森川楓、これってやっぱりデートだよね?
本日三本目の投稿です。
私、国営放送のアナウンサーである森川楓は、美術フロアの近くでテレビの画面を食い入るように見つめていた。
テレビに映ったあくあ君は、忙しいタイムスケジュールにも関わらず、ここまでに5局の番組出演を終えて、6局目である民放のモーニングタイムに出演している。
今回、それぞれの放送局で異なった特集を組んでいるが、モーニングタイムが担当するのはファッションフロアーの特集だ。
コロールの服をカッコよく着こなす画面の向こう側のあくあ君に、私だけではなく同じ画面を見つめるスタッフ達もうっとりとした顔を見せる。
「いやぁ、素敵なワンピースですね」
画面の前でコロールのワンピースを手に持ったあくあ君は、私たちに対して純粋で無邪気な笑顔を見せる。
しかしそのあくあ君の優しげな笑顔と相反して、コロールのワンピースからぶら下がったタグに書かれた値段は、全くと言って良いほど優しくないお値段だった。
「69万8000円……分割ローン組めるかな……」
誰かがそう呟いた。
流石は世界に名だたるブランドの一つである。こんな金額の商品がチロルチョコ感覚で普通に買えるなんて嗜みクラスだけでしょ。国営放送のアナウンサーの私だって日常的にホイホイと買えるお値段じゃない。
でも、分割ならワンチャン買えないことはないお値段だ。ううん、どうしようかな……。
私がワンピースの購入を悩んでいると、コメンテーターのアナウンサーがとんでもない事をぶっ込んできた。
「白銀さんは、デートする時、女の子にはどういう服を着てほしいですか?」
おい! その質問はセクハラぎりぎりのラインだぞ!!
スキットの司会者といい、それが仕事なのはわかってますが、相手は未成年の男の子なのをわかってるのでしょうか?
そう思ったけど、女の子は誰しもが知りたい情報なので、みんな声を押し殺して耳をすました。
「えっと……そうですね。このワンピースもとっても素敵なんですけど、すごくドレッシーな感じなんで、最初のデートはもうちょっとカジュアルな感じの方がいいかなぁと……こっちのワンピースとか、このブラウスならスカートでもいいしパンツスタイルでもいいんじゃないかなぁと思うんですよね。ほら、これならアレンジひとつでちょっとお高めのレストランに行ってもいいし、お外のデートとかでも大丈夫じゃないでしょうか?」
ワンピースのお値段は6万代、ブラウスのお値段はなんと2万を切るお値段だった。
あくあ君が手に持ったのはコロールの商品ではなかったけど、同じグループが保有するブランドのものだったから紹介しても大丈夫だったのだろう。詳しい契約内容までは知らないけど、今回のお仕事を受けられた事を考えるとそうじゃないのかと大体の予想はつく。
「やった、これなら買えるかも」
スタッフの中でも一番若い女の子がそう呟いた。しかしそう思ったのは彼女だけではない。さっきの話を聞いていたスタッフ達から歴戦の戦士のような殺気が溢れる。
あー、あの服、争奪戦になるんだろうなぁ、私はそんな最中、一人、呑気な事を考えていた。
え? なんで私が焦ってないかって? ふふふ、よくぞ聞いてくれましたね。
実はさっきのワンピースは、今日発売の商品じゃなくって、他の店舗では先週から売っている商品だからだ。
私はガラスに反射した自分の姿を見て勝ち誇った顔をする。それを見た周りのスタッフ達はハンカチを噛み、悔しそうな顔をしていた。それもそうだろう……なぜなら私、森川楓はなんと、あくあ君が先ほど手に取って紹介したパステルイエローのワンピースを既に購入した上で、今日この場にタイミング良く着て来ているからである。
ティムポスキーちゃん大勝利ィ!
