ぐっどもーにんぐ、白銀あくあです!
朝5時、俺としとりお姉ちゃんは、阿古さんの運転する車で藤百貨店の運搬用の出入り口から建物に入る。
藤百貨店の建物内に入ると、既に多くのテレビ局のスタッフや藤百貨店の人たちで中は賑わっていた。
「おはようございます。朝早くからお疲れ様です!」
「先日はお世話になりました。今日もよろしくお願いします」
すれ違う人たちそれぞれに挨拶を交わしつつ用意された更衣室で服を着替える。
その後は、念のために再度台本チェックして、スタッフの人たちと台本に変更がないかを確認した。
今回、藤百貨店側から指定されたのは、この商品とこの商品を番組内で紹介してほしいという決まりがあるだけで、それ以外の指定は何一つない。局側の指定も特になく、自由な白銀あくあを見せてほしいとのことだった。
広告代理店さんによると、そっちの方がより自然な感じが出ていいのではないかという事らしい。
そこで俺は自分で考えた紹介方法を代理店さんを通じて双方に提案したら、それで行こうという話になった。
「藤テレビのはやおきです。中継まであと10分を切りましたので白銀あくあさん、スタンバイお願いできますでしょうか?」
「はい! ありがとうございます。大丈夫です!」
今日、最初に出演する番組は藤テレビのはやおきという番組だ。
藤テレビはその名前の如く、元々は藤財閥関連の放送局である。
報道の公正さを保持するためにという理由で、藤のグループ企業からは数十年以上前から完全に切り離されてはいるが、やはり元々は同じ会社なだけあってその繋がりは大きい。
「そろそろ中継入りまーす」
俺は所定の位置にスタンバイすると、インカムの音に集中する。
「それでは今日は、改装オープンをする藤百貨店を一足早く現場からお伝えできればと思います。現場のリポーターを担当してくれるのは……なんとこの人です! 白銀さーん、現場の白銀あくあさーん! 聞こえますかぁ?」
俺はすぐに返事をせずに、演出のために一呼吸置く。
「あれ? 白銀さーん?」
少し不安げな司会者の声の後、俺は遅れて反応する。
「あっ……おはようございまーす」
声のトーンは少し抑えめ、聞き手にちゃんとわかるように滑舌ははっきりと、それでいて気だるげな寝起きのような感じで囁くように声を出した。
「白銀さん、朝早くからありがとうございます! ところで、お姿が見えないのですが……」
「あっ、ここですよ。ここ! カメラさん、こっちでーす!」
もちろんここも打ち合わせ通りだ。
カメラがわざとらしくターンすると、ベッドの上で寝転がった俺の姿を捉える。
俺は寝起きのように上半身をゆっくりと起こすと、目を擦ってあくびをする仕草をした。
「テレビの前の皆さん、おはようございます。現場の白銀あくあです」
「まだ眠そうですねー。大丈夫ですか?」
「ふぁ〜、実はというと、今日は朝の4時に起きたのでまだ眠いです」
ぶっちゃけ前日の夜の8時には寝てるのでもう目はバッチリだ。
でもそういうところは見せず、俺はわざとらしく乱れたパジャマを引っ張ってなおす。
俺の着ているパジャマは、猫の絵が描かれた少し可愛い感じのパジャマだ。
男女兼用で作られたこのパジャマは、女子が着るとオーバーサイズなのだが、写真で見たらモデルさんが可愛かったこともあり男としてはかなりグッとくる感じに仕上がっている。
「でも、お仕事なんで頑張りたいと思いまーす。そういうわけで今はここ、藤百貨店さんの寝具売り場にやってきました」
俺はわざとらしくベッドをポンポンと叩く。
「いやー、実はさっきまでこの東川さんのベッドを借りて寝てたんですが、あまりの寝心地の良さに本気で寝ちゃうところでした」
そこから先は、寝具売り場担当の人と言葉を交わしながら東川さんの寝具をさりげなく紹介する。
よく見るとベッドの値段が数十万もしてて、目が飛び出しそうになったのは内緒だ。
「ところで白銀さん、随分と可愛らしいパジャマを着てますが、その服はどうしたんですか?」
「あっ、実はこのパジャマなんですけど、これも藤百貨店さんの方から展示品をお借りしてるんです。最初はちょっとデザインが可愛すぎるからどうかなって思ったんですけど、着心地がすごくいいんですよね。だから、このまま買って帰ろうかなぁって思ってます」
喋っている間にパジャマ売り場に移動すると、流れるように着ているパジャマの商品説明へと移っていく。
ちなみに、コロールは本国では寝具やパジャマも作っているらしいが、こちらは契約上他社の製品を紹介しても良いことになっている。確か国内向けはフランチャイズ契約で違うところが作ってるからだったかな。
「このパジャマって色違いとかあるんですね」
「はい、男女兼用としてオーバーサイズとしても着用いただけますが、普通のレディースサイズで着用したいというお客様のためにご用意させてもらってるんです」
へぇー、なるほどね。
自分が着ていることは抜きにすると、このパジャマのデザインはなかなか可愛い。
