皇くくり、腫れ物注意。
「電話……?」
見慣れない番号から電話がかかってきました。
こんな昼間の時間に誰かしら? もしかしたら白銀キングダムに居る誰かからお食事に誘われたのかもしれない。そう思った私はワクワクした気持ちで電話番号を確認すると、一瞬で周囲が凍えるような凍てつく冷気を発生させる。
登録外の電話番号。また、光回線の営業じゃないでしょうね? 全く……この私に電話をかけてくる意味がわかっているのかしら? 一瞬でも私をぬか喜びさせた報いは大きいわよ。
私は怪しげな会社だったら企業ごと潰す算段を立てながら電話に出る。
『もしもし、皇くくりさんですか?』
「はい。そうですけど……」
『あの……私、藤テレビ所属のアナウンサーで、その……お電話代わります!!』
新人の子なのかしら?
電話に出たアナウンサーが、緊張で自分の名前も名乗らずに誰かに電話を代わる。
『どうも。お久しぶりです。くくり様。羽生です』
「羽生? どちらの羽生さんかしら?」
『一応、この国の総理大臣をやらせてもらってる方の、あの、土下座が得意な羽生です』
電話口の向こうから複数の笑い声が聞こえてきた。
そういえば今日の藤テレビのいいですともに出るって言ってたっけ……。
私はすぐにテレビの電源をつけると、藤テレビにチャンネルを合わせる。
するとビシッと直立不動で私に電話をかける羽生総理が映っていました。
「総理、それじゃあ、私が立たせてるみたいでイメージが悪いのでやめてもらえませんか?」
『いやいや、ここで座ったら座ったで後で国民から、くくり様相手に座って対応するなんて偉くなったなと追及されそうなんで……このままでお願いします!!』
それならそうと、立場上ややこしい私に電話をかけて来なきゃいいじゃない。
『はじめまして、お電話代わりました。守田です。あの……ご迷惑だったら言ってくださいね。責任は全て総理が取りますから』
『守田さん!? そもそも、守田さんがハードルを上げるからこうなったんじゃないですか! あくあくん、寝てるし!! えみりちゃんは何故か留守電だし!! おまけに黒蝶議員からは電話をブロックされてて、こっちは泣きたいのも我慢してるんですから!!』
なるほど、いいですともに出演した羽生総理は、次のゲストに電話をかける段階で守田さんにハードルを上げられて、調子に乗ってあくあ様やえみりお姉ちゃんに電話かけたはいいけど、みんなそれぞれに理由があって電話に出れなかったのね。
後、揚羽お姉ちゃんはいくら相手が総理でもブロックなんてしたりしないから、多分きっと操作ミスだと思う。揚羽お姉ちゃん、お年寄り用の携帯電話ですらあんまり使いこなせないくらい機械音痴だから……。
『そんなの私に言われたって知りませんよ! 総理が観客の皆さんに煽られて調子に乗っちゃうのが悪いんだから!!』
『いやいや、守田さんがそうやって観客席に話を振るから、私も総理として国民の期待に……』
子供みたいに揉める羽生総理と守田さんのやり取りを聞いて私は頭を抱える。
あなたたちね。良い大人なんだから私みたいな小娘の前で狼狽えないでよ。
特に羽生総理、あなたはこの国で一番偉い人なんですよ!!
それに、あくあ様のおかげでせっかく一般人になったのに、総理が私に対してそんな対応してたらみんなに怖がられるじゃない! プライベートでは、私に対してもえみりお姉ちゃん並みにしょうもないイタズラをしてくるくせに!!
私と貴女の立場上、外野の声がうるさくなりそうだから、こういった公の場所では仕方ない事ではあるんだけどね。
『ともかく、くくり様、よかったらその、明日のいいですともにですね……出演してもらってもいいですか? あ、もちろん断ってくれても大丈夫です。その時は楓ちゃんでお茶を濁すから!!』
逆に楓さんはそんな雑な扱いでいいのかな?
私としてはそっちの方が気になるんだけど……。
「いいですとも」
『ありがとうございます。くくり様。うちのスタッフだけじゃなくて、藤テレビの社員全員でお待ちしております!!』
急遽いいですともに出演する事になった私は、翌日、スタジオのある藤テレビの本社ビルに向かう。
建物の外では藤グループの社長達が微動だにせずに一列になって私を出迎えてくれた。
もー! 絶対に蘭子の仕業でしょ!! そういうのをするから余計に怖がられちゃうんじゃない!!