私の友人のどこか国のお姫様が同じ状況なら、完全に勝ち誇った顔でマウントを取ってくるだろう。
先週、ちょっと高いかなぁと思いつつも、ワンピースを買った私を褒めてあげたい。
「へぇ、白銀さんはこういうのが好きなんですねー」
「えぇまぁ、それにこのワンピースとか、これから夏に着るのにちょうどいいんじゃないでしょうか? 最近流行ってるフラワーフェスとかで、のんびりと公園デートとかしてみたいですね」
これからの時期ならひまわり畑とかかなぁ。
私はひまわり畑から連想してこの前読んだばかりの白龍先生のラノベの1シーンを思い出す。本当は買うつもりなかったんだけど、表紙の女の子がこれと似た感じのワンピース着てて妄想が捗りそうだったから、ついついジャケ買いしてしまったんだよね。
ひまわり畑の中で男の子と手繋ぎデートしたりとか、隠れんぼしたりとか、私はそれをあくあ君に置き換えて妄想してた。そんなこと、現実では絶対にありえないって思ってたんだけど……これってもしかしてワンチャンあったりする話ですか?
えっと、もし、あくあ君が私のワンピース姿にドキドキしちゃったどうしようっかな。本とかで得た知識はあっても、そんな経験ないからどうしていいのかわかんないよー! 誰かこの恋愛弱者の私をタスケテー!!
そんなくだらない妄想に私が浸っている間に、あくあ君は番組の出演を終えたのだろう。
私のいるところへと、息を切らして走ってきた。
「すみません、待ちました?」
「ううん、今、来たところだよ」
待って! ねぇ、待って!!
これさ、もう完っ璧っにデートじゃん! 間違いなくデートだよね? デートしかありえないよね?
ちなみに国営放送が少し遅れているので、中継予定まで後数分、まだ時間的には余裕がある。
「今、来た?」
「ううん、なんでもないの。それより白銀君、大丈夫? 疲れてない?」
「大丈夫ですよ。今日もよろしくお願いしますね」
あっ、あっ、あっ……何、この甘酸っぱい感じ。これもう確実に付き合ってる奴でしょ。
あれ? 私ってもう既に、あくあ君の恋人だっけ?
「あっ……そのワンピース」
「ん、どうかした?」
私は、わざとらしく聞いてみる。
これでもアナウンサーとして体型をキープするために、毎日のトレーニングを欠かしたことはない。流石に嗜みには勝てないけど、ワンピースを着た時の体のラインの綺麗さだけは自信がある方だ。
「森川さんの元気なイメージにぴったりで、すごく似合ってると思います」
はわわわわわわわわ……どうして私は調子に乗って聞いてしまったのだろうか。
あくあ君って、こういう時は恥ずかしがらずにストレートに褒めてくれるってわかってるのに、やばい、嬉しすぎて鼻血でそう……。
私は目頭を押さえるふりをしつつ、鼻血が出ないように鼻の根元を押さえつける。
「森川さん? 大丈夫ですか」
心配したあくあ君が、そっと私の耳元に顔を近づける。
ふぁぁあああ! 至近距離のあくあ君からすごく良い匂いがするよぉ……。
やばいやばいやばい! あくあ君ってば、こんな生娘のお姉さんを捕まえて、虜にしようとしてるでしょ?
しかも走ってきて少し汗ばんでるせいか、ちょっと男臭い匂いが混じってオラついちゃってるし。あぁ、だめよ、あくあ君、本番前なのにお姉さん、おトイレに駆け込みたくなっちゃう。
「う、うん……大丈夫、ちょっと今日、朝早かったから」
「朝早いと大変ですよね。俺も今回こんなに大変だとは思わなかったです」
私の鼻腔から入ってくるあくあ君の匂いが、身体中に駆け巡っていく。
だめ、そんなところまで、私の大事なところまであくあ君の匂いで満たされちゃう。んっ! やば、匂いだけで昇天しちゃうかも……。
私の生殖細胞があくあくんを求めちゃってるし、さっきの接触で何かあったらいけないから、帰りに検査薬買っておこっと……。ネットでも男の子は、女の子の手を握っただけでも赤ちゃんを作る事ができるって言ってたし、匂いで赤ちゃんができることだってあるよね?
「森川さん、最近色んな時間帯に出てるし大変ですよね?」
「うん、でもそれがお仕事だし……でも今日は白銀君との撮影だったから、楽しみにしてたんだ」
「わっ、嬉しいな。僕も一番最後の森川さんとの共演、すごく楽しみにしてたんですよ」
あっ、これ両想いってやつじゃ……だめっ、ダメよ! これ以上妄想すると絶対にダメになっちゃう。
私はこれ以上、自分が変な気持ちにならないために話を違う方向へと振ろうとしたその瞬間、ガラスに映った私たちの姿を見たあくあ君がとんでもないことを口走る。
「それにしてもこうやってると、なんだか美術館デートみたいですね」
……えっ!?
