白銀あくあ、夢のタッチ会!!
「ふぅ」
俺は軽く息を整えると、キリッとした顔をする。
ここまでは楽しいレクリエーションイベント。そしてここからが本当の肉弾交流会だ!!
覚悟の決まった俺は、みんなを代表して最初に立っているカノンに真剣な眼差しを向ける。
「えっと、じゃあ握……」
「「キース、キース、キース!」」
俺の声がどこからともなく聞こえてきたえみりの声と重なる。
えみり、流石だよ。君はわかってる。
「き、キス!? えっ、でも、選ぶ権利は私達にあるんじゃ……」
ソファから立ち上がった俺は、カノンの両肩の上にそっと手を置く。
「いいか、カノン。俺は今からこの世界にとって、地球温暖化よりも重要な話をする」
「あ、はい……」
俺はとりあえず小難しい事を言ってそれっぽい雰囲気を出す。
「まーた、始まった。あ、みんな今のうちにトイレ行っておいで、前振りが長いから」
ちょっと、小雛先輩は静かにしておいてくれますか?
俺は今からカノンと二酸化炭素を排出する事について熱く意見を交換しあうんです。
「この世界にとって1番の課題はなんだ? 経済問題? 外交問題? 環境問題? 違うだろ。男女間の交際問題こそが、この世界にとっての1番の課題なんだ!!」
「う、うん」
「そこでだ。俺とカノンが握手を選択して、カノンは本当にいいと思ってるのか?」
「えっ? で、でも、今朝だって、キスしたし……あ」
自爆したカノンは頬っぺたをピンク色に染める。
「カノン、キスに制限回数なんてないんだ。何度したっていい。今、地球上はエコだなんだと言ってるけど、確かにそれも大事な話だ。でもな……今の俺達にとって本当に大事な事はその話なのか? 俺達はキスについてもっと真剣に話し合うべきなんだ。ビニール袋に3円払うなら、俺はキス1回に3万払う。そういう世の中にしたい。この取り組みが実施されたら、キスしまくる裏山カップルの財布は爆発するし、俺はカノンといっぱいキスして、おまけにいくら使っても使っても増え続けるこの泡銭でしこたま寄付ができる。なんて素晴らしい世の中なんだ! いいか、カノン。これが新しい世界の循環型社会。白銀あくあの目指すSeppun Development Goals、接吻から始まる発展目標、略してSDGsなんだよ!!」
相手を説得するために重要な事は何を話したかじゃない。
中身のない文章のゴリ押しだけで、どれだけ説得力をもたらしたかが重要なんだ。
カノンは真剣な顔で訴えかける俺に圧倒されて、ポーッとした顔をする。
よしっ! ここまできたら楽勝だ!
「まぁ、何が言いたいかって言ったら、俺がカノンとキスしたいんだよ!! カノン……キスしていいか?」
「う、うん」
やったー!
これだから俺はカノンの事が好きなんだ! ちゅっ!
俺はカノンの唇に軽くキスをする。
うん、何度してもやっぱりカノンとのキスはいいな。
この瞬間だけは、今でも童貞だったあの時と同じくらいドキドキする。
「ん? 終わった? 最初からキスしたいってシンプルに言っておけばいいのに、あいつはカッコつけたがるから前置きの話が長いのよ。私が高校生だった時の校長より話長いわよ」
そこ! せっかくキスの余韻に浸っていたのに、小雛先輩は黙っててください!
ゴホンゴホン! 俺は気を取り直して、次に来た琴乃と向き合う。
「人前でカノンさんほど上手くキスをする自信はないので、その……一度、おでこにチューして欲しいです」
「任せろ、琴乃!」
俺は琴乃の前髪を手で少し掻き上げると、そのままおでこにキスを落とした。
「どうだった?」
「すごく……良かったです」
珍しく琴乃が照れた顔をする。
いつもはクールなのに、このギャップがたまらないんだよな。
みんな、俺と2人きりになった時に甘えてくる琴乃を見たらびっくりするんじゃないだろうか。
「ふーん、姐さんもやっぱり乙女なのかー」
「なるほど、姐さんはあくあ様と2人の時ああいう顔するのか……メモメモ」
楓、えみり、しーっ!
