森川楓、勝利宣言。
本日5回目です。
ファッションショーが開幕してから数時間、前半部分のレディースのショーは順調に終了し、いよいよメンズのショーが始まる。
まず最初にスタートを切ったのは、国内ブランドのun la filetteのメンズラインだ。
un la filetteといえば、私たち掲示板の民であれば誰でも知っているブランドの一つだろう。
あの聖書の中であくあ君の隣にいた子が着ていた事から人気に火がつき、プレミア価格での転売が横行。従来の値段で売っていては生産が追いつかない状態になったので、経営者の方が思い切って高級ブランドへと路線を変更しました。そしてこの新たに始めたメンズラインも、そのプロジェクトの一つとされています。
「えっ、嘘……!?」
「最初からかましてきたわね」
「あの子って、アイドルの……そうだよね?」
どよめいた観客席、私の周囲の報道席も出てきたモデルの姿を見てざわめく。
まず最初に出てきたのは、メンズの服を着たアイドルの月街アヤナだった。
別にメンズ服のショーだからと言って、モデルが男性でなければいけないと決まっているわけではない。
実際に男性モデルは希少で、多くの人数を確保することはとても困難なことだ。故にメンズ服のモデルの大多数は男装した女性たちなのである。
それでは何故、それを見たみなさんが驚いたのか? それは月街アヤナの男装クオリティが非常に高かったからだろう。長かった髪を違和感なく纏め、そのウォーキングやポージングも男性を意識させるものでした。
「このクオリティなら表紙で使うのもありかな」
「次の月9にも出るという噂があるし、勢いもあるし、彼女、キテるわね」
元々のサバサバとしている性格と、それでいて時折見せるアイドルとしての可愛らしい面がある月街アヤナは、女性人気が高いことでも有名でしたが、これでますます人気が出るのかもしれませんね。
その後もクオリティの高い男装の麗人たちがun la filetteのランウェイを彩っていく。
元々レディース服としてフェミニンな服を作っていたun la filetteは、自身のブランドのポリシーそのままに、あえてその全てを女性モデルを登用することで、ブランドの世界観を表現することをやり切ってしまいました。
この後に出てくる国内の下手な男性モデルを使うことへのアンチテーゼをも表明したのかもしれません。
「un la filetteは、レディースのショーで例の雑誌のあの子を使いたかったみたいですけどね。断られたって情報があったので、何としてもメンズでインパクトのあることをやりたかったんでしょう」
私の隣にいた現場のプロデューサーは腕を組んでショーを見つめる。
「ヘッドライナーだからこそ気合い入れたんでしょうけど、この後の他の国内ブランドとしてはたまったもんじゃないわね。海外のモデルはまだしも私達の国のモデルはそこまで仕事に対する意識が高くないから」
プロデューサーの予言通り、その後は国内のブランドが続きましたが、どれもパッとしませんでした。
それでも男性モデルの登場に会場の女性達はそれなりに沸いていましたし、ショーはボルテージの高さを保ったまスターズのブランドのランウェイへと移行していきます。
「すごい……」
やはり世界に名だたる高級ブランドを多く輩出しているスターズのコレクションは圧巻でした。
メンズ服を着こなす女性モデルのスタイリングも素晴らしく、洗練されたウォーキングの美しさに目を惹かれる。
自国の女性モデルも何人か参加していましたが、やはり国内でもトップクラスの人達だけが登用されているということもあって、国内ブランドで登用された自国の女性モデル達とのクオリティの違いは、私のような素人目線で見ても明らかでした。
そしてそれ以上に、ショーの最初や最後に登場する海外の男性モデル達に会場が湧く。
彼らのクオリティは女性モデルと比べると劣りますが、国内の男性モデルより遥かに意識が高かった。
