正面から挑んで、後ろばっか取られて「お前、汚いぞ!」って叫びながら、忍者にボコボコに負けてたの見たもん。
481 先輩の名無しちゃん。
>>480
忍者ずるい! 忍者卑怯! 忍者汚い!!
482 先輩の名無しちゃん。
>>480
忍者とかいう現代に存在するリアルチート。
483 先輩の名無しちゃん。
>>479
くくりちゃん様の周囲を守っているのもお庭番って呼ばれてる忍者部隊だから気をつけろよ!
まぁ、りんちゃん1人ほどじゃないけどな……ははっ、ははは……。
484 先輩の名無しちゃん。
いつものこれ、貼っておくね。
裏稼業の人間がこの仕事から足を洗おうと思った原因を、掲示板での発言からレート分けしたtier表。
SSS あくあ様。
S 森川さん。
A りんちゃん、みことちゃん、ワーカー・ホリックとかいうあたおか。
B ペゴニアさん、りのんさん、えみり様。
C 聖あくあ教とかいうあたおか集団。
485 先輩の名無しちゃん。
>>484
的確すぎるwww
486 先輩の名無しちゃん。
>>484
あくあ様が1人突き抜けてSSSなのわかるw
487 先輩の名無しちゃん。
>>484
改めてここに2番手でいる森川さんヤバすぎぃ!
488 先輩の名無しちゃん。
>>487
モリカワ ヤッパリ スゴイ スグ ニゲロ!
私は掲示板をそっと閉じる。
裏稼業の先輩達はもうダメだ。既にこの国のおかしな何かに絆されて全く使い物にならない。
だって、いつ見ても掲示板にいるもん。この人達、ちゃんと仕事してるのかな?
やっぱり私が頑張らないと……。
そう思っていると、アジトにしていたアパートの扉が3回ノックされる。
これは秘密の合図だ。どうやら組織の連絡員が訪ねてきたみたいね。
「しゃーっす。いますかー!?」
ちょっと!? 私達は裏稼業の人間なのよ! そんなお隣さんどころか、3軒先のご近所さんに聞こえるような大きな声を出しちゃダメでしょ!!
いつもは暗号を交えた会話をした後に扉を開ける事になっているが、私は大きな声に慌てて玄関の扉を開ける。
「しゃっす! 頼まれた荷物を持ってきましたー!」
誰? 前の連絡員と違う女が来て私は警戒する。
「あっ、もしかして前の担当者さんですか? その人なら、なんか実家に帰るって言って帰ったみたいですよ。私もこの前、入ったばかりだから前任者の事を聞かれたら、こう言えって言われただけでよく知らないっすけど」
あの子、この仕事やめたんだ……。
幸せそうな人達を見てたら、実家が恋しくなったって言ってたっけ。
裏稼業の人間には、意外とホームシックでやめる人も多いと聞く。
私も残してきたお母さんの事を思い出して少し懐かしい気分になる。
「あなた新人さん?」
「闇バイトの募集を見て臨時でやってきました! しゃっす!」
だから声が大きいんだって。
私は新人の女の子に声の大きさを注意する。
「すみません。自分、普段はラーメン屋でバイトしてるんで。しゃっす!」
「その、しゃっす! がいらない」
「しゃっす!」
私は両手で頭を抱える。
ダメだ。会話が通じない。
私は連絡員から荷物を受け取ると、さっさと帰るように言った。
「ありあとございやぁしったぁ!!」
「だから、声が大きいってぇ!!」
3軒先どころか、町内会にに住んでいる全員に聞こえてるわよ!
全くもう。組織もあんな新人を雇わないといけないなんて人材不足かしら……。
ともかく、大事なブツは受け取ったわ。
後は白銀キングダムに侵入するだけね。
決行日当日。
幸いにも今日は危険人物が誰もいない日だ。
忍者は白銀あくあの仕事に同行、ペゴニアと神狩りのんの2人は白銀カノンと森川楓、桐花琴乃と雪白えみりの診察のために不在だという情報を掴んでいる。
それなのに……。
「侵入者発見! 侵入者発見! ピーッ! ガーッ!」
ひぃっ! なんなのよ。あのメイド!!
