私達の戦いはまだ始まったばかりだ。
「聖あくあ教の幹部か……。我が国では、好き勝手やってくれているようだな」
「あら? あなたの国では、宗教の自由は守られてるのではなくて?」
自由の国、ステイツ。
様々な人種が集まるステイツは、個人の尊厳が何よりも尊重されている。
だから宗教の選択にごちゃごちゃ言われる筋合いはないはずだ。
「確かにその通りだ。しかし、その宗教が政府と密接な関係にある場合は話が違う」
「言っておくけど、うちと日本政府は何一つ関係ないわよ? 気になるならご自慢のスパイを使って調べてみればいいじゃない」
調べたところで、聖あくあ教と政府のつながりを証明する証拠は何一つ出てこない。
ただ、うちは私やメアリー様が羽生総理のやる事を予想して動き、政府側は羽生総理が聖あくあ教の動きを個人で予測して動いてるだけだ。
こういう時に考えている事が似てるってのはいいものね。お互いに全くコンタクトを取らなくても完璧な連携ができるもの。
「……羽生総理には同情するよ。お互いに面倒なものを内に抱えていると厄介この上ない」
ローゼンベルグ大統領は自嘲気味に薄ら笑いを浮かべる。
「まぁ、いいさ。どうせこれも全てが無駄になる」
無駄……? どういう事?
ローゼンベルグ大統領の言葉の真意がわからない。
もしかしたらステイツが世界の統一とかふざけた事を考えてる?
いや、それなら私に話す必要なんてないはずだ。
「一応、今回の申し出は私個人による善意だという事を言っておくよ。幼い皇帝に選択肢を与えるためにね。自分で選べる未来は多くあって損はないはずだ。選択肢が与えられなかった私達にとって、未来が選べるというのはとてもいい事だろう?」
「……そうね」
どうやら私の正体が誰かある程度誰か予測しているようね。
体型のシルエットがわからないような服装にシークレットブーツ、唯一見えてる部分もあえていつもとは違うメイクで感じを変えたし、おまけに声帯を閉じて声質を低くして少年のように変えてるのに気が付かれるとは思わなかった。
「ローゼンベルグ大統領……。ありがとうございます。ローゼンベルグ大統領個人の申し出に、私個人としても多大なる感謝を。でも、私はここに残ろうと思います」
「わかりました。どうか、貴女のこれからの人生が健やかなものでありますように、遠く離れたステイツの地から祈っております」
スウ皇帝が頭を下げると、それに対してローゼンベルグ大統領も頭を下げ返す。
ステイツのトップと極東連合のトップがお互いを気遣って頭を下げ合うなんて、表舞台では絶対に見られない光景だ。
「聖あくあ教、君達ならもしかしたら……いや、なんでもない。今回は私個人の行動で、君達にも要らぬ気を遣わせてしまったね。それとうちの外交官のアレは君達に申し訳ないが返してもらうよ。あれでも男だからね。連れて帰らないと煩いんだ」
「好きにするといいわ。ただし、あくあ様の関係者に手を出したらどうなるか……わかってるわよね? 私たちが望む事はただ一つ。あくあ様が健やかにのびのびと過ごさせれる事、ただ一つだけよ」
「肝に命じておこう。うちのバカの行動のせいで君達を刺激してすまなかった。しかし、そのおかげで滅多に出張らない君と少し話せてよかったよ。できれば本物の管理人と話したかったけど、彼女は表に出ないだろうし、そうなると……聖女を含めた残ったメンバーの中では君と一番話したかったんでね」
チッ、やられた。
ローゼンベルグ大統領の目的は最初からスウ皇帝じゃない。
自らがスウ皇帝に接触することで聖あくあ教の幹部と接触する事だった。
どのみち、私が出る以外の選択肢がなかった……いや、私以外の可能性がないようにされたのか。
りのん、りん、みことの3人はカノンさんの方にちょっかいをかけられてるから動けないし、家に残されていた白龍先生やあくあ様の同級生3人のところには粉狂い、調香師、聖農婦が向かっている。二重奏とこよみ、マリアはそもそも動かないし、えみりお姉ちゃんは私やメアリー、羽生総理だとしても計算で量れる相手じゃない。となると残された選択肢の中でキテラやクレアがこの件で出てくるとは思えないし、メアリーは羽生総理とセットで釣り出されている。となると必然的に私しかいない。
