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白銀結、再会。

 サミットが行われている裏では、各国の男性に関係する職種に従事している者達だけで意見交換会が行われています。私もあー様の担当官としてこの会合に参加しました。

 各国が腹の探り合い、ううん、毎回、イタズラ好きの羽生総理に翻弄されてるサミットと違って、こっちの会合は人種や国家の隔たりもなく、むしろ同じ志を持った同志しかいないのでとても和気藹々としています。

 先ほども皆さんと一緒におやつパーティーをしたり、昨日の夜は皆さんでパジャマパーティーをして枕投げして遊んだり、寝る前に好きな男の子トークをしたり、ホスト国としてとても実りのある懇親会をができました。


「それでは、各国のデータを見比べてみましょう」


 大きなスクリーンに映されたデータを見て、各国から驚きの声が漏れる。

 中にはメガネを外して立ち上がると、呆然とした表情でスクリーンを見つめる人たちもいました。


「何ということだ」

「日本に何があった!?」

「年間の献上された生殖細胞の数が過去最高だと!?」

「オゥ……ノォー」

「オー、マイ、ガッ!」

「これは男女比の改善はもちろんのこと、女性達のQOLの改善も見込まれるのではないか?」

「セ・シ・ボーン!」


 司会進行の女性が困った表情で大きなため息を吐く。


「このデータはとある1人の人物が数字を引き上げてるに過ぎません。その人を抜いたデータがこちらになります」


 日本のデータがあー様を抜いたものに差し変わると、一転してため息の入り混じった大きなどよめきに包まれる。


「くっ、やはり彼だけが特別なのか……!」

「いや、よく見ろ。確かにグラフの見栄えは悪くなったが、依然、日本の数字は世界最高を指し示しているではないか!」

「確かに、12月からデータの起源とされている3月までの間に右肩上がりに伸びている」

「なんてうらやま……じゃなくって、これは詳細を知って深く分析する余地がありますね」

「日本の天草しきみ長官、よろしければこのデータに関してご説明をお願いできますでしょうか?」


 私の元上司だった天草長官が皆さんの前に立つ。

 天草長官は結婚して天草の一族を天我さんに引き継いで寿退社する予定でしたが、くくり様の宣言で華族自体が解体されたこともあってその話はなくなってしまいました。


「それでは皆さんに我が国で採用された新しい男性向けの教育学習の教本をお配りいたします」


 みんな配られた教本を開くと前のめりになって視線を左右に動かせる。


「何だこれは!?」

「こんなのが世に出たら興奮した女性達がレッツパーティしてしまうぞ!」

「くっ……こういうのは1日目に渡してくれないと!」

「いやいや、1日目に渡したら、もう他の会議とかどうでもよくなっちゃうから、むしろ最後で良かったのでは?」

「おい、みんな! 801ページを見てみろ!」

「男の娘ってナニ……?」

「これはアレですね。持ち帰って教育学会の方で詳しく研究をする必要があると思います!!」


 あー様の書いた男性向けの教育テキストが世界の皆様に評価いただいて私も誇らしい気持ちになります。


「この教科書を男性にお配りしたところ、データ上で見て分かるように劇的な改善が見られました。特に白銀あくあ氏のような著名な男性があけすけに自らの事を語ったことで、同じ日本人の男性から『羞恥心が和らいだ』『恥ずかしがらなくていいんだと思った』『あくあお姉様のおかげで本当の自分を知る事ができました』と聞いています」


 天草長官の言葉に会場が揺れる。


「なんという事だ……」

「我が国は草食化が進んでいたから、これは革命が起きるかもしれないな」

「男性同士のそういった話は、人類学や生物学など学術的な観点から録音の協力を要請するべきではないでしょうか?」

「みんな興奮して普通に聞き逃してるけど、あくあお姉様ってナニ……?」


 興奮した参加者達が立ち上がり、本に書かれた事について熱い議論を交わし合う。

 私もあー様の担当官として多くの質問を受けました。

 白熱する会議場を冷ますかのように、突如として警報音が鳴り響く。


「何だ?」

「どうした!?」


 私達はお互いに顔を見合わせて戸惑うような表情を見せる。

 そこに数人の女性が駆け込んできました。


「国籍不明の戦闘機がこちらに向かっています! 今すぐにシェルターに逃げてください!!」


 まさかの出来事に私は驚く。

 一体何が起こってるのでしょう?


