雪白えみり、サプライズウェディング。
ついに私の結婚式の日が来た。
それなのに今朝から少し体調が悪い。
「ヤベェ。これは昨日食ったそこら辺に生えてた野生のキノコが当たったか!?」
頭の中に現れた般若顔の姐さんが、「えみりさん、結婚式の前日に何やってるんですか?」と、問いかけてくる。くっ、違う意味で冷や汗が出てきた。
と、とりあえず結婚式の前に病院に行こう。
なーに、まだ結婚式まで時間はある。慌てる時間じゃない。
「あっ、妊娠ですね。おめでとうございます」
「あわあわあわ」
ちょっと待って、えっ? 昨日食ったキノコは!? キノコは全然関係ない!?
「いやいや、ほら見てくださいよ。この笑顔! 明らかにワライタケの症状でしょ!」
「いえ、普通に妊娠が判明して嬉しいだけでは?」
た、確かに〜!
とっ、とりあえずあくあ様に連絡か!? いや、あくあ様より先にカノンか? 姐さんか?
いや、ちょっと待て。一旦落ち着いてよく考えろ、えみり。
私に足りないのは、こういう時に一度立ち止まってちゃんと考える事だ。
「お大事に」
私は宮餅先生に診てもらった後、近くの公園で今後の事について深く考える。
聖あくあ教に私の妊娠がバレる事は避けたい。いや、いずれはバレるのだろうけど、物事には段階というものがある。なんの前触れもなく一気に妊娠がバレると暴走する奴がいるかもしれない。
幸いにも私が聖女エミリーだと知っているのは一部の幹部と聖女親衛隊だけだ。
大丈夫。今ならまだなんとか誤魔化せる。
私はカノンに相談するために、メッセージアプリを開く。
皇くくり
えみりお姉ちゃん、妊娠おめでとう! 子供は男の子かな? 女の子かな? 性別がわかったら教えてね!
なんで秒でバレてるんだよ!!
私が病院を出て1分も経ってねぇぞ!!
えっ? もしかして私の行動、全部監視されてたりする!?
聖あくあ教やば……。自分で宗教作っておいてなんだけど、ドン引きした。
こうなったら先にカノン達に報告しよう。
タクシーで移動した私は結婚式会場に到着すると、裏口からコソコソと控え室に入る。
「えみり先輩、妊娠おめでとう!」
「えみりさん、妊娠おめでとうございます!!」
「妊娠おめでとう、えみり。よくやった!!」
「み、みんな……!」
妊娠を報告すると、私は検証班のみんなから手荒い祝福を受ける。
さっきまで喜んでいいのかどうかわからなかったけど、喜んでいいんだなという実感が湧いてきた。
「あくあには連絡した?」
「じ、実はまだ……何かやらかしちゃいけないし、とりあえずカノンか姐さんに先に相談した方がいいかなって」
「え? 私は?」
楓パイセンは……まぁ、ついでっていうか、その、おまけみたいなもんです。
悲しげな顔でこちらを見てくる楓パイセンに対して、私も同じように悲しげな顔で見つめ返した。
ん? 私はここで楓パイセンの微かな異変に気がつく。
「あれ? 今、気がついたんだけど、楓先輩……なんか肥えた?」
「そうなんだよ。最近ちょっとお腹が少しだけ膨れてきて」
楓パイセンは着ていたふんわりワンピースをたくし上げる。
その瞬間、私は秒で突っ込んだ。
「妊娠じゃねーか!!」
「「「あっ!?」」」
えっ、待って!? 今の今まで楓パイセンは気がつかなかったの?
ほげ〜、さすがは楓パイセンだぜ。同じメアリー卒でもレート帯が違う。
「ま、まさか、今まで誰も楓さんの妊娠に気が付かないなんて……これがホゲウェーブなんですね」
「ね。私も全然気が付かなかったよ。なんかこう、妊娠の可能性だけが頭からスッと抜け落ちてたんだよね。あっ、もしかしてこれがホゲラー波!? 逆にえみり先輩はよく気がついたね」
姐さんとカノンが頭を抱える。
私は楓パイセンの妊娠に気がついた自分を褒めてやりたくなった。
なんか私が知らずにやらかした時と一緒で、楓パイセンからそういう波動がでてたんだよ。あっ、なるほど、これがホゲか〜。って、そんなわけあるか!!
