幕間、月街アヤナ、好きって言っても、そういう好きって意味じゃにゃいんだから!
※本編がなろうではお見せできない内容なので、番外編のお話を投稿させてもらいました。
時期的にはバレンタインの時の話ですね。
今、世間ではあくあとえみりさんがしでかしたとあるCMで大変な事になっている。
『貴女に好きな人はいますか……?』
ショーウィンドウの中のテレビに映ったえみりさんの姿に、みんなが歩みを止めて釘付けになった。
コートを着て首元にマフラーを巻いたえみりさんは、息を切らして何処かへと走り出している。
一体、彼女はどこに向かっているのだろう?
手に持ったタータンチェックでお馴染みの紙袋が、ワクワクとした心が跳ねる様を表現するように左右に揺れる。
『この溢れる好きの気持ちを貴方に伝えたい』
えみりさんが走るのを止めて両膝に手をつくと、目の前にいた男性がこちらの方に振り向く。
画面には男性の鼻から下しか映ってないけど、誰が見てもあくあだって気がついた。
『2月14日に愛を贈ろう』
紙袋の中からリボンがついたハート型の紙箱を取り出したえみりさんは、ドキドキとした表情であくあにそれを手渡す。頬をピンク色に染めたえみりさんの表情はすごく可愛くて、女の私も少しドキッとする。
それは画面を見ていたみんなも同じなのか、誰しもがキュンとした顔になった。
『藤百貨店、バレンタインデイフェア開催中』
軽く微笑んだあくあは、森長が作った羊のメリーさんの形のチョコレートを甘噛みする。
えみりさんの乱れた髪を整えるように頭を撫でたあくあは手を繋いで同じ方向へと歩き出した。
「何度見ても雪白えみり、やっば……」
「顔ちっちゃすぎでしょ。嗜……カノン様レベルじゃん」
「あくあ様並みに顔面凶器だと思う」
「あのPVといい、ガチの美女だよね」
彗星の如く芸能界に現れたえみりさんに世間は大騒ぎだ。
それも2人が共演した藤のこのCMがきっかけとなって、バレンタインとかいう聞いたこともないイベントでどこも賑わっている。
私は被っていたキャスケットを目深く被ると、テレビ画面を尻目にして大通りを横切った。
そのままタクシーを拾った私は、自宅へと向かう。
「ただいま」
誰も居ない部屋にそう呟いた私は、変装のために身につけていたマフラー、キャスケット、メガネを外す。
今日は思ったより暑かったな……。キャメルのコートを脱ぐと、中のニットからムワッとした熱気を感じる。
あ……脇汗かいちゃった……。仕方ない、着替えるか。
ニットを脱いだ私は、鏡の前で腕を持ち上げて汗拭きシートで脇汗を拭く。
ふきふき、ふきふき……ついでに胸の谷間の辺りとかも汗が溜まってるから拭いとこ……。
ピンポンピンポンピンポーン!
はいはい、そんなに鳴らさなくってもわかってるって、もー! せっかくの休みに誰よ!
「アヤナちゃーん! いるー?」
「ゆかり、声が大きいって……しーっ」
インターフォンの向こう側には、ゆかり先輩と困った表情をした阿古さんが映ってる。
なんだろう。また何かあるのかな?
私はとりあえず近くにあった服を適当に着ると、呼び出しに応えて2人を家に招き入れる。
「ごめんね、アヤナちゃん。ゆかりがまた迷惑かけて……」
「いえ……いつもの事ですし、一人暮らしだから気を遣う人もいないので別に大丈夫ですよ」
ゆかり先輩は、ソファに座ると自分の自宅のようにくつろぐ。
この人のすごいところは、あくあのお家を訪ねた時も同じような態度だった事だ。
男の子だからといって、ミリも気をつかわないんだよね。
それどころか、あくあが部屋に何か隠してないか探しに行こうだなんて言うし……。
うっ……あの時の事を思い出して顔が赤くなる。
『これって、私達がゆうおにでインタビューに答えた記事だよね』
『はい。確か水泳回だったから水着でインタビューに答えて、そのまま水着の宣伝も兼ねてグラビア撮影もしたんですよね』
最初は私達の記事を読み込んでくれていたのだと思ってた。
でもよく見ると私達のグラビアページにだけ、何か汁のようなものが飛び散った痕跡を見つけてしまったのである。
『あのさ、これって、そういう事……だよね?』
『わ、わわわ私にわかるわけないじゃないですか!』
そこからなんとかバレずにリビングに戻ったものの、その日の夜は眠れなかった。
「で、ゆかりは何しにアヤナちゃんのお家に行くって言ったわけ? その理由をまだ聞いてないんだけど……迷惑をかけるだけなら引っ張って帰るわよ」
「ほひ(ほら)、ほへよ(これよ)」
ゆかり先輩は私がさっき買ってきたばかりのお菓子を勝手に食べながら、タータンチェックの紙袋を手渡す。
阿古さんと一緒に紙袋の中を見ると森長の板チョコとかが入っていた。
「今日は3人でチョコレート菓子を作るわよ!」
えぇっ!? 小雛先輩がチョコレート……? 嘘でしょ?
