BERYL、それぞれの想いを胸に!
黛→とあ→天我先輩→あくあの順番です。
全国ライブツアーもついに五つ目の広島だ。
「黛君、明日からライブなんでしょ? 頑張ってね」
「ああ」
淡島さんの言葉に僕は相槌を打つ。
ヘブンズソードとの共演をきっかけに、僕は彼女の事が気になりはじめた。
そしてあの一件があってからは、こうやってたまにプライベートで会って話をしたりしている。
「淡島さんもお仕事、頑張ってください」
「うん! 頑張る!!」
ドラマで恋人役になったからだろうか。
どうにも淡島さんの事が気になって仕方がない。
それこそ、いつもはキリッとしていて完璧なのに、少しおっちょこちょいなところとか……。
「淡島さん……それ、逆じゃない?」
「あっ……」
お箸を逆さまに使っていた事に気がついた淡島さんは顔を赤くする。
そのお箸、どっちも尖ってるから分かりずらいよな。
「……ごめん」
淡島さんはしょんぼりした顔を見せる。
それを見た僕は、自分の使っていたお箸を見つめるとあえて逆さまにして食事をした。
「うん、こっちの方が掴みやすいな」
「でしょ!?」
本当はマナー違反な気がするが、淡島さんが笑顔になったのでいいかという気分になる。
これはどうしてだろうか?
僕は近くにいた給仕をしてくれる店員さんに「すみません」と声をかける。
「いえ、たった今から当店のお箸はそれが正解になりました。ぶっちゃけ、私も使いづらいと思ってましたから」
いい……のか?
僕と淡島さんは店員さんに「ありがとうございます」と声をかける。
「黛君、これ美味しいよ」
「本当だ」
僕と淡島さんが好きな物が似ている。
だから彼女と好きな物が共感できて、嬉しい気持ちになった。
「今日はご馳走様でした」
「いえいえ」
僕達の食事会の支払いは交互にする事になっている。
前回は僕、その前は淡島さん、更にその前は僕で、もう一つその前は淡島さん……という具合だ。
だから次は僕の番か……。また、いいお店を探さなきゃな。
「淡島さん、少し歩かないか?」
「いいの? 明日、広島だけど……」
「大丈夫。少しだけだから」
「うん、わかった!」
僕は淡島さんと一緒に夜道を歩く。
淡島さんから提案されたお店の中で一番人気のないお店を選んで良かった。
そのおかげで口下手な僕でも、こうやって店を出た後に少しだけ食事会を延長する事ができる。
「不思議なものだな」
「ん? 黛君、どうかした?」
広島ライブの前日なのに、あまり緊張してない自分に少しだけ驚いている。
今の自分がどれくらいやれるのか。ちゃんと練習した事が発揮できるのか。
むしろそっちが気になってワクワクしている自分がいる。
「明日のライブ、楽しみだなって……それで失敗したら、目も当てられない。いや、来てくれた人たちに申し訳なくて顔向けできないけど、それでも今は自分を試してみたい気持ちでいっぱいなんだ」
「黛君……」
向かい合った淡島さんが優しげな笑みを見せる。
「頑張って、応援してる。ごめんね、平凡な言葉しか言えなくて」
「いや、嬉しいよ。今のでもっとやる気が出た」
「嘘!?」
「嘘じゃないよ」
淡島さんの言葉で僕は更に奮い立った。
やってやるって気持ちに満ち溢れている。
「ともかく、怪我とか病気にだけは気をつけてね」
「ありがとうございます。帰ったら……また、連絡してもいいですか?」
「うん。もちろん」
僕は淡島さんの事をどう思っているんだろう。
彼女と一緒に過ごす時間は楽しいし、もっと一緒に居たいなって思う。
でも、これが恋心なのだろうか? 僕にとってはあくあ達と過ごす時だって楽しいし、もっと長くいたいと思ったりする。それは友情であって恋ではないはずだ。
それに、僕はあくあとカノンさんを見てるから、2人の醸し出す空気感と比べると僕たちのはまだ何か違う気がする。
あくあは「その時が来たら気がつく。でも、できるだけ早く気がついてやれよ」と言っていたが、鈍感な僕がちゃんとそれに気がつく事ができるのだろうか?
