白銀あくあ、旅の終焉。
オールスターゲームが終わった翌日。
俺達は朝早くにホテルを出て浜松の駅にきていた。
「よし! みんな、今日中にゴールするぞ!!」
「ああ!」
「ん」
「Zzz」
ちょっと待て! 今、1人寝てるやついただろ!
最初はとあが寝てるのかと思ったけど、寝てたのは慎太郎だった。
お前……立ったまま寝るなんて中々器用だな。
ほら、目が3になってるぞ! シャキッとしろ!!
「あくあって、なんで朝の6時前からそんなに元気なの……今朝だって帰ってきたの2時過ぎじゃん」
「そりゃ、鍛えてるからな!!」
前世で俺が憧れたアイドル、明星リリィは一言で言って化け物だった。
72時間アイドルできますかという謎のCMに出演したかと思えば、本当に1人で72時間テレビなる謎の企画を達成した事がある。
アイドルオーディションの時もびっくりしたけど、ヒスイちゃんはどんなにきついトレーニングを課してもずっとアイドルのスマイルをキープできてきた。
データを見る限り基礎体力があるのは確実なんだけど、それ以上に根性というか忍耐というか……いや、違うな。くくりちゃんのように取り繕うのが上手い子もずっと笑顔をキープしてたけど、ヒスイちゃんのは間違いなく苦しみを耐えたり誤魔化したりする笑顔じゃなくて、心からの笑顔だった。
ん? 待てよ……。だからこそ、前世の俺が居た世界では、誰も明星リリィの病気に気が付かなかったのか? 今更ながらに驚愕の新事実に気がついてしまった……。リリィさんが言っていた「アイドルの笑顔は偶像だっていう人がいるけど、嘘も突き通せばいつかは本物になるんだよ」という言葉はそういう意味だったのか。
俺は少しだけセンチメンタルな気持ちになる。
「あくあってば、急に元気なくなるじゃん。どうしたの? 本当に大丈夫? やっぱり寝てないのがきついんでしょ。ほら、僕の膝、貸してあげようか?」
「あ、ああ、でも、その前にダーツだな」
ん? こちらを見ていた複数の女性たちが小刻みに震えながら、膝をついて柱や壁に寄りかかる。
みなさん、大丈夫ですか?
「膝枕……だと?」
「あ、朝イチからとあくあ飲まなきゃ……」
「じゃらじゃら」
なんかお薬飲んでる人多いけど大丈夫かな?
そんな無理をして働いてたら、体を壊しちゃいますよ。
俺の居た世界の日本は色々と面倒だったけど、この世界の日本は羽生総理の政策で離職期間中は消費税を除いて住民税とか健康保険料も免除されるし、病気になっても企業や国が相談に乗ってくれて最低限の生活を送れるように誰かが面倒を見てくれるシステムまで整備されている。
もうこの日本に存在してるブラック企業なんて多分ベリル、いや、ブラック社員は俺くらいじゃないかな。まぁ、ベリルがブラックなのは俺が自主的にやってるだけなんだけどな。ははは!
1日はどうあがいたって24時間しかないし、人間の寿命は限られてる。やりたい事の多い俺にとっては、時間が足りないにも程がありすぎる。
何よりアイドルをしている時は最高に楽しいので、俺の中じゃ仕事っていうより、いつもの延長線上でアイドルをやってるだけなんだよな。うん。
「それじゃあ、ダーツは誰が投げますか?」
「慎太郎、やれるよな?」
「むにゃ」
おい! 慎太郎、返事したのは偉いけど、寝言で返事するな!!
「淡島さんが見てるぞ!!」
「えっ!?」
びっくりした慎太郎は辺りをキョロキョロと見渡す。
よし! 目が覚めたな!!
男ってのは好きな女の子に見られてるってわかった時が1番気合が入るんだ。
頼んだぞ。慎太郎!!