「ゆかり……理由を聞いてもいい?」
「あのあくぽんたんが、ゆかり先輩にお菓子作りなんてできるんですか? なんてとぼけた顔で言うからよ!! ムキーっ! 今思い出してもむかつくわ! 見てなさい! 思いっきり美味しくて見栄えのするチョコレート菓子を作って、吠え面をかかせてやるんだから!!」
私は阿古さんと顔を見合わせる。
「ちなみに阿古さん、料理は得意ですか? はっきり言って私は苦手です」
「奇遇ね。私にできる料理はカップにお湯を注ぐラーメンだけよ」
阿古さん、それは料理と言わないんじゃ……。
「ゆかり、そういうわけだから私達は力になれないわよ」
「むむ……ねぇ、アヤナちゃん。誰か料理上手い人とか知り合いにいない?」
とりあえず頭の中にパッと4人ほど思いついた。
でもそのうちの1人はあくあなので自動的に消去する。
「同級生に2人、後はeau de Cologneのメンバーに1人だけ……」
「あー、そういえば、まろんって料理得意なんだっけ。うん、それじゃあよろしく」
「わかりました。でも来れるかどうかわからないですよ?」
「その時は大人しくこの3人で作るわ!!」
それを食べさせられるあくあの事を考えたら、それだけは絶対に避けた方がいい気がした。
私はチャットアプリを使ってまろん先輩にヘルプを求める。
「こ、こんにちは……」
「ほ……本物の小雛ゆかり……」
何故かまろん先輩と一緒に、呼んでもないのにふらんが来た。
ふらんは初めて会うゆかり先輩に対して、本能で恐怖を抱いたのか、珍しくまろん先輩の影に隠れている。
「ごめんね。ふらんが一緒に行くって、言うこと聞かなくって」
「別に大丈夫ですよ」
ああ、そういえば、ふらんはまだ小学生だから、まろん先輩のお家で面倒見てるんだっけ……。
とりあえず形から入るのが好きなゆかり先輩の指示で、みんなでエプロンを身につける。
流石に自宅のキッチンじゃ狭いので、マンション内のパーティールームを借りた。
「まろん先生、あくぽんたんが唸るようなチョコレート菓子が作りたいです!」
「うーん……流石にそれは難しいんじゃないかな。私、趣味で結構お菓子とか作るんですけど、毎日ご飯とかを見てる限り、あくぽん……あくあ君って、とてつもなく料理がうまいですよ? 魚を下ろしてる時の包丁さばきを見てると、もう完全にプロのそれだし……」
あいつ、そんなに料理うまいんだ……。
「ぐぬぬぬ! そっ、それなら下手って思われないくらい見栄えが良くて、味が美味しいやつで!」
「うーん、じゃあ生チョコを挟んだミニダックワーズとかにしますか? あくあ君ならきっと沢山もらうと思うし、ちょっとつまめるくらいの方が喜んでくれるんじゃないかな?」
そういうわけで私達はまろん先輩の指導の下、生チョコミニダックワーズを作る事になった。
「はい、まずはボウルの中に卵白だけを入れます」
「うぎゃー! なんで殻が入るのよ!」
ゆかり先輩……?
流石に私でも卵くらいはちゃんと割れますよ。
ゆかり先輩は阿古さんに手伝ってもらってなんとか次の工程へと進む。
「それではみなさん、そこにグラニュー糖を加えましょう」
「あっ……入れすぎちゃったかも」
思ったよりドバッと入っちゃった……。どうしよう?
隣に居たゆかり先輩の方からものすごい量が入ってる音が聞こえてきたけど、気が付かなかったふりをした。
あくぽん……あくあ、頑張って!
