白銀あくあ、死す。
本日二本目の投稿です。
TBTの朝からサキドリッ! 略して朝ドリは、朝の情報先取り番組だ。
放送開始時間は7時から8時の間で、ニュース番組の他にも流行を先取りするような商品の紹介をしたり、少しハイグレードな情報や商品を視聴者に提供している。
ちなみに俺の出演時間は7時20分からだったが、俺が中継現場に到着した時には時計の針は7時21分を過ぎていた。
「白銀さん来られました!」
「すみません、遅れました!」
ピンマイクをつけてもらいながら、スタッフの人と遅れた分どこを削るかを口頭で打ち合わせする。
実はこのピンマイクも毎回付け替えなければいけないのでかなり厄介だ。
「中継すぐに切り替わります! 大丈夫ですか?」
「はい! すぐいけます!!」
最後まで細かい所をチェックしてくれていたスタイリストさんが俺の側から離れていく。
本格的にコロールの服を身に纏った俺は、ジャケットスタイルの少し大人びた格好をしていた。
スタイリストさんはもちろんコロールから派遣された人で、今回の俺のテーマは大人カジュアルなデート服である。
「白銀さーん! 白銀さんいますか?」
「はい、います!」
スタジオからの呼びかけと共に中継が切り替わる。
「あっ、よかった! って、ここ何処ですか?」
「なんだか、とっても高級感のある場所ですね」
ワイプに映った司会者さんとアナウンサーさんがわざとらしく驚く。
「ここはですね。本日、改装オープンする藤百貨店さんの7階に新しく入った鮨山人さんにお邪魔させてもらってます」
鮨山人の本店は、とても伝統のある有名なお寿司屋さんだ。
今回は、若者をターゲットにした新しい形態のお寿司屋さんを開きたいということで、藤百貨店に出店することになったらしい。
「実は今日4時起きなんですが、まだ朝ごはん食べてなくって……」
「あー、わかります! 私たちも夜早くに寝てはいるんですけど、どうしても朝は忙しくって、ついつい朝ごはんを食べるのがお昼前になっちゃうんですよねー」
「あるあるですね。朝ご飯とお昼ご飯が一緒になっちゃうっていう」
朝の番組をやってる人って本当に大変なんだなぁ。今回、身に染みてよくわかった。
たった一回でも大変なのに、この人たちは毎日これをやっているんだから普通にすごい。
「すみません。お先、いただいちゃっていいですか?」
「あー、いいなぁ。どうせなら私もスタジオじゃなくって、白銀さんと一緒にそっちに行きたかった!」
「いやいや、それが許されるなら私だってスタジオじゃなくって、白銀さんと一緒に朝ご飯食べたかったですよ!」
お二人が何やらコントのように会話を繋いでくれている間に、目の前の職人さんが握ったお寿司を俺の前におく。
「こちら、ムラサキウニです」
最初に出てきたのはウニの軍艦だった。
俺はウニが苦手ではないが、特段好きというわけではない。
「それでは早速、いただいてみたいと思います」
パクっ……口の中に入れた瞬間に広がる磯の香り。
俺の知っているウニと比べて、このウニは濃厚というよりもさっぱりとしていて食べやすかった。
口の中に広がる優しげな甘みは、上質な味わいと風味をより高級感のあるものへと演出する。
「……この、口の中に残る余韻がとてもいいですね。すごく上品で高級感のある味わいがたまりません。海苔や酢飯との相性もバッチリで、実は俺、ウニが少し苦手だったんですけど、鮨山人さんのウニはすごく食べやすくて、一口で好きになっちゃいました」
俺は少しうっとりとした表情で、口の中に広がるウニの香りの余韻を味わうような仕草を見せる。
「あぁ……すごく美味しそう」
「お腹減ってきた……」
スタジオにいるお二人には申し訳ないと思いつつも、俺は次に出てくるお寿司に心をときめかせた。
「次は真鯛の昆布締めです」
ぱくっ! 昆布の程よい香りが口の中にじんわりと広がっていく。
程よく引き締まった身は弾力性があり、ねっとりとした食感の舌触りが何よりも舌を幸せにする。
そして最後に待ち受けるのは、サッパリとしてそれでいて脂の乗った鯛本来の味だ。
「すごいですね。普通の鯛と違ってすごく粘り気があって、ねっとりとしているのにちゃんと食べ応えもあります。