また琴乃にバレたら怒られちゃうよ!!
俺は次に並んでいたアイと向き合う。
「アイは、どこにタッチして欲しい?」
「じゃあ、私は手の甲にキスしてもらおうかな? お姫様がしてもらうみたいに」
「いいよ」
俺はアイの前で片膝をつくと、アイの目を見つめながら、そっと手の甲にキスを落とした。
ちゃんと君を幸せにする。そう誓いながら。
「やっぱリアルには勝てねーわ」
「アイ? なんか言った?」
「ううん。なんでもないよ。あくあ君がかっこいいって言っただけ、ありがとね」
へへっ、ありがとな。アイ。俺は少し照れた顔を見せる。
やっぱりお嫁さんからカッコいいって言われるのが一番嬉しいよ。
俺はアイの次に並んでいた結と向き合う。
「あー様。その……私の方からしていいですか?」
「もちろんだとも」
結は恥ずかしがる素振りを見せながら、少し口を開くとかわいく舌先を見せる。
次の瞬間、俺は結から軽くチュッとされた。
「ありがとうございました」
結は嬉しそうな顔でステージから降りていく。
俺は次に並んでいた楓と見つめ合う。
「楓、今日は司会をしてくれてありがとね」
「ううん。司会できて楽しいのはこっちだから気にしないでよ!」
楓はいつものようなはにかんだ笑顔を見せる。
俺は楓の前向きな性格といい、こういう健康的な笑顔がすごく好きだ。
「楓は、どこにタッチして欲しい?」
「うーん。キスもいいけど、頭を撫でてよくやったなって褒めて欲しいかも。ほら、私ってあんまり褒められた事がないしね!」
はは……。楓は余計な事さえしなきゃ、多分普通に鬼塚アナとか琴乃から褒めてもらえると思うんだけどな。
まぁ、そこも楓のいいところだから。あえて言わないけど……。
「楓、よく頑張ったな。いつもありがとう!」
「うん!」
せっかくだから俺は楓を優しく抱きしめて頭を撫でた。
レクリエーションに参加できなかった分、おまけだおまけ。
「えへへ。やったー!」
笑顔になった楓をえみりと小雛先輩が待ち受ける。
「いやー。楓パイセン。今日は本当にお疲れ様です」
「楓、よく頑張ったわね!」
「ちょ!? 2人とも!?」
楓がえみりと小雛先輩の2人にわしゃわしゃされる。
良かったな。楓。2人からもいっぱい褒めてもらえたじゃないか。
「上書き完了と」
「やっぱりそれが目的か! ぐぬぬ!」
ははっ、本当にあそこは仲がいいな。
楓と入れ替わるようにして、えみりがステージに上がってくる。
「ぐへっ、ぐへへ。やっぱりここは私も結さんみたいに……いや、待てよ。考えろ私。他にもっと何かいい手があるんじゃないか?」
えみりは考え込むような真剣な表情でブツブツと何かを呟く。
「はっ!? 閃いた。やはりこれだ。これしかない!」
何かを閃いたえみりは、手をポンと叩くとキリッとした顔を見せる。
「あくあ様、指にキスしていいですか?」
「指? 別にいいけど」
俺はえみりに向かって右手の指先を出す。
するとえみりは両膝を床について上目遣いで……。
「はい、アウトー!」
「ぐっ!」
楓に止められたえみりが琴乃に引きずられていく。
こればかりはしゃーない。琴乃、お手柔らかにな。
っと、次は母さんか。ん? 美洲お母さんも一緒?
