白銀あくあ、俺にとっての真の夏休みが始まった。
「とあ、頼むぞ!!」
種子島でのスペースシャトル見学ツアーを終えた後、俺達はダーツの矢をとあに託す。
頼むぞー! 明日は18日、オールスターがあるのは19日だからな。気持ち的にも少し東に寄りたい。
まぁ、流石にここは鹿児島だ。ここより遠くなる事はないだろ。ははは!!
「やー!」
とあが投げたダーツが左に逸れる。
また九州か!? 誰しもがそう思った瞬間、ダーツの矢が大きく逸れて海の上に刺さった。
ふぅ……。もう一度やり直しか。助かった。
「あ……」
ダーツの矢を取りに行ったとあが固まる。
「ん、どうした?」
「えっと、これ、地図が小さすぎて遠くから見たらわからなかったんだけど……」
とあは地図からダーツを引き抜くと、そこに指を差す。
ん? 俺と慎太郎、天我先輩は顔を見合わせると、ゆっくりと地図を覗き込んだ。
「沖縄ぁ!?」
「おおー」
「はいさい!!」
嘘だろ!? 更に愛知から遠のきやがった……。
ていうか、これ、今日中に移動できるのか!?
ベリルアンドベリルのスタッフさん達が集まって急遽協議を始める。
「えーと、スタッフが調べたところ、種子島から直接沖縄に行く事は不可能なのと、種子島から鹿児島を経由した場合、沖縄上陸に翌日まで待たないといけない事が判明しました。えー、あくあ様が始球式に間に合わないといけない事もあり、今回は移動のためにSpace Experience X社様からエーロイ・マスクさん所有のプライベートジェットをお借りしてきました」
「「「「おぉ〜!」」」」
俺達4人は手を叩いて喜ぶと、会社の人の案内でプライベートジェットに乗り込む。
すげぇな。中は二階建てになっていて、ベッドルームにシャワールーム。おまけにバーまである。
「すごく綺麗だな」
「ふふっ、実はこれ新品なんですよ」
えっ!? 納品したてのプライベートジェットってこと!?
それなのにエーロイさんじゃなくて、俺達が最初に乗っちゃって良かったのかなと、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
「いいんですよ。社長は他にもプライベートジェットを3機保持していますが、一度たりとて乗った事がありませんから。それどころか、エーロイさんは会社に一度も顔を出した事すらないんですよ」
「へぇ」
エーロイ・マスクさんか……。
個人的には年上のお姉さんならいいなって想像してたけど、どんな人なんだろう。
すごい会社をいくつもやってるし、きっと俺が想像できないようなすごい人なんだろうなと思った。
俺達はエーロイさんのプライベートジェットで快適な空の旅を楽しむ。
「はい。僕の勝ち」
「ぐわああああああ!」
「くっ! 今回も無理だったか」
「まさか、あそこからあくあが負けるとは……」
七並べで負けた俺は大きく仰け反って両手で顔を覆い隠す。
くっそー、ハートの8が止められてなければ!!
天我先輩はともかく、高校生の俺たちはもちろん、バーカウンターなんか使えるわけもなく、普通にトランプをして遊んだ。
って、ここも撮るの? ええっ!? むしろこういうのでいいって!?
