白銀あくあ、まさかの親子面談。
俺となつきんぐ、そして撮影中に偶然にも遭遇した羽生総理の3人は近くの店に入る。
「えー、本日はお日柄も良く〜」
「あくあ君。どうしたの? いつもはそんな感じじゃないのに、何か後ろめたい事でもあるのかな?」
ヒェーッ! 羽生総理に疑いの目を向けられて、背中からドッと汗が噴き出る。
やばいやばい。ちゃんとうまく誤魔化して軌道修正しないと!
「い、いや、その、ちょっとそのびっくりしちゃって……」
「ははっ。びっくりしたのは私の方だよ。まさか2人が私に内緒で付き合ってただなんてね。この前、会った時に言ってよ。もー!」
「ははっ、ははは……」
おい、みんな。そんな遠く離れた席からこっちを見てないで助けてくれ!!
俺は遠くからこっちを見ているえみり、アイ、本郷監督に合図を送る。
頑張って!
健闘を祈る!
見守ってるから!
という言葉が口パクで返ってくる。
くっ! こうなったら俺が頑張るしかないのか!
俺は隣に座ったなつきんぐへと視線を向ける。
なつきんぐは隠れてしてた事が親である羽生総理にばれた事で、すごく恥ずかしそうな表情をしていた。
こうなったら、やるっきゃない。
笑顔を引き攣らせた俺は、近くにあったコップを手に取って、中に入っていたおひやを一気飲みする。
ぷはぁ。ヤベェぞ、これは。とりあえず付き合っている誤解を解かなきゃ……。
「え、えっとですね総理」
「総理? そんなよそよそしい言葉じゃなくて、治世子お義母さんと言ってくれてもいいんだよ?」
俺は聞かなかった事にして話を進める。
「実は、その、さっきのはデートに見えたかもしれないけど、ただ、遊んでただけで……」
「えっ? さっきは2人ともキスしようとしてたよね? あくあ君は、女の子と、ましてや私の大事な一人娘の紗奈ちゃんと遊びでキスしたりなんかしないよね?」
総理の背中からロケットランチャーが出てくる。
いやいやいや。それは一体どこから出てきたんですか!?
俺は慌てて言い訳をする。
「も、もちろんですとも! そ、その、遊ぶっていうのは、今日はただ健全に遊ぶだけで終わりにしようかと思ったんだけど、その、気持ちが盛り上がっちゃって……」
「わかる! わかるよー! 私、羽生治世子にもそういう時期がありました!!」
総理は奥さんとの馴れ初めからゆっくりと語り出す。
ふぅ、なんとかうまく誤魔化せたぜ。
俺の隣に座っているなつきんぐは、総理の馴れ初めエピソードを聞いて恥ずかしそうな素振りを見せる。
わかるよ。俺も母さん達が馴れ初めをカノン達に話しているのを聞いてると、ちょっと恥ずかしいもん。
「ところで、2人はどういう過程で付き合う事になったのかな?」
突き合うためにデートしてます。なんて、言えるわけがねぇ!
羽生総理はキラキラした純真な目で俺の顔を見つめる。
あくあ……覚悟を決めろ! お前は男だろ! はっきり言え!!
俺は自分で自分を鼓舞する。
「え、えっと……実はまだ付き合ってなくてですね」
「つきあって……ない? 付き合っててデートをしてる最中の盛り上がってキスをしようとしたんじゃなくて、ただの友達として遊んでたのにキスをしようとしたって事……?」
ハンバーグランチを食べようとしていた総理は、手に持っていたフォークをハンバーグの中心にグサリと突き刺す。
うぎゃあああああああ! ハンバーグと自分の姿が重なって見えた俺は、心の中で大きな叫び声をあげる。
次の瞬間、空中に投げ飛ばされたハンバーグこと俺が、ナイフをクルクルさせた羽生総理のジョンソン・テイタムみたいな華麗なナイフ捌きで細切れにされてしまう。
ごめん。カノン、みんな。俺は産まれてくる子供の顔が見れないかもしれません。
今、俺の目の前にはジョンソン・テイタム羽生治世子がいます。
ちょっと前までクレアさんと一緒に楽しい事をしていた頃がもう恋しくなってきました。
本当は知らない振りをして今すぐにここから逃げ出したいです。
でも、この国の東西南北全ての支配者であるコマンドー羽生治世子から逃れそうにありません。
例えここで俺が帰らぬ人となっても、俺の作ったビデオはきっと誰かを幸せにしてくれるから。
いや、諦めるな! あくあ!!
