本郷弘子、私のドライバー。
ついにこの日が来てしまった。
私が監督を務めるマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード、その最終回が放送される日です。
部屋を真っ暗にした私は目の前の画面に集中する。
『くっ……』
シスター・ミ・レーンの罠にハマった黛君が演じる橘を庇ったあくあ君が演じる剣崎は、1人で闇の力に蝕まれて苦しんでいた。
剣崎にとっての育ての母、小雛ゆかりさん演じるハグレチジョーとの楽しい思い出が余計に剣崎の心を苦しめる。
どうして母は自分だけを人間の社会に帰して目の前から消えてしまったのか。それだけがずっと剣崎の心に引っかかっていた。
『母さん……』
剣崎だって本当は気がついている。
人間の剣崎はチジョーの世界では生きられない。
ましてや人の世に紛れてチジョーと人間の2人がどちらの勢力にも追われて生きるのは不可能だ。
だから育ての親だったハグレチジョーは剣崎を人の世に返した。
どうしたら、また一緒に母と暮らせるのだろう? そうしたらこの争いを終わらせられるのか。
剣崎は人の世に紛れて生きていく中で、その事について真剣に考えた。
人間とチジョーが共に暮らせる平和な世の中を作る。
そうすれば、いつかはまた母と暮らせると思ったからだ。
剣崎が誰よりもチジョーに優しく、そしてヘブンズソードになったのはこれが理由である。
『くっ……』
剣崎はボロボロになった体に鞭を打って立ち上がる。
シーンが切り替わると、チジョー殲滅を掲げる新しい組織OJYOのメンバー達がチジョーと交戦する姿が映った。
量産型ドライバー。
その開発に成功したOJYOは、市民を守る事に特化したSYUKUJYOに成り代わって人々から多くの支持を集めていた。
そのOJYOの隊員の中に居た1人の人物がクローズアップされる。
小早川優希さんが演じる夜影ミサ隊員だ。
SYUKUJYOから引き抜かれた夜影隊員は、OJYOの情報をSYUKUJYOのトップに就任したとあちゃん演じる加賀美夏希に流していた。
『どうして貴様が邪魔をする! 橘斬鬼!!』
OJYOの司令官が橘をキッと睨みつける。
剣崎に救われた橘はOJYOと対峙するレジスタンスとして孤独な戦いを繰り広げていた。
『これはただの虐殺だ! 俺は……月子のために、チジョーと共に生きられる未来を見つける!!』
月子が死んだ時、掲示板はもちろんのことSNSが大きく荒れた。
中には私への殺害予告を送ってくる人もいたほどである。
私はそうなるとわかっていて、あえてこうして欲しいと脚本家の先生達にお願いした。
月子との別れが橘斬鬼を、そして橘を通して黛慎太郎という1人の男の子を人間として強くしてくれと思ったからです。
剣崎はずば抜けている。それは、BERYLにおけるあくあ君にも言える事だ。
だからこそ心の弱い橘斬鬼や、一番等身大な男の子に近い黛慎太郎のような男の子の成長が必要だと思ったからです。
『チジョーとの共存だと? ふざけるな! それじゃあ、この憎しみはどこに持っていけばいいんだ!!』
『その憎しみの連鎖が新たなるチジョーを生み出し、自分すらも終わりのない憎悪で苦しませている事にどうして気がつかない!!』
本当に……本当に、いい演技をするようになった。
最初はセリフを噛んでいたようなただの男の子が今は堂々と橘斬鬼を演じている。
ドライバーへの出演は、若手の役者にとって登竜門と呼ばれています。
