月街アヤナ、あの夜の……。
「そういえば、アヤナとはクリスマスにも愛知で飯食ったっけ」
「うん」
私が海沼さんの出演する番組の公開収録に出演した時に、あくあが乱入してきて大騒ぎになったんだよね。
ふふっ、その時の事を思い出して思わず笑っちゃいそうになる。
「げっ、石蕗さんから聞いてたお店、営業時間終わってたんだけど……」
「あー……」
仕方ないよね。
オールスターが予定より伸びちゃってたし、もう22時超えてるもん。
居酒屋ならまだしも、閉まってるお店も結構あるはずだ。
「まちぶらしながら、どっか、適当に空いてるお店入ろう」
「うん!」
繁華街を歩く私とあくあを見た人達が驚いた顔をする。
みんな気を遣ってくれているのか、チラチラとこっちを見るだけで話しかけたりしてこない。
それどころか、中にはこっそりと私にむけて頑張れとエールを送ってくれる人もいた。
一昔前までなら、男性と女性がデートしてたら、それを見た女性達から激しい嫉妬の念を送られてきてもおかしくなかったのに、どうしてこうなったんだろう。
これはあくあが云々というよりも、やっぱりカノンさんの影響が大きいのかなと思った。
「お、こことかいいんじゃないか?」
「あ、いいね。ここにしよう」
私とあくあは居酒屋さん風のお店に入る。
「あ、あくあ様!? それにアヤナちゃんも!?」
「女将さん、2人だけど席、空いてる?」
「空いてます。でも、後、1時間もしないうちに閉店なんですよ。それでも大丈夫ですか?」
「あ、大丈夫です。アヤナもそれでいい?」
「うん。お腹空いたし、全然いいよ」
個室に案内してもらった私達はすぐに食べ物と飲み物を注文する。
あくあはお腹がかなり空いていたのか、味噌カツとか手羽先とかのお肉料理をガッツリと注文していた。
私はどうしようかな? 手羽先……食べたいけど、食べる時に手が汚れたり、口の周りが汚れちゃうのは、女の子同士の食事会だといいけど、男の子とのデートで注文するのは躊躇しちゃうよね。んー、でも食べたい!
欲望に負けた私はあくあと同じ手羽先を追加で注文する。
私はそのほかにも目についたものを注文していく。
「そういや、白銀キングダムどう? 引越し終わった?」
「引越し終わったよ。後、プレゼント交換会も終わった」
あくあは最後にゆかり先輩と美洲様がプレゼント交換をした時に、まりんさんに怒られたのを聞いてクスリと笑った。
「はは、2人ともヘブンズソードの映画じゃ……」
「ストップ! 映画には私も出てるけど、私、自分が出たシーン以外は知らないから!!」
「あ、すまん」
私達、eau de Cologneが出てたシーンに2人はいなかったのよね。
ていうか、2人とも映画に出てるんだ。もしかして、過去の回想シーンかな?