俺は心の中で自分のほっぺたをグーで殴り飛ばす。
「その、お互いの気持ちを確認するためにキスをしようとしていました!」
もうここは素直に言うのが一番だと思う。
男としても、人としても、それが一番な気がする。
そもそも嘘をつけるのは、嘘をつく能力があるやつだけだ。
俺みたいなすぐに顔でわかるようなやつが嘘なんかついても、すぐにバレるだけだもん。小雛先輩もそう言ってた。
「でも、だからと言って俺は適当な気持ちでなつきん……那月紗奈さんにキスをしようとしたわけじゃないんです!」
周りに居た全員がこちらをジッと見つめる。
みんな、俺がここで死んだ時は、俺は最後まで男だったとカノン達に伝えて欲しい。
ただ、飲食店のスタッフさんは仕事して! 完全に手が止まってるよ!!
「それは、本気……だという事かね?」
「はい!!」
俺は嘘偽りのない目で羽生総理に視線を返す。
「なぜなら俺はカノンとお付き合いする時もしようとしたからです」
夏祭りの終わり。俺は自分の気持ちを確認するために、いや、好きだという気持ちを抑えきれなかった。
俺だって気軽にそういう事をするわけじゃない。好きだなって思ったからしようとした。
この時点で俺の気持ちは完全に固まっているのである。
「ほう。その話、ちょっと詳しく」
あれ? なんでえみりが自然な感じで羽生総理の隣に座ってるの?
さっきまで普通に隠れてたえみりが、最初からいましたよって顔で羽生総理の隣に座っていた。
「いや、えみり。なんでそこに」
「なんでもどうもじゃないですよ! カノンとはどうだったんですか?」
俺はカノンとの夏祭りデートを思い出す。
控えめに言って最高だった。
俺は素直にその事を伝える。
「最高でした!」
「プルプルしてましたか!?」
「はい! すごく柔らかかったです!!」
なんか話が脱線してるような気がするが、俺は勢いだけで生きてきた男だ。
俺の中にある第六感がこのビッグなウェーブに乗らなきゃと囁いている。
「それじゃあ、紗奈ちゃんはどうでしたか!?」
「すごくプルプルして柔らかそうでした! したかったです!!」
それを聞いたなつきんぐが顔を真っ赤にする。
羽生総理はその答えに満足したのか、うんうんと噛み締めるように目を閉じて頷く。
「あくあ様はキスした後、どうしようと思ってたんですか?」
「ホテルに行こうと思ってました!」
本当は撮影現場だけど、そこだけは誤魔化さないとな。
間髪入れずに質問をするえみりの隣で、羽生総理が真剣な顔で俺の目をジッと見つめる。
「なんのために行こうとしたんですか?」
「気持ちが通じ合った後の男女が行きつくところはそこしかありません!!」
「素晴らしい!! それこそが健全な交際だ!!」
立ち上がった羽生総理は俺に向かって手を差し出す。
俺はすぐに羽生総理の手を取ると、固い握手をする。
「もちろんちゃんと責任は取るつもりだったんだよね?」
「当然です! 結婚するつもりでした!」
全国の男子たちよ。この俺の勇姿を見てくれ。
いいか。男に変な誤魔化しや嘘はいらない。
本当に必要な真っ直ぐで素直な心なんだ!!
「ははは。そうか。私にも孫ができるのか」
「総理、良かったですね」
羽生総理はえみりと一緒にハグをする。
いやいや、総理、騙されないでください。えみりも俺と同じ主犯格ですからね!
「で、えみりちゃんはなんでここにいるのかな?」
「えっ?」
急に旗色が悪くなったえみりが俺に助けを求めるような視線を送る。
えみり……悪いな。今回ばかりは助けられそうにない。お前の犠牲は無駄にしないぞ!