「さぁ、早くこちらへ!!」


 私は言われるがままに誘導員の人に従って会場から出ようとしました。


「白銀結さんですね!?」

「は……はい」

「怪我をした白銀あくあさんはすでに別のシェルターに避難済みです。さぁ、私が案内しますので、早くこちらへ!!」

「はっ、はい!」


 あー様が怪我……?

 気が動転した私は、みなさんから離れて1人、別の誘導員さんの後についていく。


「こちらです。急いで!!」


 何かおかしいと思ったのは、普段のあー様を見ているからでしょうか?


『何かあったらあくあに避難するように言ってほしい? 無理無理、あいつなら声をかけようとした段階で猛ダッシュで最前線に行ってるわよ。諦めなさい。あいつはそういう人間よ。あんたはそういう男を好きになったの。本当、どうかしてるわ。私と一緒で見る目がないあんたにかんぱーい!』


 年上組で飲んだ時に、酔ってグデグデになった小雛ゆかりさんの言葉を思い出しました。

 私は立ち止まると、バッグの中からスマートフォンを取り出す。


「早く! 急いでください!」

「すみません。一度、本人と連絡がつきそうな人に連絡をさせてください」


 私は通話履歴を開くと、あー様の電話番号をタップしようとする。


「やれやれ、君はこんな簡単な仕事もできないのか。これだから女はダメなんだ」


 目の前から見覚えのある男性が現れる。

 確かアレはステイツのバーンズ外交官。どうしてこんなところに?


「す、すみません。今すぐに」

「いい。君はもうクビだ」


 バーンズ外交官は無表情で彼女を突き飛ばす。

 私は慌てて突き飛ばされた女性の元へと駆け寄った。


「大丈夫ですか?」

「あ、ありがとうございます」


 突き飛ばされた女性の足に大きなあざが出来ていた。

 何でこんな酷い事を……。

 私はバーンズ外交官に対して警戒心を強める。


「さぁ、結。こちらにきなさい。君は利用価値のある女だ。この私が上手に使ってやろう」


 私はバーンズ外交官をキッと睨みつける。

 あー様以外の男性から、下の名前で呼び捨てにされる事に無性に腹が立ちました。


「日本人の私がステイツの貴方の言う事を聞く道理はありません! それに、女性に対して酷い事をする方のところへと行くわけなんてないでしょ!」


 私の言葉に対してバーンズ外交官は両手を広げて呆れたような素振りを見せる。


「日本はステイツと同じ家長制度だと聞いたのだが違うのか? 結……日本ではそれでもいいかもしれないが、お前はステイツに来るのだからステイツのルールに従ってもらわないと困るな。実の父親であるこの私の言葉には無条件に従うべきだ!」


 は……?

 私はバーンズ外交官の喋る言葉の意味をうまく理解できずに固まってしまう。

 もしかして私の翻訳が間違ってる?


「どうやら意味がわからないようだな。私の名前はジェイ・H・バーンズ。ステイツは元よりスターズからの移民が支配する国だ。貴族制のないステイツでは、ミドルネームに貴族名を使う事ができなくてね。その際に私は自らのミドルネームから一文字を取ったんだ。そう、私の本名は、ジェイ・ヘリオドール・バーンズ。君の母親が違法業者から買った生殖細胞の持ち主だ」


 目の前にいるこの男が自分の本当の父親だと知らされて、私は完全に思考がストップしてしまう。


「結……君は白銀あくあを独占したいと思った事はないか?」

「私があー様を独占……?」

「そうだ。カノン・スターズ・ゴッシェナイトや他の妻達に気を遣う必要もなく、君だけが白銀あくあを独占できたらと思った事はないのかと聞いている」


 ……考えなかったわけじゃない。

 あー様が自分だけのことを見てくれたらなんて、女性であれば全員が一度は考えた事だ。


「ほら、私の手を取るんだ、結。私の言う事を聞けば、白銀あくあをお前だけのものにしてやろう。どうせお前も他の女達もあいつの体さえあれば他はどうだっていいんだろ? 何なら、父親である私が特別にお前にお情けをくれてやってもいい。ははははは、お前のような娘に手を差し伸ばしてやるなんて、私はなんて優しい父親だろうか」


 私は父の……いいえ、バーンズ外交官の手を払いのける。


「……私を馬鹿にしないでください!」

「何?」


 私はゆっくりと立ち上がると、目の前の男を睨みつける。


「こんな私でもあー様は素敵だと言ってくれた! それに……他の奥様達を、私にとってのかけがえのない友人達を侮辱する事は私が許しません!!」


 身体だけ? 私達があー様の事を好きになった理由はそうじゃない。


「みんな、あー様のかっこいいところも、かっこ悪いところも知って、その上であー様のする事を支えたいと思ったから結婚したんです。私を……みんなの事を馬鹿にするな!!」


 目の前の男が初めてイラついた表情を見せる。


「はぁ……全く、そういう強情なところは僕に似たのかな。そういえば結……お前、彼の子供を産む事に躊躇っているんだってな」

「なっ!?」


 なんでその事をこの男が知ってるの?