「あくあちゃーん! お母さん達の胸に飛び込んでおいで!」
「ん」
母さんと美洲お母さんの2人は両手を広げて俺を待ち受ける。
なるほど、つまりそこにダイブしたらいいって事ですね。
俺は素直に2人の胸の中に飛び込む。
「ヨシヨシ。ヨシヨシ。あくあちゃんはもっとお母さんに甘えていいんだよ」
「うん。まりんちゃんやゆかりだけじゃなくて、わ、私にももっと甘えて欲しい」
へへっ。なんだろう。みんなの前でされるのは照れ臭いけどなんというか、普通に嬉しかった。
今、思えば、前世で母の居なかった俺にとって、こうやって素直に誰かに甘える機会なんてほとんどなかったんだよな。だからその分も含めて俺はしっかりと母さん達に甘えた。
「2人とも、本当にありがとう」
「ううん。こっちこそいっぱいあくあちゃんを充電できて良かったよ!」
「い、言ってくれたら、いつでもするから」
俺はもう一度2人に感謝の言葉を告げる。
母さん達の次にステージに上がってきたのはココナだった。
「ココナ。さっきは俺の負けだよ」
「やったー。あくあ君に勝っちゃった! あくあ君、ココナにわざと負けてくれて、ありがとね!」
いや、わざとじゃなくて普通に勝てなかったんだけどな。
秒で負けたカノンとは雲泥の差だったぞ。
「ココナはどこにタッチして欲しい?」
「じゃあ、これで」
ココナは両手を持ち上げると、掌をこっちに向ける。
なるほど。俺はココナと手を握り合うと、お互いの指を絡ませあった。
「えへへ。ついでにおでこもくっつけていい?」
「もちろん」
ソファに座った俺達は両手を握り合うと、お互いのおでこをくっつけ合う。
なんだろう。普通にキスするよりちょっと恥ずかしいかも。
「緊張して汗かいてきちゃったかも。ありがとね。あくあ君」
「こっちこそ。すごく良かったよ」
ココナはステージから降りる時に、すれ違ったうるはに何かを囁く。
一体、何をアドバイスしたのだろう? うるはが顔を真っ赤にする。
「うるははどこにタッチして欲しい?」
「え、えっと……あくあ君が触りたいところに触っていいよ」
な、なんだってー!?
いや、あくあ。よく考えろ。ここで本当に自分の欲望に従ってもいいのか?
プロ野球に紳士協定があるように、男女のあれこれにだって紳士協定があるはずだ。
男子たるもの常に紳士でなければならない。でも、ここで期待に応えないのが本当に紳士なのか?
違うだろ! よく聞け、白銀あくあ。本当の紳士とは、ここで女の子が望んだ事をする男の事じゃないのか!?
そうだ。俺はもう少しで道を間違うところだった。俺がなりたい紳士はここで女の子を笑顔にできる紳士だ。
覚悟を決めた俺はキリッとした顔をする。
「はい、言い訳完了と」
ちょっと、小雛先輩。今、いいところなんだから、勝手に俺のセリフをパクらないでくださいよ。
「あくあ君、ありがとう」
「こちらこそ」
俺はうるはが望んだ事をする。
ステージを降りたうるはがココナとリサの2人に温かく迎え入れられるのを見て、ほっこりした気持ちになった。
次はリサの番か。リサは何をお願いするかな?
「リサ。今日はお疲れ様。同じチームで小雛先輩の面倒を見て大変だったろ? なんでもお願いしていいんだぞ」
「えっと、じゃあ……」
リサは俺の耳元に顔を近づけると、恥ずかしそうに自分から俺の体に触りたいとお願いしてきた。
もちろん俺はリサのお願いを返事ひとつで了承する。この、白銀あくあ、触られて恥ずかしいところなど一箇所もない!!
「そ、それでは、失礼しますわ」
リサは俺の頬に手を触れると、首筋、肩、二の腕、腹筋などの筋肉を確かめる。
ほら、せっかくだからハグしよう。
俺が両手を広げると、リサは俺の胸板と腹筋の硬さを確かめるように抱きついてきた。
「どう? 良かった?」
「はい。しっかりと堪能させてもらいましたわ」
リサが喜んでくれて嬉しいよ。それに俺もリサに筋肉を触られて凄く嬉しかった。
ステージからリサが降りると、次はフィーちゃんとハーちゃんがやってくる。
「フィーちゃんとハーちゃんはどうしたい?」
「フィーは抱っこして欲しいのじゃ!」
「私もフィーと同じ」
俺は2人を妹のらぴすを甘やかすように抱っこする。
フィーちゃんやハーちゃんもすごく喜んでくれた。
2人と入れ替わるように、らぴすとラズリーの2人がステージに上がってくる。
くっ、さっきの流れからこれはまずいぞ!!