目が赤く光るし、いきなり背中から多連装ロケット砲が出てくるし、ビーム出てくるし!!
人間じゃなくて只のロボットじゃない!!
えっ? なんでこの国ってあんな技術力持ってるのに、他国に対して武力行動に出ないの……?
あれと森川さんと汚い忍者と聖あくあ教が居れば、秒で世界征服できるでしょ。
私は心を落ち着けるために、物陰に隠れた後に掲示板を開いて書き込む。
721 新人の名無しちゃん。
なんでこの国が世界征服しないのか教えてください。
722 先輩の名無しちゃん。
>>721
おっ、ついにそれくらいまでこの国の実態を把握できるようになったか。
723 先輩の名無しちゃん。
>>721
この前まで新人だったのに、成長したなあ……。
724 先輩の名無しちゃん。
>>721
そんな無駄な事をこの国がするわけないじゃん。
戦争しかやる事のない暇な国と違って、この国はやることが多くて毎日が忙しいんだよ!!
って、こんな事してる場合じゃねぇ。夏限定のアイテム買うためにベリルショップ行ってくる!!
725 先輩の名無しちゃん。
>>724
今から行っても無駄無駄。私みたいにちゃんとオンラインで予約しておかないと。
当日ゲットよりも確実性こそが勝利。そう教官が教えてくれたでしょ。
726 先輩の名無しちゃん。
>>721
この国と、この国の国民はそういう次元で生きてないんだよな。
大丈夫。いつかお前にもわかる日が来る。って、お前、もう1ヶ月以上経ったんじゃないか?
えっ? それなのにまだこの国とあくあ様に染まってないの?
727 先輩の名無しちゃん。
>>726
この新人ちゃん。思ったよりも優秀だよな。
私なんかこの国に来て3日目に見たライブで染められちゃったもん。
728 先輩の名無しちゃん。
>>721
モリカワ クルゾ スグ ニゲロ!
私は掲示板をそっと閉じると、一時撤退を決意した。
その瞬間、私の背中にナイフを刺されたような痛みを感じる。
私はすぐに自分の背中を手で触って確認した。
さ、刺されてない?
じゃあ、さっきの痛みの原因は?
ナイフで刺された方に視線を向けると、白銀キングダムに帰ってきた風見りんがこちらを見ていた。
こっ、殺される。
あっ……。
やっちゃったかも……。
私は顔を真っ赤にしてスカートを必死に抑える。
「君、大丈夫?」
すごく……すごく、優しい声だった。
「あ……」
涙目になってぼやける視線の先に、見覚えのある人物が写った。
白銀……あくあ……。
日本におけるミッションでも最重要人物で、風見りんや森川さんを超える先輩達が選んだtier表の一番上。
まさかここで彼と遭遇するなんて、終わった……。
お母さん、ごめんね。
私が裏社会に就職するって言ったら、危険だからやめなさいって言ってくれたのに。
はっきり言って裏社会で働く人間の末路は悲惨だ。きっと私も殺されちゃうんだろうなと思った。
「どうしたの? 顔がすごく赤いけど、もしかして熱ある?」
白銀あくあの手が私の前髪をかき分けておでこにピッタリと当たる。
冷たい……。手が冷たい人って優しい人だって聞くけど、本当なのかな?
「あ、違うくてこれは……」
私は目をぐるぐると回しながら、タイツを穿いた足元へと視線を落とす。
それに釣られて白銀あくあも目線を下げた。
「こっ、これは……!?」
ごめんなさい。ごめんなさい!