「本日は本当にありがとうございます!」
「どうぞ、こちらに!」
もう私は華族六家じゃないんだし、赤い絨毯とかいらないでしょ……。
楽屋に案内された私は、一緒に来てくれたみやこと2人になったタイミングで軽くため息を吐いた。
「はぁ……」
せっかくあくあ様が私の事を只のくくりちゃんにしてくれたのに、これじゃあ意味がないよ。
「ふふっ、くくり、もしかして緊張してる?」
「みやこ……」
みやこは私が所属するアイドルグループ、ミルクディッパーの6人目の裏メンバーとして私達の活動をサポートしてくれている。
今日も、私の番組出演をサポートしてくれるために、スタジオまで駆けつけてくれた。
「聞いてよ。みやこ。大人達が悪ノリでふざけるせいで、また私がみんなから怖がられるハメになるんだけど」
「ふふっ、本当に嫌だったら私からあくあプロデューサーに言っておこうか?」
私はみやこの言葉に首を振る。
別にこれが嫌ってわけじゃないのよね。
こうやって私をイジってくれる人なんて、そもそもその2人とメアリー、えみりお姉ちゃんの4人くらいしかいないし、逆に弄られなくなったら、それはそれで寂しくなる。
そういう私の面倒くさい性格もわかってて、2人も悪ノリしてくれてると思う。
「私としては、くくりはもっと素を出した方がいいと思うけどね。あくあプロデューサーにも言ってるけど、えみりさんと話してる時の素のくくりとか結構人気出ると思うけど」
そうかな?
みやこの言葉で少し元気が出る。
「自分の事を知ってもらおうとするなら、自分からある程度は曝け出さなきゃダメだって、あくあプロデューサーも言ってたよ。私もあくあプロデューサーから言われてハッとしたけど、アイドルをするっていうのと、猫を被るっていうのは違うんだって」
あ……。みやこを通して伝えられたあくあ様のお言葉が私の心に突き刺さる。
立場的なものもあって、私は生まれた時からずっと外行き用の仮面を貼っていた。
カノンさんやえみりお姉ちゃんもそういうところあるけど、私はその2人と違ってオフを見せるのが少し……ううん、かなり下手だと思う。
そんな私と比べて、スターズから来たのに、すぐにみんなから好かれたカノンさんはすごいと思った。
うーん……でも、かといって、私にカノンさんの真似は出来ないし、そうなると参考にするのはえみりお姉ちゃんよね。
えみりお姉ちゃんも素を見せるのは下手だけど、小ネタ王とかバラエティの出演がきっかけで親しみやすいってファンのみんなから思われてる。これはバラエティで調子に乗るあくあ様も同じだと思う。
あくあ様なんて普通にしてたら神格化され過ぎちゃって逆にファンとの距離感が開いちゃうけど、そうなり過ぎないようにバラエティに出演させた天鳥社長はかなりやり手だと思った。
だって、あくあ様がなりたいのはアイドルであって、神様じゃないもの。
「みやこ。私、今日の番組で少しでも素が見せられるように頑張ってみる!」
「うん! がんばれ! ダメだった時はまた一緒に考えよ!」
私はみやこの言葉に頷くと、彼女の体をギュッと抱きしめる。
そっか……そうだよね。最初は遠慮がちだったみやことだって、呼び捨てで名前を呼び合えるような関係になれたんだし、不可能なんてきっとないはずだ。
「みやこ、ありがとう。行ってくる!
「行ってらっしゃい!」
表の活動にみやこはあんまり出ないけど、みんな、みやこの事は同じメンバーの1人だと思ってるよ。
みやこがオーディションで辞めるって言った時、6人目の裏メンバーとしてみやこをミルクディッパーに残してくれたあくあ様にはみんなが感謝している。
ミルクディッパーに残って良かったって、みやこにそう思ってもらえるためにも、私が頑張らなきゃダメよね!
