白銀あくあ、小悪魔ふらんちゃん。
ホテルから出た俺は、歓楽街のある方に向かって歩き出す。
そう、ここは試される大地、北海道。
北海道といえば大いなる自然、そして、男子に生まれたならば一度は行ってみたいススキノがある場所だ!!
「よし! 誰もついてきてないな!!」
俺はキョロキョロと辺りを見渡すと、周囲にベリルアンドベリルの撮影スタッフがいない事を確認する。
しめしめ。流石にみんなの旅の資金に手をつけるような事はしないが、せっかく近くに来たんだからススキノの空気くらいは吸いにいってもバチは当たらないはずだ。
「えっ? あ、あれって、あくあ様じゃ……」
「もしかして何かの番組のロケ? でも、カメラは……あ、かなり遠くにいた」
「しっ! あのニヤけた顔、きっとベリベリのスタッフだよ」
「流石はベリベリのスタッフ。顔を見ただけでわかる。きっと、あくあ様を泳がせてるんだろうなあ」
すれ違う女性達がチラチラと俺の顔を見る。
大丈夫。焦るなよ、俺。こうなる事も想定の範囲内だ。
俺はあくまでも晩御飯のお店を探すそぶりで周囲の視線を誤魔化す。
フハハ! この俺の演技力をもってすれば朝飯前よ!!
天国……じゃないな。地獄にいる小雛先輩、見てくれていますか?
貴女が鍛えてくれたこの演技力が今まさに活きています。
「あくあ君は、こんなところで何してるんだろう?」
「普通の男子ならありえないけど、ススキノに向かって行ってるし、そういう事じゃない?」
「ススキノって女性向けのお店しかなくない?」
「男性が来ないだけで、一応男性もOKだよ」
「ススキノのお姉さん達びっくりするだろうな〜。だって、ススキノで男の子なんてここ10年とか20年一度も見た事ないもん」
「あくあ様のあのお顔、きっとうまく誤魔化してるつもりなんだろうなあ……」
「あくあ君って演技力あるけど、嘘つくのは超がつくほど下手だよね。嗜みにすらバレてそう」
「そこがまたいいっ!」
「「「「「うんうん」」」」」
「とりあえず私達はホゲ……森川さんみたいなホゲった顔をして、気がついてないフリをしとこう」
「「「「「了解!」」」」」
俺は口笛を吹きながら、駅前にある大通りに出る。
なるほど、ここがススキノか。
話には聞いてたが、歌舞伎町によく似ていると思う。
「さーてと、うどん屋さんはどこだったかなぁ〜」
俺は独り言を言いながら、周囲のお店の看板をチェックする。
この世界の歓楽街は俺が居た世界の歓楽街と違って、接客の対象が男性ではなく基本的には女性だ。
だから看板に映っている女性の半分はスーツを着たり、男装をしたりしている。
その一方で女性らしい女性が好きという女子もいるので、可愛い子や綺麗な子がドレスを着ている看板がかけられていた。
「やっぱりクオリティが高いな……。あ、もちろん飯の話だが……」
俺は独り言を呟いて周囲の視線を誤魔化す。
駅から大通りを歩いて無料案内所の前を通り過ぎた俺は固まる。
「な、なんだと!?」
看板を見ようとチラチラ上を見ていたら、全面ガラス張りになった2階の店舗から大量の尻尾が見えた。
う、うさぎの尻尾だと!? ここはもしや天国か何かだというのだろうか。
俺は非現実的な光景に自分のほっぺたをつねる。
大丈夫。これは、夢じゃない。夢じゃないぞ、白銀あくあ!!
夢ならここでバニー服を着た小雛先輩が俺に突撃して、上に乗っかってくるはずだ。
俺がそういう夢を見てる時、大体、いつもあの人が邪魔してくるからな。
そんなことを考えていると、不意に後ろから怒鳴られた。
「ちょっとあんた、こんなところで何してんのよ!!」
「ヒィッ!」
小雛先輩すみませーーーーーん!
俺は前に転がりながら体操競技のように反転すると、総理直伝の倒立土下座を決める。
「クスクス。あくあ様ってば、何やってるんですかぁ〜?」
「えっ? そ、その声は……」
俺は土下座の体勢を解除すると、声がした方へと顔を向ける。
「ふ、ふらんちゃん!? どうしてここに!? し、しかもその格好は……」
俺はバニー服を着たふらんちゃんを見て目を丸くする。
ふらんちゃんが吊り目な事もあって、生意気な感じが出てるのがまたいい。
俺はバニー服と吊り目のコンビは鉄板だと思ってる。
だからふらんちゃんが凹凸の少ない体型だったとしても、この構成は俺好みのドンピシャだ。
「ふふっ。お仕事ですよ。お・し・ご・と」
バニー服を着るお仕事だって!?
