桐花琴乃、舞台挨拶。
ついに、劇場版ヘブンズソードが公開される日がやってきました!!
私達はベリルインワンダーランドでの一仕事を終えた後、事前に手配していた車に乗って一斉に映画館に移動する。
「あくあ、またあとでね」
「ああ!」
舞台挨拶組のあくあさん達は私達とは分かれて別室へと案内される。
私はBERYL4人の背中を見送りながら、頼もしくなったなと感じました。
あくあさんは前から頼り甲斐があったけど、私がベリルに入社した時よりも4人の後ろ姿が大きく見える気がします。
「それでは、結さん達もまた後で」
「はい、琴乃さん達の出演シーンも楽しみにしてますね」
「白龍先生、頭がホゲりそうになったら、このアルミホイルを巻いてください!」
「あ、ありがとう。楓ちゃん……あはは……」
私達、白銀家関係者グループはここで幾つかのグループに分かれる。
もちろん私は、カノンさん、えみりさん、楓さんと同じ検証班組です。
くじで引いたはずなのに、どうしてこの組み合わせになったのでしょうか?
えみりさんは、死なば諸共、私達は一蓮托生だと言ってましたが、巻き込まれるのはいつも私とカノンさんの方なんですけどね。
ふふっ、でも、それも楽しいからいいのかもしれません。
「ココナちゃん、リサちゃん、わ、私達まで、本当にいいのかな?」
「もーっ、うるはちゃんは気にしすぎだって、こんな機会滅多にないんだから、楽しも!」
「ココナさんの言う通りですわ。せっかくですもの楽しみましょう」
「うんうん、2人の言う通りだよ。3人とも楽しんで行って」
「ぐへへ、らぴすちゃん。お姉ちゃんが言った通りちゃんとアレを穿いてきたかな?」
「あ、はい……。えみりさんの言うように、途中でトイレに行かなくていいようにちゃんと穿いてきました」
またえみりさんがらぴすちゃんにしょうもない事を教えてるのかと思ったけど、今回は悪くない手なので何もいえません。でも、そのぐへった表情は卑しいのでやめた方がいいと思います。
私とカノンさん、えみりさん、楓さんの4人はスタッフさんの誘導で既にお客さんでほぼ満席になった1番シアターの中に入る。
「カノン様、かわいい!!」
「えみり様! 今日も綺麗です!」
「森川ぁー! あんま無理するなよぉ〜!」
「姐さん、いつもありがとう!」
私達が入って来た事に気がついた人達から声援が飛ぶ。
まさか自分がこうなるなんて、1年前からは全く想像できませんでした。
もし、自分が1年前にタイムスリップして、静岡の自宅で1人パソコンをカタカタさせながら掲示板を見ていた自分に対して、貴女はその男性と結婚して、妊娠して、今、こうやってベリルで働いてるんだと言っても信じてくれなかったでしょうね。
私は少し恥ずかしながらも声をかけてくれた人達に手を振って、用意された席に着席する。
「姐さん、楽しみだね」
「ええ、そうですね」
「そういや、姐さんってどのシーンに出演したんですか?」
「へへっ、先っちょだけでも教えてくださいよ」
私達はえみりさん以外エキストラ出演ですが、誰がどういうシーンに出たのか全く知りません。
それはキャストからの情報漏れを防ぐために、主要キャストであるBERYLの4人や小早川さん以外は、自分たちの撮影シーン以外の脚本を全く聞かされてないからです。
「今回、本当に情報少なかったよね。事前PVもないし」
「そうですね。私達が出るって事もみなさん知らないから、映画を見てびっくりするんじゃないでしょうか」
「あくあ君が何も言わないのは想定してたけど、えみり、お前って意外と口が堅いんだな」
「当然ですよ。楓先輩。私はオツムが緩いぶん、口だけは堅いですから。ぐへへ……」
えみりさん……そんなこと言ってたら、周りにいる人達に擬態がバレますよ?
