幕間 那月紗奈、乙女咲学園の平和を守る会。
※なろうではできないようなお話が始まっちゃいましたので、今回も次回も幕間の予定です。
時系列は1年目の文化祭になります。
「ふむ……」
乙女咲学園の平和を守る会本部と書かれたその教室の中で、私はテーブルに肘をついて戦況を見守っていた。
「第1班です。校舎に侵入を試みた不審者を確保したので、至急応援お願いします!」
「りょーかい。すぐに人を送るから待っててね!」
連絡を受けた生徒会の書記兼会計を務めるすずは、風紀委員のレオナに第一班の居る場所へと向かうように指示する。
「こちら第3班、校門付近で不審な行動をする人物を発見、今から声かけします」
「はい、十分に気をつけて対処にあたってください」
「こちら第7班っす。あくあ君の捨てたタコ焼きのパックと爪楊枝はつつがなく回収しました」
「それではそれを持ってすぐに本部に帰投してください。争いが起こる前にこちらで処分します」
「こちら5班、対象はお化け屋敷の方向へと移動しています」
「はい、引き続き監視の方をよろしくお願いします」
同じく生徒会のナタリーは1人で何班もの連絡を捌いていく。
さすがは副会長だ。やるね!!
「会長、駅前で不審者を確保したので電車に詰めて送り返したと商店街の有志のみなさんから連絡がありました」
「うむ! わかった。協力に感謝しますと言っておいてくれ」
商店街の皆さんは、あくあ君たちが来る前から我ら乙女咲の生徒達の登下校を常に見守ってくれている。
今回の文化祭も衣装だったり道具だったりは地元の商店街の皆さんを通して調達していたりと、乙女咲学園は比較的新しい学校でありながらも、そのスタイルは超がつくほどの地域密着型の学校だ。
「牡丹、そっちの様子はどうだ?」
「会長、こちらは特に問題ありません!」
風紀委員の牡丹が担当するのは校内に設置された監視カメラの確認だ。
彼女がまず異変を察知して報告、私が警備を動かして、ナタリーやすずが連絡役を務め、現場にはるーなやレオナが向かう。ちなみに生徒会庶務を務めるクレアは、クラス内の警備という最重要任務を担っている。
「ところで今朝のあれはなんだったんだろうなあ」
「さあ? 文化祭に合わせて警備システムを少しいじったから不具合があったのかもしれません」
朝、一瞬だけ監視カメラを含めた全てのPCがフリーズする出来事があった。
一体何があったのかその理由はいまだに不明だが、今の所システムは問題なく動いてるので大丈夫だろう。
すずの言う通り不具合かバグが出てただけなのかもしれない。現に再起動したら動いたしね。
「会長、朝方捕まえた不審者の報告書です」
「うむ、確認しよう」
私は手渡された報告書に目を通す。
えーとなになに……20代前半、都内商社勤務のOL、すでに警察に引き渡し済。犯行内容は登校中のあくあ君が乗った車に近づいて抱きつこうとした。
改めて犯人の写真を見ると大きいな。うん‥‥いくら優しいあくあ君でも、流石に胸が大きい女性は無理じゃないのか……? いくらなんでもデカすぎだろ。
私はなんともいえない表情で次の用紙を捲る。
16歳、他校の女子高生、自称アイドル、事務所に確認したところ、本物のアイドルであったためにマネージャーを呼んで対処。犯行内容はあくあ君の下駄箱の中に何かが入ったと思わしき手作りのお菓子を詰め込もうとした。
何かがって何!?