同い年の殿下みたいな美少女が着ると多分普通に可愛いだろうし、阿古さんみたいな大人の女の人が着ると大人可愛いって感じの雰囲気になりそうだ。はぁ……どうせなら自分じゃなくて、女の子が着てるやつが見たかったなぁと思いつつ、俺はパジャマをそっと棚のハンガーラックに戻す。
「本当はもっともっとご紹介したい商品があるんですけど……そろそろ時間のようなのでスタジオにお返ししたいと思います」
俺はカメラの方を向くとニコッと微笑む。
「最後に、朝早くから起きてご家族の支度を整えてくれている全国のお母さんたち、こんなに朝早くからいつもありがとうございます! そしてこれから会社に向かう全国の社会人のお兄さんお姉さん、大変だろうけどお仕事頑張ってくださいね! そしてこれから学校に通う同じ学生のみんな〜、こんな時間に起きてるってことは部活の朝練か、少し遠いところから通学してるってことなのかな? 早起きしすぎて授業中に居眠りして先生に叱られないように! そして、こんな朝早くに起きちゃった幼稚園や保育所のみんな〜。朝からお母さんにわがまま言って困らせちゃダメだぞ! みんな、今日ははやおきを見てくれてありがとう!! それじゃあ、またねー!」
カメラを通してテレビの前で番組を見てくれている全ての人たちを意識するように、手を振って感謝する。
「はい、ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
俺は周囲にいた店員さんやスタッフさん達とサッと握手を交わすと、駆け足で次の中継現場へと向かう。
もちろんその途中にあるショップの試着室を借りて、パジャマからあらかじめ用意してある服へと着替える。
時刻は6時30過ぎ、次は確か一部の地区にしか流れてないMXSUNテレビの放送だ。
「白銀さん準備できました。すぐに中継切り替えます!」
俺はカメラの前で乱れた呼吸をすぐに整える。
「はい、MXSUNテレビをご覧の皆さん、おはようございます。今日の買い物自慢のキャスターを務めさせていただく白銀あくあです」
この放送局自体が元々資金が潤沢ではないこともあって、あまり予算のないこの番組ではスタジオもなければ他の決まったレギュラー出演者もいない。今日だけは藤百貨店側から追加のキャストが手配されているけど、基本的にはキャスター一人が全部自分でやらないといけないために、放送事故が起こる確率も多いそうだ。
でも視聴者層が比較的おおらかなのか、放送事故があってもそれはそれでいいらしい。放送スタッフさん達も手慣れてるのか、事前に放送事故が起こっても大丈夫、すぐにCMに切り替えるからと言っていた。
「前の番組から引き続きMXSUNテレビをご視聴して頂いているテレビの前の皆さんには、ここがどういうところなのか、おわかりになりますよね?」
カメラがゆっくりと引くと少し右方向へと画角を傾ける。
「今日は改装オープンする藤百貨店の屋上にあるゴルフ練習場から、生中継でお送りしたいと思います」
この番組の前には、ゴルフのレッスン番組が放送されている。
つまりはその流れで、ゴルフ用品を売ろうというのが藤百貨店の魂胆だ。
「実は俺、ゴルフはまだやった事がないんです。そういうわけで今日は特別に、斉藤桃子プロに番組の方に来ていただきました!!」
「おはようございます。プロゴルファーの斉藤桃子です! 今日も元気いっぱい頑張るぞー!!」
斎藤プロは握り拳を振り上げると、その場でピョンとジャンプした。
空中で揺れるポニーテール、大きな二つの胸に一瞬視線が持っていかれそうになったがなんとか誤魔化す。
「それにしてもすごいですねー。こんな百貨店の屋上にゴルフ練習場を作っちゃうなんて、私も聞いたことがないです」
「そうですよね。しかもこんな繁華街のど真ん中でですよ。今でもちょっと信じられませんよ」
俺たちは普通に会話をしつつ自然な流れでゴルフ商品の紹介に入る。
そして広告代理店から一押しでプッシュするように言われたゴルフクラブの説明へ移ると、斎藤プロと一緒に打ちっぱなしをする場所へと移動した。
「それではちょっと試し打ちしてみましょうか」
「はい!」
俺は斎藤プロから教えてもらった通りに、その場でスイングする。
しかし練習では当たっていたのに、時間が少し空いて感覚が狂ったのか、俺のゴルフクラブはボールに当たらずに空を切ってしまった。
「あ」
やっちまった。
見守っていた阿古さんやしとりお姉ちゃん、藤百貨店の皆さんも固まってしまう。
しかし撮影スタッフはそんな状況でも平然とカメラを回している。
そんな中、最初に口を開いたのは斎藤プロだった。
「白銀さん、大丈夫ですよ! 落ち着いて、もう一度!」
斎藤プロは手本を見せるように、手に持っていたゴルフクラブをスイングする。
「はい!」
俺はもう一度、気を取り直してゴルフクラブを握り直してから少し肩の力を抜いてスイングする。
カキーン!