「さっきから本郷監督や白龍先生と隠れてこっちを見ていたよね?」
「えっとぉ……」
さすがは羽生総理だ。
子供からは指を差されて「あっ、土下座の人だ」って馬鹿にされてるけど、ちゃんとえみり達の事を見逃さなかった。
「もしかしてあくあ君も関与してる事なのかな?」
流石にこれ以上は誤魔化せないか。
俺たちは羽生総理の座ったテーブルの前で横一列に並ぶと、総理に全ての事情を説明をする。羽生総理はそれを静かに聞く。
「話はわかった」
真夏だというのに急にお店の中が涼しくなる。
あまりの寒気に耐えきれなくなったお客さん達が肩をガタガタと振るわせながらお店から出ていく。
みんなごめんね。ここの支払いは俺がしておくし、まだお昼を食べれてない人は他のお店で俺の名前でツケといていいからと伝える。
周囲に関係者しか居なくなった羽生総理は怒りで指先を震わせながら、メニューを読む時にかけていたメガネを外す。
ん? そういえば確か羽生総理って楓と一緒で視力が2.5を超えてるって言ってなかったっけ? どうしてメガネをかけてたんだ?
「カントク、ハカードル、ハクリュー。それと、アクポンタンの4名は残れ」
あくぽんたんって俺の事かな? それに、ハカードルって誰の事?
総統じゃなくって、総理はえみりと誰かを勘違いしてしまったようだ。
羽生総理の命令でこっそりつけてきていたSPとなつきんぐ、お店のスタッフさんも外に出る。
「なんだって?」
羽生総理はゆっくりとテーブルから立ち上がりながら、俯く俺たちの顔をじっくりと覗き込むように見ていく。
「4人は私に内緒で、楽しい事をしようとしてたって事だよね。わかる? その結果がこれだ!!」
うん。羽生総理が怒るのも当然の事だ。
俺も総理の立場なら怒ると思う。
「そうやってみんなは私を除け者にしようとしてるんでしょ! バーカバーカ! 大嫌いだ!!」
総理は子供みたいなゴネ方を始める。
俺達は顔を見合わせると、ここは俺が代表として総理に声にかけた。
「総理、違います。俺達は決して総理を除け者にしようとしたわけじゃないんです!」
「何が違うんだ!! 総理だって言っても私も1人の女、親だと言っても1人の女の子なんですよ!! 私には内緒で、4人だけで楽しい事をしようとしてたんだろう!! チクショーめぇ!!」
ん? あれ? 今、なんか少し風向きが変わりましたか?
総理の怒ってた理由が俺達の想定していた理由とは違うことに気がつく。
羽生総理は手に持っていたフォークで細切れにしたハンバーグに突き刺す。
「私が楽しくフォークとナイフでハンバーグを呑気にパクパクしてる裏で、みんなは楽しい事をしようとするつもりだったんでしょ!」
総理、おちんついてください!!
外に出されたなつきんぐが総理の言葉を聞いて、恥ずかしさで今にも泣き出しそうです!!
「私は男の子となんか付き合った事ないけど、これでもこの国の総理なんですよ! それなのに、みんなはこの私を除け者にしてぶるんぶるんに楽しもうとしてたんでしょ!」
総理、ぶるんぶるんって何ですか!? 意味がわかりません。何がぶるんぶるんしてるんですか!?
ただでさえお店や他のお客さんにも迷惑をかけて……え? みんなは楽しんでる? もっとやれって?
「あーあ、私は総理なのに、いつもみんなの蚊帳の外なんですよ。そう、いつの間に無くなっていたスターズのように」
総理。スターズはまだあります! 亡くなってません!
一瞬だけ俺が血迷ってうどんにしちゃったけど、また強引にスターズに戻しましたから!!
後、ちゃんと総理もその場所にいましたからね!! どさくさに紛れて居なかった事にして責任を逃れようとしないでくださいよ!! 共犯者の俺たちは一蓮托生でしょ!!