「今日は楽しかったよ。ありがとう」
「僕もです」
僕は淡島さんが乗ったタクシーを見送る。
翌日。
「シンちゃん、忘れ物はない?」
「大丈夫。荷物なら一週間前から準備してるから」
僕は心配する母さんに、何度も大丈夫だと声をかける。
「母さん。行ってくるよ」
「うん、頑張ってね。何かあったら、あくあ君に相談するのよ!」
母さん、あくあに相談したら、もっとややこしい事になるよ。とは、言わずに、僕は自宅を後にする。
さぁ、今日から広島ライブだ。頑張るぞ!!
◇
「とあちゃん、明日からの広島県ライブ、頑張ってね」
「ノートは私達に任せておいて!」
「ライブ、絶対にネットで見るからね!」
「うん、みんなありがとう!」
僕は帰り際に応援してくれるクラスメイトの女子達に笑顔でお礼を言う。
ほんの1年近く前まで引き篭もっていた僕が、こうやって大勢の女子達に囲まれて普通にお話しができるなんて、今でも夢なんじゃないかなって思う時がある。
それもこれも全てはあくあのおかげだ。
あの時、あくあが僕の手を掴んで外の世界へと連れ出してくれたから、今の僕がある。
「ごめん、藤林さん。少し待たしちゃったね」
「いえ」
藤林美園さん。
元はアイドルを志望してアイドルオーディションを受けた彼女は、合宿を通じて本当に自分がやりたい事を見つけて、そのままベリルのスタッフとして就職した。
そして人事異動で琴乃お姉ちゃんが僕の担当から外れた事もあって、4月からは僕のマネージャーを務めてもらっている。
「……あの」
「ん? どうかした?」
藤林さんは何か言いたげな心配そうな顔で僕の顔を見つめる。
「本当に、お会いになられるのですか?」
「……ああ、その事ね。うん。会うよ」
藤林さんが心配してくれる理由もわかる。
でも、僕が次のステップに行くためにも僕は絶対に彼女に合わなきゃいけない。
それが正しいかどうかなんてわからないけど、僕がBERYLとしてやっていくためにも、みんなにおいていかれないためにも、そして、あくあに追いつくためにも、彼女に会う必要があると思ったからだ。
「わかりました。でも、無理はしないでくださいね。琴乃さんからもそう言われていますので」
「うん」
琴乃お姉ちゃんってば、マネージャーを辞めたのにまだ僕の事を心配してくれているんだ。
嬉しいな。自然と僕の心がポカポカと温かくなる。
僕がこういう気持ちになれるのも、女の子が本当は優しいんだって事を思い出させてくれたあくあのおかげだ。だから、僕は事件の日からずっと僕を支え続けてくれた母さんや妹のスバルに対しても、素直に感謝の気持ちを伝える事ができた。
『2人とも、本当にありがとう。僕、学校に行ってみるよ』
僕が学校に行くと言った夜。母さんもスバルも泣いてくれたっけ。
その日の光景を僕は一生忘れないだろう。
もう二度と、家族に涙を流させたくないと思った。
だから僕はもっともっと強くならなきゃいけない。
「着きました」
「ありがとう」
ここが刑務所か……。
僕は彼女と出会うために人生で初めて刑務所の中に足を踏み入れる。
「ここで、お待ちください」
面会室に案内された僕は、面会の予定を入れていた彼女が来るのを待つ。
覚悟を決めて来たはずなのに、あの時のトラウマが蘇ってきそうになる。
無理しないでいい。カウンセリングの先生にもそう言われた。
だけど僕は、その言葉に甘え続けるのはもう嫌なんだ。
そうだよ。思い出せよ。とあ。
慎太郎も、天我先輩も、あくあに憧れて色んなものを乗り越えてきただろ?
天我先輩はあくあに背中を押してもらって、大好きな春香さんをクソ男から取り戻した。
女性に対して免疫がなかった慎太郎だって、あくあのおかげで淡島さんといい雰囲気になっている。
そしてあくあは何度も僕に、乗り越えた後の未来を見せてくれた。あくあがカノンさんを取り戻しに行った時の事、僕はきっと一生忘れないだろう。
だから僕も、彼女に会って次に行きたい。みんなと同じように!