私は白銀あくあから汚いと叫ばれて突き飛ばされる事を覚悟して身構える。
それなのに……。
「りんちゃん。悪いけど、替えの服とかを買ってきてもらえるかな? お金は好きなだけ使っていいから」
「……任せるで候」
風見りんと目が合う。
なんとなくだけど、余計な事をしたらわかってるなと釘を刺された気がした。
心配しなくても私だって馬鹿じゃない。そもそも彼に対しては、最初から何かをする気なんてないしね。
「じゃあ、ちょっと失礼するよ。しっかりしがみついてていいから」
「えっ?」
白銀あくあは私をお姫様抱っこすると、そのまま白銀キングダムの中に入っていく。
嘘……侵入不可能だって言われてた白銀キングダムに、こんなにもあっさりと侵入できちゃった。
「君、何歳? もしかして、らぴすと同い年かな?」
あ……。私は自分のペッタンな胸を両手で押さえる。
そっか、私、体もちっこいから、中学生くらいだって勘違いされたんだ。
「う、うん」
本当は20歳過ぎてるけど嘘ついた。
だって成人してておしっこ漏らしたなんて恥ずかしすぎるもん。
「はは、もしかして一緒に遊びにきてたお母さんかお姉さんと逸れたのかな? えぇっと……」
あ……名前か……。
「ティセです」
「ティセちゃんね」
し、しまったあああああああああああああああああ!
至近距離から見る白銀あくあの顔が好み過ぎて、偽名じゃなくて普通に自分の名前を名乗っちゃった……。
「それと今日は1人できたから」
「そっか。1人で来れるなんて偉いね」
いやいや、中学生でしょ?
中学生なら普通、親と一緒じゃなくても1人で行動するわよ。
この人の中じゃ、中学生の女子も小学生の女子とかと同じ扱いなのかしら。
まぁ、20歳超えてこんな事になってる恥ずかしい大人の私が言える事じゃないけど……。
「待たせたで候」
はっや!
白銀あくあが白銀キングダム内のトイレに到着した頃には、風見りんが着替えを届けてくれた。
私はトイレの中に入ると濡れた服を脱いで、新しい服に着替える。
「ティセちゃん、濡れた服を渡してくれる。こっちで洗濯しておくから」
「い、いえ。捨ててくれて大丈夫です」
「捨てるぅ!? そ、そういう事ならこれはお兄さんが捨てておくから安心して欲しい」
私は扉を少しだけ開けると、白銀あくあに濡れたタイツやスカートを手渡す。
その時、小学生だった頃に学校で自分と同じ状況になった友人の事を思い出した。
『お前、ばっちぃからどっか行けよ!』
男の子に背中を蹴飛ばされた私の友人は、さらに足で背中を踏まれて怪我をした。
友人が蹴られて頭に血が登った私が男の子を叱ったら、そのまま小学校を退学になったっけ。
男の子なんてみんなそうだと思ってたのに……。
「あの、あ、あなたは私の事を蹴ったり踏んだりとかしないんですか?」
何を言ってるんだろう。自分でもそう思った。
「えっ? なんで? 女の子を踏む? ごめん、女の子に踏まれるって話ならこの世界の誰よりもわかるけど、お兄さんはちょっと女の子を踏むって行為は理解できないかな」
涙が出そうになった。
この人は私が知ってる他の男の人とは違うんだ。
私は今頃になって、先輩達が白銀あくあを……ううん、あくあ様をtier表のSSSにした事を理解する。
「あの……ありがとうございました」
「大丈夫大丈夫。また、白銀キングダムに遊びにきてね」
そう言ってあくあ様は、小さい子にするみたいに私の頭を優しく撫でてくれた。
……私、さらさらな髪の毛が自慢だけど、今日1日だけは髪を洗うのやめておこうかな。
家に帰った私は暇な先輩達がたむろってる掲示板を覗く。
920 新人の名無しちゃん。
失敗しました。
921 先輩の名無しちゃん。
>>920
どんまい。そういう事だってあるよ。
922 先輩の名無しちゃん。
>>920
挑戦しただけお前はえらい!
923 先輩の名無しちゃん。
>>920
お前はスレが埋まるくらいまで生き残ってたんだから十分にすごいよ。
普通の新人なら色んなことに絶望して祖国に帰ってるか、私達みたいに諦めてこの国に染められてるもん。
924 先輩の名無しちゃん。
>>923
それな!
925 新人の名無しちゃん。
>>921−924
ありがとうございます。
それとやっぱり、あくあ様はtier表のSSSでした。
926 先輩の名無しちゃん。
>>925
だろ?
