月街アヤナ、みんな私に期待しないでね。
番組が終了した後、私達はお客さん達とのアフタートークを楽しむ。
本当ならゲストのあくあや途中で乱入したゆかり先輩は付き合わなくてもいいのに、結局1時間近く最後まで付き合ってくれて、見にきてくれた客席の皆さんも大満足で帰って行った。
「「「ありがとうございましたー!」」」
最後に残った私達はスタッフの皆さんにお礼を言うと、控え室に向かう。
「あれれー? アヤナ先輩、まろん先輩、もしかしてこのまま普通に帰るんですかー?」
「あ、うん。もしかして、ふらん、どこか行きたいところあるの?」
「そうだけど……ふらんがどこかに行きたいのなら付き合うよ」
私とまろん先輩の反応を見たふらんは、両手を広げて首を左右に振ると、ダメだこりゃみたいな反応を見せる。
「はぁ〜……これだから2人とも可愛いのに、女子がときめくような浮いた話のひとつもないんですよ! 可愛いけど地雷扱いされてる加藤イリなんとかさんならともかく、アイドルならもっとこう、ファンの女子達がキュンキュンするような話の1個や2個くらいあってもいいじゃないですか!」
ふらんは前屈みになると私に向かってほっぺたを膨らませる。
「特にアヤナ先輩はあくあ様とあんなに距離感近いのに、なんでまだ付き合ってないんですかぁ?」
「そ、そんな事、言われても……」
ジト目になったふらんの視線に私はタジタジになる。
「アヤナ先輩がモタモタしてたら、まろん先輩があくあ様と寿卒業できないじゃないですか!」
「わ、私ぃ!?」
急におはちが回ってきたまろん先輩が両手の手のひらを見せてアセアセする。
「大丈夫、2人が卒業した後はこの私、来島ふらんがeau de Cologneのキャプテン兼エースとして引っ張っていくので2人とも安心してくださいね!」
「ふらんの目的は最初からそれでしょ!」
まろんさんの指摘でふらんは舌先をペロリと出すと、ウィンクしながらバレちゃったという顔を見せる。
もーっ! 全く油断も隙もないんだから。
「まぁ、それはともかくとして、アイドルとしてこのまま帰るのは、なしなし! 絶対になしです!!」
「だからって、どうしたらいいのよ……」
私の言葉に対して真顔になったふらんが、アヤナ先輩、マジでそれ言ってるんですか? って、言いたげな感じで大きくため息を吐く。
「はーっ……仕方ない。ダメダメな先輩2人のために、ここは可愛い後輩のふらんが一肌脱ぎますか。ポンコツな先輩の2人はそこで大人しく待っていてくださいね」
あっ……ふらんは私達のところから離れると、ゆかり先輩と話してるあくあの元へと向かう。
「あくあ様! ……と、小雛ゆかりさん。よかったらこの後、スタッフのみんなと打ち上げに行きませんかー?」
ふらんの言葉に、さっきまで黙々と作業を続けていたスタッフ達の動きが止まると、その視線が一斉に3人のところへと向けられる。
スタッフの中には目が血走っている人も……って、プロデューサーさん!?
みんなも、気持ちはわかるけど、一旦抑えて!