「大丈夫、3回に分けてミキサーでかき混ぜるから、少しくらいな……ね」
まろん先輩もわかっているのか、ゆかり先輩の方に視線を向けない。
「わっ、飛び散っちゃった……」
ミキサーで飛び散ったクリームがふらんのほっぺたに引っ付く。
それを指先で掬い取ったふらんはパクリと口の中に指を突っ込む。
「ん……あまあ」
あまりお行儀がよくないけど、私も同じように鼻先についたクリームを指先で掬って舐める。
ん……本当だ。甘い。でも美味しいとは言えないかな。
「えー次に、私がふるっておいた粉砂糖とアーモンドプードルなどを混ぜます」
ゴムベラで切るように混ぜる。
私は料理はあまり得意じゃないけど、こういう混ぜる作業は悪くないなと思った。
ここでも隣のゆかり先輩と阿古さんが騒がしかったけど、私はそっちを見ない。
目を合わせたら最後、巻き込まれる可能性があるからだ。
「はい、じゃあ次は絞り袋に入れて天板の上に絞り出しましょうね」
まろん先輩は、ささっと手際よく天板に生地を落としていく。
私とふらんが作った大きさがまばらだったり、形が歪だったりする生地と見比べると一目瞭然だ。
その一方でゆかり先輩の方は……うん、見なかった事にしておこう。
「粉砂糖をかけて、オーブンで焼いてっと……その間にチョコレートを湯煎しましょう!」
生チョコの材料を全部ボウルにぶち込んだまろん先輩はチョコレートを湯煎する。
ここは火傷したら危険なのでという事もあって、全部まろん先輩がやってくれた。
「それじゃあ焼き上がった生地に、氷水で程よく冷ましたチョコレートを挟もっか」
裏返した生地に絞り袋に入った生チョコを落としていく。
その上にもう片方の生地を挟んで完成だ。
「後はこれを袋で包んで箱に入れて完成ね」
なんかもう重要なところはほとんどまろん先輩がやってくれた気がするけど、きっと私の気のせいだって事にしておく。
「よーし、それじゃあ行くわよみんな!!」
「えっ?」
「行くって?」
「みんなって私も……?」
「アヤナ先輩、こーれ嫌な予感がします」
そういうわけでみんなで車に乗ってやってきました。
ベリルエンターテイメントの本社ビルです。
ここは今や日本で1番警備が厳重な場所だと言われていますが、社長がいるので全てのエリアが顔パスでした。
「せ、せせせ先輩、私達、ここに居ていいんですか?」
「さ、ささささささあ!?」
まろん先輩もふらんも周囲をキョロキョロと見渡す。
わかるよ。私達の事務所と違って、めちゃくちゃ綺麗だもんねここ。
「はい、みんなこっち見てー!」
男の人の声に2人の体がビクンとする。
あ……この声は確かノブさんかな?
ゆかり先輩のせいで私も何度かベリルにお邪魔してるから、そこそこはビルの中とかも知ってるんだよね。
私達は撮影室が開いていたので阿古さんに許可をもらって中を覗く。
「らぴすちゃん、相変わらずベリーベリーキュートよ〜。ンンーっ、あくあ君の気持ちがわかっちゃう!」
あら、本当にかわいい……。
らぴすちゃんって美少女だけど、それ以上になんかこう……存在自体が可愛いのよね。
「スバルちゃんも素敵よ〜、ああああっ、いつかお兄ちゃんと一緒に写真撮りましょうね〜!」
スバルちゃんはとあちゃんの妹だけあって本当に顔がそっくりだ。
でもとあちゃんより勝ち気な猫目をしていてボーイッシュ的な可愛さがある。
「んっんー! くくり様いいわ! そう、もっと女王様らしく!! イイッ! タイツを穿いたおみ足が素敵よ〜」
くくりちゃんは私たちに気がついたのか、こちらへと一瞬だけ視線を向ける。
それにビクンと反応したふらんが、猫みたいに髪の毛を逆立たせた。
「フィーちゃん殿下いいわぁ。そうよ、もっと元気よく両手を振り上げて! そうそうそうそう! ベリーグッド!」
「なのじゃ!」
フィーちゃんは元気よく飛び跳ねる。
ふふっ、相変わらず元気そうで羨ましい。
「ハーちゃん、もっと気だるげに!! そう! ダウナーな感じがそそるわぁ〜!」
ハーちゃんことハーミー元殿下は、カノンさんの妹だ。
改めて思うとやばいわね。この空間だけ、軽く世界の縮図みたいになってない?
「私、確信したわ……! この子達ならきっと世界を獲れる! ねぇ、そうでしょ、あくP!」
あくP? あ……奥を見ると、あくあが腕を組んで椅子に座って撮影の様子を眺めていた。
状況が飲み込めないのか、まろん先輩とふらんはポカンと口を開けて固まっている。
あぁ、そっか、オーディション番組の結果、まだ地上波じゃ流れてないものね。
「くっ……みんなが可愛すぎて直視できない。早く……早くみんなに課金させてくれ……!」
そう言ってあくあはポケットから取り出したポチ袋をみんなに手渡していた。
なんか厚みすごいけど大丈夫それ? 結構な大金入ってない?
