白銀あくあ、海パン姿はNGでした。
本日3度目の更新です。
「きゃっ! 冷たーい!」
6月上旬、少し暑くなった日差しの下で飛び散る水飛沫。
俺の目の前の少女たちは元気に戯れる。
「あっ、つーちゃんの胸の形きれー」
紺色のスクール水着というネットに包まれた大きなスイカ玉。
ネットがスイカの重みに耐えきれずに、彼女たちの動きに合わせて上下に揺れる。
「さやかちゃんのお尻、キュッと引き締まってて羨ましいな」
水着が食い込んだ下半身は、目の前を漂う蛍の光のように俺を惑わせる。
彼女たちが準備運動で前屈をしてお尻を突き出すたびに、俺も前屈しそうになった。
「えっ? りなりなの肌すべすべじゃん」
白い肌と紺色のコントラストも素晴らしいが、焼けた肌と紺色の水着の間に時折見える元々の肌色はもはや芸術的だ。そんな彼女たちが無防備に曝け出した腋を滴る滴は水滴なのかそれとも……。
はい、そういうわけで今日は学校のプール開きです。
「白銀、男子の裸……特にお前の上半身はクラスメイトの女子たちにとっては刺激が強すぎる」
授業が始まる少し前に、俺は杉田先生から水泳の授業の参加禁止が言い渡された。
「黛は保健室で自習するらしいが白銀はどうする? 一応、見学でもできるが……」
「見学します」
もちろん即答だ。
俺だって健全な精神と体を持ち合わせた純粋な男子なのである。
クラスメイトたちの水着が見たいかと言われれば、見たいって答えるに決まってるじゃないですか。
それに水着姿が眩しいのは、クラスメイトだけじゃない。
俺の目の前で立っている杉田先生、程よく引き締まったスラリとした体型、ショートカットの髪と大人の色気が混じり合った水着姿はグッと来るものがある。
「わかった。でも、気分が悪くなったら保健室で休んでてもいいからな」
「はい」
そうして俺は隅っこで水泳の授業を見学する事となった。
俺の目の前では、戯れる女子たちが無防備な姿を振り撒いている。
中には胸を水着に詰め直している子もいて、見えてはいけないものが見えた気がした。
くっ……いくらなんでも自制中の今の俺には刺激が強すぎる。
この世界の状況を考えれば、彼女たちは男の俺が誘えば応えてくれるのかもしれない。
もちろん俺だっていつかは女子たちとそういうことをしてみたいと思ってる。
でも、そういう関係になる人は、ちゃんと俺の事が好きになった人としたいんだ。
そんなことを言いつつも深雪さんにはかなり甘えている気がして申し訳なく思ってる。
深雪さんは仕事で手伝ってくれてるのに、俺はいつも欲望に負けてしまって、後ですごく罪悪感を感じる事が多い。本当は恋人を作るのが理想的なのかもしれないけど、恋人なんて作る暇がないんだよなぁ。
「はぁ……」
俺は自らのスケジュールを思い出すと、儚い夢を抱いた事に小さくため息を吐いた。
そんな俺の様子を見てか、隣に座った女子から笑みが溢れる。
「あくあ君ってば、もしかしてお疲れー?」
俺と同じように膝を折って体育座りをした胡桃ココナさんは、あざとくほんの少し首を傾けて俺の顔を覗き込む。
彼女もまた俺と同じように水泳の授業を見学していた。
「あ、いや……大丈夫です」
「……ふーん」
ココナさんは、コンクリートの上に置いた俺の右手の人差し指に触れるか触れないかの位置に手をつくと、耳に顔を近づけて小さな声で甘ったるく囁く。
「本当? あくあ君、水泳の授業に出たそうにしてたし、実は少し退屈なんじゃない? なんなら保健室でその有り余った体力をココナの体で発散してくれてもいいんだよ?」
俺はギョッとして、思わず胡桃さんとは反対側にほんの少し体を仰け反らせた。
すると胡桃さんは、俺の顔を見てクスリとほんの少し両端の口角を上げた。
「でも今は、保健室に黛君がいるんだったね。残念……あっ、それともどこか空き教室か、さっきまでクラスメイトの女の子たちが使ってた更衣室の中なら空いてるかな?」
胡桃さんは俺が後ろに引いた分さらに前に出ると、体操服の首の隙間からチラリと胸の谷間を見せる。
ぐいぐいと攻めて来る胡桃さんに俺はかなりタジタジだ。
「ココナさん、何をなさってますの?」
そんな俺に助け舟を出してくれたのは、同じ演劇部所属の鷲宮リサさんだった。
鷲宮さんの一言で、胡桃さんはスッと後ろに体を引く。
「あくあ君、ちょーっと距離近かったよね。ごめんね」
「全くです。ココナさん、貴女も殿方との距離感をわきまえて少しは自重なさいまし。白銀様に嫌われてしまいますよ」
「うん、ごめんね、リサっち」
どうやら二人の関係はかなり良好なようだ。
鷲宮さんの注意は、俺を助けるためだけではなく、友人である胡桃さんの事を考えてのことなのだと思う。