澄み切った音が、朝6時45分のゴルフ練習場の中に響く。
「わぁ、すごい、すごい、すごい!」
斎藤プロはぴょんぴょんと跳ねて、体全体を使って喜びを表してくれた。
「ありがとうございます。斎藤プロの指導と、このゴルフクラブのおかげです」
そのままの流れで斎藤プロと一緒に再び商品の紹介に戻る。
最後には斎藤プロのスイングを見せてもらって、番組終了の時間がやってきた。
「どうでしたか白銀さん。初めてのゴルフは?」
「はい、とても楽しかったです! 今度は実際にゴルフ場を回ってみたいなぁ。それと、最初外しちゃったのがやっぱり悔しいんで、後でプライベートでコソ練しに来ようと思ってます」
「あっ、それじゃあここはゴルフスクールもやってますから、よかったら後で会員になってください。私もここで不定期にレッスンやってるんで、もしかしたらまた指導する事があるかもしれませんね」
「その時はよろしくお願いしますね。それでは、テレビの前の皆さん、またねー!」
時間が押してるので、あっさりとした挨拶で番組を終わらせると、隣にいた斎藤プロと握手する。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
俺は再び駆け足……というか全力ダッシュで館内を走り回る。
次に出演するのは、主にアニメを放送している放送局の朝の子供向け番組、おはステだ。
時間は6時55分、俺は更衣室に入ると再び服を着替える。
番組は7時5分に始まるが、俺が出演する時間は7時10分だ。急がなければいけない。
「よろしくお願いします」
なんとか間に合った! 時間を見ると7時2分、放送開始まであと3分しかない。
俺はすぐにスタッフの人たちと最終の打ち合わせをして、内容に変更がない事を確認する。
「そろそろ中継切り替わりまーす」
「はい!」
俺は声を出して、トーンをいつもより少し高めに調整する。
子供むけに明るい感じを演出するためだ。
「はーい、良い子のみんなー!」
俺はテンション高めを意識して、お腹から声を出す。
「おはようございまーす! みんなもう目は覚めたかなー? まだおねむの子は頑張って起きようね! もう起きちゃってる子は頑張ったね、早起きできるなんてえらいぞー!」
俺は身振り手振りを交えて、テレビの前の子供達に向けて喋りかける。
子供達は体の動きがある方がウケが良いと聞いているから、そこも強く意識した。
「今日はここ藤百貨店から、みんなに新しい玩具の紹介をするよー!!」
俺は藤百貨店さんに紹介するように言われた玩具を中心に、目についた商品や、次のマスク・ド・ドライバーに出る予定なので、今放送中の作品の玩具を身内贔屓で紹介したりした。
「新しくなった藤百貨店には託児所や親子で食事する所もあるので、お母さんにとっても安心ですね!」
「そうですね。1万円以上のお買い物をしていただいたカード会員様には、1時間の託児料金が無料になりますから、その間にゆっくりと買い物をしていただければと思っています」
そう、子供向け番組に出演する1番の目的はこれだ。
真のターゲットであるお母さんの財布の紐を緩めることにある。
子供には玩具を売りつけ、お母さんには服や雑貨、食料品を売りつける……これが時代劇なら、藤屋よ、お主も悪よのぉといったかもしれない。
「それじゃあみんな、またねー!」
おはステの出演を終えると、次は折り返しとなるTBTの朝の情報番組だ。
時間は7時15分。俺が出るのは7時20分からを予定していたが、衣装を着替える事を考えたら後5分では間に合わないだろう。俺は遅れるのを覚悟して中継現場へと向かった。
本日3度更新します。
次回更新は20時です。




