白銀あくあ、広島コンサート。
この世界は俺の居た世界にそっくりだが、完全に一緒というわけではない。
例えば今回のコンサートで使用するドームがある場所は、俺の居た世界では平和公園だった。
でも、この世界の日本は原爆を落とされていないから、ここには資料館も慰霊碑も何もない。
教科書で聞かされた時は漠然としてたけど、こうやって広島に来てそこに住む人の顔を見ると、色々と考えさせられるものがある。
ただ、みんなが平和に暮らしているのを見て、原爆で苦しんだ人が居ないんだって思うと、心が少し穏やかな気持ちになった。願わくはもうそんな原爆が使われる事があって欲しくないって思う。
「みんなー! 今日はコンサートに来てくれてありがとう!!」
とあは汗を流しながら、観客席に手を振る。
最近は壁にぶち当たって悩んでたみたいだが、どうやら吹っ切れたようだ。
「ほら、もっともっと! 声が枯れるまで!!」
とあは観客席の間に設置された通路になったステージをぐるりと回りながら、みんなを煽っていく。
最初、阿古さんから4人でのライブツアーを提案された時は心配もあったが、とはもちろんのこと、慎太郎や天我先輩もライブをこなすたびによくなっている。
この分なら、全国ツアーを完走し終わった後には、個人としてもBERYLとしても大きく成長できるだろう。
俺も負けていられないな。
「はぁ……楽しかった今日のライブも、もう終わりかー」
とあが悲しげな表情でため息をつく。
「終わらないでー!!」
「ずっとやってていいよー!」
「とあちゃん、悲しまないで!!」
「アンコール! アンコール!」
アンコールはちょっと気が早いな。
せめて最後の曲を演るまで待ってくれ。
「もう明日で最後なんだよ。みんな、どうする?」
ステージの中央に戻って来たとあが、俺たちへとマイクを向ける。
「俺はまた広島焼きだな」
「それ、さっきも食べてたじゃん」
観客席からファンのクスクスと笑う声が聞こえる。
「いやだって、本当に美味しいんだって」
「大阪行った時も思ったけど、あくあって粉物好きだよね」
「おう!」
そういえばこの前、不祥事でアイドルをクビになったら、えみりと一緒にお好み焼き屋さんかたこ焼き屋さんをやるよって家族のみんなと話してたっけ。
なんでそんな会話になったのかは忘れたけど、俺とえみりと楓の3人だけは不祥事に気をつけておいた方がいいわよって小雛先輩から言われた。
「そういえばお好み焼きを食べに行った時、天我先輩と慎太郎がさ。ぷぷぷ」
「あぁ、アレだろ。慎太郎のメガネが曇りすぎてて、口に運ぶ時に目測を誤って唇を火傷しかけたのと、天我先輩が青のりを振ったら、蓋が外れて大惨事になったやつな」
観客席から、慎太郎の火傷を心配する声が聞こえてくる。
幸いにもちょっと火傷しただけだし、唇の火傷はすぐになるから大丈夫だった。
落ちてきた青のりも、4人と同行したマネージャーやスタッフのみんなの広島焼きに分け合って食べたし、それはそれでいい思い出になったと思う。
「そういえば天我先輩は結局、初日のライブ後に尾道へラーメンを食べに行ったんですか?」
「いや、流石に時間がなくて断念した。その代わりに市内でラーメンを食べたけど美味しかったぞ!!」
なるほど。ラーメンも悪くないな。
ライブはめちゃくちゃカロリー使うし、味の濃いラーメンは美味しそうだ。
「正直な話、ライブが三日しかないの短くない?」
観客席からも「短い!」「もっと居て!」という声が聞こえてくる。
「それじゃあ僕達が高校卒業したら、もっと長いスパンでくる? 三日じゃ行きたい所にもいけないよ」
「それな! 俺はアリだと思うけど、その分、スタッフさん達も長く滞在しないといけないし……だったら、ライブが終わった後は現地で解散して、それぞれプライベートで遊んで帰るのはアリだと思うんだよ」
警備の問題はあるかもしれないけど、それはまぁ、どうにかするとして、今回なんてお嫁さん達はアイ以外は全員来てるし、家族だって揃ってるのに残念ながらほとんど自由時間がなかった。それこそ時間にもっと自由があったら、アイも連れてきてみんなで観光したかったな。