「そ、それじゃあ、投げるぞ!」
慎太郎は勢いよくダーツを投げる。
すごいぞ、慎太郎! 寝起きなのにちゃんと本州に当たった!!
「あ」
「お!」
「京都!!」
くっ、東の都じゃなくて西の都か! 惜しい!!
俺達はサイコロを回した後に、すぐにチケットカウンターで始発のチケットを購入する。
電車にゆられること約1時間……って、1時間で京都まで着くの早くない!?
もっと時間がかかるのかと思ってたら、そんな事なかった。
「とりあえずミッションを確認してから、朝ごはん食べようぜ」
「うん、それがいいよね。僕もお腹ぺこぺこ」
「ああ、そうだな」
「うむ。では、ミッションが書かれたボードのシールを捲るぞ!」
天我先輩は俺達が頷いたのを確認してから、ボードに貼られたシールを捲る。
【あくあ君へ、せっかく京都に来たのだから、今度は自分のお墓参りをしてきてください】
自分の墓参りぃ!? どういう事だ?
俺と慎太郎は顔を見合わせて目をぱちくりさせる。
「え……待って。もしかしてカノンが京都にもう俺のお墓を買ってくれてるとか……?」
「えぇっ!? でも、カノンさんならありえるかも……」
確かに……。俺はとあの発言に頷く。
俺はスタッフの顔を見て正解を確認するが、スタッフの人達はニヤニヤした顔をしているだけだった。
って事は、正解はそうじゃないって事だな。
「嗜……カノン様があくあ様の墓を購入しただって!?」
「あのク……カノン様ならありえる」
「すぐにお参りに行かなきゃ!」
「いやいや、お前ら少しはおちんついて。きっとこの問題はそういう意味じゃないから」
俺と慎太郎、とあの3人がどういう事だろうと頭を悩ませていると、天我先輩が目をカッと見開いて手を叩いた。
「わかったぞ!! 後輩が演じた晴明を祀った神社の事だな!!」
「「「あぁ〜!」」」
そっちか〜〜〜! スタッフの人の顔色を確認すると、してやったりという顔をしていた。
ふぅ、流石のカノンもまだ俺の墓は作ってないよな。
「となると場所はもう確定だし、どっかでご飯食べようよ。あ、僕、モーニングがいい」
「それじゃあ僕はおばんざいだな。せっかく京都に来たし和食が食べたい」
「うむ、どっちもいいな。後輩、どうする?」
うーん、そうだな。
せっかくなら両方食べたいし……。
「それじゃあ朝食はモーニングで、ミッションクリア後に時間があったら昼に和食ってことでどう?」
「OK!」
「そうだな。僕も賛成だ」
「うむ!」
俺達は近くの柱に寄りかかってこちらを見ていたお姉さんに声をかける。
「お姉さんちょっといいかな?」
「ごめんね。朝の忙しい時に声かけて」
「すみません。ちょっと教えて欲しい事があって」
「美味しいモーニングが食べられる雰囲気のある良い店はないか?」
お姉さんは顔を真っ赤にしながらも、この時間に空いているお店をいくつか教えてくれた。
「あくあ様だけじゃなくて、BERYLの4人から壁ドン……だと?」
「あのお姉さん、前世でどれだけの徳を積んだんだ……」
「私ならこの後もう出社できないわ」
「大丈夫。最近は予期せずあくあ君に出会った時のために、会社もあく休制度とか導入してるし。あくあ君が何かやらかして全社員の半分が出社できない時は合法的に会社が休みになるから」
「私もあく休使おうかな。有給と違って無制限だし、あくあ君のせいって一言だけで簡単に休めるし」
「ズルは良くない! 良くないけど仕方ないよね。女の子は色々と大変だし、こんな状態で出社できるわけないじゃん」
「うんうん。みんな同じよ同じ」
俺達はお姉さんにお礼を言うと、お薦めしてくれたお店の一つに向かう。
