白銀カノン、後宮選抜開始。
「試験番号0721番、雪白えみりです!」
「はい、帰りのお出口はあちらとなっておりまーす」
私はキラキラした目をしたえみり先輩に対して、出口を指さす。
なんでここにえみり先輩がいるのよ!
ここまで落とされずに最終審査に残ってきたって、どういう事!?
「ちょっとちょっと! ここまで審査を突破してきたのに、それはないんじゃないんですか!?」
「いやいや、えみり先輩がここまで突破してきたのはうちの審査員とかに問題あるけど、そもそもなんでえみり先輩が後宮のスタッフで応募してきたんですか!?」
私の言葉にえみり先輩は真剣な眼差しを向ける。
私は知っています。この顔をしている時のえみり先輩は真剣にふざけているって事を。
「お金がないんです。この前、間違えて給料袋をそのまま募金箱に入れちゃって……」
「あぁ……」
そういえばそんな事を誰かが掲示板に書いてあったっけ……。
あれって、本当の話だったんだ。
えみり先輩らしいと言えばえみり先輩らしいけど、たまにそういう信じられないおっちょこいちょいをやらかすのはなんでなんだろう。やっぱり、えみり先輩のお母さん、のえるさんが言ってたけど落ち着きがないからなのかな。
「この雪白えみり、言われたらなんでもします! もちろん、トイレ掃除だって構いません。なんならお風呂場や寝室でも大丈夫です!! あっ……もちろん、奥様方が一人で寂しい夜を慰める係でもかまいません!!」
「それは、えみり先輩がやりたいだけでしょ!!」
全くもう……。もうため息すら出ないよ。
えみり先輩はベロを出すと、ぐるぐると高速回転させる。
私はどうしようかと頭を抱える。
「あっ、でも、えみり先輩って変装とか得意ですよね!」
「ええ。ある時はベリルエンターテイメントが誇る女優の雪白えみり、そしてまたある時は掲示板民の一人、ラーメン捗る。聖あくあ教の聖女エミリーでもあり、謎のアイドル、ストロベリープリンセスの白苺小猫。そして、今をときめくエーロイ・マスクとは私の事です!!」
私と隣に座っている姐さんが同時に椅子から滑り落ちそうになる。
エーロイ・マスクさんもえみり先輩だったの!?
あれ? じゃあ、あの会社ってもしかして聖あくあ教のフロント企業なのかな?
最近、地球を周回するようにぐるぐる回ってる衛星を見かけるけど、もしかしてこれって地球ごと聖あくあ教に支配されてない? だ、大丈夫かなあ……。
う、うーーーーーん……まぁ、いっか!
それは私が考える事じゃないし、政治家の皆さんは頑張って。
私は全てを誰かに丸投げして、その件についてはあまり深く考えない事にした。
「報告」
「あっ、はい……」
私の隣に居た姐さんがジト目で呆れたようにため息を吐く。
そういえば楓先輩とえみり先輩だけは、何かしたら報告するってみんなに約束したよね。
「とにかくお願いします! 私をここで働かせてください!!」
私は両隣にいるペゴニアと姐さんの二人と顔を見合わせる。
うーん、仕方ないなあ。このまま野放しにしておいた方が変な事をしそうだし、それなら目に見える範囲に居てくれた方がいいよね。
「それならさ、変装して後宮の侍女として働くフリをして、他国から来た人達を監視する役とかどう? 実はその役割ができる人も探してたんだよね」
「監視?」
私はえみり先輩の言葉にこくんと頷く。
「候補のリストにはやんごとなき立場の人とかも結構いるし、そうなるとそういう立場の人たちに対応するにしてもある程度の教養がある人じゃないとダメだと思ったんだよね」
えみり先輩に教養……というところで一瞬悩んだけど、教養があるのは確かだし、猫被りは上手だからどうにかなるよね。うん、どうにかなると信じよう。
「ある程度、祖国と連携を取り合って……というのは良いけど、中にはよからぬ考えの人とかもいるでしょうしね」
「なるほど……そういう事なら、この私、雪白えみりに任せてくださいよ!!」
大丈夫かなあ。自分から提案しておいて、とっても心配な気持ちになった。
やっぱり今からでも、さっきのはなし! って言うべきだろうか。
「後宮のお姫様達には、この私がきっちりかっちりと女性としての夜のイロハを指導しておきますから!」
「はい、却下ー!」
全くもう、えみり先輩はなんでそういう余計な事をしようとするのかしら。
ていうか、それってえみり先輩がしたいだけですよね!?
「お嬢様お嬢様、結様も言っておりましたが、各国のお姫様方へのそういった指導は案外重要かもしれませんよ」
「うーん、それはそうだけど……一応、結さんに聞いてみる?」
「それがよろしいかと」
「やったー!」
えみり先輩は両手を振り上げて喜ぶ。
もーっ! 指導だとかって言って、えみり先輩の偏った知識で皆さんに変な事を教えないでくださいね!!
下手したらまた国際問題になっちゃいますよ!
ただでさえ、日本はガチでやべー国だから触れんとこって他国からは怖がられてるのに!!
「それか、えみりさんをくくりさんのお付きの侍女にするのはどうでしょうか?」
「あっ、それいいかも!」
「えっ!?」
ん? えみり先輩、急に顔がホゲったけど、どうかしましたか?
「ククリ ノ オツキッテ ドウイウコト?」
チジョー化したえみり先輩がシンプルな顔で首を傾ける。
たまに楓先輩もそんな感じになるけど、二人とも大丈夫かな?
