白銀あくあ、温度差。
俺達は飛行機に乗って、昼前には北海道に到着した。
「ミッションの前にお腹空いたからご飯食べようぜ!」
俺達は空港にお見送りに来ていた人の車に乗せてもらって、地元民おすすめのスープカレーのお店に移動する。
本当はスペシャルミッションと今朝のダーツでお財布は潤ってるからタクシーも使えるけど、地元民との交流を含めて移動は基本的にヒッチハイクか、レンタカーやレンタサイクルとかにする事にした。
「スープカレーの野菜と芋うめぇ!!」
家に帰ったら俺も自分で作ろうかな。
する予定だった新居の引っ越しパーティーでカレーパーティーも悪くない気がする。
いや、むしろいい。大人数で食べるカレーは絶対に美味いと思う。
「卵の中が半熟になっててとろとろで美味しいな」
「うむ! それに、スパイシーなカレーのスープにチキンがよく合っている!」
慎太郎や天我先輩は満足そうにカレーを食べる。
その一方でカレーが好きなとあが黙々とカレーを食べていた。
うん? 俺はここで何かが引っ掛かる。
そういえば、今朝からとあの口数が少し少ないような……。
はっ!? も、もしや、大事な旅の途中で不可抗力とはいえ、朝帰りしてしまった俺の事を怒ってるとか!?
そういえばいつも甘口のカレーばっかり食べてるとあが、今日は珍しく中辛のスープカレーを食べてるし……これは、かなり怒ってるのに違いない。
「後輩?」
「どうした、あくあ?」
俺はみんなの前で総理直伝の土下座をする。
こういう時は誠心誠意謝った方がいい。
「すまん。みんな! みんなも本当は沖縄のビーチで水着美女と戯れたかったよな!!」
それなのに俺1人でまろんさんと楽しんでしまってすまない!!
今度はみんなでナンパしような!!
「いや、別に……ぼ、僕は淡島さんとは今度一緒にプール行くって約束してるしな」
「我も別に怒ってはいないぞ」
2人とも怒ってないだと!?
それに慎太郎、お前、淡島さんと一緒にプールだって!?
お前、いつの間にそんな事になってたんだよ!!
大丈夫か? ホックの外し方とかちゃんとわかるか!?
なんなら俺がお前のホックの外し方の練習相手になってもいいんだぜ?
「うっ、急に寒気が……やっぱりあったかいとはいえ北海道は冷えるな。カレー食べよう」
おい、慎太郎、大丈夫か?
いくら夏とはいえ沖縄と北海道の移動で10度くらい気温が下がってるからな。あんまり体を冷やしすぎるなよ。
は〜、それにしてもお前もちゃんと淡島さんとよろしくやってるんだな。
俺は嬉しいよ。やっぱりお前は俺が認めたやる時にはちゃんとやる男だ。
大丈夫、お前が結婚したら貴代子さんは将来の義理のパッパである俺に任せて欲しい。
俺はキリッとした顔で慎太郎を見つめる。
「そういえば後輩。この前、春香ねえがまた白銀家の皆さんと遊びたいって言ってたな。後輩、予定が合えばまたBERYLの家族会か何かで一緒にどこかの海に遊びに行かないか?」
「もちろんです。天我先輩」
俺は天我先輩から春香さんの状況についてそれとなりに聞かされている。
春香さんは今でもそういう雰囲気になるとたまにフラッシュバックする時があるらしい。それも最近は落ち着いてきたと聞いているが、完全になくなったわけじゃないそうだ。
天我先輩は大人だから落ち着いてるけど、話に聞いただけでも、いや、今思い出しただけでも前の夫に対してムカムカしてくる。
「そんな顔をするな後輩。だが、我は……あくあや慎太郎、とあの3人がそういう顔をしてくれるから冷静でいられるんだろうな。いつも我や春香の代わりに怒ってくれて、ありがとう後輩」
そう言える天我先輩がカッコ良すぎて眩しい。
天我先輩が俺の先輩で良かったと思った。
「そういえば……とあの口数が少ないな」
「確かに。どうした?」
「とあ?」
天我先輩や慎太郎の2人もとあの異変に気がついて声をかける。
それでもとあは黙々とカレースープをスプーンで掬って食べていた。
んん? この反応は怒ってるとかじゃないな。それよりも……。
「とあ、ちょっと触るぞ」
俺はとあのおでこに手を置く。
あっっっっっつ! ちょ、待て。これ、かなり熱があるぞ!!