その途中で俺は朝ラーをやっているお店を見つける。
うわー。朝ラーでも良かったな。次、京都に旅行する時は朝ラーを食べようと心に決める。
「ここみたいだね」
「ああ」
「良い雰囲気だ」
「入ろうぜ!」
俺達は喫茶店に入ってぐるりと中を見渡す。
おお、そこはかとなくトマリギを思い出すな。雰囲気がよく似ている。
何よりも1番に雰囲気を大事にしている天我先輩もすごく満足そうだ。
「いらっしゃいませ。あ……あくあ様!? それにBERYLのみんなも!?」
マスターらしきお姉さんがびっくりした顔をする。
「4人だけど食事できますか?」
「あ、はい。テーブル席にどうぞ」
俺達はお姉さんの案内でテーブル席に向かう。
ここを紹介してくれたお姉さんからは隠れ家的なお店だと聞いていたけど、店内を見渡しても俺達以外にはカウンターに座っているお客さんが1人だけしかいなかった。
俺はカウンター席に座っていた着物を着たお客さんに声をかける。
「すみません。カメラ入ってるけど、極力そっちは撮らないようにしますから」
「あら、良いんですよ。男性の方が、それも天下の白銀あくあさんがそんな些細な事を気にしはらなくても、周りにいる女性の皆さんが気を利かしはるだけですから」
カウンターに座っていたお姉さんは俺の方を見るとニコリと笑った。
……綺麗な人だ。俺の周りにいる大人の女性達、揚羽さんや貴代子さん、母さんの上品さとはまた違った感じがする。それこそ、生まれながらの上流階級であるカノンやえみりの華やかな上品さとも違う、どっちかというと同じ上流階級でもくくりちゃんのような雰囲気に近い。
女性は立ち上がるとカウンターにお金を置く。
「店主、今までほんまおーきに。これから大変やろうけど、お気張りやす」
お姉さんは扇子で口元を隠しながら店長さんに笑顔を向けると、そのままお釣りも受け取らずに店の出口に向かって行った。
やっぱりカメラに撮られるのが恥ずかしかったのだろうか。いや、理由がどうであれ俺らが来たことで迷惑をかけたのは事実だ。
俺はお店を出て行ったお姉さんを追いかける。
「あの……! 食事の最中にご迷惑をかけて本当すみません!!」
「はぁ……。本当に他の男性とは違いはるのねぇ」
お姉さんはこちらに振り向くと閉じた扇子を俺に向ける。
お、おぉ……近くで見たらめっちゃ綺麗だ。普段、綺麗な人を見慣れている俺でも綺麗だと思うのだから、よっぽどだろう。
それにどこか……懐かしさを感じるというか、嫌いになれない雰囲気がある。
う〜〜〜〜〜ん、つい最近、どこかで見た事がある人に似てるような……。
珍しく脳をフル回転させる俺の頭の中で大怪獣ゆかりゴンが暴れる。
ちょっと! 女の子の事を考えてる時にまで出てこないでくださいよ! ほら、しっ! しっ!
帰ったらちゃんと遊んであげますから、そこで大人しくしてなさい! ステイ!!
「日本の住んではる女性がみんな白銀あくあさんの事が好きどしたら、みんな幸せはったやろうなぁ」
「はい!」
俺はお姉さんの手を両手でがっちりと掴む。
いやー、まさか京都でも俺がやろうとしてる事がわかってくれてる女性がいるなんてな。
俺は普通に感動した。
「俺もそうなれるように頑張ってます!!」
俺に両手を掴まれたお姉さんはびっくりした顔をした後に、俺の手を振り解く。
あれ? もしかして、恥ずかしがり屋さんですか?
「……なるほど、話の通じひんうちの娘が気に入りはられるだけの事はありますわ」
娘ぇ!? お、お姉さん、その若さでもう娘がいはるんですかぁぁぁあああああ!?
