白銀あくあ、お客様ーーーーーっ!
俺達ベリルエンターテイメントに所属しているタレントと、親しくさせてもらっている人達との間でとあるゲームを一緒にする事になった。
そのゲームの名前はグランド・セフト・ハート。このゲームは貴方から大事なものを奪います。というコンセプトで生まれたクライムアクションゲームだ。
様々な街の顔を持った大きな島国を舞台にしたゲームで、プレイヤーはそこの住民になって自由な生活を謳歌していく。大人数でのプレイを目的とした比較的自由度の高いゲームだけあって、真面目に過ごす人もいればゲームだからと犯罪に走る人もいる。
それ故にこのゲームは流行った。
「これって真面目に働いてもいいんだよな?」
すぐに犯罪者になった小ひなんとか先輩と違って、俺は食品のデリバリーなどのバイトをしてコツコツと稼いでいく。
その結果、俺は自分の店を持つ事に成功した。
しかも、今流行ってる自然の木を使った内装に加え、全面ガラス張りの超おしゃれなおうどん店だ。
「ついに……ついに、白銀製麺所がオープンいたしました!!」
俺が手を叩くと、目の前にいるメリーさんこと茶々さんも笑顔で手を叩く。
うちのうどん店は店舗営業以外に配達もやってるから、流石に俺1人じゃ手が足りない。
だから俺は、社員兼お店のマスコットとしてメリーさんを雇った。
【ついにこの日が来たか……!】
【このゲームで真面目に働いててお店オープンはすごい!】
【メリーさんが製麺所に入ってくれてよかった】
【↑それな!】
【エプロンつけたあくあ様とメリー様見てるだけでおうどんがおかわりできる】
【↑この2人っていいよね】
【あー、この空間だけはマジで平和でいいわ。外は殺伐としすぎだもん】
俺はキッチンの前に立つと、天我マートで購入した油のアイテムを使用する。
天我先輩は日本でもトップクラスの大学に通ってるだけあって、頭の良さを活かした投資でお金を儲けてすぐに天我マートを開店させた。
最近ではガソリンスタンドが併設された天我マート2号店をオープンしたって話も聞いたし、俺も負けてられない。よーし、頑張るぞー!!
俺は店の外に出ると暖簾のアイテムを使用する。
するとすぐに電話がかかってきた。
『はい、こちら白銀製麺店!』
『あ……すみません。おうどんの配達お願いします』
おっ、この声はカノンか?
何かやたらとバックの音が煩いな。
【銃声音wwwww】
【あいつどっから電話かけてるんだよw】
【さすがはカノン様、誰よりも早い】
【2窓してるけど、あいつよくあの状況で電話かけられるな】
【この裏で嫁は激しい銃撃戦やってます】
俺は設定画面を開くと、声が聞き取りやすいようにサウンド設定の項目を弄る。
うん、これで聞き取りやすくなった。
『えーと、私はきつねうどん小で。姐さんはどうする?』
『ちゃんと部屋を片付けろー!! って、カノンさん何か言いましたか?』
『姐さーん! お・う・ど・んの注文、何うどんにしますか?』
『肉うどん中でお願いします!』
『あっ、それと稲荷寿司もお願いします!』
『じゃあ私もおにぎりを注文しようかな』
はいはい、きつねうどん小が一つと肉うどん中が一つね。それといなり寿司に、おにぎりが一つずつっと。
俺はどっちもあったかいので大丈夫ですかと聞く。
【姐さんwwwww】
【今、姐さんが森川にむかって乱射してたけど、何かあった?】
【いつものことだろ】
【どうせまた森川が怒らせたんだよ】
【森川、何やったのか知らないけど後で謝っとけよ】
それとトッピングだな。琴乃は肉うどんに卵、カノンはきつねに天ぷら乗せだとぉ!?
嘘だろカノン。きつねうどんに天ぷらまで乗せるとか、なんて強欲で邪道なんだ……。
俺なんてデリバリーやってた時に、素うどんばっかり啜ってたというのに!
