白銀あくあ、料理の狂人。
女子の手料理、それは甘美な響き。
俺は女子の手料理が番組で食べられると聞いて、とある番組のオファーを受けた。
その名も、料理の狂人。
番組のタイトルが、俺が居た前世で放送してた番組に名前が似ている気がするのは俺の気のせいだろうか?
あっちは確かプロの料理人が出てたし、こっちもきっと料理を極めた女子達が出るんだろう。
阿古さんと琴乃が、本当にその仕事受けるんですか? って顔をしていたけど、白銀あくあに二言はない。
俺はこの番組に出て、女子の手料理を満喫するのだ!!
「それでは今日の審査員はこの人、白銀あくあさんです!!」
「よろしくお願いします!!」
俺は満面の笑みで審査員席に座る。
ウッヒョ〜! 俺しか審査員がいないとか最高かよ。
この番組のためにお腹をペコペコにしてきて正解だったぜ。
「それでは白銀あくあさんに手料理を振る舞ってくれる狂人達を紹介しましょう!」
うわー、楽しみだなー!
俺はワクワクソワソワした気持ちで狂人達が登場する門を見つめる。
「まず最初の狂人はこの人です!」
司会のコールに合わせてゆっくりと門が左右に開くと、左右からプシャーと音を立ててスモークが噴き出る。
そのスモークの内側からライトが照らされて1人の女性のシルエットが映し出された。
うおおおおおお! 観客席のボルテージと俺のボルテージがぶち上がっていく。
「はぁ? 料理? そんなの私じゃなくてあんたが作りなさいよ! お客様より偉そうな、いや、偉いシェフ。出した料理でムカつく客を殺す。マーダーシェフ、小雛ゆかりだああああああ!」
はあ!? 俺はドヤ顔で登場した小雛先輩を見て固まる。
えっ? 待って待って、この人は料理人の枠で出しちゃいけないでしょ!
何せ、この俺を料理で殺しかけた人なんですよ!! ていうか、狂人ってそっちの意味だったの!?
「何? あんた、私が料理してあげるっていうのに文句があるわけ?」
「どわーっ! 包丁こっちに向けたまま近づいてこないでくださいよ! 本気で洒落になりませんから!!」
俺は席から立ち上がって後退すると壁に背をつける。
それを見た観客席から笑い声が起きた。
いやいや、みんな、笑い事じゃないからね!?
「それでは気を取り直して2人目の狂人に登場してもらいましょう!!」
いやいや、こっちを無視して普通に進行しないで!!
再び門が開くと左右からスモークがプシューと噴き出る。
「料理? ナニソレ? インスタントラーメンのことか? 配信中にインスタントラーメンで火事を起こしかけ、小火騒ぎで消防が出動し、夕方のニュースにもなった絶望の料理人、インターネットコメディアンのラズ様だああああああああ!」
ちょっと待って、俺が忙しくしてる間にそんな事件あったの!? 初耳なんだけど!?
あと、インターネットコメディアンって何!? そんなふざけた職業の人なんていないよ!!
「えっ? ラズリー……夕方のニュースになったのってまじ?」
「うん」
いやいやいや! 別に褒めてないし、そこは照れるところじゃないからな!!
えっへん。お兄ちゃん、私、ニュースになりましたって感じ出してるけど、悪い方のニュースに出たらダメだろ!
はぁ……ちゃんとレナータさんには報告しているのだろうか。不安になる。あとで聞こ……。
「それでは3人目の狂人の紹介です」
「頼む頼む頼む、まともなシェフ来い!!」
両手を組んで拝む俺を見て観客席から笑い声が起きる。
くっそー! どうやらこの番組がどういう番組か知らなかったのは俺だけだったみたいだ。
だから阿古さんも琴乃も微妙な顔をしてたのか!! ぐぬぬぬぬぬ!
「わたくし、お料理なんて作った事なんてございませんわ。オホホホホ! 料理の腕は完全に未知数!! 本物のお姫様による本日が記念すべき初の手料理になります! 世界で最も高貴なシェフ、くくり様だあああああ!」
割烹着を着たくくりちゃんが登場する。
いいぞ! まだ未知数の方が期待できるだけマシだ。
くくりちゃんはそつなくなんでもこなすタイプだし、きっと料理も大丈夫だよな!?
「くくりちゃん、がんばれ!」
「はい!」
俺がくくりちゃんにエールを送ると、小雛先輩からブーイングが飛んでくる。
そこ! うるさいよ! 黙って!!
「最後の狂人はなんと料理番組を持っている方です」
「しゃあああああっ!」
俺は喜びのあまりにガッツポーズを決める。
料理番組を持ってる人で料理が下手な人なんて居ないだろ!