えっ? 何、ペゴニア? 私もたまにああなってる!? 嘘でしょ……。
「後宮に来るお姫様達にそれぞれの国の息がかかっているのは前提として、それなら私達からアクションを起こして後宮のお姫様の中に直接スパイを送り込んだ方がいいのかなって思ったんだよね」
この事はくくりちゃんも了承済みだし、後宮の話があった段階でくくりちゃん本人から提案された事だ。
さすがにその話をくくりちゃんから聞かされた時はびっくりしたけどね。
「そう考えたら、知り合いのえみり先輩がお付きで居た方が、くくりちゃんも安心よね」
「そうですね。くくりさんはえみりさんや楓さんと違ってとってもしっかりしていらっしゃいますけど、まだまだ高校生になったばかりですしね」
「いやいやいやいや!」
えみり先輩は首をブンブンと左右に振る。
「確かにあいつはこの前まで中坊だったけど、この私よりもしっかりしてる女ですよ!? だから、私のお付きなんてなくても十分やれるって!!」
うーん、確かにくくりちゃんの方がえみり先輩よりしっかりしてるよね。
それにしたって、えみり先輩はなんでそんなにくくりちゃんを警戒するんだろう?
昔、二人の間になんかあったのかな?
「あの女は、まっこと恐ろしい女なんですたい!」
「えみり先輩、ふざけるのか真面目にするのか、どっちかにしてください」
確かにくくりちゃんって、あの年齢からは想像できない圧とかオーラみたいなのがあるけど、普通に良い子だと思うんだけどなあ。なんか、えみり先輩は大きな勘違いしてない? 私、すごくそういう気がしてるんだ。
だって、えみり先輩は見てないけど、くくりちゃんがえみり先輩の事を見てる時、とっても優しい笑顔をしてるんだもん。
「それなら、ヴィクトリア様のお付きはどうですか?」
「あぁ、確かに。日本での生活が不慣れなお姉様にはいいかも」
「ちょ、ちょ、ちょ!」
ん? えみり先輩、どうかしましたか?
「ヴィクトリア様って後宮に入るの!?」
「あっ」
そっか。そういえば事情を知らないえみり先輩にはそこからだよね。
私は改めてえみり先輩に事情を説明する。
「お姉様は補佐官としてのお役目がこの夏に終わるから、後宮入りをしてくくりちゃんと一緒に私達側のスパイとして活動してもらうつもりにしてるのよ」
これも意外だったけどお姉様の方から私に提案してきたんだよね。
お姉様はあくあの事があんまり好きじゃないのかなって思ってたから、私としてはすごく意外でした。
「ヴィクトリア サマハ コノワタシヨリ シッカリ シテルノデ ダイジョウブ ダトオモイマス!」
だからなんで急にチジョーになるのよ。
「お姉さまは勘違いされやすいけど、ああ見えて結構優しいわよ?」
「うーん。でも……怒られるビジョンしか思い浮かばない!」
確かに私もその絵面がすぐに思い浮かんできた。
勝手にクローゼットを漁って怒られてるえみり先輩がお姉様に正座をさせられている姿が容易に想像がつく。
「お嬢様、お嬢様、えみり様はある程度、自由な立ち回りの方が面白おかしくよく踊って……引っ掻き回して膿を出してくれそうでではありませんか? ふふふ」
ペゴニア、今、面白おかしくって言わなかった?
えみり先輩にもそれちゃんと聞かれてるよ。
「確かに、えみり先輩みたいに私達ですら何をするのかわからない人を自由にさせた方が、イレギュラーは起こりそうだよね」
問題はそのイレギュラーが自分達の方に起こりうるって事なんだよね。
「確かに、それぞれ各国を代表してやってくる方達ですし、普通にしてても尻尾は出さないでしょう。そう考えると、こちらとしてもある程度のリスクを負わなければいけませんか……」
なんで身内が居る事でリスクを負わなきゃいけないんだろうって思ったけど、えみり先輩だから仕方ないか……。
「ちょっと待って、なんか私、腫れ物みたいになってません!?」
私と姐さん、ペゴニアの三人はうんうんと頷く。
多分私達だけじゃなくて、えみり先輩の本性を知ってる人ならみんなそう思ってると思うよ。
「ぐぬぬぬぬ! どうやら、このスーパーアルバイター雪白えみりが本気を出す時が来たようですね」
「がんばれー」
「頑張ってください」
「ぷぷぷ、面白い事になりそうですね」
えみり先輩もやる気みたいだし、とりあえず任せてみようかな。
どうなるかわからないけど、まぁ、面白そうだしいっか。
「じゃあ、えみり先輩、後宮の雑用係よろしくね」
「えみり様、侍女の先輩としてたくさんコキ使ってあげますね」
「えみりさん、報告だけはちゃんとしてくださいね」
「えっ? 雑用!? 後宮長とかじゃなくて!?」
えみり先輩を後宮の長にさせるとか、そんなふざけた事をするわけがないじゃん。
後宮が大変な事になっちゃうよ。
それに後宮長はもう決まってるんだよね。
「くっそー。こうなったら雑用係から始まるえみりちゃんの後宮大戦略、未来の後宮長は私だ! 作戦を発動しちゃいますか!!」
何よその作戦。どうせ無計画なんでしょ。
えみり先輩の考えてる事って大体しょうもない事か、何も考えてないのどちらかなんだよね。
「じゃあ、採用という事で」
「えみり先輩、帰りはあっちです」
私は再び出口の方を指差す。
「それじゃあ、ここで一旦昼休憩にして……えみりさん、エーロイ・マスクの件についてお話を聞きましょうか」
「あっ! え……?」
えみり先輩は子犬のような目で私を見つめる。
そんな目で見つめたって、こればかりは助けてあげられないかな。
ごめんね。
「それじゃあ、あっちの部屋に行きましょうか」
「は、はひぃ……」
私は引き摺られていくえみり先輩に向かって、ひらひらと手を振った。
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