白銀あくあ、少し早めのお墓参り。
「ごめん、みんな」
「気にするなって、とあ。とにかくお前が治って良かったよ」
「うむ! 無事に復活して良かった!!」
「どの道、どこかで休息は必要だっただろうし、とあが倒れてなかったら、僕が倒れていた可能性もある」
7月16日、日曜日から始まったこの旅もついに4日目の朝を迎えた。
1日目は石川県から福岡県に移動しミッションをクリア。
2日目となる7月17日、月曜日には福岡から鹿児島に移動し、ミッションをクリアしてから種子島を経てから沖縄に移動。沖縄県でスペシャルミッションをクリアして旅の資金に余裕が出た。
3日目となる7月18日、火曜日には沖縄から北海道に移動するも、とあが熱を出した事もあり、ミッションをクリアするも1日を休養に当てた。
そして今日は4日目、7月19日。俺がプロ野球のオールスターで始球式を投げる日だ。
「あくあさん、あくあさん」
「はい?」
ベリベリのプロデューサーさんがこっちに来てと手招きする。
一体、どうしたというのだろう?
俺は1人、プロデューサーさんのところに行く。
「わかってると思うけど、今日、始球式だから」
「はい」
試合が始まるのは18時30分からだが、その前のホームランダービーがあるのは17時30分からだ。
つまり、俺はそこまでに会場入りする必要がある。
できれば1時間、いや、せめて30分前には会場入りをしたい。
移動の事を考えると、1回目のダーツで愛知県か、その隣県には行っておきたいなと思った。
「どうする? 当たるまでダーツやって不正する?」
「いやいや、カメラ回ってるし、明らかに不正の瞬間を激写みたいなシーンを狙って言ってるでしょ!」
俺の言葉とリアクションに、ベリベリのスタッフがニヤついた顔をする。
ふぅ、手招きしてた時はキリッとした顔をしてたから、もう少しで騙されるところだった。
よく考えなくても、あのベリベリのスタッフが不正までして忖度するなんて絶対にあり得ないよな。
そんな半端な覚悟だったら、とあが熱を出した時点で……いや、阿古さんから電話がかかってきた時点で企画を中止にしてる。
ベリベリのスタッフ達が撮りたいのは本物だ。
どんな困難があろうとも、アイドル白銀あくあなら絶対に乗り越える。
ベリベリのスタッフはその姿を、その瞬間を撮りたいのだ。
だからこそ、俺もその姿をファンのみんなに見せなければいけない。
「ダーツを貸してください。俺ならいけます」
自分でもわかる。
これは完全に俺の、アイドル白銀あくあの流れだ。
俺の頭の中ではダーツが愛知の、なんなら名古屋にあるドームに突き刺さってるビジョンが見える。
悪いな。ここからは白銀あくあの時間だ。
ベリベリのスタッフからダーツを受け取った俺は、名古屋に向かってダーツを投げる。
「「「静岡だー!」」」
俺はダーツを投げた勢いでずっこける。
めちゃくちゃかっこつけた感じのキメ顔で投げてこれは恥ずかしい。
ベリベリのカメラさんがニヤついた顔で俺に寄ってくる。
ちょっと! そんなに近づかなくてもズームで撮れるでしょ!
「静岡県なら隣だし、まだどうにかなるよ!」
「ミッションをクリアして、愛知に行こう!!」
「後輩、やるぞ!!」
「み、みんな……!」
俺達は円陣を組むと気合を入れ直す。
そうだ。俺たちならどうにかなる。
幸いにもダーツで愛知の隣県、静岡を当てた事で運自体は向いてきてる気がした。
俺達はその勢いでサイコロを振る。
「やった! 5万だ!!」
とあが5万のサイコロを引き当てると、スタッフが嘘だろ!? という顔をする。
やっぱりな。ベリベリのスタッフの事だから、絶対に3万とか5万が出ないように、サイコロの中心からズレたところにおもりを入れていたんだろう。
俺が1万、天我先輩と慎太郎が3万を引き当てる事で旅の資金がとても潤沢になった。
「よし、それじゃあ移動しよう!」
「うん!」
「ああ!」
「うむ!」
俺達は新千歳の空港から静岡の空港に向かう。
静岡の空港に到着すると、既にベリベリの放送が始まっている事もあって、ファンの子達が遠巻きに騒ぐ。
「きゃあああああああ!」
「あくあ様ああああ!」
「とっ、とあぁーっ、あーっ!」
「マユシン君、頑張ってー!」
「TENGA! TENGA! TENGA!」
みんな、ベリベリを見てくれてありがとな!!