「やはりパワー! パワーが全てを解決してくれる!! 人類を超越したゴリラパワーから繰り出されるフィジカルクッキング。インターネットソムリエ、森川楓だあああああああああ!」
大歓声の中、両手を振り上げ登場する楓を見て、俺は膝から崩れ落ちた。
インターネットソムリエって何? インターネットコメディアンの親戚ですか?
「この森川楓、ついに毎日ご飯で鍛えた腕を披露する日が来たようですね」
「頼む! 本当に頼むぞ!!」
俺は両手を合わせて祈るようなポーズをする。
楓ならワンチャンあるって、俺は信じてるからな!!
「白銀あくあさん……必死ですね!」
「そりゃ、必死にもなりますよ! 命が懸かってますから!!」
再び観客席から笑い声が起きる。
くっそー! できれば俺もそっちの席からゲラゲラ笑いながら見たかった!!
「今回のお題は、審査員の白銀あくあ様が好きそうな料理です! 狂人の皆様は、すぐに調理に取り掛かってください!!」
頼む頼む頼む! 食材を無駄にしないためにも、みんな頑張ってくれ!!
俺は祈りながら、みんなの様子を伺う。
「それではまずは最初に、この人にインタビューしてみましょう。小雛シェフは何を作るんですか?」
「コロッケよコロッケ。そんなの見ればわかるじゃない!」
俺は小雛先輩がキッチンの上に広げた食材を確認する。
本当は片栗粉じゃなくて小麦粉なんだけど……まぁ、よし!
これくらいなら誤差だ誤差。
「やっぱり、あくあ様が好きだからですか?」
「はあ? そんなの私が食べたいからに決まってるじゃない!」
さすがは小雛先輩だ。
この人の前ではお題なんて関係ない。真のフリーダムなのだ。
「おお! どうやら森川さんが食材をカットし出したようです! 早い!」
別にスピードを競うシステムじゃないからなー!
琴乃や鬼塚アナも言っていたが、楓に必要なのはまずは落ち着く事だ。
「みてください、すごいスピードです!」
いやいやいや、皮を剥きすぎてもう中身がほとんど残ってないじゃん!!
もったいな!!
「これは、何を作ってるんですか?」
「見てわからないんですか? 肉じゃがですよ肉じゃが」
肉じゃがの具ちっちゃ!!
そのサイズじゃ煮ているうちに溶けてなくなっちゃうよ!
だ、大丈夫かな〜。俺、もしかして溶けた肉じゃが食べさせられたりしない?
「おっと、あっちでは火が上がってますよ!」
「うぎゃー!」
だ、大丈夫か!? 確かあっちの辺は過去に小火騒ぎを起こしたラズリーが調理していたはずだ。
俺は席から立ち上がると、近くに置いてあった消火器を持ってすぐに消火活動に従事できるように準備する。
「ラズ様、大丈夫ですか!?」
「あちち、調子に乗ってフランベしようとしたら、前髪が焦げかけたのだ……」
料理がまともにできないのに、そういう人に限ってフランベしたがるのはどうしてなんだろう。
俺はラズリーの料理に頭を抱える。
「って、フランベ!? 早くないですか!?」
「ステーキ肉を切って焼くだけだからな! さすがは吾輩、天才なのだ!!」
俺はラズリーに向かって高速で拍手を送る。
いいぞー!! ステーキを焼くだけなら上手いも下手もない。失敗したとしても焦げるだけだ。
それならまだどうにかなる。やっぱりお前は本物の天才だ!!
「いい着眼点でしたね。それではくくり様がどうなってるか見てみましょう。くくり様、初めての料理、どうですか?」
「はい。大変だけど、なんとか頑張ってます」
あぁ……ああ! 癒される!! 割烹着を着たくくりちゃんは、このぺんぺん草ひとつ生えてない地獄の中に咲く一輪の可憐な百合の花ようだ。
「何を作ってるんですか?」
「ハンバーグです。あくあ様はハンバーグが好きなんじゃないかなって」
さすがだよ、くくりちゃん。ちゃんと俺の好きなものを考えて作ってくれてる。
料理をする手はまだおぼつかないけど、それでも一個ずつ丁寧に頑張っているの姿がたまらなくいい。
あっ、カメラさん。もう、あそこだけ映してていいから。他はもういいでしょ!