今日はイベント続きでテンションが上がってるのか、いつもよりえみりさんが無防備な気がします。
隣に居たカノンさんがジト目でえみりさんを見つめていました。
「あ」
誰かの声で全員がステージへと視線を向ける。
あくあ君に背中を押されるような形で本郷監督がステージ上に出て来ました。
「ちょ、私が先頭!? ここはあくあ君でしょ!」
「いやいや、何言ってるんですか。本郷監督以外、他に誰もいないでしょ」
ふふっ、2人のやりとりに思わず笑みが出る。
それに続いて、とあちゃん、黛君、天我君、小早川さん、阿部さんの5人が笑顔で出て来ました。
晴れ舞台という事もあり、BERYLの4人はスーツ姿で、女性陣はドレス姿という出立ちです。
「皆さん、どうもこんばんは! この映画の監督をやらせてもらっている本郷弘子です。今日は劇場版ヘブンズソードを見にきてくれて、本当にありがとうございます!!」
「「「「「「ありがとうございます!!」」」」」」
本郷監督が頭を下げると、他の主要キャスト6名が続けて頭を下げた。
それに対して私達も暖かな拍手を送ります。
「私の言いたい事は特になくて、あとは映画を見てもらった上で、その後に裏話ができたらなと思います。というわけで、あくあ君、後はよろしく」
「ちょ、本郷監督、それ、丸投げしてない!?」
「いやいや、今日はみんな、君達を見に来てるんですから!!」
2人のやり取りに笑い声が起きる。
「えー……そうですね。今日、この映画館に入る時に思い出したのですが、振り返る事、1年前、本郷監督がドライバーに出演してくれる男性を探してると聞きまして、その話を阿古さん、天鳥社長が本郷監督と松垣プロデューサーに取り付けてくれた事が、剣崎総司を演じるきっかけになりました。で、それをなんでこの映画館に入る時に思い出したかというとですね。ここのすぐそばにある喫茶店で初めて本郷監督と出会ったからなんです」
へぇー、そうなんですね。
これはまたファンの聖地化しちゃいそうだなと思いました。
私とカノンさんは無言で頷きあうと、いつか行こうと心の中で会話しあう。
「あれ? あくあ君と打ち合わせした喫茶ノレ・ノアールってこっちのだっけ?」
「そうですよ。あれ? 俺はちゃんと覚えてたのに、本郷監督は忘れてたんですか!?」
あくあ君の返しに本郷監督が慌てる。
「いやいや、こっちじゃなくて恵比寿じゃなかったけ?」
「本郷監督、本郷監督、恵比寿のノレ・ノアールは僕達3人が契約書にサインした場所だよ!」
「あっ……」
観客席から、「本郷監督ちゃんと覚えててよー」という声がすかさず飛んできて、みんなが一斉に笑い声を上げる。このツッコミの早さ、間違いなく掲示板民です。同じ掲示板の私じゃなかったら見逃してました。
これは恵比寿のノレ・ノアールも聖地化しそうだけど、問題は二軒あるうちのどっちかですよね。
後でちゃんと覚えてそうなとあちゃんに確認して掲示板でお知らせしようと思いました。
「こうして自分はヘブンズソードに出演して剣崎総司を演じる事になりましたが、ヘブンズソードと剣崎総司は俺を1人の役者としても、1人の男としてもすごく成長させてくれたと思ってます。正直な話、俺があの時、ヘブンズソードに出演せずに、剣崎総司を演じていなかったら、もしかしたらカノンとは結婚してなかったかもしれませんし、今も独身だったかもしれません」
この言葉に私達は顔を見合わせると、観客席が大きくどよめく。
それどころかステージ上の本郷監督や出演者達も驚いた顔を見せる。
「あの時、俺の中にいた剣崎総司が、お前が1番好きな女性を泣かせていいのかって俺に問いかけてくれたんです。そして、それに加えて俺の背中を押してくれたのが、ヘブンズソードに出演してくれたBERYLの3人でした」
あくあさんは少し照れくさそうに、それでいて優しげで穏やかな笑みを浮かべながらBERYLの3人に視線を向ける。
「ありがとう。とあ、慎太郎、天我先輩。あの時、お前達が俺のヒーローになってくれたから、俺はカノンのヒーローになる事ができた。そして、それがきっかけで俺も剣崎総司みたいな、この国を照らすヒーローになりたいと思ったんだ。だから、あの時も、今も、ずっとずっと、お前達には感謝してる。でも、普段はなかなか恥ずかしくて言えないから、思い切ってこの機会に言っちゃいます」