俺達は感謝の気持ちを込めて、ファンの子達に手を振りかえす。
「それでは、こちらが静岡でのミッションになります!」
俺はスタッフの人からミッションの書かれたボードを受け取る。
いつもなら勿体ぶるところだが、今の俺には時間がない。
なぜなら時計の時刻は12時を過ぎているからだ。
お昼ご飯も食べたいが16時、いや、場所によっては15時か14時までにはミッションをクリアする必要がある。
俺はボードに貼られたシールをベリッと剥がす。
【静岡と言えば姐さん。姐さんと言えば静岡。お盆にはまだ早いけど、忙しくて最近実家に帰れてない姐さんのためにお母さんのお墓参りと供養に行ってください!!】
姐さん!? ああ、琴乃の事か!!
「そういえば、琴乃お姉ちゃんって実家が静岡だっけ」
「うむ! 後輩なら場所を知ってるんじゃないか?」
「あくあ、もちろん、知ってるよな?」
「えーと……」
確か静岡市じゃなかったはずだ。
うーんうーん、焼津でも伊豆半島でもなかった気がする。
あ……思い出した! そうだ、浜松だ!!
「浜松駅に行こう!!」
「OK!」
俺達は一斉に走り出す。
幸いにも資金は潤沢にある。
俺達はタクシーで移動する事にした。
「もしかしてゴール!?」
「まだだよ!」
俺がすれ違ったファンの問いかけに返事をすると、それを聞いたみんなが大きな歓声を上げた。
周囲に居た人達から、「がんばれ!」「応援してます!」と、励ましの言葉を投げかけられて嬉しくなる。
「入口の外にタクシー乗り場があるんだって」
「OK! じゃあ、こっちだな」
静岡空港の入り口を出ると、そこで俺達は偶然にもよく知った人物と再会する。
「あ、あくあ君!?」
ん? この声は……。
「楓? こんなところで……って、待って。もしかして撮影中!?」
「えっと、昼のニュースで現場中継中だよ」
「嘘だろ!?」
本当だ……。よく見ると、スタッフの1人が、【現在生中継中です】というカンペを出していた。
俺はすぐに切り替えると、カメラに向かって手を振る。
「静岡に居るすべての人に、どうもこんにちは! BERYLの白銀あくあです!!」
俺が手招きすると、とあ、慎太郎、天我先輩の3人もカメラに映り込む。
「静岡のファンのみんな〜! こんにちは、BERYLの猫山とあだよ!」
「静岡県の人達、お邪魔します。BERYLの黛慎太郎です。少しの間かもしれないけど、お世話になります」
「静岡にいるみんな! BERYLの天我アキラだ! よろしくな!!」
「静岡に居る皆さん! ベリルエンターテイメントと契約してる国営放送の森川楓です!!」
スタッフの1人が、【森川アナ邪魔】というカンペを出す。
それを見た楓がますます前に出てくる。
ははは、本当に楓は面白いな。この世界でそんな事ができるのは楓かうちの小雛先輩くらいだぞ。
「そういえば、あくあ君。今日は始球式じゃないの!?」
「そうだよ。だから今、急いでるんだよ。って!? 今日の始球式での対戦相手、楓じゃなかったっけ!?」
「うん……。ただ、妊娠が発覚しちゃったから、急遽、私の代わりにピンチヒッターでとある人に出てもらう事になりました。誰がピンチヒッターかは内緒にしててって言われてるから言えないんだけど、あくあ君、よろしくね」
楓のピンチヒッターか……。一体、誰が出るんだろう?
同じパワー系だとイリアさんか? それとも小雛先輩……いや、あの人は運動神経悪いからないな。
うーん、誰がくるのか予想がつかない。
「って、こうしてる場合じゃない! 俺、行ってくるわ!」
「あ、うん。頑張ってね! みんなもあくあ君をよろしく!!」
俺達は再度カメラに向かって手を振ると、タクシー乗り場の近くで待機していたタクシーの運転手さんに声をかける。
「あくあ様!?」
「すみません。撮影するけど、4人行けますか!?」
「大丈夫です!!」
撮影スタッフは定員オーバーでタクシーに乗れないので、とあが撮影スタッフさんの1人からカメラを受け取る。
「えーと、琴乃の家で」
「あくあ……それじゃあ、わからないよ」
「あ、姐さんの家ですね。わかりました」
「「えっ!?」」
俺はカメラを回しているとあと顔を見合わす。
もしかしてこのタクシーの運転手さんは、偶然にも過去に琴乃を自宅に送り届けたところがあるのだろうか?
「姐さんの自宅は幸せになりたい私のような喪女達のパワースポットとして、県や市の観光パンフレットにも乗ってますから。ほら、今もBERYLの皆さんをタクシーに乗せられたし、やっぱり効力あると思いますよ」
嘘だろ……。琴乃の実家って、今、そんな事になってるの!?