「あ、やばい。これ風邪かも」
「「「「「えぇっ!?」」」」」
俺の一言でさっきまで静かにしていたお客さん達やスタッフ達が一斉に騒ぎ出す。
「えらいこっちゃえらいこっちゃ!」
「とあちゃんが熱!? 死ぬの!?」
「死なないでとあちゃん!!」
「救急車ああああああああああ!」
「通りを歩いている人でお医者様はいませんかぁああああああ!」
「政府のBERYL専用ダイヤルにすぐ電話だ!!」
「首相官邸に電話して羽生総理にも伝えないと!!」
「いやいや、総理は頼りにならないから揚羽さんでしょ!!」
「くっ! ベリルのBERYL相談ダイヤル、全然繋がらねぇ!!」
「そういう時はベリルエンターテイメントの白銀あくあ対応室にかけるといいよ」
「まずは落ち落ち落ち着いて掲示板だ。掲示板民はポンコツだけど、救急チャンネルと政府専用回線と自衛隊や警察の回線にも割り込める鯖ちゃんが全部1人でどうにかしてくれるはず!!」
「それだー!」
俺はとあの体を横にさせる。
「とあ、いつからだ?」
「今朝から……でも、最初はそうでもなかったからいけると思ってた。ごめん」
「気にするなよ。それじゃあ、飛行機に乗ってから?」
「飛行機では寝てたしよくなると思ってたんだけど、起きたら体調最悪で空港降りた時からもう熱がだいぶあったと思う」
俺は店員の人から冷たいおしぼりを受け取ると、とあのおでこにおく。
そうこうしている間に近所のクリニックからお医者さんが駆けつけてくれた。
「なんじゃこりゃあ!」
外に出ると、救急車だけじゃなくてパトカーやレスキュー隊、自衛隊車両までが到着してた。
ていうか、やたらと上の辺もうるさくね?
俺が空を見上げると、報道局のヘリと自衛隊機がめちゃくちゃ飛んでいた。
いやいや、みんな大袈裟過ぎるって!!
よく見ると大通りの大型モニターに映った楓が、なぜか安全第一のヘルメットを被って、真剣な顔でとあが風邪を引いたニュースを繰り返し読み上げていた。
ふぁ〜っ! みんな落ち着けって! これじゃあ、逆に良くなるものも良くならないから!!
俺達は病院に付き添って診察を受けてお薬を処方してもらうと、近くのホテルの部屋をとってそこでとあを寝かせる。
ふぅ……もう少しでとあが集中治療室に入院させられるところだった。
「ありがとう。あくあ、みんなの暴走を止めてくれて」
「気にするなって。とあ」
俺はとあの体にそっと布団をかける。
とあって体は小さいけど、結構我慢強いタイプだから、きつい時にきついっていえないタイプなんだよな。
だから俺がもっとちゃんと、とあの事を見ておけば良かったと後悔する。
「……あくあ、風邪がうつるから出ていっていいよ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとマスクしてるし、病気の時にあんま無理すんな。っと、ちょっと待ってろよ」
ノックの音を聞いた俺は、入り口に行って扉を開ける。
多分、買い出しに行ってた慎太郎が戻ってきたんだろう。
「あくあ。一応、飲料水とかゼリーとか買ってきた」
「ありがとな。慎太郎」
俺は慎太郎から買ってきたものを受け取ってとあのところに戻る。
さすが慎太郎だ。他にも色々と買ってきてるな。
「買い出しに行った慎太郎が色々買ってきてくれたぞ」
「ありがとうって、言っておいて」
俺はとあの手が届くところに飲料水とかゼリー飲料を置いていく。
「ロケ……どうなった?」
「ロケはとあが続行して欲しいって言ってたから続けてるよ」
「ミッションは?」
「ミッションは天我先輩が今、車を借りに行ってるから心配するな」
ミッションは全国ツアーin北海道で思い出となった場所で記念写真を撮る事だった。
最初は俺が1人でミッションをクリアして、念を押して慎太郎や天我先輩にも休憩してもらおうと思ってたけど、2人が代わりにやるから事前に能登に行ったり引っ越しの準備をしたりと忙しかった俺こそ、こういう時にちゃんと休んどけと言われたんだよな。
だからこのあとはもしもの時のために備えて俺がとあのところに残って、その代わりに慎太郎と天我先輩の2人がミッションをクリアする事になっている。
「あくあ……僕、眠くなっちゃった」
「お薬が効いてきたんだろうな。じゃあ、俺も隣の部屋で寝てるから、何かあったら電話かけろよ」
俺はそう言って部屋から出ると、大人しく隣の部屋で寝る。
もちろん寝つきのいい俺は0秒で眠りに落ちた。
「んぐごっ!?」
俺は目が覚めると、はぁはぁと息を荒げる。
な、なんだったんだ今の夢は!?