何よりもこの昆布と鯛のハーモニー。しっかりとした味付けなのに、味わいがさっぱりとしていて、これなら何貫でもいけますよ」
いやあ、朝イチから高級寿司なんて、本当に贅沢しちゃってすみませんと言いたくなるほどだ。
その後も2、3貫頂くと同じように食レポを繰り返す。
「すみません。私、これから現地の方に行ってきますので、スタジオはお任せしました」
「いやいや、ここは私が代わりに現地に行きますから」
本当にお腹が空いているのか二人は少し涙目だ。
お二人には申し訳ないけど、その可愛らしい雰囲気に自然と俺の笑みが溢れる。
「最後に、蒸し立ての車海老です」
二人を見ていたら俺の中の少年の悪戯心が顔を出す。
俺は車海老のお寿司を手に持つと、カメラの方へとゆっくりと向ける。
「仕方ないですね。お二人にもお裾分けしたいと思います。はい、あーん」
俺がそういうと二人は大きく口を開ける。
それを見た俺は、踵を返すように自らの口の中に車海老を運ぶ。
「んっ!」
思わず声が漏れた。
それくらいのしっかりとした食べ応えと、濃厚な海老の甘味が口の中に幸福感をもたらす。
「んー、これは凄いですね。シンプルだからこそ、ガツンとした海老の旨味が口の中に広がってきて……すみません。もうこれ以上は言葉では言い表せないほど美味しいです。思わず感動で身震いしちゃいそうになりました」
画面を見ると、ワイプに映ったお二人が口を半開きにしたまま悲しげな表情でこちらを見ていた。
う……流石に申し訳ないことしちゃったな。でもそういう可愛い反応されちゃうと、ついちょっかいかけたくなっちゃうんだよね。
「ところで白銀さん……今、気がついたんですけど、今日の格好、ちょっと大人びてませんか?」
「あ、はい。お寿司屋さんなんで、背伸びしてデート服っぽくコーディネートしてみました。まぁ、デートなんてしたことないんですけどね……ははは……」
俺は乾いた笑い声を出す。あれ……さっきまで幸せだったのに、なんだかちょっぴり悲しくなってきちゃったぞ。
もしかしたら先ほどのガキっぽい悪戯が、ブーメランとなって自分に突き刺さったのかもしれない。
「いつの日か彼女ができたら、鮨山人さんみたいな大人っぽい雰囲気のおいしいところでお寿司デートしてみたいですね」
「へ、へぇ〜〜〜。なるほどね。白銀さんは今、現在彼女がいないと……」
「しかもデートもしたこともない。いやぁ……これは色々と素晴らしい情報をありがとうございます」
何やら画面の前の二人はブツブツと喋り出した。
この状態でスタジオの二人に話を振ってもダメそうな感じがしたので、俺は鮨職人さんの方へと視線を向ける。
「そういえば、鮨山人さんはお昼と夜とではメニューが違うんだとか……」
「はい、お昼にはお求めやすいお値段のランチメニューも提供していますし、テイクアウトの商品もございます。お値段的には少しお安くなっておりますが、それ以上の付加価値があるものへと仕上げていますので、ぜひ、そちらの方もお試しいただけると私どもの方も嬉しく思います」
「なるほどー、そういうわけなのでテレビの前のみなさん、ぜひ、藤百貨店の鮨山人さんに食べにきてください。お待ちしておりまーす。またねー」
俺はスタジオに返さず、ここでCMに入る様に促すために、カメラに向かって手を振る。
「はい、CM入りました! 白銀さん、最後ありがとうございます!」
「こちらこそ、最初遅れちゃってすみません。鮨山人のみなさんもありがとうございます。また、プライベートでお邪魔しますね!」
俺は駆け足で次の中継番組へと向かう。
時刻は7時50分、次の番組出演は8時ちょっとすぎだ。
時間的には少しゆとりがあるが、次の撮影地は地下一階だから移動が少し大変である。
俺は予め止めてもらっていたエレベーターに乗ると、ジャケットを脱いで上着だけを変えてカジュアルな装いに変更した。ここはもう身内とスタイリストさんとかしかいないから上着を変えるくらいなら大丈夫だろう。
「ごめん、しとりお姉ちゃん、上着持ってて」
「うん!」
俺は脱いだジャケットをしとりお姉ちゃんに手渡す。