 秘密にしてるわけでもないし、担当官だった時の同僚にも話したりしたけど、みんな口は硬いはずです。

 まさか、どこかで話を聞かれた? ステイツの諜報員は優秀だと聞きましたが、まさかそんな事まで……。


「結、君は彼の子供を産む事で自分が母親や祖母のようにならないかを心配しているんだろう?」


 私は彼のその言葉に何も言い返せなかった。

 それを見た彼が両端の口角を上げて、下卑た笑みを浮かべる。


「結、僕の事を嫌な男だと思っているのかもしれないが、君の体の中に流れている半分の血は僕のものだ。女を道具としか思ってない。子供に対しても何の感情も抱かない。そういう最悪の男の遺伝子なんだという事を理解しているか? そしてもう半分の遺伝子は事情があるにせよ、お前を虐待していた女の遺伝子だ。いいか、結。お前のような女が幸せになれると思うなよ。最悪と最悪の遺伝子がミックスされて産まれたお前が、まともな愛情表現なんてできるわけがないだろ。まさか自分が母親や祖母にされてきた事を忘れたわけじゃないだろうなあ?」


 私はその場にへたり込む。

 あああああああああああああああああ!

 ずっと考えないようにしていた。

 私なんかがあー様の側にいていいのかって。

 もしかしたらいつの日か嫉妬して誰かを傷つけてしまったりするんじゃないか?

 産まれてきた皆さんの子供にひどい事を言ってしまうんじゃないかって……。

 封印してはずの過去の記憶、自分が母にされた事がフラッシュバックする。

 もうずっと忘れていたはずなのに、どうして……。


「結、わかったら私の元に来るんだ。もっと欲望に対して自由になれ。私が本当のお前を解き放ってやる」


 バーンズ外交官は笑みを浮かべると私へと手を差し向ける。

 私は……私は……。


「お待ちなさい」


 聞き覚えのある声に私は振り返る。


「貴様は……黒蝶揚羽。どうしてお前がここにいる」


 スーツを着た黒蝶揚羽さんが私の後ろから現れる。


「あら……この私が長年議員をやっていた事も忘れたのかしら? この最中にステイツがやりそうなことなんてすぐにわかるのよ。数ヶ月のブランクがあるとはいえ、何年もあのふざけた大狸……羽生総理とやり合っていたこの私を舐めないでほしいわ」


 黒蝶揚羽さんはゆっくりとこちらに近づいてくると、私を庇うようにして立ち止まった。

 その凛々しい後ろ姿は現役時代を思い出させるようです。


「バーンズ外交官、一ついいかしら?」

「……なんだ?」


 バーンズ外交官と睨み合った黒蝶揚羽さんは拳を強く握り締める。


「親の遺伝子が悪いと子供の遺伝子まで悪い? そんな事なんてあるわけないでしょ!! 親は親! 子供は子供じゃない! あの人は……あくあ君は私に言ってくれた! 親の罪まで私が背負う必要なんてないと! 例え黒蝶家がそうであったとしても、それは揚羽さんとは違うって!! むしろ同じ親として貴方に言わせてもらうわ。貴方のような子供を愛せない親が、例え遺伝子上の親だとしても親だという資格なんてないのよ!! 苦労して子供と向き合った事もないくせに、後から出てきた部外者が偉そうに言うな!!」