だから私はこの作品を通じて、みんなに成長して欲しかった。この日本を代表する役者になるようにと。
『橘さん……! みんな、今のうちに移動しよう!!』
現場に駆けつけていた加賀美は、自らが戦う事よりも一般市民の避難を誘導させる。
それは加賀美が田島司令の意思を継ぎ、市民を守るために組織されたSYUKUJYOの理念を守り続けているからだ。だからこそOJYOとSYUKUJYOは相入れないものがある。
『夜影ミサ! 何をしている! 早くそいつを倒せ!!』
『何を言っている!? 橘はチジョーではなく人間だぞ!!』
『チジョーの味方をしている奴は全員敵だ!! それともお前もチジョーの味方をするのか!?』
『くっ……変身っ!』
バイコーンビートルに変身した夜影は橘と向き合う。
SYUKUJYOという組織自体の存続を人質に取られている夜影に戦う以外の選択肢はない。
『すまない、橘』
『貴女の立場はわかっているつもりだ。だから気にするな』
2人とも手を抜きつつ本気でやり合ってるように見せかけ牽制し合う。
その隙にOJYOが生み出した量産型ドライバーがチジョーに迫る。
しかし、その進路を1人のドライバーが阻む。
『ポイズンチャリス! 神代始か!!』
天我君演じる神代はOJYOの司令を無視する。
お世話になっていた南珈琲店から離れた神代は、1人でチジョーと向き合っていた。
剣崎達と共に闘いカリバーンを手放した神代は、神代家の呪縛とチジョーへの憎悪から完全に解き放たれる。
『待たせたな。今、楽にしてやる』
ハイパーフォームに変身したポイズンチャリスは、チジョーの心ごと矢で射抜く。
スローモーションで後ろに倒れるチジョー、その亡骸をオーバークロックで加速したポイズンチャリスが床に落ちるよりも先に抱き抱える。
『あり……がとう……』
チジョーは優しい光に包まれ、ゆっくりと消滅していく。
変身を解除した神代の背中があくあ君と重なる。
BERYLで最年長の天我君は頼り甲斐のあるいい先輩になったなと思う。
特に結婚してからは尖ったところがなく丸くなった気がする。
それが作中の神代の変化と重なったのがまた面白いなと思った。
『くそっ!! 剣崎といい、いつもいつも私達の邪魔をして!』
OJYOの司令が壁を叩く。
橘に邪魔をされ、神代にいいところを取られて腹が立っているのだろう。
OJYOの司令は悔しそうに唇を噛んだ後に、表情を崩して不敵な笑みを浮かべる。
『くくっ、しかし、この長く続いた戦いもこれで終わりだ。なぁ、お前もそう思うだろう? 世界と世界を行き来する力を持ったチジョー、ボッチ・ザ・ワールド』
OJYOの司令は、大きな試験管の中に閉じ込められたチジョーに話しかける。
そこに居たのは剣崎の育ての母だった。
『セイジョ・ミダラー、待っていろ。私がお前達の、チジョーの世界を滅亡させてやる!!』
剣崎の育ての母だったボッチ・ザ・ワールドは、剣崎を人の世に返した後も心配で陰ながら見守っていた。
その時に、彼女は運悪くOJYOの司令に捕まってしまったのである。
『やってられるか!』
夜影は着ていたOJYOの隊員ジャケットを壁に叩きつけるようにして脱ぎ捨てる。
ふふっ、こうやって見ると小早川さんも成長したなと思う。
今まではクールで強い女の役ばかりを演じる事が多かった小早川さんだけど、夜影は強くてクールでありながらも弱い部分も持った熱い女性だ。それが小早川さん自身の魅力を、より引き出してくれたと思っている。
