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白銀あくあ、終わりで始まりの日。

本日1度目の更新になります。

 ファッションショーは大成功で終わった。

 俺はコロール本社と専属契約を結び、今後はジョンがMVやライブで使う衣装を手掛けることになる。

 その一方で雑誌やテレビ、パーティーなどの公の場所でも、契約上、基本的にはコロールの服を着用しなくてはいけないようになった。デメリットな面を上げるとしたら、他の服飾ブランドの仕事ができなくなった事くらいだろうか。

 何十枚とある膨大な量の契約書には多くの専門用語が使われていたが、元々法学部に通っていたしとりお姉ちゃんの語学が堪能だったおかげで難なく契約を結ぶ事ができた。本当にしとりお姉ちゃんには感謝しかない。

 その際に、仲介をしたしとりお姉ちゃんの雇用契約がバイトではさすがまずいだろうという事で、正式に事務所の正社員として採用された。当面は大学に通う事を重視してもらい、弁護士としての資格を取得した後には事務所の顧問弁護士になってもらうつもりだと聞いている。

 ともあれ、これで森長に続き二社目のスポンサー契約だ。近々、どちらも契約金が支払われる見込みなので、これで人を雇う余裕だったりとか事務所の財政面でもゆとりができたと思う。阿古さんのオーバーワークについても心配だったが、新たに人を雇う事ができるとのことなのでこちらもどうにかなりそうだ。個人的には仕事のしすぎで倒れないかと心配してたので良かったと思う。

 そして俺は今日、久しぶりの休日にバイトでお世話になっていた喫茶店へとお邪魔した。


「この前のファッションショー、テレビで見たわ。すごくかっこよかったわよ」

「ありがとうございます」


 俺がバイトしている喫茶店トマリギのオーナー、七間八千代さんは変わらず朗らかな笑顔で出迎えてくれた。

 今思い返せば、ここで俺がバイトしなければ天鳥さんと出会うこともなかっただろう。

 そういう意味ではこの喫茶店は、アイドル白銀あくあにとっては始まりの地なのだ。


「すみませんオーナー。これ以上ここでバイトするのは、ちょっと難しいかもしれないです」

「気にしなくていいのよ。仕方のない事だってわかるもの。むしろ今までありがとうね」


 これからアイドルとしての芸能活動を続けていく以上、ここでバイトをするのはもう難しいだろうと思う。

 残念だと思うけど仕方のないことだとも理解している。今日は俺のバイトとしての最終日、オーナーの粋な計らいもあって午前中は仲の良い知人を招き、午後からは常連のお客さんたちを招く予定だ。


「白銀、よく似合ってるじゃないか」

「うん……あくあ君、すごくかっこいいよ」


 カウンターに座った黛ととあちゃんは、俺のバイト服姿を見て誉めてくれた。

 俺は照れながらも二人の前に飲み物を置く。

 意外にもブラックコーヒーが好きなとあちゃんと、ミルクたっぷりのコーヒーを頼んだ黛。

 一瞬、間違えて逆に運びそうになったのは内緒だぞ。


「あらぁ、いいわねぇ。写真に撮っちゃおうかしら」

「おぅ、中々様になってるじゃねぇか」


 ノブさんは手に持ったカメラで俺の仕事姿にシャッターを切る。

 モジャさんは自慢の髭にカプチーノの泡をいっぱい付けてて、思わず吹き出しそうになった。

 結構怖い雰囲気があるのに、そんなお茶目な部分を見せてくるのは反則だろう。

 それを見ていた黛やとあちゃんも吹き出しそうになっていた。


「兄様……かっこいいです」

「あくあちゃん、一人で給仕大丈夫? ママも手伝おうか?」


 らぴすがモーニングの茹で卵の殻がうまく剥けずに苦労していたので、俺が代わりに殻を剥いてあげたら喜んでいた。前世で妹のいなかった俺にはイマイチわからなかったが、シスコンになる奴の気持ちが今なら理解できる。

 母さんは相変わらずで、こういう過保護なところにはまだ慣れないけど、これが母親の愛情ってやつなのかな? 少し恥ずかしいけど、このむず痒さが逆に心地よかった。


「あくあ、その姿もよく似合ってるよ。でもどうせなら君の着る服は全部私がデザインしたかったな」

「この全てが均一化された平面、歪みなき円形、程よい焼き色の美しさ……なるほど、人類の叡智はここにあったのか。ククッ、さすがは我の後輩だ。いい店を知っている」


 ジョンは明日には帰国してしまう。本国でのスケジュールを考えたら仕方のない事だ。次に会えるとしたらMVの撮影の時だろうか。その時までには衣装を完成させると言ってくれた。

 そして天我先輩は、チーズケーキが好きなのか、オーナーの作ったチーズケーキをホールで食している。今日は右目に眼帯をしているけどどうしたのかな? もしかしたら怪我しているのかと聞こうと思ったけど、とあちゃんに触れてあげない方がいいよと言われた。