私は気合を入れると、舞台袖で自分の出番を待つ。
「はい、そういうわけで今日のゲストはこのお方です。どうぞ」
私が舞台袖からステージに出ると、守田さんがサングラスを取って直立不動で出迎えてくれた。
よく見ると、スタッフや観客も同じようにしている。
「あの……羽生総理がやってたからって、みなさんはそういう事しなくて大丈夫ですからね。なんなら、あれは羽生総理のネタです。ああやっていつもあの人はふざけるんですよ! 昨日だって後で見逃し配信見たけど、酷かったじゃない!」
「確かに。昨日は酷かったね」
守田さんが笑みを見せる。
「守田さんもふざけてないで、普通にサングラスかけてくださいよ」
「それじゃあお言葉に甘えて」
やった。これでちゃんとテレビ見てる人からは、ネタをやってる風に見えたよね?
「ところでくくり様、なんとお呼びすれば?」
「普通にくくりちゃんでも呼び捨てでも大丈夫です。私は皇くくりだけど、今はあくあプロデューサーの、みるくディッパーの皇くくりですから! そのために私、一般人になったんですよ?」
「それじゃあくくり様……その、様呼びは私くらいの年齢だとちょっと外せないけど、それ以外は普通にやらせてもらって大丈夫ですか?」
「はい! もちろんです!!」
自分なりにだいぶ頑張ったと思う。
これで少しはファンや、国民のみんなとの距離感が近くなればいいなと思った。
「それじゃあ、最初に、お花来てます」
「あ、本当だ」
あくあ様はプロデューサー名義で、カノンさんは白銀キングダムを代表して、ミルクディッパーのみんなはもちろんのこと、えみりお姉ちゃんや羽生総理、揚羽お姉ちゃんやメアリー、ベリルとして天鳥社長からもお花が届いていた。
お花が一個もなかったらどうしようって、昨晩はあまり寝られなかったから、みんなが送って来てくれてて本当に嬉しい!
「実は入りきらなかった分が通路にも置いてあるんですが……あー、これですこれこれ。VTRを見てるみなさん、よく見て。各国の大使館からお花が届いてるんですよ。メアリー様が出た時以来ですよ。これは」
「ありがとうございます」
私はカメラに向かって笑顔を見せる。
「羽生総理からのお手紙も賜っております。くくり様、今度インコちゃんや小雛ゆかりさん達、悪夢の世代と一緒に腫れ物カスタムをやるので来てください。うちのチームは、えみりちゃんとあくあ様、ラズ様とコーチのカノンさんがいます。だそうです」
「わかりました。出ます」
腫れ物カスタムってなんだろう……。
出場メンバーからして、すごく危うい感じがしました。
「あ、そういえば、これ、良かったら。ミルクディッパーのポスターです」
「ありがとうございます! あ、水着なんですね。みんなアイドルだけあってかわいい〜」
みんなが着てる水着は、スタイリストじゃなくてあくあ様が選んでくれた水着だ。
水着での撮影は、あくあ様の配慮で、プロデューサーであるあくあ様と私達だけしかいなかったとはいえ、ちょっと恥ずかしかった。でも、これとは別に撮影したやたらと布面積の小さな水着よりかはマシだったと思う。
あっちの写真が採用されなくて本当に良かった。
そういえばあの時に撮影した写真のデータはあくあ様が持ち帰ったらしいけど、どうなったんだろう? ちゃんと破棄してくれたのかな?
「そういえば、今年の4月からは乙女咲に通ってるんでしたっけ? どうです? 友達できましたか?」
「はい……多分」
同じベリルの祈ヒスイちゃんとか、加藤イリアさんが話しかけてくれるし、クラスメイトのみんなや音ルリカさんも挨拶してくれるから、と、友達認定しててもいいはずよね。
「多分!? えっと、放課後とか遊びに行ったりしてるんだよね?」
「放……課後……? えっ? 放課後って家に帰るんじゃないんですか?」
あれ? 守田さんや観客席に座っている人達がなんともいえない顔になる。
私って、何かおかしな事を言ったりしたのかな?
「友達?」
「はい、友達です」
守田さん、大丈夫ですか?
サングラスかけててもわかるくらいホゲった顔してますよ。
「そうか。うん、そうか……。今度ね、音楽番組でヒスイちゃんと一緒にやるから、その時に改めて私が聞いておきます。これは一旦、審議入りで」
審議入り? 一体、今の会話のどこに審議入りする要素があったのだろう。
剣崎は自分が友達だと思ってたら友達だって言ってたし、私が友達だって思ってたらそれでいいんだよね?