「やっぱりスターズのコレクションは凄いわね。本国で行われるものと比べるとクオリティは落ちるのでしょうけど、それでもここにきた多くの女性達や、画面の前の多くの女性達に感動を与えたことでしょう。それに……もしかしたらこの放送を見た男性の人が、こういった仕事につきたいと思ってくれる人がいるかもしれません」
プロデューサーは、丸めた台本を握る手に力を込める。
世界的な超大国のスターズと私たちの国の間とでは、未だに多くの隔たりがあります。
例えば男性の社会進出においても、日本よりスターズの方が遥かに多いです。
スターズは男性が働きやすいための社会インフラの構築、働く男性の意欲向上など、そういった面で国をあげてサポートする事に対しての余念がありません。
その一方で保守傾向にあるこの国では、まず最初に男性を守ると言うことが前提にされています。
もちろんそれでも今日参加した男性モデルの人たちのように働く事を選ぶ男性もいますし、仕事に対して真摯に向き合っている男性が必ずしも少ないわけではありません。
それでも……今、この瞬間、このショーのランウェイの中で、私たちはスターズという大きな国に、まざまざとその差を見せつけられたのです。
それを見て悔しく思ったのはプロデューサーだけではありません。きっと会場に詰めかけた何人かの人たち、画面の前でショーを見ている何人かの人たちも同じ感情を抱いている事でしょう。何故ならこの私もまた、ショーを見て悔しく思ったからです。
「私たちももっともっと頑張らなきゃいけないわね」
ショーの終わりに、プロデューサーは悔しさを噛み締めながらつぶやいた。
予定されていた最後のモデルがランウェイから捌け、表向きに記載された全てのプログラムが終了しました。
しかし、ショーが終わるのと同時に、ランウェイを照らしていた照明が落ちる。
「え、何? 停電?」
「これも演出? サプライズとか?」
会場がざわめく。
それと同時にバックの巨大ディスプレイに、COROLLES HOMMEの文字が浮かび上がる。
スターズのブランドの中でも若者に人気のトップブランドの一つ、コロールのメンズライン発表を表す文字に会場中から大きな歓声が上がった。
これはサプライズショーだ。コロールはレディースのショーとしては参加したが、メンズのラインが出る事は報道関係者にも知らされていません。唯一、このショーを中継する私たち国営放送の一部のスタッフの間だけに知らされてた事です。
「きゃあっ!」
観客席の誰かが声を上げた。
つばの広いハットを目深く被った男性のモデルがランウェイの最奥から現れると、皆が目を見開いて彼を見つめる。
素人目に見ても、彼は最初から他の男性モデルとはクオリティが違っていました。
今までに出た女性のモデル達とも遜色のないウォーキング。服の上からでもわかる引き締まった筋肉のついた男性の体、すらりと伸びた手足と180cmはあるであろう高身長、そして何よりも彼は顔を隠してただランウェイを歩いているだけなのに、その身に纏う空気感に周囲を惹きつけてやまない華やかさがあったのです。
シンプルなモノトーンの装いはどこか孤独で、それでいて気高さも感じるような孤高の開拓者のようにも感じられました。まるでこれまでのショーが全て前座だったのではないかと思うほど、観客席も報道席もデザイナーのジョン・スリマンとモデルの彼が作り出すその世界観に没頭させられていく。
「嘘……」
気がついた時には、私は小さく声を漏らしていました。
おそらくこの段階で気がついた人はほんの数人くらいしかいなかったでしょう。
私だって、最後にコロールのメンズラインの発表で一人の男性がランウェイすることを聞かされていましたが、その人物はスターズの人が起用されるものだと思っていました。それでも彼女だけはこの事を知っていたのかもしれない。
ほんの一瞬、私が観客席の最前列へと視線を向けると、私の友人も彼の事に気がついたのか、口を半開きにして間抜けな面を晒していました。おそらく彼女も知らなかったことなのでしょう。それほどまでに私の友人、カノンの反応はとてもわかりやすかったと思います。幸いにも今はカメラも観客席からの視線も全て彼一人に向いている状態だから、今のうちにその王女殿下らしからぬ間抜け面をどうにかしなさいよと、カノンに向かって心の中で呟いた。