じゃあ、次はインディアンポーカー……は、天我先輩が悲惨な事になりそうなので、神経衰弱にするか。
「はい。そういうわけで沖縄にやってきました」
「やったー!!」
「うぉー!」
「エーロイ・マスクさん。Space Experience X社のみなさん、本当にありがとうございました」
空港に到着した俺達はカメラに向かって頭をぺこりと下げる。
移動は本当に一瞬だったな。便利だし、俺もプライベートジェットの一つでも買ってみるか。
カノンがどんどん使っていい。そうじゃなきゃお金が回らないからって言ってたしな。
「あくあ様!?」
「とあちゃんもいる!」
「TENGA! TENGA! TENGA!」
「マユシンくーん!」
「もしかして何かの企画!?」
「やったー!!」
「めんそーれ、BERYLのみんな!!」
俺達は空港に居たお客さん達に手を振る。
そういえばこの番組、編集して次の日には放送するって言ってたし、今晩は昨日の話が放送されるのか。
編集するテレビのスタッフさん達も大変だろうなと思った。
「ここでBERYLの4人にはスペシャルミッションです!! スペシャルミッションをクリアする事で、皆さんには追加で旅を楽しむための資金が支給されます!」
さすがはベリルアンドベリルのスタッフだ。程よいタイミングで飴がくる。
沖縄観光は、いくらお金があっても足りませんからね。
ダーツを投げたとあはスタッフさんからフリップを受け取る。
「みんなー。開けるよー!」
「「「「「はーい」」」」」
とあは空港に居た人達に声をかけると、フリップに貼られたシールをペロリとめくる。
【沖縄といえば芸能人、芸能人といえば沖縄。プライベートでも仕事でもいいので、自分達以外の芸能人を見つけたらスペシャルミッション達成です!! ※テレビ局に行くとか番組ロケ中の人はダメですよ】
いやいやいや! 沖縄と言えど、そんなに都合よく芸能人なんて見つからないでしょ!!
俺達は4人でどうするかを相談する。
「どうする? ばらけて探す?」
「ああ、それが一番効率的だと思う」
「流石に夏休み前だしいないんじゃないか?」
「仕方ない。ここは裏技を使うか……」
ポケットからスマホを取り出した俺は、スタッフさんに視線を向ける。
「これって、どういうやり方でも大丈夫なんですよね?」
「もちろんです」
何故か俺を見つめるとあと慎太郎が不安そうな顔をする。
2人ともどうした? そんな顔をしなくても大丈夫だ。この俺を信じろ!!
俺はスマホを操作してスピーカーフォンにすると、この世界で一番暇そうな人に電話する。
『もしもし? あんたから電話かけてくるなんて珍しいじゃない。どーせ、また、なんかやらかしんでしょ? やらかしてるなら、素直にカノンさん達に謝った方がいいわよ。仕方ないから私も一緒に謝ってあげる』
小雛先輩の声を聞いて、空港に居た人達から悲鳴に近い叫び声が聞こえる。
これは黄色い悲鳴というよりも、どちらかというと恐怖に近い声だ。
なるほど、1999年に来忘れた恐怖の大魔王はここにいましたか。
『うるさ! ちょっと、あんた、今、どこにいるのよ!?』
「小雛先輩、ちょっとお願いがあるんですけど、今から理由を聞かずに、お忍びを装って沖縄に旅行しに来てくれませんか? 先輩、今日も暇ですよね?」
『はぁ!? 私だって暇じゃない日くらいあるわよ! 今日だって、あんたのなんとかかんとかっていうバカみたいな名前の場所に引っ越すための準備してるんじゃない! ていうか、この雑な感じはまたなにかの番組? あっ、わかったわよ。どうせまたベリルアンドベリルとかいう頭のネジが飛んでる奴らの番組に出てるんでしょ! って、ちょっと待って。アヤナちゃーん、その箱、先に入れといていいよ〜』
あっ、そういえば今日は引っ越しの日か……。
それならダメだな。俺はボタンをフリックして通話を切ると、念のために電話の電源を落とす。
「ダメでした」
「ダメっていうか、あくあ……いくらなんでも小雛先輩の扱いが雑すぎるよ……。後から鬼電がきても知らないよ」
だって、あのまま電話してたら長くなりそうだったし、もしかしたら放送前の内容が全部バレちゃうところだったかもしれない。
だって、俺が小雛先輩の追求から逃れられると思えないもん。
「どうせ改めて夜に掛け直すしいいよ」
「それならそれでいいけど、小雛先輩にお土産の一つくらい買っておいてあげなよ。もう」
沖縄だからシーサーの置物でいいな。あの人、そういうの好きそうだし、俺も好きだもん。
俺達は再度話し合いをすると4人で分かれて芸能人を探す事にした。
「それじゃあ僕が空港に残って、飛行機から来る人を見張ってるよ」
「じゃあ僕と天我先輩は、分かれて観光名所をうろついてみる」
「うむ! 車が必要な東側の観光名所は我に任せろ!!」
「それじゃあ俺は外でレンタサイクル借りて近場とか南側を散策してみるわ」
3人とは別行動を取った俺はスタッフさんを引き連れて空港の外に出る。
「あっ……つくないな。思ったよりも」
これならはっきり言って東京の方が暑いぞ。
いや、暑いのは暑いけど、東京の方がじめっとしてて暑い気がする。
俺はレンタサイクルを借りると、そのまま自転車に乗って海岸沿いを目指して走っていく。
「おー! 海だー!!」
綺麗な沖縄の海が見えて、俺のテンションがあがる!!
