白銀あくあ、いざ長野へ。
いいですともの出演を終えた俺は、家族旅行で長野県の諏訪に来ていた。
「ここがあーちゃんの予約してくれたところなのね。こんな素敵なところをありがとう。あーちゃん!」
「あくあちゃんとまた一緒に家族旅行できるなんてお母さん嬉しい!」
しとりお姉ちゃんと母さんが俺に抱きつく。
2人が喜んでくれてるみたいで俺も嬉しいよ。
「うっ、うっ、うっ、まさかこうやって家族で旅行ができるなんて……」
俺は美洲お母さんにそっとハンカチを差し出す。
前にライブツアーのついでに家族旅行をした時も美洲お母さんは同じように泣いてたっけ。
「らぴす! らぴす! 早く遊びに行こう!」
「もーっ。ラズリーったら、先にチェックインして荷物を置いて集合時間を確認してからですよ!」
らぴすとラズリーはだいぶ打ち解けたと思う。側から見れば、本物の姉妹のように見える。
普段はしっかり者のらぴすがお姉さんって感じを出してるけど、ここぞという時に引っ張っていってくれるラズリーの方が実はお姉さんタイプだ。
「あれ? 白銀家じゃなくて桐花組って何? えみり先輩、あくあと一緒に予約取りに行ったんですよね?」
「普通に白銀家御一行で予約取ると周りのお客さんにバレて騒ぎになるだろ? だから、ほら、ファミリー感を出しつつ名前を建設会社っぽく偽装しといた。普通に白銀組でも良かったんだけど、こう、組っていうと自然と私の頭に姐さんの顔が思い浮かんできたんだよ。ほら、姐さんは私達のリーダーで親分肌だしさ」
「えみり、オマエスゲエヨ」
「えみりさん、後でちょっとだけお話ししましょうか」
「ヒィッ!」
カノン、えみり、楓、琴乃の4人も嬉しそうだ。
心なしか、えみりの肩をギュッと掴んだ琴乃の目が三白眼になっていたが、俺は気が付かなかったフリをする。
「旅館といえばサスペンス……。はっ!? まさかこれは、白龍アイコのみちのく湯けむりサスペンスシリーズ。白銀家の混浴温泉ツアー。白龍アイコを殺した最愛の男は誰だ!? のフラグでは!?」
「えっ? 作家の白龍先生が死んじゃうんですか!?」
アイと結の2人も楽しそうで何よりだ。
それと、アイはその小説を書くならタイトルを変えた方がいいぞ。
なぜなら最愛の男って時点で犯人が俺しかいないからな!!
「ねぇねぇ。リサちゃん、うるはちゃん。諏訪湖って夏休みの間、毎晩花火してるんだって」
「へー、そうなんだ。毎日ってすごいね。楽しみー」
「ココナさん、うるはさん、チェックインが済んだみたいですわよ」
ココナ、うるは、リサの3人も楽しそうだ。
最初は家族旅行だからと遠慮してたが、どうせいずれは結婚するんだから来たらいいと誘って良かった。
「皆様。ちゃんと旅行のおやつは300円までに収めてきましたか?」
「ペゴニア殿、300円では一個しかお菓子が買えないでござる」
「りんちゃん、びっくりベリルチョコ、シール入りなら3つ買えるよ。3個買えば300円だから」
「バナナはおやつに含まれるのか否か。ピーッ、ガーッ!」
「みこと、大丈夫ですか? その問題はきのこたけのこ問題並みに根深いので深く考えるとオーバーヒートしてしまいますよ!!」
ペゴニアさん、現代で300円は世知辛いよ。せめて500円にしよう。
ていうか、これは遠足じゃなくて旅行だから、好きなおやつ買ってよ。
俺はみんなに、好きなだけお菓子買っていいよと言いに行った。
「よーし。じゃあ、みんな部屋に行くぞー!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
俺を含めて総勢18人。流石に多すぎたか。
でも、こんなに喜んでくれるなら、また正月終わりから新学期までの間のどこかで旅行に行こうかなと思った。
次回は今回、不参加になった揚羽さんやナタリアさん、ヴィクトリア様達も一緒に行けたらいいなと思う。
「おー。すごくいい景色ですね」
俺は部屋に入ると、窓から見える雄大で美しい自然に圧倒される。
「はい。諏訪湖の奥に見えるのがボッチ山になります」
ボッチ山ぁ!?
俺はすかさずポケットからスマートフォンを取り出すと、写真を撮ってメッセージアプリで送信する。
白銀あくあ
知ってます? この山、ボッチ山って言うらしいですよ!!