 普段は冷静な黒蝶揚羽さんは珍しく声を荒げると、バーンズ外交官の目の前に人差し指を向ける。

 バーンズ外交官は揚羽さんの勢いにたじろいだのか、無意識のうちに後退りした。


「生意気な……! くそっ、この国の女の教育はどうなってるんだ! 子供が親の言う事を聞くのは当然だろう!」

「当然? 聞き捨てのならない言葉ね」


 バーンズ外交官の後ろからカツンカツンとヒールが鳴り響く音が聞こえてくる。

 誰よりも優雅に登場したその女性はスカートを翻し、口元を隠すように扇子を広げた。


「これだからステイツの男は嫌なのよ」

「……ヴィクトリア・スターズ・ゴッシェナイト。どうして貴様がここに!?」


 ヴィクトリア様はバーンズ外交官の隣を素通りすると、揚羽さんと並ぶように私の少し前で立ち止まる。


「左に同じ。ステイツの考えてる事なんてお見通しなのよ。どうせ、こんなことだろうと思ったわ。まぁ、まさか彼女と予想が被るとは思ってもいなかったけどね」


 ヴィクトリア様は揚羽さんに向かってウィンクする。

 スターズの王女であった時よりも丸くなられた気がしました。


「先ほど、貴方は子供が親の言う事を聞くのは当然だとおっしゃいましたが……その末に、妹達と疎遠になり、大事な妹が本当は嫌だったのに勝手に結婚させようとした馬鹿な母親に何もいえず、その大事な妹達やお婆様、国や国家、国旗までも、とある1人のひどい男に奪われてしまった可哀想なこの私の話を聞いてくださいますか?」


 ヴィクトリア様の冗談に対して、揚羽さんが珍しく噴き出してしまう。


「ふふっ、全てが冗談ではないのですよ。半分は本気ですから。だからあの男には後でちゃーんと責任を取らせないとね」


 あ、あー様、逃げて……。私はヴィクトリア様の笑顔に震えながら、心の中でそう呟く。


「私、今でも後悔してるの。お母様の言う事に少しでも逆らっていたらって。そうしたら、あんな結末じゃなくてもっとカノンが幸せな結末を、何の憂いもなく全員から祝福された幸せな結婚式を迎えられたんじゃないかってね」


 あー様とカノンさんの結婚式は幸せそのものでした。

 でも……その事で生まれた母との蟠り、ああいう結末を迎えた時点で疎遠になってしまう祖国の事を思えば、必ずしも全てがうまくいったとはいえないのかもしれません。

 カノンさんにとっても、ヴィクトリア様にとっても……。


「でも、あの男はまた私の前に現れてこう言ったの。妹に会って直接話をしろってね。バッドエンドさえもハッピーエンドに変える? ほんと、ふざけた男よね」


 ヴィクトリア様は私の方に振り返ると、優しげな笑みを見せる。

 ああ、そうか。立場は違えどヴィクトリア様も私と同じなんだ。だから彼女は私の事を……。


「さぁ、いつまで地べたに手をついてないで立ち上がりなさいな。貴女も私達と一緒であの男にどうにかしてもらったんでしょ? だとしたら、貴女が取る行動はただ一つ。わかってるわよね?」

「今度は私達が彼の、あくあ君の大切にしているものを守るべき番。だから貴方なんかに決して結さんは渡さない!」


 揚羽さんとヴィクトリア様は前を向くと、目の前にいるバーンズ外交官を睨みつける。


「はっ! 何が白銀あくあだ。あいつも所詮は男、この私と同じに違い」

「「違うわ!!」」


 ヴィクトリア様と揚羽さんの言葉がバーンズ外交官の声を遮る。

 私は手に力を込めると、自分1人で立ちあがろうとした。


「そうよ。立ち上がって、あいつに言ってあげなさい!」


 私は背中を押してくれた2人に、同じ男性を好きになった仲間達に笑顔を返す。


「貴女が心から信じ愛した男は」

「私達が未来を託し愛した男は」

「「あんな女を不幸にするだけのクズ男とは違うはずよ!!」」


 私は一歩、また一歩と前を向いて歩く。


「例え貴方に何を言われようとも、私の答えは変わりません。全ての女性を幸せにする。そう言ってくれたあー様を、私は信じて支えたい……。だから私も母も不幸にした貴方の言葉になんか絶対に従わない!!」

「女の癖に生意気な!」


 激昂したバーンズ長官に頬を平手打ちされる。


「結さん!」

「結!」


 揚羽さんとヴィクトリア様がすぐに私の元へと駆けつける。


「どいつもこいつも、女どもが調子に乗りやがって! 白銀あくあとかいう男は自分の女にどういう教育をしているんだ!? 言っておくがステイツの男はお前らの国のような貧弱な男とは違うからな!! その体にわからせてやる!!」


 バーンズ外交官の拳が私たちの方へと向かってくる。

 ああ、ダメだ。殴られる。誰しもが痛みを覚悟して歯を食いしばり目を閉じた。


「あ?」


 バーンズ外交官のイラついた声と、殴られた衝撃音に私たちはうっすらと瞼を開く。

 どうやら、彼と私達の間に入った1人の男性が自らの顔面でその拳を受け止めたみたいだ。


「く……孔雀君?」


 黒蝶孔雀さん、どうして彼がここに?