夜影隊員がロッカーを出て通路を歩いていると、偶然にも司令と幹部が話す会話を聞いてしまった。
『みんなに知らせないと……!』
これ以上、自分がここにいる理由がないと悟った夜影はOJYOの本部から抜け出すと、橘、神代、加賀美、そして田島元司令の4人にOJYOの最終計画を告げる。
『くそっ、こんな時に剣崎はどこに行ったんだ!』
夜影は必死に剣崎を探したが、抱えていた闇の力が増幅されすぎていた剣崎は自らを隔離して1人で闘い続けていた。
自分の責任だと思っている橘は血が出るくらい強く拳を握り締める。
全員がやるせない表情で俯く中で、1人だけがまっすぐと前を見ていた。
『……例え剣崎がいなくても、僕たちでどうにかするんだ』
SYUKUJYOの新しい司令になったとあちゃん演じる加賀美だ。
とあちゃんはインタビューでドライバーと3人の出会いが僕を救ってくれたと言っていた。
ふふっ、その事を思い出して思わず笑みが溢れる。
私の作った作品、ううん、みんなで作った作品でそんな風に思ってくれている事が嬉しかった。
『ああ……!』
『わかった!』
『やろう、みんなで!』
『加賀美、強くなったね! 私も行くよ!』
加賀美、神代、橘、夜影、田島元司令の5人がお互いに顔を見合わせて頷いた。
5人の話を聞いていたSYUKUJYOの隊員達が駆け寄る。
『私達も共に闘います!!』
『市民の誘導は私達に任せてください!』
『絶対に市民のみんなを守って見せます!』
SYUKUJYOの隊員達を演じる子達もみんないい顔をしている。
最初はエキストラだったけど、男子達に耐えられる子は貴重だから、結局そのまま最後まで固定で使ってたんだよね。この作品が終わった後、彼女達がこの世界で役者として飛躍してくれたら嬉しいなと思った。
『さぁ、時は来た! 今こそが最終決戦の時だ!!』
ついにOJYOの司令が最後の行動に移す。
これが泣いても笑っても最後の決戦だ。この作品に登場する人達にとっても、そしてこの私にとっても……。
私は潤んだ瞳を少しだけ擦る。
『システム、チェック、オールクリア!』
『エネルギー充填開始!!』
『ゲート開放まで残り5秒……3、2、1、ゲート開放!!』
『ゲート開放を確認! 映像に映します!』
真っ暗になった空にぽっかりと開いたゲート。
視聴者にとってこの光景に見覚えがあるだろう。
1st ROUND最後に開いたゲートと同じだ。
そう、あの時、ゲートを開いたのは何を隠そうOJYOの司令なのである。
ゲートを開く実験をしつつ、できる事なら邪魔なSYUKUJYOを壊滅させようとしたのだ。
この話で、その黒幕が明らかになる。
『敵影なし! ……いえ、いました!! 映像、ズームします!!』
無数のチジョー達がゲートを通ってこちらの世界にやってくる。
『なんだ、アレは!』
『チジョーだ!!』
『きゃー!!』
『逃げろ!!』
まるでこの世の終わりみたいな状況に人々が逃げ惑う。
『チジョーの軍勢の中にセイジョ・ミダラーの姿を確認!!』
『モニターに映せ!!』
『はい!』
えみりちゃん演じるセイジョ・ミダラーの姿が映し出される。
ごめんね。えみりちゃん。横にスリットが入ったビタビタのシスター服なんて流石に恥ずかしいよね。
朝からこんな過激な衣装で大丈夫かなって思ったけど、ミダラーはこれくらい過激なデザインじゃないといけない気がした。
