小雛ゆかり、いいですとも夏のSP。
今日はいいですとも夏のスペシャル回だ。
ゲストに選ばれた私は舞台袖でその時が来るのを待つ。
「それでは今日のゲストはこちらの方です」
守田さんの掛け声に合わせて私はステージに出る。
「ぎゃ〜!」
「小雛ゆかりだー」
「うわー!」
カチンときた私は登場の勢いのまま、観客席の前まで出る。
「ちょっと! 昨日の時点で今日のゲストが誰かわかってるはずでしょ!! なんでわかっててそのリアクションなのよ!! ふざけんな!!」
「小雛さーん。観客席の人たちに喧嘩を売らないでくださーい」
守田さんの声に、観客席から笑い声が聞こえる。
全くもう! 私が出てきたらとりあえず悲鳴あげとけばいいみたいなのやめておきなさいよね!!
「うぇっへっへっ、相変わらずですね〜。あ、普通ならここでお花の紹介なんですが、今日は来てません」
「はあ!?」
私の素っ頓狂な声に合わせて観客席から大きな笑い声が沸く。
最初は守田さんの冗談かと思ったけど、本当に花が一個も来てないじゃん!
えぇっ!? 流石に越プロくらいからは来てるでしょ!!
私は花があるべき場所を前にうろうろキョロキョロする。
いやいや、ワンチャン越プロは抜けてる奴らが多いから花が来てないのはわかるけど、アヤナちゃんとか、意外と律儀なあくぽんたんとか、意外としっかりしてる楓とかは花送ってきたりしてるでしょ!
えっ……? それとも、私が今まで見てたのはやっぱり夢で、本当の私はボッチ・ザ・ワールドのままだったの!?
「えー。実はですね。お花が入りきらなかったので、通路にまとめて飾ってます!」
「もーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
脱力した私はその場にへたり込む。
悪い顔をした守田さんに対して、私はやられたと思った。
「それと前回のゲストだった鞘無インコさんからのメッセージです。拝啓、ゆかりへ。白銀キングダムに引っ越したと聞きましたが、周りの皆さんにご迷惑をおかけしていませんか? あくあ様にダル絡みして鬱陶しがられたり、楓と一緒にしょうもない悪巧みを考えたり、それを見たアヤナちゃんに引かれたり、天鳥社長にため息をつかれたり、カノンさんや琴乃マネに気苦労をかけたりしていませんか? 間違っても調子に乗って料理を作ったり、家事を手伝ったりしてはいけませんよ。冗談じゃなく、人が死にます。それと、今までぼっちだった反動で集団生活が楽しすぎてハメを外したりしないでくださいね。いつかは私もそっちに移住するので、それまで待っててください!!」
「あんたは私のおかんか!! ていうか長いのよ!!」
何なのよもう!
それと料理に関してはわかるけど、いくら私でも家事を手伝ったくらいじゃ死人が出たりしないわよ!!
この前、お風呂掃除してたら、硫化水素? とかいうのが発生してあくあがものすごく慌ててたけど、それくらいしかしてないもん!!
「相変わらず、そこは仲いいよね。普段集まったりしてるの?」
「インコが例のクソゲーのせいで、東京で軟禁されてるから、月一くらいは会ってるかな?」
この前、配信見たらまだやっててびっくりしたわ。
もう半年近く経ってるんだから、いい加減クリアできててもおかしくないのに、あいつったらいつまであのゲームやるつもりなのよ。
インコってそんなにゲーム下手じゃない。ううん、むしろ上手い方なのに、それでもクリアできないとかクソゲーにも程があるわよ。私なら、そのデモディスクで開発スタッフに向かって円盤投げして遊んでるわ。
「やっぱり飯食ったりとか?」
「それしかないでしょ。あいつらと遊んで何が楽しいよ」
大抵いつもは居酒屋とか焼き鳥屋さんで集まって、仕事とかプライベートの話を適当にするくらいだ。
そもそも軟禁されてて悶々としているインコのストレス解消をするために始めたみたいなもんだしね。
「いやいや、ボウリングとか……」
「ボウリングなんかしたら、楓のせいでボウリング場が壊れちゃうじゃない!」
観客席から大きな笑い声が聞こえてくる。
「あ……でも、この前は5人でカラオケしたわ。流石の楓も握り慣れてるマイクは壊したりしないから」
「へー。小雛ゆかりさんって何歌うの? ちょっと想像できないんだけど……」
「私? eau de Cologneの曲とか。この前は私とまろんとイリアで歌ったわよ」
「誰のパート歌ったの?」
「もちろんアヤナちゃんでしょ」
「「「「「えーっ!」」」」」
私は席から立つとすぐに観客席の前まで出ていって観客に文句をつける。
なんで私がアヤナちゃんのパートを歌うだけで「えーっ!」って言われなきゃいけないのよ!!