このお姉さんの娘さんの事だから将来きっと美人になるだろうな。
俺がそれを想像しようとしたところで、大怪獣じゃない小雛先輩が邪魔してきた。
ちょっと! なんでそう度々、俺の脳内に勝手に出てきはるんですか!!
全く、俺の邪魔ばっかりして……はっ!? これが京のいけずってヤツですか!?
「うちの娘と一緒で空気が読めへんからはっきり言うけど、うちはあんたのことが嫌いやいうてますのや」
「俺はお姉さんの事が大好きです!!」
「はあ!?」
お姉さんは今日1番驚いた顔をする。
あれ? 意味が通じてなかったのかな?
俺はもう一度、ちゃんと言い直す。
「俺は白銀あくあです」
「……あんた、うちの事、バカにしてはるの?」
あ、そっか。お姉さんは俺のファンじゃないから、白銀あくあの事をよく知らないんだ。
俺はちゃんとお姉さんに白銀あくあは何かをわからせる。
「すみません。お姉さんは白銀あくあ初心者だったんですね」
「白銀あくあ初心者ってなんなん!?」
あ、良いですね。俺は綺麗なお姉さんが表情を崩して素を見せる瞬間が何よりも大好きです!!
「お姉さん、娘さんが俺に夢中だから、俺の事が嫌いなんでしょ」
「なっ!?」
「わかりますわかります。俺も自分の娘が他の男性アイドルのファンになったら、めちゃくちゃ悔しいもん。あ……想像しただけで心臓が苦しく……」
「ちょ、ちょっと!?」
俺が心臓を抑えるとお姉さんが心配そうな顔で俺の体を支える。
むっ!? この感じ……このお姉さん、着物でわからなかったけど、かなりの胸部装甲をお持ちだ。
俺の中でのお姉さんの評価ポイントがグッと上がる。
「大丈夫。俺は娘さんの事をお姉さんから取り上げたりなんてしませんから」
「う、うちが娘の事なんて気にしてはるなんて事……」
顔を真っ赤にして言葉を濁したお姉さんの両肩に俺は手を置く。
「大丈夫。白銀あくあは親子の仲を引き裂くなんて事は絶対にしませんから! むしろ俺は親子、いや、家族丸ごと引き取れる男、それが白銀あくあです!!」
「はあ!?」
「だから、お姉さんも安心して、娘さんと一緒に俺のファンになってくれて大丈夫ですよ!!」
お姉さんは口を半開きにしたままジッと俺の事を見つめる。
あれ? もしかして俺に見惚れてます?
いやあ、こんな美人なお姉さんまで虜にしちゃうなんて、モテる男はこまっちゃうなあ!
「ぷっ」
「くすくす」
ん? 周りを見ると通行客が全員、俺たちの方を見ていた。
あれ? もしかして、さっきのお姉さんとのやりとり、全部、見られてましたか?
「流石はあくあ様だわ。京都のいけずが全く通用しない」
「やっぱり白銀あくあなんだよ。他の男子とはメンタルの次元が違う」
「ぶっちゃけ、お姉さんのいけずより、驚いたお姉さんの顔を見てた時のあくあ君の嬉しそうな表情の方が遥かに良い性格してたと思う」
「わかる。そういうあくあ様の実はちょっと性格悪いところも含めて全部好き!」
「ぶっちゃけ、フューリア様とカノン様のことがあるのに、親子の事を引き裂かないなんて言ってる時点でツッコミどころしかないけど、あくあ様は別にフューリア様の事が嫌いじゃないから成立するんだよね」
「あれ? その理論だと、あくあ様、無敵すぎない?」
「あぁ、無敵の人ってなんのことかと思ったけど、あくあ様の事だったんだぁ……」
「お姉さんも諦めてもうあくあ君のファンになっちゃいなよ。あくあ君に抵抗するだけ無駄無駄」
「むしろ抵抗してた人の方が堕ちた時の反動が強そう。だからお姉さんもっと頑張って」
「わかる。ああいうお姉さんに限って堕ちたら積極的になりそう! 捗るが勝手に出版して怒られてたヴィクトリア様の同人誌にもそう書いてあったもん!!」
っと! 顔を真っ赤にしたお姉さんは俺の体をぐいっと引き離すと、通りかかったタクシーに慌てて乗り込む。
くっ、この流れでさっきの喫茶店で一緒に楽しく食事をしようと思ってたのに!!