私は私の代わりに突っ込んでくれるインコさんが欲しいなと思った。
「とりあえず、2人ともあくあに報告しようか」
「そうですね。それがいいと思います」
カノンと姐さんの言うとおりだ。
私と楓パイセンは何度も頷く。
「えっ!? 2人とも妊娠!? お、おぉ!? やった、おめでとう2人とも! それと俺の子供を妊娠してくれてありがとな!!」
あくあ様は2人同時の妊娠判明にびっくりして、一瞬だけ戸惑った素振りを見せた後に喜びを爆発させる。
あ、うん。普通にそういう反応になっちゃいますよね。
「楓……妊娠してたんだな。なんかこう、判明までの時間にあったアレやコレを思い出して、なんかこうすごく不安になってきたよ」
あくあ様のいう通りだ。私とカノン、姐さんの3人は顔を見合わせると、大急ぎで宮餅先生に来てもらった。
「先生、どうですか?」
「あ、はい。普通に妊娠ですね……。まさかこの私が見落とすなんて、本当にすみません」
宮餅先生、それは仕方ないよ。
だって楓パイセンの検査の時だけ、停電になったりいきなり機械が壊れたりするんだもん。
まず普通の人はそんな事にならないからね。
「それと母子共に異常なし、むしろ健康そのものです」
「「「「「ほっ」」」」」
全員でホッとため息を吐く。
良かったぁ。まぁ、楓パイセンの子供なら大丈夫だってなんとなくわかってたけど、それでも心配な事に変わりはなかった。
「って、えみり先輩、結婚式!!」
「あっ、そうだ! 今日、私の結婚式だった!!」
やべぇやべぇ。もう少しで忘れるところだったぜ。
私は急いでドレスに着替える。
「えみり先輩すごく綺麗!」
「そうだろうそうだろう。カノン、もっと褒めてくれたっていいんだぞ」
私があくあ様と一緒に選んだドレスはものすごくシンプルなウェディングドレスだ。
言っておくが別に金がなかったからじゃないぞ。金がないのは事実だが、これを着た時、あくあ様が惚けた顔でポツリと綺麗だと言ってくれたからだ。
「えみりさんは元がいいから、こういうシンプルなドレスの方が美しさが際立ちますね」
「へへっ」
姐さんに褒められる事なんて、年1回くらいしかないからめちゃくちゃ嬉しいぜ。
それに対して年100回くらい怒られてる気がするが、大体はいらないちょっかいをかける私が悪いのでしゃーない。
大きなのを見ると揉みたくなるよなってみんなに言ったら誰からも理解されなかったけど、あくあ様だけが泣いて何度も頷いてくれた。その時は、やっぱりあくあ様と結婚して良かったと思ったね。
「馬子にも衣装ってやつだな。うん」
「オマエモナー」
私と楓パイセンは顔を見合わせるとニシシと笑い合う。
年上なのにこんな冗談が言い合えるのは、楓パイセンだけだぜ。
4人で談笑していると、メアリーお婆ちゃんに騎士爵を叙勲された時に作った服に着替えたあくあ様が部屋に入ってきた。式典用の白い軍服みたいな礼服だし、タキシードの代わりに着たって問題がないはずだ。
へへっ、メアリーお婆ちゃんにも内緒にしてたけど、この姿を見たら喜んでくれるかな。
「えみり、すごく綺麗だ。まるで女神ヴィーナスようにね」
「私が勝利をもたらす女神ヴィーナスなら、あくあ様は軍神マルスですね」
微笑みあう私達の後ろでカノンと姐さんがめちゃくちゃ喜んでた。
2人とも、そういうの好きだよな。
控え室でだべっていると、うちの両親がやってきた。
「えみりちゃん!!」
「ママ!」
ママは私に抱きつくと、すごく綺麗だよと何度も言ってくれた。
その隣では私の姿を見たパパがずっとニコニコしている。
「あくあ君、僕との約束をちゃんと守ってくれて嬉しいよ」
「あっ……はい」
パパに声をかけられたあくあ様が緊張した面持ちを見せる。
へぇー。あくあ様でもお嫁さんのお父さんには緊張しちゃうのかな?