「入れ」
刑務官の人の声に体が強張る。
深呼吸し、ゆっくりと視線を上げると、両手に手錠をかけられた彼女が、夢園繭子がアクリル板越しに僕の目の前に立っていた。
「……どうして私に面会を申し込んだの? 接近禁止命令だってあるのに、あなたがもう一度私に会う必要なんてなかったはずよ」
声を聞いて心臓がキュッと締め付けられるような感覚に陥る。
それを見た付き添いの藤林さんが代わりに口を開く。
「貴女……その態度は何ですか? まずは謝罪するなり、他に言う事があるでしょう?」
「そうね。でも、謝罪したって私が彼にした罪が消えるわけじゃないわ。それに、謝って罪悪感が軽くなるのは私だけだもの。もちろん彼が謝れと言うのなら、私だって謝るけど……来た理由がわからないのに、私から言える事は他に何もないわ」
そうだ。僕が自分で言わなきゃ、何も始まらない。
僕は目を閉じ歯を食いしばると、自らを鼓舞するように握り拳で自分の心臓をドンと叩く。
「ありがとう。藤林さん。でも、もう、大丈夫だから」
僕は改めて繭子ちゃんの顔を見つめる。
大丈夫。怖くない。
「あの時、なんで僕を襲ったの?」
「したかったから、他に深い理由なんてないわよ。言っておくけど、理由なんて大半そんなくだらないもんよ」
そんな理由で……。僕は繭子ちゃんの言葉に体を硬直させる。
「自分の欲を満たすためなら相手なんてどうでもいいの。おまけにどいつも本心じゃ、自分を興奮させた相手が悪いってね。自分が悪いだなんてこれっぽちも思ってもいないのが現実よ。だからデータでも再犯率は異常に高いわ。ね、最低でしょ?」
本当に自分勝手な理由だった。
そんな理由で自分が何年も苦しんだなんて、腹が立つしやるせない気持ちでいっぱいになる。
「じゃあ、どうして僕だったの?」
「好みだったから。後、小さくて抵抗なく襲えそうだったから。それに幼馴染だったし、警戒感なくて手頃だったっていうのもあるかも。後、あの時の私は病んでたから、普通に気があるのかと思っちゃった」
あまり感情を出さない藤林さんが、繭子ちゃんに対しては憤慨した表情を見せる。
その一方で椅子に座った僕は、静かに繭子ちゃんの話を聞いた。
「だから気がない女の子に優しくなんかしちゃダメよ。女なんて男に優しくされたりした経験なんてないんだし、男に優しくされただけで直ぐにのぼせ上がって勘違いしちゃうの」
あくあはそれが歪だと、間違ってると言った。
男だから、女だからと関係なく、人が人に優しくするのは当然の事だって。
でも、繭子ちゃんが言っている事もわからなくはない。というより、それが世界の常識だ。
男性の数が少なく、女性はそもそも男性に触れ合う機会自体が限られている。
だからこそ、男性は女性と触れ合う時に細心の注意を払わないといけない。
僕も、慎太郎も、天我先輩もそれが普通だと思ってたし、ほとんどの人がそれを当然の事として受け入れていた。最初のきっかけは、小さな溝だったかもしれない。でも、男女間の異常な比率のせいでその溝がどんどん広がって、男性と女性の間にはどうしようもないほどの大きな壁ができていた。
「ねぇ。逆に聞くけど……アイドルなんてやって、何がしたいの? それこそ、あんた達と結婚したり、お付き合いしたりできる女子はいいわよ。でも、そうなれない女子の気持ちを考えた事ある? 女の子を喜ばせるなんて言ってるけど、現実を突きつけられて泣いてる子だっているはずよ」
繭子ちゃんの言葉に僕の心が激しく動揺する。
僕達がやっている事は間違いなんじゃないか。そう思った事は僕にだってある。
「私はそうは思いません」
静かに僕達の話を聞いていた藤林さんが口を挟む。