『えーと……それじゃあ、どこに配達すればいいですか?』
『えっと、今、銀行内で対立してるギャングと撃ち合ってるんで5分後くらいに……』
『カノンさん! 警察のヘリが来ました!! ロケットランチャー使用します!』
『あ、10分で全部片付けるので、天我マート2号店の裏にある廃自動車工場でどうですか?』
『わかりました! それじゃあ10分後に、あ、支払いは現金でお願いします!!』
『はい! 現金ですね。すぐに奪って行きます!』
ふぅ。なんか後ろで琴乃がすごい会話してたな。
俺は全てを聞かなかった事にして、おうどんの準備を始める。
【すげーな。カノン様は、うどん食うために銀行襲ったのかwww】
【↑草w】
【おいおい。旦那のうどん食べるために銀行を襲撃するとか、あいつやりすぎだろw】
【絶対にそうじゃないだろw多分大きな取引があったんじゃないかな】
【ごめん。流石にあっちが気になるから、カノン様いくわ】
【↑とか言いつつ、あくあ様は見てるんだろ?】
【みんなあくあ様は固定で、2窓3窓で配信同時視聴してると思うよ】
【↑デュアルモニターで8窓してるけど死にそう】
俺は天ぷらのかき揚げをササっと揚げると、きつねうどんの前で使う。
これでアイテム名がきつねうどん小+かき揚げ天ぷらセットになるはずだ。
完成した肉うどん中と、きつねうどん小+かき揚げ天ぷらセット、おにぎりといなり寿司を配達用の箱にセットした俺は、近くで待っていたメリーさんに取引欄を使用してアイテムを渡す。
「事故には気をつけろよー!」
俺はバイクに跨った茶々さんに手を振って見送る。
よーし、開店してすぐに注文が入るなんて幸先がいいぞ!
メリーさんが配達してくれている間、俺はオプションのおにぎりやいなり寿司を先に作って準備する。
「誰か来ないかなー」
そんな独り言を呟いていると、店の前にある大通りの先でドリフトしている車が見えた。
その車の後ろから猛スピードでパトカーが突っ込んでくる。
うおっ! カーチェイスだ!
俺はさっき開店したばかりのうちの店に突っ込んでくるなよと心の中で祈る。
【誰だ誰だ】
【こーれ、フラグです】
【ごめん。未来見えたわ】
【嫌な予感しかない】
【あの改造車、どっかで見た事あるぞ!】
【猫山オートでとあちゃんにこれ以上のアップデートはバランス悪くなるから止めた方がいいって言われたのに、馬力のある大型エンジンを無理やり詰んだせいで挙動が怪しくなった小雛ゆかりの車じゃん!!】
【↑あっ】
【小雛ゆかりさあw】
【だから、とあちゃんがこれ以上はアップデートしない方がいいって言ってたのに】
【明らかに制御不能の動きになってるじゃねーか!】
うおおおおおおおお!
制御を失った車がお店に突っ込んでく、く……こないいいいいいい!
運転してた人がギリギリでハンドルを切ってくれたおかげで、衝突を回避した車が店の目前で車体を横に流していく。
【奇跡】
【ミラクルきたああああ!】
【これで、突っ込んできたら炎上どころじゃねーぞw!】
【よかったよかった】
【あくあ君、嬉しそう。私もお店が助かって嬉しい】
俺がホッとしたのも束の間。
暴走車は急にハンドルを切ったために、お尻を大きく振りすぎて、近くの電柱を薙ぎ倒してしまう。
倒れてきた電柱が近くの看板を薙ぎ倒すと、薙ぎ倒された看板がNPCの運転するバイクに直撃してバイクだけが空を舞う。更にその空に舞ったバイクが看板に激突すると、偶然にもパトカーの前に落ちてくる。
バイクに乗り上げたパトカーが空を飛ぶと、そのまま目の前でスピンターンしていた暴走車を巻き込んでうちの店へと突っ込んできた。
「お客様ーーーーーっ!」
ダイナミックな入店に、俺も思わず大きな声を出してしまう。
【嘘だろw】
【そうはならんやろ!!】
【↑なっとるやん!!】
【ダイナミック入店】
【これが今流行りのパトカーミサイルですか】
【大丈夫、まだ入口の全面ガラスを修理すればいいだけだし、椅子とか机の家具はレンタルして、とりあえず板さえ貼れば店はオープンできるから!!】
【朗報、小雛ゆかりのコメント欄が絶賛大炎上中】
暴走車の中から見覚えのある人物が出てくる。
小雛先輩、何やってるんですか!!
追跡してきたパトカーの扉が開くと、中から出てきたえみりが小雛先輩へと銃を突き出す。
「あなた、さっき信号無視しましたよね?」
「はあ!? 私が走ってる時に青になってない信号が悪いんじゃない!」
このゲームは現実社会と違って何をしたって許されるのがいいところだけど、流石に自分が走ってる時に青じゃないのが悪いっていうのは暴論にも程があるだろ……。
「あのー、お客様」
俺が向き合う2人を止めようと声をかけると、えみりがこちらへと銃を向ける。
「すみません! 今は犯人逮捕のためにご協力ください!! それとこのゲームの街の設定は日本じゃなくてステイツなんで、文句があるなら一般市民でも容赦なく撃ちますよ!!」
こっわ!