「おっ、いいな。俺は行こうかな」
スタッフの皆さんは喜びを噛み締めつつ、あくあに見えないように隠れてガッツポーズをする。
「小雛先輩はどうしますか?」
「うーん……行きたいけど、私は明日の仕事で朝早いからパス」
ゆかり先輩はお財布の中からクレジットカードを出してあくあに手渡す。
「これでみんなと一緒に好きなの食べてきなさいよ。次にうちに来た時に返してくれていいから」
「わかりました。ごちそうさまです!」
「ん、素直でよろしい!」
あくあは両手でクレジットカードを受け取ると、ぺこりと頭を下げた。
こういう時にスマートにお金出せるゆかり先輩ってかっこいいなあと思う。
「あ、ありがとうございます」
「あんたも素直でよろしい。それと、この私を打ち上げに誘うなんて、中々見どころがあるじゃない。普通ならスルーするのに……」
スルーされるんだ……。
ふらんや周りのスタッフさん達もゆかり先輩の言葉に総じて悲しげな表情になる。
「一応阿古と琴乃さんに私の方から帰りに迎えに行くように言っておくけど、あんたもアヤナちゃんも、それにふらんちゃんもまだ子供なんだからあんまり遅くなっちゃダメよ」
「はい」
ゆかり先輩はあくあに釘を刺した後に、私とまろん先輩の方へと近づいてくる。
「まろん、2人の事をよろしくね」
「うん、わかった。それと今回はご馳走になるわね。ありがとう」
「いーのいーの。前に打ち上げ行った時はまろんが出してくれたしね」
そういえばこの2人って同い年だっけ。
世間じゃ楓さんとかイリアさん、インコさんと5人で悪夢の世代なんて言われて怖がられているけど、みんな普通にいい人達ばかりなんだけどな……。
「アヤナちゃん、あいつに変な事されたらはっ倒していいからね!」
「は、はは……」
私は笑顔を引き攣らせると、ゆかり先輩にご馳走になります。ありがとうございましたとお礼を言った。
「よーし、みんな着替えたら裏口のタクシー乗り場に集結な! 店の予約は俺に任せろ!! 今日は小雛先輩の奢りでどんちゃん騒ぎだ!!」
「「「「「「「「「「はーい!!」」」」」」」」」」
先にスタジオから出ていくゆかり先輩に、スタッフの皆さんもご馳走になります。ありがとうございました。と声をかける。
あくあがゆかり先輩の奢りだって言った事で、スタッフのみんなが声をかけやすくしたんだよね。
私はあくあのこういう人と人を結びつけるようなところが好きだ。
「ほらほら、先輩達、何、ぼーっとしてるんですか? 早く楽屋に行って着替えますよ!!」
ふらんは私達、2人の背中をグイグイと押す。
すれ違うスタッフさん達が、ふらんに対して最上級の敬礼をする。
「わ、私の私服おかしくないかな?」
まろん先輩は楽屋で自分の服装をチェックする。
「もー! こうなるってわかってたら、もっと可愛い服着てきたのに!! って、今、気がついたら私、左右で全然違う靴下穿いている!? 嘘でしょ……」
まろん先輩はしっかり者だけど、たまに抜けてるところがある。
そういう所が可愛いんだよね。
「ぷーくすくす。まろん先輩って、前もエアコンのリモコンと携帯を間違えて持ってきてましたよね。普段はふらんに、学校の準備できてるの? ちゃんと確認した? って口酸っぱく言うのにねー」
「前に楓ちゃんだって同じミスしてたもん!! あっちはテレビのリモコンだけど……」
そういえばこの前、インコさんがオンラインの大会に出た時、イヤフォンと耳栓を間違えて持ってきて「足音が何も聞こえへん! どないなっとんや!?」って言ってっけ……。その爆笑クリップは300万回以上再生されて、コメント欄に現れたあくあやゆかり先輩、楓さんのせいで話題になって再生数のカウントが1億回を突破していた。
悪夢の世代ってネーミングはどうかと思うけど、みんなちょっとだけ似たところがあるんだなあと思う。それじゃあイリアさんとかゆかり先輩もそういうミスをした事とかがあるんだろうか? き、気になる〜。
「って、ふらんは何でちゃっかりそんな可愛い格好してるのよ! も、もしかして、あくあ君が来るって知ってたとか!?」
「そんなわけないじゃないですか。普通に“女子”として、当然の事でしょ。ファンに出会っちゃうかもしれないんだから、お外じゃいつだって可愛いふらんを見せてあげたいじゃないですかー」
確かに……。それは一理ある。
でも、普通アイドルって外じゃ見つからないようにするのが普通なんだけどね。
その点、ふらんさんはゆかり先輩に似ていて、外でもあまり変装しないし、堂々と可愛いアイドルの私を見てって感じなのよね。普通に声かけられたら、周りに迷惑がかからない範囲でファンサするし。
「ほらほら、こんな事もあると思って2人にスタイリストさんを呼んでますから」
「どうも〜!」
「「あっ、お世話になります」」
いつの間に……。ふらんの手際の良さに女子力の低い私とまろん先輩はただただ圧倒される。
スタイリストのお姉さんは、あくまでも私服っぽさを残しつつ、私達の着てきた服をメインに少しだけコーディネートを変える。
「あリがとうございました〜!」
「「こちらこそ、ありがとうございました」」
ううっ、もちろん衣装は買い上げだ。
高校生のうちは高校生らしく、お金はお母さんに預けてお小遣いにしてるから地味に出費が痛い。
本当は来週でるあくあの新作グッズ買おうと思ってたけど我慢しよ。いや、今月残りのお昼を抜いて、夜ご飯を全部家で食べればワンチャン……。それに、シャンプーとコンディショナーもギリ来月まで持ちそうだし、ボディーソープはこの前、ゆかり先輩がいらなーいって言ってたの貰って、化粧品も使ってないのをやりくりして、うん、なんとかなるかも!!