「ぎゃー、油が跳ねた!」
俺はすぐに消火器を持って立ち上がる。
どうやら小雛先輩がコロッケを揚げようとしたら、油が跳ねたみたいだ。
ふぅ、何事もなくてよかったぜ。スタジオが全焼したら笑い話どころじゃなくなるからな。
「これ、本当に大丈夫なんですか?」
「はい、私やスタッフはもちろんのこと、観客席の皆さんも遺書と同意書を書いてもらってから参加してもらってますから」
ちょっと!? 俺、そんなの書いた覚えないんだけど!?
え? 俺だけは無事に脱出できるように耐火機能のついてるヘブンズソード型のパワードスーツを置いてあるって? あっ、本当だ……。
ていうか、そこまでの危険を犯してこの番組をやる必要なんてないでしょ!!
本気で危なくなったら絶対に止めようと、俺は心に決める。
「完成したのだ!!」
「おっ、どうやらラズリーシェフ、完成のようです!!」
コックの帽子をつけたラズリーがステーキの乗ったお皿を俺のテーブルに置く。
うん……。想像した通り、ちょっと、いや、だいぶ焦げてるな。
「それでは審査員の白銀あくあさん。暖かいうちにどうぞ」
「はい……」
俺はカットされたステーキにフォークを突き刺すとパクリと食べる。
うん、肉自体はいいのを使ってるんだろうな。それだけがかろうじてわかる。
しかし、どんないいお肉も焦がしてしまえば同じだ。
「ラズリー」
「は、はいなのだ!」
ラズリーは緊張した面持ちで俺の事をジッと見つめる。
「火事にならずによく調理できたね。ちゃんと中までしっかりと火が通ってたのはよかったよ」
「えっへんなのだ!」
俺は何事もまずは褒めるタイプだ。
その上で改善するところを伝えて、褒めて伸ばそうと思う。
「ただ、最後にフランベしなかった方が、もう少しお肉が柔らかくなってよかったかなあと思います。それと次からは塩を調理前に、胡椒を調理後にちゃんと振ろうか。ステーキは塩胡椒なくても美味しく食べられるけど、安いお肉で作る事も考えたら、振っておいた方がいいと思うよ」
「わ、わかったのだ」
うんうん、ラズリーは素直でいい子だ。
俺はラズリーの頭を優しく撫でる。本当は彩とかステーキソースの事とか指摘する事はいっぱいあるかもしれないけど、それよりもまずは綺麗に肉を焼くという事の方が重要だと思う。
これで少しは料理の腕が向上してくれるといいなと思った。
「できました!!」
「おっと、どうやらくくり様の料理が完成した模様です!!」
くくりちゃんは俺のテーブルに完成したハンバーグを置く。
うおおおおおお! ちゃんと彩が考えられてる!
くくりちゃんが作ってくれたハンバーグプレートには、ブロッコリーとかニンジンとかコーンが添えられていた。
「どう……ですか?」
「見た目は満点です。彩がちゃんと考えられているのはいいですね」
これは期待できるぞ。俺はハンバーグをカットする。
んん? なんか中がまだ赤いような……って、生焼けだ!
「審査員の白銀あくあさん、どうしましたか?」
「これ、生焼けです」
観客席から残念がる声が漏れる。
流石に食中毒になるのがわかってて生焼けのお肉は食べられない。
せっかく上手に作っていただけあって、くくりちゃん本人も悲しげな表情を見せる。
よしっ! 俺は席から立ち上がると、ハンバーグのプレートを持って電子レンジのところに向かう。
「いいですか皆さん。生焼けだからって諦めないでください。こういう時は、電子レンジを使ってあげればいいんですよ」
俺は生焼けのハンバーグだけを別のお皿に乗せてラップをかけると電子レンジでチンをする。
よし、これだけ温めたら中に火が通ってるだろ。
俺はハンバーグを元のお皿に戻して、自分の席へと帰る。
「ほら、これで赤かったところもちゃんと火が通ってるでしょ」
「あ、本当だ」
俺はハンバーグを一切れ摘むと、口の中に持っていく。
はふはふ、んっ、熱いけどちゃんと美味しい。
「うん、美味しい。ソースもウスターとケチャップのバランスがいいですね。生焼けだったから審査の対象外になっちゃうけど、初めての手料理でこれは期待できますよ。これからも頑張ってください」
「やった!」
くくりちゃんは両手で握り拳を作ると、小さく飛び跳ねる。
基本はクールなくくりちゃんが、たまに見せるこういう年相応の笑顔がいいんだよなあ。
実際、それでファンが増えてるとも聞いてるしな。
さーてと、もういいでしょ。もう帰ってもいいよな?