これ、絶対に自分のバイクで走ったら気持ちいいだろうな。
いつか、バイクで北海道一周してみたいなってずっと思ってたけど、沖縄バイク旅もしてみたいなと思った。
「あくあくあくあ様!?」
「嘘!?」
俺は自転車を漕ぎながら、すれ違う人達に向かって片手をあげる。
「はいさい!!」
さっき人から聞いたけど、ここをまっすぐ行って曲がればビーチとホテルがあるらしい。
まずは手始めにそこから捜索し始めるか。
「おお〜」
目的地となるビーチに到着した俺は感動で涙を流す。
水着を身に纏った美女と美少女しかいないビーチ……なるほど、ここが俺にとっての桃源郷だったか。
「あくあ様、あくあ様」
「ん?」
スタッフの1人が俺にこそこそと話しかける。
「番組中です」
「わ、わかってますって」
そうだ、あくあ。これは仕事だぞ。
俺は真剣な顔つきでビーチにいる水着の美女達を観察する。
「あ、あそこに居るのってあくあ様じゃ……」
「本当だ!」
「カメラさんとかが居るからお仕事かな?」
「きっと、そうだよ」
ビーチに居た美女達が俺の存在に気がつく。
うーん、こっちをみてる人の中に芸能人の人は居なさそうだな。
「ね。もしかして今、チャンスなんじゃない?」
「ふぅ、どうやら私が無意味に育ててきたものがようやく日の目を見る時が来たようですね」
「ちょい位置なおそっと」
「私はもアピールしちゃおうかな」
「流石に解けちゃったはアウトかな?」
「それはアウトでしょ」
キリッとした顔の俺を見て、周りに居るスタッフさん達が段々と不安な表情になっていく。
大丈夫。みんな。これでもちゃんと見てるから。そう、ちゃんとな。
俺はゆっくりと前に出ると、1人の女性に近づいていく。
あのこっちを見てない大きな膨らみ。どこかで見覚えがある気がする。
俺はその女性に近づいて声をかけた。
「はいさい」
「はいたい……って、あ、あくあ君!?」
俺は女性がこちらを振り向いた瞬間にガッツポーズをする。
やったー! ミッション達成だ!!
「まろんさん、今、カメラ回ってるけど、大丈夫?」
「あ……大丈夫だけど、こんなところでどうしたの?」
俺はまろんさんに収録中である事と、その企画の内容を説明する。
「ところで、まろんさんはどうしてここに? もしかして、仕事ですか?」
「あ、うん。この後、水着のグラビア写真を撮ろうと思って……」
な、なんだって〜!!
そんな最高の仕事があるんですか!?
俺はスタッフさんに今後のプランを提案する。
「密着しましょう。人類……いや、俺のために!!」
「えぇっ!? ま、まぁ、ミッションはもう達成したから別にいいんですけど……城さんは大丈夫なんですか?」
「あっ、はい。別に大丈夫ですけど……ちょっと恥ずかしいかも」
やったー!!
俺が待ち望んでいた真の夏休みが今! まさに、始まろうとしている!!