「ごめーん、遅くなった! あっ、あーちゃんのギャルソン姿かっこいい!」

「あくあ君、今日は招いてくれてありがとうね。久しぶりにみるけどよく似合ってるよ」


 最後にやってきたのはしとりお姉ちゃんと阿古さんだ。

 しとりお姉ちゃんは、レーコーことアイスコーヒーを注文すると、外が暑かったのかストローで一気飲みしてしまう。ちなみに二杯目に注文したのはレスカことレモンスカッシュだった。レーコーもレスカも最初はわからなくって、関西出身のお客さんに教えてもらったんだよね。


「阿古さん、注文は何にします?」

「もちろん、いつもので!」

「はい、わかりました!」


 キッチンで卵の焼けるいい匂いがする。その美味しい香りに釣られてか、らぴすが涎をこぼしそうになっていた。少し大人びて見える時もあるが、こうやってみるとまだまだ子供だなと微笑ましい気持ちになる。そんならぴすもいつか誰かのお嫁さんになるのだろうか? そう思うと、とても胸が苦しくなった。もはや俺は手遅れかもしれない。


「はい、どうぞ!」


 俺はオーナーから受け取った出来立てのオムライスに、いつものようにケチャップで文字を書くと阿古さんの前に置いた。


 いつもありがとう。


 あれ以来、俺は阿古さんにオムライスを出す時は、文字を書くようになった。

 今日はバイト最後の日で、おそらくこれを書く機会はもうないだろう。

 だから俺は、自分の伝えるべき言葉をオムライスに書いて阿古さんに提供しようと思ってた。


「あくあ君……」


 阿古さんは瞳を潤ませる。

 もし、オムライスを注文してくれなかったらどうしようと思ってたけど、サプライズはうまくいったみたいだ。


「あっ、あー! ママも、ママもそれがいいっ!」

「阿古さんいいなー、私もそれ食べたい」

「兄様、らぴすもオムライスが食べたいです!」


 阿古さんのオムライスを見て、騒がしくなった家族に俺は苦笑する。

 それとらぴすは、さっきもモーニング食べたのに、オムライスまで大丈夫なのか?

 俺はお腹を摩っていたらぴすを見て、オーナーにらぴすのは少し小さめで頼みますとお願いした。


「あらぁ、私もオムライスにしようかしら」

「そうだな、腹も減ったし、さっきすげぇいい匂いしてたから俺も頼むとするかな」

「あくあ君……僕もオムライスお願い。こんないい匂いさせるのは反則」

「白銀、オムライス一つ頼めるか?」

「わお、あくあ、これは素晴らしい。一つ注文いいかな?」

「白銀、我もオムライスに魔法陣描きたい」


 結局、全員オムライスになった。

 オーナー1人だと作るの大変そうなので俺も卵をかき混ぜたり、重たい鍋を振ったりして手伝う。

 そして一人づつにメッセージを書いて提供した。


 しかし、母よ。

 実の息子に、ママ、結婚して、と書かせるのはやめてほしい。流石に恥ずかしかった。

 その際に隣で見ていた阿古さんに、別にお母さんと結婚する男の子は少なくないからと聞かされて驚く。

 やはりこの世界は、俺の前世の価値観とは大きく違っているようだ。


「それじゃあ、お先に失礼するわよ」

「じゃあな」

「あくあちゃん、危ないことになったらすぐに連絡してね」

「あーちゃん、お仕事頑張ってね」

「兄様、お先に失礼します」

「あくあ君、何かあったらすぐに連絡してね」


 午後から仕事や用事のある母さんや阿古さん、しとりお姉ちゃんとらぴす、モジャさん、ノブさん、ジョンは一足先に喫茶店を後にする。

 明日の見送りには行けないので、ジョンとはここでお別れだ。

 俺たちは握手を交わし、お互いの健闘を祈ってハグをする。


「あくあ、また会おう」

「ジョン、元気で」


 ジョンを見送ると、喫茶店の中に残ったのは俺とオーナー、とあちゃんと黛、天我先輩だけになった。

 そんな最中に、オーナーのもとに一本の電話がかかってくる。


「えっ? ……うん……うん。それじゃあ仕方ないわね。うん、こっちは大丈夫だから」


 心配そうな顔で通話をするオーナー。何かあったのだろうか?