えっ、ステイツってそんなヤバいところなの?
一般市民に人権なさすぎじゃない?
俺とえみりが話していると、小雛先輩が車の後ろの席からヤバそうな兵器を取り出す。
ちょっと、ちょっと! そのヤバそうな兵器はなんですか!?
ここはおうどん店なんですよ! そんな物騒なものはすぐにしまってください!!
「そっちが銃ならこっちは火炎放射器よ!」
「くっ、それならこっちはロケットランチャーで対抗だ!!」
「お客様ぁっ!?」
2人とも冷静になって!!
一旦落ち着こう、落ち着いてみんなで俺のうどんを食べよう。
大丈夫。2人ともお腹が空いてるだけなんだ。うん、だから一旦落ち着いてみんなでおうどんそ啜らないか?
「私は、ここで捕まるわけにはいかないのよ!」
「観念しろ! ここが年貢の納め時だぞ!!」
小雛先輩は手に持った火炎放射器のボタンを押す。
うぎゃあああああああああ! 寝かせていたうどんの生地が入った熟成庫がああああああ!
これじゃあ、焼きうどんどころか焦げうどんになっちまうだろうがああああああああああ!
「お客様ああああああああああ!」
俺はなんとか2人の諍いを止めようと声を上げる。
しかしその声を無視してえみりが手に持っていたロケットランチャーのボタンを押す。
うぎゃあああああああああ! 無理して買った天井のシャンデリアがあああああああああ!
ガラス窓の店舗の合わせて奮発して借金までした俺のシャンデリアがあああああああああ!
「お客様あーーーーーーーーっ!」
悶絶する俺の前で2人は手当たり次第に武器を使用する。
嘘だろ。さっきまで平和だった店内が火の海に……って、火の海ぃ!?
ハッとした俺がキッチンの方へと振り返ると、小雛先輩が使った火炎放射器の炎と、えみりが撃ったロケットランチャーの火花が天ぷら用に使用していた油に引火していた。
うおおおおおおおおおお! 消火器だ。消火器はどこだ!?
あれ? なんで買っておいた新品の消火器がないんだ?
俺が2人がいる方へと視線を向けると、消火器を手に持った小雛先輩とえみりの2人がそれで殴り合っていた。
「お客様あっーーーーーーー!!」
俺は何んとかして2人から消火器を奪うと、火元に向かって噴射する。
しかし、お洒落にするために剥き出しの木で作られていた木造の内装に引火したのか、消火器では手の施しようがないくらいまで店内に火が燃え移っていた。
「くっ、ここは危険です。諦めて早く逃げましょう!!」
「悪いけど、今のうちにとんずらさせてもらうわ!」
えみりは俺の体を引っ張って、無理やり店外へと押し出す。
どうやらその間に問題を起こした張本人でもある小雛先輩は、逃げ出してどこかに行ってしまった。
【お客様ああああああああ!】
【あくたんがお客様botになってる】
【シュールすぎるでしょwww】
【天ぷら用の油、拘りの木造建築、おしゃれな全面ガラス窓、制御不能になった改造車、全てがうまく嵌りすぎだろwww】
【ごめん。あくあ君には悪いけど、ゲームの中での事だから笑っちゃったw】
【あくあ様、かわいそう】
【朗報、小雛ゆかりのコメント欄、絶賛大炎上中!!】
【やっぱりあくあ様は持ってるわ。開店して10分も経たずにこれはないw】
【あくあ君。ちゃんと逃げ出す時に天我先輩が開店祝いでくれたお花が入った花瓶だけは持ってきてるんだよね】
【↑あー様は、本当に大事なものが何かちゃんとわかってるんだよね】
遠くから消防車が近づいてきてるサイレンが聞こえる。
俺はデリバリーから戻ってきたメリーさんと一緒に、真っ赤に燃える自分のお店をジッと見つめていた。
どうやらゲーム内における建物の耐久値がゼロになったのか、消火と同時に建物が一気に崩れ落ちて跡形も無くなってしまう。
「俺の……店が……」
隣に立っていたメリーさんが俺の体をギュッと抱きしめる。
あったかい……。そうか、俺は生きてるんだ。
生きてるなら、まだどうにかなるはずだ!!