 確かコンサートのバックダンサーとして帯同はしていたはずだけど……。


「……コンサート会場のドームや、市内はもう大変な事になってる。聞こえるだろ、この音が」


 耳をすませば戦闘機が飛び交う音や、何かの衝撃音や爆発音が聞こえてきた。


「俺は揚羽の事が心配で、あいつからよろしく頼むって言われてここに来た」


 孔雀さんはバーンズ外交官を睨みつける。


「おい、お前……揚羽を、俺の母さんを殴ろうとしたな!!」

「孔雀君……」


 母と呼ばれて嬉しかったのか、揚羽さんは目尻に涙を溜める。

 バーンズ外交官は孔雀さんの言葉に大きな笑い声をあげた。


「ははははははは! だから、どうした? 息子ならちゃんと母親を殴って言う事を聞かせろ! 私もそうやって母という女を教育してきた!」

「俺は……揚羽にとって酷い子供だったかもしれない。でも、決して手をあげたりなんてしなかった。俺は、俺たちは、お前なんかとは違う!!」


 孔雀さんの言葉がイラッとしたのか、バーンズ外交官は再び拳を振り上げる。

 そこに1人の男性が後ろからタックルした。


「孔雀! お前、足早いんだって!!」

「丸男、いいタイミングだ!」


 すかさず孔雀さんもバーンズ外交官の腹部に向かって両手を広げてタックルする。

 2人はなんとかしてバーンズ外交官を抱え込んで床に投げ倒そうとした。


「えぇい、鬱陶しい! 離せ!!」


 2人はバーンズ外交官に何度も殴られたが、それでも決して体を離さなかった。


「私たちも助っ人に」

「ええ!」

「行きましょう!」


 私と揚羽さん、ヴィクトリア様も非力ながら2人を助けようと試みる。

 しかしバーンズ外交官は遠心力を利用して、2人を私達の方へと投げ飛ばした。

 私たちはすかさず2人に駆け寄ると、彼らを庇うように前に出る。


「はぁ……はぁ……全く。白銀あくあとかいうやつはろくな男じゃないな。この国は女だけじゃなくて男までもどうにかしてるんじゃないか?」


 バーンズ外交官は着ていたジャケットを脱ぎ捨ててネクタイを解く。

 そのタイミングでまた誰かが駆けつけた。


「結!」

「あ、天草長官!」


 どうやら私が同じ場所に避難してない事をおかしく思ったのか、気がついた天草長官が私を探してくれていたようだ。


「これは、どういう事ですか? バーンズ長官、事と次第によっては……」

「うるさいな! 全く本当にどいつもこいつも。いいだろう。この私が模範的な父親として、生意気な女子供を特別に躾けてやろうじゃないか」


 バーンズ外交官は再び大きく振りかぶると、詰め寄った天草長官へと拳を伸ばす。

 その拳を横から割り込んだ1人の男性が掴む。


「お前、誰を殴ろうとしているのか分かっててやっているのか?」

「理人君!」


 玖珂理人、羽生総理直属の特任秘書官で、天草長官の旦那様、旧華族六家玖珂家の当主にして玖珂レイラの兄……。確か彼はサミットの方に行ってたはずでは。


「しきみの事が心配でこちらに来て正解だったようだ」


 玖珂理人さんは手に力を込めると、バーンズ外交官を私達のいる方向とは逆方向に投げ飛ばした。


「全く次から次へと、鬱陶しい!!」

「それはこちらのセリフだ。君たちの狙いは白銀結君が持っている白銀あくあの精液、その保管庫の中へとたどり着くためのアクセスコードだろう? 残念だが、お前達がそこに辿り着くのは不可能だ。羽生総理がそこに手配をしてないとでも思ったのかい?」


 ホゲウェーブ研究所、それはあくまでもフェイク。

 あの研究所の地下には、あー様から頂いた精液が全て保管されている。


「さぁ、バーンズ外交官、分かっていると思うがこれは外交問題だ。拘束させてもらう。とはいえ、抵抗するのは君の自由だぞ? ほら、君の国は自由ってワードが何よりも大好きなんだろう?」