「私だってアヤナちゃんの歌を歌ったっていいじゃない!!」
「どうどう!」
守田さんに嗜められた私は、観客席を睨みつけつつ自分の席に戻る。
「あくあ君の歌とか歌わないの?」
「なんで私があいつの曲を歌わなきゃいけないのよ!」
まぁ、たまに歌ったりはするけど、絶対にここで言ったりしない。
言ったら最後、後でニヤニヤしたあくあに何を歌っているのか聞かれそうだからだ。
「そういえば、さっき鞘無インコさんのメッセージでもあったけど、白銀キングダムに引っ越したんだって? どう?」
「うーん。引っ越す前から阿古っちやアヤナちゃんとシェアハウスしてたから、私としては、そんなに変わった感じはないのよね。私よりも今まで執筆のために1人暮らししてた白龍先生の方がソワソワしてる気がする。むしろおどおど?」
観客席から笑い声が漏れる。
白龍先生ってば、意外と人見知りなのか、気がついたら隅っこにいるのよね。
端っこはぼっちである私の定位置なんだから、白龍先生は御局様みたいに、もっと真ん中にドーンと座ってなさいよ。
「白龍先生といえば、柳川賞と植村賞のW受賞、おめでとうございます!!」
「ありがとうございます。本人にも伝えておきます」
私と守田さんはお互いにペコペコと頭を下げる。
「それはそうとして、多分、みんな気になってると思うんだけど、あくあ君と白龍先生の結婚ってどうなったの? ていうか、そもそも婚約発表もしてないでしょ。小雛さん、なんか知らない?」
「ちょっと前まで雑誌のインタとか、テレビ局の取材で忙しかったから、そろそろするんじゃない? 結婚式はちゃんとやるって聞いたわよ。守田さんも来る?」
私の誘いに、守田さんはいつも引き笑いを見せる。
「いやいや、そういうのって第三者が誘ってもいいの!?」
「いいんじゃない? なんなら楓も妊娠してるし、守田さんが代わりに司会してくれる?」
うん、我ながらナイスアイデアだ。
鬼塚アナに頼んでもいいけど、楓の妊娠を考えると、ずっと鬼塚アナが続いちゃって負担が増えちゃうよね。
体力が取り柄の楓ならいくら酷使しても大丈夫だけど、鬼塚アナは普通の女の子だもん。無理しちゃいけない。
「いくらなんでも主役の2人を差し置いてフリーダム過ぎでしょ!」
「何? 嫌なの?」
「いや、別に嫌って訳じゃなくて、むしろオファーしてくれるなら、私だって喜んでやりますよ」
「じゃあ私から言っておいてあげる。どうせ、結婚式も藤テレビで中継するんだから、ちょうどいいじゃん」
藤テレビで中継するという言葉を聞いた観客席が大きく盛り上がる。
あれ? テレビ中継するってまだいってないんだっけ?
「それ、バラしていいの?」
「別に中継局の発表なんて勿体ぶる事ないでしょ。さっさと発表すればいいじゃない」
スポンサーの関係で発表できないとか、本人達の都合でとか、テレビとかの都合でっていうのならわかるけど、別にそんな事ないって言ってたしね。
その後も、私と守田さんとの軽快なトークが続く。
んー、ちょっと長く話しすぎてるけど、まぁ、止められないし、いっか。
そういうのは私が気にする事じゃないしね。
「うぇっへっへっ、相変わらずだねぇ。あくあ君の苦労が目に浮かびます」
「いやいや、あいつはあいつで、みんなに苦労させてるからね! この前だって、ベリルフェスの被害者の会でショボーンとしちゃって、それを慰めるためにみんなでおっ……」
おっぱいと言おうとしたところで私は踏みとどまる。
「おっ!? もしかして、あくあ君の好きなアレですか!?」
「なんでもない!」
「いやいや、なんでもない事ないでしょ!!」
なんで、守田さんはそんなに食いつきがいいのよ!