「ふ、2人はどうして欲しいのかな?」
「私達も母様達みたいに兄様をギュッとしたいです!」
「うんうん!」
俺は2人を見てほっと胸を撫で下ろす。
らぴす、ラズリー。やっぱりお前達は最高だよ。
俺は妹達2人と軽くハグををする。
「兄様、兄様はいつも頑張っててえらいです」
「えらいえらい!」
あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! いっすね。
ちょっとこの時間だけ追加料金を払うから10分、いや、5分くらい延長しても大丈夫ですか?
え? 次の人が待ってるからだめ? わかってるって。
「2人とも、ありがとう」
俺は感謝の言葉と共に2人の妹の頭を撫でる。
はー、癒された癒された。できればこの流れを続けたいね。
なんて思ってたら、大怪獣がドスドスと地団駄を踏みながらやってきた。
「げっ!」
「げっ! って何よ! 人を妖怪か何かだと勘違いしてるんじゃないでしょうね!!」
小雛先輩……なんでわかったんですか?
妹2人に癒されてリフレッシュしたはずなのに、俺は急に疲れた顔をする。
「どうします? 握手でもします?」
「なんで私の時だけそうやって雑なのよ! もう! これでも私、あんたの先輩で大女優なんだけど!?」
いや、だってなぁ……なんかこう、恥ずかしいし。
小雛先輩こそ、俺がまだ純粋な男子高校生だって事を忘れないでくださいよ。
みんなに見られてるこの状況でどう甘えろっていうんです?
「決めたわ。あんたもたまにはこの私に神対応しなさい! そうよ! それがいいわ!!」
神対応か……。どうしようかな。俺は少しだけ真剣に考えてみる。
なんだかんだで小雛先輩には結構お世話になってるし、たまにはちゃんとするか。
俺はソファから立ち上がると、小雛先輩に壁ドンする。
完璧に決まった。俺はそのままキザったらしく小雛先輩の顎をクイッと持ち上げる。
「ゆかり。素直になれよ。本当は俺の事が好きなんだろ?」
どうよ? 流石の小雛先輩もこれで少しは俺に対して素直になってくれるんじゃないか?
って、思ってた俺が浅はかでした。
小雛先輩は、ふーんって顔でなるほどねという仕草をした後に、うんうんと何度か頷いた。
「参考になったわ。こんな感じなのね。あんたもたまには役に立つじゃない」
ちょっとぉ!?
この人、普通に今、俺のやった事を自分の演技の参考にしやがった。
くっそー。騙されたー。最初からこれが目的だったのかよ!!
「ふん。あんたが恥ずかしがって芝居がかった事をするからでしょ。素直にやってりゃ、この私だって少しくらいは靡いたかもしれないけどね」
ん? 小雛先輩、今、何か言いましたか?
俺は今、何かとても大事な話を聞き逃した気がする。
「それじゃあ、残りも頑張んなさいよ」
小雛先輩がステージから降りると、続いて阿古さんがステージに上がってくる。
「あくあ君、今日はお疲れ様」
阿古さんは俺に向かって手を伸ばす。これは、握手をしろってことかな?
「阿古っち、日和ってんじゃないわよー!」
「そうだそうだー! 握手なんかで周りが納得すると思うなー!」
「普通に握手してお茶を濁そうとするなー!」
「もっと大胆にいけー!」
「今日だけは自制するなー!」
小雛先輩に続くように、周りから温かいヤジが飛ぶ。
さっと握手して終わらせようとした阿古さんは、周囲からの期待の強さにびっくりして慌てふためく。
ははっ、なんか最初に会った時の阿古さんを思い出すな。
今でこそしっかりしていて、俺たちの社長って感じだけど、昔の阿古さんと素の部分では何も変わってない事を知って安心する。
仕方ない。俺達の社長を助けるために、ここは俺から行きますか。
「あ、あくあ君!?」
俺は小柄な阿古の体をギュッと抱きしめる。
「阿古さん。いつもありがとう。感謝してます」
「あ……うん。こっちこそ、ありがとう。あくあ君にはいつも助けられてるよ」
俺は阿古さんをしっかりと抱きしめた後に、そっと体を離す。
それを見たみんなから暖かな拍手が送られる。
阿古さんと入れ替わるようにステージに上がってきたアヤナと目が合う。
「キース! キース!」
「ゆかり先輩!?」
「ぶちゅーっといけ!」
「楓さんも!?」
「結さん並に濃厚なのおなしゃす!」
「え、えみりさん!?」
周りからの盛大なキスコールにアヤナは顔を真っ赤にする。
これはチャンスだと思った俺は、目を閉じて唇の先を尖らせた。
「あ、あくあ!?」
「どうも、キス待ちあくあです」
アヤナは俺の対応にあせあせする。
「いいぞー!」
「あんたもやればできるじゃない!」
ほらほら、アヤナ。俺の方はもう準備万端だぜ!!