今年、俺達4人が話し合って夏休みを取ったのも、去年の夏、夏コミのベリルフェスやヘブンズソードの撮影で忙しかったのが理由だ。俺自身もゆうおにの撮影とかあったしな。
今年の1月から始めた全国ライブツアーは思ってた以上にキツかったし、あのままのペースでやり続けていたら、夏か夏を超えた後にきっと誰かが倒れていたと思う。
だから俺はスタッフやみんなと話し合って、しっかりと夏休みを取る事を決めた。
「じゃあ、ちょっと、とあ達に連絡入れますね」
「はい」
俺はとあにミッションを達成したという連絡を入れる。
なぜか電話越しに経緯を聞いたとあがジト目だったような気がしたが、俺の気のせいだという事にしておこう。
「おぉ……」
まろんさんは上に羽織ってたものをグラビアのスタッフさんに預ける。
シンプルかつ大胆な大人なビキニを着たまろんさんに、俺の視線が釘付けになった。
まろんさんって甘えさせてくれそうな感じがするし、無条件で男の子をヨシヨシしてくれそうな感じがする。
慈愛と母性を感じる理想のお姉さんって感じだ。
「くっ、俺もまろんさんの水着姿をカメラで撮ってみたい……」
「あ、じゃあ、撮ってみます?」
い、いいんですか?
どうやら俺がポツリと呟いたその一言がグラビアのカメラさんに聞かれていたみたいだ。
撮影用のカメラを受け取った俺は、ファインダー越しにまろんさんを見つめる。
「その恥じらった感じいいよいいよ。ほら、もっと!! そう! ちゃんと先まで意識して!!」
調子に乗った俺は何度もシャッターを切る。
恥ずかしがる素振りを見せたまろんさんを見て、ついつい何枚も写真を撮ってしまった。
しかしその分、いい写真がたくさん撮れたという自負はある。
「あくあ様が撮った写真は、後でメールに添付して送りますね」
「ありがとうございます!!」
俺はカメラさんにカメラを返すと、撮影が終わって休憩していたまろんさんに話しかける。
「まろんさん、ごめんね。調子に乗って何枚も……」
「う、ううん。大丈夫。それだけあくあ君も真剣だったって事だしね」
まろんさんの元気で可愛い笑顔を見て俺は癒される。
どうです? 俺の2人目のお姉さんになってくれませんか?
「ところでまろんさん、この後の仕事と予定は?」
「もう、これで終わりだよー」
「じゃあ、俺もフリーなんで一緒に遊びませんか?」
「えっ!?」
まろんさん?
俺はびっくりした顔で固まったまろんさんの前で手を振る。
おーい、大丈夫かー?
「まろんさん?」
「あ、うん。大丈夫」
よしっ! 俺はガッツポーズを見せる。それを見た人達やスタッフさんから温かな拍手が送られる。
まろんさんは俺から顔を逸らすと、何やらぶつぶつと呟いた。
「アヤナちゃんに悪いような……う、ううん。でも、これは滅多にないチャンス……私も少しくらいは、あくあ君と遊んだりとか、そういう夏の思い出が欲しいし……」
さーてと、どうしようかな?
せっかく海に来たし、俺も水着に着替えて泳ぐか。
そうと決まれば話は早い。
「まろんさん、俺も水着に着替えてきます。せっかくビーチに来たんだから、一緒に泳ぎましょう」
「う、うん」
俺はまろんさんと別れると、スタッフさんから鹿児島の温泉で使わなかった俺用の水着を受け取る。
「うぎゃああああああああ」
「ぐわあああああああああ!」
「あくあしゃまの水着ぃ!?」
「し、死人が出るぞ!!」
「沖縄の青い海が、私の鼻血で赤く染まっちゃう!!」
あ……。そういえばこの世界って、男性の水着とかもあんまりみた事がないのか。
やらかした……。あ、でもさっきも温泉の撮影をしたし、この世界の女性達に、男性に関する耐性をつけるという意味では良い事かもしれない。というか、そう思う事にする。
俺は左右で倒れていく女性達を介抱しつつ、まろんさんが待ってくれている場所へと向かった。
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