友人に気遣いができる鷲宮さんにも、それに対して素直に謝れる胡桃さんも好ましいなと思った。
「白銀様、私の友人のしでかした事を許してくださいますでしょうか?」
「もちろん……っていうか別に謝る必要なんてないですよ。少しびっくりしただけですから」
俺がそう答えると鷲宮さんは穏やかな笑顔を見せる。
今日の鷲宮さんはいつもと違って、あのドリルのような髪型が水に濡れて真っ直ぐとストレートになっているせいか、かなり雰囲気が違って見えた。こうやってみると高貴な感じの女性というよりも、普通にただの同級生の美少女なんだよな。
「あらあら、3人ともどうしたの?」
そんな俺たちの様子を見て二人と仲のいいクラスメイトの女子こと、同じ茶道部の黒上うるはさんがやってきた。
3人の中でも一番大きなスイカを二つもスクール水着に包ませた黒上さんは、高校生とは思えぬ妖艶な色香を周囲に振り撒いている。なんだか大人なお店に来ているみたいで俺はとてもドキドキした。
「あら? 白銀くんは見学なのね」
黒上さんは少し残念そうな表情をすると、濡れた髪を耳にかける。
「残念、この前のショーとは違った白銀くんの素敵な姿が観れると思ってたのだけど、それはまたの機会に取っておきましょうか」
「またの機会……?」
またの機会ってなんだ? 水泳以外にそんな上半身が裸になる事なんてあるのだろうか?
俺があっけに取られた表情を見せると、黒上さんは誤魔化すような優しい笑みを見せた。
そういえばこの3人は、俺のでていたショーにも偶然見にきてくれていたらしい。
それを聞かされた時は同級生に見られた事が少し恥ずかしかった。
「杉田先生ー、緊急のお電話です!」
「ん、わかった。お前たちはプールの外に出ろ。私が戻ってくるまで休憩だ。すぐに戻る」
杉田先生はそういうと、呼び出しにきた先生と共にプールを後にした。
生徒たちは杉田先生に言われた通りプールの外に出る。
「私たちも少し日陰に移動しましょうか? 見学しているお二人もここは暑いでしょうし」
「ええ、そうですわね。見学している白銀様とココナさんを熱中症にするわけにはいけませんもの」
それもそうか。俺は別に体調が悪いわけではないが、胡桃さんが見学しているのはおそらく体調が悪いからだろう。
俺は立ち上がると、先に日陰へと向かった黒上さんと鷲宮さんの後に続く。
後になって思う。その時に俺が後ろを確認して、隣に座っていたココナさんの手を引いて一緒に行ってあげるべきだったと。
「きゃあっ!」
クラスメイトの誰かが声を上げた。
それと同時に、何か大きなものが水の中へと落ちた音がする。
「ココナちゃん!」
「ココナさん!」
黒上さんと鷲宮さんの声が響く。
俺が振り向いた時には、胡桃さんは水の中へとゆっくりと沈んでいく最中だった。
おそらく彼女は、急な立ちくらみか何かでふらついてプールの中に落ちてしまったのだろう。
この時の俺の行動は早かった。
すぐにその場で上着を脱ぎ捨て、プールの中へと飛び込むと、胡桃さんの体を抱き抱えるようにして水面に浮上させる。
「胡桃さん!!」
クソッ! 呼びかけても反応がない。
俺は胡桃さんの体を抱えたままプールの端まで泳ぐと、クラスメイトの手を借りて上に引き上げる。
「ココナさん!」
鷲宮さんは真っ青な顔をして胡桃さんに呼びかけるが反応がない。
その間に俺は呼吸と脈拍を確認するが、こちらも反応がなかった。これはまずいぞ。
俺は胡桃さんの胸のほぼ中央に手を置くと、垂直に体重をかけて胸骨を圧迫する。
いわゆる心臓マッサージだ。
「先生を呼んできます!」
黒上さんはすぐに駆け出すと、先生を呼びに行った。
「誰かタオル!」
「わたくしが取りに行ってまいります!」
鷲宮さんはすぐに更衣室へと、胡桃さんの冷えた体を温めるためのタオルを取りに行く。
俺はその間に胡桃さんの気道を確保すると、彼女の口の中に息を送り込む。
まさか初めてのキスが人工呼吸になるとは思わなかったが、そんな事を言っている場合じゃない。
俺は必死だった。人工呼吸を終えた俺は再び、心臓マッサージを繰り返す。
「私も手伝うわ」
クラスメイトの月街さんの声にハッとする。
月街さんは俺の隣に膝をつくと、汗を流す俺を見て心臓マッサージを代わってくれようとした。
「だめだ。月街さんは細いし、きっと胸骨を圧迫する力が足りない。だから人工呼吸をお願い。やり方はわかる?」
「大丈夫。授業でも習ってたし、さっき貴方がしてたことをちゃんと見てたから」
月街さんはそう言うと、俺が心臓マッサージを止めたタイミングで胡桃さんの肺へと自らの息を送り込む。
それを繰り返すこと2回。
「ケホッ! ゴホッ!」
胡桃さんは意識の覚醒と共に水を吐く。
よかった……!
