白銀カノン、私達の旦那様が帰ってきません。
白銀キングダムが完成した後、先に後宮を人でいっぱいにしてから私達は移住した。
「オーライ! オーライ! はい、ストップ!! 暑い中、お疲れ様です!! 良かったらコレ飲んでください」
工事現場のヘルメットが何故かよく似合うえみり先輩が、誘導した10tトラックの運転手さんに缶コーヒーを手渡す。
もー! えみり先輩ってば何やってるんですか! あまりにも手慣れすぎてて一瞬、本職の人かと思っちゃったじゃない。
って、よく見たら現場監督って腕章を腕に巻いてるし……。またバイトしてるんですか?
謎にお金を貯めてるえみり先輩が気になります。だって、また何か良くない事に使うんじゃないかって思うんだもん。
「ちょっと! なんでこんなにもだだっ広いのよ!! 道に迷ったじゃない!!」
「ゆかり先輩、あそこに地図ありますよ」
「なんで家にフロアガイドがあるのよ、おかしいでしょ!」
はは……。小雛さんとアヤナちゃんの会話に口元が引き攣りそうになる。
2人は天鳥社長を含めた3人で暮らしていたけど、あくあがご近所さんじゃなくなる事に合わせて引っ越してきた。
あくあがこっちの家に居る時はこっちで暮らすらしい。
そうなった理由は、天鳥社長が白銀キングダムの中にベリルの支社を作ったからだ。
「うん。こんなもんかな?」
部屋に入る扉に取り付けられたベリルの看板を見て、天鳥社長は腰に手を当てて満足そうに笑みを浮かべる。
そういえば、支社ってどんな感じになってるんだろう。
「あら? カノンさんじゃない。もしかして、中が気になる?」
「はい、気になります」
「じゃあ、ちょっとだけね」
私は天鳥社長と一緒に支社の中に入る。
あ、すごい。ちゃんとちっちゃい事務所みたいになってる。
事務机が並んだ事務室のインテリアは白銀キングダムの趣を残しつつ、シンプルかつ清潔感のある作りになっていた。隣にある応接室がセットになった執務室も同じ感じで清潔感がある感じにしたのね。
そして奥は給湯室とトイレ、シャワールームと仮眠室があるのか。へー。
ぶっちゃけ、この私はもちろんの事、姐さんと結さんですら、白銀キングダムの中の全てを把握してるわけじゃない。
そんなのを全て把握してるのは、実際に工事に関わっていたえみり先輩か、うちの侍従長のペゴニアくらいです。
「あっ、しとりさん」
「カノンさん、ごめんね。今、バタバタしてて」
スーツ姿のしとりさんがダンボールを抱えて右往左往してた。
その奥では姐さんが荷解きをしている。
「琴乃さーん、これラベル書いてないんだけど?」
「あれ? おかしいですね。ちょっと見せてもらえませんか?」
見覚えのない段ボールを中心に全員で取り囲む。
「なんか、段ボールの中からカチカチって音するんだけど……」
「も、もしかして爆弾とか?」
「ええっ!? それってやばいんじゃ……」
「すぐに警備の人を呼んで!!」
阿古さんは部屋に備え付けられている内線用の電話で警備の人に連絡を入れる。
「ちわーっす。爆弾処理班です!!」
「なんで、えみり先輩なのよ!!」
思わず即座にツッコミを入れてしまった。
そんなバイト、流石にないでしょ!!
「ん? このダンボール、どこかで見た事あるような……もしかして」
えみり先輩は段ボールの蓋を閉じていたガムテープを引っ張って普通に開ける。
ちょ、ちょ、普通に開けてどうするんですか!!
「普通に目覚まし時計ですね」
ほっ……。爆弾じゃなくて良かったと全員で安堵のため息を吐く。
なにせうちのあくあの事だから、無意識のうちに世界の誰かから恨みをかっていてもおかしくない。
スターズをうどん事変で転覆させた過去から、ステイツでは羽生総理と鯖ちゃんと並んで日本の最重要危険人物に認定されてと聞いた時は倒れそうになった。
「そしてこれも時計ですね。後これも」
「ちょ、ちょ、なんでそんなに時計があるのよ!」
え? もしかして時計屋さんの段ボールが間違えてこっちにきちゃったの?