「確かに女子の中にはBERYLの皆さんに本気で恋をしている方もいるでしょう。でも、現実の社会だってそうです。男性を好きになったからと言って、確実に恋が叶うとは限りません。初恋があれば失恋する事だってあるんです。恵まれた貴女にそれがわかって?」
「恵まれてる? 私が?」
「ええ。だって、大半の女子は失恋をする事ですらできないのですから。でも、BERYLのみんながいるから、私達は恋をするって事を知れるんです。経験する事ができるんです」
藤林さんの言葉に繭子ちゃんが動揺した顔を見せる。
「……でも、失恋って辛いじゃない」
「でも、恋をするって楽しい気持ちを知る事ができます。私のような若輩者が言う言葉ではないのかもしれませんが、そうやって私達は成長して大人になっていくのではないでしょうか? だから私は、BERYLの皆さんにとても感謝しています。私は藤の家の傍流で、幸いにもいい大学に通わせてもらえるほどの学力と財力がありましたが、その私ですらBERYLの皆さんが出てくるまで男性と会話を交わした事は、数えるほどしかありませんでしたから」
藤林さんの言葉に僕は勇気づけられる。
やっぱり僕はまだまだだな。
自分でどうにかしようとここに来たのに、結局、誰かに助けられている。
変わりたいって思っても、なかなか変わる事ができない自分にもどかしさを感じた。
「だから、あなたも少しは素直になってはどうですか?」
藤林さんの言葉に、繭子ちゃんはフッと軽く息を吐く。
「……私がやった事は凄く愚かだったって事はわかってる。とあが悪くないって事も。申し訳なく思ってるし、謝罪しろっていうのならちゃんと謝罪だってするわ。でも、私は犯罪者なの。だからこの罪悪感が謝罪する事で少しでも軽くなっちゃいけないのよ。だって、それが私がしてしまった罪とその事に対する罰だもの」
そっか……。
繭子ちゃんは繭子ちゃんなりに、ここで自分でしてきた事に自問自答してきたみたいだ。
それがわかっただけでも良かったと思う。
繭子ちゃんの本心が聞けて、僕の中の答えも自然と決まった。
「僕は……繭子ちゃんのした事を許すつもりはない」
「うん、それでいい」
「謝罪もしなくていい」
「ええ」
「だからちゃんと罪を償って、ここを出てほしい」
「わかった」
ちょうど面会終了の時間になった。
僕は席を立つと、繭子ちゃんに背を向ける。
「一つだけ、謝っていいかしら?」
「事件に関しての事以外だったら」
繭子ちゃんは席からから立ち上がると、僕に対して頭を下げる。
「貴方の友達を、BERYLとそのファンの事を悪く言ってすみませんでした」
「……うん、わかった。その謝罪の言葉、受け取るよ」
むしろ、僕の方こそファンやあくあ達に謝らなきゃいけない。
藤林さんが居なきゃ、僕はそんな事すら気がつく事ができなかった。
あくあはきっと、その事もわかっててこの世界を変えようとしている。
だから僕も今、ここで一歩を踏み出すんだ。
僕は繭子ちゃんの方に振り返ると、彼女の目をジッと見つめる。
「繭子ちゃん……君のした事を、僕は一生許さないと言った。それでも……僕の事を好きになってくれてありがとう。だけど、ごめん。僕は君の気持ちには応えられない」
「……ありがとう……ございます。私のこの想いに決着をつけてくれて」
繭子ちゃんがした事は決して許される事じゃないけど、あの事件があったからこそ僕の今がある。
それこそ、繭子ちゃんがあの事件を起こさなかったら、僕は乙女咲にも入ってないだろうし、BERYLのみんなに会う事も、こうやってアイドルとして活動する事もなかっただろう。
ああ……人生ってなんでこんなにも複雑で面倒臭いのかな?
