幕間 白銀あくあ、男女比1対99の世界で、男たちのBBQが始まる。
ノクタの話が流石に通常盤には落とし込めない話なので、なろうには掲載してない番外編を公開します。
時期的には最初の夏、ヘブンズソードの撮影をしていた時期になります。
俺の名前は白銀あくあ。
ベリルエンターテイメントという事務所にアイドルとして所属している、15歳の高校生だ。
アイドルと言ってみんなが頭に思い浮かべるのは、歌って踊ってライブをしている姿だろう。でも、最近のアイドルはドラマに出たりモデルをやったりと、多種多様な方面へと進出しているのだ。
俺もまたその1人で、今は日曜朝に放送される特撮ドラマ、マスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードの撮影のために、海辺のある街に来ていた。
「流石に暑すぎだろ……」
控室に入った俺は、すぐにドライバースーツのファスナーを開く。
上半身だけ裸になるとすぐに和室の床にへたり込んだ。
「ちょっと、あくあ、流石にそれは無防備すぎ」
俺がへたっていると、同じベリル所属の猫山とあが部屋に入ってきた。
とあは高校の友人でもあり、マスク・ド・ドライバーでは、俺と同じドライバーに変身する加賀美夏希役を演じている。
「はい、これ」
「んぐっ」
とあは棒状のアイスを二つにパキッと割ると、そのうちの一つを俺の口の中に突っ込んだ。
こっ、これは! ……ソーダ味だな。
「アイスうま……」
「やっぱり暑い時はこれに限るよね」
とあは髪を耳にかけると、俺にニコッと微笑んだ。
……やばいな、暑さのせいか、とあがたまに女の子に見える。
いや、実際に俺は最初会った時に女の子だって勘違いして、それでお互いの関係が少し変の方に拗れちゃったんだよな。まぁそれも、とあのカミングアウトのおかげでことなきを得たのだが、俺に取っては先入観で勘違いをしてはダメだといういい教訓になった。
「2人ともいるか?」
メガネをかけたいかにも育ちが良さそうな俺の友人、黛慎太郎が控室に入ってきた。
慎太郎もまた俺やとあと同じようにドライバーの1人、橘斬鬼役を演じている。
「ああ、慎太郎、どうかしたか?」
「なんかあった?」
とあと俺の声がシンクロする。
「さっき本郷監督に、よかったら俺たちも一緒にバーベキューしないかって誘われたんだがどうする」
「いく」
俺は慎太郎の問いに即答した。
やっぱり夏はバーベーキューだよな。肉を食ってパワーつけなきゃ、やってられない。
「うん、僕もいいよ。ところで天我先輩は?」
天我先輩、天我アキラは俺たちより年上の大学生で、同じくドライバーに変身する神代始の役を務める仲間だ。
俺や天我先輩、とあと慎太郎は同じベリルエンターテイメントに所属している。
男女比1対99、この狂った世界では、男性はとても貴重だ。しかも働いていて役者をやっているとなるとますます数が絞られる。当然のごとく日曜の朝でやってる特撮ドラマのオファーなんて受けてくれる男の人もいない。
でも元々は普通の世界で暮らしていて、不慮の事故からこの世界に転生した俺は、前世からアイドルを目指していた。だから俺はそのオファーに飛びついたのである。そして初めての撮影シーン、それを見学に来た3人が、監督を務める本郷弘子さんからのお願いもあって、一緒にドライバーに出演することになった。
「天我先輩ならもうバーベキューの準備はじめてる。肉を焼くのは我に任せろって言ってたよ」
俺は口に咥えていたチューブのアイスを一気に吸い込むと、空になったチューブをゴミ箱に捨てる。
「よしっ、じゃあ俺たちも手伝いますか」
俺が外を出ようとしたら、とあが慌てた様子で俺の腕を掴んだ。
「あ、あくあ! ダメだって! 上ちゃんときて、上半身裸はまずいって!」
あっ……あー、確かにな。鏡に映った自分を見ると上半身裸で、ドライバースーツが脱ぎ掛けだった。
俺は慌てて服を着替えると、アイスを食べ終わったとあと慎太郎を連れてみんなが集まっているところへと向かう。
「あっ、本郷監督、お疲れ様です」
「みんなお疲れ様ー! こっちこっち!」
上下ジャージにサンダルを履いた本郷監督が俺たちを手招きする。
俺たちは他のスタッフさんにも声をかけつつ、天我先輩と監督がいるところへと向かう。
「天我先輩、俺たちも準備手伝います」
「うむ!」
俺たちはスタッフの皆さんと談笑しながら、バーベキューの台やテーブルを組み立てたり、椅子を置いていったり、お箸やお皿をみんなに手渡したりしていく。
本郷監督は情熱的だが優しい人で、どちらかというと褒めて褒めて褒めまくって伸ばしてくれるタイプである。そのせいかもしれないけど撮影現場はかなりアットホームな感じだ。
「じゃあみんな、じゃんじゃん焼いていくから遠慮なく食べてね! あっ、一応ないとは思うけど、未成年がいるから大人たちもお酒は飲まないでね」
「「「「「はーい!」」」」」
俺たちは肉にかぶりついた。滴るジューシーな肉汁にほっぺたがとろけ落ちそうになる。
高校生男子は育ち盛りなのだ。しかもいっぱい汗をかいて仕事をした後の肉はうまい!!