この山を見ていると、何故か自然と小雛先輩の顔を思い出します。
小雛ゆかり
帰ってきたら一発しばいていい?
月街アヤナ
いいと思う。
天鳥阿古
許します。
女将さん曰く、ボッチ山のグッズを売ってるので、帰りにお土産でTシャツでも買って帰ろう。
俺は荷物を置くと、らぴす、ラズリーの2人と散歩に行く。
「兄様、風が気持ちいいですね」
「そうだな。らぴす」
「あくあお兄様、写真撮ってー!」
「ああ。いいぞ。ラズリー」
俺はにやけた顔で妹2人の写真を撮る。
同じデザインで色違いの黒と白のワンピースと、そこから伸びる汚れのないおみ足が眩しい。
「らぴす、最近はどう? 学校生活でもいいし、アイドルの仕事で悩みがあったら、いつでも相談してくれていいからね」
らぴすは王道系アイドルグループとして、着実にファンを増やしている。
現場に同行しているスタッフからも頑張っていると聞いた。
「うーん。悩み……って程じゃないけど、ラズリーちゃんのゲーム配信とか見てると、小雛ゆかりさん相手にも遠慮なく暴言を吐いててすごいなって思いました」
らぴす、それは真似しなくていいぞ!!
「あれは、業界の重鎮なのに、小雛さんがいつまでもフガフガしてるのが悪い!」
その配信、俺、見たわー。
ボッチ会の一員であるラズリーが同じくボッチ会の一員であるくくりちゃんと一緒にボッチ会の会長である小雛先輩をFPSゲームでキャリーしてるんだけど、配信時間が長くなってくると小雛先輩が壊れちゃうんだよな。
エイムもふにゃふにゃになるし、なんならフガフガ言ってて何言ってるのかわかんない時もある。
この前の配信でも、ふらふら散歩してた時に無言で倒された小雛先輩を見たラズリーの「何やってんの!? しっかりしろよ! ゆかりぃぃぃいいいいい!」という叫びを聞いた時は大笑いした。
あの後、ラズリーは小雛先輩に呼び捨てにしてごめんって言ってたけど、FPSゲームの配信はそれくらいの距離感が見てる方としては一番面白い。
逆のパターンだと、たまにやるえみりと楓のゴマスリキャリーFPSも面白いけど、あれで面白くなるのはえみりと楓だけだ。ゴマすってる相手に怒られるなんて芸当、とてもじゃないけど俺にはできないわ。
「ラズリーはどう?」
「特にないけど、毎日送ってくる小雛さんからのメッセージの量が多すぎてちょっと鬱陶しい。一緒に暮らしてるのに、今、起きたってメッセージはいらないよね」
「ラズリー、それは既読無視してもいいぞ。俺のところにも来るけど、反応しても反応しなくても50通くらいくるから。とりあえず通知をオフにするところから始めよう」
俺はラズリーからスマートフォンを借りると、小雛先輩からの通知をオフにする。
あの人、構って貰える人にはとことんウザ絡みするからな。
ラズリーは同じボッチ会の会員だし、意外と遠慮がないから絡みやすいんだろうなあ。
「あくあちゃーん! らぴすちゃーん! ラズリーちゃーん!」
あ、母さん達だ。
俺達は後から来た母さんと美洲お母さん、しとりお姉ちゃん達と合流する。
「せっかくだからみんなでお昼食べましょ」
しとりお姉ちゃんの提案で俺達は昼食を食べに移動する。
どうやら俺の嫁達もいくつかのグループに分かれて行動しているらしい。
若干、楓とえみりが心配になったけど、琴乃とカノンがついていると聞いて安心した。
「しとりお姉ちゃん、最近、海外出張が多いみたいだけど仕事詰め込みすぎてない? 俺が休んでるからって、無理して頑張らなくていいからね」
「あーちゃん、お姉ちゃんの事を心配してくれるの? 嬉しい!!」
俺も自然と腕に当たってる感触が幸せすぎて嬉しいです!!
「あーちゃんこそ、ちゃんと休日を楽しめてる? 本当は完全休養させてあげられたらいいんだけど、この前のいいですともやベリルフェスとかちょくちょくお仕事入っちゃってるよね」
「それなら大丈夫。一時期もっと仕事が入ってた事を思えば全然だよ」
実際、忙しい時は学校が終わった後に5件くらい予定が入ってた日もあったしな。
俺が大丈夫大丈夫、もっと仕事を入れてと言った結果がそれなので阿古さん達が悪いわけじゃない。
むしろ色々できるのが楽しすぎて、俺が無理言って仕事を入れすぎてたんだと思う。
「お互いに無理だけはしないようにしようね。しとりお姉ちゃん」
「うん!」
俺は前を歩く母さんにも声をかける。
「母さんはどう? そっちの会社の事はよく知らないけど、あんまり無理してない?」
「うーん。最初はあーちゃんへのお見合いの申し込みが物凄く多くて大変だったけど、最近はそれも落ち着いてきたし、ベリルの方は阿古さんに全部お任せしちゃってるから全然大丈夫よ」
俺へのお見合いの申し込みってどれくらいきてたんだろう?