ままならない事なんて星の数ほどあるし、苦しい事、辛い事なんてこんな短い人生でも沢山ある。でもそれを乗り越えて、今、僕の頭の中に思い浮かんだ言葉が、自分の周りに居てくれた人達に対する「ありがとう」の気持ちだった。
全てを受け入れ感謝する。あくあの一番好きな言葉だ。
「藤林さん、今日はありがとう。一緒についてきてくれて」
「いえ、これも仕事ですので……」
はは、少しドライな藤林さんらしい言葉だ。
でも、それくらいの方が僕にとっては心地がいい。
僕にとって暑苦しいのはあくあだけで十分だから。
翌日の朝、僕は広島で行われるライブに向かうために玄関で靴を履く。
「頑張ってね、おにぃ! テレビで見てるから!!」
「とあ、気をつけてね! 何かあったらすぐにあくあ君に相談するのよ!」
お母さん……何かあった時にあくあに相談したら、誰も想像していなかったとんでもない方向に行っちゃうよ?
それはそれで楽しそうだけど、普通そこは琴乃お姉ちゃんか天鳥社長でしょ。
「お母さん、スバル……ありがとう! 行ってくるよ!!」
僕は玄関を出ると、昨日に引き続き迎えに来てくれた藤林さんの運転する車に乗り込む。
さぁ、広島に行こう!!
◇
「アキラ君、私のドレスおかしくない?」
「おかしくない。よく似合ってる」
我の言葉に春香ねぇが笑顔を見せる。
思わず抱きしめたくなったが、我はグッと堪えて我慢した。
「晩餐会だなんて、本当に私が参加してもいいのかな?」
「もちろんだとも」
晩餐会。広島で開催される世界会議に招待された我らBERYLは晩餐会に出席する事になった。
後輩のあくあも、妻を代表してカノンさんを連れてくると言ってたし、後輩から、春香ねぇが出席するならカノンさんがサポートしてくれると聞いている。
だから我はせっかくならと春香ねぇを広島に連れて行こうと思った。
たくさん辛い思いをしてきた春香ねぇに楽しい思い出をたくさん作って欲しい。それが我の願いだ。
「うーん、こっちのネクタイの方がアキラ君に似合うかも」
春香ねぇは嬉しそうに我のネクタイを選ぶ。
その楽しそうな笑顔を見るだけで我もやる気が100倍になる。
後輩もカノンさんの笑顔を見るだけでやる気が10000倍になると言ってたし、我らはやはりソウルフレンドなのだと思う。
「あっ、アキラ君、これも買って帰っていいかな?」
「ん。いいぞ!」
お茶菓子か。
春香ねぇが自分で食べる用かと思ったけど、どうやらそうではないらしい。春香ねぇは店員さんにお願いして購入した茶菓子を綺麗に包んで貰っていた。
「白龍先生が1人でお留守番って聞いてたから、どうかなって」
「ああ」
我と違ってやっぱり春香ねぇは気が利くな。
そういえば後輩も言っていたが、晩餐会のためにカノンさんが同行し、琴乃マネがBERYLの仕事で同行、えみりさんはデュエットのために同行、楓さんは報道の仕事で先に現地入りしていて、結さんも仕事の関係で居ないと聞いた。
春香ねぇは後輩の奥さん達と仲が良い。
あの男のせいで交友関係を制限されて、こっちで友人を作る事もできなかった春香ねぇを気遣って、後輩の奥さん達は我が後輩とご飯を食べてる時に、春香ねぇを食事に誘ってくれていると聞いた。
うむ……。これは我も後輩の奥さん達に感謝の気持ちとして何か贈った方がいいな。
くっ! できる後輩と違って、我は鈍感だからそんな事にも気がつけなかったのか!! 反省だ!
「春香ねぇ。後輩の奥さん達は何をもらったら喜ぶと思う? 我も春香ねぇもよくしてもらっているし、何か贈りたいと思うんだ」
「素敵! アキラ君、凄くいいと思う。私も手伝うから一緒に選ぼっか」
春香ねぇが笑ったのを見て、我も自然と笑みが溢れる。
後輩の「好きな人には思ってる事はちゃんと言ったほうがいいですよ」って、アドバイスのおかげだ。
こういうところで好きだというのはまだ少し気恥ずかしいが、いつかは後輩のように公衆の面前で好きだと言えるようになりたい。
「春香ねぇ。ありがとう。おかげでいい贈り物が選べたよ」
「ふふっ、きっとあくあ君達なら喜んでくれるわよ」
結局、他の後輩達やマネージャーみゆりさんのプレゼントも買ってしまった。
みんな喜んでくれるといいが、春香ねぇが選んでくれたプレゼントだから大丈夫だろう。
「今日は楽しかったね。アキラ君」
「うむ!」
好きだ!!