カノンさんや琴乃さん、阿古さんもエキストラで出演してるらしいからすごく楽しみ。
「ところで、あくあはどうなのよ? 21日の昼はベリルインワンダーランド、夜は映画版ヘブンズソードの舞台挨拶だけど、間に合いそう?」
「うーん、冷静に考えて、明日中にゴールしないと厳しい気がする。一度行った都道府県は除外されるから北海道と沖縄はもうないにしても、場所によってはその時点で詰みになるからな。だから、ベリベリのスタッフからも、21日は除外して一時中断するって案が出てる」
今回のドタバタを考えると、それが1番理想的だよね。
今日のイベントにはどうにかしてあくあが来れたからいいものの、来れてなかったら、悲しむ人はたくさんいたと思う。そう考えると、もっと早くにそういう運営判断をしてても良かったと思うんだけど、あくあならどうにかしてくれるって気持ちがみんなの根底にあるから、スタッフの判断を鈍らせちゃってるのかなと思った。
これに関しては完全にゆかり先輩の受け売りだけどね。
そういえば最後にベリベリのスタッフがゆかり先輩に首根っこ掴まれて、暗闇の中に引き摺られて行ったけど、大丈夫かな? それを偶然にも見ていた楓さんとえみりさんの2人が、キリッとした顔で手を合わせて拝んでいた。
「うま。俺、最近、手羽にハマってるんだよな。今度、帰ったら手羽のトマトスープ作ろうと思ってさ。楽しみにしててくれよな。あ、そういや石窯もあるんだっけか? 石窯パンに手羽のトマトスープとか最高だろ。朝食にそれとレタスの上にポテトサラダ置いてスライスしたオニオンかけて、ゆで卵のスライスを添えるの良くね? ヨーグルトに生搾りオレンジジュースもあれば完璧だな」
「へー、美味しそう。みんなも喜ぶと思うよ」
普通はメイドさんに頼んで作ってもらうんだろうけど、あくあの場合、早起きして自分で作っちゃうんだろうなあと思った。
それと、白銀キングダムでみんなと一緒に暮らすようになってから思ったけど、大人数で食べる食事ってすごくいいんだよね。この前は寝起きのゆかり先輩の髪が爆発してて、楓さんにゲラゲラ笑われてたっけ。
そういってた楓さんもアホ毛がピコンと立ってて、思わずツボに入って笑っちゃったんだよね。
他にも寝起きで口数の少ないえみりさんを見た時はドキッとしたな〜。アンニュイな感じが出てるというか、すごくセクシーだった。
ほんと、えみりさんほど、喋ってる時と喋ってない時のギャップがある人はいないよ。
「そういえば、夏休みにゆかり先輩がまたどこかにいこうって言ってたよ」
「えー」
なんでそんな嫌そうな顔するのよ……。
あくあって他の女子に対してはそんな顔を絶対にしないように、というかむしろデレデレするのに、ゆかり先輩に対してはいつもそうだよね。
「思いつきで日帰り北海道ラーメン弾丸旅行。初心者マークを貼って暴走迷子ドライブでテーマパーク……。この時点で嫌な予感がしているのは俺だけだろうか?」
「あはは」
そういえば、そんな事があったっけと思い出す。
2人と共演して、この夏でちょうど1年。本当に色々あった。
色々あったけど、それらは全部、私の中で大事な思い出になっている。
「そういえば、キャンプとかいいなあって言ってたよ」
「テントからBBQまで全部自分が準備してる姿が見えるぞ」
確かに……。私もハッキリと頭の中でテキパキとテントを張ってるあくあの姿が思い浮かんできた。
「もう、いっそあくあから行く場所提案してみたら? どうせ逃げられないんだから」
「それはアリだな。プールか海水浴にしよう」
キリッとしたあくあの顔を見て私は遠い目をする。
あくあって本当に他の男の子とは違うよね。
女の子が男の子の肌を見たくて海水浴やプールに誘う事はあってもその逆はない。
それなのにあくあからは隠してない下心が透けて見えるんだよね。
「そ……そんなに、ゆかり先輩の水着がみたいの?」
「いいえ、俺は女の子の水着姿なら誰だって見たいです!!」
ふ、ふーん。
ゆかり先輩がそれなりにあるからとかじゃないんだ。
じゃ、じゃあ、私の水着姿でもいいのかな?
「そ、それならさ。この前、知り合いのスタッフさんからプールのチケットを貰ったんだけど……」
「一緒に行こうぜ!」
「え?」
「一緒に行こうぜ! 2人で!!」
勇気を出して自分から誘おうと思ったら、あくあの方から食い気味に提案された。
そ、それも、みんなでじゃなくて、2人なんだ……。
「水着は大丈夫か? ないなら一緒に買いに行こうぜ!!」
それって、あくあが見たいだけでしょ……。
私はあくあの事をジト目で見つめる。
「ちなみに、あくあはどういう水着がいいの?」
「何だって嬉しい。嬉しいが……あえていうのなら、アヤナにはビキニを着て欲しいかな」
「ふーん、わかった。参考にする」
そういえば、この前、えみりさんが夏に向けてにみんなで水着を買いに行こうってすごく意気込んでたっけ。
私も一緒に行こうかな。みんなも行くって言ってたし……。
「逆にアヤナは俺のどんな水着姿が見たい?」
「えっ!?」
私は驚きすぎて持っていたお箸を落としそうになる。
あ、あく、あくあく、あくあが着るならなんだっていいけど……あえていうならなんだろう。
私は頭の中でいろんな水着を着たあくあを想像する。
「ぶ、ブーメランとか?」
「なるほど……」
「って、今のなし! な、何でも、何でもいいから!!」
もー、やーだー!!