『量産型ドライバー出撃!! えぇい! 夜影はこんな肝心な時にどこにいる!?』
量産型ドライバー達がチジョーと対峙する。
流石にこの数は予想外だったのか。最初は勢いの良かったOJYOが押され始める。
逃げ惑う一般市民達。それを助けるためにSYUKUJYOの隊員達が駆けつけた。
『みなさん、こっちです!』
『慌てずに!! ゆっくりとお願いします!!』
『大丈夫、私達にはドライバーがついてますから!!』
『さぁ、こっちにどうぞ!』
最初は頼りなかった子達だったけど、一人一人が自分達で考えて市民を安全なところへと退避させるために誘導させていく。
そこに迫り来る無数のチジョー達。
しかし、4人のドライバー達がその行く手を阻む。
『さぁ、みんなを守るよ』
『ああ!』
『わかった!』
『任せろ!』
加賀美の言葉に3人が頷く。
SYUKUJYOのジャケットを着た4人の後ろ姿を見てかっこいいなと思った。
『変身っ!』
『ヘン……シン!』
『変、身!』
『ヘンシンッ……!』
さぁ、4人にとってはこれが最後の変身だ。
横一列に並ぶポイズンチャリス、ライトニングホッパー、バタフライファム、バイコーンビートル。
ああ、だめ。もうこの時点で泣きそうになる。
『もう楽になっていいんだよ』
バタフライファムは巻き起こした風の刃で、チジョーの病んだ心に絡まった棘を優しく引き抜いていく。
加賀美……ううん、優しいとあちゃんらしい攻撃だなと思った。
過去の嫌な思い出から解放されたチジョー達が穏やかな笑顔で次々に消滅する。
『辛かった事ばかりじゃなかったはずだ。思いだせ、楽しかった思い出を!!』
バイコンビートルは、その握り拳でチジョーの心臓を、心を強く叩いて自らを奮い立たせようとする。
いかにも夜影らしい、いや、小早川さんらしい説得の仕方だ。
ほんの少しだけ残った人間だった時の記憶を取り戻したチジョーが救われて消滅していく。
『大丈夫、君はもう1人じゃないから』
ライトニングホッパーはチジョーの心を縛りつける鎖を解くように的確に撃ち抜いていく。
月子との別れを乗り越えた橘と、自らの弱さを乗り越え成長した黛君の姿が重なる。
心を縛りつけていた鎖を解かれたチジョー達は、すっきりとした顔で消滅していく。
『その罪と罰は俺が背負う』
ポイズンチャリスはチジョーの心を蝕む闇の力を自らの方に引き摺り込む。
自らの矛盾と現状を受け入れた神代と、大きな器でBERYLを支える天我君の姿が重なった。
闇の力から解放されたチジョー達が人としての姿に戻り、人として消滅していく。
『なっ!?』
全てを乗り越え、強くなった4人のドライバーの圧倒的な強さをみてOJYOの司令が後退りする。
そこに単身、阿部寛子さん演じる田島元司令がビタビタのパワードスーツを着て乗り込んできた。
くぅっ! もう来年で60が来るというのに、なんて引き締まったボディーなんだろう。カッコ良すぎる!!
そのプロフェッショナルな肉体に、1人の女性として痺れるし尊敬します!!
『観念しな。年貢の納め時だよ』
『くそっ!』
OJYOの司令は最後の悪あがきにゲートの装置を解放する。
試験管の中の水が抜けると、中に入っていたチジョー、ボッチ・ザ・ワールドが外の世界に解放された。
これでもうゲートは使用不可能になった。
『貴様、何を!!』
『五月蝿い! チジョーに家族を奪われた私の気持ちが、お前なんかに何がわかる!!』
パンッ!