俺も一旦、実家の玄関で拝んどくか……。
「あ! せっかくだから、どこかで姐さん実家のプラモを買って帰ってくださいよ」
「え? 琴乃の実家ってプラモデルにもなってるの!?」
それは、すごいな……。
琴乃はもう静岡の観光大使と言っても過言じゃないんだろうか。
「あくあ、そういえばお昼どうする?」
「そうだな……。運転手さん、何かおすすめのグルメとかありますか?」
「あ、それじゃあうなぎ食べます? 浜松といえばやっぱり鰻ですよ」
「じゃあ、どこか道すがらおすすめの店があったらよろしくお願いします!」
「わかりました!!」
俺達は運転手さんおすすめのお店で降ろしてもらうと、全員で鰻重を注文した。
幸いにもお金はある。
「せっかくだから景気付けに特上食べようぜ!」
「いいね! 僕、鰻重好き!」
「我は肝吸いが楽しみだな」
「どうせならデザートでメロンも食べないか?」
「いいね! 慎太郎の案に賛成で!」
「「賛成!!」」
タクシーの運転手さんだけ待たせるのも可哀想なので、俺達は運転手さんも誘って鰻屋さんに入る。
いやー、旅の資金がいっぱいあるっていいな。一気にリッチな気分になった。
「俺、このタレだけでご飯食べられるわ」
「わかるぞ。後輩……」
「うんうん、甘辛っていうのが良いよね」
「たれもいいが、白焼きも気になるな」
確かに……。このふわふわな感じ。素焼きでも絶対に美味しい気がする。
俺達は鰻重と肝吸いを堪能した後に、ジューシーなクラウンメロンを頂く。
あぁ、なんだろう、この感じ。口の中がすごく幸せだ。
「ごちそうさまでした!」
「おせわになりました!」
「ありがとうございました!」
「おいしかったです!」
俺達はお店の人にお礼を言うと、再びタクシーに乗って琴乃の実家に向かう。
っと、その前にお花を買っていかなきゃな。
「運転手さん、お墓参りに必要な線香とお花を買いたいんですけど……」
「わかりました。それじゃあ駅近くの百貨店に行きましょうか」
俺達が百貨店に到着するとまた騒ぎになる。
「え? あくあ様が藤以外の百貨店に来たの!?」
「ようこそおいでくださいました!!」
到着と同時に百貨店の偉い人がいっぱい出てきた。
俺達は事情を説明してお花やお線香、お供えの品を購入する。
よし、これで準備は整った。俺達は百貨店の人達にお礼を言うと、タクシーに乗って琴乃の実家に向かう。
すごいな。本当に琴乃の実家に行ってくれって言っただけで、琴乃の実家に着いちゃったぞ。
「運転手さん、ありがとうございました!」
「いえ、それよりも帰りのタクシー拾えなかったらいけないので、目の前にあるコンビニで待機してますから、必要だったらまた声をかけてくださいね」
「「「「ありがとうございます!!」」」」
俺はスタッフさんから鍵を受け取ると玄関を開ける。
「「「「お邪魔しまーす!!」」」」
全員で琴乃の実家に入ると、茶の間にあった仏壇で供養する。
流石に生物は腐りそうなので、普通にこっちも花にした。それも生花じゃなくてプリザーブドフラワーにしたから、不在の間も手入れする必要はない。
ちゃんとどっちも琴乃と、琴乃に見せてもらったお母さんの写真からイメージしてお花を選んだつもりだ。
琴乃のお母さんが喜んでくれるといいなと思って俺は手を合わせる。
「それじゃあ、次はお墓参りだな。一応、場所は琴乃に聞いておいたから」
俺達は琴乃の実家を出ると、さっきのタクシーの運転手さんに声をかける。
「あ、桐花家のお墓ですね。任せておいてください!!」
嘘だろ……。え? そっちも琴乃のファンのみんながお参りに行ってる!?
ははは、流石にそれは琴乃も知らないんじゃないかな……。
俺はこの放送を見て頭を抱える琴乃を想像して苦笑した。
「到着しました! また、外で待機しておきますね。あくあ様は次、浜松駅ですよね?」
「はい! 本当にありがとうございます!」
墓地に到着した俺達は、桐花家の墓を綺麗に掃除した後にきちんと供養する。
「みんな、番組の企画のためとはいえ、ありがとな」
「ううん。僕はいつも琴乃お姉ちゃんにお世話になってるし、全然いいよ!」
「ああ、それくらい琴乃さんにはお世話になってるからな」
「うむ! それに我も実家に帰った時は、近所の人の墓参りを手伝ってるし気にするな!」
俺はもう一度、みんなにありがとうと頭を下げた。
さぁ、次は浜松駅に移動だ。ここまでに2時間以上か……。
時計を見ると時刻は15時を過ぎていた。
ギリギリだな。
「運転手さん、お願いします!」
「まかせてください!」
俺は浜松駅で降ろしてもらうと、みんなに今晩の宿の手配をお願いして1人で名古屋行きの新幹線に乗り込んだ。
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