みんなが大量の目覚まし時計に頭を抱えてると、事務所の入り口から人の気配を感じた。
「あのー。すみません。ここに私の段ボール紛れてないですか?」
「楓先輩、どうしたんですか?」
楓先輩はえみり先輩が手に持った目覚まし時計を見て指を差す。
「あー、それだよそれ。なんでここに紛れてるんだ」
あっ、だから目覚まし時計がたくさん入ってたのか。
そういえばだいぶ前に、良く壊しちゃうって言ってたもんね……。
「楓さん。ちゃんと片付けたら、段ボールの外側に自分の名前と、中に何が入ってるか書いてくださいって言いましたよね」
「全く、そんなんだからあんたはよくモノをなくすのよ」
楓先輩が姐さんと、なぜか途中から合流した鬼塚アナに怒られる。
なんでここに鬼塚アナがいるんだろう。もしかして、私が把握してないうちにあくあの愛人になりました?
「いつでも中継できるようにするために、民放各社と一本化して、敷地内に国営放送の支局というか簡易のスタジオを作らせていただきました。あ、これ使用許可証と契約書です」
へぇ。そうなんだ。
こういうのは姐さんに任せてたから、まだ私も全てを把握してるわけじゃない。
「あれ? カノンさん、そういえばえみりさんは、どこに行きました?」
「えみり先輩なら、姐さんが楓先輩の事を説教し始めた時から、巻き込まれる可能性を察知して忍者のように存在を消してスッといなくなりましたよ」
全く、えみり先輩はそういうどうでもいいセンサーだけちゃんと機能してるんだから。
あっ……でも、それはうちのあくあも一緒か……。
「あれ? そういえばあくあは?」
「そろそろ帰ってくるはずだと思いますが……」
「あーちゃんの事だからどこかに寄り道してるんじゃない?」
「あくあ君ならありそう」
「そういえば……」
天鳥社長はスマホを手に取ると、何やら画面をタップして操作する。
「ベリルアンドベリルのスタッフから連絡が来てたんだよね。今日の放送を見てくださいって」
「へぇー。じゃあ、荷解きが終わったらみんなで見ますか? そのための大きいリビングもありますし」
「そうしましょうか」
私達は一旦解散すると、それぞれが運び込んだ荷物を部屋で荷解きする。
流石にぼーっと見てるだけも退屈なので、私も重い荷物を運んだりはせずに少しだけ置き場所を変えたりしてみる。
そうこうしてる間に時間がきた。
私はペゴニア達と一緒に大広間になってるリビングに向かう。
「へい。らっしゃい! 新鮮なネタ入ってますよ!」
なぜか大広間で寿司職人の格好をしたえみり先輩を見てズッコケそうになる。
何やってるんですか! ていうか、えみり先輩ってばお寿司も握れるの!?
え? 前に築地の本陣でバイトしてた事がある? えみり先輩はどこかで見たようなポーズをする。
食事はライブキッチンのビュッフェスタイルね。
うーん。寿司もいいけど味が濃いのもいい気がするな。
「ラーメン竹子、白銀キングダム出張店やってるよ!」
隣の屋台にスライドしたえみり先輩を見て再びズッコケそうになる。
ちょっと待って。奥にも屋台あるけど、全部えみり先輩がやってるの?
「天ぷら雪白にグリル白銀、おばんざいの雪白に本格中華白銀、洋食雪白亭、楓パイセンと個人的にコラボしたゴリゴリカリー、スープストックEMILI、粉もんえみり、白銀うどん、エミエミバーガーからエミリクレープ、セブントゥーワンアイスからハッカドールコーヒーまで、なんでもありますよ」
「1人で何店舗やってるのよ。明らかにキャパオーバーでしょ……」
後、セブントゥーワンアイスは流石にバレるんじゃない?