なんでeau de Cologneの全員でその仕事を受けてくれなかったんだ!!
ふらんちゃんのバニー服もすごくよく似合ってるのに、アヤナのバニー服とか、まろんさんのバニー服とか絶対に似合うじゃん!!
俺は何度も地面を叩いて悔しがる。
「あ、えっと……あくあ様、その……全部、声に出てます」
「あ……」
俺は何事もなかったかのように立ち上がる。
どうやら俺の知らないうちに勝手に心の声が漏れていたようだ。
ふらんちゃんは顔を赤くして子供らしい表情と仕草を見せる。
ほほぅ。どうやらふらんちゃんは火力高めだけど、褒められたりすると弱いと……なるほどな。
「ところで、ふらんの小雛ゆかりさんの声真似どうでした? ちょ〜似てたでしょ? まろん先輩なんか、私の小雛ゆかりさんモノマネシリーズでずっと爆笑してたんですよ。あ、ふらんも今度、細かすぎてなんとかっていうあくあ様が出てた番組でようかな〜」
「すごく似てたよ。似過ぎて心臓に悪いから、ほどほどにして欲しい……」
俺は小雛先輩を思い出して、頬をげっそりとさせた顔をする。
このふらんちゃんの特技を小雛先輩とか、ベリベリのスタッフにバレないようにしなきゃな。
絶対に悪用するか、何か企んでくるんだから。
「で、ふらんちゃん、それ何の仕事なの?」
「実は私。eau de Cologneのお給料をコツコツ貯めて、それを資本金にして全国各地でアニマルカフェを経営してるんですよ」
資本金!? 全国各地でアニマルカフェを経営!?
「え? それって……ふらんちゃんは経営者、社長さんってこと!?」
「はい」
嘘だろ……。小学生なのに、俺よりすげーじゃん……。
「だって、私達、アイドルの消費期限と賞味期限って短いじゃないですかぁ〜。だ・か・ら、お金と人が集まる時に自分からアクションを仕掛けるべきだと思うんですよね。将来的に男の子と結婚しようと思ったら、やっぱり男の子に贅沢な暮らしをさせて養ってあげられるくらいの収入は欲しいし、もし、商売に成功すれば引退後も安泰かなって思ったんですよ。何なら引退する前に、つまり旬のうちに会社ごと売り抜けて次の軍資金にしてもいいし、失敗しても、またアイドルとか芸能界のお仕事を頑張ればいいじゃないですか。あ、これでも貯金するために、ふらんも色々と頑張ってるんですよ〜。ふらんは元々、お料理とか家事とか苦手だったんだけど、節約のためにまろん先輩に教えてもらって最低限のお料理とか家事とかできるようになったりとか……。あ、あくあ様、よかったら今度、私の肉じゃが、食べてみてくれませんか?」
「あ、うん……」
ふぁ〜。
これがeau de Cologneの次期エースですか……。
この年齢で、もうすでに男をダメにする才能に開花してやがる。
さっきの上目遣いで見つめられたのはかなりやばかった。
「ほらほら、あくあ様。せっかくだから中に入ってみてくださいよ」
「あ、あぁ……」
ふらんちゃんは俺の手を引っ張ってアニマルカフェの中に案内する。
「そういえばさっきアニマルカフェって言ってたけど、外から見たらバニーさんばっかりだったんだけど?」
「あ、47都道府県で動物のコンセプトを変えるようにしてて、北海道はバニーなんですよ。ちなみにこの周辺で5店舗あります」
は? 北海道のススキノだけで5店舗もあるの!?
ふらんちゃん、やばぁ……。もう完全に経営者としての才能を開花させてるじゃん。
「「「「「いらっしゃいませ〜」」」」」
目の前で一列になって俺を出迎えてくれたバニーさん達を見て、俺は頭の中がクラクラする。
え? ここってただのアニマルカフェだよね? なんか他のサービスとかやってるお店じゃないの?
「ふふっ、あくあ様のために頑張って可愛い子ばっかり揃えちゃいました。どうですか? ほら、センターの子とか、まろん先輩と雰囲気とか似てません?」
た、確かに……。
メイクとかでまろんさんに寄せてるのすごいな。
「あくあ様、あくあ様。この子、今日は指名入ってないからどうですか? あ、もちろんホ別ゴ無生中OK苺です」
ちょっと待って、その最後の呪文みたいなの何!?
なんかの特別な暗号だったりする?