ちょ! 待って! これ……もしかしてだけど、私、この後、自宅に誘われちゃってる?
私、ちゃんと準備してたっけ? あ、いや、ね、私は別に良いんだけど、やっぱりこれはマナーっていうか、男の子だって選ぶ権利があるよね。私だって国営放送のアナウンサーとして、この前ニュース番組で、男性のそういう特集をやったわけだし、やっぱり女性側としては、男の子のために色々と用意しておいてあげないといけないよね。
あくあくんは未成年で有名人だから、色々間違っちゃうと懲役確定だ。下手したら歴史に残る大事件になる可能性だってある。
「なんちゃって、あっ……そろそろ中継の時間みたいですよ」
「あ……うん」
落ち着け! 落ち着くんだ私!!
はい! 一旦、心の深呼吸、スー、ハー、スー、ハー、よしっ!!
「国営放送の森川楓です。実は今日、スターズとの友好記念行事の一つとして、都内の某デパートの美術サロンにお邪魔させてもらっています。そしてなんと……今日はそのスターズとの友好記念行事の一つでランウェイを歩かれた白銀あくあさんに、ゲストとしてきてもらっています」
「国営放送をご覧の皆さん、初めまして、おはようございます、白銀あくあです。芸術に関してはあまり詳しくはありませんが、自分が感じたことを皆さんにお伝えできればいいなと思っています」
私とあくあ君は、二人横に並んで美術サロンの中に足を踏み入れる。
ねぇ、待って、やっぱりこれデートじゃん! 間違いなく確定でしょ!
全国のあくあ君ファンのみんな、お茶の間に私とあくあ君のデート映像を垂れ流してごめんね。でも仕方ないよね。私たちもう両思いみたいなもんだし……きゃっ、言っちゃった!
「最初に目に入るのは現代アートの巨匠、ザスキア・リヒターさんのボーダーというタイトルの作品です」
「うわ……すごいですね」
私は予め台本に書かれていた絵の解釈など、誰にでもわかりやすくしてある基本的な情報や説明を読み上げ、あくあ君はそれに対して自分なりの言葉にしてテレビの人たちに伝えていく。
この絶妙な阿吽の呼吸、もはや夫婦なのではと錯覚するほどである。
あくあ君との新婚生活……誰かじゃないけど、こんなのすぐにでも捗っちゃうでしょ。
あっ、ダメ、本番中なのに、これ以上考えたら絶対に変な気持ちになっちゃう。
ただでさえ緊張して汗かいちゃってるのに、あくあ君に汗の匂いを嗅がせちゃうかもしれない。我慢……我慢……。私はあくあ君の誘惑に耐えつつ、なんとか本番をやり切った。
「森川さん、ありがとうございました」
「こ、こちらこそ、ありがとうね」
やった、やってやったわ。
いつも怒られてばかりの私もやればできる子なんだと証明した。
でも、ここまでに精神を擦り減らしすぎたためか、私は足元がふらついてしまう。
そんな私を抱き止めてくれたのは、他の誰でもない隣にいたあくあ君だった。
「森川さん!? 大丈夫ですか?」
「あ……うん、ごめんなさい」
お、男の人の体って、こんなにカチカチなの? あくあ君に抱き止められた私が最初に思ったことはそれだった。ダメよ、あくあ君、それ以上誘惑したらこれ以上は私の理性も飛んじゃうかもしれない。
「あまり無理しないでくださいね。それじゃ、すみませんけど俺、そろそろ出ないといけないらしいんで……また!」
「白銀君、さっきはありがとう。またね……」
またって……ほら! やっぱりこれってデートじゃん!!
私は残り少ない理性を振りしぼり、なんとかあくあ君を見送った。やばかった、後少しあくあ君と一緒にいたら、自宅にお持ち帰りしていたかもしれない。私はなんとか自らの欲を律し、その日の仕事をやり終えて帰宅の途につく。なお、その日は寝れなくて夜更かしして遅刻した私は、翌日、上司にコッテリと叱られた。
ではまた明日!