その様子を見たゆかり先輩がスススっと撮影室の中に入る。
「何やってんのよ。このあくぽんたん」
「げげっ、小雛先輩! どうして先輩が俺のパラダイスに……?」
「げげって何よ! 人を妖怪みたいに言うな! ほら、私だってかわいいでしょ?」
ゆかり先輩はウィンクしながらあくあに投げキッスした。
「小雛先輩……ちょっときついっす」
「ムキーっ! 私にここまでやらせておいて、少しは褒めなさいよ!!」
「いや、小雛先輩が勝手にやっただけじゃ……」
「だからって、あくあの場合、これがアヤナちゃんや阿古っちだったら絶対に褒めるじゃん!!」
「だって、阿古さんもアヤナも普通にかわいいし……」
「えっ!?」
ちょっと、あくあ! 不意打ちはやめなさいよ!
ゆかり先輩といつものように戯れ合うのはいいけど、しっかりしているように見えて実は無垢な阿古さんは結構こういうの弱いんだからね。もう!!
「まぁ、今日はそれはいいわ。それよりもこれを見なさい!」
ゆかり先輩は鼻息荒く、これはどうだと言わんばかりにチョコが入った箱をあくあに手渡す。
こんな態度で男性に物を渡せるのは、世界中どこを探してもゆかり先輩だけなんじゃないかな。
「どうよ! 私からの手作りバレンタイン菓子よ! 涙を流しながらありがとう小雛先輩と拝みながら食べるといいわ!!」
ゆかり先輩から菓子箱を受け取ったあくあはこっちに近づくと深々と頭を下げた。
「みんなごめん。うちの小雛先輩が迷惑をかけたみたいで、ほんとすまん」
「あ、うん……別に楽しかったし……ね?」
「あ、そんな、謝らなくても私も作ろうと思ってたから、ちょうど良かったっていうか……」
「わ、私も楽しかったから……別にあくあ様に謝ってもらわなくてもいいです」
「こっちこそごめんねあくあ君。忙しいのに、またゆかりが迷惑かけて……」
「ちょっとぉ!! なんでそうなるのよ!!」
ゆかり先輩はあくあの腕を掴むとぶんぶんと体を揺さぶる。
ふふっ、ふふふっ、あまりにも2人がおかしくってつい笑い声が漏れた。
それを見たみんなに笑いが感染してしまう。
なんだろ、さっきまで部屋に1人でいたのが嘘みたい。
この2人と共演してから毎日がこんな感じだ。
「あくあ、これ」
「ん、サンキュ!」
あくあは私からもらった紙箱を開けると、包み紙を解いて生チョコダックワーズを口の中に放り込んだ。
「ごめんね、形は歪だけど、味はまろん先輩監修だから間違いないと思う」
「うん、うまい。上手にできてるよ。それにこういうのは形が少し歪なくらいが男としてはグッとくるものがある。アヤナ、料理得意じゃないって言ってたのに、俺のためにありがとな」
へ、へぇ〜、歪な方がグッとくる……そうなんだ。全然知らなかったな。
う、うん、別に興味ないけど、一応覚えておいてもいいかなと思った。
「あ、ああああの、よかったらあくあ様、私のも……」
「ありがとう、ふらんちゃん」
「あわわわ、よっ、よかったら私のも」
「ありがとうございます。まろんさん」
あくあはまろん先輩やふらんからもチョコを貰ってお礼を言っていた。
「あくあ君、ちょっと早いけど私からもこれ……」
「阿古さん、ありがとう。阿古さんからチョコをもらえてすごく嬉しいよ」
たまに思う時がある。
この2人って本当に付き合ってないのかな?
阿古さんとあくあの間には、なんというかカノンさんとは違う独特の空気感がある。
「ちょっとぉ! みんなの食べたんだから、私のも食べなさいよ!」
「はいはい……」
あくあは同じように袋から取り出した生チョコダックワーズを口の中に放り込む。
「んぐごっ!?」
次の瞬間、あくあはその場にバタンと倒れる。
「あくあ!?」
「あくあ君!?」
「兄様!?」
「あくあお兄さん!?」
「あくあ様、しっかりしてください!」
「うわああああん、あくあお兄ちゃんが死んじゃうのじゃ!」
「きゅ、救急車……!」
「あわわわわわわわわ」
「ええ……そんな変なものは入ってないはず……、小雛さん、何か入れました?」
みんながゆかり先輩の顔を見つめる。
するとゆかり先輩は何かを思い出したのか、ポンと手を叩く。
「あ……やっぱグラニュー糖入れすぎたから、調整で塩を入れたの失敗だったか……」
それだー! ゆかり先輩、てへぺろしたってダメですよ!
私達はうなされるあくあが復活するまでの間、みんなで必死に介抱した。
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