「お、煽ててあげたりとか、元気になるようにチヤホヤしてあげたのよ!」
「本当にぃ!?」
本当はあいつの希望で色々しちゃったりとかしたけど、そんな事は絶対に言ったりなんてしない。
「いやいや、今のおっは、アレしかないでしょ」
「そんな事ないもーん!」
私は首を大きく傾けて素知らぬフリをする。
「小雛さん、わかりやすすぎでしょ。でも、これ以上は放送倫理コードに引っかかるかもしれないのでやめておきます。スタッフからもカンペ出てるしね」
ふぅ……。全く、あいつのせいで巻き添え事故をもらうところだったわ。
「というか、2人ともそこまで仲がいいのに、2人は結婚したりしないの?」
「はあ!? なんで、私とあいつが結婚しなきゃいけないのよ!!」
そんな事、天地がひっくり返っても……いや、流石に天地がひっくり返るよりかはあり得るか。
「宇宙から降ってきた隕石が地球に当たるよりも確率低いわよ」
「という事は0ではないんですね」
生きている限り何に関しても可能性は決して0じゃない。
それが私の持論だ。
「あいつが阿古っちを人質にとるとか、アヤナちゃんの生死がかかってるとかならワンチャンあるかな。私も2人を見捨てたりとかできないしね」
「そのレベル!?」
そもそもあいつが私に対してそういう事を言ってくる事なんてないでしょ。
だからこの議論は無駄だ。
「いやいや、なんで俺が阿古さんを人質に取ったり、アヤナの生死をかけて小雛先輩に結婚を迫ったりしなきゃいけないんですか! そんな事なんてしませんよ!!」
「「「「「「「「「「きゃーーーーーっ!」」」」」」」」」」
舞台袖から飛び出てきたあくあに対して、観客席から黄色い悲鳴が飛んでくる。
あーあー、うるさいうるさい。
「ちょっと! まだ終わってないんだけど!!」
「いやいやいや、長いんだって! 1人10分だって言ってたじゃないですか!
そういえばそんな事を言ってたような気がするけど、それならカンペ出せばいいじゃない!!
なんで私が出演時間まで管理しなきゃいけないのよ!!
「まぁまぁまぁまぁ」
舞台袖から出てきた楓が私とあくあの間に入る。
ちょっと! あんたの出番は、まだ先でしょ!!
「あれ? この流れは森川楓の部屋の二の舞? 私のご長寿番組も乗っ取られますか?」
「すみません。本当にすみません」
さらに後ろから出てきたアヤナちゃんが守田さんに対してペコペコと頭を下げる。
そのアヤナちゃんに続いて、舞台袖からまろんとふらんちゃんの2人も出てきた。
続いてえみりちゃん、イリア、とあちゃんに天我君、黛君とゾロゾロと舞台袖から出てくる。
「ちょっと、何、私の口にガムテ貼ろうとしてるのよ!!」
「もう、小雛先輩は今日、喋んなくていいでしょ!」
あくあは私の口をガムテで塞ぐ。
幾ら何でも相手が私だからって、雑すぎでしょ!!
「ふがっふ、ふがふがふがふーが!!」
「ダメだこの人、ガムテで塞いでもうるさい!!」
うるさくて悪かったわね!!
私とあくあの子供みたいな取っ組み合いの喧嘩に、観客席が大爆笑する。
「ちょっとちょっと! そこの2人は自分の本業を思い出して!! アイドルと女優でしょ! お笑い芸人じゃないんでしょ!! もう既に有名なのに、いつまで経っても爪痕を残そうとする若手ムーブはやめてくださーい!」
守田さんの仲介で私たちは取っ組み合いのケンカをやめる。
私はガムテープを剥がすと、一番後ろから入ってきた白龍先生へと視線を向けた。
「そうだ。せっかくだから、ここでもう婚約発表しちゃいなさいよ」
「「えぇっ!?」」
驚くあくあと白龍先生を見て、守田さんはテーブルを叩いて喜ぶ。
「本当にフリーダムだよね。でも、いいんじゃない? せっかくだから、もうここで婚約発表しちゃおうよ」
うんうん。2人とも忙しいんだからいい機会じゃない。我ながらナイスアシストよね。
観客席や他の出演者達からも2人に対して、温かい拍手が送られる。
「それでは一旦CMです。チャンネルはそのままで!」
こうして、急遽、いいですとも夏休みSPの最中に2人の婚約発表会が始まった。
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