「肉は煙に潜らせるだけ」
出演者仲間の小早川優希先輩は、全くと言っていいほど焼けてない肉をパクパクと食っていた。
えっ? まじ、それ大丈夫なんですか? ほとんど生肉じゃ……。
小早川先輩は、若手女優のトップと呼ばれる人だ。
本当は落ち着いた感じのお姉さんだが、ドライバーではちょっとドジな役をやらされている。
「ご飯あるから、欲しい人は言ってくださーい」
スタッフのお姉さんの声に俺は反応する。
バーベキューにご飯といえば、やはり定番のアレをしないといけない。
「すみませんご飯ください! できれば多めで」
「はい、どうぞ」
俺はスタッフのお姉さんにお皿の上にてんこ盛りのご飯を乗せてもらった。
それを見たとあが、こいつまた何かやらかすつもりじゃないだろうなと、ジト目で俺の事を見つめる。それどころか奥に座っていた慎太郎まで、俺のことをじっと見つめていた。2人とも心配するなって、俺だってそう何度もやらかしたりしないって!
「あくあ……そのてんこ盛りのご飯どうするつもり?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれた。いいか、こうするんだよ!」
俺は手を洗うと、白米を手に取って、手のひらでうまく転がすように握っていく。
そうこれはおにぎりだ。しかしこれはただのおにぎりではない。
「すみません、天我先輩、ちょっと焼くスペース貸してください」
「ああ、いいぞ、そこを使え。それよりちゃんと野菜も食えよ後輩!」
俺はおにぎりに醤油を垂らすと、アツアツの鉄板の上に置いていく。
バーベキューでご飯と言えばやはりこれ、定番の焼きおにぎりだ!!
「嘘……でしょ」
「私、あのおにぎりを食べられたら、もうこの世に未練がないわ」
「最近はちょっとは慣れてきたかなって思ってた自分の頬を張り倒したい」
「さすがはあくあ君、無自覚にとんでもないことしてくる」
「あっ、あっ、あっ……私も米粒になりたい……そしてあくあ様に強く握り締められたい」
「私、明日からおにぎりになる!」
スタッフのお姉さん達が何やらざわめいていた気がするけど、鉄板が醤油をじゅうじゅうと焦がす音のせいで何を言ってるのかは聞こえなかった。
それにしても、焼きおにぎりはこの焼いてる時の醤油の匂いがまたいいんだよな。焼きおにぎりといえば、これだよこれ。
俺は完成した焼きおにぎりをお皿に乗せると鰹節を振る。
「ほら、慎太郎もとあも食えよ」
俺は2人にも焼きおにぎりの乗った皿を手渡す。
ほらほらうまいぞ、食べてみろって! 俺がそう促すと2人は箸で焼きおにぎりを崩しながら食べる。
「はふ、はふ……これはうまいなあくあ」
「うん、おいしいよ、あくあ」
そうだろうそうだろう。そんなことを思っていたら、本郷監督がやってきて、こそっと俺の耳元で囁く。
「あくあ君。よかったらだけど、スタッフのみんなにも焼きおにぎり作ってくれるかな? あっ、焼くのは私がするからさ」
「了解です!」
俺はごま油や塩と一緒に炊飯器のそばに行くと手を上げた。
「焼きおにぎりほしい人ー!」
俺の呼びかけに全員が並んでた。
やっぱりな。さっきのお醤油の匂いにみんなやられちゃったみたいだ。
俺はしゃもじでお米を掬って手のひらに乗せると、一個づつ感謝の気持ちを込めて握っていく。
スタッフのお姉さん達にはいつもお世話になってるし、これくらいしないとな。
「お父さん……お母さん……私を産んでくれてありがとうございます」
「そっか……私、今日この日のために生きてたんだ」
「ありがたやー、ありがたやー」
「この仕事やってて本当によかった」
「本郷監督、一生ついていきます……!」
「もう一年と言わず、ヘブンズソードだけは永久にやってくれないかな」
「掲示板の人たちごめん。私は今からあくあ君のにぎったおにぎりを食べます」
俺はおにぎりを握ると、お姉さんの手に持ったお皿の上に一個ずつ置いていく。
なぜか途中から焼かずにそのまま食べてる人が多かったけど、よっぽどお腹が空いていたのだろうか。
その証拠に、みんな泣きながらおにぎりをゆっくりと噛み締めるように味わっていた。
「あくあ君ありがとう」
「いえいえこちらこそ、あっ、はい、これ本郷監督の」
俺は自分のとは別に、一個取って置いたおにぎりを本郷監督に手渡す。
本郷監督は一瞬びっくりした表情を見せると、ニカッと笑った。
「おぉっ、私の分まで用意してるとはさすがあくあ君、ありがとう!」
本郷監督は美味しそうにおにぎりを頬張る。やっぱりみんなお腹すいてたんだなぁ。
周りを見渡すとみんな基本的に笑顔だったけど、中には泣いてる人がいて、どうしましたかと聞いたら嬉し涙ですと言われた。もしかして朝ごはんとかお昼ご飯とか抜いてたのかな? そんなことを考えていたら、とあにそっとして置いてあげてと言われた。
「こ、後輩……わ、我のは?」
「あっ……」
天我先輩は物悲しそうな顔で俺のことを見つめる。
シンプルに先輩の分を忘れてたなんて今さら言えるわけがない……。
俺は最後に自分用残っていたおにぎりに一旦視線を落とすと、名残惜しそうに天我先輩に向けて差し出した。
「後輩……一緒にくうか」
「はい……先輩」
俺たちは最後の焼きおにぎりを分け合うように2人で食べた。
なぜかそれを見た数人のスタッフのお姉さん達が、バタバタと倒れたが大丈夫だろうか?
暑いし、熱中症には気をつけてほしいな。
何はともあれ、スタッフの人を交えたBBQは、こうして和やかに終わった。
Twitterアカウントです。作品に関すること呟いたり投票したりしてます。
https://x.com/yuuritohoney