会場全体から大きな拍手が沸き起こりました。
私とえみりさんは咄嗟に、私達2人に挟まれたカノンさんに視線を向ける。
「ちょ、おま、泣くな。まだ映画は始まってないぞ!!」
「だ、だってぇ」
「カノンさん、ハンカチどうぞ」
「ありがとう。姐さん」
「うっ、うっ……」
「って、楓パイセン!? なんでカノンより爆泣きなんですか!?」
「私、こういうのに弱いんだよ!!」
「楓さん、ティッシュどうぞ……」
楓さんは私が渡したティッシュごと鼻をかんでいた。
予備にティッシュを他にも持って来ててよかったです。次から楓さんには、ティッシュを一枚ずつ渡そうと思いました。
「あくあ……。それをこのタイミングで言うのはちょっとずるいんじゃない?」
うんうん。少し涙声になったとあちゃんの言葉に私達は無言で首を振る。
「そのおかげで次に僕が言おうと思ってた事、全部忘れちゃったんだけど……」
「あ、すまん」
あくあさんが、うっすら涙目になったとあちゃんの目元を拭ってあげました。
もちろんそれを見た観客席も盛り上がります。
ここで台詞を忘れたとあちゃんの代わりに、マイクを持った天我さんが前に出る。
「後輩に、あくあに感謝しなければいけないのは我も一緒だ。我には、子供の時からずっと想っていた女性がいた。でも、その人が結婚すると聞いて、我は故郷から離れ東京へと逃げ出して来たんだ。我を育ててくれた故郷からも、愛してくれた家族からも、そして愛した人からも逃げた我には何もなかった。そう、何もなかったんだ」
天我さんの話にみんなが目を見開く。
まさか春香さんの話に触れるとは予想していませんでした。
「そんな我の冷え切っていたハートに、再び火をつけてくれたのが後輩だった。後輩は我が憧れたアニメのヒーローと同じで、熱くて、頼り甲斐があって、根性があって、勇気があって、努力してて、何よりも諦めない。そんな男だった。そんな時に我は好きだった女性と再会したんだ」
天我さんは過去の過ちを悔いるように少しだけ目を閉じる。
「彼女は結婚した男性からひどいDVと虐待を受けていた。そんな彼女を見て、我に助ける資格なんてない。そう思ってたんだ。なのに後輩は我にこう言うんだ。先輩、先輩はいつだって俺にとって最高にかっこいい先輩でいてくれよって。我は鏡を見たよ。これが後輩の憧れたかっこいい先輩かとな。その時、我は後輩に、後輩達に、自分が憧れたヒーローに、神代始に、ポイズンチャリスに恥じない人間になりたいと思った」
少しだけ目尻にきらりと光るものを見せた天我さんに、私たちも涙を流しそうになります。
「そう、我は後輩に恥じないかっこいい先輩になろうと思っていた。それなのに、その男を思いっきり殴って通報された挙句、警察に一晩お世話になった我は、朝早くこっそり後輩にバイクで迎えに来てもらったんです。その時に迎えに来てくれた後輩のすごく気まずい顔と、気を遣ってくれた警察の人たちの顔は2度と忘れません」
「天我先輩、それずるいわぁ」
「まさかこの良い話の連続と流れでオチがあるなんて聞いてないって!」
ふふ、私も思わずえみがこぼれました。
はっきり言って暴力はダメですが、その男は一発くらい殴られたって仕方がないと思います。
「勢いがつきすぎて相手の男を殴ってしまった事については今でも反省してる。そのせいで彼女に悲しい顔をさせてしまったし、後輩や警察の人達、ベリルやヘブンズソードのスタッフにも迷惑をかけてしまったからな。だが、あの時、後輩にそう言われて動いていなかったら、我は彼女を救えずに一生後悔してたと思う。あくあ、改めてありがとう。我は後輩のおかげで、本当に大事なものを守る事ができた。彼女にとってのヒーローになる事ができたんだ。後輩、後輩は我にとっての剣崎だ!」
「天我先輩……やっぱり天我先輩は俺にとって最高の先輩です!!」
あくあさんが天我さんと見つめ合う。
それを見ていた黛さんが意を決してマイクを手に持って一歩前に出る。