流石にちょっと恥ずかしかったのかな? 俺は可愛いところがあるお姉さんだなと思った。
「お姉さん、今度、娘さんと3人で一緒にご飯食べましょうね!!」
俺はお姉さんの乗ったタクシーに向かって笑顔で手をブンブンと振る。
「あくあ、どうだった?」
喫茶店に戻ると、とあや慎太郎達が心配そうな顔で俺を見つめる。
どうやらみんなお姉さんの事を心配してたみたいだな。
俺はみんなに笑顔を向ける。
「大丈夫大丈夫! ちょっと恥ずかしがり屋のお姉さんだったけど、最後は完全に打ち解けたから!」
「ぶっ」
あれ? カメラのお姉さん、急に噴き出したりしてどうかしましたか?
俺はみんなが注文してくれてたモーニングを食べる。
おー、トーストじゃなくてだし巻き卵のサンドイッチか。からしが効いててうまい!
しっかりと朝食をとった俺達はバスに乗って目的の神社に向かう。
「きゃー! あくあ様よ!!」
「あくあ様が晴明様に会いにきたんだ!!」
「写真とろ!」
「私も!!」
写真撮影は自由だから、みんな撮って良いぞー!
ただし、放送前には出さないでくれよな!
俺はポーズを取ると、みんなにそうお願いする。
「ミッション達成? まだですよ」
「「「「えっ!?」」」」
もしかして晴明が祀られてる神社ってここじゃないの!?
俺は近くにいたお姉さんにミッションが書かれたボードを手に持って話を聞く。
「あっ、これって嵐山の墓所じゃない?」
「多分そうだよね」
嵐山の墓所? えっ!? お墓はここじゃない別のところにある!?
嘘だろ……。俺達は親切なお姉さん達から場所を聞くと、タクシーに乗って近くの駅に移動してから電車で嵐山に向かう。
「あ、あくあしゃまだ!」
俺は電車で一緒になった小さい子に笑顔で手を振る。
もちろん俺だけじゃない。声をかけられたとあや天我先輩もそれに応えて手を振る。
近くで慎太郎がお婆さんと談笑をしているのを見て俺も笑顔になった。
みんなも初めて出会った時と比べて、本当に成長したよな。こうやって普通に女の子と接してるんだから。
でも、これは本来、当たり前の事じゃないといけない。だからこそ、俺は嬉しいよ。
着実に一歩、また一歩と前に進んでる。そんな気がした。
「ついた! ここか!」
俺達は晴明の墓参りをさせて貰う。
これにてミッションクリアだ。
「後少しでお昼だな。でも、その前にダーツ投げて良いですか?」
「もちろん大丈夫ですよ」
俺はここでダーツを天我先輩に託す。
いつもならここで俺が投げて東京に当てて終わりにするところだが、さっきの光景を見てみんなに託しても良いなと思ったからだ。
「天我先輩、頼みますよ」
「ああ、任せておけ」
とあ、慎太郎、天我先輩の中で、今回、俺が天我先輩にダーツの矢を託したのは、天我先輩が1番BERYLの事を背負おうとしてくれているからだ。だから俺は1人の男として、天我アキラという1人の男に賭けた。
俺からダーツの矢を受け取った天我先輩は、迷わずそれを放り投げる。
どこに当たるかなんて祈る必要もない。
天我先輩の思いが籠ったダーツの矢は必ずそこに刺さると、この俺が誰よりも1番信じているからだ。
「やった!」
「東京だ!」
とあは純粋に天我先輩のダーツが当たった事に嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。
その隣で慎太郎は旅の終わりを少し惜しむような切ない笑顔で笑った。
俺と天我先輩は何も言わず、ただお互いに少しだけ笑みを見せてハイタッチする。
「これでイベントに間に合うな」
「うん、そうだね」
「ああ、終わると思ったら少し悲しいがな」
「うむ! 我も本当はお前達ともっと旅をしていたかったぞ」
ここで俺達はスタッフの人から東京でのミッションが書かれたボードを受け取る。
シールを剥がすと、そこには【みんなが無事に帰宅する事。家に着くまでが旅です】と書かれていた。
「それじゃあ、せっかくだからもう少し京都を堪能して帰るか!」
「うん!」
「ああ!」
「もちろんだとも!」
俺達は嵐山観光をしつつ、お昼には慎太郎が希望する和食を食べる。
最後はちょっとだけ自由行動して、お土産を買う事になった。
そこで俺は運命の出会いをする。
「お姉さん、また、会いましたね」
「ひっ!」
俺は朝、喫茶店で出会った美人なお姉さんと再会する。
これはもう……運命と言っても過言ではないんじゃないかな?