「今、ふと思ったんですが、くくり様っていつも何してるんです? 私たちのような者からしたら、普段のくくり様が全く想像つかなくて……」
「それって学校に行ってる時とかアイドルをしている時以外の話ですよね? お祈り……とか」
お祈りといっても聖あくあ教、ううん。クレアがやってるやばそうなお祈りじゃなくて、先祖代々伝わる日本国民達の健康と幸せ、日本の平和と繁栄を願うお祈りだ。
「ほへぇー……。ああいうのって時間かかるんじゃないんですか?」
「はい。1日で終わればいいですけど、何人かで何日かかけてやるお祈りもあります。えみりお姉ちゃんとか、揚羽お姉ちゃんとかも手伝ってくれるんですよ」
あのえみりお姉ちゃんもお祈りの時だけはふざけたりしない。
私はよく知らないけど、えみりお姉ちゃんが5歳の時にふざけて、母親であるのえるさんに死ぬほど怒られたからだって、揚羽お姉ちゃんが言ってたっけ。
「そういえば黒蝶議員とえみりちゃんに対してだけはお姉ちゃんなんだね。やっぱり昔から仲がいいから?」
「はい。揚羽お姉ちゃんとは疎遠になった時期もあるけど、子供の時は結構遊んでもらったりしてました。えみりお姉ちゃんも、子供の時によくお馬さんごっことかしてもらってたから、今でもお馬さんごっこしようかって、会う度に向こうから言ってくれます」
あれ? みなさんどうしてそんなにも微妙な顔をしてるんですか?
あくあ様もしょっちゅうヴィクトリアさんや、ハーちゃん、フィーちゃんとお馬さんごっこをやってるし、仲のいい人同士では普通にやる事だと思ってました。
それこそ、この前もあくあ様とえみりお姉ちゃんの2人が、お馬さんごっこしながらヴィクトリアさんと私にアフタヌーンティーパーティーをしてもらおうって話ですごく盛り上がってたし、普通にそういうのが流行ってるのかなと思ったけど、私の思い違いなのかな?
「あくあ君とはどう? 一応プロデューサーとアイドルって関係ではあるけど、この前、白銀キングダムに引越したんだよね?」
「はい。他国から来られた人達をサポートするために今は後宮の方で暮らしていますが、皆さんにはすごく良くしてもらってます。あくあ先輩も私がアイドルをしている時はプロデューサーとして接してるけど、それ以外の時は学校での関係もあって、先輩と後輩って感じで接しています」
オンはオン、オフはオフでちゃんと分けないとね。
そこら辺のメリハリは必要だ。
「なるほど……。あくあ様とは一つ屋根の下……何も起こらないわけもなく……」
「特には何もないかな。この前のレクリエーションは楽しかったけど……」
「レクリエーション!?」
守田さんや観客席に座ってる人達が急に前のめりになる。
私は取り調べで誘導尋問されるかのように、根掘り葉掘りとレクリエーションの時の話を聞かれた。
「なるほどねぇ。私達の知らないところで、結構楽しげな事をやってんね。いやー、くくり様、ありがとうございます。カノン様が無双してたって話だけで、私は今日のお昼ご飯三杯いけます」
「いえ」
話していて、やっぱりカノンさんって人気あるんだなあと思った。
カノンさんがレクリエーションなのに本気で無双していた話を私がしただけで、観客席から笑い声が聞こえてくるもん。
「そういえば、カノン様との関係はどうなんですか?」
「カノンさんとは、たまに話すけど……なんか、なんだろう。あくあ先輩の事より、えみりお姉ちゃんの話が多い気がする」
うん。今、思い出しても、カノンさんとは、あくあ様じゃなくてえみりお姉ちゃんが変装して後宮でどういうイタズラしてたとかの話が多い気がする。
他の人とはあくあ様の事についてお話する事が多いけど、もしかしたら、カノンさんとだけはお互いにあくあ様のお話をしないように意識してるのかもしれない。
お互いにあくあ様の重度のオタクだし、解釈が同じだから、敢えて口に出して語る事もない……という意味もあるのかあなと思った。
「あ、えみりちゃんと仲がいいのなら、今度の夏休みスペシャルの小ネタ王に出てって言っといて。あと、あくあ様にも、お休み中だけど一応言っておいた方がいいかなと」
「了解です。多分、2人とも出るんじゃないかな? なんか、2人がお互いのネタ見せ合って練習してるの見たもん」
