白銀あくあ、未来への選択。
国籍不明のドローン機による襲撃。
奇跡的に死者や重傷者は出なかったものの、俺たちがコンサートしていたドームが半壊したように街にはいくつかの傷跡を残した。
たまたまなのか狙ってやったのかはわからないけど、撃墜したドローン戦闘機の半分は海上に墜落、残りの半分は公共の建物へと墜落したらしい。もし、これが狙ってやったのだとしたらものすごい技量だと思う。
「ありがとうございます! 助かりました!」
「おかーさん、本物のヘブンズソードだよ!!」
「やっぱり剣崎は実在したんだ!!」
パワードスーツを着た俺達はそのまま自衛隊と連動して市民の救助活動や瓦礫の除去などを手伝い、夜遅くまで救助活動を続けた。
このスーツを届けてくれたえみりと開発してくれた町工場の皆さんには感謝しかない。後で絶対にお礼に行こう。
「ゲゲゲー!?」
「カノン!?」
「ユメダドンドコドーン!」
「琴乃!?」
ただ、カノンと琴乃にこのスーツを着たまま会いに行ったら、2人が謎の言葉を叫びながら卒倒したのが少しだけ心配だ。楓とえみりは、いつもの発作が起きただけだから大丈夫だと言ってたけど、発作がいつも出るなら素直に病院に行ってほしい。
こうして、羽生総理の迅速な対応もあって、街は一夜にしてある程度の平穏を取り戻したように見えた。
「オーライオーライ! はい、ストーップ!」
「主任、そっち側どうなってますかー?」
「ライフラインの復旧ほぼ完了しました!!」
俺は街の様子を見ながら拳を強く握り締める。
なんで……なんで、こんな事になるんだ。
この世界は俺が居た頃よりも平和だったんじゃないのか?
それなのに、どうして争わなきゃいけないんだ。
「あくあ君の存在はイレギュラーだ。今まで世界は薄氷の上で絶妙なバランスを取っていたが、君という存在は世界にとっては薬でもあり毒でもある。君の存在が抑圧されていた人々の欲を刺激し、それによって争いが起きたのは事実だ」
結達が攫われそうになったと聞いて、俺は羽生総理と隠し事なしの1対1で話をした。
羽生総理も今回の対応で忙しいのにも関わらず、誠意を持って時間を作ってくれた総理には感謝しかない。
「君とカノンさんの子供は双子、それも片方は男の子だ。これが偶然だって可能性も当然ある。いや、むしろ偶然だと思う。でも、例え偶然だったとしても、君という奇跡が起こした事を偶然ではなく必然だと考えるものもいる。むしろその可能性に賭けてる人々がいるのは事実だ。それにしたってこれは愚かな行為だと思う。これは私見だが、スターズが揺れていたようにステイツや他の各国でも、市民達による不満が溜まっているのかもしれない」
自分という存在がこの世界では特別なのはある程度理解していたけど、流石に男の子が産まれる可能性だけで国が動くとは思わなかった。
それくらいこの世界の状況は切羽詰まってるって事か。
確かに女の子が99人も居て、男は1人しかいない世界だ。それで幸せになれる女の子はどれだけいるんだろう。
いくら本能に逆らえない俺が頑張ったところで、流石に何億って女の子を救う事は不可能に近い。
いや……待てよ。
俺は羽生総理との会談を終えると、えみりの部屋を訪ねた。
「えみり、真剣な相談がある。女の子の事について教えてくれ」
「そういう話ならこの私に任せてください!!」
えみりはキリッとした真剣な顔を見せる。
俺はえみりから話を聞くと、自分が考えていた事をえみりに伝えた。
「あくあ様……これは間違いなくこの世界に革命が起こります。私の知り合いに良い業者がいるので相談してみよう」
「わかった」
口だけで世界を救うと言っても、大きな理想を掲げたとしても、それだけじゃ意味がない。
実際に行動に移してこそ、実際に結果を出してこその理想だ。
俺の世界に居た会いに行けるアイドル、それがすごくヒントになった。
「あー様……あー様は本当にそれで良いんですか?」
「あ、あくあ君が別に良いのなら……」
俺はえみりとの話し合いの内容を結と阿古さんの2人に伝える。
顔を真っ赤にして俺の話を聞いていた阿古さんの表情が、初めて会った時の阿古さんみたいで可愛いなと思った。
「願わくばこれで少しは世界が平和になれば良いんだけどな……」
俺は復興する人々の姿を背にして、コンサートをしていたドームへと向かう。
今日、この後、各国の代表者達がこのドームで共同声明を出すらしい。
だから俺はその前に行動に出る事にした。
「みんな、準備はいいか?」
「ああ」
「もちろんだ」
「大丈夫」
俺は慎太郎、天我先輩、とあの顔を見ると、隣に居たえみりへと視線を向ける。
「えみり、ごめん。本当ならこの曲の歌詞は……」
「いいって事ですよ。あくあ様。オペラの部分の歌詞は私に任せてください!!」
俺とえみりのデュエット曲。
ラップを担当する俺の歌詞は、俺の言葉を上手く解釈した慎太郎に書き直してもらった。
それに合わせてえみりが歌うオペラの部分は、えみりの感性に任せることにする。
「阿古さん達や楓達もいいのか?」
「もちろん、何かあったら私が責任取るから!」
「これこそが国営放送の仕事ですから!」
俺は協力してくれたみんなに頭を下げる。
まるでアイドルとして世界に宣戦布告したあの時を思い出すようだ。
俺は準備を進めていた1人の女性に声をかける。