一緒にエレベーターに乗ったヘアメイクさんやスタイリストさんは、こういった移動の最中の限られた止まった時間の間に、髪や服の微調整をしてくれたりしてくれる。どんな環境であれ手早く、それでいて丁寧な、間違いなくプロのお仕事だった。
阿古さんは俺の隣で予定表を見て、残りの行程を再度確認する。
「白銀さん、入られます!」
エレベーターから降りると、広告代理店のスタッフさんが待っていた。
「こちらです!!」
広告代理店のスタッフさん達は、俺たちが道に迷わない様に毎回こうやって的確に誘導してくれる。
予め移動にはこれくらいかかるだろうというのも計算しているのだろう。そのおかげで移動はスムーズだったし、生中継も基本的に滞りなくリレーできていた。一見するとすごく地味な仕事だが、そういう人の支えがあってこそうまくいっている。
「ありがとうございます!」
移動中でも極力、俺はみんなにお礼の言葉を言う様にしている。
今のこの仕事だってそうだけど、たった10分とか5分の中継だってものすごい人数が携わっているのだ。
一人一人の頑張りがあって一つのものを作り上げている。だから誰か一人が欠けてもダメなんだ。
俺のような皆に支えられる立場の人間は、その感謝の気持ちを最後まで忘れてはいけない。
「白銀さん、すぐに番組切り替わりますけど大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません」
丁度、番組では最初の挨拶が終わったところだ。
俺はイヤホンの向こうから聞こえてくるスタジオの声に耳を傾ける。
「そういうわけでね。今日は最初から、なんと今話題のあの人と中継が繋がってます。白銀さん、白銀あくあさーん?」
「はい、白銀です!」
「あっ、どーも、初めまして、スキットの佐藤浩子です!」
「あっ、初めまして、白銀あくあです」
佐藤さんは元々お笑い芸人の方ということもあって、アドリブを結構入れてくるらしい。
だから番組スタッフの人からは、あまり中継が伸びないようにうまく制御してくださいと言われた。
「いやぁ、朝早くから本当すみません。大変ですね。これ何局目ですか?」
「あ……えーと、これで5局目ですね」
いきなり最初からジャブの様に少し答えづらい質問が飛んできた。
普通、他局の話なんてNGなのに、自由人の佐藤さんはお構いなしである。
「うわぁ、本当に朝からお疲れ様です。もし疲れてたら、寝具売り場で休憩してもらっても大丈夫ですよ。こっちは白銀さんの寝顔ずっと映してますから」
「あ、あはは、大丈夫です。もう目はバッチリですから」
佐藤さんは、最初に俺が他局で寝具売り場から中継したのを見てて弄ってきてるんだろう。
しかし残念、俺はそれに乗っからずに華麗にスルーする。だってこの話に乗っかると長くなりそうだもん。
「それよりも、こちらをご覧ください。今、藤百貨店さんの中の地下フロアにお邪魔させてもらってるんですけど、美味しそうなパンやスイーツがこんなにもたくさん揃ってるんですよ」
俺は通常通りに進行すると、店頭に立っている店員さんに話しかける。
「おはようございます! 焼きたてのパンのいい匂いがしますね」
「はい! 開店と同時にお客様が焼き立てが食べられるように店内で焼き上げていますから、この時間帯はとてもいい匂いがするんですよ。良かったらおひとつ、どうですか?」
「ありがとうございます!」
俺は受け取った焼きたて熱々のクリームパンを割って、カメラの向こうにとろーりとした中のカスタードクリームを見せる。
「それでは一口、いただきまーす」
口の中に広がる手作りの濃厚なカスタードクリームの味、出来立てのパンはとても柔らかくてふわふわしていた。
「うわぁ、すごいですね。高級感のあるリッチなクリームがたっぷりと入っていて、クリームパン食べてるーって感じの幸せな甘さがとても感じられますね」
「白銀さん! 白銀さん!」
少し慌てた佐藤さんの声がイヤホンの向こう側から聞こえる。
「ほっぺた、ほっぺた! クリームついてますよ!!」
「あっ」
俺は慌てて指先でクリームを拭う。
「ふぅ……危なかったです。もう少しで放送できなくなっちゃうところでした」
え? クリームがほっぺたについただけで放送中止になっちゃうの?
