白銀あくあ、頑張るみんなを応援します!
本日4度目の更新になります。
プール開きから1週間後、俺の通う学校では体育祭が行われた。
乙女咲では秋から冬にかけての間に球技大会や学園祭があるから、体育祭はこの時期におこなわれる。
残念ながら体育祭における俺の出場種目はない。
何故ならほとんどの男子が体育祭には参加しないからだ。
そのような女子ばかりの中で、男子の俺が出るのは少し反則のような気がしたからである。
だからといってせっかくの体育祭、何もしないというのは勿体無いような気もしたし、それ以上に俺もクラスのために何かをしたかった。
だから俺は友人の黛と話し合って、自分達のAクラスの勝利を応援するために、とある作戦を立てたのである。
「白銀……黛……お前ら本気か?」
体育祭が行われるよりも2週間以上前、俺と黛からの提案を聞いた杉田先生は固まった。
「はい! 俺たちもクラスのみんなのために頑張りたいんです!!」
「そ……そうか、うん、それは有難いんだが……うちのクラスの女子たちは大丈夫だろうか?」
杉田先生は尻すぼみに声を小さくすると、最後、何やらボソボソと呟く。
「よし、わかった。特に問題ないと思うが実行委員会には私の方から伝えておくよ」
俺たちの提案は杉田先生を通して実行委員会でも認められたそうだ。
しかし、実行委員会からはAクラスだけなのは不公平だとの意見が出たらしい。
その結果、俺と黛は自分達のクラスだけではなく、何故かこの体育祭全体を応援する事になってしまった。
そして、体育祭当日。
俺と黛は演劇部の皆さんの協力の元で作られた応援団の衣装を身に纏っていた。
『次の競技はパン食い競争になります』
会場のアナウンスと共に入場する競技に参加する生徒たち。
俺と黛は大きく声を張り上げた。
「それぞれの健闘を祈願してー! フレー! フレー! 乙女咲!」
「フレー! フレー! 乙女咲!」
「ガンバレ! ガンバレ! 乙女咲!!」
「ガンバレ! ガンバレ! 乙女咲!!」
俺がコールを先導して、黛がうまく合いの手を入れる。
振り付けはちゃんとダンススタジオで鏡を見ながら練習しただけあって、動きも結構様になってると思う。
「やはりあの噂は本当でしたか……」
「ええ、まさか1年生でありながらこの乙女咲のツートップ、白銀君と黛君の二人が応援団をやってくれるなんて、最初は情報の出元を疑った程です」
「最初は卑怯にもA組女子たちだけの応援のようでしたが……実行委員に賄賂を渡した甲斐がありましたね。全く杉田先生も人が悪い。これを自分達のクラスの生徒だけで独占しようなんてあってはならない暴挙です」
「それにしても演劇部はいい仕事をしましたね。今度の部費では少々忖度……いえ、手心を加えてあげなければ」
「確かに……詰襟のロングの学ランに襷掛け、あの額に巻かれた長い鉢巻。どれをとっても最高だと言わざるを得ません」
何故かテントの下にいた先生方は、テーブルの上に両手の肘をついて、どこかの司令のような何かがありそうな雰囲気を醸し出していた。
「ふっ……どうやら本気を出す時が来たようだなぁ!」
「この日のために天井にあくあ様のお写真にパンを貼り付けて鍛えた跳躍力、みなさんに見せてさしあげましょう」
「はっ! 跳躍力? みんな、わかってないなぁ。重要なのはスピード、速さ、瞬発力、そう、スピードこそが全てなのだと見せつけてやろうじゃないか」
「いいえ、本当に重要なのはカーブをいかに走るか。わたくしの履いたこの俊足が最終コーナーで火を噴きますわ」
あれ? おかしいな? 体育祭ってこんな殺伐とした雰囲気だっけ?
それともやっぱりみんな優勝賞品の食堂の無料券が欲しいのだろうか?
女子たちが最終決戦に向かう戦士たちのような顔をしていた。
「くっ……他のクラスの女子たちめ! 卑怯な!」
「あくあ君と慎太郎君は私たちのクラスメイトなのに」
「つーちゃん、負けないで!!」
「そうよ、負けたら本当の優勝賞品まで他のクラスの手に……」
「それだけは絶対に阻止しなければ」
クラスの女子たちの方を見ると、みんな険しい顔で応援していた。
結構、夜遅くまで練習していたと聞くし、みんな体育祭に勝ちたくて相当練習したんだろう。
『選手たちは指定のレーンに並んでください』
アナウンスと共に、各クラスの女子たちが横一列に並ぶ。
みんなのスタートの姿勢は陸上選手と同じだった。
あれ? これ体育祭だよね? オリンピックじゃないよね?