「黒蝶家の分家に生まれ、僕は周りで何があってもずっと……そう、母が苦しんでいた時でさえも、自分から一歩を動き出すわけでもなく、ただ外からみんながやっている事を見ているだけの人生でした。そんな自分を変えたい。ずっとそう思ってた時、僕はあくあに、今度、特撮に出るから見学しにこないか? と、誘われたんです」
黛さんは表情を崩すと、ふっと笑みを見せた。
「あくあは初めて会った時から女性達よりもグイグイくるし、こいつは本当に僕と同じ男なのかと、いや、同じ人間なのかとさえ疑いました」
「わかる! 僕も最初CGかと思ったもん!」
とあちゃんの合いの手にみんなが吹き出す。
ふふっ、分かりますよ。2人とも。でも、それがあくあさんなんですよね。
それにCGって、ふふふふふ、掲示板の初期に、あくあさんがCG説で盛り上がってたのを思い出します。
確かあの時はカノンさんが120時間くらいCG説の信者達とレスバしてて、普段はカノンさんを全て受け入れるえみりさんでさえもドン引きしてましたっけ。
「でも、そんな、あくあだからこそ、僕はあの時、ヘブンズソードの見学に行ったんだと思います。それがきっかけでヘブンズソードに出演した僕は、橘斬鬼とライトニングホッパーを演じる事になりました。皆さんも知っての通り、僕の最初の頃の演技、やばかったですよね?」
「そんな事……ない事はなかったけど、その後、頑張ったよ!」
「私達はちゃんとマユシン君が頑張ったの見てるから!」
「いいんだよ。日曜、朝の特撮はそうやって出演者が一緒に成長していく番組なんだから!!」
ファンの子達の温かい言葉に黛さんも笑顔を見せる。
初めて黛さんと出会った時、彼はあくあさん達に自然な笑顔を見せる事はあっても、女性達に向かってこんなにも無防備に笑顔を見せる人ではありませんでした。
「ありがとうございます。初めてやる役者はすごく大変で、今でも初期の頃の映像を見て悔やんでいます。でも、その悔しい経験が僕を成長させてくれました」
黛さんは再びあくあさんへと視線を向ける。
「あくあ、ありがとう。お前のおかげで僕は過去の過ちをやり直せたんだ。ヘブンズソードみたいに、過去に起こった出来事は変えられないけど、過ちを認めて正す事はできる。それを教えてくれたのも、勇気を出して過ちを認める事のかっこよさを教えてくれたのもお前だ。お前がいなきゃ、僕はずっと蚊帳の外から泣いている母さんを見ているだけだった」
「慎太郎!」
あくあさんと慎太郎さんは笑顔でグータッチする。
確か、BERYL組のお母さん達は2階席で見てるんでしたっけ。
泣いてる貴代子さんをまりんさん達が慰めてる姿が頭に思い浮かんできました。
「そして私事ではありますが、僕はこの作品を通して知り合った月子、トラ・ウマー役の淡島千霧さんと現在、交際させてもらっています」
まさかの交際公表に会場全体から喜びの声が沸き上がる。
事務所からはもうみんな自由に話していいとは言ってるけど、思い切ったなと思いました。
「あくあ、あの時、お前が僕の背中を押してくれたから、僕は今、淡島さんと幸せな時間を過ごす事ができている。ありがとう。あくあ、お前はいつだって僕を変えてくれる。僕を信じてくれる。だから僕は頑張れるんだ。親友の期待に恥じない男になりたいと。僕の親友、白銀あくあは、みんなにとってもヒーローかもしれないけど、僕にとってもヒーローなんです!!」
慎太郎とあくあ君とのエピソードに会場全体から大きな拍手が送られる。
「この作品は僕にとって、黛慎太郎にとってはかけがえのない作品です。だから、どうか、この作品を見てみんなに笑顔になって欲しい。大丈夫、僕が約束する! 剣崎総司は、僕の親友が演じたヘブンズソードは誰よりもカッコよかったぞ!! ってね」
「おい、親友、始まる前から期待値上げすぎだろ!!」
黛さんの成長にみんながちょっと泣きそうになってたのに、あくあさんのツッコミでみんなの涙が泣き笑いに変わる。
「それじゃあ、次は僕かな?」
とあちゃんが手にマイクを持って前に出る。
「これは間違いなく順番通り」
「クソヲタ乙」
変身順ですよね。カノンさん、私はちゃんとわかってますよ!!