次は8歳、女児……って、8歳!? いくらなんでも目覚めるのが早すぎじゃないか!? 私は頭を抱えたくなる。
犯行内容は迷子を装ってあくあ君を人気のないところに連れ込もうとした。うわ……子供こわ……。
渡された用紙をパラパラと捲ると同じような内容や、それよりも酷い内容がいくつも並んでいた。
「あ、ありがとう。引き続きよろしく頼むよ」
「はい、会長」
私は気を取り直すと、改めてモニターの方へと視線を向ける。
ちょうどあくあ君がお化け屋敷に入ろうとした瞬間だった。
「くっ、これでは中の様子が見えないな。私が現場に急行する!」
幸いにもお化け屋敷をやっているクラスはこの下の階だ。
私はダッシュで外に出ると、手すりの上にお尻を乗せて滑らせるように一気に下に向かう。
これはヘブンズソードの第5話で剣崎が見せたシーンの完全コピーでもある。
「生徒会だ。悪いが警備のために中に入らせてもらう」
「は、はい!」
お化けに扮するために黒装束を上から被るとそのまま教室の中へと一歩踏み込む。
「カ……カノン大丈夫?」
「う、うん大丈夫」
何かトラブルがあったのだろうか?
私はすかさず2人の声がした方へと近づく。
「あっ……」
何かあったのか? もしやまた誰かあくあ君に変な事をしようとしてるんじゃないだろうな?
私はまだ暗闇に目が慣れてないにも関わらず、不用意にあくあ君たちの方に近づいていく。
そして事件は起こった。起こってしまったのである。
「んっ」
私の体に誰かの大きな手が触れる。
その瞬間、今までに感じたことのない電撃のようなものが私の全身をピリリと痺れさせた。
「へ?」
あくあ君のびっくりした声に思わず私は声を漏らしてしまう。
「し、白銀君って結構積極的なんだね……」
わ、私だって高校生だ。
普段はちゃんと律しているけど、男の人に興味がないわけじゃない。
「あ、あくあ!?」
「い、いや、これは不可抗力みたいなもんで……」
本当ならこのタイミングで体を横に離せばいいものの、早くどうにかしなきゃと焦ってしまった私は足を滑らしてしまいあくあ君を下敷きにしてしまう。
あくあ君の胸板、こんなに厚いんだ。すごい。女の子の体と全然違う。
「だ、大丈夫ですか!?」
ダメだ! 私の心の中のもう1人の自分が声を上げる。
白いワンピースに麦わら帽子を被った幼い自分が私に向かって何かを叫び続けていた。
頑張れ、頑張るんだなつきんぐ! ここで欲に負けたら、お前もチジョーになるんだぞ!
チジョー……? そうだ、ここで欲に呑まれてしまったらなんのために剣崎達が、ドライバーのみんなが戦っていると思ってるんだ!! 思い出せ……私は生徒会長、あくあ君たちの平穏を、乙女咲の生徒達の笑顔を守るのが生徒会長だろ!! うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
私はあくあ君の手から強引に自分の体を離すとほんの少し距離を取る。
はぁ、はぁ、はぁ……。もう少しで完全に持っていかれるところだった。
それこそ子供の時の自分の声がなければ、あのまま獣欲に呑まれて襲っていたかもしれない。
「あくあ、もしかしてわざと……?」
「いやいや、違うって!」
とりあえず距離を取って見守る事にしよう。なーに、触られなければ大丈夫だ。
そう思ってた数分前の自分をぶん殴りたくなる。
「おっとっとおー!」
森長から発売されてるロングセラーのお菓子みたいな声をあげながら躓くあくあ君。
これはまずいと私が咄嗟に体を投げ出して、体全体であくあ君の顔面を受け止める。
「わわ……」
激突の瞬間、私の中の母性本能が湧き出てくる。
抱き締めたい……このままあくあ君を抱き締めて、よしよし、よしよし、大丈夫だよって甘やかしてあげたい。
ダメだ、そんな事をしてしまったらきっと取り返しがつかなくなる。
私は震える自らの両手を唇を噛み締めながらひっこめた。
「あくあ大丈夫?」
「ああ、なんか柔らかくてすごく良い匂いのするクッションがあったおかげで大丈夫だったよ」