肌を叩いた乾いた音が空中に響く。
田島元司令がOJYOの司令の頬を軽く叩いたからだ。
『わかるさ! 私もSYUKUJYOの隊員も、そして今、あそこで戦ってる奴らも、みんな、みんな、チジョーに大事なモノを奪われたんだ!! 私だって家族を、尊敬する先輩や大切な同僚や部下達をチジョーに殺された!! 憎いと思った事だってあるわ!! でも、でも……それじゃあ、ダメなのよ!! だから、私は、チジョーじゃなくて貴女を止めにきた!!』
『私を……?』
田島元司令は力強く頷く。
『元はと言えばチジョーを生み出したのは人の心の中にある闇だ。だから、そっち側に引き摺られるんじゃない。戻ってこい!!』
『あ……あ……あ……』
力の抜けたOJYOの司令がその場にへたり込む。
『ごめんなさい。ごめんなさい』
『いいんだ。あんただって必死に生きようと頑張ってたんだろ? だが、今ならまだ間に合う。あのゲートをどうにかしよう!』
『でも、もうゲートの開放装置は……』
2人はモニターに映ったゲート装置の前に佇むセイジョ・ミダラーを見つめる。
そこに1人の男がバイクで駆けつけた。
『はぁ……はぁ……』
バイクから落ちた剣崎が地べたを這いずる。
あんなに強かった剣崎のこんな姿を見たくないと思ってる視聴者はいるかもしれない。
だけど、どんなに強い男だって苦しい時は苦しいんだと、ヘブンズソードを通して視聴者のみんなに知って欲しかった。
そうじゃなきゃ、私達はきっと剣崎に……あくあ君に頼り切ってしまうから。
『ヘブンズソード……いや、剣崎総司、シスター・ミ・レーンの闇の力に苦しんでいるようですね』
『セイジョ・ミダラー……くっ!』
剣崎は自らの胸を押さえる。
そんな満身創痍の剣崎の前に立ちはだかるのはセイジョ・ミダラーではなかった。
『かあ……さん?』
ゲートを開放する装置から解放されたボッチ・ザ・ワールドが剣崎と向き合う。
『ウガアアア!』
『母さん! 俺だ! 総司だよ!!』
我を失ったボッチ・ザ・ワールドが剣崎に刃を向ける。
これも装置の影響のせいで、ボッチ・ザ・ワールドの中にあった闇の力が増幅されたためだ。
剣崎はボッチ・ザ・ワールドの攻撃を回避しつつ、何度も何度も声をかけて説得を試みる。
『くそっ! これじゃあ近づけない!!』
剣崎を助けようと4人のドライバーが向かう。
しかし、無数のチジョー達によって邪魔をされ道を塞がれた。
『剣崎! 闘え!!』
ボロボロになっていく剣崎を見て橘が声を荒げる。
『闘うんだ。剣崎!!』
神代も声を張り上げる!!
『総司、闘って!!』
とあちゃんの悲鳴に近い叫び声が戦場を駆け抜ける。
『無理だ! 俺は……俺は、母さんと闘えない!!』
剣崎は地面に膝をつき涙を流す。
やっぱり、あくあ君はうまいな。
ただかっこいいだけじゃない。こんな弱さを見せる演技が上手だなんて、このシーンを撮影するまで気が付かなかった。
『俺は本当は弱い人間なんだ……!』
『ああ、知ってるとも!!』
橘が声を張り上げる。
剣崎がチジョーと闘うたびに悲しげな表情を見ていた橘だからこそ、彼は気がついていた。
本当は剣崎だって辛い思いをしながら闘ってるって事を。
『お前はいつだってそんな弱い自分を奮い立たせて闘っていた! だから俺も自分を奮い立たせる事ができたんだ!!』
橘の声が剣崎の心を震わせる。
『でも、俺は……怖いよ』
『僕だって怖かったよ。でも、君のおかげでその恐怖を乗り越える事ができたんだ。大丈夫、君がその手を伸ばせば、いつだって僕たちが傍にいる!!』
これは、とあちゃんだから出たセリフだろうな。
さっきの黛君のセリフもそうだけど、ここで剣崎を奮い立たせる言葉はみんなに考えてもらった。
ずっと作中で登場人物達を演じてきたみんなだからこそ、私は安心してみんなにここのセリフを託せたんだよ。
『俺は……』
『剣崎、辛かったらそのままお前はそこで座ってろ。その間に俺が全てを終わらせてやる』