北海道でも、福島でも、三重でもそこは少し残念に思ってる。
やっぱり、せっかく来たんだから、もう少しだけ観光して帰りたいよな。
「とはいえ、学校があるから仕方ない」
「誰かさんは停学してて出席日数足りてないもんね」
とあのツッコミに観客席のファン達も笑い声を漏らす。
仕方ないだろ。生きてたらそういう事だってある。
「もし、この後も広島に残るとしたら、例えばライブが終わった後に一週間くらいお休みがあったら、みんなはどうする?」
おお! 珍しく慎太郎からみんなに質問が投げかけられる。
慎太郎はBERYLのライブでトークをする時に、自分から話題を提供する事はほとんどない。というか初めてじゃないか? 慎太郎の成長に俺は目を潤ませる。
「我はあそこに行きたいな。しまなみ海道」
「あっ、いいんじゃない? あそこって確か自転車とかが通れるところだよね」
「みんなで自転車漕いで愛媛県まで行くか。4人乗りの自転車とかよくない?」
「……何か嫌な予感がするのは僕だけだろうか?」
慎太郎はメガネを心配する素振りを見せる。
確かにそのメガネ、今までの流れだと俺が調子に乗ってスピードを上げすぎた結果、風で飛んで海の藻屑になりそうだよな。
「あっ、それなら、尾道も行けるんじゃないですか? 確かしまなみ海道から近いよな?」
俺はファンに向かって質問を投げかける。
するとみんなから「近いよー」って声が返ってきた。
「じゃあ、ライブが終わった後、4人でこっそり尾道行ってラーメン食べて、自転車漕いで愛媛まで行く?」
「そのまま愛媛でみかん食って、宇和島からフェリーに乗って九州上陸するか?」
「うむ。悪くないな。そこから福岡までぐるりと回って、山口県でフグを食べて戻ってこよう」
「1週間どころか、1ヶ月は帰ってこれない気がしているのは僕だけだろうか?」
慎太郎の言う通りだ。
なんならその後も寄り道して帰りそうだから、もしかしたら年が明けちゃうかもな。
「お金とか泊まるところとか交通費や食事代はどうするのさ?」
「路上ライブやっておひねり貰うのとかどう? 俺、実はこっそりベリルには内緒で路上ライブをやろうと思ってるんだよね」
とあは、またあくあがとんでもない事を言い出したという顔を見せる。
「阿古さーん! 琴乃おねーちゃーん! ここにまた新しい問題を起こそうとしている人がいまぁーす!」
「いやいや、冗談だから。いや、冗談じゃなくて本当の話だけど、ちゃんと2人には言ってるから安心してくれ」
路上ライブはあくまでも俺個人のライブ活動であって、BERYLとしてではないので、みんなにはずっと黙っていた。
個人的に、一度でいいから路上ライブをやってみたいんだよな。
自分で言うのもなんだが、俺はトークも歌も1人である程度回せる自信がある。
有名な歌手でも路上の流しをやってる人はいるし、ファンとあの距離感で演るライブは他にはないので、阿古さんと琴乃には真剣にやりたいって相談した。
「ふーん、そうやって、あくあは僕達を捨てるんだ。僕達との事は遊びだったの?」
「ちょっと待って、その言い回しは人聞きが悪いから!」
ファンのみんなから悲鳴に近い声が聞こえる。
「あくあ君。みんなを捨てないでー!」
「あくあ様、遊ぶなら私にしてー!!」
俺は両手で抑えるようなジェスチャーをファンのみんなに見せる。みんな、落ち着いて。
流石にこれはフォローしておく必要があるだろうと思った俺は、マイクを手に取ってファンのみんなに優しい声のトーンで語りかける。
「別にBERYLをやめるってわけじゃないから、落ち着いて欲しい。ただ、今日のライブもそうだけど、とあや慎太郎、天我先輩もすごく頑張ってくれてるし、俺もBERYLの1人として、もっともっと実力をつけて頑張りたいなと思っただけなんだよ。ね。それだけの事だから安心して」
俺の言葉にファンのみんなも拍手を返す。
いい頃合いだと思った俺は、とあや慎太郎、天我先輩に目で合図を送る。
「それともみんなは俺の言う事を信じられないのか?」
ファンのみんなから「そんな事ない」「ずっと信じてる」と声が返ってくる。