っていうのは冗談で、アヤナを弄るのはこれくらいにしておこうかな。
アヤナの反応が可愛くて、ついつい俺まで悪ノリしちゃった。
心の中で反省していた俺のほっぺたに何か柔らかいものが触れる。
「えっ?」
俺が目を開くと、瞳を潤ませたアヤナが唇を手で隠していた。
耳まで真っ赤になってるけど、もしかして今、俺のほっぺたにキス……したのか!?
「こ、これが限界だからー!」
アヤナは捨て台詞と共に、ステージから降りていった。
「やったー!」
「イイゾ〜!」
「アヤナちゃんは頑張った!」
ニタニタした顔の大人達に弄られたアヤナは、カノンやココナ、リサやうるは達クラスメイトに慰めてもらう。
それを見たみんなは流石にやりすぎたかと、アヤナの健闘を讃えるように拍手を送る。
くっそー。目を閉じてたせいで、肝心なところが見れなかった。
俺はほっぺたに残るアヤナの唇の余韻をしっかりと噛み締める。
「ふふっ、あーちゃん。嬉しそうね」
「あ、しとりお姉ちゃん」
次はしとりお姉ちゃんか。
しとりお姉ちゃんは、俺の事をギュッと抱きしめる。
「母さん達やらぴすやラズリーがしてるのを見て、私もしたかったんだよね。あーちゃん、いつも頑張っててえらいね。いーこいーこ」
「しとりお姉ちゃん……ありがとう」
俺はしとりお姉ちゃんに、ぎゅーっと抱きしめてもらう。
「また、いつでもギューってしてあげるからね」
「う、うん」
やっぱり弟をドロドロに甘やかしてくれる実のお姉ちゃんは最高だぜ!
しとりお姉ちゃんと入れ替わるようにして、ペゴニアさんがステージに上がってくる。
ペゴニアさんか……。何をお願いしてくるかわからないから。警戒しておかないとな。
俺がそんな事を考えていると、ペゴニアさんが笑みを溢した。
「ふふっ、旦那様、警戒せずともこのペゴニア、今日は変な事をお願いしたりはしませんよ」
本当かなー。
ペゴニアさんは俺に支えられながら、ゆっくりとソファに座る。
「旦那様、よろしければ、私のお腹を撫でてくれませんか? ふふっ、毎日してもらっているけど、今日はまだでしたので」
「あ……」
言われてみたら、今朝はレクリエーションの準備に忙しくて忘れてたかも。
「ごめん。ペゴニアさん」
「ふふっ、謝る事は何もないんですよ。その分、今日はしっかりとこの子を感じてくださいませ」
俺はペゴニアさんのお腹を優しく撫でると、そこにそっと頬を当てる。
うん、今日も元気そうだな。俺は頬に当たった我が子の鼓動をしっかりと感じる。
「旦那様、ありがとうございます」
「ううん。こっちこそ改めて俺の子を孕んでくれてありがとう」
なんか……なんか、すごくいい時間だった!
いつもやってる事だけど、改めてこういうのはいいなと心の中で余韻を噛み締める。
次は揚羽さんかな? 揚羽さんはステージに上がってくると、阿古さんと同じように片方の手を俺に差し向けた。
だめだよ揚羽さん。それは通用しないって。
「何やってんだー! 政治家として本当にそれでいいと思ってるのかー!」
「政治家がそんなに清廉潔白でいいのかー! もっと乱れろー!」
「そうだそうだー! むしろ自分からハニートラップしろー!」
「聖女党の党首ならもっと肉弾外交してけー! 国会で羽生総理に日和ったのを追及されていいのかー!」
小雛先輩と楓、えみりとペゴニアさんのヤジがどんどん切れ味を増しているように思える。
いいぞ〜! 4人とも、俺のためにもっと頑張れ!!