「えっと、ホ別は、デリバリーする際に使用するホテル代は別って事で、ゴ無は、森川アナと当店がコラボしてるキャンペーン、ゴリゴリキャンペーンの適用は無しって事です」
ゴリゴリキャンペーンって何!? あ、普通の初回サービス無料とか、そういうのね。
どうせまた楓がホゲってる時に適当に頷いたんだろうなと思った。
楓はおそらくこの事を忘れてるとして、琴乃や鬼塚アナはこの件を把握しているのだろうか?
俺は如何わしいお店に来た事がカノン達にバレるのが嫌だから、この話は聞かなかった事にする。
「生中OKは、当店人気の生意気中学生プレイがOKって事です。苺は料金の事ですね。サービス料が1万5千円って事です」
なるほどなぁ。
メニュー表の説明見たら、ホテルで個別に頭をなでなでして楽しめるとかそういうプレイだけみたいだし、俺の心がドブみたいに汚れてただけか……。
「あくあ様。せっかくだから、オープニングキャンペーンで少しくらい楽しんでいってくださいよ。今なら誰でも指名できますよ」
「あ、うん。えっと、それじゃあ……ふらんちゃんで」
正直、お姉さんを膝の上に乗せて撫で撫でとか絶対にやばい。
その点、小学生のふらんちゃんなら大丈夫だろう。
きっと、お兄さんと小学生の妹が戯れているような感じにしかならないはずだ。
「ふらんちゃん、この目の前にある鏡張りは何?」
「ご主人様が可愛がってる時のバニーちゃんのお顔とかを見れるようにするために張ってるんですよ」
なるほどね。
俺は鏡に映った自分とふらんちゃんを見てなんとも言えない顔をする。
これ、本当に大丈夫か?
「ご主人様、バニーちゃんは寂しがり屋さんだから、構ってくれないと寂しさで死んじゃうんですよ? だから、いーっぱい、頭をなでなでしてくださいね」
俺はふらんちゃんの頭を優しく撫でる。
しばらくすると店内の中に少しアップテンポな曲が流れ始めた。
「あっ、フィーバータイムです」
フィーバータイムって何!?
急に店内の照明が落ちて真っ暗になる。
「あくあ様、いーっぱい頭なでなでしてくださいね」
うおおおおおおおおおおお!?
な、何が起こってるんだ!?
真っ暗になったせいで自分の手の位置がどこにあるのかわからない。
俺はふらんちゃんの頭を優しく撫でる。
「ふふっ、だめ。そこ……ふふふっ、ふふふっ、くすぐったいですよー」
ごめんごめん。俺はもう少ししっかりと頭を撫でる。
大音量のBGMが終わると、照明の光が徐々に明るくなっていく。
「はい。お時間の方、これで終了となります!! 時間を延長される方は申し出てください!!」
い、今の時間は一体なんだったんだ……。
何人かのお客さん達が席を立つと、料金を支払って外に出ていく。
「あくあ様……。よかったら、この後、ふらんと……」
「あ、いや、俺、その、ちょっと予定あるから、ご、ごめんな!」
俺はふらんちゃんや他の店員さん達にお礼を言ってバニーカフェを後にする。
ふぅ……なんとか助かったぜ。
「あくあ、何してるの?」
「うわあああっ!」
俺が慌てて後ろを振り返ると、元気になったとあと慎太郎、天我先輩の3人が立っていた。
「と、とあ、大丈夫なのか?」
「うん。熱も下がったし、せっかくだから晩御飯はみんなと一緒に食べようかなって。僕だって、北海道の思い出欲しいもん」
そうか。俺はとあが元気になってホッと胸を撫で下ろす。
「ところで、あくあ。僕達のためにお店を探してくれてたんでしょ? どこか、いいお店はあった?」
「バ……」
「バ?」
「バターサンドとか……」
あぶねぇ。もう少しでバニーカフェっていうところだった。
セーフ! とあは近くにあった看板に目を向ける。
「あくあ、あの看板に書いてあるバターサンドは美味しいけど、流石にそれは晩御飯にならないよ」
「ああ、そ、そうだよな。ごめん」
「結局、まだ決まってないって事でしょ? ね。それじゃあ、みんなで選ぼ?」
「あ、ああ。そうだな。それがいいと思う。よし! じゃあ、行こうぜ!!」
俺は全てを誤魔化すように先陣を切って歩き出す。
ほら、あそこの海鮮丼は……流石に病み上がりのとあにはボリュームがあるし、寿司とかどうよ?
「バニーカフェね。ふーん。あとでカノンさんに言っとこ」
ん? とあ、今、何か言ったか?
ほらほら、せっかく元気になったんだから、美味しいものを食べに行こうぜ。
俺は3人の背中をぐいぐいと押すと、バニーカフェのある通りからゆっくりと離れていった。
これくらいカットしてたら大丈夫かな?
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://x.com/yuuritohoney