幕間 森川楓、これが私の日常。
今回も諸事情によりなろうには出せないお話なので幕間となります。
相当前の頃の森川さん。この話は多分夏休み前頃かな。
「ぐわあああああああ! ち、ち、遅刻だあああああああ!」
ベッドから飛び起きた私は、床に散らばった服を適当に拾って着替える。
ヤバい。このままじゃ遅刻して、また鬼塚先輩に怒られちゃう!!
私は服を着替え終わると、鍵をかけて慌てるようにして家を出た。
余裕を持ってご飯を食べてる暇なんてないから、とりあえず家に置いてあった食パンを口に咥えてムシャムシャと齧る。タクシーを拾うために大通りに出た私は、周囲の人の視線に気がつく。
ううっ……食パンなんて口に咥えてるせいか、すれ違う人々の視線が痛い。でもマンションのフロントでタクシー呼んでる時間もないし、また遅刻したら今度こそ鬼塚先輩に殺される! それだけはなんとか回避しないと!!
運よく大通りでタクシーを捕まえた私は、ギリギリでなんとかスタジオに間に合った。
「全く貴女は、ちょっとは時間に余裕を持って行動しなさい! どうせ昨日の夜、夜更かししちゃったんでしょ!」
結局、間に合ったのに鬼塚先輩には叱られてしまった……解せぬ!
しかもなんで私が夜更かしをしちゃったことを知ってるの!? 先輩、もしやエスパーとかじゃ……はっ!? そ、それともまさか私の部屋に監視カメラが……。
「またアホな事を考えてそうだから言っておくけど、貴女の行動なんて簡単に予想つくのよ。ねぇ、みんな」
鬼塚アナが周囲を見渡すと、部屋にいた全員が頷く。
な、なんだってー!? 私が驚いた表情をしていると、なぜか全員が残念なものを見るような目線を送ってきた。
ぐぬぬ……! 何人かの人はなぜか励ましの言葉をかけてくれたけど、森川はメアリーだから仕方ないよって、メアリーってみんなの憧れじゃなかったの!? いつからメアリーってそんな残念というか、腫れ物みたいな扱いになっちゃったのよ! むむむ……これはきっと捗ると嗜みのせいね。うん、OGの私のせいではないはずよ。
何せこの森川、仕事のできる余裕のある落ち着いたお姉さんを意識してますから。
あくあ君も、いつの日か私の大人な魅力にメロメロになるはずよ!!
「森川ー! 緊急のニュース、準備して!!」
「わわわわわっ、はいっ、はい、はい!」
「はいは一回! あと、慌てて電源のコードに足引っ掛けないでよ!!」
私は手渡された資料を持って、慌ててスタジオに入る。
手元の資料を見ると、どうやら先日起こった凶悪事件の犯人が捕まったらしい。
「それではニュース切り替わります! 3、2、1……」
「ニュース速報です。先日、都内の高校に侵入して、男子生徒の上履きを窃盗した人物が逮捕されました」
男子高校生上履き連続窃盗事件。ここ最近、ネットを騒がしていた事件の一つだ。
特にここ最近は気温が高く、蒸れた上履きからは濃厚な匂いがするらしい。だから一部のマニアの間で、今は収穫期だと言われていた。
「犯人は盗難した上履きを近所のコンビニのコピー機で印刷しており、その映像を一部始終捉えた防犯カメラの録画データを元に、容疑者が割り出され逮捕された模様です」
ん? なんかこの話、前に聞いたことあるぞ……?
「犯人の女性は、以前にも男子中学生の上履きを窃盗しており、これが2度目の逮捕になるようです」
あー、あったあった。なんとか番付とかいう奴で東の横綱に選ばれてた奴よね。
この犯人の厄介なところは、上履きを盗難した後に、コピーをしたらちゃんと学校に返却するのだ。だから事件自体が発覚しにくい。しかし一時的とはいえ、上履きを盗んだことは事実だし、そもそも不法侵入なんだから間違いなく犯罪よね。
「どうやら現場から中継がつながっているようです。石井さーん」
「はい、現場の石井です。こちら犯人の自宅前なんですが、すでに現場前には警戒線が張られ、我々、報道陣もここから先には入れません」
カメラがターンすると、ちょうど自宅のアパートから犯人らしき女性が複数の警察官に囲まれて出てきた。
「離せえ!」
「大人しくしろ!!」
激しく抵抗する犯人。それを叱責する警察官の間で多少の諍いが起こる。
「上履きをコピーするくらい、別にいいだろ!!」
「いいわけないだろ!! お前がやったことは立派な犯罪だ。それにコピーしただけじゃなくて他の事にも使ったんじゃないのか?」
「うるせえ、ちょっと臭い嗅ぐくらいは不可抗力だろ!!」
うわあああああああ、変態だああああああああああああ!