やっぱり食べ方が汚いとかかな……? 俺は念のためにすぐに謝罪する。
「テレビの前の皆さん、すみません、お目汚しをしてしまいました」
「いえ、むしろ眼福だったと思います。視聴者の皆さんを代表して、ありがとうございました」
「佐藤さん、それ以上はセクハラですよ!」
よくわからなかったけど、途中でコメンテーターの人が合いの手を入れてうまく誤魔化してくれた。
とりあえず時間も押しているので、俺は次の店へと向かう。
「パンの他にも洋菓子や和菓子のお店もこんなにいっぱいあるんですね」
「はい、実は全国からいろいろな洋菓子や和菓子を月替わりや週替わり、日替わりで仕入れているんです。だから全てのラインナップが同じ日はありません。365日、いつお客様が訪ねて来られても、新しい驚きと新鮮感が味わえるようなコンセプトにしているんです」
商品棚の方を見ると、そこだけでも北から南、西から東までいろいろなところの商品が置いてあった。
「すごいですねー。俺も、お母さんやお姉ちゃんや妹になんか買って帰ろうかなぁ」
「あぁ、それでしたらこちらがおすすめです」
店員さんからお薦めされた商品を次々と紹介していく。
「向こう側はお惣菜やお弁当、新鮮野菜、フルーツなんかも売っているんですね」
「はい、他にも調味料だったり乾物、精肉や鮮魚、他にはワインなんかもかなりの量を取り揃えています。白銀さんと同じ生まれ年のワインも取り揃えております」
「へぇ、そうなんですね。まだお酒が飲める年齢ではないんですけど、記念に先に買っておこうかな……」
そういえば前世でも飲まないまま死んじゃったんだよなぁ……。
そうこうしているうちに、俺の出演時間も終わりに近づいていた。
「白銀さん、白銀さん!」
「はい、なんですか佐藤さん?」
「今日はありがとうございました! 最後に一つ質問いいですか?」
「はい、こちらこそありがとうございました! 自分に答えられる事なら大丈夫ですよ。でも時間大丈夫ですか?」
こっちはまだ大丈夫だけど、番組の方はこの後もいろんなコーナーがある。
自分のところで時間を使いすぎると、その分、他のコーナーが押されるのでスタッフの人たちは大変だ。
「あっ、大丈夫ですよ! この番組、いつもこうなんで。それでは、最後にひとつ聞きたいんですけど……彼女いないって本当ですか?」
「あ……はい……」
まさかの質問に、俺は言葉を詰まらせる。
そこを掘り返してくるとは思わなかったからだ。
「それってもしかしてですけど、まだ誰ともお付き合いしたことないって事ですか?」
「え、えぇ……まぁ、そういう事に、なり……ます、ね、うん」
うわぁぁぁあああああ! やめてくれ! もう俺のライフは0なんだぞ!!
俺だって、俺だって、誰かとお付き合いしてみたいよ!!
「いやっほう! 聞きましたか!? 全国の皆さん、佐藤は、佐藤はやりましたよ!!」
あー、きっと、今、テレビの前では、ぷーくすくす、白銀あくあってそういうことしたことないんだ、って笑われているに違いない。彼女がいないっていうのはそういう事だ。
「白銀さん、本当にありがとうございました!!」
「あ、はい……ありがとうございました」
くっ……生中継なのに、最後、少し気落ちして返事してしまった。
おい、白銀あくあ! アイドルなのにテレビの向こう側に笑顔を振りまけないでどうする? あぁ、そうだよ。俺はアイドルなんだ! アイドルだったら恋人がいなくてもおかしくないよな? ないよね? 誰かそうだと言ってくれよ!! 俺は死にそうな表情のまま、なんとか体に鞭を打って次の中継現場へと向かった。
次回更新は22時になります。