試しに母さんに聞いてみると、体感日本の人口の9割くらいからあったと聞いた。
嘘だろ……。
「母さんごめん。俺がまだ白銀家に居た時、夜遅くまで起きてたのはそれが原因だったんだな」
「ううん。いいのよ。あーちゃん。結さんに相談したら、政府の人も手伝ってくれたし、忙しかったのは本当に少しの間だけだったから」
そっか。後で結達にもお礼を言っておこう。
政府の人って事は理人さんやしきみさん達も協力してくれたんだろうなと思った。
「美洲お母さんはどう? 今度ステイツの連続ドラマに出るって聞いたけど」
「うん。小雛さんに負けたのが悔しかったからね。だからもう次はない」
美洲お母さんは諏訪湖の先にあるボッチ山へと視線を向ける。
その横顔だけでもう何かの映画のワンシーンにしか見えない。
「あくあ君、見てて。お母さんが本当にすごい女優だって事、教えてあげる」
美洲お母さんがすごい女優なのは知ってるけど、俺は「わかった」と頷くだけにした。
どうやら、次の賞レース。俺と小雛先輩もウカウカはしていられないようだな。
男性陣だとBERYLのみんなはもちろんのこと、石蕗さんがすごくいい演技をしている。賀茂橋さんもいいけど、今、男性陣で俺とは別のベクトルで、俺にはできない素晴らしい演技をしているのが石蕗さんだ。
それに加えてもう新人賞のカテゴリから外れる俺とアヤナは、次の賞レースでは美洲お母さんやディフェンディングチャンピオンの小雛先輩と競う必要がある。
もしかしたら次回は受賞なしなんて事もあるかもなと思った。
普通なら悔しがるところだが、それを想像したらちょっとだけワクワクしてくる自分がいる。
やっぱり競い合う相手、切磋琢磨できるライバルがいると楽しい。
「そういうあくあ君はその……役者として悩みとかない? お……お、お、お、お母さんで良かったらいつでも相談に乗るけど……」
美洲お母さんは相談して欲しそうに俺の顔をチラチラみる。
本当は相談する事なんて何もないけど、それはあまりにも可哀想なので何か相談してみるか。
「それじゃあ、美洲お母さんから見て、俺はどういうドラマに出た方がいいと思いますか?」
ありがたい事に俺は今、役者として仕事を選べる立場だ。
俺のところには数多くのオファーがあり、その中から自分が面白いなと思う作品にばかり出演してる。
小雛先輩はそれで良いって言ってくれるけど、同じく仕事を選べる立場にいるであろう美洲お母さんがどういう意見なのかが気になった。
「あくあ君はヘブンズソードの成功があって、最近はヒーローやアクション寄りの作品とか規模の大きい大作映画の出演が多いよね。私としてはもっと年相応の学園系のラブコメとか、コミカルな感じのコメディに寄った作品に出てもいいのかなと思う。あくあ君は本質的には小雛さんより私の方に近いだろうから、ヒーロー的な主人公の役とかシリアスな役に向いてるけど、そういう役ばっかりやってても私の後追いになるだけだから勿体無いよ。その点、コミカルな描写があったヘブンズソードの本郷監督とか、高校生役をやらせた司先生の脚本はあくあ君の事をちゃんとわかってると思う」
なるほど……。確かに言われてみたら、年相応な役とか全然やってないなと思った。
どうやら自分でも気が付かないうちに演じる役が偏り始めていたみたいだ。
「ありがとう。美洲お母さん。ちょっと今来てるオファー見て考えてみるよ」
「う、うん。あくあ君が参考になったのなら、私はすごく嬉しい」
嬉しそうに照れた美洲お母さんの顔を見て、相談してみて良かったなと思った。
小雛先輩からも自分に遠慮しなくていいから、美洲お母さんに相談したい事があったらしろって言ってたしな。
「あ、みんなー! そこのお店どう?」
「天ぷらそばか。いいんじゃないかな?」
「うんうん。信州はお蕎麦が美味しいって言うしね」
俺達は仲良くお蕎麦屋さんに入ると、久しぶりの家族団欒を楽しみながら天ぷらそばを楽しんだ。
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