「あっ、そうだ。これからは僕の事をパパとかお義父さんと呼んでくれていいからね」
「はい……」
んん? なんかパパと話してる時にあくあ様の様子がどこかおかしい。
何かを思い出して怯えているような気がする。
「あの……」
「ん? どうかしたのかい、あくあ君」
あくあ様は私が妊娠した事をパパとママの2人に伝える。
なるほどね。それで緊張してのかー。私はあくあ様がパパの前でだけ緊張していた理由に気がついた。
「僕にも孫ができるのかぁ。嬉しいなぁ」
「あくあ様、1人と言わず、えみりと野球……いえ、サッカーチームができるくらい子供を作りましょう!!」
「は、はは……」
ママ、流石にそれは無茶振りすぎるよ。
流石のあくあ様もタジタジになりながら、笑顔の口角が引き攣ってる。
まぁ、私としてはラグビーやアメフトができるくらいまで子供を産むのは吝かではないけどな。
「それじゃあ行こうか」
「はい」
私はパパやママと一緒に、扉の前に立った。
あくあ様と一緒に入場する事も考えたけど、あくあ様がせっかくだしご両親と一緒に歩いたらどうかって提案してくれたんだよね。
「えみりお姉ちゃん、めちゃくちゃ綺麗なのだ!!」
「うんうん」
「まるで本物のお姫様のようですわ」
「ぐへへ」
へへっ、みんな、ありがとな。
私はベールガールをしてくれるフィーちゃん、ハーちゃん、アンナマリーちゃん、オニーナちゃんの頭を撫でる。
「さぁ、行こう」
私は音楽の合図と共に式場に入場する。
バージンロードの先を見ると、あくあ様の前にはクレアが立っていた。
うわっ!? クレアが着ていたのは、いつものシスター服じゃなくて司教用の服だ。
や、やべぇな。あいつ。この前まで下っぱシスターみたいだったのに、今やラスボス感が半端ねぇぞ。
一見まともに見えるけど、心の中で世界滅んじゃえーなんて思ってるタイプの親玉みたいな見た目をしている。
ま、まぁ、クレアに限って言えばそんな事あり得ないけどな。絶対に。
ただ、近くで見守ってる本物の主教のキテラも、クレアのこの仕上がりにはびっくりしていた。
「えみり」
「あくあ様」
私はパパやママから手を離すと、あくあ様の手を取って見つめ合う。
ここからは他の式と同じ流れだ。
「汝、雪白えみりは例え世界が滅亡の時を迎えても、白銀あくあと共にいる事を誓いますか?」
「はい」
クレア、その姿でその文言のチョイスはなんか洒落にならないからやめてくれよな。
今、お前の後ろに一瞬だけ聖あくあ教幹部達の幻想が見えたぞ。
「それでは指輪の交換をしてください」
えへへ。私は検証班のみんなとお揃いの指輪を見つめる。
ついに私もこれを指に嵌める時が来ましたか。
アレの次に嵌めたかったものが、ついに私の指にもハマっちゃいましたね。ぐへへ!
誓いのキスを終え式が終わった後は披露宴だ。よーし、いっぱい飯食うぞー!!
「続きまして参列者からの祝辞です」
「んぐ!?」
そういえばこれがあった。私は慌てて飯を食う手を止める。
ステージの上を見ると、マイクの前にくくりが立っていた。
「あくあ先輩、えみりお姉ちゃん、結婚おめでとう。本当ならここに立つ時、私は皇家の代表として、白銀あくあさん、えみりさん、ご結婚おめでとうございます。とお堅い言葉を言うつもりでした。しかし、こうやって自分の言葉でおめでとうという言葉を贈る事ができたのは、あくあ様が華族制度を無くしてくれたおかげです。そんなあくあ先輩と、えみりお姉ちゃんが結婚すると聞いて、私はとても嬉しく思いました」
うっ、うっ……良かったなぁ、くくり。
私、そういう話に弱いんだよ。最初から泣かせやがって、この野郎!
「お互いに想い合ってるのに、なかなかくっつかない2人を見て多くの人がヤキモキしていましたが! 結婚に至った事をとても嬉しく思います。改めて、えみりお姉ちゃん、あくあ先輩、結婚、おめでとーーーーー!」
ありがとな。くくり。
でも、文章の途中で私に向けてきた視線は怖かったぞ。
散々チャンスもらってなかなかくっつかなかったのは申し訳ないけど、もう少しでちびっちゃうところだった。
「白銀あくあさん、えみりさん、ご結婚おめでとうございます」
誰、お前? 真面目モードの楓パイセンを見て、私にもホゲラー波が飛んできた。
これは、滅多に見れない国営放送モードの楓先輩だ。なぜそのモードを国営放送でアナウンサーをしている時に使わないのかは不明だが、楓パイセンの事に深く頭を悩ませるのはリソースと時間がもったいなので、何も考えない事にする。
「と、国営放送なのでお堅い挨拶はここまでとして。えみりー! 結婚、おめでとー!! 今までは人生の先輩として、そして、これからは奥さんの先輩として、えみりを支えていきたいと思います。だから、困った時は遠慮せずに相談しろよ!!」
楓パイセンありがとう!!