「メリーさん、俺やるよ……」
俺の言葉を聞いたメリーさんが両手でサムズアップする。
よし、こうなったら俺も腹を括るぞ!!
「今日を持って白銀製麺所は解散だ! これからはベリルギャング団としてやっていく!! この無法な街に秩序をもたらすためだ!!」
俺達は夕陽をバックにして、お互いに顔を向き合わせる。
もう俺達の間に言葉などいらない。
お互いに手を取り合って、固く握手を結んだ俺たちはギャングとしての契りを交わした。
【ワーカーホリック:悪あ様きたああああああああ!】
【↑投げ銭マックスうぉっ!】
【ついにあくあ様もギャングかー】
【せっかく真面目に働いてたのにな。でも、遅かれ早かれこうなるとは思ってた】
【正直これでよかったと思う。周りを面白くできるあくあ様は、ギャング団か警察で物事の中心に居た方がいいよ。幸いにもギャング団は上限10人までだから、あくあ君の軍団に人が集まりすぎる事もないし】
【↑それはそう】
【初期から小雛ゆかりが騒動起こしまくってるけど、全部単発で終わってるんだよね。もうちょっとギャング団同士の関係性とかイベントに繋がりを持たせたいし、ここであくあ様がギャングに来るのはあり】
【男の子側は真面目に働いてて、女の子側はギャングと警察で揉めてるって構図なんだよね。男の子が基本的にイベントに絡んでないのがどうかなと思ってたのもあって、あくあ様がギャングに来た事でゲーム内イベントの参加率が上がれば面白いなと思う】
【多分巻き込まれる黛君どんまい】
【↑フラグやめてね】
白銀製麺所はなくなってしまったが、かろうじて配達用のバイクと俺が通勤用に使っていた自転車が残っていたので、移動はこれでどうにかなるだろう。
俺は自転車に跨るとバイクに乗ったメリーさんと一緒に、小雛先輩率いる小熊ギャング団の隠れ家にカチコミに行く。
「小雛先輩! よくも俺の店を燃やしてくれましたね!!」
「仕方ないじゃない! 捕まるわけにはいかなかったんだから!!」
俺達は子供みたいな取っ組み合いの喧嘩をした後、一旦冷静になって話し合う。
ギャングをやるにも元手が必要だ。その金を小熊ギャング団の資金から捻出させる。
「とりあえず俺としてはお店がなくなった分の補償金が欲しいわけなんですよ」
実は店舗をオープンする前に、俺は配信外で遭遇した羽生総理に唆されて火災保険に入ってる。
『うひひ。お客さんはタイミングがいい! 今ならこの娘が担当につきますよ!』
羽生総理……流石に生命保険レディに揚羽さんはずるすぎるよ。
ムチムチスーツ服の美人さんから生命保険を勧められたら、男で断れる奴なんて誰もいない。
あの時は後で騙されたと思ったが、欲に負けて入っていた火災保険のおかげで使った予算の6割から8割は戻ってくるはずだ。
「今回ばかりは私も悪かったから、お金くらいは出してあげるわ。こっちもたんまりと儲けたしね」
どうやら小熊ギャング団はボスである小雛先輩を囮にして銀行強盗をしていたらしい。
あれ? でも、楓って確かカノンや琴乃と撃ち合ってなかったっけ?
「あっちもフェイクよ。まともにやってあの2人に勝てるわけないじゃない」
確かに……。
「その間にうちは違うところに襲撃仕掛けてたってわけ。ほら、これでいいでしょ」
うおおおおおおおおおおおお!
すげぇ。この布袋に入ってるお金だけで、俺の店が余裕で二軒は立つだろう。
なるほど、このゲームで真面目に働くロールプレイをする奴はいないって言われてる理由がわかった気がするわ。
「あんたもギャング団作るなら頭使ってやりなさいよね」
「言われなくてもそうしますって」
俺とメリーさんはしめしめ顔で小熊ギャング団のアジトを出る。
とりあえず、なくなった店舗の代わりにアジトが必要だな。
その次にちゃんとした車かバイクを買って、銃火器も仕入れる必要があるだろう。
急にやる事が増えてきたせいか楽しくなってきた。
「とりあえず、ここまでにしておく。また、ご飯食べたらするかも」
俺は配信を見にきてくれた人達にお礼を言うと配信を切った。
よーし、次は本格的にギャング団を立ち上げて人を集めるぞ!!
俺は気合を入れると、昼ご飯に焼きうどんを食べた。
少しおうどんが焦げてたような気がしたのはきっと俺の気のせいだろう。
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