まだ予断は許さないけど、胡桃さんの意識が戻ったことに対してホッとする。
「ココナさん!!」
タオルを持ってきてくれた鷲宮さんは泣きそうな顔で胡桃さんに駆け寄る。
それに対して胡桃さんは、小さく大丈夫と声を出す。
「胡桃!!」
それと同じタイミングで、黒上さんが杉田先生を連れてきてくれた。
杉田先生は救急車を呼んでくれたらしく、すぐにサイレンの音が聞こえてくる。
その後の流れはスムーズで、胡桃さんも意識を取り戻した後は普通に会話できていた。
黒上さんと鷲宮さんは、早退する胡桃さんのために、帰り支度を代わりに準備するために教室へと向かう。
「ふぅ、良かった」
俺は一段落したところで息を吐くと、張り詰めていた緊張の糸を緩ませた。
「ねぇ……」
声をかけられた方に視線を向けると、隣に月街さんが立っていた。
今回、胡桃さんを救うことができたのは、タオルですぐに胡桃さんの体をあたためてくれた鷲宮さんや、先生を呼びに行ってくれた黒上さん、そして胡桃さんを引き上げる時に手伝ってくれたクラスメイトの女子たち、何よりも、人工呼吸を勇気を出してサポートしてくれた月街さんのおかげである。
「ありがとう、月街さんが手伝ってくれたおかげだよ!」
俺は隣に立っていた月街さんに感謝の言葉を伝える。
すると月街さんは、どこか浮かない表情で申し訳なさそうに俺の方へと視線を向けた。
「ごめんなさい……貴方は違うってわかってたのに、今まで邪険にして」
月街さんは俺に対して深く頭を下げる。
俺は別にそこまで邪険にされたとは思ってなかったけど、嫌われてるのかなぁとは思っていた。
でも、もしかしたら月街さんも過去に男性に対して何か思うところがあったのかもしれないし、もし、そうだとしたら最初から俺とは関わらないでおこうとそっけない態度を取っていたのかもしれない。そう考えると彼女の反応は仕方ないのではないかと思う。
だから俺はその謝罪を素直に受け取ることにした。
「うん、わかった。それじゃあその代わり、ただのクラスメイトとして仲良くしてくれないかな?」
俺は月街さんの方へと手を差し出す。
同じ仕事をしている仲間だからとか、そういうのじゃなく俺は月街さんと仲良くなりたいと思う。
授業で習ってるからと躊躇いなく人工呼吸できた月街さんの行動力はすごいと思うし、自分が悪いと思ったらちゃんと謝罪できるところが同じ人としてとても尊敬できると思ったからだ。
「こんな私で良かったら」
俺と月街さんは、固く握手を交わした。
その時の月街さんの笑顔は今までの張り付けたような笑顔ではなく、初めてみる彼女の心からの笑顔だったと思う。
その笑顔が太陽の日差しに照らされて、俺は不覚にも少しドキッとした。
「ところで……」
そんな俺に対して、月街さんは手に持ったタオルを差し出す。
「体……これで隠した方がいいわよ」
俺は自らの視線を下げる。
あ……そういえばプールに飛び込んだ時、上着脱ぎ捨てたんだった。
「ね、ねぇ……あれって……」
どこからかひそひそとした声が聞こえてくる。
俺が首を左右に振ると、物陰からこちらを見ている女子たちの姿が視界に入った。
「う、嘘でしょ、男の子の腹筋ってあんな割れてるの!?」
「筋肉やば、あの固いお肉でぎゅっとされたい」
「濡髪やば……セクシーすぎて頭が沸騰しそう」
「あぁ、あくあ君の体に付着した水滴になりたい」
「やばい……見てるだけで鼻血が……」
実際に鼻から鼻血を出している女の子がいて少し心配になった。
ここはハンカチを差し出すべきだろうか……ハンカチ、濡れてるけど。
そんな事を考えていると、隣の女子がその子にティッシュを渡してあげていた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
なんだか優しい世界を見た気がしてほっこりした。
俺は月街さんに差し出されたタオルを受け取ると、体を隠すように巻き付ける。
すると、ふわりとした月街さんの匂いに俺の体が包み込まれた。
うっ……これはこれでまずい。
月街さんのタオルからは、ほんのりと甘くて軽さが感じられる清涼感のある香りがした。
「ありがとう月街さん。着替えたら洗って返すから!!」
俺は慌てて、自分の脱ぎ捨てた上着を回収しにプールへと戻った。
次回更新は23時です。