「ねぇ、あれって」
「嘘でしょ!?」
前から見ると帽子のツバの広さで顔が隠れているけど、モデルの横顔を見た手前の観客席から順番にざわめきが一つの大きな波のように広がっていく。
そしてその大きなウェーブのピークは、彼がランウェイの端でポーズをとった時でした。
帽子から覗く彼の顔をカメラが捉えるのと同時に、規制線を引かれた外から悲鳴にも近い大きな歓声が上がる。
「きゃぁぁぁあああああ!」
「あくあくーん!」
「あくあ様ー!」
おそらく規制線の外側にいた女性達は、手持ちの携帯でネット中継の画面を見ていたのでしょう。
この日、1番の大歓声に会場が揺れる。
気がつくと私の頬からは一筋の涙がこぼれ落ちていました。
私だけではない、隣にいたプロデューサーも、ショーを通してスターズに対して悔しい感情を抱いた会場の全ての女性達が感動で涙を流したのです。
この国には、白銀あくあがいるぞと。
まさしく最後の最後で一矢を報いたのかもしれません。
彼がその身に纏ったのはスターズのブランドの服でしたが、その堂々たる姿は服の素晴らしさにも全くと言っていいほど見劣りしていませんでした。
「あくあ君……」
嬉しさでこぼれ落ちてきた涙を私は噛み締める。
私たちの国とスターズの友好を記念して行われたそのショーのクライマックスに、まさしく相応しいランウェイでした。
大歓声とともに大きな拍手が巻き起こる。
最後に現れたデザイナーのジョン・スリマンとあくあ君の二人で会場にお辞儀をして、今度こそ本当に奥へと引っ込んでショーの幕が下ろされました。
「森川さん、森川さん」
イヤホンから聞こえてきた声に、私は慌てて涙を拭って声を振り絞った。
「はい! 会場の森川です!!」
プロのアナウンサーなのに少し声が上ずってしまった。
しかし反省なんてしている暇なんてない! あくあ君がやり遂げたように、私は自分の仕事に集中する!!
「森川さん、最後に……最後に、凄いことが起こりましたね!」
「はいっ。最後は会場が一つになって、私も思わず感動で震えてしまいました」
「楓ちゃん。どうでしたか、生で見た今、噂の白銀あくあさんは?」
「いやぁすごかったです。私もドラマの映像では見たのですが、やっぱり生となると違ってましたね。オーラとか華やかさとか」
「くぅっ! 本当に羨ましい! 森川さん、今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました。会場からは以上です。森川楓がリポートしました」
私はカメラの前に手を振る。
そこで今日のリポーターとしての私の出番は終わったが、報道関係者としての私の仕事はまだ終わらない。
「インタビュー、取りに行くわよ!!」
プロデューサーの一言で、私たちは慌てて移動する。
今日参加したモデルさんやデザイナーさんからインタビューをとるのも私の仕事の一つだ。
私たちは報道陣しか入れないエリアへと足を踏み入れると、ショーを後にする人たちにマイクを向ける。
とは言っても中には対応してくれない人もいます。今日のヘッドライナーを務めたアイドルの月街さんなんかは、一見して素っ気なさそうに見えるけど、実際にマイクを向けるとちゃんと答えてくれる人だ。しかもアイドルらしく、ちゃんと愛嬌まで見せてくれる。それでも女性モデルの中にはこういう事に素っ気のない人も多い。でも、それ以上に男性モデルの人はスルーされる。ただ、今日に限っていえば、何人かの海外の男性モデルの人は一言二言、私たちの投げかけるインタビューに答えてくれた。
「あっ!」
誰かが声を上げる。
通路の一番奥から現れたのはあくあ君でした。
多くの人がシャッターを切り、集まった報道陣のカメラとマイクのほとんどが彼1人に向けられる。
誰しもが彼のことを見ていた。
「白銀さーん!」
「すみません、一言もらえませんか?」
多くの報道陣が彼へと言葉を投げかける。
国内の報道陣だけではない。海外の報道陣も同様にあくあ君からインタビューをもらおうとマイクを差し出した。