どうやら俺とお姉さんは切っても切れない縁があるようだ。
「ま、まさか、私を追いかけて……」
「そうだと言ったらどうします?」
俺は女性に追いかけられるよりも、女性を追いかける男でありたい。
なぜなら俺はハンターの白銀あくあだからだ。
「やっぱり、あんたさん。本当は娘から私の事を聞いてはるんやろ!」
はて? どういう事だろう?
お姉さんの発言から考えると、娘さんが俺と話せる立場、つまり俺の身内にお姉さんの娘が居るという事だ。
もしかしてベリルの社員さんだろうか?
俺が楓みたいに惚けた顔をしていたら、お姉さんは少し苛立ったように俺の顔をキッと睨みつける。
あ、あ、あ、その怒った顔! どっかで見た事あるぞ!!
「惚けた顔をして! 本当はうちが娘の、小雛ゆかりの母親やて、知ってて絡んできたんやろ!!」
「ほへ?」
今……なんて、言いましたか?
俺はホゲった時の楓みたいなシンプルな顔をして固まる。
あ、やばい。これは間違いなくホゲラー波が飛んできてる。
自分のIQが著しく低下していっている事を肌で感じた。
「……何、その顔? 本当に知らんかったん? はぁ……森川アナといい、なんであの娘の周りはこう……もう、ええわ! わかったら、2度と声かけへんでね。あの娘から聞いてへんのやったら、私が代わりに言うけど、あの娘は私の事が嫌いなん。恨んでるの! わかった?」
小雛先輩がお母さんの事が嫌い?
そのワードで急速に俺の周りからホゲラー波が吹き飛んでいく。
俺が白銀あくあでよかった。俺がアイドル白銀あくあじゃなかったら、きっとホゲラー波に飲まれたままだったと思う。でも俺は白銀あくあだからこのホゲウェーブを波乗りする事ができた。
「待ってください。お母さん」
「お義母さん!?」
俺はギャグじゃない方のキリッとした顔をする。
「小雛先輩の腹を切るという映画は見ましたか?」
「……見たわよ。一応……そう、一応ね」
あっ……なーる。やっぱりこの人は小雛先輩の母だと俺は確信した。
「もし本当に小雛先輩がお母さんの事が嫌いなら、小雛先輩にあの演技はできません!!」
「はあ!? な、なんでそんな事があんたに……」
「同じ役者の俺が言うんだから間違いありません!!」
俺は小雛先輩のお母さんの手を握ると前に踏み込む。
大体の男は、相手の女性が不快感を示したら一歩を引いてしまうだろう。
だが、俺は違う!! ここで一歩を踏み込んでこその白銀あくあだ!!
ゴリ押しも極めれば武器になる。そう、パワーと勢いは全てを解決するのだ!!
押してダメなら引けばいい? 答えはノーだ。押してダメならタックルしろが正解である!!