ポイズンチャリスが単独での突破を試みる。
『苦しくても辛くても、立ち上がる事に意味があるって教えてくれたのは剣崎、お前だ。だからこそ、俺は闘う!! だが……お前はそれでいいのか? 剣崎、お前はどうしたい?』
天我君を神代にしてよかった。
このセリフが吐けるのは、ずっと剣崎と張り合ってきた神代だからだと思う。
そしてこのセリフが自然と出てきたのは、天我アキラだからだと思った。
『剣崎、弱くたっていいじゃないか』
最後に声をかけたのは夜影だ。
『その弱さを受け入れろ! そう私に教えてくれたのはお前じゃないか!! 苦しかったら、みんなに助けてもらえ! 泣きたかったら、1人で泣くな! 辛い時は私達に寄り添わせろ!! だって、私達は仲間だろ!!』
孤独を気取って単独行動をしていた夜影が最後にこの台詞だもんなぁ。
小早川さん、ずるいよ。これに私も嬉しさから笑みが溢れた。
『剣崎……』
『ヘブンズソード……』
ここからは全国各地で選ばれたエキストラ達が、空に映し出された剣崎の姿を見て手を伸ばすシーンだ。
北は北海道、青森から、南は鹿児島、沖縄まで47都道府県のヘブンズソードファン達が剣崎にパワーを送る。
『俺は……』
剣崎はゆっくりと立ち上がる。
『お母さんが言っていた……。闘うとは決して相手を暴力で痛めつける事じゃない』
実はこのお決まりのセリフは、あくあ君本人のアドリブだ。
そして、このセリフの元になった事を教えてくれたのは小雛ゆかりさんだという。
『闘うとは、例えどんな状況でもあっても決して諦めずに困難に立ち向かい、理不尽に抗い、そして大切な何かを守り抜く事だ!!』
ゆうおにのプロデューサーさんに感謝しないとね。
あくあ君と小雛ゆかりさんの2人をキャスティングしてくれたからこそ、このシーンが生まれた。
私は涙を堪えながらこのシーンを撮っていた事を思い出す。
『だから俺は最後まで闘い続けるよ……母さん』
剣崎が手にカブトムシを掴む。
『変……身……!』
私は変身シーンが一番好きだ。
だって、このシーンを見て子供ながらにヒーローが助けに来てくれたって思ったから。
『母さん、ありがとう……』
剣崎はベルトに装着されたカブトムシの角に手をかける。
『ドライバー……キック!』
叫び声を上げながら飛びかかってくるボッチ・ザ・ワールド。
剣崎は痛みも苦しみも全てを抱えながら、作品史上もっとも悲しく優しいドライバーキックを放った。
『総司……』
『母さん!?』
最後に意識を取り戻した、ボッチ・ザ・ワールドが人間だった時の姿に戻っていく。
『強く……なったね』
ヘブンズソードは空に向かって手を伸ばす。
この時、あくあ君は隠されたマスクの中で本当に泣いていたらしい。
とてもじゃないが、このシーンの5秒前まで小雛ゆかりさんとあくあ君が煎餅の取り合いで喧嘩してたなんて話しても、誰も信じてくれないだろう。
消滅したボッチ・ザ・ワールドから何かがヘブンズソードの掌にこぼれ落ちてくる。
『この力は……?』
ボッチ・ザ・ワールドが持っていたゲートを閉じる力だ。
最後の最後の力を振り絞って、母である彼女が息子の総司にたった一回限りのゲートの力を残したのである。
『みんな、俺に力を貸してくれ!! ゲートを閉じて、チジョーを向こうの世界に帰すんだ』
『うん!』
『ああ!』
『おう!』
『わかった!』
5人のドライバーの力が重なる。
再度開いたゲートが強い力で無数のチジョー達を吸い込んで行く。
『みんな、ありがとう』
『ふっ、気にするな』
神代が笑う。
空に浮かんだゲートを見ながら剣崎はみんなに話しかける。
『俺からみんなにお願いがある』
『何?』
加賀美が首を傾ける。
『この世界を守ってくれ』
『お前に言われなくてもそうするつもりだ』
夜影が笑みを溢す。
『橘さん……後は頼みましたよ』
『……剣崎?』
ここで橘が剣崎の違和感に気がついて手を伸ばす。