その間に3人はそれぞれの楽器が置いてある場所へと向かう。最後の曲はバンド形式の曲だからだ。
「ありがとう、みんな。みんなが俺の言葉を信じてくれたお礼に、明日公開される予定の新曲を披露します!」
俺の言葉に、ファンのみんなから大きな歓声が返ってくる。
歓声が少し静まったタイミングを見計らって、俺はイントロに合わせて歌う。
『心、折れても立ち上がる。苦しみ、悲しみ、全てを乗り越えて』
明日から切り替わるマスク・ド・ドライバー、ヘブンズソードの新曲だ。
この曲の歌詞は、俺達4人はもちろんのこと、作品を知り尽くした監督の本郷監督にも参加してもらっている。
『人を愛する事を知った。寂しさを埋めてくれた。大事なものは心の奥。滲んだ視界に決意を込める』
4人でリレーをするように歌を繋いでいく。
月子を失って悲しみに暮れる橘。居候している南家に迷惑をかけないために再び孤独になった神代。SYUKUJYOから離れ単独で行動をする夜影。田島司令の代わりに新しいSYUKUJYOの司令になって、バラバラになりそうなみんなをなんとか繋ぎ止める加賀美。橘さんの代わりに闇の力に侵食されながらもチジョーと戦う剣崎。
この歌詞には、そんなみんなの本心が綴られている。
『例え明日が絶望だったとしても、君が心にいてくれる。世界に誓った。俺達が未来を切り開くと』
前半部分を慎太郎と天我先輩が、後半部分をとあと俺が歌う。
それが終わると4人で歌うターンだ。
『心、強く、顔をあげる。弱さ、未熟さ、全てを認めて。必ずくるとは限らない明日。最後は君と共に、どこまでも行ける気がする。たった一筋の光を目指して、未来を掴み取るために』
絶望の2nd ROUNDを超えたその先に未来があると暗示する。
ヘブンズソードの2nd ROUNDは前半と違って、後半はヤキモキした人が多かったと思う。
『俺達がいる限り、太陽はまた昇る。例え暗闇に世界が覆われていたとしても。どんな状況でも道はあるんだと。お前が俺に教えてくれた』
天我先輩のギターパフォーマンスが心地いい。
春香さん見てるか? あんたの旦那、クソカッケェよ。
俺は盛り上がり合わせて、ファンを煽って手拍子を求める。
『俺達なら行ける。いつだって背中にお前達を感じているから。最後までありがとう。後は俺に任せろ』
最後は再び俺のソロパートだ。
俺はBERYLのみんなとファンのみんなにパワーをもらって気合を入れる。
『心、穏やかに、君に向かって進んでいく。困難、絶望、全てを乗り越えて。ただ一人、孤独に沈む君の元に。手を伸ばしたいから』
最後の歌詞に込められた剣崎の覚悟。
俺は最終話の脚本を知っているから、この歌詞を聴いてすごくしっくりきた。
やっぱり、剣崎は誰にとってもヒーローなんだよな。
俺も剣崎に負けないように頑張らなきゃいけないなと思った。
【マスク・ド・ドライバー ヘブンズソード FINAL ROUND 開幕!】
最後にモニターに大きく出た文字を見てファンのみんなが湧く。
「明日の朝、今から数時間後にこの曲が公開されます。よかったらそちらも見てください」
俺の言葉にファンのみんなが更に大きな歓声を返す。
「みんな、今日は本当にありがとう! えっ? 締めの挨拶が早い? 実は会場をレンタルしてる時間が結構ギリギリなんだよね」
本当の事だから、裏ではスタッフさん達が慌ただしく動いている。
とはいえ、これでファンを帰すわけにもいかない。
「だから、みんな。この勢いで一気にアンコールも行くぞ!」
もう終わりだと思っていたファンの子達が一転して悲鳴に近い歓声を上げる。
「最後はヘブンズソードメドレーだ! その代わり、明日は絶対に見てくれよな!!」
もちろんヘブンズソードのメドレーは大いに盛り上がった。
なんとか終了時間にもギリ間に合ったし、これもギリまで引き延ばしてくれたスタッフのみんなのおかげだよ。
こうして広島コンサートの二日目は無事に終了した。
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