俺は最後のひと押しをするために、演説をする時みたいに片手を挙げてみんなにアピールする。
「どーもどーも、みなさん。全国の女性を味方するベリル党の党首、白銀あくあです!」
俺はみんなの大歓声に応えるように大きく両手を振る。
あれ? 意外と俺、政治家もいけるんじゃね? って勘違いしそうになるから、みんな、俺を煽てるのもほどほどにな。
「いいですか皆さん! 私たちベリル党の公約はただ一つ! 全国の女性の皆様に笑顔になってもらう!! ただ、それだけなんです!!」
「いいぞー!!」
「ありがとう、ありがとう!」
俺はさらに手を振ると、みんなの歓声が静かになるのを待つ。
「みなさん、聖女党の黒蝶議員の顔を見てください! 構って欲しそうには見えませんか? この私、白銀あくあには、今すぐにでもを甘やかしてほしいと、そういう表情をしているように見えるんです!!」
ここで重要なのはあくまでも個人的な所感であるという事だ。
具体的な事は何一つ言わない。それこそが演説の鍵だ。
俺は観衆の大歓声を背に受けて、揚羽さんへと顔を向ける。
「どうか私に黒蝶議員を救わせてください!!」
大きな拍手が起こる。揚羽さんも民衆の声には勝てなかったのか、俺に向かって両手を広げる。
ありがとう、みんな。みんなが俺に汚れた1票を入れてくれたおかげで、俺は公約という名目で揚羽さんとハグする事ができる。
なるほど、これが民意ってやつですか!! ぐへへ!
俺は公約をしっかりと守るために、揚羽さんを抱きしめた。
「あいつとえみりちゃんは、アイドルやタレントより政治家とか結婚詐欺師、宗教の勧誘とかマルチ商法の販売の方が向いてるんじゃない? テレビ通販とかしたら、バカみたいに商品売れそう」
「え? 私も!?」
そういや、前にそういう話が来ていた気がするな。
っと、次はヴィクトリア様か。ステージに上がってきたヴィクトリア様は軽蔑するような目で俺を見つめる。
もしかして頑張ってる俺へのご褒美ですか?
「本当に貴方って……まぁ、いいですわ。それと、これって禁止されている事以外なら、どこにタッチしてもらってもいいのかしら?」
「もちろんです」
「それでは、わたくしの椅子になっていただけませんか?」
「喜んで!」
即答だったね。俺はヴィクトリア様の椅子になる。
「ふふっ、ふふふ……これで満足ですわ」
満足げな表情でステージを降りるヴィクトリア様に代わってくくりちゃんがステージに上がってくる。
「くくりちゃんはどうしたい?」
「そうですね。それでしたら、私からあくあ先輩を抱きしめてもいいですか?」
「もちろんだよ」
俺がソファに座ったまま両手を広げると、くくりちゃんがソファに上がってくる。
そして、そのまま俺の頭を自分のお腹に埋めるように強く抱きしめた。
「あくあ先輩。私の中、まだ誰もいないんですよ」
えっ……? どういう事?
くくりちゃんの目からハイライトが消える。
あれ? なんか急に心臓がドキドキしてきたな。
これは、もしや……心臓発作の兆候か!?
俺の心の中に住み着いている小雛先輩が「そんなわけあるか!」とツッコミを入れる。
うん。せっかくだから夏休みの間に人間ドックに行こうかな。そうしよう。
くくりちゃんがステージから降りると、次はアイビスさんがステージに登ってきた。
「あの、よかったら私と手を繋いでくれませんか?」
「もちろん」
俺は彼女の可愛いお願いに答える。
心なしかアイビスさんとの握手は心がすごく落ち着くような気がした。俺の気のせいか?