って言いたかったけど、あくあ様の上履きの匂いなら嗅ぎたいかも……。あれ? 私ってもしかして変態?
「えー……犯人の自宅からは上履きの他にも今後の綿密な計画表が見つかっており、えぇっと、捜査関係者からの情報によると、どうやら犯人は近日中に乙女咲学園高校への進入を計画しており、ベリルエンターテイメント所属の白銀あくあさん、猫山とあさん、黛慎太郎さんの上履きの窃盗を決行しようとしていた模様です!!」
ぬわあああああんだってええええええ! 今回ばかりは警察グッジョブすぎるよおおおおお!!
この国の犯罪史に残るほどの凶悪犯罪を未然に防ぎ、犯人を逮捕した警察の人たちに拍手を送りたい。
「なるほど、それは逮捕されてよかったですね!」
「はいっ! この事が伝わると現場付近に住んでいる近隣住民の方からも大歓声と拍手が起こりました」
テレビの画面に、その時の現場を録画した映像が映し出される。
「以上、現場の石井からのリポートでした」
「はい、現場の石井さんありがとうございました」
私は急遽横からスタッフに手渡された資料に視線を落とす。
「先程、犯人が侵入を計画していた乙女咲学園高校と、白銀あくあさんらが所属するベリルエンターテイメントから公式に声明が出されました」
乙女咲学園高校の発表した資料によると、夜間も含めた24時間体制の警備網をひいていること。
また周辺の通りには近隣住民や店舗の協力の元、至る所に監視カメラが設置されており、男子学生だけではなく女子学生も含めた安全が確保されていることが発表された。
そしてベリルエンターテイメントの発表によると、あくあ君たちの上履きを入れる下駄箱には、学校側の配慮からちゃんと施錠されているそうです。
おぉー! あくあ君たちがまともな学校に通っててよかった!
「犯人捕まってよかったですねー」
「うん、知らない女の子に一瞬とはいえ上履きを盗まれるなんて、何に使われてるかわからないし、男の子にとっては恐怖でしかないよね」
「はぁ、そう考えると、あくあ様の上履きが変なことに使われなくてよかった」
「ほんとそれ! そういうのは妄想の中だけにしとかなきゃ」
ニュースが終わった後に、スタッフさんたちと軽く談笑する。私はついでに掲示板の反応を見ようと、スマートフォンで匿名掲示板サイトへとアクセスした。
やはり書かれているのは、未然に防げてよかったということと犯人への怒りが大半である。
447 ななし
国営放送見てたけど、森川寝起きっぽくなかった?
449 ななし
>>447
相変わらずホゲってたな。あの時折見せる間の抜けた顔が国営放送じゃないんよ。
452 ななし
>>449
むしろ今日のホゲ川はミスしなかったんだから褒めてあげるべき。
453 ななし
森川さんのいいところは、あくあ様関連の仕事だけはミスしないこと。
455 ななし
>>453
ミスしないだけで褒められるホゲ川wwwww
457 検証班◆07218KADO6
一瞬、ホゲ川が逮捕されたと勘違いした奴 ←
あのさぁ! 事件に関係のない私のことは別にいいじゃん!!
あと最後の奴だけは絶対に忘れないから!! ってよく見たら捗るじゃん!!
他にはなんかないかなと掲示板を眺めていると、画面をスクロールさせていた私の指先がピタリと止まる。
652 ななし
下駄箱は施錠されてるけど、乙女咲のベリル3人組の下駄箱には、お手紙を入れられるシステムになってるよ
654 ななし
>>652
ふぁっ!?
655 ななし
>>652
冗談じゃ済まされねぇぞ?
658 ななし
>>654 >>655
あくあ君とかお昼休みにちゃんとお手紙読んでくれるよ。
流石に限度があって10数枚しか入れらないし、毎回抽選だし、1回入れたら次の投函まで制限されるけどね。
661 ななし
>>658
乙女咲ふざけんなよ!!