しかし、その手が届くより先に剣崎は空高く飛んだ。
『オーバークロック!』
加速した剣崎が空に浮かんだゲートに向かう。
『剣崎総司、何をしている?』
セイジョ・ミダラーは近づいてきたヘブンズソードを見て驚いた顔を見せる。
『セイジョ・ミダラー、何も見えないあの暗い闇の中、お前はどれだけの時間を1人で過ごしてきた?』
さっきの戦いで攻撃して来なかったセイジョ・ミダラーを見て、剣崎は確信に至っていた。
セイジョ・ミダラーはチジョーの親玉なんかじゃない。
彼女が自らの力で救いようのなくなったチジョー達を隔離しているという事に。
『それが私の役目……だからです』
『役目だからと言って、どうしてお前だけが苦しまなきゃいけない?』
剣崎の問いかけにセイジョ・ミダラーは言葉を詰まらせる。
『誰かがそうしないといけないから』
『そうか……。なら今日からは俺が一緒だ』
セイジョ・ミダラーは首を左右に振る。
『だめ。今ならまだ引き返せる! 来ないで!』
『嫌だ! 俺は……俺は、もう誰1人として孤独にしたりなんてしない!!』
剣崎が空中に浮かぶセイジョ・ミダラーの手を取る。
『だからこれからはずっと一緒だ。安心しろ。俺が絶対にお前を救ってやる。お前が今まで人知れず世界を守ってきたヒーローだというのなら、俺がお前のヒーローだ!』
『あ、あ、あ……』
セイジョ・ミダラーが涙を流す。
永遠に近い時間、誰よりも孤独だったのは彼女だ。
チジョーの親玉だと勘違いされ、世界の悪意を一身に受け、それでも彼女は人類を守るために1人闘っていたのである。ドライバーだけがヒーロじゃないんだよなあああ!!
こんなの誰も予測してなかっただろ!! 私は強く拳を握り締める。
驚愕の事実に驚いている人達の顔を想像して、やってやったぞと思った。
『『『『『剣崎!』』』』
4人の声に剣崎が笑顔で振り向く。
『みんな、ありがとう。しばらくの間、この世界を頼んだぞ』
剣崎は再びセイジョ・ミダラーに顔を向けるとお互いに笑顔を見せる。
最後のED曲と共にテロップが流れていく。私はそれを見ながら涙をダラダラと流した。
だが、まだこれで終わりじゃない。
EDのテロップの後に大きく文字が出た。
【特報!】
荒野を歩く4人のドライバー達が映し出される。
剣崎の居なくなった物語が終わった後の世界、彼らは地上に残されたチジョー達と共存する道を探っていた。
でも、理想だけでどうにかなる簡単な話ではない。
4人に忍び寄る新たな敵。そして暗躍する組織。再び画面に大きく文字が出る。
【劇場版マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソード!】
私はこのエンディングを書いた後に、この続きの話を作りたくなった。
ヘブンズソードがセイジョ・ミダラーを救ってくれたのだから、今度は私がヘブンズソードを、剣崎を救う番だ。
【待たせたな】
剣崎の声と共にヘブンズソードの後ろ姿が映し出された。
【さぁ、みんなで劇場に彼を迎えに行こう! 7月21日より全国映画館にてロードショー開始!!】
私はテレビに向かって手を叩く。
終わった。いや、正確にはまだ映画もあるし、企画されているスペシャルドラマだってある。
それでもドラマ本編はこれで終わりだ。
ニュース速報のテロップで視聴率が100%を突破した事が報じられる。
なんで100%を超えてるかというと、普段の視聴率の時点で下駄を履かせているからだ。
本当はテレビ局の闇みたいなもんなんだけど、ネットでは面白がってなぜか炎上してない。
「んーっ」
私は手を伸ばして大きく伸びをする。
「今日は、もう仕事はいいや! せっかくだし、朝から飲もうかな!」
私はネットの反応を酒のあてにして、余韻を噛み締めるようにお酒を楽しんだ。
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