あくあ君が良い匂いって言った! 汗臭かったからどうしようって思ってたけど、私からもちゃんと女の子の匂いが出てるみたいで安心する。
で、でも……そうやって女の子を全肯定してくれるのは嬉しいけど、私みたいな子にまで女の子扱いしちゃうと勘違いする子が増えちゃうから気をつけなきゃダメだぞ。
「うおっ、なんか柔らかいものが俺の周りにいっぱい……」
ほら、言わんこっちゃない。勘違いした女子達に囲まれて身動き取れなくなっちゃってるじゃないか。
私はあくあ君の周りに群がる魑魅魍魎をぺいっと引っぺがしていく。
「あくあ……?」
暗闇でよく見えないけど、なんとなーくカノンさんの目からハイライトが消えてる気がした。
これはまずいと私はより一層周囲を警戒する。
それなのにあくあ君は、わざとかって思うほど手を滑らしたりして何回も、そう何回も! いろんなところに接触してしまう。それはもうこれでもかってくらい……。
おそらく今日だけで男の人に一生分、体を触られた気がする。でもそのおかげで、多少触られたくらいなら耐えられるようになったかもしれない。
それと世の中には、男の人に一生触られる事もないまま死んでいく女の人を考えると、私のなんかをじゃなくて、もう少し他の女子も触ってあげて欲しいと思ってしまう。自分で言うのもなんだけど、私はそこらへんの女子よりも色気なんてないぞ。
「い、いやぁ、すごかったなお化け屋敷……」
「つーん」
すごいなカノンさんは。あくあ君相手にやきもちを焼いちゃうなんて……。普通の女子ならできないぞ。
あくあ君がそんな状態のカノンさんの機嫌を直そうとしている姿を見て、私はすごく微笑ましい気持ちになった。
本来の男女の形があくあ君やカノンさんの様であれば、きっと世の中はもっと幸せなんじゃないだろうか。
お互いが対等の関係、そんな事、普通に考えたらありえないんだけど、この2人をずっと見てると、その言葉が思い浮かんでくる。
なるほどね……きっと、あくあ君と自然体で対等な関係性でいられるからこそ、彼女はあくあ君の心を射止めたんだと思う。それはきっと他の女子にはできない事だから。
「那月会長、ご協力ありがとうございます」
「うわぁ」
突如として現れた看板を持ったメイドさんが私の耳元で囁く。
確か彼女の名前はペゴニアさんだ。カノンさんのお付きの侍女として、特例で学校への同行が許されている。
聞いた話によると、なんでもペゴニアさんは家庭の事情から一度も学校に通った事がないらしい。
それを聞いたクラスメイト達がペゴニアさんに学生服をプレゼントして、杉田先生の配慮でカノンさんの隣に座って授業を受けているそうだ。
偶然にも私は見回りの最中に、クラスメイトの女子達と談笑する彼女の姿を通路から見たことがある。
ペゴニアさんは正式には私たちの学校の生徒ではないのかもしれないけど、彼女もまた間違いなく私達、乙女咲の一員なのだ。生徒会長の私が言うのだからそうなのである。
「びっくりさせてすみません」
「いや、気にしなくていいよ。それよりもペゴニアさんこそお疲れ様、お互いにみんなの平和を守るために頑張ろう!」
私はそう言って彼女の方に拳を突き出した。
ペゴニアさんは一瞬だけ目をパチクリとさせると、私の拳に自らの拳を押し当てる。
「はい。がんばりましょうお互いに」
ほんの一瞬だけ見せたペゴニアさんの自然で年相応な笑みを見て思った。
なるほどね。こういうところがクラスメイトのみんなが彼女に対して優しくしちゃう理由なんだろうなって。
『会長、どうやら対象は体育館へと向かう模様です』
「何!?」
体育館に一体何をしに行ったんだと考えていると、校内にアナウンスが流れる。
どうやらあくあ君がバスケ部の出し物に参加するようだ。
これはまずいぞ……!
床に落ちたあくあ君の汗が舐め取られたり、汗を拭いたモップや、汗を絞ったバケツが盗まれるかもしれない。
私は乙女咲の、そしてあくあ君の平和を守るために駆け出した。
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