ブーメランなんて、女の子が言ったら1番だめな水着じゃん!!
ううっ、失敗した。私は机に顔を突っ伏す。
あくあに破廉恥な子だって思われちゃった。
だってだって、私だって女子高校生なんだもん。
他の子と一緒だし、男の子の事に興味がないわけじゃない。
「そういえば、前にえみりが意外とアヤナはむっつりだって……」
「むっつりじゃないもん! 女子高生なら普通だもん!!」
あ……顔を上げたら、あくあと至近距離で目が合った。
顔を真っ赤にした私は両手で自分の顔を隠す。
も〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ! えみりさんはなんでそんな余計な事をあくあに吹き込むのよ!!
私は頬を膨らませると、プイッとあくあから目を逸らす。
「アヤナ、ごめんって」
「つーん!」
ずっとあくあから顔を背けていると、あくあが私のほっぺたを人差し指でツンツンする。
「アヤナさん、いえ、アヤナ様。お願いだから、機嫌なおして」
「つんつーん!」
あくあが困った顔でオロオロする。
流石にちょっと拗ねすぎたかな。
申し訳なくなった私は表情を崩す。
「もー。仕方ないなあ」
私が冗談でこんな態度を取ったら普通の男子なら怒るか帰ってるよ。
それなのに、あくあはどうしてこんなにも優しいんだろう。
「ごめんね。恥ずかしかったから、つい」
「いや、俺の方こそごめん。調子に乗りすぎた」
私とあくあは顔を見合わせて笑い合う。
食事を終えた私達は会計を済ませると、お店を出てぶらぶらと道を歩く。
「ね。さっきのお詫びの代わりに何かしてあげよっか?」
私は胸の上で拳をギュッと握ると、勇気を出して自分から一歩を踏み込む。
ちゃ、ちゃんともしもの時の準備はしてるし、何を言われても大丈夫。
本当は、あくあとちゃんと横に並んでからそういう関係になりたかったけど、カノンさん達と一緒に暮らして、みんなの話を聞いてたらすごく羨ましくなってきたんだもん。
「……じゃあ、キスしていいか?」
「え?」
き、キスって、キスだけってこと?
それ以上の事まで覚悟してたから、キスだけって提案に少し驚いた。
「う、うん。いいよ」
人気のないところで、私はあくあと見つめ合う。
あ……。
ほんのりと熱が伝わるだけのような軽いキス。
私はゆっくり溶けていく温もりと感触が恋しくなった唇に自然と指先を這わせた。
「アヤナ、ちゃんとデートしよう。次のプールデート、俺はあの夏の夜の続きをするつもりで行くから、アヤナもその覚悟でいて。もちろん、アヤナが嫌だったり、まだ準備できてなかったら待つつもりだから。だから……焦らなくていいよ。アヤナのペースで、俺も合わせるから」
「あくあ……ありがとう」
私はあくあの胸の中に自分の頭をもたせかける。
するとあくあが優しく私を抱きしめてくれた。
自分でも気分が高揚してて前のめりになってるってことがあくあにはバレちゃってたんだ。
さっき、あくあに対して「なんでもいいよ」って自分で言った時に、その後の事を意識をして肩が震えてた事に今更ながらに気がつく。
失敗したらどうしようって怖かったんだと思う。
「それじゃあ、アヤナ、またな。今日は楽しかったよ」
「うん。ありがとう、あくあ」
私は迎えにきてくれたお母さんの車に乗る。
一瞬、男の子を1人、繁華街に残しても大丈夫かなって思ったけど、あくあならまぁ、大丈夫だよね。
私はバックミラーに小さくなっていくあくあの姿を見つめながら、さっきの事を思い出して顔を赤くした。
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