「レニーラさんもありがとうございます」
「いや、むしろ私を誘ってくれてありがとう」
このデュエット曲を作曲した指揮者のレニーラ・バーンズさん、演奏をする日本、ステイツ、スターズ、各国の交響楽団員がこの曲を披露するために、この場所に集結している。
だからこそ彼女達にも協力して欲しかった。
「さぁ、行こう。みんな!」
俺の掛け声で全員が所定の位置につく。
今回のメインは俺とえみりだ。
慎太郎達はオーケストラに混じって楽器を担当する。
「あくあ様!?」
「どういう事だ?」
「ちょっと待ってください。こんなのは予定にないはずでは?」
俺たちの登場に公園に詰めかけた人たちがざわめく。
共同声明が行われる予定のこの場所には既に各国のメディアと、多くの一般市民達が集まっていた。
よし、いくぞ。俺は気合を入れ直す。
俺は放送のランプが点灯するのを待って口を開いた。
「みんな、見てくれ。この後ろにある天井が崩落したドームを。俺は昨日までここでコンサートをしていた」
俺は画面の向こう側に居るみんなにむけて静かに語りかける。
ほんの少しでいい。この思いをとどかせるために。
「みんなとの楽しい時間。本当に最高だった。それなのに、なんでこんな事をするんだ?」
本当に最高のライブだった。
みんながツアーに慣れてきて、三日間のライブを最高の形で迎えられるはずだったのに……!
俺もみんなも、スタッフもファンのみんなもそれを期待していた。
「俺が願う事はただ一つ。この世界が平和である事だ」
俺はマイクを持つ手に力を込める。
「だから俺は理想を吐き続ける。理想を追い求めていく。この世界のアイドルとして、俺がみんなを幸せにしたいからだ!!」
それこそが俺の願いであり、俺がこの世界で見つけた目的だ。
えみりの歌声に合わせて曲の演奏が始まる。
【Restiamo uniti, Braves, tempus est consilium,/勇士達よ。今こそが決断の時だ私と共に行こう】
えみりの歌詞は様々な言語を組み合わせた複雑な歌詞だ。
はっきり言って、俺はそこまで頭が良くないのでえみりが何を言ってるかはわからない。
ただ、えみりの事だから上手くやってくれてるだろう。そう思う事にする。
『Don't turn away/目を背けるな』
『From this folly/この愚かさから』
『NO! NO! Face this reality!/この現実を直視しろ!』
『Is this the right choice for us?/俺たちの選択は本当に正しいのか?』
『I don't like this world/俺はこんな世界は嫌だ!』
『GO! GO! Fight this reality!/この現実から抗え』
慎太郎のピアノ、とあのドラムに合わせて俺はラップを刻んでいく。
『Broken buildings, broken hearts/壊れた建物、傷ついた心』
『What is lost will never come back/失ったものはもう戻らない』
『They never come back/決して還ってこないんだ』
『And you still want to continue?/それでもまだ続けるつもりなのか?』
『How far do you intend to continue?/どこまで続けるつもりなんだ?』
前世で一度死んだ俺だからこそ言える。
あの時に掴むはずだった未来はどんなに願ったところでもう帰ってはこない。
『If someone wants this reality/この現実を誰かが望むというのなら』
『I deny it with all my might/俺は全力でそれを否定する』
『I will not end with the word impossible/不可能なんて言葉では終わらせない』
『I won't end with the word impossible/無理なんて言葉では終わらせない』
この世界も俺から未来を奪うのか?
そんなのはまっぴらごめんだ!
世界が俺の未来を奪うというのなら、俺が世界の未来を捻じ曲げてやる。
『There are things to do before you give up/諦めるより前にやらなきゃいけない事がある』
『Time for all of us to think/今が全員で考える時だ』
『If everyone says it's impossible/誰しもが無理だというのなら』
『I keep telling them I'm not impossible/俺が無理じゃないと言い続ける』
『It's my idol to spit out ideals/理想を吐くのがアイドルだ』
『It's my idol to make ideals/理想を叶えるのがアイドルだ』
『Come on, time to stand up/さぁ、今こそ立ち上がる時だ』
『Good luck for ALL/よりよい未来のために』
いいだろう。
この世界のシステムが女性達を不幸にするというのなら、この俺がそれを覆して見せる。
できるかできないかじゃない! 男が一度やると決めたからにはやるだけだ!!