ネタを知ってる私だから言えるけど、えみりお姉ちゃんは、あくあ様に夢中になってるカノンさんのモノマネシリーズはやめておいた方がいいと思う。多分、恥ずかしがって、夏休み中ずっと口を聞いてくれなくなるから。
逆にあくあ先輩の天我先輩モノマネシリーズはみんなにウケるだろうなと思った。
特に2人でキャンプした時、焚き火を見ながら急に人生について語りだす天我先輩と、夜空を見上げながら世界について語る天我先輩のモノマネは、私でも抑えきれずに笑っちゃったもん。あと、起きたらコーヒー淹れてスタンバイしてる天我先輩のモノマネとか、ハムエッグ作った時にあくあ様に焦がしてるのバレないようにしてた天我先輩とか。
どれも実際にツーリングしてキャンプした2人だけしか知らない話だし、多分、ファンの人達がすごく喜ぶんじゃないかな。
あくあ様って、なんていうんだろう。ちゃんと見てるんだよね。相手が女の子だろうと、男の子だろうと。だからみんなに好かれるんだと思う。そのネタだって、天我先輩の事をちゃんと見てるからできるネタだ。
そういう意味じゃ、カノンさんのモノマネがサイレントでもそっくりだったえみりお姉ちゃんは穴が開くほどカノンさんの事を見てるんだろうけどね……。
「で、もう一回聞くけど、あくあ様とは本当に何もないの?」
「う、うーん。今度、その……レクリエーションの景品で、遊びに行く事になったけど……」
「それですよそれ! そういうのが知りたいんですよ!!」
守田さんはニヤニヤした顔で机を叩いて喜ぶ。
「デート、どこ行きますか?」
「逆に聞きたいです。どこに行ったらいいですか?」
守田さんは立ち上がると、スタッフの人にCMを流すように指示する。
「本人に聞かれちゃダメだから。もちろん、みんなもネットに書いたり、誰かに言ったりしたらダメだからね!」
守田さんの言葉に、観客席のみんなやスタッフも頷く。
「テレビの人達もちゃんとわかってる? 下手なワイドショーでやったら、私、この局の仕事、全部辞めるから! 絶対に内緒にしておいて、バレた時点でやめるから。なんなら引退する」
スタッフさんは焦った表情で何度も頷く。
「えっと……ごめんなさい。私のために、色々と」
「いえいえ。くくり様のために、私達が何かをするのは当然の事ですから。それよりもデートでしたね。私としてはダムとかお城巡りをお勧めしたいのですが、ここは無難に水族館とかどうですか? 涼しいし、ふれあいコーナーもあるから、そこでグッと距離を縮めるのもいいんじゃないかと思うわけですよ。それに、魚ってのは意外と面白くてですね……おっと、これは話が長くなるのでここまでにして、後で私のおすすめの水族館を教えます」
「あリがとうございます」
水族館、いいかも。
それに何となくだけどあくあ様はダム見学やお城巡りも普通に喜んでくれそう。
あんまりデートっぽくはないけど、最近テレビでやってたお城に泊まったりとか……さ、流石にそれは早いわよね。初めてのデートで寝屋を共にするなんて、あくあ様からふしだらな女だと思われるかもしれませんもの。
私はなんとかCM中に赤くなりそうだった顔を元に戻す。
それを見た守田さんがCM明けに突っ込む。
「くくり様って……意外とそういう面もあるんですね」
「……わ、私だって高校1年生ですから」
私はさっき楽屋でしたみやことのやりとりを思い出す。
そうだよね。自分から曝け出していかなきゃ、好きになってなんかくれない。
「普通に好きな人の事になると緊張だってするし、多分、デートの前日は眠れないと思います。初めて乙女咲に行った時だって、友達できるかなって不安だったし、私が元華族だと言っても、中身は普通の高校1年生と、何も変わらないんですよ」
「なるほど……つまり、あくあ君の事が好きなんですね」
あ……。しまった。
好きな人とか、デートとか、話の流れ的にそうだよね。
後宮に入ってる時点で別にバレたっていいんだけど、なんかこう改めてそう思われる恥ずかしいかも。