森川さんとかりんちゃんとかも凄いけど、そもそもあくあ様が強すぎるんだよな。
927 先輩の名無しちゃん。
>>926
わかる。普通に腕力でもあくあ様に勝てないもん。
そもそも女子のプロボクサーよりもあくあ様の方が強いでしょ。
あくあ様がサンドバッグ殴ってるの見たけど、正攻法じゃ勝てない気がした。
928 先輩の名無しちゃん。
>>927
しかもあくあ様の場合、何故か近接戦闘の闘い方が海兵隊仕込みなんだよなあ。
あっ、ちなみに私、ステイツの元海兵隊です。どうも!
929 先輩の名無しちゃん。
>>928
わかる。あくあ様って、あの徒手空拳とかどこで覚えたんだろうな。
沈黙の暴走特急に出てくるケイティー・バックみたいな動きしてるし。
930 先輩の名無しちゃん。
>>929
あれ? もしかしてあくあ様って森川さん以上の化け物なんじゃ……。
931 先輩の名無しちゃん。
>>930
そうだよ。
ケイティーに常人が勝てるわけないもん。
932 先輩の名無しちゃん。
この国の戦力をわかりやすく例えるとこう。
あくあ様→ジョンソン・テイタム+ケイティー・バック。
羽生総理→アーノン・シュヴァルツ・ネルター+ジル・スターロン+ハリス・フィード+トニア・クルース。
森川さん→大量のホゲラー波を浴びた心優しきバルグ。尚、知能は低い。
えみり様→トラブルセイントネスのリノちゃん。
りんちゃん→忍者汚い。
みことちゃん→真ゲッチョーロボ+イデゴン。
933 先輩の名無しちゃん。
>>932
だんだん酷くなっていくwww
特に最後の二つ、絶望だろ!
934 先輩の名無しちゃん。
>>932
誰だよ、この国に喧嘩売ろうとしてる馬鹿は!
自分の国に引きこもってないで最前線に出てこい!!
一瞬でわからせられるぞ……。
935 先輩の名無しちゃん。
>>932
やっぱりこの国はどうかしてるぜ!
936 先輩の名無しちゃん。
>>932
こいつらだけで実写のエックスなんとかとかマーヴェラスの映画が撮れるだろw
937 先輩の名無しちゃん。
>>934
こうしてみんな日本に喧嘩を売るのが間違いだって気がつくんだよな。
938 先輩の名無しちゃん。
>>937
わかる。私なんかもう日本人と目を合わさないようにしてるもん。
939 先輩の名無しちゃん。
>>938
わかるわー。ついこの前まで森川さんが一般人のフリしてたのが日本。
まだ隠れてるだけで、やべーやついっぱいいそう。
940 先輩の名無しちゃん。
>>932
モリカワ ヤサシイ ワタシ ミカタ!
うん……。
私は掲示板をそっと閉じると、寝転がって畳の上に置いてある紙袋へと視線を向ける。
「あーあ、結局、例の“ブツ”は渡せなかったな」
これを白銀キングダム内に居るとある人へと届けるのが私の任務だった。
普通に渡せたらそれがいいんだけど、白銀キングダムで目的の人物と面会する時には持って入るものを事前に提出しないといけない。問題はその提出した日から実際に受け渡す日までの間に情報が漏れて、他国の人間に襲撃される可能性がある事だ。
だからこそ秘密裏に、そして確実に他を出し抜くためにも、我が国はどの国よりも早く彼女にこれを届けないといけない。
「ま、まだチャンスはあるよね。次はもっと簡単に侵入できたらいいんだけど」
うーん、誰か白銀キングダムの中にツテがある人が組織にいたらいいんだけど、そんな都合が良い事、あるわけないわよね。
そんな事を考えていたら、誰かがアパートの扉を3回ノックした。
「しゃっす! 晩御飯のラーメン竹子特製、ヘブンズソードラーメン持ってきましたー! しゃっすしゃっす!」
また、あの女ね……。
だから、声が町内会全員に聞こえてるって言ってるじゃないの!
私は怪訝な顔をしながら、ゆっくりと扉を開けた。
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