「……もう、やだ。私、総理辞める。みんなでしっぽりと楽しく好きにやればいいじゃん」
俺とえみり、白龍先生と本郷監督は顔を見合わせる。
総理が辞めたら、一体誰がこの国を導けるというのだろうか。
みんなが無言で俺を指差す。
いやいや、ただでさえ大暴れしている俺が総理になったらこの国が終わるぞ。
とてもじゃないが俺と楓、なんとなくだけどえみりも含めた3人がいるこの国をうまく導いていけるのは総理しかいない。
そうなるとやっぱりここは俺がどうにかするしかないな。
「総理、その……総理も一緒に行きますか?」
俺が俯いていた総理にそう声をかけると、さっきまでが嘘みたいにパァッと笑顔になる。
「行きまぁす! 羽生治世子、一緒に行って見学しまぁす!!」
その言葉を聞いたなつきんぐが涙目で顔を真っ赤にする。
「わ、私が恥ずかしいからやだ!」
「そんなぁー! 紗奈ちゃん、ちょっとだけ、ほんの先っちょだけでいいから!! 確認したらソッと部屋から出ていくから」
うん。なつきんぐが怒るのは当然の事だ。
ぶっちゃけ俺も保護者に後ろから見られるっていうのは流石にちょっとね……。
「やだやだ! お母さんに見られるのとか絶対に無理」
「がーん! 反抗期のなかった紗奈ちゃんが初めて私にやだって……。うわぁーん!」
こうなったら、俺がどうにかするしかない。
俺も男だ。俺が覚悟を決めた瞬間に、よく知った人がゆっくりと総理に近づいていく。
「総理、何やってるんですか?」
「げげげ、黒蝶議員!? ど、どうしてここに!?」
えみりは俺に合図を送るようにウィンクする。
ああ、えみりが揚羽さんを呼んでくれたのか。
流石だよ、えみり。ふざけて総理の隣に座った時はどうなるかと思ったけど、やっぱりえみりは有能だった。
「どうしてここに? 私は白銀キングダムに住んでるんだから、ここに居て当然でしょう。それよりも、羽生総理、人の往来で寝っ転がって駄々を捏ねてる理由の説明をお願いできますか?」
「えっ、えっと……あ、思い出した! 今日は会食の予定が入ってたんだった。そ、それじゃあ、私はここで! あくあ君。紗奈ちゃんをよろしく!」
羽生総理は何事もなかったかのように起き上がると、笑顔を引き攣らせながら全速力で逃げ出そうとした。
でも、それを予測していた揚羽さんに腕を掴まれる。
「待ってください総理! 説明はまだですよ!! それと玖珂さんにさっきメールで確認したら、今日はお休みで会食の予定なんか入ってないって聞いてますからね!!」
「うげげっ! 理人君は余計な事しすぎでしょ。あくあ君くらい抜けてたらいいのに!」
あれ? 今、シンプルに俺への悪口を言われた気がする……。
「そこがあくあ君のいいところだから!」
「そうそう! だから、あくあ様はそのままでいて」
「あくあ様のそういう隙があるところが好き」
「うんうん。あくあ君はだい……ちょっと抜けててえらいえらい!」
え? そうかな? やっぱり男は隙があるくらいがちょうどいいのかな?
俺は外で見ていたお客さん達やスタッフさんからチヤホヤされて良い気分になる。
羽生総理は揚羽さんに促されて迷惑をかけたスタッフさんやお客さん達に謝っていく。
みんなが羽生総理に「楽しかったから気にしなくていいよ」「総理、これが見たくて私は日本国民をやってるんです」「無料イベントありがとうございました」「これだから日本人はやめられねぇぜ」って言ってたのを聞いて、改めてこの国はいいところだなと思った。
「あくあ君。今のうちに行こ。お母さんがついてきたら面倒臭いから」
「あ、うん」
なつきんぐは俺の手をグイッと引っ張ると、次の撮影を行う現場へと移動する。
その途中で俺は敢えて立ち止まると、もう一度真剣な顔でなつきんぐと向き合った。
「あの……さっき言ってたのは本当だから」
「うん。わかってる。あくあ君がそんな男じゃないっていうのは、私もちゃんとわかってるもん」
なつきんぐは少し照れた顔を見せる。
「お、お母さんだって、きっとわかってる上でふざけてただけだから」
「俺もそう思う」
俺たちはお互いに表情を崩すとお腹を抱えて笑い合う。
うん、改めて考えると、総理は最初からわかっててふざけてたよな。
撮影のスタッフにだって気が付いていたわけなんだし。
まあ、それに付き合っちゃったのは俺とかえみりなんだけど……。最後に揚羽さんが来てくれて本当に助かった。
いや、むしろその揚羽さんが来るのも読んでた上で、総理はふざけてたのか? 流石にそれはないと思うけど、あのふざけ具合ならありえるかもしれないな。
「それじゃあ行こっか」
「うん!」
俺はなつきんぐの手を掴むと、もう一度撮影現場に向かって歩き出した。
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