そんなことを考えていると、空に向かってスタートを知らせる空砲の音がなり響く。
パンっ!
一言で言うとすごかった。
完璧なクラウチングスタートからのコーナリング。
それを超えた先にあった紐でぶら下げられたパンに、みんなが必死に喰らいつく。
選手たちの必死の表情に俺たちの応援にも熱が入る。
「ガンバレ! ガンバレ! あと少しだぞ!!」
俺と黛の応援も少しは効果があったのだろうか。ヒートアップした女子たちが最終コーナーでデッドヒートを見せる。やはり抜け出したのはコーナリングで違いを見せる俊足を履いた女子だった。しかし、コーナーを抜けた直後、直線のスピードで隣にいた女子にぶっちぎられて2位になってしまった。優勝したのは、スピードが全てだと言っていたCクラスの女子だった。残念ながらうちのクラスのAチームは3位だった。
勝利した女子は大喜びし、負けた女子たちはワールドカップで敗退した選手たちのように悔しそうな表情で地面を叩く。中には涙を流している子もいた。
なるほど……俺は知らなかったけど、乙女咲って体育祭に結構気合い入れてる学校だったんだな。
『続きまして、パン食い競争優勝者へのメダル授与式を始めます』
一つの競技が終わると、その度に表彰式がある。俺は実行委員会に頼まれて、このメダルを授与する名誉ある役を賜った。
「咲良さん、優勝おめでとう!」
俺はそう言って、優勝したCクラスの咲良さんの首の後ろに手を回してメダルをかけてあげる。
「あ……ありがとうございます。えへへ」
メダルを授与されたCクラスの咲良さんは、金髪褐色で見た目はどっからどう見てもギャルだけど、ボクシング部に所属していてめちゃくちゃ体を鍛えている。そんな彼女が頬を緩ませて、照れた顔でメダルの授与を喜んでいた。きっといっぱい練習して、優勝できたことが嬉しかったんだろうなぁ。
『続きまして、大縄跳びです』
大縄跳びはパン競争よりも眼福だった。
この競技で1位を取ったのは俺たち1年A組、俺は競技に参加した全員にメダルをかける。
「おめでとうみんな」
みんな優勝したかのように泣いていた。
縄跳び組は最初全然息が合わなくて早朝も練習していていたと聞いていたから、本当に優勝できてよかったなぁと思う。
『続きまして騎馬戦です』
騎馬戦は鬼の形相だった。
伸びてはちぎれ飛ぶ体操服、中にはどことは言わないがモロ出しになっている女子までいる。
流石にポロリをしてしまった女の子は、可哀想だが退場処分にさせられていた。
もはやこれは俺の知っている騎馬戦ではない。隣の黛を見ると顔を引き攣らせてドン引きしていた。
「ゆ、優勝、おめでとうございます……」
俺たちのクラスは惜しくも2位だった。
優勝したD組は年相応の女子高生らしくキャッキャうふふと喜んでいたが、さっきの騎馬戦の鬼の形相を知っている俺からすればそのギャップ差に困惑させられるだけである。
『続きまして借り物競走です』
借り物競走では、女子の全員が何故か俺や黛のところに集まってきた。
一体、どんなお題が入っていたのだろう。
ちなみに俺がついていった人のお題は、同級生、後輩、演劇部の人、ビスケットのような甘い人、茄子が好きそうな人だった。確かに茄子は好きだけどさ、最後のお題は一体何なのさ。ちなみにその時に一緒に走っていた鷲宮さんは何故か顔が真っ赤だった。
お昼休憩を挟んでその後も、玉入れや二人三脚とお決まりの種目が続く。
流石に俺も午前中から大声を出してフリ付きで応援していたせいか、体育祭も終わり頃になったらすごく疲れた。
『最終種目はリレーになります。選手は入場してください』
いよいよ体育祭の最後の競技が始まった。
俺たちA組は現時点で2位、しかし1位のB組との差は僅かに1ポイント、最終競技で優勝すれば十分に逆転が可能である。リレーに参加するのは、それぞれ1年生から1人、2年生から1人、3年生から1人、そして担任の先生から1人の計4人だ。なんと我がクラスからは月街さんと、杉田先生の二人がリレーに参加することになっている。
「フレー! フレー! ツ・キ・マ・チ!」
「ガンバレ! ガンバレ! ス・ギ・タ!」
もうここまできたら、みんな勝つことに必死で応援なんて気にしてないだろう。
だから俺と黛は示し合わせたように、A組の応援をする。
せっかくだから自分の組に勝って欲しい!