「うんうん、2人ともこれで準備おっけーですね! さぁ、まろん先輩もアヤナ先輩も、腑抜けた顔はここまでにして、気合を入れて戦場に行きますよー! えいえいおー!」
「「お、おーっ!」」
私達は楽屋を出るとあくあとの集合場所に向かう。
あっ、もう結構揃ってる! 急がなきゃ。
「ごめんなさい。待たせちゃいましたか?」
「大丈夫大丈夫。みんな、あくあ君とお話しして楽しんでるから。それにプロデューサーは最後の確認もしないといけないから少し遅れるんだよね。他にもまだ仕事しないといけない人は少し残って、ちょっと遅れて後から合流するみたいだし」
私は後から来る人達に、頑張れーと心の中でエールを送る。
「おっ、大体揃ったみたいだな。それじゃあ、プロデューサーさんから先に行ってってお願いされてるし、俺たちだけでも先にお店に行くか。ここでだべってても警備員さん達に迷惑がかかるしな!」
「「「「「「「「「「はーい!」」」」」」」」」」
私達は全員揃ってからテレビ局を後にすると、各々タクシーに乗ってあくあが予約したお店に向かう。
あっ、こっちの道を通るって事は……やっぱり、そうだ!
あくあが選んだのは、ゆかり先輩が良くプライベートで使ってる焼肉屋さんだった。
そっか、ゆかり先輩の奢りだもんね。そう考えたら、あくあがここを選んだものわかる
私ならこういう時にお店選びで慌てちゃうけど、あくあって本当にスマートだよね。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「どうも女将さん、ゆかり先輩のお金で豪遊しにきました」
「ふふっ、そういう事ならたっぷりとサービスしないとね。ゆかりちゃんのお金で」
「はは!」
ふふっ、もちろん冗談だけどね。
2人を先頭に私達も奥のお座敷へと向かう。
「あ、アヤナちゃんも久しぶり、ゆっくりしていってね」
「はい!」
私もここには何度か連れてきてもらった事がある。
だから女将さんとは顔馴染みだ。
全員が席につくと、あくあがみんなに向かって声をかける。
「あ、俺たち未成年組はソフトドリンクだけど、皆さんは気にせずお酒を頼んでくださいね。もちろん、飲み過ぎはダメですよ。俺との約束ですからね。あっ、ちなみに俺は黒ウーロンでお願いします。焼肉は黒ウーロン一択なので!!」
「はいはい。いつものですね。わかってますよ」
あくあの一声もあって、大人組も遠慮なくアルコールを注文する。
うーん……どうしようかな。
大人の人が多いし、私もちょっと大人っぽいジュースがいいよね。
「アレナ・ミリヤのソーヴィニヨンお願いします」
本業はワインを作ってるアレナ・ミリヤのジュースならあんまり子供っぽくないよね。
ちゃんとグラスに入れてくれるし、白ワインっぽく見えるし場の雰囲気にも合うはずだ。
「ふらんはグレープフルーツジュースにしようかな」
「じゃあ私は……ううん。ダメダメ。お酒は飲んじゃダメよ! えっと、ジャスミンティーでお願いします!」
酔うとキス魔になるらしいまろん先輩はアルコールではなく、無難なジャスミンティーを注文した。
まだ全員が揃ってない事もあって、ついでに他の食事メニューも注文する。
「アヤナ先輩のお勧めはドレなんですか〜?」
「うーん、私は壺漬けかな。甘くてお肉も柔らかいし、野菜がすごく美味しいの」
「じゃあ、ふらんもそれにしますー! まろん先輩はどうしますか?」
ふらんもゆかり先輩と一緒にここに来たことがあるのかな?