「ありがとうございます、お疲れ様です」
警備の人たちに囲まれたあくあ君は、一人ずつマイクをむけてくれた人やカメラに視線を向けてお礼を述べていく。
途中笑顔を見せたり、手をあげたり振ったりと他の男性モデルにはない愛嬌の良さに、取材陣からも笑みが溢れた。
それでも止まるわけにはいかないのか、申し訳なさそうに苦笑してゆっくりと出口に向かって歩いていく。
私もダメ元で、目の前に近づいたあくあ君へと言葉を投げかけてみた。
「国営放送の森川です。白銀あくあさん、カメラの向こうの皆さんに何か一言だけでもいただけないでしょうか?」
「えっ?」
なんと、あくあ君は、私の顔を見るとその場に止まってくれたのです。
チャンスだと思った私は、あくあ君の方へと手に持っていたマイクを向けた。
するとあくあ君は、警備の人に一言すみませんちょっとだけと言って、私のインタビューに応じてくれたのです。
「まず最初に……今日のこのショーに出演させてくれたコロールさんとデザイナーのジョン・スリマンさんに感謝の言葉を伝えたいです。このランウェイのために尽力していただいた全てのスタッフの皆さんや、後押しをしてくれた事務所の社長やスタッフ、家族にもありがとうと言いたいです」
あくあ君とは喫茶店以降は会えていなかったけど、私の知っていたあくあ君はあくあ君そのままだった。
私だって、あくあ君が色々とこういうお仕事をしていくうちで、もし、変わっていたらどうしようと思っていなかったわけではない。
でも彼はまず、カメラを通して感謝をすべき人たちに感謝の言葉を投げかけたのだ。それもさも当然のごとく。
「そして今日、ショーを見にきてくれた皆さん。中には会場に入れなかった人もいたと聞いていますが、長丁場のショーを最後まで見ていただいてありがとうございます。もう外も暗いのでどうか気をつけて帰ってくださいね。報道陣の皆さんも長い間、最後までお疲れ様でした。ありがとうございます」
会場に入れなかった人たちへの配慮はもちろんのこと、私たち報道陣への労いの言葉に、周りのマスコミ関係者も感動で言葉が詰まってしまう。
私は声を振り絞り、あくあ君へと感謝の気持ちを伝える。
「こちらこそ、素敵なショーに、私たち報道陣も、ショーを見ていた皆さんもとても感動したと思います。最後に、突然のインタビューに答えてくださってありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございます」
はにかんだあくあくんは私の方へと手を差し出す。
私は一瞬どうするか悩んだが、差し出されたあくあ君の手を握り返した。
フゥゥゥううううう!
あくあ君の少しゴツゴツとした男らしい手のひらに、まだインタビュー中にも関わらずキュンとしそうになった。
固まってしまった私に、少し前に出たあくあ君が小さな声で喋りかける。
「前に喫茶店に来ていた森川さんですよね?」
私はあくあ君の言葉に、声を詰まらせて動揺した。
確かに私は当時あの掲示板の検証班の一人として、何度か喫茶店を訪ねたことがある。
だけど職業柄、念のためにメガネをかけたり、髪型やメイクの雰囲気を変えたりした。
それなのにあくあ君は、数えるほどしか会ったことのない私に気がついてくれたのです。
「まさかこんな所で会うなんて思ってもいなかったので、さっき声をかけられた時はびっくりしました。あれからお店の方にはあまり行けてなくてすみません。また、よかったら声かけてくださいね。それじゃ」
あくあ君は、私に向けて再度お辞儀をすると、他の報道のカメラに向かっても手を振って笑顔を振りまく。
私はまだ仕事中にも関わらず、手にマイクを握ったまま固まってしまった。
推しに認知されていた事を知ったのも嬉しかったし、それ以上に全くと言っていい程に変わっていないあくあ君に心が震える。私は頭の中に浮かんできた友人のあのセリフを借りて、満ち足りた自らの心の奥で一人叫んだ。
ティムポスキーちゃん、大勝利! ってね。
次22時投稿でラストです。