「私もできたわよ!!」
くっ、ついに完成してしまったか……。
小雛先輩がドヤ顔で俺のテーブルの上にコロッケが乗ったお皿を置く。
うん、わかってたわ。俺は千切りにされてない繋がった太切りのキャベツを手に取って観客席に見せる。
「何よ! なんか文句あるわけ!?」
「いえ、別に。想定通りだなあと思っただけです」
ん? ほんの少しだけキャベツに血がついているような……。
俺が小雛先輩の手元を見ると、小雛先輩はそそくさと絆創膏のついた指先を隠す。
ちょっとぉ!?
「ほら、メインはコロッケなんだから! コロッケを食べなさいよね!!」
「わかってますって」
俺はコロッケを半分に割る。
すげぇな。具がなんも入ってない。芋だけのコロッケだ。
「うちの家……お婆ちゃんが作ってくれたのコロッケはお芋だけだったの、文句ある?」
「いえ、俺も好きですよ。お芋だけのコロッケ」
児童養護施設に居た時、根本先生……ねねかお姉ちゃんがよく作ってくれたっけ。
すごく懐かしい気持ちになる。
「それでは白銀あくあさん、審査をお願いします!」
「はい」
俺は少しだけ割ったコロッケをパクリと食べた。
「うっ」
小雛先輩も含めた全員が心配そうに俺の事を見つめる。
俺は自然と流れてきた涙を止めるために、手で目元を押さえた。
くそっ、俺とした事が小雛先輩のコロッケで前世を思い出しちまうとはな……。
「ど、どうしました?」
「俺は感動しました。あの小雛先輩がコロッケを作れるなんて……」
俺は涙の理由を誤魔化しつつも、真実を口にする。
はっきり言って小雛先輩の料理の腕は絶望的だ。
それなのに、ちゃんと食べられるコロッケを作った時点でも凄いことだと思う。
「はっきり言って、これとかもコロッケの衣が裂けちゃってるんだけど、そういうのはもうこの際どうでもいいです」
「どうでもいいとか言って、言ってるじゃない!」
だーっ! せっかく人が誉めようとしたのに、この人はほんま!!
「ちゃんとお芋がホクホクしてて、味も美味しかったです」
「最初から素直にそういえばいいじゃない!」
そう言おうと思ったら、小雛先輩が突っ込んだんでしょ!
全くもう、この人は!!
「さぁ、残すところは森川シェフだけになりましたね」
楓、大丈夫か?
って、あれ? 楓が作ってたのって肉じゃがだったよな?
おかしいな……間違いなくこの匂いは……。
「できました!」
楓は完成したカレーを俺のテーブルの上に置く。
「あれ? 肉じゃがは?」
「具材を小さくしすぎちゃって無理だったので、途中からカレーに変えました!!」
なるほど、これがフィジカルクッキングか。
やはりパワー、パワーが全てを解決している。
「それでは白銀あくあ審査員、最後の審査をお願いします」
「はい!」
俺は楓が作ってくれたカレーを掬って食べる。
うん、うまい。うまいっていうか、カレーを不味くするなんて、よっぽど変な物を入れない限りほぼ不可能だろ。
「どうですか?」
「普通に美味しいです。これが優勝ですね」
「やったー!」
楓は両手を振り上げて大喜びする。
おーい、はしゃぎすぎて周りの物を破壊しちゃダメだぞー。
「ちょっとお! 泣いてたし、あの流れじゃ普通に私のじゃないの!?」
「いや、純粋に味で審査してくださいって事前に言われてましたから」
くくりちゃんのは審査員の俺が手直しした時点で審査外だし、実質的に勝負は小雛先輩のコロッケか、楓のカレーの二択に絞られる。
小雛先輩のコロッケは思い出補正と、あの、小雛先輩が!? って補正を抜けば、やっぱり破裂したのがちょっとね。
それに対して楓のカレーは普通に完璧だ。なんならこんな味の具材が完全に溶けて無くなってる喫茶店のカレーとかあるもん。
「というわけで優勝は森川楓シェフ……改め、この番組のスポンサーでもあるホームさんのバーモンドカレーです!」
「なんじゃそりゃ!」
俺の最後の一言に、出演者の全員がずっこけるようなパフォーマンスをする。
おいおい、みんな大丈夫か? 実際に転けてたら怪我するかもしれないから注意しろよ。
もちろん観客席は、最後のオチと小雛先輩の速いツッコミに爆笑する。
カレールーをカメラに向けるようにして手で持って笑顔を見せる俺の映像に、この番組はホームのバーモンドカレーの提供でお送りしましたという声が重ねられた。
「ちょっと、あんた待ちなさいよ!!」
やべ! 小雛先輩に絡まれたら面倒だ。俺はさっさとエプロンを脱ぐと、走ってスタジオから逃げ出した。
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