さっき女将さんと一言二言会話をしていた。
「私もそれにしよっかな。あと、生雲丹のフラン!」
「フラン!? そんな素敵なメニューがあるんですか!? じゃあ、それも頼みます!!」
生雲丹のフランって、なんだっけ?
あぁ、フレンチ風の茶碗蒸しの事かあ。
へぇ、こんなのもあったんだね。私も頼もっと。
「あっ、お先に失礼してます!」
あくあは後から来た人が部屋に入ってくると、立ち上がってお仕事お疲れ様でしたと声をかける。
これで全員揃ったのかな? どうやら後から来たスタッフさん達は、先に来ているスタッフさん達とアプリでやり取りしてたらしく、みんなと同じタイミングで飲み物のオーダーをお店に伝えてたそうだ。
後から来たスタッフさん達が着席すると、お店の人が全員分の飲み物を持ってくる。
「えーっと、eau de Cologneの番組なのに、俺が乾杯の音頭で本当に大丈夫なんですか? 普通はプロデューサーさんとか、まろんさんじゃ……」
戸惑うあくあに、全員がうんうんと頷く。
「コホン! それでは改めまして、この私、白銀あくあが皆様を代表して乾杯の音頭という大任を努めさせていただきたいと思います!!」
「いいぞー!」
みんなから拍手が起こる。
「eau de Cologneとぶっちゃけ生トークの成功と、今日この日までこの番組のために頑張ってきた皆様の努力、そして初回生放送の大成功を祝して、かんぱーーーーーい!!」
「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」
みんなで乾杯した後に私も一口だけ白葡萄のジュースを嗜む。
あっ、スッキリしてておいしー。
「それと、奢ってくれた小雛ゆかりさんと、熱で倒れた羽生総理の復帰も願って乾杯!」
「「「「「「「「「「はははは!」」」」」」」」」」
あくあがニヤけた顔で追加の乾杯をすると、みんなが笑った。
羽生総理もSNSを確認する限りは大丈夫そう。
って、メッセージ? 誰からだろ?
白銀カノン
あくあの事、お願いね。
桐花琴乃
阿古さんが迎えに来てくれるそうです。アヤナさん、よろしくお願いしますね。
天鳥阿古
私も仕事終わったら、すぐにそっち行くから!! あくあ君が、まーた、何かしでかす前に止める……のは絶対に不可能として、何かしたらされた子達にフォローしてあげてね!
小雛ゆかり
あくぽんたんがバカな事したら、普通に殴っていいから。
羽生治世子
焼肉だけでも参加しようとしたら、佐藤議員に熱出てる設定なんだから大人しく寝てろって丸太でしばかれちゃったよ。いてて……。後、SNSでふざけすぎて最近は紗奈ちゃんから冷たい目で見られます。どうしたいいですか?
あっ、それと今日は総理としての緊急案件で急遽行けなくてごめんね。
また、チャンスがあれば、今度こそ出させていただきます!
それでは!!
みんな……言っておくけど、私にあくあを止めるのは無理だからね。
それと、総理が那月元会長から冷たい目で見られるのは仕方ないです。
2人が親子関係を隠さなくて良くなってから羽生総理が散々親バカを発揮して、那月会長も恥ずかしいんだと思いますよ。遅れてきた思春期だと思って諦めてください。
ただ、恥ずかしがってるうちはいいけど、嫌われる前に止めた方がいいですよっと。
「きゃー、あくあ様ー、かっこいー」
「そうだろうそうだろう。よーし、今日は俺がじゃんじゃん肉を焼いてやるからな。しっかり食って大きくなれよー」
「はーい!」
ふらんに煽てられたあくあは、店に取り置きしてある専用のねねちょさんがデザインした大怪獣ゆかりゴンのエプロンと、【BERYL 白銀あくあ】の名前が刻印されたトングで肉を焼いて振る舞う。
それを見たふらんが小声で、あくあ様かわいーって言ってる。
んー、なんだろう。このなんとも言えない感じ。もしかしてあくあの周りにいる女性の中で、ふらんが一番あくあを甘やかすのが上手なんじゃ……。
私は、なんとも言えない顔で白葡萄のジュースが入ったグラスを傾ける。
こんなに楽しかった飲み会が、まさかあんな事になるなんて、この時の私は想像していなかった。
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