その想いはみんな同じなのか、A組の1年から3年生、そして競技に参加しなかった担任の先生も応援に合いの手を入れる。
「負けるなー! A組にだけは死んでも負けるなー!」
「あいつらにだけは! あいつらにだけは負けるんじゃねぇぞ!!」
「負けちゃダメだ、負けちゃダメだ、負けちゃダメだ」
他の組も本気だ。こめかみに青筋を立ててまで声を張り上げる女子もいれば、拝むように応援する女子もいる。
ものすごい熱量が体育祭のラストを更にヒートアップさせていく。
『よーい、ドンっ!!』
第一走者は杉田先生だった。
水泳の授業でも引き締まった体を披露していた杉田先生は、他の追随を一切許さない華麗な走りで先頭を走る。
そのまま1位の状態で、第二走者にバトンを渡すが、第二、第三と順位を落としてしまう。
そして運命の第四走者、少し遅れて最終走者の月街さんがバトンを受け取る。
「いけー、ガンバレー!」
「アヤナちゃん、ファイトォ!!」
「そこだー、ぬけー!!」
「ぶっちぎれぇ!!」
同じA組メンバーの応援にも熱が入る。
「フレッ! フレッ! ツキマチ!」
「押せっ! 押せっ! ツキマチ! ガンバレっ!」
黛の掛け声に合わせて、俺は合いの手を入れる。
俺たちA組の熱が月街さんの走りに火をつけたのか、ぐんぐんと加速してコーナーで前の走者を抜き去った。
そして最後の直線、現在1位のB組とのラストスパート。
横並びになった月街さんとB組の最終走者の抜きつ抜かれつのデッドヒート。
みんなが固唾を飲んで見守る中、ほんの一歩前に抜け出したのは月街さんだった。
「やったぁぁぁあああああ!」
A組の全員が飛び上がって喜ぶ。
俺も隣にいた黛と抱き合って喜んだ。
「やったな黛!」
「あぁ! ありがとう白銀、お前が応援団に誘ってくれなかったら、僕はこの感動を味わえなかったと思う」
黛はメガネを外して涙を流した。
俺はそんな黛の背中をぽんぽんと叩く。
『それでは、リレーのメダル授与式を始めます!』
俺はトレイを持った黛からメダルを受け取ると、杉田先生の首にメダルをかける。
「おめでとうございます、杉田先生」
「白銀も黛も、最後まで応援よく頑張ったな!」
杉田先生も嬉しかったのか、笑みをこぼした。
続いて第二走者、第三層者の2年、3年の先輩の首にメダルをかける。
そして最後にメダルをかけたのは、最終走者を務めた月街さんだ。
「おめでとう、月街さん」
「ありがとう、白銀くん」
月街さんは自然な笑顔を見せる。
あの日から、俺たちの関係は少し良好になった。
相変わらず会話は少ないが、前のような一線を引いたよそよそしさはなかった。
『それでは総合優勝したA組に応援団を代表して、白銀あくあ君から各学年に表彰状が送られます。惜しくも敗れた他の各組の代表者には黛慎太郎君から敢闘賞が授与されます。』
俺は表彰状に優勝したクラス名を記入すると、それぞれの学年のクラス委員長に手渡す。
ちなみに俺たちのクラスの学級委員長は鷲宮さんだ。
表彰状の授与式を終えると、盛り上がった体育祭も遂に終わりを迎える。
しかし、ここで俺たちを待っていたのはサプライズだ。
『それでは最後に、優勝したA組から今日体育祭を盛り上げてくれた応援団の二人にメダルを授与します』
え? びっくりした俺と黛は顔を見合わせる。
すると奥からメダルを乗せたトレイを持った黒上さんと、今日の体育祭をテントの中から見学していた胡桃さんが俺たちの目の前に立つ。
「応援お疲れ様、あくあ君、黛君」
黒上さんからメダルを受け取った胡桃さんは俺たちの首にメダルをかける。
その瞬間、全校生徒や先生たちから拍手と共に、ありがとう、お疲れ様という言葉をかけられた。
黛と俺は嬉しくなって、目頭が熱くなる。
そんな和やかな雰囲気のまま、乙女咲の体育祭は幕を閉じた。
また明日!