後、えみりさんもインタビューの順番がそうだって気がついてる時点で同じクソヲタだから安心してくださいね。
「僕はずっと引きこもってました。みんなも知ってると思うけど、女性に襲われて、女性が怖くて僕はずっと引きこもっていたんです。だけどそこに現れたのは、慎太郎も言ってる押しの強いあくあでした」
会場から笑い声が起きる。
笑い話なんかじゃないのに、そういう風に持っていけるとあちゃんの強さを感じました。
「あくあに押されて外に出た世界は、僕にとって楽しかった外での出来事を思い出させてくれました。僕も慎太郎と同じで、どうしてあくあの手を取ったのかはよく覚えてません。でも、多分、僕も慎太郎と一緒で変わりたかったんだと思います」
とあちゃんは穏やかな笑顔で映画館の中をぐるりと見渡す。
「加賀美夏希は僕に似たキャラでした。女性の振りをして、自分を誤魔化して生きて、情けない自分に対してやり場のない感情を抱えてて、だからこそ、夏希がバタフライファムに変身した時、僕はすごく嬉しかったです。僕はこの作品を通して、加賀美夏希とバタフライファム、そして他のドライバー達から勇気をもらいました。僕が自分を襲った女性と面会できたのは、きっとこの作品に出演したからだと思います」
とあちゃんの告白にみんながざわめく。
マネージャーを務めていた私はとても誇らしい気持ちになりました。
うちの子、強くなったでしょ! って、すごく自慢したいです。
「あくあ、あの時、僕の閉じこもってた部屋の扉をノックしてくれてありがとう」
「とあ、気にするなよ。むしろあの部屋から出て来てくれて、俺の手を取ってくれてありがとな!」
あくあさんのこういうところなんですよね。
って、顔を私たち検証班は4人全員でする。
「ふふ、じゃあさ、あくあ、僕を外に連れ出した責任、ちゃんと取ってよね」
「ああ! もちろんだ。とあ!! この後も外の世界と俺は、ずっとお前を退屈させないって約束させるよ」
「ありがと!」
映画館に居た全員が席を立って身を乗り出す。
あ、あくあさんは友達として気軽に責任を取る発言をしてたけど、いくら何でも不用意が過ぎますよ。
「これは間違いなく策士」
「あくあ様が純粋すぎて心配になる!」
「でもそこがいい!」
まだ映画が始まってないのに、舞台挨拶だけでもう大盛り上がりです。
次にマイクを持った小早川さんが前に出ました。
「ちょっと待って、私、ステージに出るまで、さっき楽屋裏で食べたお弁当を食べ比べした時の話から、森川さんと一緒に焼肉食べに行って何故か私だけ食中毒になった話をしようと思ってたのに、この話の流れの後でそんなしょーもない話をしなきゃいけないの?」
真剣な顔をした小早川さんに思わずみんなが笑ってしまう。
「小早川さん、むしろそれでいいです!」
「お弁当の話しましょう!」
「あー、僕もお弁当の話が本当はしたかったんだよね」
「うむ。食中毒になった話、聞きたいぞ!」
それって確か、良い肉は煙に燻らせるだけとか言って生焼けのものを食べて、楓さんだけがピンピンしてた話ですよね……。
本当にその節はうちの楓さんが迷惑をおかけしました。すみません!!
その後も小早川さん、阿部さんと和やかなトークが続きました。
「それではそろそろ時間のようなので、みなさん、映画を楽しんでください」
「みんな、また後でな!」
「また後で来ます!」
「我らも後ろで見てるからな!」
「みんな、映画、楽しんでねー!」
「またな!」
「また、後で!」
本郷監督、あくあさん、黛さん、天我さん、とあちゃん、小早川さん、阿部さんの順でステージを降りて舞台袖に消えていく。
次の瞬間、ステージの照明が暗くなった。
「あっ」
誰が発した言葉かわかりません。もしかしたらその場にいた全員がそう声を発していたのかもしれません。
始まる。
大津波にいつものロゴマークが大画面のモニターに表示される。
いつだって、楽しいワクワクとドキドキが始まるのはこのシーンからです。
ブラックアウトした画面が徐々に明るくなっていく。
そこに現れた人物を見て私達はいきなり度肝を抜かれる。
「「「「「羽生総理!?」」」」」
スーツ姿の羽生総理はヒィヒィ言いながらも長い階段を歩くと、とある神社にやってくる。
神社の前では1人の少女が箒を持って境内をお掃除していました。
その姿もとても見覚えがあります。
『そろそろ、来る頃だと思っていました。お待ちしていましたよ。総理』
羽生総理、また本人役で出てるんですね。
前もそうだったけど、この人が本人役で出ると本当にリアリティがあります。
巫女さんがくるりと振り返った瞬間、観客席から驚きのため息ができる。
『巫女様、久しぶりです』
くくりちゃん!? あ……予定表に書かれてた謎の仕事はこれだったんですね。
取締役になった私ですら知らなかったのだから、多分、天鳥社長以外は知らなかったんじゃないでしょうか。
それにしても巫女服が神秘的で、可愛さというよりも凄みというか、厳かな雰囲気が出ててとても似合ってます。
『この国に危機が迫っています』
『ええ、わかっています』
2人のやり取りに全員が息を呑む。
私はこうして始まったばかりの映画へと、ゆっくりと意識を集中させていった。
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