「どうかしましたか?」


 俺は電話が終わった後のオーナーに、何かあったんですかと尋ねる。


「実はね……線路に車が侵入して接触したとかで、午後からバイトに入る子たちが電車でこっちにくるのが少し難しくなったみたい。バス乗り場もタクシー乗り場も並んでるみたいだし……あくあ君には申し訳ないけど、開店時間を遅くするか、午後はもうお休みするしかないわね」


 今日の午前中は身内だけに向けた開店だが、午後からは俺がバイトしていた時の馴染みのお客さんが来る事になっている。残念だけど仕方がないなと思っていたら、意外な人物が声を上げた。


「オーナーさん、来られなかった人達の代わりに、僕がお手伝いしても大丈夫ですか?」


 なんと手を挙げたのはとあちゃんだった。


「私としてはありがたいけど……いいのかしら、その、貴方……」

「僕は構いません。だから手伝わせてもらえないでしょうか?」


 真っ直ぐとオーナーを見つめるとあちゃん。

 その瞳には強い決意のようなものが宿っていた。


「わかったわ……それじゃあお願いね」


 とあちゃんは席を立ち上がると、従業員の使う奥の部屋へと向かう。

 俺はその途中で、とあちゃんを呼び止める。


「とあちゃん、ありがとう」


 俺は感謝の言葉を伝えて、とあちゃんに頭を下げる。

 するととあちゃんは、ゆっくりと俺に向けて言葉を投げかけた。


「僕……ね。この前のファッションショーを見て、あくあ君にすごく勇気をもらったんだ」


 とあちゃんはほんの少し口角を上げて、俺にはにかむ。


「ううん、ファッションショーだけじゃない。ドラマに出たり、CMに出たり、あくあくんは男の子なのにいつだって眩しくて、僕はそんなあくあ君の事がすごいなってずっと思ってたんだよ」


 大きくてクリッとしたとあちゃんの瞳が俺の事をジッと見つめる。


「それに僕がVtuberデビューした時も、雑誌に出た時も、あくあ君の新曲を作曲した時も、僕の狭かった世界を広げてくれたきっかけを作ってくれたのはいつもあくあ君だった」


 とあちゃんは胸の前で握りしめた拳にぎゅっと力を込める。


「だから僕は一歩を踏み出そうと思ったんだ。あのランウェイを見て、かっこよく前を向いて歩くあくあ君みたいに」


 とあちゃんの熱の篭った真剣な眼差しに、俺の心も熱くなる。

 前に黛と3人でゲームをした時に少し話したけど、とあちゃんには俺たち以外の友達がいないらしい。

 引っ込み思案な性格なんだと言っていたから、きっと自分から人に話しかけるのが苦手なんだろう。

 だからVtuberとして配信なら人とうまくお話しできるかもしれない。そう思ったのがVtuberを始めようとしたきっかけだったと聞いている。そんなとあちゃんが、今まさに一歩を踏み出そうとしているのだ。

 俺はとあちゃんの握りしめた拳の上から、自らの両手で包み込むように重ねる。


「とあちゃん、俺だってとあちゃんにいっぱい助けられたんだよ。あの時、とあちゃんが協力してくれたから良い写真が撮れたし、新曲だってとあちゃんがいなければ完成してなかったと思ってる」


 俺はとあちゃんの小さな握り拳を解くと、両手で挟むようにして握手した。


「俺の行動がとあちゃんを救ったというのなら、俺だってとあちゃんに救われてるんだ。だから、ありがとうって思ってるのはとあちゃんだけじゃないんだよ」

「あくあくん……ありがとう」


 とあちゃんは言葉を詰まらせる。

 そんな折に、不意に後ろから声が聞こえてきた。


「ククッ、話は全て聞かせてもらったぞ後輩達よ」


 声のした方に振り向くと、天我先輩が通路の壁にもたれかかって、眼帯を片方の掌で隠して何やらカッコいいポーズを取っていた。


「頑張る後輩たちのために、我らも一肌脱ごうではないかッ!」


 我ら? どういうことかと思ってると、天我先輩の後ろから黛が現れた。


「白銀、猫山、僕と天我先輩も手伝うってさっきオーナーさんに伝えてきたから」


 俺は黛と天我先輩の言葉に涙が出そうになった。いや、本音を言うと少しだけうるっとしていたけど、それは内緒にしておく。


「とあちゃん……黛……天我先輩……本当に、本当にっ! ありがとう!!」


 俺は熱くなった目頭をそっと押さえて、誰にも見えないように潤んだ涙を拭った。

 あぁ俺はなんて恵まれているのだろう。改めて自分が誰かに支えられているのだと気付かされた。


「フハハハッ、我に任せよ後輩たちよ! それでは着替えるぞ、我に続けぇ!!」


 先導を切ってバックヤードへと向かう天我先輩。なんて大きな背中なんだ、カッケーと俺は見惚れる。

 それにしても天我先輩は、さっきはどうして眼帯をつけて隠れている目を掌で隠しているようなポーズを取っていたのだろうか? それを聞こうとしたら、とあちゃんに小さな声でやめてあげてと言われた。

次回、本日19時に更新します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 天我先輩の眼帯については触れてはいけないタブーだから… とあちゃんとのやり取りがてぇてぇ( ´∀`) あぶないかをりが漂ってますわぁ!
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