「同じ役者として、母を恨んでる人にあの演技ができるとは思ってません。たとえ嘘を塗り固める事が演技であっても、演技をする人の心の奥底は演技できませんから!!」
俺の一言に小雛先輩のお母さんは動揺した顔を見せる。
「そんなこと言っても、全然会いにきいへんもん。そもそも、うちかて、あの娘の立場なら会いに来ようなんて……」
「じゃあ、俺が小雛先輩をお母さんのところに連れてきます」
真剣な顔をした俺に対して、小雛先輩のお母さんは少し絆されたように表情を崩す。
「ほんまに……?」
「白銀あくあが嘘付いた事なんてありますか?」
「……その言葉はちょっと嘘くさい」
「すみません。本当は女の子に邪な気持ちを抱いた時だけは嘘ついてます! でも、それ以外はちゃんと約束を守れる男ですから!!」
小雛先輩のお母さんはジト目で俺の事を見る。
やべ。こっそりと嘘から約束に言葉を変えたのがバレてるぜ。
こういうところは小雛先輩のお母さんだなと思った。
「もう、ええわ。そういう事なら、期待しいひんけど、ぶぶ漬け用意して待っとるわ」
「え? 俺のためにお母さんがお茶漬け作ってくれるんですか!? いやー、嬉しいなあ!!」
俺の言葉を聞いた小雛先輩のお母さんがずっこけそうになる。
おっと、大丈夫ですか?
俺は咄嗟に小雛先輩のお母さんの体を支える。くっ……やっぱりでかい。これは相当な大きさだぞ……!
っと、そんな事でデレデレしてる場合じゃないぞ。
とあ達との集合時間も考えたら、早くお土産買いに行かないと。
「絶対に連れて行きますね!! 約束ですよ!! お母さんの作るお茶漬け楽しみにしてますからねー!!」
俺は大きな声で小雛先輩のお母さんに手を振ると、その場から立ち去ってお土産店の並んでいるところへと走り出した。
「なんかあのお姉さんが可哀想になってきた……」
「ちょっとしか会話聞こえなかったけど完全に同意」
「ねー。お母さん。あくあしゃまってかわいーね」
「ふふっ、そうね。ふふふっ」
「あー、私もあくあ様にぶぶ漬けご馳走したい」
お土産を購入した俺はみんなと合流する。
帰りは新幹線で一気に東京まで帰って俺達は無事にBERYL旅を終えた。
白銀キングダムに到着した俺は、お土産を渡す途中に小雛先輩の顔を見てニヤニヤする。
「え? 何? 気持ちわる……」
「ちょ! そういうのが1番心に刺さるんですけど!?」
「だって、あんたが気持ち悪い顔で私を見てニヤニヤしてるのが悪いんじゃない!! どうせまたしょうもない事やらかしてきたんでしょ! ほら、カノンさん達が困る前にさっさと吐きなさい!!」
「ぐぇっ!」
くっ、今に見てろ! 絶対にサプライズで小雛先輩をお母さんに会わせてやるんだからな!
俺と美洲お母さんとの事で間に入ってくれた小雛先輩に対して、俺だけは小雛先輩と小雛先輩のお母さんの間に入って余計なお節介を焼いても良いはずだ。
もちろん、本当に2人が心の底からそれを嫌がってるならそんな事なんてしないけど、そうじゃないって事を俺は薄々わかっている。そうじゃなきゃ小雛先輩はああいう演技はできなかったし、小雛先輩のお母さんはああいう反応はしなかったはずだ。
人間、生きてるうちにしかできない事がある。
一度死んだ俺だからこそ、焼けるお節介があるはずだと自分にいい聞かせた。
だって、空気を読んでるだけじゃ、世界どころか人の心は変えられないもの。アイドル明星リリィがその事を俺に教えてくれた。迷った時は自分の持ってるものを全ブッパ。それが俺と彼女の生き様だ!!
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