「だ、男性と手を繋いでしまいましたわ。これで子供ができるって本当かしら?」
ん? 今、何か言いましたか? 俺は何やら大事な事を聞き逃してしまったような気がした。
アイビス様は顔を真っ赤にしてステージから降りる。
入れ替わるようにシャルロットさんがえみりに車椅子を押してもらってステージに上がってきた。
「シャルロットさんはどうしてほしい?」
「私は……そうですね。どうかこの足に優しく触れてもらえませんか?」
「いいよ」
俺はソファから降りると、彼女の横にしゃがみ込んで彼女の足を優しく撫でる。
「ありがとうございます。あくあ様にそうされていると、今にも歩き出せそうな感じがします」
「そう言ってもらえるなら、特別にもっと撫でちゃおうかな」
そういえば彼女が歩けないのって心因的な要因なんだっけ?
カノンがそう言ってた気がする。
シャルロットさんがステージから降りると、次はシャムス陛下とマナートさんがステージに上がってきた。
「そ、それじゃあ私も握手で」
「陛下……フィーですら頑張ったのに、陛下がそれでいいんですか?」
「うっ……」
マナートさんはシャムス陛下の耳元で何やらコソコソをお話をする。
一体、何のお話をしているんだろう?
「ううっ……それじゃあハグで」
「シャムス陛下、さすがです!」
俺は、シャムス陛下やマナートさんとハグをする。
2人がステージを降りると、入れ替わるようにスウちゃんがステージに上がってくる。
「スウちゃんは……頭を撫でて欲しいのかな?」
「はい」
よしよし、よしよし……。あー、さっきまでの汚れていた俺の心が浄化されるようだ。
「スウちゃん、今まで大変だったけどよく頑張ったね。ここに来たからはもう安心して。大丈夫だからね」
「ありがとうございます」
嬉しそうな顔を見せるスウちゃんに俺も笑顔を返す。
スウちゃんが終わると、サポートメンバーだったクレアさんが上がってくる。
「クレアさんはどうして欲しいですか?」
「えっと、お……」
「お?」
「お腹が痛いのでさすってくれませんか? うう……間違えた」
クレアさん大丈夫?
俺はクレアさんのお腹を服の上から摩ると、痛いの痛いの飛んでいけのおまじないをした。
次はナタリアさんかな?
「ナタリアさんはどうして欲しい?」
「私はその、普通のキス……じゃなくって、ええっと」
普通にキスして欲しいんだな。わかった!
俺はナタリアさんに軽くキスをする。
「ううっ、クレアのせいで引きずられた……」
ナタリアさんも顔を真っ赤にしてステージから降りる。
次にステージに上がってきたのは、今日スタッフを務めてくれたメンバーの1人、るーな先輩だ。
「ギュッとしてほしい」
「はい」
俺はるーな先輩をギュッと抱きしめる。
「眠たくなってきた。Zzz」
るーな先輩、ダメですよ。次の人が待ってますから。
俺はある程度のところでるーな先輩を起こすと、りんちゃんを出迎える。
「拙者、膝の上に乗せて欲しいで候」
「いいよ」
俺は膝の上に乗せたりんちゃんを後ろから抱きしめる。
りんちゃんの嬉しそうな顔を見て俺もすごく満足した。
次はりのんさんか。
「膝枕してもいいですか?」
「もちろん!」
その手があったかと何人かが悔しそうに手を叩く。
俺は足が長くて綺麗なりのんさんの太ももを堪能するように膝枕される。
ああ、ここから見る景色は本当に絶景だ。
りのんさんの次はみことちゃんか。
「みことちゃんはどうして欲しい?」
「握手してください」
アイビス様といい、本当にそれでいいのかな?
俺はみことちゃんと普通に握手をする。
「あくあ様成分の急速充電開始……120%、クリア! ありがとうございます!!」
んん? なんか今、機械的なキュゥィィィイイイイイン! って音が聞こえたような……。
俺の気のせいか。みことちゃんは満足したのか、満面の笑みでステージから降りる。
「はいはい、他の人も遠巻きに見てないで、どんどん並んでくださーい!」
レクリエーションをやってよかったなと思う。
少しだけかもしれないけどお互いの距離感が近くなったような気がする。
俺は全員とタッチ会を済ませると、追加でもう一回タッチ会をしてレクリエーションは最大の盛り上がりを経てお開きになった。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://x.com/yuuritohoney