663 ななし
>>658
よしっ、2ピー歳だけど、もう一回高校生やるわ。
664 ななし
ベリルは学校でもベリルなんだなぁ……。
う、羨ましすぎる。私もワンチャンもう一回くらい高校生いけるかな?
この前、家で試しにメアリーの学生服着てみたけど、私だってまだまだいけるはず! こんな事を言うと痛い子みたいに思われるかもしれないけど、捗るや姐さんだって念の為に制服を着るのを試したくらいだから許して欲しい。
ちなみに今回逮捕された犯人は、あくあ様達の上履きを盗もうとしたことから番付を破門されていました。
「はぁ……疲れた」
その後も別の収録を終えた私は、ヘトヘトになった体に鞭を打ってエレベーターに乗る。
今日は帰ったら大人しく寝よ……。そんなことを考えていたら途中でエレベーターが止まった。
するとエレベーターの扉が開いた先に、なんとあくあ君が立っていたのです!
えっ……? これって夢? それとも幻?
惚ける私に気がついたあくあ君は、私に向かってニコッと微笑んだ。
あっ、このスマイル、間違いなく本物です。
ど、どうしよう。私は慌てて髪を整える。こ、こんなことなら、もうちょっと気合いを入れて化粧するべきだった。ううん、それよりも私は、なんでこんないい加減な服で出社したのよ!! 適当に服を着たツケがこんなことで帰ってくるなんて……できれば朝に巻き戻して、ううん、前日の夜に巻き戻してやり直したい!!
「お久しぶりです、森川さん。今日はもう帰りですか?」
「う、うん。あ、あくあ君はお仕事かな?」
あくあ君は唇に人差し指を当てると、シーっというリアクションの後に、小さく内緒ですよって言った。
うわああああああああああああ! ちょっとそのリアクションは可愛すぎでしょ!!
私が悪いお姉さんなら、エレベーターを緊急停止させてでも襲っちゃうけど、わかってるのかなあ……。あ、でも、あくあ君の方が力強いから簡単にやり返されそう……。
それにしても密室だからからすごいいい匂いするよぉ。あっ……私、汗臭くないかな? 今日ノースリーブだし、脇汗とか出てたらどうしよう!?
チラリと斜め前のあくあくんを見ると、ポケットから取り出したペンで何かを描いていた。ほっ……どうやら私の汗の匂いとかには気がつかれてないみたい。
あくあ君と私、2人きりのエレベーター、そんな幸せな時間は長く続かなかった。
くっそー、どこの誰よ! スタジオのエレベーターを高速エレベーターに変えようなんて言ったやつ! うちの上司だ!! そしてその理由は、遅刻してくる新人のためだった!! クソがあああああ、私のせいじゃんかあああああああああ! そもそも遅刻してくる新人なんて私しかいないじゃん!!
私、もう絶対に遅刻しない、そう心に誓った。
「森川さん」
「ふぇっ……」
エレベーターから降りようとしたあくあ君は、搬入用の開延長ボタンを押すと振り返って手に持っていた缶コーヒーを私に差し出した。
「よかったら、それ飲んでください。森川さん、喫茶店じゃいつも疲れた時はカフェ・オ・レでしたよね? それ、ちゃんとカフェ・オ・レ味ですから」
「あ、ありがとう」
あくあ君はそれだけ言うと、開延長ボタンを解除して、私に手を振りながらエレベーターを降りて行った。
私はエレベーターの扉が閉まるその瞬間まで、あくあ君をしっかりと目に焼き付ける。
再び下の階へと降りていくエレベーター。私は余韻を味わいつつ、手に持った缶コーヒーへと視線を落とす。
『夜遅くまでありがとう! おやすみなさい!!』
カフェ・オ・レ缶の白い余白のスペースに書かれていた文字を見て、飛び跳ねそうになった。
「あくあ君……これは反則でしょ。こんなことされて、好きになるなって方が無理なんだよ」
一つだけ分かったことがある。
やっぱりアイドル白銀あくあは最高にかっこいいってことと、あくあ君を好きになってよかったと言うことだ。
「よーし! 明日も頑張るぞー!」
その日の帰り道、私は天に向かって両手を突き上げる。
自宅に帰った後、あくあ君からもらった缶コーヒーを他の3人に自慢したら、心の狭い捗ると嗜みから瞬でブロックされた。確かに、羨ましいだろうー、えへへー、1人でベロベロしながら飲みまぁす! なんて調子に乗って言ったけどさぁ。私たち、ちゃんと友達だよね!?
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