せっかくの楽しい夢だったのに、なんで途中から女王様系サキュバスの小雛先輩が出てくるんだ!!
サキュバスのコスプレをしたeau de Cologneの3人に囲まれる楽しい夢を見ていたはずなのに、気がついたらサキュバスコスプレの小雛先輩が出てくる悪夢に変わっていた。
俺のお姉ちゃん系サキュバスのまろんさんは!? 俺の小悪魔ママ系サキュバスのふらんちゃんは!? 俺のツンデレ系サキュバスのアヤナの3人はどこに行ったんだよ!!
俺はベッドから起きると、とあの様子を確認しに行く。
「とあ〜、起きてるか〜?」
まだとあが寝てたらいけないので、俺は物音をあまり立てないようにしてとあの部屋に入る。
「あっ……」
「ん?」
ベッドで上着を脱いでいたとあと目があう。
「すまん!」
「う、ううん。大丈夫、ちょっとびっくりしただけ」
って、俺ら別に男同士だし、気にする必要ないだろ!!
それなのに、とあがスバルたんと似てるから、咄嗟にびっくりしてしまった。
「ほら、背中、拭いてやるよ」
「うん、ありがとう」
俺はとあの背中を拭くと、バッグの中から新しい着替えを取り出して渡す。
なんとなくだけど、さっき見た時より良くなったように見える。
「ん。熱下がったな」
「うん。なんか、ちょっと元気になってきたのか、お腹空いてきちゃった……」
そういえば、とあってカレー半分も食べれてなかったっけ。
よっしゃ! そういう事なら俺に任せろ!!
「とあ、ちょっと待っててくれ。あ、眠たかったら寝てていいからな」
「うん」
俺はホテルのスタッフさんにお願いして、スタッフ用の給湯室でいいから借りれないかと聞く。
するとなぜかホテルのキッチンに案内された。もちろん俺はちゃんと消毒して厨房の中に入る。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございます!!」
なんでも今から俺が作るメニューをホテルの夜ごはんとして提供するらしい。
いやいや、俺が作るのは肉うどんだよ!? ホテルの夕ご飯が肉うどんで大丈夫?
えっ? お客様からもう同意は取れてる? 泣いて喜んだって、どういう事だよ……。
「いつもなら豚肉を使うんだけど、せっかくだからジンギスカン使ってみるか」
俺はジンギスカンと白ネギを使って、白銀あくあ特製、風邪引いた時用の肉うどんを作る。
前世で児童養護施設に居た時に、風邪を引いたチビ達によく食べさせてたなと思い出す。
そういえば、前世でこのおうどんのレシピを教えてくれたのは根本先生だった。
俺は少しだけセンチメンタルな気分になりながらも、ジンギスカン肉うどんを完成させる。
あっさりとした昆布出汁にくたくたに煮詰めた柔らかーいおうどん、これに太めに切った白ネギに加えジンギスカンの肉、自分で言うのもなんだけど完璧だ。
「ほら、とあ、食べられるか? フーフー」
「もー、あくあってば、自分で食べられるって?」
そうか? 俺はとあに箸を手渡す。
って、うわぁ!? カメラさん近っ!
そこまで寄らなくてもズーム機能あるでしょ!!
て言うか、居たんだ……。忍者並に気配を消してたから全然気がつかなったぞ。
「あくあ、ありがとう。ふぁ〜、僕、またちょっと眠くなっちゃった」
「寝ろ寝ろ。俺は後片付けした後、天我先輩達に電話かけるから、またなんかあったら呼べよ」
「うん」
俺が食器を返しにキッチンに戻ると、ホテルのスタッフみんなが俺の作った肉うどんを泣きながら啜っていた。
に、肉うどんでそんなに喜んでくれて、俺もすごく嬉しいよ……。
俺はお礼の言葉を言って、そっとその場を離れると慎太郎に電話をかけた。
天我先輩は運転してるかもしれないし、運転中なら携帯電話に出られないからな。
『慎太郎、そっちはどうだ?』
『こっちは順調だ。ミッションもクリアしたし、19時か20時くらいには戻るよ』
それじゃあ、それくらいにみんなで飯食うか。
『じゃあ、みんなが戻ってくるまで俺もせっかくだから近くをうろついてくるわ』
『ああ、わかった』
俺はとあに出かけてくると言ってから、ホテルの外に出た。
そこで俺は意外な人物に出会う。
「あれー? あくあ様、こんなところでどうしたんですかー?」
「ふ、ふらんちゃん?」
ふらんちゃんは俺に向かって八重歯を見せながら、にんまりとした笑みを浮かべた。
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