「……どうして私だった?」
「さぁ、どうしてかな? 私は小心者だし、臆病者だから君に気がついて欲しかっただけかもしれないね。あぁ、言っておくけど、これは善意じゃない。むしろスウ皇帝を利用しようとしていた大人達と同じ、君を巻き込もうとしてる酷い大人の1人さ」
意味がわからない。でも、彼女は彼女で何かを私に伝えようとしているのだけはわかる。
どうやらステイツにもっと探りを入れる必要がありそうね。
ローゼンベルグ大統領は踵を返して私達に背を向ける。
「私も避難するから、君たちも早々に避難するといい。私としてはこのまま巻き込まれて死ぬのも悪くない気がしてるが、死ぬのは怖いから遠慮しておくよ」
そう言ってローゼンベルグ大統領は私達から離れて行った。
私たちもここでのんびりしている場合じゃない。
「スウ皇帝、私達も避難しましょう。どうぞこちらへ」
「わかりました」
私はスウ皇帝の手を引っ張ると、聖あくあ教の用意してあるシェルターへと向かう。
あっ……。そういえば私とした事が、楓さんにだけ誰も手配してない。ま、まぁ、楓さんだし大丈夫よね。
えみりお姉ちゃんも霊長類最強の女、森川楓に喧嘩を売るバカなんていないよって言ってたし!
◇
「イテテ、食い過ぎかと思ったら普通に食当たりじゃん……。えみりの3秒以内なら落としても大丈夫なんて戯言を信じなきゃよかった。全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか」
私はお腹を摩りながらトイレから出る。
「って、あれ? みんなは?」
もしかして私だけ置いていかれた?
えっ? 流石に泣いていいですか?
「あっ、楓ちゃん。トイレ終わった!? 早く、私達もシェルターに避難するよ!!」
ふぅ、スタッフさんが迎えに来てくれなきゃ、もう少しで国営放送を退社するところだった。
まぁ、こんな時に腹下してトイレに行く私もどうかしてるけど、不思議といつもより冷静なんだよな。
冗談を言う余裕だってあるし、なんなら最近の不調が嘘なくらいパワーに満ち溢れている。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
私達の頭上を戦闘機が飛んでいく。
びっくりした! 国籍不明のドローン戦闘機ってあれの事か。
どうやら、どこかの戦闘機とドッグファイトをしているようだ。
「2人とも、こっちこっち!!」
先にビルを出ていた他のスタッフさん達と合流する。
こんな時もカメラ回してるなんてすごいな。
えっ? しかも生放送だって!?
「どうやらあの戦闘機に羽生総理が乗ってるみたいなの。私達はこのまま撮影するから、2人は避難して!! 大丈夫。この職業に就いた時点で、遺書を会社に預けてあるから」
国営放送ってそんな危険な職場でしたっけ?
ていうか、羽生総理は何してんの!? 普通に国のトップが死んだらまずいんだから避難しなよ……。
「そういう事なら私もお供します!」
えっ? マジ?
私と一緒に居たお姉さんがふんすと鼻息を鳴らす。
しゃーねぇ。そういう事なら付き合うか。
「私も残るぜ。現場を実況するアナウンサーだって必要だろ!」
私達は全員で大きな通りに出ると、空中でドッグファイトを仕掛ける戦闘機の姿をカメラで追う。
「よっしゃー! 1機落としたぞ!!」
羽生総理が乗る戦闘機はドローン機を2機、3機と順調に墜としていく。
しかし、残り2機のうちの1機を墜としたところで異変が起きた。
「せっかく後ろを取ったのに、どうして撃たないんだ!?」
「もしかしたら、ジャムったんじゃ」
「それか弾切れとか?」
どうやらそのどちらかの可能性が高そうだ。
さっきまでと一転して、羽生総理達の操縦する戦闘機が逃げ惑う。
くっそー! 弾さえあればどうにかなるのに!!