「くそっ!」


 玖珂理人さんは上着を脱ぎ捨てると、ボクシングをするようなスタイルでバーンズ外交官にカウンターパンチを入れる。


「バカな! この国の男は軟弱なんじゃないのか!?」

「軟弱? 見てみろ。お前の目の前のどこに軟弱な男性がいる?」


 玖珂理人さんは黒蝶孔雀さん、山田丸男さんへと視線を向ける。


「母を守るために体を投げ出した男、友人を守るために体を投げ出した男、そして愛するものを守るために今こうやって戦っている私のどこが軟弱だというんだ?」


 私達は玖珂理人さんの言葉に頷く。


「うるさい、黙れ!!」


 玖珂理人さんはバーンズ外交官の攻撃を全てかわすと、ボコボコに殴り飛ばした。


「そういえば前に、あくあ君が担任の先生を守ろうとした時の話を当事者から聞いた事がある。彼はこう言ったそうだよ。クソみたいな男を殴った手で先生に触れたくなかったってね。同じ男として、かっこいいと思ったよ」


 その話は私も聞いた事があります。垣間見えるあー様の優しさに胸をときめかせました。

 激昂したバーンズ外交官は三度立ち上がると、激昂して玖珂理人さんに襲いかかる。


「くそがあああああああ!」

「でも、悪いな。私は彼ほど優しくはないんだ」


 玖珂理人さんは向かってくるバーンズ外交官の顎に綺麗な回し蹴りを決める。

 それはまさにどこかで見た事があるシーンだった。


「残念だったな。いつも本物のヘブンズソードとルール無用のスパーリングに付き合わされてるこの私が弱いわけないだろ?」


 な、なるほど……。

 あのあー様とスパーリングしてるのならお強いのも納得です。

 それこそあの霊長類最強と言われた楓さんが、腕力だけじゃ絶対あくあ君に勝てねぇって、滅多に使わない頭を使って悩んだとバナナで糖分を補給しながら言ってたくらいですから。


「くそっ!」


 仰向けになったバーンズ外交官は朦朧とした意識で叫ぶ。


「おい、女! 助っ人を呼んであいつをどうにかしろ! そうしたら後でご褒美をやる!!」


 バーンズ外交官につき飛ばされた女性がその小さな体を震わせる。

 私はゆっくりと立ち上がると、その人のところへと向かった。


「ねぇ……貴女は幸せ?」

「えっ……?」


 私はその女性の元に膝をつくと、震えた手を両手で優しく包み込んだ。


「私はすごく幸せ。ね……どうやったら幸せになれるか、教えてあげよっか?」

「は、はい……」


 私は笑顔を見せると、仰向けになったバーンズ外交官をチラッとだけ見る。


「クソみたいな男なんて捨てる事よ。ね、貴方が本当に好きなのは、どんな男の子なの?」

「私が本当に好きな男の子……」

「おい! そんな奴の言葉に惑わされるな!! 俺の言う事を聞け!!」


 女の子は携帯電話を持ったまま、ゆっくりと立ち上がると、バーンズ外交官の前に立つ。


「わ、私が本当に好きなのは……女の子に手をあげない優しい人です! 貴方なんかじゃない!!」


 女の子は足を振り上げると、バーンズ外交官の大事なところ……股間へとヒールを振り下ろした。


「ぎゃああああああああああ!」


 う、うわぁ……。

 それを見た玖珂理人さん、黒蝶孔雀さん、山田丸男さんの3人が無意識のうちに両手で股間をガードする。


「孔雀……俺、女の子には絶対に優しくしようと思うんだ」

「ふっ、丸男。珍しくお前とまた意見があったな。俺もそうしようと思う」


 真顔になった2人の会話に玖珂理人さんが無言で頷く。


「さぁ、みんな、立ち上がって。これ以上、ここにいるの危険だ。一旦、シェルターに移動しよう!」

「は、はい!」


 玖珂理人さんの声で全員が立ち上がる。

 本当はすぐにでもあー様の元に駆けつけたかったけど、私が行っても足手纏いになるだけです。


 あー様、どうかご無事で……!


 私は心の中であー様の無事を祈りながら、みんなと共にシェルターに向かって走った。

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[一言] ついでだから鼻っ柱へし折って(物理)やりゃよかったに(゜д゜) というか何故悪人は情報収集しないのか(哲学
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