でも、困った時は姐さんとか結さんとか白龍先生に相談するね!!
「あくあさん、えみりさん、ご結婚おめでとうございます。お二人が結婚をした事を私はとても嬉しく思います」
次にマイクを持ったのは姐さんだ。
少し涙ぐんでいる姐さんを見て、私までもらい泣きしそうになる。
「周りからはしっかりしていると思われているえみりさんですが! 意外と抜けているところがあったり、少し、そう、少しお茶目が過ぎるところがあるので、先輩としてしっかりと見ていきたいなと思います」
あ、あれ〜? 途中から風向きがおかしいなって思ってたけど、なんか最後、半分くらいお説教になってませんでしたか!?
私は背筋に冷たい汗を感じる。
「あくあ、えみり先輩、ご結婚おめでとうございます。私もお堅いのはなしで! 2人が結婚してくれて、本当にすごく嬉しいよ!」
ああ、カノン。私もすごく嬉しいよ。
しばらくの間はお預けだけど、いつの日かお前とあくあ様の3人で3Pができると思ったら、私の乳首も今まさに興奮でビンビンに勃起しています。
「初めてえみり先輩に会った時、まさか、一緒な人を好きになって、同じ人と結婚するとは思いませんでした。いつかはこの関係も終わっちゃうのかなって悲しくなった日もあったけど、えみり先輩、これからもずっとずっと一緒だよ! だから、2人で、ううん、楓先輩や姐さん、結さんや白龍先生と一緒に、あくあを支えていこうね!!」
くっ……。あの甘えん坊だったカノンが、中学生の時に私のおっぱいを吸ってたカノンがそんな立派な事を言うなんて成長したなぁ。私は感動で涙がポタポタとこぼれ落ちる。
そんな私を見たあくあ様は、優しくハンカチで涙を拭ってくれた。
その後も阿古さん、羽生総理やメアリー様、何故か小雛パイセンなど、多くの人たちのスピーチが続いていく。
ていうか、私の祝辞、多すぎじゃない!? 私はメアリーお婆ちゃんが連れてきてくれた猫のシロに手を振る。
あいつめ。私と同じで外行きの顔で大人しくしてやがるぜ。猫だけに猫被るのが私以上に上手いんだから。
スピーチの最後を締め括ったのは、親族代表の美洲おばちゃんだった。
「あくあ君、えみりちゃん、結婚おめでとう。まさか私の息子とえみりちゃんが結婚するなんて思ってもみなかったです」
最初から涙ぐんでた美洲おばちゃんは、まりんさんに支えられながらも最後までスピーチを読み切った。
全く、みんなして私を泣かしてくれるぜ!!
くっそー、なんかしんみりしてきちゃったし、ここで、あくあ様と事前に打ち合わせしていた、アレ、いっときますか!!
私はあくあ様と一緒にお色直しのために後ろに引っ込む。
「それでは新郎新婦、2度目の入場です。カメラマンのみなさん、準備はいいですか? さぁ、拍手でお迎えください!!」
司会をしてくれてる鬼塚アナのコールで私とあくあ様は入場する。
普通の結婚式じゃ絶対にありえないけど、これは、私とあくあ様だから許される事だ。
「ヘブンズソードだ!」
「セイジョ・ミダラー!?」
「あ、あ、あ、ヘブンズソードはまだ終わってなかったんだ!」
「これが本当のハッピーエンドか!?」
ヘブンズソードのスーツを着たあくあ様が、セイジョ・ミダラーの服を着た私をエスコートする。
これには、ファンのみんなはもちろんの事、モニターに映し出されている配信のコメント欄、そして何よりも姐さん、楓パイセン、カノンが大喜びしてくれた。
へへっ、タイミング的にヘブンズソードが終わった後だったし、みんなが落ち込んでるだろうなあと思ってたんだよ。最後のシーンを撮影した私はこうなるのがわかっているから、あくあ様とこっそり2人でこのお色直しを準備してきた。
「剣崎」
「ミダラー」
私とあくあ様は向かい合って見つめると、軽くキスをした。
それを見たみんなから大歓声と共に大きな拍手に包まれる。
アレ? なんか私の結婚式より、はるかにこっちの方が盛り上がってない? き、気のせいかな?
私は2回目のお色直しを終えると、3回目のお色直しで白無垢に着替える。
さーてと、これからが私にとっての真の本番だ。
私はあくあ様にも内緒にしているサプライズを実行するために、とある人物を控え室に呼び出した。
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