そんな事を考えていたら、急に現れた2tトラックがスピンターンしながら私の前で急停止した。
「楓パイセン!」
「その声はえみり! お前のせいで……」
「今はそんなことよりこれです!!」
えみりは私に一本の竹槍を渡す。
お前、まさかこれで私に戦闘機を落とせなんて言わないよな?
流石の私もこれじゃあどうやっても届かないぞ。届けばワンチャンあるけど。
「私が羽生総理に合図するから、楓パイセンは何も考えずに全力で相手の戦闘機に向かって飛ばしてください」
えみりはそう言うと、巨大なライトのようなものを担いで近くの大きなビルに私達を引っ張っていく。
いやいや、流石にあんな速度で飛翔してるものに当たるわけないでしょ!!
「そもそも羽生総理には、どうやって合図するんだよ?」
「山の民専用のモールスサインを使います」
えみりは空中に向かってライトを向けると、ボタンを押して一定間隔でピカピカさせる。
しゃーない。ダメで元々、こうなったらやるっきゃないか。
「でも、同じ草野球チームの小雛タヌキーズに入っているお前なら知ってると思うけど、真っ直ぐは投げられるけど、私は変化球とかコース分けはノーコンだぞ?」
「速球のタイミング撃ちはうまいじゃないですか。それと一緒です!! 何も考えずにタイミングだけ合わせて、真っ直ぐに投げてください!! あとは羽生総理が操縦でなんとかしてくれます。多分!!」
そういう事なら任せて欲しい。
本当はマサイ族よりも視力がいいのに、頭が良く見えそうだからという理由でたまにメガネをかけてる私は動体視力には自信がある。
実際に国営放送の番組で時速170kmで飛んでくる野球ボールも打ち返してホームランにしたり、新幹線の窓に書かれた字も読んで番組自体をぶち壊した事もあるしな。
「史上最強の槍投げチャンピオン南口選手すら驚愕し、あのハンマー投げ超人でもある室臥選手がドン引きした楓パイセンの超人的な背筋力を見せてくれ!!」
「任せろ!!」
えみりのモールスに気がついた羽生総理がターンして真正面から私の方に飛んでくる。
なぜだか知らないけどやれる気がした。
お腹の中から力が湧いてくるような、まるでもう1人の私がいるようなそんな感覚がする。
私は振りかぶると、その時が来るのを待つ。
……今!
「ふんぬらばっ!!」
私が投げた竹槍が綺麗に弧を書いて空を舞う。
確実に当たるとは思うが、ここから先は運だ。
「たーまやー!」
えみりの言葉と同時に、コントロールを失ったステルス戦闘機が墜落していく。
どうやら私の投げた竹槍がたまたまドローン戦闘機の通信にとって重要なところに当たったみたいだ。
さすが私、鉛筆を転がして国営放送に入社しただけの事はある。
なるほど、腹が当たったのは前触れだったという事ですね。
ミサイルも当たれば腹も当たる。明日から私の事はラッキーガール楓ちゃんと呼んでほしい。
「プ、プロデューサー、どうしますこれ?」
「スタジオも掲示板も見ている私たちもドン引きだよ。そんな事ある?」
「ステイツのSNSも、楓ちゃんにだけは喧嘩売るのやめようって言ってて草」
イテテ! また、腹が痛くなってきた。
流石に調子に乗りすぎたか。
「うん……お花摘みに行っています」
「うんこ了解」
せっかく誤魔化そうとしたのに!!
いや、今はそれどころじゃない。私は慌ててトイレへと駆け込む。
みんなの戦いは終わったのかもしれないけど、私にとっての戦いは今まさに始まったばかりだ!!
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