俺のターンが終わると再びえみりのターンに戻る。
【Restiamo uniti, Bellatores, est tempus pugnae,/戦士達よ 今こそが戦いの時だ私と共に行こう】
【Mea uma mo lenei aso/全てはこの日のために】
【Pour conduire le monde dans la bonne direction/世界を正しい方向へと導くために】
【Ma to tatou ariki nga mea katoa e whakawa/我らの主が全てを裁く】
【La tempo venis/その時が来たのだ】
【Esteja preparado./覚悟を決めろ】
徐々に増えていく楽器の音。それによって演奏に迫力が増し、音に厚みが出てきた。
それらが世界的な指揮者レニーラ・バーンズさんによって一つの大きな音になって集約される。
そしてまた俺のターンだ。
『If someone wants this reality/この現実を誰かが望むというのなら』
『I deny it with all my might/俺は全力でそれを否定する』
『I will not end with the word impossible/不可能なんて言葉では終わらせない』
『I won't end with the word impossible/無理なんて言葉では終わらせない』
もし……もし、この世界に神が居たとして、神は俺に何を望んでいる?
この世界を救うために俺を転生させた?
それともこの世界を終焉へと向かわせるために俺を転生させたのか?
『If everyone says it's impossible/誰しもが無理だというのなら』
『I keep telling them I'm not impossible/俺が無理じゃないと言い続ける』
『It's my idol to spit out ideals/理想を吐くのがアイドルだ』
『It's my idol to make ideals/理想を叶えるのがアイドルだ』
只の人間である俺には神の意思なんてものはわからない。
ただ、一つ言えるのは俺はこの世界を終わらせたくはないって事だけだ。
だったら、やる事は決まってるだろ?
この世界が俺を争いの種にしようとしているのなら、俺がこの世界の平和の象徴になってやる。
それこそが最強の偶像、最高のアイドルだ!!
俺は再びえみりのオペラにスイッチする。
【Þessi dagur er loksins kominn/ついにこの日が来た】
【Tutti i populi, alzati!/全ての人よ立ち上がれ】
【hoc bellum sanctum est/これは聖戦だ】
【ukuvikela okubalulekile/大切なものを守るための】
さぁ、これで最後のパートだ。
俺は歌い出しのタイミングを合わせる。
【Restiamo uniti, Bellatores, est tempus pugnae,/戦士達よ 今こそが戦いの時だ私と共に行こう】
『Don't turn away, From this folly NO! NO! Face this reality!/目を背けるな。この愚かさから。この現実を直視しろ!』
俺のラップとえみりのオペラが重なる。
お互いに共鳴し合うように、まるで歌が一つの大きなエネルギーになっていくようだ。
【Mea uma mo lenei aso/全てはこの日のために】
『Is this the right choice for us?/俺たちの選択は本当に正しいのか?』
【Pour conduire le monde dans la bonne direction/世界を正しい方向へと導くために】
『I don't like this world, GO! GO! Face this reality!/俺はこんな世界は嫌だ! この現実を直視しろ!』
腹の底から力が湧いてくる。
例え1人では無理だとしても、それを願う人が多ければ絶対に叶うはずだ。
【Ma to tatou ariki nga mea katoa e whakawa/我らの主が全てを裁く】
『Now is the time to stand up/今こそ立ち上がる時だ』
【La tempo venis/その時が来たのだ】
『If you say this is the right thing to do/もしこれが正しいというのなら』
【Esteja preparado./覚悟を決めろ】
『The world says it is, but I deny it!/例え世界がそうだと言っても、俺はそれを否定する!』
国籍、人種、性別……なんならオペラにラップ、音楽性の違いすらも超越したオーケストラで俺はこの思いをみんなに届ける。
俺は到着したばかりの各国の代表者達へと視線を向けた。
さぁ、これが俺からの答えだ。お前達はどうする?
俺はもう自分の未来を! この世界の未来を! 選 ん だ ぞ !!
【Für das Überleben der Menschheit/人類の存亡をかけて】
『GO! GO! Fight this reality!/この現実に抗え!』
俺が握り拳を振り上げる。
それに合わせてみんなも拳を振り上げた。
【Ni komencu sanktan militon/さぁ、聖戦を始めよう】
あとは最後の言葉を繰り返すだけだ。
『GO! GO! FIGHT THIS REALITY!/この現実と戦っていく!!』
「「「「「GO! GO! FIGHT THIS REALITY!」」」」」
俺の言葉を繰り返すように、この演奏を聴いていた全ての人の声が重なった。
さぁ、今度は貴女達の番だ。
俺は各国の代表者に向けてマイクを突き出す。
「今、ここに私達、各国代表は改めて世界が平和である事を願う共同声明を行う」
サミットに参加した全ての国による共同の平和宣言。
崩落したドームは各国への戒めとしてそのままの形で保存され、この平和宣言が行われた公園は象徴として、平和を願う人々によって世界平和公園と呼ばれるようになった。
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