ハッカドールコーヒーなんてまんまだし……。
いや、こんな看板一つでバレるなら今まで苦労してないか……。
流石にえみり先輩1人ではキャパオーバーなので、うちの侍女達が手伝う。
「そろそろ始まるみたいよ。って、このネギトロ巻き美味しい!」
「この芽ねぎの寿司も中々だな」
「母様、こっちの炙りのお寿司も美味しいですよ」
「たまごうまうま!」
まりんさんと美洲さん、らぴすちゃんとラズ様が美味しそうにお寿司を摘む。
白銀家の皆さんも自宅とは別に、白銀キングダム内に白銀家のスペースを作ってある。
しとりさんも含めた白銀家の皆さんは、これでまた毎日あくあに会えると嬉しそうにしていた。
私もえみり先輩からゴリゴリカリーの甘口を受け取ると、テレビがよく見える場所に座る。
「ベリルアンドベリル緊急スペシャル?」
「どうせまた碌なことじゃないでしょ。だって、あそこのスタッフ、あいつと一緒で頭のネジが10個くらい飛んでるんだもん」
「それ、飛んでるんじゃなくて、もうネジつけ忘れてるんじゃ……」
「いやいや、私やえみりと一緒で元からネジが設計されてない可能性すらある」
「そこから!?」
隣にいる小雛さんとアヤナちゃん、楓先輩のやり取りと鬼塚アナのツッコミに全員が笑いを堪える。
待って。もうここ完全にベリルアンドベリルのスタジオになってない?
ふと、ここにいるキャストを全員集めようとしたら、どれくらいの予算がかかるんだろうって思ってしまった。
「あ、あくあ君だ」
「看板を作ってますわね」
「すごーい!」
うるはちゃん、リサちゃん、ココナちゃんの3人がテレビに映っているあくあに手を振る。
ふふっ、いいなあ。私もあっちの席に移りたいなあ。今から移動しちゃダメかな?
「「「「「「「「「「全国ぶらりBERYL旅!?」」」」」」」」」」
企画の説明と共に全員の声が重なる。なるほど、それで今日、帰ってこなかったんだね……。
私としてはその前のハニートラップに引っかかりそうになった云々の方が気になるけど、そこはスルーする事にした。大丈夫。あくあはああ見えて人を見る目はある方だから、本当にヤバい人には手を出さないはず!!
そもそも、あくあ自体がピュアな女の子の方が好きだもんね。
私は大広間に居るあくあに抱かれた事がある女性達をぐるりと見渡す。
「イタタ……! 急に胃が……」
「クレアさん、大丈夫?」
お腹を抑えてクレアさんにキテラが心配そうに声をかける。
白銀キングダム内にできたスターズ正教という名前の聖あくあ教白銀キングダム支部のシスターとして、なぜかこの2人が派遣されてきた。
他人の頭のネジを外してくるようなあたおか集団の中でも、一番まともな2人が来てくれてホッとする。
ただ、私がそう言うと、あの嘘をつけないえみり先輩が目を泳がせて口笛を吹き出したのが少しだけ気になった。
「「「「「きゃーっ!」」」」」
ドローンで撮影したバイクに乗るあくあを見て、みんなが黄色い悲鳴をあげる。
それに対して小雛さんだけが、冷静に「バカじゃないの」と突っ込んでいた。
「「「「「スカイダイビング!?」」」」」
「嘘でしょ……」
自衛隊の軍用機から勢いよく飛び降りるあくあを見て阿古さんが頭を抱える。
うん、わかるよ。普通の番組のスタッフなら、いくら資格を取ってるからって、あくあにこんな危険な真似させないもの。
小雛さんが私の隣で「だから言ったじゃん。あの番組のスタッフは頭のネジが飛んでるって」と、ゴリゴリカリーを食べながらツッコミを入れていた。
「普通にヒッチハイクするんだ……」
「やりそうだなって思ってたけど、普通にやるところがまた」
「もう結構やらかしてるはずなのに、一年以上経ってもまだあくあ君で驚ける自分がいる」
「あくあお兄様すごい! 擦っても擦ってもまだ何かが出てくるあくあお兄様に、ストリーマーのラズは感動しました!!」
「普通に助手席に座ってるし。こいつ、本当に危機感ないわよね。どこかに危機感を忘れてきたんじゃない? もぐもぐ」
「あ、ゆかり先輩、ほっぺたにカレーがついてますよ」
私は小雛さんの言葉に何度も頷く。
でも、そのおかげでこの人だって嬉しそうな顔をしている。
あくあの危機感がないからこそ、救える人達がたくさんいるんじゃないかな。
小雛さんもそれがわかってるから、ツッコミは入れてもあんまり口酸っぱく怒ったりなんてしない。