「私しゃ、それが聞けて本当に良かったです。相手がいくらあくあ君だとは言っても、くくり様が責任感だとか義務感で後宮に入ってたら嫌ですよ。だから、ちゃんとあくあ君の事が好きで、後宮入りしてるのだと知れて本当によかったです。私だけじゃなくて、みんな同じ気持ちですよ」
守田さんの言葉に観客席に座ってる人達やスタッフさんも強く頷いてくれた。
それを見た私の心がふわりと揺れる。
華族六家のトップ、皇くくり……。
その役割を押し付けられた私は、ずっと心が孤独なまま死んでいくのだと思っていた。
そんな時に私はあくあ様と出会って、こんな男性もいるんだって思ったっけ。
徐々に周りから勝手に神格化されていくあくあ様の姿を見て、同じように国民から神格化されて距離を置かれていた自分と重ねてしまった。だから聖あくあ教に入って、暴走する人達を止めなきゃいけないと思ったんだよね。
あくあ様や親しいえみりお姉ちゃん、揚羽お姉ちゃん以外の事なんてどうでもいい。
他者に対して勝手に絶望して、そんな事を思ってしまった私と違って、あくあ様は熱い想いや諦めない心で自分から壁をぶち壊して、他の男の子達や、カノンさん、えみりお姉ちゃん達を次々と救って行った。
ただ、かっこいいだけじゃない。優しいだけでもない。
距離を置こうとした人に走って手を掴む。ううん、違う。
そんな生半可な事じゃない。
助ける相手に両手を広げて全身でタックルして一緒に転がっていくのがあくあ様だ。
私の目の前で救われた揚羽お姉ちゃんを見て、少しずつだけど、私もあくあ様みたいに、みんなを好きになれたら、そうしたら、みんなも私の事を好きになってもらえるんじゃないかなと思った。
だから、今、こうやって、自分の事を心配してくれる人が、親しい人以外にもいるんだって知って、心が感じた事がないくらいざわめいている。
なるほど……嬉しいには、こういう嬉しいって気持ちもあるんだね。
「それでは、くくり様。誰か、仲のいいお友達をご紹介いただけますか?」
「えーと、それじゃあ……」
「あくあ様にしておきますか!?」
「それは恥ずかしいので却下!」
私の返しに守田さんも観客席のみんなが大笑いしてくれた。
「……えみりお姉ちゃんで」
「わかりました」
私の携帯電話を持ったみやこが舞台袖から出てくる。
「みやこちゃーん!」
「いつもありがとー!」
観客席から声をかけられたみやこはびっくりした顔をする。
よかったね。表に出てなくても、ちゃんとみんなみやこの事を見てるんだよ。
笑顔になった私はみやこから電話を受け取ると、えみりお姉ちゃんの携帯にかける。
電話に出なかったらどうしようかと思ったけど、すぐに出てくれた。
「もしもし、くくりです」
『ぐへへ! 今日のパンツの色は何色ですか?』
「えっと、く……って、今のなし!!」
自然に聞くから普通に答えそうになっちゃったけど、生放送で何言ってるのよ!!
『ありがとうございますありがとうございます』
なんだろう。遠いところからあくあ様の声が聞こえてきた気がした。
「どーもどーも、えみりちゃん。守田です。いきなりどうしました?」
『あくあ様が知りたそうにしてたのでつい……っていうのは冗談で、お姉さん分としては、これくらい曝け出した方がいいんじゃないかなと思ったわけです』
幾ら何でも曝け出しすぎでしょ!
時代が時代なら、チジョーじゃなくて本物の痴女として公然わいせつ罪か何かで捕まってもおかしくない発言だ。
は〜〜〜〜〜、これだからえみりお姉ちゃんはいつも琴乃さんか、カノンさんに怒られるんだよ。
「それじゃあ、えみりちゃん。明日のいいですとも、出てくれるかな?」
『あっ、待ってくださいスケジュール帳を……』
「えみりちゃん、生放送中にそういう小ネタはいいから!」
『はいはい、わかりましたよ。いいですとも!!』
私は守田さんにお礼を言うと、観客席のみんなにありがとうとお礼を言ってから楽屋に戻る。
「みやこの言ってくれたように、自分を曝け出してみてよかった」
「ふふっ、私じゃなくてあくあプロデューサーの言葉だけどね」
そうだとしてもきっかけをくれたのはみやこだ。
私はもう一度、みやこに「ありがとう」の言葉を伝えた。
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