2人きりの夕食、白米を噛み締めながら、我は喜びも噛み締める。
帰り道に後輩の家に寄ったりしてみんなにプレゼントを渡したら、みんな凄く喜んでくれた。
我はそれだけで嬉しい気持ちになる。
「それじゃあ、そろそろ寝よっか」
「ああ……」
夜、部屋の電気を消した我は、隣にいる春香ねぇの体にそっと触れる。
「あっ……だ、だめ」
震えた春香ねぇの声を聞いた我は、慌てて電気をつける。
「ご、ごめん。い、いいいいつものだから」
春香ねぇはカチカチと歯の音を鳴らせながら、小刻みに体を震わせる。
そんな春香ねぇの事を抱き寄せる事もできず、見守る事しかできない自分に腹が立った。
前より回数が少なくなったとはいえ、DVで苦しんだ春香ねぇのフラッシュバックが無くなったわけじゃない。
「ありがとう。アキラ君」
しばらくして、春香ねぇのフラッシュバックが収まる。
フラッシュバックが起こってる時に、我が抱き寄せたり、触れたりする事はよくなる可能性もあれば、悪くなる可能性もあると聞いた。
我は自分自身の無力さに歯痒さを感じながら、春香ねぇを安心させるためになんでもなかったように普段通りを演じる。
「今日は電気を消さずに寝よう」
「いいの? 明日……ライブなのに……」
「大丈夫だ。こう見えても我は体力だけはあるからな」
昔はひょろひょろで不健康そうだった我も、筋トレやランニングのおかげで少しは筋肉がついてきた。
我は春香ねぇとベッドの中で向かい合うと、今日あった楽しかった事を話して笑い合う。
「んんっ……」
小一時間ほどで心が落ち着いたのか、春香ねぇが眠りにつく。
その寝顔を見てるだけで幸せな気持ちになる。
「アキラ君……好きだよ」
「我も、好きだ」
春香ねぇの寝顔を見て、我の中でも一つの決心が固まる。
ボランティア活動に熱心な後輩を見て、我もずっと何かをやりたいと思ってた。
我は春香ねぇを起こさないようにベッドから起きると、引き出しの中に入っていた一枚の紙を取り出す。
【DV被害者への支援について】
自分でも色々と調べて行く内に、DVで苦しむ女性や男性、子供達やお年寄り達を支援する組織がある事を知った。
もうこれ以上、春香ねぇのような人を増やしたくない。そしてDVで苦しんでる人たちを1日でも早くその辛い状況から救い出してあげたかった。
我は机の上に置いたポイズンチャリスのフィギュアを見つめる。
「神代……我もお前のように、誰かにとってのヒーローになれるだろうか」
我はリビングでノートパソコンを起動させると、個人的にDV関係の支援をしたい旨を記載してベリルにメールを送信する。とりあえずはこれでいいだろう。まずは報告、いつも事後報告で怒られてる後輩が我に教えてくれた事だ。
まずは第一歩、我は少しだけ夜風に当たった後、春香ねぇと同じベッドで眠りにつく。
おやすみ。春香ねぇ。
「アキラ君、準備できた?」
「ああ!」
我と春香ねぇは移動の準備を整えて家を出る。
幸いにも我らの旅路を祝うかのように、外は晴れていた。
さぁ、行くぞ。広島に!
◇
「そういうわけだから、アイ、家は頼むぞ」
「うん、任せておいて! って、ただ、留守番してるだけなんだけどね」
アイも仕事がなかったら一緒についてきてもらったんだけどな。
俺は隣のカノンと顔を見合わせる。
「それじゃあ、行こうか!」
「うん、いざ、広島に!!」
こうして俺達は飛行機で広島に向かって出発した。
って、あれ? えみりは?
遅刻!? え? 人助けで間に合わなかったぁ!?
ちょ、もう飛行機出るんだけど!?
えみりーーーーーーっ! 俺は空の上から、1人飛行機に乗り遅れたえみりの名前を叫んだ。
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