だから、あくあが危機感を抱かなくていいように、私達が頑張らなきゃいけないんだと思う。
「オールスターまでに間に合うかなあ……」
「一応、先方にも伝えておきます。あと、番組スタッフにも……」
天鳥社長と姐さんの2人が頭を抱える。
こっちはすごく大変そう。が、がんばれ〜。
「おうどん美味しそう」
「うどん食べよ!」
みんなが白銀うどんの屋台に列をなす。
キッチンではえみり先輩が忙しそうに麺を茹でていた。
よっと。忙しそうだから、カマボコとかネギとかお揚げさんとか天かすを入れるのは手伝ってあげるよ。
えみり先輩を手伝って戻ってくると、あくあが女難の厄祓いをしてもらっていた。
あぁ……そういえばだいぶ前に、あくあ達を連れて神社に行くって企画があったけど、飛んじゃったんだよね。
その時に女難の厄払いするようにみんなでカンパしてたお金、どこにいったんだろうって思ってたけど、ちゃんとこの時のためにストックしてたんだね。すごいすごい。
「今考えると1000万じゃな少なかったかも。1億でも足りないんじゃない?」
「確かに……」
その場にいた全員が小雛さんの言葉に強く頷く。
ん? 私は麒麟像を見て首を傾ける。
心なしか麒麟像のお顔があくあの顔に似てるような……きっと、私の気のせいよね。
「うっ、太宰府……買収、吸収、乗っ取り、聖あくあ教太宰府支部、イタタ、胃が……」
クレアさん? さっきから大丈夫?
玉藻先生とか、お医者さんもいるから何かあったら診てもらってね。
「次はお寿司食べよっと!」
「私もそうする!」
「ひぃっ! 今度はこっち!?」
あくあたちがお刺身を食べ出したのを見て、次はえみりざんまいに列ができる。
仕方ないから、私はガリを添えるのだけ手伝ってあげた。
「「「「「ぶふぉっ!?」」」」」
みんなどうしたの!?
さっきまで楽しそうにテレビを見ていた人達が一斉にその場に悶え始めた。
「とあちゃんとあくあ君が一緒にホテル!?」
「あ、あ、あ……」
「この旅が終わる頃には、白銀キングダムの中にとあちゃん専用の部屋を作る必要があるかもしれませんね」
「ピーッ! ガーッ! 503 SERVER ERROR 404 NOT FOUND。サーバー ヲ サイキドウ シマスカ? Y/N」
はぁ……。どうやら私がえみり先輩を手伝ってる間に、またあくあがとんでもない事を言ったみたいです。
いつもの事だと思って私は席に着くと熱いお茶を飲む。
「フィッシングをしているあー様もかっこいい!」
「あー、なんかビールとスルメイカが欲しくなってきた」
「わかります……」
あくあと黛君の2人が大きな真鯛を釣ると、みんなから大きな拍手が湧き起こる。
2人の笑顔を見た私は、なんか……なんか、いいなって思った。
日本は世界に比べたら男性への拘束力が緩い国だけど、それでもこんな事が過去にあったなんて聞いた事がない。
アイドルというより、芸能人というより、ただの学生の男の子2人が、友人として釣りをして大物を釣って笑顔で喜び合う。女子高生が旅に行って楽しむのと全く同じ笑顔に、心が自然と柔らかくなる。
そうだよね。男と女、性別は違うけど、私達は同じ16歳で、高校生だもん。
「あくあも、みんなも、番組かもしれないけど楽しんでね」
「そうね。子供は遊ぶのが仕事みたいなもんなんだから」
どうやら思ってた事が言葉に出たみたい。
隣に居た小雛さんに聞かれてしまって、ちょっと恥ずかしくなった。
「締めのラーメン!?」
「次はラーメンだ!!」
「うおおおおおおおおおお!」
必死の形相でまた麺を茹で出したえみり先輩を見て私は立ち上がる。
さてと、メンマとチャーシュー、ネギと海苔を乗せるのだけは手伝ってあげようかな。
え? もやしと煮卵も入ってる? 全く、えみり先輩ってば1人しかいないのに無計画にトッピング増やさないでくださいよ。もう!
私は中学の時、えみり先輩と2人で旅行した時の事を少しだけ思い出す。
もし、えみり先輩や楓先輩、姐さんと同級生だったら、もっともっと楽しかっただろうな。
いつかまた、子供が大きくなったら、私もこの4人で一緒に旅行に行けたらいいなと思った。
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